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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


カレンダー・ガール

「彼女は夏に閉じ込められてしまっているのだと思います。」
 と、アイドル事務所の所長・大原と名乗るその中年男は言った。
「…夏に?」
「正確には、8月に。」
 草間は不審そうな顔をして、だが依頼書を記入する為にペンを動かす手は止めず尋ねた。
「もう少し詳しく教えていただけませんかね?」
 相手は深く頷き、そして一枚の写真を差し出すと訥々と話始めた。
「彼女の名前は三村香織…。18年前の8月、ウチの事務所で売り出すカレンダー用写真の撮影終了直後、失踪したアイドルです。当初は息抜きにどこかを散歩しているのだろうと思われていましたが、そのまま行方不明に。現地警察と私達の必死の捜索…その後彼女は遺体で見つかりました。この事件を覚えてらっしゃいますか?」
「…ああ…。」
草間は脳裏の記憶を探り、まだ自分も若かった頃の事件を思い起こした。確か撮影されたカレンダーは結局発行されずじまいになったはず。「犯人が見つからずに迷宮入りした。」
「物取りか、変質者か…分りませんが、私どもが付いていながら可愛そうな事をしました。」
「では、犯人を見つけるのが望みでは?」
 ひさしぶりに来たマトモらしい仕事に、草間は内心思った…嵐かそれとも槍でも降るか…と。
 だが、大原は首を振った。
「いや…もう時効はとうに過ぎてしまいましたから…。」
 大原は強く首を振ってその写真をもう一度指し示して見せた。白い砂浜と蒼い海をバックに大きく笑う17.8歳くらいの少女が写っている。赤い水着はネック裏で大きなリボンを結んであり、15年前の古さを思わせた。
「この写真の姿のまま、彼女は夏になるたび現れるらしいのです。」
「…現れる?」
 促すように尋ね返す。
「毎年8月になる度、撮影場所だった海周辺を歩き回るのだそうです。僕の前に姿を現したことはありませんが…。」
 草間は大原の一人称が「私」から「僕」になった事に素早く気付いた。
「失礼ですが。三村さんとあなたは?」
「…恋人同士だったんです。」
 当時は事務所の下働きでしかなかった大原と、駆け出しのアイドル三村。
「僕は、彼女を8月から解放してあげたいんです。」

ACT.1
「と言うわけで、今日の依頼はこの3人で片付けて来てくれ。」
ここは草間興信所。草間武彦は煙草と珈琲の香りが染み付いた事務所に集まった3人に向かってそう言った。「具体的に言えば三村さんの幽霊を探し出し、成仏させてあげられればいい。だが、今日一日探して、見つからなければ帰ってきてもいい。」
「あら、珍しく消極的なのね武彦さん。」
挽きたての珈琲をローテーブルに2客置きながら、シュライン・エマはそう言って、事務机に腰を置くように立って煙草をふかしている草間に彼のカップを手渡した。「解決しない依頼なんてあってもいいの?」
「要は大原氏の気が済めばいいだけだからな。犯人を捜して欲しいというなら話は別だが。」
 どうやら彼は、依頼がいつもどおりの怪奇事件で、本格的犯罪調査ではなかったことにがっかりしているようだ。勿論それを顔には出していないが、シュラインは彼のそんな微妙な心理を感じ取って僅かに苦笑した。
「でも話を聞くにその子、年月が経った事にも気付かず何度も同じ夏を繰り返してはる。切ない話ですね。」
 と、言ったのは事務所のソファに座った一人の青年。彼は自分に視線が集まったのを感じて、少し照れたような顔をした。だが、彼の隣に座った少女は、この言葉にしっかりと頷き、草間とシュラインに向かって言った。
「そうして今も彼女がこの世にとどまっていらっしゃるのは、きっと何か理由があってのことでしょうから…もし出会えたなら私は彼女に、なぜこの世にとどまっているのか、その思いを聞いてあげたい。そしてそれが私に出来ることなら、その残した思いをなんとかしてあげたいです。」
 草間は彼女の言葉に深く頷いて、シュラインに向かって言った。
「紹介しよう。彼は今野篤旗(イマノ・アツキ)君。その隣は砂山優姫(サヤマ・ユウキ)君だ。」
2人はシュラインに向かって軽く頷いて見せる。「今野君は大学一年、砂山君は高校生で今野君の…ええと…?」
「俺の、後輩です。」
 微妙なニュアンスを含んで言いながら今野はちらりと優姫を見る。だが優姫はカップを持ったまま何かを考えるように軽く俯いているきりで、その横顔からは何も伺うことは出来ない。
── あらら…。
 シュラインはそんな今野の態度から何かを感づいて、カップに唇を寄せながら微笑んだ。
「初めまして。私はシュライン・エマよ。ここでは時々お手伝いをしてるの。」
 二人は揃って軽く頭を下げ、そして草間がその場を継いだ。
「じゃあ、なぜ俺が君達を選んで呼んだのか…それはこの写真を見てほしい。」
 草間は一枚の写真をローテーブルの上に置いた。皆は身を乗り出すようにそれを覗き込む。
「これって…。」
 驚いたような声が上がる。
「俺、そっくりや。」
 と、今野は驚いたように言った。
「これは昔の大原氏の写真だ。行方不明になった三村香織が撮ったもので、死体の傍に落ちていたらしい。」
 隠し撮りなのだろうか、カメラから少し視線が外れていたが、そこには白いTシャツを着た一人の青年がまぶしい光の中で笑って映っていた。下積み時代の彼は裏方だったのだろう、コードのようなものを肩に担ぎ、Tシャツは随分と汚れている。
「ちょっと待って、武彦さん。」
手の平で相手を留め、頭を整理するように指先を額に添えて、シュラインは言った「じゃあなに? 今野君に大原氏の身代わりをさせるつもりなの?」
 その言葉を聞いた砂山優姫の頬が、少し強張る。シュラインは気付いたが、今野と、そして草間はそれに気付かず頷いて言った。
「三村香織の時間は18年前で止まっていると考えていい。現在の大村氏の前に姿を現さないのは、彼を大村氏本人と認識していないからじゃないのか…。


