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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


地下鉄

 **オープニング**

 早朝。地下鉄のホーム。
 一人佇む、スーツ姿の若い女性。
 どこにでもある、平凡な通勤風景。
 彼女の立っているホームが、終着駅へ続く一つ前の駅でなかったら。

 怪談や都市伝説を扱う、あるHPの掲示板に書かれた内容。
 来訪者の興味は恐怖をかき立てられる物に集まり、その書き込みに返事が付く事もない。
 まして場所は東京ではなく、名古屋。
 それに興味を抱く者がいるのかどうか。
 依頼主なども存在しない、単なる悪戯とも思える内容に。
 書き込んだのが、誰の仕業かは分からない。 
 彼女がホームに立っているという事実以外は……。


     地下鉄
 強い日射しと、むせかえるような湿気。
 車道には陽炎が立ち上り、道行く人は俯き加減で先を急ぐ。
 ガラス一枚隔てた、向こう側の世界は。
 私立探偵の陣内十蔵は口に付いた泡を手の甲で拭い、長い息を付いた。
 さすがにこの状況で、ウイスキーをロックでとはいかないらしい。
「名古屋って、いつもこんなに暑いのか」
 愛想良く笑う、エプロンをした年配の女性。
 昼過ぎという時間帯のせいか、喫茶店に彼以外の客はいない。
「夏っていうと、あれだろ。怪談」
 冗談めいた口調。
 揺らめく煙草の煙が、二人の間を過ぎていく。
「そういえば、お客さん達が言ってたわね。地下鉄のホームで、どうって。向こうが透けて見えたとか」
「確かだな」
「好きなんですか、そういう話?」
「まさか。いい年して、幽霊でもないだろう」


 焦がすような日差しを避け、階段を駆け下りる十蔵。
 追いすがる生ぬるい空気は薄れ、冷たいが無機質なそれへと変わる。
 薄暗い通路。
 床や壁は綺麗に磨かれ、照明も灯っている。
 地下という場所がそう思わせるのか、それとも。
「ちょっと、いいかな」
 俯き加減で、ぼそぼそと尋ねる十蔵。
 自動改札機を通り過ぎていく乗客を眺めていた駅員は、小さく会釈して彼を見上げた。
「どちらへ行くんですか」
「いや。そうじゃない」
 怪訝そうになる表情。
 十蔵は構わず、話を続ける。
「最近、ここでおかしな事が起きるって聞いたんだが」
「ああ。申し訳ありませんが、仕事中にそういう話は」
「手間は取らせん。事件絡みかと思って、気にしただけだ」
「事件って、警察の方ですか」
 改まる態度。
 十蔵はニヒルに口元を緩め、俯き加減のまま視線を上げた。
 若干の鋭さを含め。
「誰かが死んだ、なんて話は」
「まさか。女性をホームに見かけるだけです。次が終着駅なので、確かにおかしい話ですが」
「あんたも、見た事が?」
 口を閉ざす駅員。
 その肩に置かれる、無骨な手。
 近付く、温かな笑顔。
 彼は安堵感を取り戻し、信頼感に満ちた表情で口を開き始める。
「こ、この間の朝なんですが。まだ改札も作動させてない時にホームへ降りていったら」
「いたって訳か。血が出てたり、怪我は」
「いえ、これといって。幽霊じゃないかって、仲間は」
「そんな訳無いだろ」
 自動発券機へ視線を走らせ、一番近い駅までの運賃を彼に渡す十蔵。
 自らの意図を告げる意味も込めて。

 閑散としたホーム。
 ただそれは彼が立っている側で、反対側のホームには何人もの乗客が地下鉄の到着を待っている。
 終着駅へ向かうホームへ立つ中年男性に、奇異な視線を向けながら。
「今度は、しょぼくれた男が噂になりそうだな」
 一人呟き、ホームを歩いていく。 
 視線は絶えず四方へ向けられ、表情に隙は無い。
 喫茶店で見せた、くだけた態度。
 駅員に示した、硬軟併せ持った態度。 
 もう一つの、元刑事としての顔。
 ただし今は公式な命令も、誰からの依頼もない。
 彼の、個人的な意思以外には。 
「……ここか」 
 階段の下に当たる、ホームとの距離が近い壁。 
 正面は太い柱で、反対側のホームからは死角。
 数歩踏み出せば線路へ落ちるくらいの、狭い幅。
「仕方ねえな」

