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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


文月〜京都時代映画村〜

Opening いざ京都へ!

「京都…ヅラ…?」

それは奇妙な三下の声から始まった。
彼の手にあるのは全国版の新聞。吸い寄せられる視線は3面の隅にある小さな小さな記事。
「編集長…京都の撮影所からズラが消えるらしいですよ…」
三下は呟いた。と、同時に麗香が怪訝そうに眉を顰めて顔を上げる。
「ヅラ? 何…オッサンの蒸れたヅラが消えるワケ?」
非道く機嫌の悪そうな…地を這った声色だった。そして更に眉間の皺が追加される。
「ち、違いますよ…ホラ、時代劇に使われるあのヅラですよ! カ・ツ・ラ! …アレがですね…そっくりそのまま消えてしまうって…」
何処から出してきたのか麗香は団扇でパタパタと風を起こしながらじーっと壁を見つめ、三下の声に耳を傾ける。
「つまり、出演者のカツラがパクられてるってこと?」
くるりとイスを回して三下の方を向いた。麗香の科白に青年はコクンコクンと何度も頷く。女は腕まくりをした手を顎に掛けてフム…と暫し思案し、浮かんでは消える推測をいくつか脳裏に過ぎらせた。
――時代劇のカツラねぇ…熱狂的なファンの仕業かしら? それとも…?

そこへ、カツカツ…と規則正しい靴音と共に一人の男が編集部へと入ってくる。
このクソ暑いのに白いコートを嫌に涼しく着こなした男。
麗香の知り合いとして月刊アトラスによく出入りしているが、来ても仕事を手伝うことは一切無く、ただフレッシュルームのソファで寛いでいくだけの男である。
しかし実際は――『掃除屋』と称した裏東京の暗殺屋。ビジネスには厳しいことで通っている。

「何だ…クーラーでも壊れたのか?」
そんな彼が眉を顰めて部屋に入るなり開口一番にそう云った。どうやら熱気でこの部屋は相当暑いらしい。
「掃除屋じゃない、昼間っから珍しいわね」
「頼んでいた資料をいただきに。コノ時間を指定したのはお前だろう?」
やれやれ、と一つ溜息を落して掃除屋は肩を竦めた。その科白に、そうだったわね…と麗香は苦笑い一つを零し、ガサゴソと書類の山を探って書類の入った封筒を探し当てる。
「…それにしても京都? 珍しいわね」
ソファに座った掃除屋の向かい側に腰を降ろしながら麗香は云った。三下が2人にインスタントコーヒーを運んでくる。
「ああ…のんびりと慰安旅行にでも…」
それを横目に見ながら掃除屋は欠伸を一つ噛み殺す。徹夜明けなのだろうか、非道く気だるそうだった。
「え? 掃除屋サン、京都へ行くんですか?!」
ちゃっかり自分のコーヒーも持ってきた三下はそれを手に麗香の隣に腰掛ける。
「京都……! 三下くん!」
「そうですよ! 編集長!」
珍しく女と青年の意見が合致した。お互い向かい合ってガッツポーズを繰り出す。そして眠そうにソファに身を沈める男に向かってニヤリ、と二人は嗤った。
「悪いけど、ついでにこれを調べて来てちょうだい!」
麗香は立ち上がって先ほど三下が読んでいた新聞をテーブルに叩きつけた。ヒラリとその風が男の前髪を揺らすほどのイキオイだ。
「ポイントは、ヅラ・出演者・映画村よ! ウチのを4人ほど連れてっていいからお願いね!」
「あーいい考えですねー折角ですから、町娘や侍なんかに変装して映画村を練り歩いたらどうですか?!」
出された記事に目を通すその前に畳み掛けるように二人は身を乗り出した。
「映画村の抹茶あんみつは格別ですから!!」
加えて三下は勢いよく最大のエサを釣り下げる…掃除屋が甘いもの――特に和菓子系統に弱いことを知っていたからだ。額に手を当てて、暫し瞼を閉じていた掃除屋だったが、『抹茶あんみつ』の科白にピクリと眉を動かす。
――どうせ調査は連れて行く4人に押し付ければ済むことだ。私は観光気分で行けばいいな。
パチパチっとソロバンを弾いたかのような計算がマッハで行われる。考えが纏まった所で掃除屋は口を開いた。
「…まぁいい…要はヅラを盗む人間を捕まえればいいだけの話だろう?」
掃除屋はやれやれ、と肩を竦めると、
「そういうワケなんでな…私と一緒に京都へ行くか…?」
相も変わらず男は涼しげに云うと肩越しにこちらを振り返った。

――いざ、京都へ!


