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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


大地を蹴る男

 もし、自分が死んだら、いったい誰が泣いてくれるのだろう?
 ふとそんな風に考えることがある。



 新宿にある、月刊アトラス編集部。
「歩道橋から飛び降りる、変な男ぉ〜?」
 部下の話を聞いて、編集長の碇麗香は思いきり眉をひそめた。
「そうなんですよぉ…」
 ハンカチで額の汗を拭いながら、ペコペコと頭を下げるのが、部下である三下忠雄。
 事の発端は、来月号の怪談特集のために読者の投書をチェックしていた三下が、不気味なハガキを発見したことにある。
 その投書とは、このようなものだった。
『毎日決まった時間に、歩道橋の上から飛び降り自殺をする男がいるらしい。
ただし、飛び降りた後に下を見ても、何の痕跡もない』
「飛び降り自殺…そして消える男、か…」
 あごに手をあてて、麗香は唸った。
 これは調査の必要がありそうだ。
 久しぶりに『本物』のニオイを感じて、不敵な笑みを浮かべる。
「ネットで都市伝説のサイトも見てみたんですけど、実際ものすごく広まってる見たいですよ、この噂」
「わかったわ。とりあえず、確かめましょう」
 麗香はポンと膝を叩くと、立ち上がった。
「興味があるから、私が行くわ。誰か『そっち方面』に強いのも連れていくし」
「へ、編集長が行くんですか!?」
 自ら腰を上げるなんて珍しい、などとは死んでも言えない三下である。
「そうよ。じゃなかったら、あんたが誰か連れていってくれてもいいけど」
「うへぇ」
 わけのわからない返事をしてから、必死に考える三下。
 麗香は自分が行くと言っているものの、こまのの普通に見送りでもしたら、帰ってきてからが怖い。
 暑かっただの、歩きすぎて足が浮腫んだだの、さんざん文句を言われるだろう。
 そうならないためには、麗香を止めて自分で取材に行くしかない。
 誰かサポートをしてくれそうな人物が、いるだろうか?
「どうなの?はっきりしなさい」
「ははははははいっ、僕が行きますっ」
 麗香の一番嫌いなものは、はっきりしない人間だ。そんなに長い期間付き合ってきたわけではないが、そのくらいはわかる。
 三下の返事に満足そうにうなずくと、麗香は顎で取材セットを指した。
「じゃあ、行ってらっしゃい。バッチリ調べるまで帰ってこなくていいから」
「りょ、りょーかいです…」
 ガックリと落とした肩に、カメラやボイスレコーダー、ノートなどの入ったバッグを掛け、三下は編集部を出発した。



「どうしようかなぁ…」
 編集部を出てから2時間。
 三下は行くあてもなく、街を彷徨っていた。
 真夏の太陽に長時間焼かれ、頭がクラクラしてくる。
 意識的に日陰を選んで歩いてきたのだが、大して効果がなかったらしい。
 もともと体が丈夫ではないうえ、体力もない三下だ。
(失敗した…)
 麗香の怒った顔が脳裏をかすめるも、意識が暗転するのはどうにもならない――
 と、その時。
「よっ…と」
 ガクンと膝の力が抜けた三下の腕を、誰かが引っ張った。
 それはさして強い力ではなかったため、その主のほうが三下に引きずられるかたちで、数歩たたらを踏む。
 だが最終的には、三下を日陰に移動させることに成功し、その人物は三下の顔をのぞき込んだ。
「大丈夫ですか?」
「は…はひ…」
 口の中が乾いて、うまく呂律が回らない。
 そんな三下に微苦笑を返すと、男は冷静に分析した。
「軽い脱水症状ですね。きちんと水分をとりましたか?ずっと炎天下を歩いていたのではないですか?」
 目を丸くする三下に、男は、西園寺嵩杞と名乗った。
 嵩杞は、近くの自販機で買ってきた清涼飲料水を三下に飲ませると、
「私の家が近くにありますから、しばらくそこで休んでいってはいかがです?」
「え、でも…」
「いえ、そうしましょう。そうしたほうがいいですから、ね?」
「は、はい…ありがとうございます」
 強引に押し切られる格好で、三下は嵩杞の家に招かれることになった。
 