 ためらいなく伸びる腕。
 手の平が壁を捉え、瞳が閉じられる。 
 この行為自体に、深い意味は無いのかも知れない。
 集中を高め、意識を研ぎ澄ますため。
 それとも、死者への弔いの意味以外には。
 どちらにしろ彼は苦痛を味わい、膝を折る。 
 冷房の効いたホーム。
 額からは汗が噴き出し、肩が激しく上下する。
「分かんねえな」
 死者の心理状態を読み取るのが、彼の彼たる所以。
 苦痛を味わうのは、その代償。
 それでも彼は、分からないと漏らす。
 心理状態が分からないのか、その意図が把握出来ないのか。
 しかし彼は迷う事無く階段へと向かう。
 地の底から、太陽の下へと。
 人が人でいる限りは、そこで生き続ける場所へと。

 暮れ始める空。
 気温は以前として高く、まとわりつくような湿気も変わらない。
 幹線道路に面した、総合病院の前。
 Tシャツと短パン姿の十蔵。 
 足元はスニーカーで、背中にはリュック。 
「何を考えてるんだか、俺は」
 植え込みにしゃがみ込み、ポケットサイズの地図を開く。
 名古屋市街の詳細地図で、彼が今いるのは北東部の丘陵地帯。 
 地図の左側へに書き込まれた、赤い印。
 昼間に降り立った駅の、次。
 女性が向かうはずだったかも知れない駅へ、十蔵も足を踏み出した。

「警察学校でも、こんな事は」
 愚痴、己の馬鹿さ加減への呪い。
 携帯の日付は翌日に変わり、あれ程走っていた車もまばらになる。
 地図上では1/3移動したくらいで、当然ペースも落ち気味だ。
「休憩だ」
 投げやりに言い放ち、コンビニへ入る十蔵。
 買ったのはパンとミネラルウォーター。
 駐車場にしゃがみ込んでパンをかじる様はあまり誉められないが、それを咎める者はいない。
「本当、偉いよ」
 心底からという声。
 ただそれが、彼自身へ向けられているのでないのは確かだ。
「本当に、よくやるぜ」
 簡素な食事を終え、立ち上がる十蔵。
 ゆっくりと、確実に踏み出される足。
 街灯の点々と灯る、彼方へと。

 白む空、電線にやどる雀達。
 ジョギングや、犬の散歩をする姿が朝靄の中にかすんで見える。
 おぼつかない足取りで、どうにか前に進んでいる十蔵も。
 止まる足。
 下がり気味だった視線が、おもむろに上げられる。
 舗装に埋め込まれた支柱。
 小さな表示板に羅列される数字。
 現在地と行き先も。
 バス停の時刻表と腕時計を交差する視線。
 今は丁度、始発が到着する時間。
「そういう訳か」
 歪む口元。
 時刻表にぶつけられる拳。
 長く、重いため息。 
 背後から聞こえるクラクション。
 速度を落とす、白地に青いラインの入った市バス。
 十蔵はそちらへ向かって手を振り、足を前へと動かした。
 彼の行き先へ向かうバスが、速度を上げて遠ざかっていくのを眺めながら……。

 空に立ちこめ始めた黒い雲。
 その分湿気が増し、蝉時雨がそれに拍車を掛ける。
 幹線道路から少し奥に入った、陸上グラウンド。
 この暑さの中、Tシャツにスパッツ姿の女性達がそれぞれの練習に励んでいる。
「何か、御用ですか」 
 ストップウォッチとペットボトルを抱えた女性が、グラウンドを眺めていた彼へ笑いかける。
「責任者は、どこに」
「監督でよろしいでしょうか」
「いや。会社の責任者へ」
 曇る彼女の表情。
 十蔵は構わず、止まる気配のない汗をタオルで拭う。
 何かを感じ取ったのか、女性は携帯で連絡を取り彼を促した。

