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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


柳沢学園七不思議ツアー

------<オープニング>--------------------------------------

「頼子ちゃん☆」
 ゴーストネットOFFに遊びに来ていた、柳沢学園の女性徒。田畑頼子に雫は微笑んだ。
 ペーパーバックをパソコンの前に置き、隣に腰をおろす。
「雫のおごりだよぉ! どんどん食べて!」
「マジで? ありがとーv」
 バックはアメリカ・シアトル発のカフェのものだった。お持ち帰り仕様である。
 頼子は好物のキャラメルマキアートとマフィンを出す。
 ゴーストネットは飲食OKである。持ち込み禁止だが。
「何か頼みたいことあるんでしょ?」
「わかる?」
 えへへっと雫は髪に触った。
「柳学って心霊現象がめっちゃ多いでしょ。雫のサイトで特集を組みたいんだ」
 協力してくれるよね、と愛くるしい微笑みを浮かべる。
「恐い話のシーズンだもんね」
 マフィンの包み紙を畳みながら頼子は納得した。
「キャッチ―なのは七不思議なんだけど、知ってる?」
「誰に聞いてるのー?」
「頼子様最高☆」
 学生鞄から携帯電話を取り出し、雫は適当な知人にメールを送った。

 柳沢学園七不思議ツアー参加者ボ集中v

「えへへー☆」


「夏だから、喉も渇きますよね。ミネラルウォーター入れて、あとは蚊さんに注意しなきゃだから、虫避けスプレー、あとは・・・・・・」
「お菓子ッス」
「はい」
 弟である龍之介と、妹の湖影梦月がなにやら準備をしていた。
 大学から帰ってきた湖影虎之助は不思議そうにそれを見る。
 二人はフローリングの上にキャンプ道具を広げていた。ソファーに腰をかけ、何をしている、と問う。
「七不思議ツアーに行くんです〜」
「遠くの?」
「柳沢って学校ッス」
 聞いたことがあるな、と一人の少女を思いだした。確か柳沢の生徒だったはずだ。
「お手伝いッスよ」
「ありがとうございます」
 二人はにこにこしながら荷造りを終えた。どう考えても重装備だ。何故か登山用のツルハシまで持っている。
「こらこら。そんなの持っていってどうするの」
 梦月からリュックを取り上げ、中身を選別する。
「虫除けスプレーは家で使って行けばいいでしょ、ツルハシはいらない。危ないところを上るんじゃないんだから。お水は500ペットで十分。2リットルなんて飲みきらないでしょ。それか近くのコンビニで買った方が重くないよ」
 てきぱきと必要なもの、そうでないものを分ける。
 ほとんどが必要のないものだった。龍之介は何をアドバイスしたのだろう。
 ぺたんこになってしまった登山リュックを見、梦月は悲しそうに眉を寄せた。
「大丈夫でしょうか?」
「学校内で遭難はしないよ」
「そうですね〜」
 すぐににこにこの満面笑顔が返ってくる。納得したのだ。
 こんなおとぼけというか、可愛い妹を夜の学校に行かせて大丈夫だろうか。同行者が暗がりに引きずり込んだりしたら・・・・・・と嫌な想像が膨らむ。
「一緒に行くよ」
「え〜」
「えーって何? 危ないでしょ、女の子なんだから。俺が一緒に行けない理由でもあるの?」
「それは、ないですけど」
 二人のやりとりを見ながら、龍之介は母親に、夕飯まだ? と聞き始めていた。