ACT.2
「兎に角、彼女を探さないとね。」
 ここはE電鉄M町の駅のホーム。涼しい車内から一歩出るとそこは真夏の行楽地だった。駅前にはバスやタクシーが並び、観光客が明らかに海へ向かう格好で乗り込んで行くのが見受けられる。
 シュラインの言葉に、今野が尋ねた。
「ここからはだいぶあるんでしょう? その浜辺って。」
 三村香織が現れると言う海辺は、観光客が行きにくい少し離れた場所にあった。ゆえに海水浴シーズンである8月にも撮影が出来…彼女も目撃者なく殺された。
「こういうのはどうかしら? 情報が少なすぎるもの、二手に分かれて聞き込みをして…そうね、二時ごろに浜辺に集まるっていうのは。」
「二手に、って…。」
 今野は呟いて、それからはっとしたように隣にひっそりと佇む少女を見下ろす。するとシュラインは真面目な顔で言った。
「あら。誰があなたと優姫ちゃんだって言ったの?」
「あ、え、…そ、そうですよね! …すんません、俺勘違い…」
 慌てる今野の姿を見、シュラインはくすくすと笑って手を振った。
「ウ・ソ。あなたと優姫ちゃんで行ってらっしゃい。」
「えっ。」
小さな声を上げたのは、優姫だった。「でも…シュラインさん…。」
「私はちょっと別に調べたいことがあるの。」
抗議は受け付けません、とでも言うように、彼女はちちち、と指先を横に振る。「じゃ、2時に海岸でね!」

<今野篤旗 砂山優姫>
 シュラインと分かれた後の二人は、少し困ったような照れたような顔をした今野のリードで三村香織の幽霊が出るという噂のMヶ浜へと向かっていた。
 駅から出ていたバスに乗り、揺られ揺られてゆく。今野はすっと背を伸ばして座る優姫の存在が気になって仕方が無いが、元々女子は苦手なので、どう話しかけていいのか分らなかった。
 そう、彼は優姫をただの後輩とは、思っていない。
 窓側に座った優姫の方は、そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、黒い大きな瞳で流れる外の風景を眺めている。その瞳が心なしかいつもより輝いているように見えるのは、今野の思い込みに過ぎないのだろうか。
 あまり流行っていないらしく、この暑さの中クーラーも掛けずに窓を全開にして走るバスの車窓から吹く涼風に、優姫の黒く切り揃えられた前髪が流されて、白い額が露になる。
── うわ〜…デコまで可愛い子や…。
 元々優姫は顔立ちが整っているし、抜けるように白い肌をしているから、こんなに外の光が眩しいと、そのまま溶けてしまいそうに思える。たが勿論、今野が優姫を気にしているのは、外見だけの問題ではない。
 彼女は黒を好んで着、自分から人に話しかける事が少ない。
 だが今野は、彼女は話しかけられれば決して悪い反応を返す訳ではない事も、極まれにだが酷く無邪気に微笑むことも知っている。それに気付いたとき、目を離せなくなった。
 従姉妹と一緒に二人暮しをしているのだ、といつだったか別の後輩から聞いたことがある。 彼女が時折見せる少し儚げな仕種の原因はその辺りにあるのだろうか。もしそうであれば…いつかは、それを話して貰えたら…話して貰えるような関係になれたらいい、もっと沢山、素直に微笑むようになってくれたらいい、と今野は思った。
 だからこそ一緒に行動する機会さえあれば、必ず付いて来るのだ。特に彼女が、なぜかこんな風に危険な依頼を受けていると知ってからは。
── 俺が君の事、いつも守ってやりたいと思うとること…。
 今野は黙ったまま、彼女の横顔をじっと見詰めた。
── はぁ…分っとらん、よね…きっと。

