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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:サイキック・ウォーズ
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人

------<オープニング>--------------------------------------

 夕暮れ。
 赤く染まった街は、なんとなく風情がある。
 昔の人は、逢魔が時と呼んだそうだが、もはやそんな言葉が使われなくなって久しい。
「あれ?」
 新山綾が不思議そうに小首を傾げた。
 両手にはスーパーマーケットの買い物袋を下げている。
 一人暮らしなのだから、外食やコンビニエンスストアの方が効率が良いのだが、ちょっと色々あって、料理のレパートリーを増やしておきたいのだ。
 まあ、それはともかくとして、綾が興味を持ったのは、遊んでいる男の子である。
 八、九歳だろうか。
 たった一人、石ころを使ってお手玉らしき事をしている。
 古いんだか新しいんだか、よく判らない遊びだ。
 ともあれ、なにかと物騒なこの時勢、宵闇迫る公園に一人でいるのは少し危ない。
 お節介心に灯をともし、綾が少年に近づいてゆく。
「こんな時間まで遊んでちゃアブナイよ。ボク?」
 考えてみると、この構図もなかなかアブナイが、一応本人としては親切でやっているのだ。
「あそんでるんじゃないよ。とっくんしてるんだ」
 お手玉の特訓だろうか?
 あんなもの、特訓してまで上達しなくてはならないものでもないと思うが。
「えっと、何の特訓かな?」
 しゃがみ込んで視線の高さを合わせる。
 少しは児童心理学をかじっているのだ。
「ちょーのーりょく!」
「‥‥‥‥」
 意外極まる応え、というわけではない。
 このくらいの年の子供が超能力などに憧れを持つのはよくある話だ。
 綾が絶句したのは、少年の顔や腕に痣のようなものを見つけたからである。
「いま、学校で流行ってるんだよ。クラスでちょーのーりょく使えないのボクだけなんだ。はやくいちにんまえにならないと」
「‥‥クラスで一人だけ?」
 なにそれ、と言いかけて口を噤む。
「うん‥‥はやく使えるようにならないと、なかまはずれにされちゃうんだよ」
「‥‥そうね‥‥」
 うつむき加減に呟いた綾が、何かを決意したように顔を上げて続ける。
「キミの行ってる学校。お姉さんに教えてくれないかな? もしかしたら力になれるかもしれないよ」



※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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サイキック・ウォーズ