 柳沢学園は物々しい、よく言えば重厚感のある柵で囲まれている。公立ならば緑のフェンスを使うところを、中世ヨーロッパのような鈍色の柵にしてあるのだ。柵は高く、先端は剣をモチーフにしたデザインだ。尖っているのは他人が入ってこないように、また生徒が逃げ出さないようにだろう。
 柵の切れる場所に、御影石の門がどん! と立っている。右手には私立柳沢学園高等部と筆のような字体で書かれた、案内が出ていた。
 その案内の側に、三人の人影があった。
 どうやら自分たちが一番最後のメンバーらしい。
「皆さんこんばんは〜」
 ゆったりとした春風のような声で、妹が挨拶をする。やはり可愛い。うさぎさんを見ているような気持ちになる。
「これで全員かな?」
 一人がパワーショルダーから小さなデジタルカメラを取り出す。緑色の髪をした中学生ぐらいの少年だ。名前は田端慧太というらしい。案内人の田端頼子が用事で来られなくなり、代わりに来てくれたらしい。弟だそうだ。
 どこの家も弟はへらへらしているのだろうか。
「雫が心霊写真撮って来てって言ってたヨ」
 慧太は隣に経っていた少女の肩を無理やリ引き寄せて、カメラのシャッターを切った。
「記念撮影終了〜それではツアーにGOGO!!」
 慧太は身軽に閉じられている校門を乗り越える。校門は白いペンキで塗られた、三メートルほどの高さのものだ。柵と違って上は尖っていない。
「……なんかこー、すっごい怖い目に遭わせたくなる子……」
「そうですか?」
 肩を抱かれた少女---篁雛---は聞き返す。最後に名乗った月見里千里という少女は、うん、と自分の意志を強める。
「むっちゃん、暗いから気をつけろよ」
「はい。虎兄様」
 梦月は兄に背中を支えてもらって、やっとこさっとこ門を昇った。
「大丈夫か?」
「はい」
 乗り越えたとき、虎之助に返事。そう、虎之助に返事をするためぱっと振り返ったのだ。
「え、あ、きゃあ〜」
 間延びした悲鳴と供に、梦月は向こう側へ落ちていった。
「むっちゃん!!!」
 素晴らしい速さで虎之助が門を乗り越える。倒れていた梦月を抱き起こした。
「痛いです……」
 落ちたのだ。当然である。
 大きな目に涙を浮かべて、梦月は兄の胸に抱きついた。
「むっちゃん、もう帰ろうか? 危ないよ」
「いいえ。一度決めたことですから」
「偉いぞ!」
「虎兄様……」
 二人はひしと抱き合った。その横で雛と千里が着地する。門のてっぺんから飛び降りたのだ。
 慧太は真っ暗な校舎内をすたすたと歩いている。まったく余裕の後ろ姿だ。怖いもの知らずというか、度胸が座っているというか。
 校門からは赤レンガが敷き詰められた道が続いている。その左右はガーデニングが施され、綺麗に整備されていた。花たちも眠っているのだろう、花びらを固く閉じていた。花たちの周りには白いベンチがある。きっと学生が昼食などをここで取るのだろう。
 学校全体はしんと静まりかえっている。髪の毛がぷつぷつと逆立つような感じがした。気温自体は高いのに、肌が冷える。
 今日の天気が知りたくなった。せっかく夜の散歩なのだ、星や月が見たい。見上げると、校舎が建っていた。
 一瞬。
 人影が見えた。
 人だ! と思った瞬間には、飛び降りたのだ。ぐじっと水袋がつぶれるような、重苦しい音が響く。無機質な建物は音が反響するのだ。
「大変!」
 雛が走り出す。落ちた方向へだ。同じ人影を目にしたのだろう。レンガ道を右に外れた、大きな木の近くに落ちたようだ。千里も付いていく。
 梦月の持参した(正確には虎之助が持ってきた)懐中電灯で飛び降りた人を捜す。記憶を必死に思い起こすのは、パズルを組み立てるように面倒な作業だ。頭の中でできあがったパズルは、紺色のジャージを着た中年の姿になった。
「こっちには居ないぞ」
「居ません〜」
「私の方もです」
「あたしも・・・・・・」
 それぞれ手分けをして探したのだが、どこにも居なかった。落ちている間に消えてしまったようにだ。
「どういうことだ?」
 虎之助が落下地点の屋上を見上げる。
 すると、頭上から男が振ってきた。
「うわっ!」
 濁った目と、ヤニの付いた歯が見えた。思わず両手で頭を守る。
 いくら待っても衝撃がこない。大の男が体の上に落ちてきたのに。
「・・・・・・」
 虎之助は恐る恐る瞳を開いた。頭上には誰もいない屋上があるだけだ。近くに男の姿などない。
 なんだったのだろう。
「これ、七不思議の一つなんだって・・・・・・」
 千里が言うと、全員の視線が集まる。
「まぁ・・・・・・本当にあるんですの〜」
 嬉しそうに梦月は虎之助に微笑む。同意を求めているのだ。
 兄が七不思議を体験できて、私も鼻が高いです、という思いが伝わってくる。七不思議体験なんて自慢にならないと思うが。
「千里さん、顔色悪いですよ・・・・・・大丈夫ですか?」
 冷や汗をぬぐっていたので、雛が千里に問う。髪を揺らしながら目一杯頷いた。
「これぐらい全〜然平気! それどころかわくわくしてこない!?」
「ええ・・・・・・そうですね・・・・・・」
 明るい少し自棄とも感じれる笑顔。
「さぁ! 本番はこれからよ☆」
 全員が先に行った慧太を追いかける。その背中に、また水袋が落ちたような音がしたが、誰も振り向かなかった。



