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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


大地を蹴る男

 自分は誰からも必要とされない
 要らない子なのだと、ずっとずっと思っていた――。



 新宿にある、月刊アトラス編集部。
「歩道橋から飛び降りる、変な男ぉ〜?」
 部下の話を聞いて、編集長の碇麗香は思いきり眉をひそめた。
「そうなんですよぉ…」
 ハンカチで額の汗を拭いながら、ペコペコと頭を下げるのが、部下である三下忠雄。
 事の発端は、来月号の怪談特集のために読者の投書をチェックしていた三下が、不気味なハガキを発見したことにある。
 その投書とは、このようなものだった。
『毎日決まった時間に、歩道橋の上から飛び降り自殺をする男がいるらしい。
ただし、飛び降りた後に下を見ても、何の痕跡もない』
「飛び降り自殺…そして消える男、か…」
 あごに手をあてて、麗香は唸った。
 これは調査の必要がありそうだ。
 久しぶりに『本物』のニオイを感じて、不敵な笑みを浮かべる。
「ネットで都市伝説のサイトも見てみたんですけど、実際ものすごく広まってる見たいですよ、この噂」
「わかったわ。とりあえず、確かめましょう」
 麗香はポンと膝を叩くと、立ち上がった。
「興味があるから、私が行くわ。誰か『そっち方面』に強いのも連れていくし」
「へ、編集長が行くんですか!?」
 自ら腰を上げるなんて珍しい、などとは死んでも言えない三下である。
「そうよ。じゃなかったら、あんたが誰か連れていってくれてもいいけど」
「うへぇ」
 わけのわからない返事をして、必死に考えこむ三下。
 そんな三下を見て、麗香は深々とため息をついた。
 もう少し頼りがいがある部下に成長してくれる日が、いつかは来るのだろうか。
「だから私が行くって言うの。あんたは、ページレイアウトとか再来月号の特集の準備とかやってなさいね?」
「わ、わかりましたッ…それで、編集長」
 あわてて口を開く三下を、麗香は無言で促す。
「その男なんですけど、必ず『あなたの存在意義とはなにか』って聞いてくるらしいんです」
「はぁ?」
 麗香はまなじりをつり上げた。
 変なことを聞いてくる幽霊?である。
「オッケー、頭に入れとくわ。さてと…」
 三下を追いやると、麗香は、デスクの上に置いてある電話帳を手に取った。
 ここには、今までに会ったことのある能力者の携帯番号を書き記してあるのだ。
「そうねぇ…たまには、彼に連絡してみようかしら」
 ひとりごちて、麗香は番号をプッシュした。
 
◇ 

 昼休みの中庭で、誰かの携帯が鳴った。
 着信メロディは、流行のポップス。
 この曲はたしか、10人を超える女の子アイドルグループの新曲だったはずだ。
 自分はあまり流行に敏感ではないので、よく知らないが、親友が口ずさんでいたのを聞いた記憶がある。
「……?」
 木陰のベンチで読書をしている浅田幸弘は、そのメロディが自分のバッグから聞こえることに、疑問を抱いた。
 この曲を設定した記憶はない。
 …とすれば。
「隆之介…」
 親友の顔を思い浮かべて、幸弘はため息をついた。
 悪い男ではない。
 …ないのだが、ときどきこういうイタズラをして他人を困らせる悪癖は、どうにかならないものか。
「はい、浅田です」  
 近くに人がいないのを確かめて、幸弘は携帯電話を耳にあてた。
 発信者は、取る前にディスプレイを見て、わかっている。
『もしもし、月刊アトラス編集部の碇ですけど』  
「どうも。ご無沙汰してます」
 変わないイキイキとした声に、幸弘は少しだけ安堵した。
 隆之介のツテで知り合った女性編集者。性別は違えど、彼女のサバサバした性格は、幸弘の目に好ましく映った。
 しばらく会っていなかったが、元気でいてくれて良かったと思う。
「何かありましたか?」
『ふふ、ちょっとね…』
 電話の向こうで、麗香が含み笑いをした。
『実は面白い取材があるんだけど、協力して欲しいなと思って』
 それはまた珍しい申し出だ、と思う。
 隆之介をはじめとして、麗香の知り合いには能力者が多い。
 彼らの内の誰でもなく、幸弘に話が回ってくるとは、とてつもなく意外なことだ。
「取材ですか。それはどういう…?」
『まぁ、調査主体なんだけどね…』
 手際よい麗香の説明を聞き、幸弘は納得した。
 なぜ、今回の依頼が自分に回ってきたのかを。
「つまり、その男の身元を調べて欲しい、ということですね?」
『ご名答♪』
 幸弘の父は、都内にある某大病院の理事長をしている。
 もしかしたらその幽霊が『一番はじめに自殺したとき』、父の病院に運ばれた可能性があるかもしれない、と、麗香は考えているのだ。
「わかりました。じゃあ、カルテなんかを調べてご報告します」
『ありがとう。後で合流して、一緒にその歩道橋まで行ってくれると、さらに嬉しいわ』
「もちろん、お供いたしますよ」 
 微苦笑を浮かべ、幸弘は電話を切った。
 幸い、午後には授業はない。
 図書館で調べものをする予定は延期になってしまうが、良いだろう。
 誰かから必要とされるということは、心地よいものだから。