 上空にわだかまった低気圧が、必要以上に湿度を上げている。
 涙腺を緩めた雲が、大粒の涙で地上を濡らしはじめた。
「ふう。なんとか、ぎりぎりセーフね」
 駆け込んだシュライン・エマが、僅かに肩口にしがみついた水滴を繊手で払い落とす。
 北斗学院大学心理学研究所。
 札幌市の郊外に位置するこの研究施設には、彼女の知人が勤務している。
 新山綾という固有名詞を持つ、敵だったり味方だったり師匠だったり依頼人だったり、色々と複雑な関係の女性だ。
 そして今回もまた、なにやら厄介事の依頼である。
 まあ、探偵の仕事などというものは、99パーセントまでが厄介事で占められているから、仕方がないともいえるだろう。
 自答に思わず納得しかかって、
「‥‥探偵が本業ってわけじゃないけどね」
 溜息を漏らす。
 まったく、慣れとは怖ろしいものだ。
「私は翻訳家。‥‥たまに自分で言い聞かせないと、忘れそうになるわ…‥」
「もっともだとは思うが、いまさらって気もするぜ」
 青い目の美女の独白に男の声が応えた。
 鋭気と覇気に富んだ声。
 シュラインは驚いて飛び上がったりしなかった。
 聞き覚えがあったので。
「‥‥灰滋‥‥あんた、東京に帰ってるの?」
 振り向きながら、いきなりの質問を浴びせる。
 挨拶すらしない無礼さではあるが、まあ、それだけ気心か知れているということである。
「たまには戻ってるさ。だがまあ、今のご時世、どこにいたって入稿はできるからな。戻らなくても不自由はないぜ」
 巫灰滋がぬけぬけと言い放つ。
 シュラインより遅れて建物に入ったのだろう。
 黒髪が雨を吸って重そうだ。
「ホントは綾さんと離れたくないだけなんでしょ」
「そのあたりの心理は、シュラインと武さんにも置き換えれるな」
 切り返しておいて、水分を飛ばすために巫が頭を振った。
 子供っぽい、というより、まるで野生動物のようだ。
 このような動作が奇妙に似合う男なのだ。
 そういえば、と、シュラインは思い返した。
 この不敵な浄化屋と知り合ったのは、いつだったろう。
 あれは、興信所に怪奇事件が舞い込むようになってすぐの頃。
 とある事件の調査でバッチングしたのが切っ掛けのはずである。
 夏の陽射し。依頼人の涙。森の中の白骨死体。
 後味の良くない記憶がフラッシュバックする。
 もう、一年になるのね‥‥。
 なんとも奇妙な因縁だった。
 思い出に耽るほど年老いてはいないはずだが、自らの航跡を顧みて、苦笑を浮かべることもある。
 まあ、退屈しないのは幸福なのだろう。きっと。
「どした? 急に遠い目なんぞして?」
「‥‥なんでもない」
 人類が言葉を創造して以来、最も説得力のない台詞だ。
 こんなもので納得する人間は存在しないが、
「そか。なら、さっさと行こうぜ。綾がお待ちかねだ」
 受け流す浄化屋。
 こういう反応はありがたい。
「そうね。ワガママ姫の機嫌を損ねたら大変だわ」
 とりあえず、この場にいない人物に話題を押し付けてシュラインが歩き出した。
 二歩ほど遅れて巫が続く。
「あー 一応いっとくと、綾はワガママじゃないぞ。感情表現が少しばかり過激なだけで」
「ふふーん」
「‥‥なんだよ、その気味の悪い笑いは?」
「さあ? なにかしら?」
 楽しそうに笑う興信所事務員。
 なんだか、久しぶりに舌戦に勝利したような気がする。
 ここのところ、からかわれることはあってもからかうことはなく、少しばかりストレスが溜まっていたのだ。
 上機嫌で歩くシュラインを、一瞬だけ呆然と見送った巫が、やや慌てたように後を追った。
 降りしきる雨の音が、絶え間なく聞こえている。