 そして、フラフラと歩くこと5分。
「あそこですから」
 笑顔で振り返った嵩杞が指さす方向に、一軒の白い小さな家が見えてきた。
 家の前には、控えめに看板がかけられており、それには『西園寺医院』と書かれている。
「お医者さんなんですか?」
「ええ、まあ。小さな病院ですし、大したことはないんですけどね…どうぞ」
 『本日休診』というプレートのかかったドアをくぐり、三下は西園寺医院に隣接する西園寺家に足を踏み入れた。
 家の中は、シンと静まり返っている。 
「どうぞ、適当に掛けて下さい。今なにかお出ししますから」
「ああっ、お構いなく…」
 言いつつ、三下は今のソファに座り込む。
 やはり嵩杞の診断通り、脱水症状を起こしているのに違いなかった。
 一時的に回復したものの、調子が悪い気がする。
 先程の適切な応急処置は、医者だからこそ出来たのだろう――などと漠然と考えながら、嵩杞がキッチンから出てくるのを待った。
「お待たせしました。ちょうど冷えたレモネードがあったので…」
 ややあって、透明のイエローの液体が注がれたグラスを手に、嵩杞が戻ってくる。
 三下はそれをありがたく頂戴すると、ふと疑問に思っていたことを尋ねた。
 居間のテーブルに置かれた、古い本。
 それはだいぶ年季の入った本であり、装丁も豪華だ。きっと高価なものに違いない。
 だか嵩杞は笑って否定した。
「知り合いが、古書店の関係者でしてね。邪魔だから持っていけと、無理やり渡されたんですよ。愛情表現の裏返しじゃないかと、私は思ってるんですけど」
 それゆえの、一種の嫌がらせなのだと嵩杞は言う。
「嫌がられせって…西園寺さんは、それでいいんですか?」
「三下さんは、ずいぶん率直にものをお訊きになる方なんですね」
 笑われて、三下は赤面した。
 その様子を見て、嵩杞は更に笑みを深くすると、三下の隣に腰を下ろす。
「それで、なぜそんなにフラフラになるまで歩き回っていたのか、聞かせていただけますよね?」
 嵩杞に問われるがまま、三下は事のあらましを説明した。



 三下の不器用な説明が終わると、嵩杞はスゥと目を伏せた。
「幾度も飛び降りる…しかも、その後姿がないとあれば、それはやはり霊なのでしょうか」
 決して成仏することの出来ない、哀しい霊。 
 嵩杞は医者である。
 外科、内科、整形外科、皮膚科と、多方面に通じているため、これまでに人間の死に立ちあったことも皆無ではない。
 また、西園寺家は代々『心霊治療』を行ってきた一族だ。
 表稼業よりも裏稼業のほうが断然、死と対面することが多い――ありとあらゆる意味で。 
「自殺を繰り返すなんて…」
 なんと哀しいことだろう。
 嵩杞は右手でこめかみを押さえ、呻いた。
「あの、西園寺さん?」
 うろたえたように三下が腰を浮かせるのが、気配で分かる。
「いえ…なんでもありません。すみません、驚かせてしまいましたか?」
「えっ、いや…急に具合でも悪くなったのかと」
 嵩杞がいつもの笑顔を浮かべると、三下はホッとしたように肩の力を抜いた。
 その様子がかわいらしかったので、無意識のうちに嵩杞は、瞳を笑みの形に細めてしまう。
「それで、話は全部ですか?」
「それが、まだ続きがあるんですよ…編集長にも伝えそびれちゃったんですけど」
 無言で促すと、三下は生唾を飲み込んで、こう言った。
「その男は、必ずこう聞いてくるんですって――自分の存在意義とは何だと思うか、って」
 存在意義?
 それはまた、哲学的なことを質問する幽霊がいたものである。
 嵩杞は両手を軽く握り合わせ、組んだ足の上に置いた。
「…それに納得させられる答えを返せれば、成仏できるのでしょうか」
 つぶやきは、質問とも独り言ともつかない口調だった。
 三下も首を傾げるだけで、明確な回答は提示できない。
 けれど。
「わかりました。私もお手伝いしましょう」
 嵩杞の申し出に、三下は目を白黒させた。
 よっぽど予想外だったらしい。
「でもっ、まだなにも情報が掴めてなくて…場所もわからないんですよ!?」
「大丈夫、パソコンがあれば大抵の情報は手に入る時代ですし…ね?」
 言いながら、嵩杞は書斎兼パソコンルームへと姿を消した。 