 すぐに幸弘は父の病院に行き、カルテを調べた。
 麗香(というより三下なのだろうか)が下調べしてくれた情報によると、歩道橋の場所は場所は文京区。
 目撃されはじめた時期からして、飛び降り自殺があったのは20日ほど前だろうとのことだった。
 該当するものは――なかなか見つからない。
 その時、再びポップなメロディーが流れた。
 病院内では、携帯電話の使用は禁止である。
 相手の名前を確認し、電源を切った。同時に、指が目的のものを探し当てる。
「あった…!」
 カルテに記載された名前は、梶原康雄(かじわら・やすお)。
 千代田区の大学に通う20歳で、死因は頭蓋骨と首の骨折、となっていた。
 幸弘は内線電話で父親に礼を言うと、病院の外に出る。
「もしもし…隆之介?」
 先程の着信は、大上隆之介からだった。
『ひどいよ幸弘〜…電源切るなんてっ!ボクの愛は届いてないの?』 
「ああ、届いてない」
 声色を作る友人に、幸弘はアッサリ返した。
『ガーン!ひどいっ、アタシのことは遊びだったのねっ』
 これがふたりのいつものやりとりで、お互いに楽しんでいる部分があるのだ。
 幸弘としては、邪険に扱ったあとの隆之介の反応が面白いので、わざとからかって遊んでいる。
「じゃなくて、病院にいたんだよ。携帯禁止だろ」
『ふーん、なるほどね。親父さんのところか?』
「ああ、…もうすぐ出るけど」
 言いながら、足はすでに地下鉄の駅を目指していた。
『ま、いいや、何に巻き込まれてるか知らないけど、真由っちを悲しませるようなことだけはすんなよ?』
 幸弘クンに何かあったらボクも泣いちゃうっ、とわめく隆之介に、幸弘は感謝しながら通話を終えた。
 ――本当に、自分は恵まれている。



「やー、ありがとありがと。ホントに助かったわぁ」
 件の歩道橋の近くで合流した麗香は、片手をあげて笑った。
 満足そうな満面の笑みだ。
「いいえ…俺なんかがお役に立てれば、いくらでも」
「あらホント?」
 キラリと瞳を輝かせた麗香に、まずいことを言ったかも…と後悔するが、時すでに遅し。
「あの碇さ…」 
「じゃあ、浅田くんの存在意義を教えてくれない?」
「は……」
 存在意義?
 それまた唐突な言葉である。
 かくかくしかじかで麗香から事情を聞き、ようやく幸弘は合点がいった。
「彼は、そんなことを聞いてくるのか…」
 存在意義。
 存在することが出来るだけの、価値。
「俺の存在意義…」
 ポツリとつぶやいて。
 昔を、思い出した。



 夕日に照らされて、橙色に染まった部屋。
 窓辺に立つ母の表情は、逆光でよく見えない。
「まったくもう、この子はッ!」
 苛立ちを隠そうともしない、母の怒声。
「おかーさ…」
 バシッ!
 さしのべた手は、無慈悲に振り払われた。  
「触るな汚らしいッ」
 頬を打つ、冷たい手のひら。
「どうして、そんな力があるのッ」
 バシッ!
「この化け物!」
「や…めて…おかーさん」
 バシッ!
 バシッ!
「あんたなんて、消えてしまえばいいのよっ」
 身体中を殴られ続けて、意識が朦朧としてくる。
 ――どうして僕は、嫌われなくちゃならないのかな?
 熱と冷気を操るという、特異な能力を持って生まれたのは、自分のせいじゃないけど…
 ごめんなさい、おかーさん。
 お願いだから、もうぶたないで。
「ひっ…あ、ああああああっ!?」
 気がついたら、母親の体が燃えていた。
「おかーさん…」
「い、いやぁぁぁぁぁっ!!」