Scene-1 恋せよ乙女?

その日。
その日、少女はいつもの通り軽快な足取りで月刊アトラスのビルの廊下を歩いていた。学校が終わった放課後。彼女は編集部の手伝いの為によくこのビルを訪れる。
黒い艶のある髪を腰ほどまで伸ばし、意志の強そうな金色の瞳。凛とした雰囲気を纏う少女――矢塚朱姫だ。
(それにしても暑いなぁ)
少女はアトラス編集部の入り口を潜ると汗を拭った。外から来た所為もあるが、このビル全体の熱気というか蒸し暑さというか…。パタパタと手団扇をしがなら、編集部の入り口でキョロキョロとする。今日の調査は何だろう?
「ああ…のんびりと慰安旅行にでも…」
ふと入り口右に設けられているフレッシュルームから声が漏れた。その声に少女は「はて?」と首を捻る。来客者のようだが…何処かで会ったことでもあるのだろうか…。妙に聞いたことのある声だ。記憶力ならちょっとした自信があるのだが…。
「え? 掃除屋サン、京都へ行くんですか?!」
少女がうーん…と考えているその瞬間。三下の声がフレッシュルームと云わず編集部全体に響く。そしてその科白に朱姫の頭の上にピコリーンとデッカイ豆球が光った。
(以前依頼でお世話になった掃除屋サンだ…!)
朱姫はぽん、と手をついて慌ててソロ〜リと壁から顔を覗かす。妙に胸がドキドキするのは気のせいだろうか? ここからでは後ろ姿しか見えないが、蒼い髪、ソファの端から覗く白コート。間違いない…あの掃除屋だった。
その日見かけた掃除屋は非道く気だるそうで、麗香や三下のイキオイにスッカリ押されてしまっている。何か厄介な事件でもあったのだろうか…? 話を聞くに、どーやら京都の何とかと云う映画村で奇妙な事件があったらしい。その調査を掃除屋に、とのことらしいが…。

「そういうワケなんでな…私と一緒に京都へ行くか…?」
話が纏まった――強引に押し切られた所で溜息を吐きながらソファを立つと、掃除屋は少女の方を向いた。後ろに気配があったのには感づいていたらしい。
(…は、鼻血モノだ…)
すい、と差し出されたその手に少女の妄想と心臓は一気に高鳴る。
「うん、いいよ」
朱姫は何とか冷静さを保ち、少し俯いて返事をする。しかし、残念なことに――その手は少女に差し出されたものではなく、少女の傍に立てかけてあった彼の日本刀を手に取る為のものだった。その点はちょっとガッガリ。
そんな少女の一喜一憂など我関せずな掃除屋は脇をすり抜けて、フレッシュルームを後にすると…
「では朱姫と…他に誰か3人行ってくれるか?」
そう云って振り返った。とにもかくにも、掃除屋と京都旅行が敢行されることになった。


Scene-2 到着

ちょっと背伸びしてピンクのタイトスカートと白いキャミソール。冷え対策の為に、黒のカーディーガン。
(調査なんだけど…ちょっとおめかしをして出かけてしまうのは、悲しい女の性かもしれない)
朱姫はそう思いながら、京都駅を出たところで後ろを振り返った。もちろん手には京都ガイドブックがしっかりと握られている。掃除屋と――これまた以前、依頼で一緒になったことがある伊達男、沙倉・唯為<さくら・ゆい>が二人揃って煙草をふかしている。何やら話しているようだが、雑踏の中ではあまりよく聞こえない。
――それにしても美味しすぎだ。一緒に京都観光が出来るだろうか。
朱姫は再び手にしたガイドブックに視線を落した。まぁ勿論、映画村の場所を確認する為でもあったが。