 そして…二人の乗ったバスは「いい天気やね」とか「風が涼しいなぁ」などという毒にも薬にもならない言葉を交わす間にMヶ浜へと到着した。真夏の太陽に焼かれ、コンクリートの上には蜃気楼が立ち昇っている。
 海沿いに乗って来たバスが出発し、目の前に海と空だけの景色が開けた。
 砂山優姫は思わず道路を渡って防波堤に手を掛け、身を乗り出す。こんな風に海を見るのは何年ぶりだろう。それもこんなに綺麗な海を。東京の空は鈍色で、東京の海は煤竹色。…尤も、湾から離れればそうでもないのかもしれないけれど。
 と、風景に見蕩れていた優姫は、ふと視線を感じて振り返る。そこにはなぜか微笑みながら自分を見ている今野の姿があった。同じように堤防に身体を預けていたから、海を見ているものだと思っていたのに。彼は優姫と目が合うと、驚いた風に慌てて身を起こした。
「そや、お腹減ってへん? 何か食べよか?」
言うが早いか、優姫の返事も待たずにその場を離れる。「さっきバスからチェックしといたんや。美味そうな磯焼きの店あったし…買うて来るから待っとき。」
 待って、とも言う暇がなかった。優姫は駆け出した今野の背中をびっくりしたように見詰めていたが、突然彼が振り返って、更に驚いた。彼はその場から大声で叫ぶ。
「…好き嫌い、あらへんよね!?」
 優姫が首を振ると、彼は今度こそ駆け出して行った。

 そして10分も立たないうちに帰ってきた彼の手には、イカ焼きが二本、つぼサザエが二個、それにトウモロコシまで二本あった。
「待たせた? 暑かったんとちゃう?」
 と問う彼自身はもう汗だくと言ってもいいほどで、木陰で待っていた優姫は思い切り首を横に振る。この人ときたら何でも一生懸命で、驚いてしまう。
「そぉか? 良かった。」
 そしてこんな風にホッとする顔も、困ったような顔も、嬉しそうな顔も、いつも大げさすぎるほど分りやすくて、優姫は少しうらやましかった。そう、そんな色々な表情を見ることが出来るほど ── 彼が弓道部の先輩だった二年間、そして卒業してからの一年間 ── 彼女は案外多くの時を彼と一緒に過ごしている。人付き合いが苦手な彼女にしては、驚くべきことだった。
 貰ったイカ焼きを齧りながら、優姫は隣に座った相手のことを考えた。
── なぜ彼は、私の傍に居てくれるんだろう。
 依頼が重なれば一緒に行動するし、なぜか彼の家の庭先で花火をした事さえある。(しかも浴衣まで着て!)。ふと、彼女は出掛けに従姉妹から言われた一言を思い出して、頬を染めた。
「あら?今日も彼とデート?」
 と、彼女は言った。勿論優姫は否定した。彼は彼だけれど「彼」ではない。
 だって、自分は何も言われていない。…それに…と彼女は思った。
── 私には…兄さんがいるもの。
 それが恋愛とは別物とはわかっているが、今は彼を兄以上には思えなかった。だが…。
 優姫は顔を上げて今野に尋ねた。
「今野さん、本当に大村氏の代わりをするおつもりですか?」
「ん? …ああ。…う〜ん。」
煮え切らない様子で、手にツボサザエを持ったまま、今野は空を見上げた。木漏れ日がその頬に落ちる。「彼女が何を伝えたくて夏に現れるのか、俺も聞いてなんとかしたりたい。けど…俺、あんまり口の上手い方やないねん。」
 そして、霊の感知くらいならできるんやけどなぁ。と言って頬を掻いた。彼は温度に対する特殊な能力を持っている。与えたり奪ったりすることが出来るほか、霊の居る場所をその温度で判断することが出来るのだ。
「でも、今野さんは今野さんであって、大村さんではありません。」
 優姫は思いがけず強い口調でそう言った。
「そりゃ、そうやけど。」
 今野が驚いているのが伝わってくる。優姫は声を荒げた自分が急に恥ずかしく思えて、そっぽをむいた。すると、今度は困惑の気配。
「ええと…食べたら、聞き込み行こか?」
 優姫はそっぽを向いたまま頷き、彼女の胃に入りきらなかったその他の食料は今野が食べることになった。細身の彼だが、食いっぷりはなかなか良かったらしい。