 新山研究室の内部構造は、それほど奇をてらったものではない。
 スチール製の事務机にありふれた応接セット。
 一八インチのテレビ。ツードアの小型冷蔵庫。
 そして、壁一面に取り付けられた大きな本棚には、研究資料や書籍がぎっしりと詰まっている。
「あ! 良くきてくれたわね。とくにシュラインちゃん☆」
 戸口に現れた二人に、デスクから立ち上がった綾が歩み寄る。
「おいおい。俺はどうでもいいのかよ?」
 笑いながら、巫がむくれて見せた。
「えへへ〜 ハイジのためにも、シュラインちゃんがいてくれるとありがたいんだ☆」
 なんだか嬉しそうである。
 こういうときの助教授は悪巧みをしているに違いない。
「で? わざわざ呼び出したのはどうして?」
 偏見に基づいて断を下しつつ、シュラインが問いかけた。
 すると、綾も表情を改め、二人をソファーに導く。
「じつは、ちょっと気になることがあってね。力を貸してもらいたいんだ‥‥」
 そう言い置いて茶色い髪の助教授が語ったのは、先日の夕刻に目撃したことだった。
 聞き進むうち、浄化屋と興信所事務員の顔も真剣みを帯びてくる。
「どう思う?」
「一クラス全員が超能力者って設定は無理があるわね」
「能力者育成小学校ってのも聞いたことがねぇな」
 口々に応えるシュラインと巫。
 二人は頑迷な現実主義者ではない。
 超能力と呼ばれるものの幾つかは実在することも知っているし、実際に自らの目で確認している。
 だいたい、超能力を否定するなら、巫の霊能力やシュラインの超聴力だって否定しなくてはならない。
 にもかかわらず、この件に超能力は絡んでいないと読んだ。
 一つには、数学的確率である。
 小学校の一学級が、まるまる超能力者集団などということはありえない。
 むろん、政府や地方自治体が超能力者を養成することもない。
 当然である。
 公的機関が、怪奇現象や超常現象を肯定するようになったら、この国の未来は砂浜に一戸建てを建てるより危険だ。
 まあ、権力ボケした政治業者どもがトチ狂って、そのような機関をつくる可能性は否定できないが、公の場に設けることは絶対になかろう。
「やっはり、二人ともそう思うかぁ‥‥」
「他に考えようがないじゃない」
「厄介なことにクビを突っ込んだな。綾」
 黒、青、赤。三色の瞳にそれぞれ深刻な光をたたえ、三人は考え込んだ。
 いみじくも巫が口にしたように、厄介な事件である。
 それも、極めつけに。
「イジメ、か‥‥」
 シュラインが呟く。
 それがいつ生まれたか、答えを知るものはいない。
 集団心理。
 教師の指導力不足。
 家庭教育の不備。
 希薄な人間関係と、人付き合いの稚拙さ。
 要因はいくつも考えられるが、結果としてはたった一つである。
 多数による少数の虐待だ。
 日本の歴史を紐解けば、部落差別などもこれにあたるだろう。
 それだけに根は深く、一朝一夕に解決できるものでもない。
「まあ、この国全体のことを考えるのは政治屋の領分だから」
 綾が口を開き、二人が頷いた。
 あまり大きくものを考えすぎると、かえって身動きがとれなくなる。
 彼らが考えるべきは、現在いじめに遭っている一人の少年を救うことであだ。
 それ以上は任ではない。
 冷酷なようだが、全体的なことは教育者と政府に任せるしかなかろう。
 三人は啓蒙運動をおこなう思想家ではないのだ。
 目に見える範囲で、事態の改善を図るしかない。
 お節介、という言い方もできる。
 だが、非人道的な行為が目前で行われているとき、傍観しているよりは上等であろう。
 義を見てせざるは勇なきなり。
「‥‥俺も、まだまだだな。自分のやることに、何とかして意義を見出そうとしてるぜ」
 内心で苦笑する浄化屋。
 本当は、複雑な動機づけなどいらないのだ。
 イジメなどという低劣な行為は許せない。
 それで充分なのである。
 しかし、大人が子供の世界に介入するには、色々と精神的な壁が立ちふさがってしまう。
「ちなみに、綾さんはどう決着をつけるつもりなの?」
「んー 子供だからって甘くはしないつもり。少しコワイ目に遭ってもらおうかなって思ってる」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 黙然と助教授を見つめるシュラインと巫。
 二人の脳裡には、共通の映像が浮かびあがっていた。

 ――逃げまどう子供たち。
 綾の哄笑が響き渡る。
「オーッホホホ! 本当の超能力のオソロシサ。たっぷり味わうがよいわ!!!」
 炎が風が静電気が荒れ狂い、教室は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す――

 ‥‥怖ろしすぎる‥‥。
「綾さんは手を出しちゃダメ!」
「頼むからおとなしくしてろ!」
 シュラインと巫が、必死に魔術師の暴走を止めようとする。
「‥‥あのねぇ‥‥二人してどんな想像したのよ‥‥いま」
 すごく不本意そうな顔の綾。
 まあ、経歴と性格を考えると、あながち間違った想像でもないような気もする。
「だって、ねえ? 物理魔法は超能力と見分けつかないし」
「綾は過激だしなぁ」
「ふたりとも、ヒドイよ‥‥」
 わざとらしく泣き真似してみせる。
 むろん、一顧だにされなかった。
 仕方なく綾が説明を続ける。
 今回、物理魔法を使う必要はあるまい。
 相手は、たかだか小学三年生だ。
 虚仮威しが通用する年代である。
「わたしたちには、イジメをやめさせることなんてできない。下手にお説教なんかしちゃうと、エスカレートさせることにもなるし」
「また悪役なのね。いいけど、べつに」
「三浦の力も借りなきゃな。学校の許可はどうする?」
「文部省から圧力をかけてもらうわ。あざとい?」
「いいえ。こういうのに厳として抵抗できる学校なら、イジメなんて問題は起きないでしょ」
「まったくだ。事態を隠すのに戦々恐々してるんだぜ。きっと」
「末端レベルを論っちゃ可哀想よ。彼らだって生活があるんだから」
「綾さんらしくないわね。可哀想なのはイジメを受けてる子でしょ?」
 ぴしゃりとシュラインが言う。
 すでに関わってしまった以上、旗幟を鮮明にしなくてはならない。
 中途半端では、結局、どちらも救うことはできないだろう。
 このあたり、さすがは怪奇探偵の薫陶よろしきを得ている女性である。
 中国の諺でいうなら、騎虎の勢い、というヤツだろうか。
「判ったわよ。でも、やりすぎないでね。イジメっ子とはいっても、PDSDにしちゃうのはあんまりだから」
「ふふ‥‥優しくなったな。綾」
「ハイジと出逢ったからよ‥‥」
「はいはい。ラブシーンは後にして、細部を煮詰めちゃいましょ」
 呆れた顔で碧眼の美女が手を拍き、脱線しようとする二人の注意を喚起した。
 まったく、遊んでる場合ではないというのに。