「オイ、場所…分かるか?」
そう云って別の意味でドキドキしていた朱姫を横から覗き込んできたのは、神薙・春日<かんなぎ・はるか>だ。その横で「ほぇ〜」と物珍しそうにキョロキョロとしている少女は、篁・雛<たかむら・ひな>。何ともまぁ十人十色なメンツが揃った物だ、と朱姫はふと思う。
(でも、カツラだからと云って油断は禁物だな)
「うーん…多分、ここからだと京都バスで行くのが一番分かりやすくて早いと思う」
少女はそう返すと、春日はふーん…と朱姫が指した地図を見つめる。あまりの暑さに、パタパタと手団扇をしながら少年は「あ、」と小さく声を発した。
「…これだな。『抹茶あんみつ』…」
映画村特集が組まれているその1ページ。上には全体地図と交通ルート。そして下には食事処の名物が所狭しと書かれていた。
「あーそうだな。調査を済ませたら皆で食べよう」
朱姫も思わずその写真に釘付けになった。こうなったらさっさと犯人を捕まえて噂の抹茶あんみつに舌鼓とでも行きたい所だった。


Scene-3 遭遇

『おいでませ・京都時代映画村』

バスを降りて目の前にある木彫りの大きな看板を下に潜ると、掃除屋がつと口を開いた。
「…じゃあ、ここで分かれるか。それぞれで変装するなり聞き込むなりして犯人を突き止めた方が早いだろう」
それもそうだ。
先程の地図を見た限りではこの映画村は相当な広さを誇る。撮影現場のセットから裏方の楽屋・控え室、観光客用の土産物屋に飲食店。団子になって一つ一つ当たっていてはキリがない。朱姫・春日・雛はコクンと頷いた。
(取りあえず私は撮影所を調べよう。裏方スタッフから何か話が聞けるかも知れない)
少女はキッと顔を引き締めると、足早に駆け出した。

「おい、朱姫」
映画村全体で云うと東に位置する、雨天用の屋内スタジオ。
ここには撮影所も設置されているが、スタッフや出演者の控え室の一部もあり、幾つかある撮影隊の休憩所となっていた。その入り口で戸惑っていた少女が、ふと名前を呼ばれたことに振り返ろうとするが、それより早く頭にぽん、と手が乗せられた。唯為だ。
「何やってんだ? さっさと入るぞ」
戸惑う少女を他所に藤色の袋に包まれた日本刀を左手に携え、男は何の躊躇いもなくその場へと足を踏み入れた。
「ゆ、唯為さん…だってここ、関係者以外立ち入り禁止って…」
男の後を少し遅れて追いながら朱姫は辺りに人がいないことを伺い、唯為を止める。こういう所のスタッフというものは意外とピリピリとしていて後味が悪い。見つかったら何を云われるか…。
「阿呆。そんなこと云ってたら抹茶あんみつが逃げるだけだぞ?」
「でも…」
薄闇の暗幕を抜けると、暖灯の照明が照らす舞台セットの正面へと出る。セットで作られたのであろう紅い大きな月が舞台上から垂れ下がっている。脇には造花のススキが所狭しと並べられていた。
「うわ…凄い…」
朱姫は思わずそのセットに吸い寄せられた。たった一つの空間なのに、それはまるで川床に舞台を移したかのように…存在感があってとても人工的に作られたものとは思えなかった。普段、時代劇にはあまり興味のない少女だったが、ドン、とこちらにまで圧迫感を与える舞台を目の当たりにすると妙に胸が高鳴る。それは一種の『感動』と呼べる代物だった。

「何だ…君達は…」
朱姫が舞台下にゆっくりと歩み寄ったそのときだった。脇の袖から厳しい声が飛んだ。思わず少女は躯を竦ませてしまう。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ…入り口の立て札が見えなかったのか……ん?」
このクソ暑いのにニット帽を被った初老の男性はギラリと目を向けたかと思うと、大きく眉を顰めた。
「沙倉…沙倉唯為か?」
その科白に少女は後ろを振り返る。ニタリ、と笑みを貼り付けた唯為は、
「まだ生きてたんだな、おっさん」
そう云って口元を歪めた。
「やはりその悪党面は沙倉か…! 久しぶりだな…そもそも京都へいつ?」
男はニット帽を脱いで、端にあった階段を足早に降りると二人の元へとやってくる。
「…ちょっと調べ物をしに、な」
「ついでにウチの舞台に出て行く気はないか?」
「冗談」
クック、と唯為は肩を揺らして嗤った。
「えと、唯為さん…?」
朱姫は恐る恐る金色の瞳を大きく開いて見上げた。
「ああ、仕事の関係でな」
視線をその男性に移すと…先程は遠目であまり分からなかったが全身から貫禄が滲み出てくる。
(もしかして、ビックな監督さんとかだったりして…)