 嵩杞が調査した結果、ある歩道橋が『それらしい』という結論にたどり着いた。
 文京区にあるその歩道橋は、道路が広く見通しが良いにもかかわらず、あまり利用者が多くない。
 だか、都市伝説系のサイトで仕入れた情報によれば、どうやらここがクロだ。
 さっそく、嵩杞と三下は西園寺家を出発した。
 日暮れが近づいてきて、さきほどまでの茹だるような暑さはない。
「どうやら、あの歩道橋のようですね」
 地下鉄の駅を出て歩くこと数分、問題の歩道橋が見えてきた。
 人通りも車通りもほとんどなく、なんだか寂しいところだな、というのが、嵩杞の第一印象である。 
「なんか、嫌な気配がしません?」
「そうですか?」
 おびえる三下にポーカーフェイスで答えると、嵩杞は階段に足をかけた。
 一歩。
 また一歩。
 噂の飛び降り自殺する霊に近づいていく。
 そして、階段を上りきったところで、嵩杞は気付いた。
 橋の中程に、ひとりの青年が立っていることに。
「西園寺さんっ…」
 背後から三下がシャツの裾を引っ張ってくる。
 苦笑しながら三下を宥め、嵩杞は単身、青年に接触を試みた。
「こんばんわ。日が落ちて、涼しくなってきましたね?」
 友好的な笑顔で、話しかける。
 常識で考えて、突然このようなことで声を掛けられたら、何事かと驚くだろうが――青年は違った。
「ごめん…オレ、あんまり感じなくなってきてるんだ、そーゆーの」
 色を抜いて明るくしたやや長めの髪には、パーマがあてられている。
 最近の若者然とした出で立ちだが、どこか虚ろな雰囲気をまとっていた。
「そうですか…あなたは、ここでなにを?」  
「死にたいんだ」
 嵩杞の問いに、ハッキリと青年は答える。
「なにもかもが嫌になって、死にたくて…飛び降りたんだけど、なぁ、オレまだ生きてるのか?」
「………」
 自分が生きているのか、死んでしまったのかさえもわからずに、さまよい続ける魂。
「オレはなんのために生きてるんだ?生かされ続けてるんだ?なぁ、教えてくれよ…あんたは、あんたの存在意義はなんだと思う?」 
 すがるような目で見つめられて、嵩杞はゆっくりと口を開いた。
「私はね…存在意義なんて、考えたこともないんですよ」
 青年は、裏切られたというように目を見開く。
 だがそれをあえて無視して、嵩杞は続けた。
「だけど、私は、誰かを愛おしいと思える瞬間が、愛しくて。そして、愛おしい人と共にありたくて、生きているんです」
 人を愛するということ。
 それはとても尊いことだ。
 自分以外のものを受け入れ、理解し、大切にしようとする心。
 それが自分にあるうちは、生き続けられる気がする。
 人を愛することが出来れば、自分が誰かから愛されることもできると思うから。
「貴方は見つけられなかったのですか?生き続ける理由を…」
 問われ、青年は顔を歪める。
「オレは…っ」
 青年は、愛など知らなかった。
 誰からも必要とされず、上辺だけのつきあいに追われる毎日。
 家に帰れば一人きりで、いつしか『自分は何のために生きているのか?』ということを考えるのに、没頭する日々を送り始めた。
 そして。
「オレが死んだら、誰か泣いてくれるヤツがいるのか…試してみようと思ったんだよ…」
「…馬鹿ですね、貴方は…」
 それで死んでしまっては、それこそ生きてきたことに意義などなくなってしまう。
 嵩杞は、壁を背にへたりこむ青年の元に歩み寄った。
「もしここに、あなたが愛おしく思えるものがなかったのなら…少し、人の世を外から見てみたらいかがですか?」
「外…?」
「ええ。花が綺麗だとか、なんでもいいんですよ。なにか『愛おしいもの』を…見つける努力を、してみませんか」 
 そうすれば、今生では駄目だけれど、来世では生きていけるのではないだろうか?
「は、ははは…」
 青年は、額を抑えて泣き笑いを浮かべた。
「そんなに簡単なことでいいんだ…?なんで気付かなかったんだ、オレっ…」
「大丈夫…貴方はこれから、きっと変わっていけますから」
 嵩杞がうなずくと、青年はゆっくりと立ち上がった。
 そして、歩道橋の手すりに両手と片足をかける。
「愛おしいもの…見つけられるかな、オレにも」
 青年が、コンクリートの『大地』を蹴った。
 身体が宙に躍り――落下するのではなく、天へと舞い上がっていく。  
「見つけられますよ、絶対に」
 嵩杞は眼鏡を押し上げ、青年を見送った。

 ――以来この場所では、哀しい青年の姿は目撃されていない。

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■    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0829/西園寺嵩杞(さいおんじ・しゅうき)/男/33歳/医師】

【0767/浅田幸弘(あさだ・ゆきひろ)/男/19歳/大学生】
【0778/御崎月斗(みさき・つきと)/男/12歳/陰陽師】

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■          ライター通信            ■
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 お待たせいたしました。
 『大地を蹴る男』のお届けでございます。

 まずは、私に発注していただいたこと、とても嬉しく思います。 
 どうもありがとうございました!
 過去の依頼などを参考に、盛りだくさんで書かせていただきました。
 ご自宅のことなど、私の想像で書いてしまった部分も多く、とんでもない間違いなどがあったら、本当に申し訳ないです…。
 ストーリー展開の都合上、前半は三下さん視点で、後半は西園寺さん視点となりました。
 どちらの描写も楽しんでいただければなと思います。
 
 ご意見・ご感想は、遠慮なくテラコンよりお送り下さいませ。
 今後も御縁があったときのための、参考にさせていただきますので。

 それでは、今後のご活躍をお祈りしつつ、今日のところはこの辺で失礼いたします。
 いつかまた、別の依頼でお目にかかれることを願って。