 白昼の校庭に、五両の装甲車が乗り入れる。
 すべて自衛隊ナンバーだ。
 濛々と沸き上がる土煙。
 窓から顔を出す小学生。
 衆人環視の中、装甲車の扉が開き、三〇名ほどの自衛隊員が地上に降り立つ。
 その先頭にいるのは巫とュラインだ。
 二人とも軍服をまとっている。
 しかも、なんだか自衛隊の制服ではない。近未来SFに登場するような大仰な軍服だ。
 後に続く自衛官たちの服装も、やたらとメタリックである。
 虚仮威しその一なのだが、
「コスプレみたい‥‥」
 とは、苦笑を浮かべたシュラインの呟きである。
 もっとも、実際コスチュームプレイなのだ。
 自衛官が携えた突撃銃のようなものにも弾は入っていないし、巫とシュラインの腰にある拳銃も音だけが鳴る代物だった。
 前方に、わらわらと教職員たちが集まってくる。
 抗議行動だろう。
 末端部まで指示は行き届いていないはずだ。
 彼らには、事がすべて終わった後、ちゃんと事情が説明される事になっている。
 納得できぬものも多いだろうが、まあ、そこまでは知ったことではない。
 全員が納得するまで待っていたら、事態は進展しないのだ。
 巫とシュラインが拳銃を引き抜き、空に向けて撃った!
 永遠に弾は落ちてこないが、示威効果としては充分だろう。
「我々は自衛隊北部方面特殊監察部第一特殊部隊である。これより、この学校の立入検査を行う。邪魔するものは射殺する!」
 凛とした声で言い放ったのはシュラインだ。
 ヴォイスコントロールに長けた彼女にかかると、ものすごく適当なネーミングすら格好良く聞こえるから不思議だ。
 とはいえ、とんでもない暴挙なのは事実である。
 体格の良い教師が進み出る。
「なにものだ! おまえら!?」
 いきなり、おまえら、とは無礼な話だ。
 この粗暴さは体育教師かもしれない。
 偏見に満ちたことを考えながら、無言で巫が教師を蹴り飛ばした。
 それだけで、教師の身体は二メートルほど吹き飛ぶ。
 もともと戦闘力に差がありすぎる。
 これでも手加減しているのだ。
 唸り声を上げて身を起こした教師の眼前に銃口が突きつけられた。
「邪魔するものは射殺すると言った。聞こえなかったのか?」
 冷然たるシュラインの声。
 青い瞳は、まるで永久凍土のようだった。
 観念したように、教師が両手を挙げる。
「お前はものわかりのいい男だ。長生きできる」
 侮蔑の一言を与え、校舎へと歩き出す。
 まあ、銃を突きつけられれば、どれほど勇敢な人間でも震え上がるものだ。
 最初に立ち向かってきただけでも、この教師は勇気がある。
 校庭に飛び出してきた教師の中には、すでに逃げ去ったものもいるのだから。
「‥‥警察にでも連絡するかな?」
 すっとシュラインに身を寄せ、巫が囁いた。
「ご苦労様よね」
 表情を変えずに囁き返す。
 通報しても無意味なのだ。
 警察は、警視庁の稲積警視正を通して、警察庁長官から指示が降りている。道警も所轄も、手も足も頭もでない。
「ま、気骨ある警官もいるだろうがな」
 巫が嘲笑する。
 正義の味方たる警察官なら、気骨があって当たり前のはずだ。上からの指示だからといって動けなくなるのは情けない限りである。
 もちろん、気骨あるものがいても大丈夫だ。
 そういう時のために、三浦陸将補が部隊を率いて小学校の周囲を固めている。
 この大芝居のため、かなりの金をかけているのだ。
「この派手好みは、やっぱり綾さんの計画よねぇ‥‥」
 苦笑を浮かべるシュラインであった。
 やがて、彼らは三年四組の教室の前に到着する。
 件の少年のいるクラスである。
 頷き合った二人が、表情を引き締めた。
 ここからが本番なのだ。
 自衛隊員が、引き戸を蹴破る!
 まあ、普通に開けて入っても良いのだが、効果というヤツだ。
 教室の中では、おそらく担任教師であろう中年の男が生徒たちを庇うように立っていた。
 立派な心構えではあるが、そもそもコイツが早くイジメに気付いていれば、巫にもシュラインにも出番はなかったはずだ。
 責任の一端はあるのだから、多少は怖い思いをして反省してもらわないと。