「すまんがおっさん、少し話が聞きたいんだが…いいか?」
「ん?」
「ヅラだ、ヅラ」
朱姫の詮索を他所に唯為は云いしな肩を竦めて見せた。


Scene-4 見えない動機

「カツラか…」
白髪…と云うよりかは禿げ上がったその頭を――羽山浩平<はやま・こうへい>は右手で一種の癖のように撫でると、テーブルの上に先程のニット帽を置いた。場所が場所だっただけに、唯為と朱姫は舞台裏の楽屋へと通されていた。廊下にズラリと盛り籠が並んでいる所は何処の舞台も同じだな、と男はそれらを脇に見ながら出された緑茶をズズっと啜った。
「結局…見つからなかったんだろう? 盗まれたヅラは」
右膝を立てて腕を置き、左足は胡座をかくように曲げる。少女は何だか慣れない場所と雰囲気にそわそわしてちょこんと正座をし、その上に両手を丸めている。

「ああ、結局カツラは見つからず…業者に問い合わせても盗まれた数を揃えるのは無理だった」
「で、どうしたんだ」
「役者には悪いと思ったが、地毛でやってもらったよ」
羽山は何事もなかったかのようにサラリと云ってのけると、自分も湯飲みの茶を盛大に音をさせて啜った。
「役者だろう? それぐらい当然だ」
些か詰問口調で二人に投げかける。唯為は苦笑いを零した。
「年老いたジジィならいざ知らず売れっ子のヒヨコに月代<さかやき>をさせたのか」
因みに月代とは。時代劇でよく拝むことの出来るお殿様やお代官に見られるあの中央の剃り込みのことだ。ほんのりと青い…アレである。
「でも、目的は…妨害とか、なんだろうか…」
朱姫は俯きながらボソリ、と呟いた。
今回の事件で何が奇妙かと問われたら――犯人の動機が一切見えない所である。そもそも撮影自体を完全にぶち壊したいのであれば、わざわざカツラなど盗まなくても楽屋に――物騒な話だが――火をつければいいだけの話しであるし、カツラより何より着物や小道具、セットをどうにかした方が確実だ。

「お嬢さん。実はな…ワシは犯人に感謝している」
表情を曇らせた少女に羽山はふふふ、と唇の厚い笑みを向けた。
「元々、撮影スタッフと出演者と云うものは上下関係なくあるべきだ。だが、どこの世界にも光を浴びる花形が天狗となってしまうことが多い」
羽山はそう云うとちらりと唯為を見た。そして再び視線を朱姫に戻す。
「しかし、今回の一件で…カツラが無くなったことで…皆が一致団結した。ガタガタ騒いでおった主演女優もピーピー泣いておったガニーズの鼻垂れも一つの『役』に向かって身を投じた」
煙管に火をつけ、目を細めて煙を吐き出すと、羽山は何処か満足げに云った。
「何かを演じる…何かを生み出す…既成概念に捕らわれず、尚且つ己を高めていくのが我々の仕事だ。腐った欲望やつまらん自尊心など捨ててしまった方がいい」


「…唯為さん、どう思います?」
楽屋を出た廊下で朱姫は男を見上げながら形の良い眉を寄せた。
「…犯人が同じ事を繰り返すのなら止めた方がいいと思う。でも…」
「でも?」
「もし、前回だけってことなら…」
「見逃してもいい、か」
唯為が加えると少女は素直にコクン、と頷いた。
先程の話を聞いていて…もしかしたら、という安易な考えが少女の脳裏に浮かんだ。だがこれは決して口には出してはいけないと直感的に感じていた。
「取り敢えず…お前はこのまま倉庫のカツラ置き場に行け」
「唯為さんは?」
「俺は町ん中にいる掃除屋を捕まえる。あいつもプロだ…それなりに情報を掴んでいる筈だろう」