 昇降口の前で慧太が座っていた。雛たちの姿を発見すると、すかさずフラッシュを落とす。
 ぱっと雷が落ちたように電気が閃く。
 不意打ちに驚き、虎之助は体を堅くしてしまった。
「遅い」
「ごめんなさい」
 雛は頭を下げる。
「まぁいいヨゥ。開ける時間があってさ」
 顎で慧太は昇降口を指した。両開きのガラス戸が、二つ並んでいる。ここから玄関に続いているようだった。その扉の片方が開け放たれている。
「鍵持ってるんですか?」
「手品師だから」
 けたけたっと慧太は大声で笑った。梦月は真に受けて、すごいすごいを連発する。もちろん兄の横顔を見つめ、同意を求めた。
 これは可愛い妹のためだろうと同意できない。
「近いところから行くってのでいいヨな?」
 満場一致である。その中の何人かは、もう帰りたい気分だった。
「体育倉庫〜♪」
 踊るような足つきで慧太が廊下を進む。その陽気な足音も、廊下の壁にぶつかって反響すると、つたーん、つたーんと地獄のそこから響いてくるように聞こえる。以前来たときは明るい学校だった。
 学校の二面性。この無口な空間が、昼間は学生の活気に満ちているなんて、想像しにくい。
 渡り廊下を抜けると、突然闇の中に体育館が現れる。半円形の天井で、コンクリート製だ。建物が白いせいでぼぅと光っているようにも見える。妖気が漂っているようだ。横に生えている背の高いいちょうの木が、ざわりと揺れた。手のひらが実っているような葉の形で、自分たちを招いている。
 はっきり言って気味が悪い。
 体育館の入り口につくと、慧太は姿勢を低くした。バッグから細い金属製の耳かきのような器具を取り出す。そして、それらを鍵穴に刺したり抜いたりを繰り返した。
「何をしているんですか?」
「むっちゃんは見ちゃだめ」
 虎之助が梦月の可愛らしい瞳を隠す。大切な妹に犯罪の瞬間など見せたくないのだ。
 ピッキング---一時流行った空き巣手口だ。簡単に鍵を開けてしまうらしい。
「開いたヨ〜」
 慧太は明るく言う。罪の意識ゼロ。
 考えてみれば全員ここの学生ではない。しかも夜中に鍵を開けて進入している。見つかったら逮捕されかねない。
 よく磨かれた体育館の床は、自分の影さえ映し出す。ワックスが聞いていてぬらりと光っていた。大きな窓の外には何もない。外は曇っていて、月も出ていないのだ。
「ここで餓死した人が居たんだって」
 慧太の聞いた話をすると、梦月は嬉しいのか怖いのか、きゃっと言った。雛は肩に乗っていた狐を抱き締める。
「それじゃ話させてもらうヨォ」
 体育館の中心、バスケットボールのジャンプボールを行う場所に慧太は立っていた。首の下に懐中電灯を持ち、顔を下から照らし出す。よく使われる手段だが、かなり怖い。
「この体育館が建てられたばかりの頃……当時のバトミントン部は強豪として都内、全国へ名を知らしめていた。勿論練習もものすごかった。ある熱い夏の日、三年生たちが練習をサボりがちだった一年女子を注意した。それから口論となり……」
 にやっと慧太が笑う。
「反省するまでということで、女子は体育用具室に閉じ込められた。口論が終わったあと、全員はまた厳しい練習を続け、くたくたになり、閉じ込めたことを忘れて帰ってしまった」
 雛は嫌な空気が流れてくるのを知った。背中を向けている方向からだ。ちらりと後ろを見ると、何かの扉がある。
 多分---例の用具室……。
「炎天下、しかも夏休み。ほとんどの部活は帰ってしまい、女子は一人で夜を明かした。明日になったら誰か助けに来てくれるだろう、と。太陽が上がって用具室の温度はぐんぐんと上がり、息苦しい。どれだけ必死に叫んでも、誰も助けてくれない……女子は何日経ったか忘れないように、壁を引っかいて日数を数えた。明日になら助けがくる、と言い聞かせながら、壁に跡を残していった……どれだけ待っても、誰も助けに来てくれない。飢えと乾きは極限状態となり、少女は恐怖に怯え、壁に爪を立てた。引っ掻いて破れるわけでもないのに、爪がはがれても、壁を引っ掻き続けた……」
 かりかりかり……。
 用具室から引っ掻く音がした。
 千里は恐ろしくて、後ろを見ることもできない。
「何か……聞こえますよね?」
 泣きそうになりながら、雛が千里の手を握る。千里も握り返して、頷いた。
 かりかりかりかりかりかりかりかり……。
「それから数日後、恐ろしい形相で絶命した女子が発見された。爪は全て剥がれ、血を流していた。自分自身も掻き毟ったらしく、ほとんどの皮膚は破れていたという。用具室の壁中に彼女の血だらけの爪跡が残っていた。
 どうして誰も来なかったか? 夏休み中で、かつお盆の時期だったんだ。部活も何もなかった。それに……当直をした教師は全員口を揃えて行った」
 がりがりがりがり!!!!!
 脳みそを引っ掻かれるような鋭い音だ。少女が必死に助けを求めているのだろうか。雛は耳を押さえたい衝動に駆られた。
「見回りはした。が、用具室には誰も居なかった……」
「開けてぇぇぇぇぇぇっ!!!」
 どん、どん、と内側から誰かがドアを叩いている。
「あたしは此処よ! 誰か助けて!! 助けてぇぇ! 助けてぇえ!!」
 狂ったような女子の声がした。泣き叫び、恐怖に震えている。殺される直前の鶏のように、鳴き狂っていた。
「お願い!! 助けて! 助けて!! 開けて!!」
「虎兄様……」
 梦月が兄の後ろに隠れる。
 体育館に閃光が閃いた。
 千里、雛、梦月は喉が割れんばかりに悲鳴を上げた。相手の悲鳴がより恐怖を誘って、また悲鳴を上げてしまう。一種のパニック状態だった。
「わはははっ!」
 慧太が腹を抱えて笑い出した。目に涙を浮かべ、地団駄を踏む。その手の中には、デジタルカメラがあった。これのフラッシュが光っただけだったのだ。
「お前、何するんだ!」
 虎之助が殴りかかりそうな勢いで怒鳴る。
「皆すっごい怖そうな顔してたからー雫さんにいい土産になると思ったヨ。画像がないサイトなんてつまんないだろうしー」
 正論だが、虎之助のむかっ腹は納まらない。可愛い妹が泣いてしまったのだ。
「まぁいいや。次行こうヨォ」
 そうだ、まだ二つ目なのだ。雛はやっと落ち着いた。だが、梦月はまだしゃくりあげている。
「どこかで休ませたほうがいいですわ」
 雛が頭を撫でながら、提案する。梦月の髪は長く、さらさらで触り心地が良かった。
「じゃ保健室で休ませようヨ」
「駄目! そこ七不思議じゃない!」
 千里が怒った。七不思議の内容を知っているらしい。
 さすが柳沢。怪現象多発地帯として有名な学校だ。
 毎日通っている頼子が神に見えてくる。
「……今怖がっててどうするの……これからもっと怖いのに……」
 慧太は俯き、ぶつぶつと言う。
 全員はぞっとした。背中に氷を背負ったような痛い寒さを感じる。
「冗談だヨォ」
 また慧太は大笑いする。
「でも七不思議って七つ知ると死んでしまうって言いませんか?」
 雛の言葉に、慧太以外が固まる。
 対抗---お祓いをしたり、殴ったり---が出来る霊はあまり怖くない。が、今回のような正体が良く解らず対処法も見えないものは。
 かなり……いや、ものすごく怖い。
 底の見えない泥沼を泳いでいるようなのだ。岸も見えない。
「そんなの噂に決まってるじゃない☆」
 無理して微笑む。
「休ませてあげないと可哀想だ。保健室へ行こう」
 兄の虎之助は心配でしょうがないようだ。
「そうそう。まだ始まったばかりなんだから!」
 千里は場を盛り上げようと、明るく言った。