「この教室にいる四〇名の児童が超能力者である、との報告があった。よって、この場にいるすべてのものを自衛隊超科学研究所に収監し解剖実験を行う!」
 ふたたびシュラインの宣言。
 バカバカしさを堪えるのが大変な台詞である。
 もっとも、バカバカしさを感じたのは担任教師も同じだったようで、顔面蒼白になりながらも抗議の声を絞り出す。
「超能力って‥‥いったい何を言って‥‥」
 だが、最後まで言い切ることはできなかった。
 巫の拳銃が火を噴き、窓ガラスを叩き割ったからである。
 ‥‥弾は出ないから、後ろにいた自衛隊員が石を投げただけなのだが。
 悲鳴をあげる生徒たち。
「とぼけるならそれでも良い。実験すれば済む話だ」
 どこまでも冷静なシュライン。
「そんなの子供の嘘に決まっているじゃないですか‥‥」
「本当か嘘かは我々が決める。もし嘘だとすれば、児童にそのような虚言をさせた貴様の責任を問うことになろう。今のうちに遺書をしたためて置くことだ」
「そんな‥‥」
 シュラインの無茶苦茶な論法についていけるものなどいない。
 担任教師が言葉に詰まる。
「大佐! 児童の中に、一人だけ超能力を持たないものがいるはずですが」
 演技たっぷり、巫が報告する。
 ちなみに、自衛隊に大佐という階級はない。
「ふむ。では、そのものは用無しだな。解放してやるから前に出るが良い」
 なんでそんな怪しい称号で呼ぶのよ〜 という内心の声を隠したまま、シュラインが教室を睨め回す。
 青い瞳と軍帽の取り合わせが、ものすごく様になっているが、様になっていれば良いというものでもなかろう。
 やっぱり、乗馬鞭が欲しいよな。小道具として。
 巫がくだらないことを考えている間にも、教室に動揺の波がざわめく。
 じつのところ、ここから先は何パターンかシナリオが用意されている。
 素直に少年が名乗り出た場合。
 複数の人間が名乗り出た場合。
 誰も名乗りでなかった場合。
 そして、現状は三番目のパターンだった。
「どうした? 名乗り出れば死なずに済むのだぞ。まあ、こちらで調査しているから、誰が超能力者でないかは判っているが」
 優しげな口調で、シュラインが説明的なことを言う。
 極限状態でなければ、絶対に怪しさに気が付くだろう。
 とはいえ、あまり悠長にやっている時間はないのだ。多少、台詞に無理が出るのは仕方がない。児童の精神にかかる負担を考えると、あと一五分ほどしか残り時間は残されていないのだ。
 時間との戦いである。
 この脅し文句が聞いたのか、やがて、一人の少年が前に進み出た。
 なるほど。たしかに腕や顔に痣がある。
 これは、あからさまに殴打の痕だな。
 荒事に詳しい巫が、瞬時に判定を下す。
 とくに、左目の下の痣が酷い。ぎりぎり外れているが、失明する危険のある場所だ。まったく、最近の餓鬼どもは手加減というものを知らん。
「よし。お前は解放してやる。出てゆくが良い」
 シュラインの声。
 だが、少年は頭を振った。
「ぼくだってみんなのなかまだ。いつかきっとちょーのーりょく使えるようになるよ!」
「それで?」
「だが、ぼくもいっしよにいく!」
 たいした心意気だ。
 そうまでして、仲間というものを大切に思うか。
 立派ではあるが、果たして仲間たちの方は、少年の心意気に感じるところがあるだろうか。
「良かろう。では、貴様も連行する。もっとも、力のないものは即刻処刑されるだろうがな」
 冷酷に突き放す。
 少年だけでなく、クラス全体に聞こえるように。
 ここは、賭に出なくてはいけない場面なのだ。
 自分たちの嘘を認めるか、それとも少年を見捨てるか。
 小学三年生には厳しい質問かもしれない。だが、まだピュアな心を持つ子供たちなら、打算とは無縁に事を決することができるはずだ。
 その可能性に賭ける。
 もちろん、汚い大人としては、賭けに負けたときのシナリオもちゃんと用意してあるが。
「ぜんぶ、うそなんだ!!」
 と、教室の隅にかたまっている児童たちのなかから大声が上がり、少年が一人転がりだしてきた。
 比較的体格の良い少年だ。
 昔風にいうなら、ガキ大将といったところか。