ACT.3
「彼女は大抵午後7時前後に、この先の岩場に現れるらしいです。」
と、今野は言った。彼と優姫の聞き込み調査で分ったことだ。「赤い水着にサンダル姿で、様子はまちまち…座り込んでたり、歩き回ってたり…ただ、見かけたって言わはる人の数はホンマ多いですね。」
「彼女が殺された時間に近いわね。」
 と、図書館で事件について調べてきたというシュラインがそう言った。
 そして二人の傍にひっそりと立った優姫の手には花束。どうやら聞き込みの間に買って来たものらしい。せめて花だけでも…と彼女はそれを大事そうに抱えて言った。
「ということは、彼女が気にしている事も、その時間に関わりがあるかもしれませんね。例えば、大村氏と待ち合わせていたとか…」
「いいえ、それは無いみたいよ。私も考えたの。三村さんはあの場所で大村氏と会う約束をしたつもりでいたのに、連絡が伝わっていなかったんじゃないか、とか…。」
でもそれなら幽霊になったとしても大村氏の前に姿を現さないのは変よね? と彼女はは言った。「だから先刻大村氏に電話を掛けたの。何でもいいから思い当たる事はないかって。」
「でも、なかった?」
「18年も考えたけれど、何も思いつかなかったって。」
 今野の言葉にシュラインは頷いた。
「彼も過去に…8月に囚われた人なのかもしれませんね。」
 ぽつり、と優姫が呟いた。
「せやな。時効はとっくに過ぎたってのに、依頼に来るくらいやから。」
 シュラインはだが、そこはドライに話を進めていく。
「…で、私も困ってね。他にも色々と調べまわってみた結果が…これ。」
シュラインは一冊の本を取りだした。表紙には「M町の伝説」と書かれている。地元で作られた薄いものだ。「ここには彼女が殺された岩場にまつわる伝説が書かれていたわ。」
「あ…その話なら、俺らも聞きました。」
と、今野は優姫と顔を見合わせながら言った。「あの岩場を新月の夜に尋ねると、干潮になった浜から巨大貝の化け物が這い上がってきて、襲われて食われる、いう話です。」
「それって、年の若い子達がしていた噂じゃない?」
と、シュラインは本を開き、その中の一項目を声に出して読み始めた。「『あの浜には伝説がある。新月の夜、ある猟師が一つの珍しい貝を拾った。食べようとしたところ声が聞こえた。「食わずに逃がしてくれたなら、新月が来るたびに貝殻を置いておこう。身につければ幸せを運ぶ貝殻だ。」男は貝を逃がし、次の新月の晩、干上がった海に取り残された淡く桃色に光る貝を見つけ、この辺り一番の富豪になった。』」
「じゃあ彼女は、その貝を探していた?」
「…それ位しか思いつかないのよ。」
シュラインは額に指先をあてて溜息をついた。「伝説の方はきっと、彼女が殺されたことで変わってしまったのね。だから今野君は彼女を見つけたら、その貝のことはもういいから、とか何とか言って…」
「はぁ…。」
気乗りしない様子で今野は頷いた。「でも俺…標準語喋られへんのですけど…。」