Scene-5 逃げるカツラ

暗く沈む第3倉庫。
ひんやりと外気から切り離されたこの空間は、人の出入り自体も然程なく、下手したら2〜3日程度は光を見ないこともザラであった。
ギギギーッと重い鉄製のドアをうんしょと押し開いて、少女は顔だけそこに突っ込む。猫のような金色の瞳をキョロキョロと動かせて、中の様子を伺うが…真っ暗でその様子はさっぱり分からない。仕方ない、と朱姫は小さく溜息を吐いて、その重厚なドアを手前に大きく引っ張った。途端に光が倉庫へと差し込まれる。
「うわ…凄いな」
そこには撮影で使う道具一式が所狭しと棚に並べられていた。
編み笠・模造刀・提灯・籠・灯篭に襖まである。少女は珍しそうに――それでいて警戒を怠らず、辺りを確認しながら中へと歩みを進めた。小袖・振袖・打掛に羽織といった着物ゾーンを抜けると、いよいよ噂のカツラゾーンである。ステンレス製の棚に並べられているだろうそれを確認する為に、少女が壁にあったスイッチを押して明かりをつけたそのときだった。
「え…?!」

――ないのだ。
その棚一式に置かれている筈の…カツラが何処にも見当たらない。
「どうして…もしかして?!」
朱姫は勢いよく振り返った。ガサゴソと入り口辺りで音がする。表情を引き締めて少女は床を蹴って走り出した――
「チョット、お前!」
廊下に出た所で少女は外の明るさに目を顰めた。が、去り行く…カツラを両手に抱えた男を見逃す筈が無かった。
(間違いない…アイツが犯人だ!)
少女は一目散に駆け出し、犯人の背中を追いかけて廊下の角を曲がった。
ドンッ!
「ったぁ。ちょっと邪魔だろ!」
噛み付くように朱姫は鼻を摩りながら角の向こうからやって来た人間に向かって吠えた。
――このままではアイツを見逃してしまう…!
「朱姫かよ! 何をそんなに慌てて…」
同じく噛み付くような勢いで喰いかかってきた相手は――春日だ。
「グッドタイミング! アイツが犯人だ…見失う前に捕まえないとッ」
少女は少年――と云っても町娘に変装した…つまり小袖を着ていたが――の裾を引っ張って走り出した。
「え…さっきのヅラを両脇に抱えてたヤツか?!」
「そうだ!」
朱姫もスカートで走りにくくはあったが、それ以上に春日の格好は運動向きとは云えない。犯人を追うどころか朱姫にさえ遅れをとってしまう。
「――しゃらくせェ!」
少年は草履を脱ぎすて、着物の裾を両手で捲り上げると鬼の形相で駆け出す。これでもか!…と云うくらいまで美しいおみ足を存分にひけらかして、撮影所を出た。

――外はいつの間にか夕立とも云える大粒の雨が降り出していた…。


Scene-6 合流

「待てェ!」
「待ちやがれ!」
朱姫と春日は逃げる男との詰まりそうで詰まらない距離に歯がゆさを覚えながら、大粒の雨の中をひた走っていた。すると、前方に入場口が見える。どうやら来た道を逆に走っているようだ。
そこに。

「ほえ?」
案内所の軒先で雨宿りをしている雛を朱姫は発見する。そして追いかける男はそれを横切って更にまっすぐと突っ走る――つまり西の食堂街へと向かっていた。
(中々追いつかないッ)
水を含んだ服がやたらと重い。朱姫はそれに眉を顰めながら、まだ状況把握が出来ていない少女に向かって、
「雛! アイツがカツラ泥棒だ! 追いかけるぞッ」
頬を伝う雨を拭いながら朱姫は息を切らせた。