 質素な応接セットに崩れていた十蔵は、アイスコーヒーのストローから口を離し部屋へ入ってきた男を睨み上げた。
「聞きたくもないが、君は誰なんだ」
 警戒気味に。
 やや見下した感じで問い掛ける、スーツ姿の中年男性。
「お前には関係ねえ」
「なんだと。警備を呼ばれたいのか」
「いっそ、警察を呼べよ。総務部が使い込んでる工場跡地買収の余剰金について、色々話してやるから」
 男は途端に口ごもり、ポケットから厚めの封筒を取り出した。
 彼の風貌とコネを使って仕入れた今の話から、総会屋と確信したらしい。
「金なら……」
「舐めるなよ」
 破られる封筒。
 床へ散乱する、紙幣の残骸。
 十蔵はテーブルへ足を乗せ、顎で男にも座るよう促した。
「総務部長兼陸上部統括責任者だったな」
「そ、そうだか。わ、私に何か」
「最近辞めた女子部員がいるだろ」
「あ、あれは成績が悪くなったから、仕方なく。しかしそれは陸上部だけで、会社は……」
 音を立てるテーブル。
 床へ落ちる湯飲みやお茶請け。
 十蔵は構わず、足を組み替えた。
「陸上部員として採用された奴が、そこをクビになって会社へ来れると思ってるのか」
「そ、それは」
「家族に謝罪しろ。後は形だけでもいい、彼女を復部させろ」
「は、はい」
 最敬礼の格好で頭を下げる男。
 跳ね上がった十蔵のかかとは、男の後頭部へ落ちる寸前で止まる。
 十蔵は素早く足を引き戻し、謝り続ける男を置いたまま部屋を出て行った。

 グラウンドの側を通る通路。
 寂しげに微笑む、先程の女性。 
「彼女の事で、みえたんですね」
 十蔵は薄暗い空を見上げ、低い声で肯定した。

 綺麗に使われているロッカールーム。
 そこにいるのは、グランドを走っていた女性達。
 彼女達を代表する形で、女性が口を開く。
「ここが、彼女のロッカーです」
 開かれるロッカー。
 タオルやヘアバンド、ジャージ、洗顔用のグッズ。
「おかしいですか」
「まあな」
「たまにだけど、着る事があるんです。といってもく、陸上関係のイベントとかで」
 ハンガーに掛かるスーツ。
 十蔵が聞き込みで聞いたのと同じ、淡い青の。
「私達は全員寮で、グランドとそことの往復。会社へ出勤する時は作業服」
「外を走る時も、ジャージやTシャツ。会社のロゴが大きく入った。宣伝のために雇われてるんだから、仕方ないんですけどね」
 静かな、感情の見えない口調。
「彼女の実家は市内にあって。そこから帰ってくる時は、走ってくるよう言われてるんです。トレーニング兼、宣伝用に」
「だけどこの前は、地下鉄に乗ったんです。余程、体調が悪くなったらしくて」
「最後の一駅を、か」
「せめて一駅でも乗りたかったんでしょうね、スーツで」
 暗い外。
 窓を伝う雨。
「会社にいいように使われ、逆らう事も出来ず。最後になって、ようやく願いを叶える。彼女はきっと、将来の私達なんですよ」
「俺も同じコースを走ってみた。彼女の気持ちは良く分かった。多分、あんたらのもな」
「ありがとうございます……」
  
 地下鉄の入り口。
 携帯を取り出し、それを耳へ当てる十蔵。
「……あ、報酬なんてあるか。……うるさいな、俺は……。待てよ、ちょっと待てって」
 あちこちのポケットをまさぐる手。
 ふと浮かぶ笑顔。 
「5000円なら、どうにか。……ああ、分かってる」
 近くにあったゴミ箱へ放られる紙幣。
 彼が破った紙幣の半分が。
 短くなった煙草から口を離し、十蔵は空を見上げた。
「全く、来るんじゃなかったぜ」
 自嘲気味な呟き。

 夕立か。
 垂れ込めた空から降る、大粒の雨。    
でもその彼方には、青い空が広がっているはずだ……。

                               了

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0044/ 陣内・十蔵 / 男 / 42 / 私立探偵  

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■         ライター通信          ■
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初めて依頼を受けて、書いてみました。
4000字は短いかと思いましたが、却って内容を詰めて書けた気もします。
よろしければ、これからもお付き合い下さると幸いです。