「虎兄様……ベートーベンの目が動くのを見たいと言っていましたよね?」
「ああ」
 保健室のベッドを借り、梦月は小休止をしていた。持ってきたミネラルウォーターを飲み、落ち着いてきた。
「ねぇ」
 隣のベッドに、柳沢の制服を着た少女が横になっていた。ぱっと見るだけでも頬がこけ、瞳はぎょろりと飛び出し、痩せこけている。髪も乾き、白髪がいく筋も浮いていた。
「はい」
 梦月はにっこりと微笑む。虎之助には幽霊の類だと一瞬でわかった。が、女の子相手に突然追っ払うのもあれだろう。こちらに危害を与えなければ、幽霊だってしたいことをして良いはずだ。
「今、何時間目?」
「もう学校は終わりましたよ。夜中です」
「……そう……それじゃ、もう、帰っていいのね……」
 それきり言って、少女の霊は空気に溶けるように消えた。
 一部始終をパーティション越しに見ていた千里と雛は、視線を交わした。どうやら梦月は七不思議の一つである保健室の幽霊を成仏させてしまったらしい。
「すごいです」
 拝み屋修行中の雛は、素直に褒め称えた。
「きっとみんな怖がって、話を聞いてあげなかったんでしょうね」
「昼間に聞かれたら今五時間目でーす、とか答えちゃうし」
 梦月にとってはただなんとなくだったのだろう。それだけ彼女の心は優しいのかもしれない。
 虎之助も妹の器の大きさを見、きっと大物になると確信した。