 午後7時。三村香織の霊が現れるというその岩場で、優姫は少し離れた場所に潜み、シュラインは岩場で突っ立ったままの今野の直ぐ後ろの岩場に隠れていた。
 夏時間。日が暮れるのは途方もなく遅い。今もまだ夕焼けの名残の残る海を背景に、今野は辺りを見回した。彼女が現れるという時間は大雑把な予想でしかない。だが、待ちくたびれ始めた彼らが一瞬気を抜きかけたその時。
 今野の腕が微かに上がって、影に隠れた二人に合図が送られた。あらかじめ決めておいた合図だ。そして3人が固唾を呑んで見守る中、彼女の姿がおぼろげに現れ始める。今野の身体にその冷気が伝わって来た。…彼女は確かに赤い水着を着て、サンダルを履き、そして長い髪を掻きあげながら足元を見て歩いて来る。
『香織』
 今野の口がパクパクと動き、相手の名を呼んだ。…これは実はシュラインの声である。標準語が全くダメな今野の変わりに、電話で大村氏の声を聞いた彼女が、18年前であればこの若さであろうという声を作り出し、今野の動きに合わせて発音して行こう、という事になったのだ。これは彼女の得意技。声帯模写だ。
 シュラインの声に、三村香織の幽霊ははじかれたように振り返った。そして彼女は今野の姿に一瞬不審そうな顔つきをした…が。
「大村くん…どうしたの、こんなところで。」
 鮮やかな笑顔を浮かべると、とても幽霊とは思えないほどリアルな反応を返してきた。確かに彼女の時間は、すっかりここで止まっている。殺されたことも、知らないのだろう。
『いや、探しに来たんだ。帰ってこないから心配になって。」
「やだ。私さっきロケを抜け出してきたばっかりよ。」
三村香織はくすくすと笑って今野に近づいた。今野の感知する冷気が彼女の一歩ごとに強くなる。「本当に心配してばかりね。私ってそんなに頼りなく見える?」
 18年前の少女は、現在の18歳よりも少し大人びて見えた。そしてアイドルだけあって、とても可愛い…それにスタイルもいい。今野は思わず目を逸らして、頬を赤らめた。そんな二人の様子を優姫はなぜかもやもやした気持ちを抱えて見る。
『一人じゃ危ないだろ? 君こそこんなところで何してるんだ?』
「え、私…?」
シュラインが吹き替えた言葉に、三村香織は口ごもる。「貝を探しに来たの。昼間聞いたでしょ? 見つけたらあなたにあげようと思って。」
── 大当たりね。
 シュラインはにっこりと微笑んだ。自分の予想が当たるというのは、悪くない。
── …でも、彼女にどう諦めさせたらいいの。
 彼女は考え込んでしまい、一旦口を噤む。

 その時、岩場に身を潜めていた優姫の肩を、ぽんと叩いた人影があった。驚いて振り返った優姫の目の前には、一人の男がスーツ姿で腰を屈め、今野と言葉を交わしている少女に視線をやっている。
「…彼は僕の若い頃にそっくりだね。」
 そのまま、少し寂しそうに呟かれた言葉。優姫は彼が大原だと直感的に気付いた。
『貝…のことはさ、いいから…僕の為にんなに一生懸命になるなよ。』
 一方、シュラインと今野は、後ろに大原が来ていることには気付かぬまま、慎重に言葉を選びながら彼女に話しかけている。
 すると三村香織はなぜか困ったような、寂しそうな顔をして微笑んだ。
「……いいの…あなたのことが好きだから、一生懸命になってあげたいの。」
 ぽつりと呟かれた彼女の言葉に、その場に居た3人が3人ともドキリと心臓を跳ねらかせた。
── 君の事が好きだから、守ってあげたいと思う。
 今野は優姫を想う。
── あなたが好きだから、手の掛かる人ねって言いながら離れたくない。
 シュラインは、草間を想う。
── 一生懸命になるのは、好きだからなんですか…?
 そして優姫は、誰を? 彼女は大原を見上げて、言った。
「大原さん…行きましょう。」
「だが…彼女は一度も僕の前には。」
 優姫は構わず彼の服裾を掴んで岩陰から出、前で潜んでいるシュラインの傍に寄る。
「シュラインさん。」
 呼びかけられて振り返ったシュラインは、そこに大原が居ることに驚く。
「大原さん。」
「貴女がシュラインさんですか。先程の電話で今日が調査の日と聞いて、居ても立ってもおれずに来てしまいました。」
 彼はシュラインに軽く頭を下げた。仕事の合い間を抜けてきたのか、スーツ姿のまま。所長というだけあって落ち着いた雰囲気の男性だった。
 そしてシュラインは彼と優姫を見比べ…黙って深く頷いた。
「大原さん、行って。彼女があなたを知らなくても、あなたは彼女を知ってるんだから。」
 大原は一瞬迷うようなそぶりを見せたが、やがて頷くと、優姫とシュラインに背中を押されて一歩踏み出した。