カツラを提げて逃げる男と。
それを追う、朱姫・春日・雛&夜刀。

雨脚はそれを嘲笑うかのように増し、次第に寒さを覚えるほどの冷たい雨に変わっていった。


Scene-7 光

「あ、あれ! 唯為さんと掃除屋サンだ!」
朱姫はひた走る先――行き止まりの焼却場に二人の影を発見する。
逃げる男は西の食堂街から脇に一本入り、杉や檜といった針葉樹林が覆う焼却場へと向かっていた。しかし、真東から真西へのゲルマン人もビックリな大移動である。朱姫、春日も相当疲れていたが、それ以上にカツラを持って走る男の方がバテていた。
そこで…

「今だ、雛!」
夜刀という青年に抱かかえられていた少女は青年の掛け声と共に疲れて足元が覚束無い男に向かって「エイ!」と呪縛符を投げる。それが見事に命中すると、男は背中を痙攣させて身をその場へと崩した。
「ダメですよ? お茶の間の皆さんも楽しみにしてるんですから。困らせちゃダメです。よかったらお話きかせてくれないですか?」
漸く追いついた朱姫と春日も、膝に両手を置いてゼェハァと肩で息をする。雨で皆ぐちゃぐちゃだった。
「ク、クソォ!」
初めてその男が言葉を漏らした。呪縛符から逃れようと懸命にその身をもがいて逃げようとするが、唯為がスッと動いて男の前に立ちはだかった。
「観念しろ」
「そぉーだ…こんな…アホらしい…こと、やってんじゃネェ…よ…」
息を切らせながら小袖に身を包んだ春日が精一杯言葉を紡ぎだす。
「何であれ…人のものを…黙って持っていくのは…良くないぞ…」
朱姫も息を整えながら、男を囲んだ。こうなったら説教だ!…との意気込みがアリアリと感じられる。

カツラは男が地面に伏した時に辺りに無言のうちに散らばっていた。水を含んで相当の重さになっていただろう。形も崩れ、最早使い物になりそうに無かった。男はそれをチラリと見た後…大きく溜息を吐く。
「仕方…なかったんです…羽山監督の為に…」
うっうっと声を押し殺しながらその男はこの雨にも負けない大粒の涙を頬に流した。
「今回の撮影は…皆ワガママばかり云って…監督はいつも困っていた…。このシリーズで監督はメガホンを置く…なのに、俳優達は自分勝手に云いたい放題で…」
「だったら、何でカツラをパクるんだよ?」
春日は乱暴に聞いた。一回りも違う少年に問われたにも関わらず、その男はビクっと躯を戦慄かせた。
「別にカツラでなくても良かった…でも…僕は思った…昔の映画のような…あの生々しい時代劇を最後に監督に撮って欲しかった…。そして、同時にワガママな俳優達を懲らしめてやりたかった…カツラが無ければ地毛でやるしかない…」
「だから、ファンレターを送ったんですか?」
とてとて、と歩み寄った雛は口を開く。男はコクンと頷いた。
「どー…します…唯為さん」
朱姫は複雑な表情で唯為を仰ぎ見た。
「まぁ、理由はどうあれ…窃盗は窃盗だな」
唯為は肩を竦めて見せる――だが。

「理由など関係ない」

ピリリ、とその空間全体が一瞬にして緊張を帯びた。雨の所為もあるが、冷たく息が詰まるような…暗く重い。4人は瞬時に声の方を振り返る――其処には紅い無機質な瞳を光らせた掃除屋が立っていた。
「そこの男も含めて…お前達は何か勘違いをしている」
そう冷たく云い放つと、手甲の亜空間からスラリと長刀を抜いた。雨に濡れてそれが妙にさめざめと光る。
「物事は何に置いても『結果』だ。過程や理由など『結果』を前にすれば何も意味をなさない」
「な…にする気だテメェ…」
春日はいち早く掃除屋の不穏な空気を察知した。もしかして――
「私の中において、任務完了は即ちターゲットの『死』を意味する。それが雑魚であれ何であれ…当然の話だ」
キラリと切っ先を光らせて掃除屋は振りかぶる。
「ちょっと待って…掃除屋サンッ」
朱姫が叫んだその時だった――!