 慧太以外は屋上の調査をパスすることに賛成した。もう自殺した教師の怪現象は体験したからだ。
「プールはマジで行かないほうが良いって姉貴が言ってたヨォ。やめとこう」
「怖いの?」
 千里が笑う。この二人は中が悪いのだろうか?
「夜のプールに落ちたら危ないってこと。人間って5センチの深さの水でだって溺れ死ぬんだヨ。夜ならもっと危ないし、側に助けてくれる大人もいないし、身体蘇生法習ったことあるのかヨ。
 姉貴は本当に心霊現象ばりばりだからやめろって言ってたけど」
 割と冷静のようだ。
 旧校舎跡と焼却炉は校舎外なので、全員は校舎を出た。
「むっちゃん、もう大丈夫?」
 暗い渡り廊下を歩きながら、虎之助は問う。後ろに歩いているはずの妹から返事がない。
「むっちゃん!?」
 大慌てで振り向くと、遥か後ろ、校舎と渡り廊下を結ぶ出入り口に、ベートーベンが居た。灰色のウェービーヘアに、気難しそうな顔。中世を思わせる服装。
 ベートーベンが胸の上だけ、夜の闇に立っていた。足元は暗くて見えない。
「うわっ!」
 オーソドックスな七不思議が出てきた。雛はその場に座りそうになったが、ぐっと我慢する。
 ベートーベンの黒目がきょろ、っと動いた。
 雛は怖いと言うより、不思議なものを見てしまったといった感じで、口を押さえている。
 また、きょっっと黒目が動く。そして、こちらに向って動き出した。ぽてぽてと足音を響かせて。
「お前、むっちゃに何かしたんだな!」
 顔を赤くして、地から響いてくるような低い声を出す。獣の唸り声に似ていた。向ってくるベートーベンに、虎之助は対峙する。虎之助が殴りかかろうとした瞬間、ベートーベンは地に落ちた。
「驚きましたか?」
 にこっと梦月が微笑む。
 足元には、目の部分に穴が開いた、ベートーベンの肖像画が落ちていた。これをお面のように顔につけていたのだ。
「……むっちゃん……」
「虎兄様が目の動くベートーベンにお会いしたいって言うから……」
「そっか……ありがと……」
 腰が砕けんばかりの勢いで、虎之助はため息を落とした。それから、妹のおでこをこつん、と叩いた。