「その気持ちはわかるんや…いや、分るんだけど。」
 今野はシュラインの声が聞こえなくなって、作り声でしどろもどろに言葉を続けていた。時折どうしても大阪弁が入ってしまう。その時、横目でちらちらと伺っていた岩陰から、こちらに向かってか手をバタつかせているうシュラインと優姫の姿が目に飛び込んできた。
 と、同時に声がした。
「その貝、探し出したら…君が持っていたほうがいいんじゃないか?」
 その声はシュラインが作った偽の声に似ていた。驚いた今野は確認するように岩影に目をやる。彼女たちが頷く。
「邪魔をして済まないね。」
 大原は今野に軽く済まなげに目配せして彼女の前に立った。
── この人が大原さんか。
 今野と三村香織は現れた男をじっと見詰め、そして大原も18年前の恋人の姿を見詰め返す。
「通りかかって話を聞いてしまった。お節介かもしれないがおじさんも一緒にその貝を探してあげよう。…どんな貝なんだっけ…いや、どんな貝だい?」
 その言葉を疑われ、断られる前にとでもいうのだろうか。彼はさっさと上着を脱ぎ、シャツの腕を捲くり、ネクタイを肩から後ろに掛けて下に降りていこうとする。
 今野は思わず自分の声で、答えた。
「貝やのうて、桃色の貝殻やそうです。」
 言ってから、はっと口元を押さえる。だが彼女は気付いていない様子で岩間で背を屈める彼の背中をじっと見詰めている。
「そうか、桃色だね。」
大原は日暮れて視界の悪くなった岩陰に目を凝らしながら、言う「君は僕を知らないだろうが、僕は君を知ってる。アイドルタレントの三村香織君だろう? …貝は君が持っていればいい。そうすればきっと君はもっとみんなに顔を知られるアイドルになれる。保障するよ。こんなおじさんで悪いが、君の事応援してるんだ。」
 その時、岩陰で二人を見詰めていた優姫の心に、何かが触れてきた。それは、三村香織の心。
「シュラインさん。」
小声で、優姫は彼女の耳元に囁く。「香織さんは、大原さんに気付いてます。」
「え…?」
 驚いたシュラインが改めて二人を見た、その時。
「大原君。」
 三村香織が、微笑んで呼びかけた。
「ん…何?」
 その声に反応し、振り返ったのは今野ではなく、大原本人。一瞬の後、彼はそのミスに気付き、それから呆然としたように振り返って呟いた。
「……気付いてたのか?」
「どんなに姿が変わっても、魂の色は変わらない。…そこの彼があんまりあなたに似ていたから、ちょっと気になってしまったけれど。」
と彼女は今野に視線をやり、済まなそうに微笑んでから言った。「大原君、年を取ったね。」
「香織…。」
「でも言うことは変わらない。私を応援してるって、きっと君は有名になれるって。自信を無くしかける度あなたがそう言ってくれたから、私は本当に頑張れた。8月のカレンダー・ガールになれたの。」
彼女は鮮やかに笑った。「そのお礼をしたくて貝を探した。次はあなたが幸せになれるようにと思って。あなたはいつも笑ってて、いつも泥だらけになりながら頑張ってたもの。」
 そっと、今野はその場を立ち去り、岩陰の2人の元へ歩み戻る。
 三村香織は、そこで言葉を切って、微笑んだままうつむいた。
「私…本当はね。覚えてるの。自分が殺されたこと。」
大原の目が驚愕に見開かれる。けれどそんな彼に何も言わせないように、彼女は強く叫んだ。「でも…! 貝を見つけてあなたに渡したかった。それが死ぬ直前に思っていたことだったから。だけど私が繰り返すのはいつも同じ日で、いつも見つけられないままだった。」
── だからずっと彷徨って、そして彼の前にだけ姿を現さなかったのね…。
 シュラインは、2人のやり取りに溜息をつく。
 なぜ三村香織がこの場所に縛られていたのかを、彼女は知りたかったし、出来ることなら2人を会わせてやりたいと思っていた。だが彼女の頬を伝う涙を掬おうと伸ばされる大原の指先は、実体の無い彼女の頬に触れることなど叶う筈がなくむなしく空を切る。
── こんなのはイヤよ。…何とかしてあげたい…。
 そう思ったのはシュラインだけではなかった。
 風が三村香織の元へ、彼女の姿を模るように凝り固まり、そして彼女を中心に冷え切った空気に温度が加わって行く。36・5度。人の温かみ。
 砂山優姫の力は、強い超能力。そして今野篤旗の能力は、温度を操る力。
 2人はお互いの秘めた力について公言したことがなかった。だが、今は分る。
 しかし強すぎる能力をセーブしつつ発動させる事も、霊的に冷えた空気の温度を上げていく事も、難しいことだった。2人の額に汗が浮かぶ。
 2人のやろうとしていることに気付いたシュラインは、思わず叫んだ。
「2人とも、頑張って!」
 そして…。
 大原は、三村香織の仮の身体を抱きしめ、言った。
「もういい…もういいよ……。」