「おばさん! おじさん! ちょーのーりょくなんてぜんぶうそなんだよ!! ただちょっとからかってあそんだだけなんだ!!」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 二六歳のコンビは沈黙していた。
 かなりの勢いでカツーンときたが、我慢、我慢。
 ここは大切な場面なのだ。
 情勢を見守る。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
 少年が泣きながら詫びる。
 怖い軍人さんたちに向かって。
 少し違う。
 詫びるべき相手は、他にいるだろう。
「‥‥つまり、貴様たちは共謀して、我々を騙したわけだな」
 シュラインが追い打ちをかける。
 ここは、悪役に徹さなければ意味がない。
 心苦しいが、もう少しの間だけ、怖い思いしてもらう。
「その罪、死んで償ってもらうぞ」
 さっと右手を挙げる。
 自衛官たちが、思い入れたっぷりに銃を構えた。
「やめろ!!!!」
 痣のある少年が両手を拡げて立ちふさがる。
 がくがくと膝か震え、半泣きの表情になりながらも、一歩も下がらない覚悟のようだ。
「みんなにてをだすな!! かえれ!!」
 たちまちのうちに、少年の周囲に人のバリゲートが完成する。
「よっちゃんをまもれ!」
「かえれ!!」
「ぼくたちの学校からでていけ!!」
 ほとんどの子供が泣きながら、今までいじめていた少年を庇う。
 まあ、これも一つの集団心理なのだが、イジメに向かうよりは七〇〇倍ほどはマシであろう。
 巫とシュラインが目配せした。
 ここまでで充分であるし、時間的にも限界に近い。
 できれば、担任教師あたりにここは格好良く決めて欲しいのだが、待ってやる余裕はない。
 巫の拳銃がふたたび火を噴き、教室を静まりかえらせる。
 むろん、計算内の行動だ。
「ガキが! ホントにぶっ殺すぞ!!」
「やめておけ。少佐」
「は‥‥」
「少年よ。名は何という?」
 イジメを受けていた少年に訊ねる。
 わざとらしいと言うなかれ。
「‥‥須藤芳則(すどう よしのり)‥‥」
「芳則か。良い名だ。では、芳則の勇気に免じて、我々は退いてやる。良き友を持ったな」
 シュラインの一言で教室に安堵感が漂った。
 が、彼女の言葉はそれで終わらなかった。
「ただし! 二度目はない! 次に嘘をついたり友達をいじめたりしたら、その時は!」
 自らの首に、右手の親指をあて、横一文字に引く。
 ヒィっと子供たちが息を呑んだ。
 ま、素直なのは良いことさ。
 なんか、戦隊モノの悪役じみてきたな。
 内心で肩をすくめた浄化屋だったが、むろん口に出しては何も言わなかった。
 そして、登場したときと同様の唐突さで、自衛隊北部方面特殊監察部第一特殊部隊とやらが撤退を始める。
 立ち去る装甲車に向かって、子供らの投げた小石が飛んできたが。
 これはまあ、悪役としては当然だ。
「いまごろ、真駒内には苦情電話の嵐だろうな」
「ま、その辺の処理は綾さんと三浦さんの仕事ね。ニクマレ役は買って上げたんだから、事後処理くらいはやってもらわないと」
 装甲車の中、笑いながら話をする二人であった。
 なんとか、現場の方は上手くいった。
 侵入から撤退まで四〇分強。時間的にもまずまずだろう。
 あとは、シュラインのいうように事後処理だけだ。
 マスコミへの抑え。父兄や教師たちへの説明。
 どのように処理するつもりなのか判らないが、また綾のコネクションがものをいうことだけは間違いない。
 大人の世界とは、けっこうダーティーなのだ。
 それにしても、泣きながら仲間を庇うとは。
 イマドキの子供も、捨てたものではないかもしれない。
 そんなことを考えてみる。
「私たちの仕事はこれで終わりね。さすがにちょっと疲れたわよ。少し寝むから、真駒内に着いたら起こして」
「了解したぜ。シュライン大佐」
 笑いながら巫が応えた。
 舌を出したシュラインの目に小さな窓が映る。
 低気圧の去った七月の空は、彼女の瞳のようにどこまでも青く澄み渡っていた。