 焼却炉では覗き込んだ雛が顔面を謎の手に掴まれ大騒ぎに。
 旧校舎跡では手のない防空頭巾をつけた男性に襲われ、大騒ぎに。
「エキサイティングでハイテンショーン」
 全員が叫んだり慌てたりするのを、慧太は全てカメラに収めた。動画も取ったらしい。相当量の記憶媒体を持ってきていたのだろう。
「怖くないんですか?」
 笑ってばかりの慧太に、たまりかねて雛が聞いた。
「うん。ってか何をそんなに驚いてるんだヨゥ」
 どうやら、ものすごく霊感がないらしい。
 雛はなんと言っていいか悩んだ。慧太にすれば、焼却炉で顔面を掴んで自分を引きずりこもうとした手など見えていない。自分から中に落っこちて、悲鳴をあげていただけに見えるのだ。
 手のない男性も見えない。だから、全員が何もない空間に向って驚いている、としか解らないのだ。
 これだったら霊なんて存在しない! と言い切れるかもしれない。
「で! 次は何!?」
 完璧自棄の千里が、慧太に問う。 
 そう、最後の一つだ。
「七不思議なのに七つ目がないってこと」
 さらっと慧太が言い放す。全員があっけに取られて、二の句が告げなかった。
 ぽかん、としたその表情を、慧太はカメラに収める。
「ん〜いい写真!」


 雫のサイトの更新、楽しみにしてなヨォ! と言い残し、慧太はさっさと帰ってしまった。
 虎之助は表現できないむかっ腹を感じた。怒りではなくむかっ腹である。
 帰りに一時間だけ妹とカラオケを楽しみ、家路についた。


 ちなみに、どんな特集が組まれたのか---。
 そのことについて、誰も何も言わなかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0436 / 篁・雛 / 女性 / 18 / 高校生(拝み屋修行中)
 0165 / 月見里・千里 /女性 / 16 / 女子高校生
 0684 / 湖影・梦月 / 女性 / 14 / 中学生
 0689 / 湖影・虎之助 / 男性 / 21 / 大学生(副業にモデル)
 
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■         ライター通信          ■
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 和泉基浦です。
 七不思議ツアーはいかがでしたでしょうか。
 今回はほとんどが共通ということで、基浦にしては長いノベルを書かせていただきました。
 ほとんどの方のプレイングも内容が同じでしたので。
 依頼的には大成功です。
 面白くも怖い、雫のサイトは特集のおかげでかなりのヒット数を伸ばしたそうです。
 機会があれば、調査をしなかったプールネタをやりたいと思っています。

 感想等お気軽にテラコンよりメールしてくださいませ。
 忙しくて返事の書けない時もありますが、全て平伏して読ませていただいております。

 虎之助様、ご参加ありがとうございました。
 今回は他のPC様より妹様を大事に・・・ということで。
 弟様はゲストです〔笑〕
 ご縁がありましたらまたお会いしましょう。 基浦。