「あんまり…融通の利かないことばかりヌカしてると叩ッ斬るぞ」

唯為が緋櫻を抜かずに鞘で、振り下ろされた掃除屋の刀を受け止めた。鈍い金属音が耳に煩い。掃除屋は眉を顰め、身を沈めた唯為を睨んだ。
「貴様、先程も云っただろう? 例えクライアントだとしても容赦はしない、と」

春日と朱姫は息を飲んだ。あまりに重く苦しい空気がこの場を支配していた。
言葉すらも発せられない――立ち竦むしか術はないのか?

雨は次第に止み始めていた。夕立特有の厚い雲の向こうに光が差し込んでくる。
その光に照らされて、掃除屋が逆光に目を細めた時――雛は無我夢中で駆けて掃除屋にタックルをするようにしがみ付いた。
「ダメですよッ。お願いします、やめて下さい…」
少女はぎゅっと目を閉じた。何処にこんな力が秘められていたのだろう。雛の力では到底、掃除屋は止められない。それが分かっていても駆け出した…夜刀は息を飲む。

霧雨となった雨は雲間から差し込んだ光と共に辺りを優しく包む。
掃除屋はぽんぽんと少女の頭を撫でた後、刀を唯為の鞘から外し、薄く自嘲気味に嗤った。

「どうやら…私の負けのようだ」


Epilogue 抹茶あんみつ

朱姫は取り敢えずタオルで頭を拭いて、食堂街の角に位置する甘味所『おゆう』の抹茶あんみつに舌鼓を打っていた。

――掃除屋はあの後、姿を消した。
警察に男を引き渡して、諸々の関係者に事情を説明し…そのときには既にいなかった。

「掃除屋サン…抹茶あんみつ食べたのかな…」
少女はスプーンを加えながらぽつりと呟いた。隣には抹茶あんみつに手をつけず煙草をふかす唯為が座っていた。
「………」
男は薄く煙を吐き出す。朱姫は何だかスッキリしない表情で自分の抹茶あんみつに視線を落した。
色とりどりの寒天に蜜柑や桃、巨峰、サクランボ、白玉が入っている。そしてその上に抹茶アイスとあんこが、これでもかーと乗せられていた。勿論、黒蜜もたっぷりと掛けられている。

「お茶、如何どすか?」
給仕に来た山吹色の小袖に身をつつんだ女性が、盆に4つの茶を乗せてやってくる。
「あれ…先程のお客さん」
唯為を見るなり、その女性は「あ、」と口を開いた。
「そうそう、白コートのお客さん」
「…来たのか?」
男は視線をその女性へと向けた。少女もハッと顔を上げる。
「ええ、皆さんがいらっしゃる少し前に。抹茶あんみつを食べはって…それからお土産用に沢山、注文して下はりましたわ〜」
「土産用…」
「ご自分が食べる分と…あと別の便はドイツへ送りはりましたわ〜。いや〜やることが違いますなぁ」
ほほほ、とその女性は笑うとぺこっと軽く頭を下げてその場を後にした。

朱姫は明るくなった空を見上げ、傾く日に向かって帰る烏を遠く眺める。
そして、耳に届く風鈴の音に、少女は穏やかに瞳を閉じた。


Fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0550 / 矢塚・朱姫(やつか・あけひ) / 女 / 17 / 高校生】
【0436 / 篁・雛(たかむら・ひな) / 女 / 18 / 高校生(拝み屋修行中)】
【0733 / 沙倉・唯為(さくら・ゆい) / 男 / 27 / 妖狩り】
【0867 / 神薙・春日(かんなぎ・はるか) / 男 / 17 / 高校生/予見者】

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■         ライター通信          ■
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* こんにちは、本依頼担当ライターの相馬冬果です。
 この度は、東京怪談・月刊アトラス編集部からの依頼を受けて頂きありがとうございました。
* 今回の依頼はプレイングから、事件の全容を掴むヒントと内容が各ノベルに散りばめて
 あります。ですので、他の参加者の方のノベルにも目を通して頂けると、映画村での
 時間経過や事件の全体像、進展度、思わぬ落し穴などが理解して頂けると思います。

≪矢塚 朱姫 様≫
 2度目の参加、ありがとうございます。
 とても元気がよく女の子らしい(?)プレイングが印象的でした。
 矢塚さんの一生懸命っぷりが冒頭に出ているといいのですが…(笑)。
 それではまたの依頼でお会いできますことを願って…。
 
 
 相馬