 それから先のことは、よく覚えていない。

 母に忌み嫌われたあの頃、幸弘は自分の存在価値を見いだせずにいた。
 自分なんて生きていても、迷惑なだけだ。 
 そう、思い続けていた。
 自分の殻に閉じこもり、破滅を願う。
 何よりも、母を害してしまった自分の破滅を、心から望んでいた。 
 だが、世界は彼を逃がしてはくれなかった。
 そして、その後、幸弘は真由という少女と出会う。
「俺には近寄らないでくれ…俺は、化け物なんだ」
 そう言って拒否した幸弘を、それでも真由は抱きしめてくれた。
「どんな能力があったっていいよ。あなたはあなたじゃない。私は…今の浅田幸弘が好きだもん」
 その言葉に、どんなに救われたことか。
 暗闇を照らす一条の光。
 生まれて初めて、存在することを許されたという事実に、幸弘は泣いた。
(真由が必要としてくれるなら、俺は生きていける――)
 病んだ魂を救ってくれた真由との出逢いを、心から神に感謝している。
 また、親友の隆之介――彼の存在も、幸弘には欠かせない。
 はじめは真由にちょっかいを出してくる、嫌な奴だったけれど、今となっては唯一気兼ねなくつきあえる、良き友だ。
 彼らが必要としてくれること。
 それが浅田幸弘の、存在意義である。



「これを聞くことが、彼の存在意義なんでしょうか?」
「さあ、ね…」
 歩道橋にたどり着いたふたりは、足早に階段を上っていく。
 登りきったところで、梶原康雄の霊が橋の中ほどに佇んでいるのに気付いた。
「梶原さん、ですか」
 幸弘の問いに、梶原はうなずく。
 そして虚ろな瞳で、尋ねてきた。
(あんたの…存在意義を教えてくれないか…)
 幸弘は迷わずに、断言する。
「俺の存在意義は、俺を必要としてくれる人がいること。それだけだ」
(必要としてくれる、人…)
 梶原が、まぶしそうに目を細める。
(オレには、そんな人はいなかった…)
「いつかきっと、貴方にも…現れると思う」
 あんなにも絶望した自分が、ここまで立ち直れたのだ。
「だからもう、眠ったほうがいい…」
(ああ、そうだな…さすがに疲れたよ…)  
 梶原は目を閉じる。
 だんだんと、その姿を消していく梶原の姿を、幸弘と麗香はいつまでも見送っていた。
 その存在を、決して忘れないがために。



 麗香を月刊アトラス編集部まで送り、じゃあと片手をあげ、ハタと幸弘は思い立った。
「そうだ…碇さん」
「何?」
 スキップせんばかりの麗香は、呼び止められて振り返る。
「碇さんの存在意義って、何ですか?」
 微笑を浮かべて尋ねると、麗香はニヤリと笑った。
「死んだらなんの意味もなくなること考えながら生きていくのって、時間の浪費だと思わない?」
 ものすごく、麗香らしい回答だと思った。 
 思わず笑ってしまう。
「じゃ、お疲れさま!大上くんにもよろしくね!」
「はい。ではまた…」 
 軽く手を振りながら、改めて思う。

 今の自分は、なんて幸せなのだろう、と――。

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■    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0767/浅田幸弘(あさだ・ゆきひろ)/男/19歳/大学生】

【0778/御崎月斗(みさき・つきと)/男/12歳/陰陽師】
【0829/西園寺嵩杞(さいおんじ・しゅうき)/男/33歳/医師】

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■          ライター通信            ■
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 たいへんお待たせいたしました。
 前回に引き続き、学習能力がなくて申しわけありません…。
 
 なにはともあれ、私に発注していただいたこと、とても嬉しく思います。 
 どうもありがとうございました!
 むしろ、いつもありがとうございます、と申し上げるべきですね♪
 今回は初めて書かせていただいたPCさんでしたが、とても楽しかったです。
 隆之介くんや真由ちゃんとの関係が、設定通りに書けていると良いのですが…。
  もしなにかあれば、遠慮なくテラコンよりお送り下さいませ。
 今後も御縁があったときのための、参考にさせていただきます。

 それでは、今後のご活躍をお祈りしつつ、今日のところはこの辺で失礼いたします。
 いつかまた、別の依頼でお目にかかれることを願って。