  岩に砕ける波打ち際に立って大原は海に向かっていた。手には優姫が買ったあの花束を持っている。
「僕は彼女のことなら何でも知っているつもりだった。けれど僕にはなぜ彼女が彷徨うのか何年考えても分らなかった。…でも今日その理由を知ることができました。」
 そして彼は後ろに立つ3人を振り返り、寂しそうではあったが、微笑んだ。
「…有難う。君達のお陰です。」
「彼女、素敵な方でしたね。」
 優姫は彼に言った。大原の腕の中で最後に微笑んだ三村香織の表情が忘れられない。同じく今野も言った。
「大原さんからも彼女に伝えたかったこと、言えたやろ? …良かったなぁ。」
 彼の言うとおり今、彼は寂しそうではあるが、吹っ切れたような表情をしている。
「兎も角これで依頼は完璧にこなしたわね。」
 シュラインは、草間の顔を思い浮かべながら、肩をすくめる。
 大原はもう一度海を見、手に持った花束を波間に投げた。
 それは夕闇に光る波にさらわれ、見詰める4人の目の前でゆっくりと消えていった。


<砂山優姫>
 事件を片付けた後、家の前まで今野が送って来てくれた。
 だからと言って何を話すわけでも無いし、別に一人で帰っても、大丈夫なのだけれど。
 彼の背中を見送ってから、門扉を閉めて家に入る。従姉妹はまだ帰ってきていないようだ。
 しんと静まり返った家は、少し寂しい。
── 私が依頼を受けるのは、兄さんを探すため…。
 そしてその言葉どおり、彼女はひたむきにそうしてきたし。勿論今もそれが目的だ。
 でも、こうして事件が解決したり、色々な人と知り合うことで、時折…本当に時折ではあるがもう少し人と関わって行きたいという気持ちが湧き上がってくる。
── そんなこと、できるはずが無いのに。
 彼女の力は、いつか人を傷つけるかもしれない、兄のように暴走するかもしれない。だがそれを恐れながらも依頼を受けることだけはやめられない。
 部屋に戻って机の前に座る。ペンを取り、日記帳を開く。
 小さな頃から書き綴っている日記だ。淡いオレンジの表紙は年の半ばを過ぎて手に少しなじんできている。
 今日、彼女はこの日記帳に、一体何を書き綴るのだろうか。

<終わり>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0495/砂山優姫(サヤマ・ユウキ)/女/17/学生】
【0527/今野篤旗(イマノ・アツキ)/男/18/学生】
※ 申し込み順に並べさせていただきました。
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■         ライター通信          ■
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シュラインさん、砂山さん、再びの参加、有難うございます。今野さん、初めまして。ライターの蒼太です。この度は素敵なライターさんたちの中から選んでくださって有難うございました。(PC名で失礼致します)
さて、今回の依頼ですが、あまりにもヒントが少な過ぎたかと思う反面、逆に皆さんのプレイングに助けられて話を進めることができました。自分が元々考えていたものよりも、こっちの方がいいんじゃないかと思った所がいくつもあった、なんてことはここだけの秘密…。
 余談ではありますが、皆さんのPC設定を読むのが好きです。もしプレイングにほんの少しの隙間などありましたら、何か隠れた裏設定を読ませていただけたら、嬉しいです。そんな情報も含めて、色んなところに生かして行きたいと思っています。
 では、またもしご縁がありましたら、是非ご一緒させていただけらばと思います。
 有難うございました。
蒼太より