  エピローグ

 ネットカフェから巫が戻ったとき、部屋には客があった。
 もっとも、この部屋の主は浄化屋ではない。
 主は今、客人と一緒にキッチンに籠もっているようだ。
「おーい。綾、シュライン、何やってるんだ?」
「あ、ハイジ、おかえりー」
「ご愁傷様〜」
 恋人の言葉はともかくとして、友人の言葉の方は聞き捨てならない。
「なにやってんだよ?」
「シチューつくってるんだよ☆」
「おいおい。このクソ暑いのに‥‥って、これはなんだ?」
「だから、シチュー‥‥」
「具は入ってないのか?」
「それがねぇ。全部溶けちゃったのよ」
「綾さん面取りしないんだもん」
「うー やっぱり煮込み系は苦手だよ〜」
「焼き物や揚げ物は上手なのにねぇ」
「ところで、これは誰が食うんだ?」
「もちろん」
「ハイジよねぇ」
「うわぁ。やっぱりなぁ。綾、べつに料理の練習なんかしなくていいって」
「あー なんかその言い方ムカつく! あったまきたから、上手にできるまでハイジのご飯はずっとシチューね☆」
「ちょっと待て! なんでそういう話になるんだ!?」
「‥‥愚かな‥‥雉も鳴かずば撃たれまいに‥‥」
 日本人でもないクセに、なぜか古い言い回しを知っているシュラインだった。
 哀れな雉が、具なしシチューを一口すする。
 やたらとボソボソしてる。
「おお! 美味いぜ! もう練習する必要なんかないって!!」
 身振り手振りを交えて、大仰に絶賛する。
「カッチーン」
 なぜか綾のこめかみに青筋が立つ。
「あれ?」
「‥‥マイナス五七九四点‥‥」
 小さなダイニングキッチンで、三人の男女が漫才を繰り広げる。
 涼やかな風が風鈴を揺らす。
 北海道の夏は、始まったばかりだった。


                     終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「サイキック・ウォーズ」お届けいたします。
ちょっと重めのテーマで、いじめを題材に書いてみました。
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
あ、それから。
お二人とも正解です。
ビンゴ☆
んー ちょっと簡単すぎましたか?

ところで、シュラインさまと灰滋さまのコンビって、これで何度目でしたっけ?
たしか、初めてコンビを組んだのは、かなり初期の頃の話で、「淫魔はオジサマがお好き」でしたよね。
えーと、草間3作目ですか。
あの頃から、もう半年が経ったんですねぇ。
なんだか懐かしくて、しみじみしてしまいます。
ホント、いろんなことがありました‥‥
と、振り返っていたら、ムクムクと草間を書きたくなってきました☆
また性懲りもなく(笑)

それでは、またお会いできることを祈って。