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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


この子誰の子? −チェンジリング−
●始まり
「この子を笑わせてほしいんです」
「……」
 A型ベビーカーを押して入ってきた女性は、開口一番そう言った。
 草間はさすがに面食らい、女性の真剣な顔を見た後ちらっとベビーカーのシートに埋まるようにして乗っている赤子へと視線を向けた。
「……」
 絶句、の一言につきる。
 そこに座っていたのは人の赤子の顔ではなかった。
 緑色の顔。尖った耳に裂けた口。ファンタジー世界のゴブリンのような顔、と言ったら想像つくだろうか?
 その赤子がピンクのベビードレスを着、おしゃぶりをして草間の顔を見つめ返していた。
「え……と……」
「2日前、夜9時頃授乳を終えて寝かせた後、夕食の後片づけをしていた時、急に窓が開いてバタバタカーテンがなびいたんです。寝室から物音が聞こえ、不審に思って行ってみるとすでにこの子がベッドに寝ていたんです……」
 どう問いかけていいのか困った草間の表情を読みとったかのように女性は言う。そしてあちこちで調べた結果、草間興信所に相談するのが一番いいだろうと言われたらしい。
「……今までこの子の面倒を……?」
「はい……。外見はこうでも一応赤ちゃんですし……」
 母性本能強し、というヤツか。草間はどうしても視線を送ってしまう赤子を、なんとか直視しないように務める。
「それで、どうして笑わせる、なんて?」
「……色々調べてわかった事は、こういう現象を<チェンジリング>というらしい、というのと笑わせる事が出来たら本当の子供を返してくれる、と言った事なんです」
 言って女性は写真を1枚取り出した。そこには生後生まれて間もない《ちゃんとした人間の赤子》と母親である女性の姿が写っていた。
「お願いします、この子を笑わせてください!」
 女性の必死の表情に草間は苦い顔をしつつ、どう見ても笑い顔が似合いそうにない赤子に目を向けると、赤子は「笑わせられるものなら笑わせてみろ」とでも言いたげにニヤリと唇の端をあげた。
「……笑わせてやろうじゃないか! おい、誰かなんか芸でもやれ!」
 草間の何かに火がついたらしいが、結局やるのは自分ではないらしい。

●それぞれの感覚 −当日・午前−
「おお! 可愛い赤ん坊ではないか! それ、我が輩にも抱かせてくれたまえ」
「はぁ?」
 きょとんとなる草間を尻目に国光平四郎はベビーカーに座っている赤子を抱き上げた。
 私立第三須賀杜爾区大学の物理学講師である平四郎は『神も悪魔も幽霊も存在しない。すべてはプラズマの仕業だ!』と豪語している。
 頭を洗った後そのまま眠ってしまったかのようなボサボサの長髪にヨレヨレの白衣を着ている。
「我が輩には子供がいなくてなぁ……。それで、この子を笑わせれば良いのだな? 我が輩に任せたまえ!」
「私にもだっこさせてくださいぃ」
 下からヌッと手が出てきて平四郎は目をパチクリさせた後、下を見ると大きな瞳が飛び込んでくる。
 眉の辺りで切り揃えられた分け目のない前髪、長さは腰の少し上辺りの真っ黒なサラサラなストレート。顔立ちは美少女、と言ってもいいだろう。
 身長は140cm程度で、体の薄さを見れば体重が軽い事もわかる。
 その少女がぴょんぴょんとつま先立ちで跳ねながら、平四郎の腕に抱かれている赤子へと必死に手を伸ばしていた。
「私にも抱かせて下さい〜」
 にこにこと湖影梦月に言われ、平四郎も笑顔になって少女に赤子を渡した。
「ふわぁ〜可愛い〜☆」
 ゴブリンもどきの赤子を抱きしめ、心底可愛いと思っている口調に、母親から事情を聞こうと立ち上がったシュライン・エマは苦い顔。
 ボディラインがばっちりわかるような、しかしシックな服に身を包み、長い黒髪をうなじの辺りで縛っている。大きく開かれた胸元には鎖のついた眼鏡が下がり。切れ長の瞳を持つ顔は中性的だ。
 表の仕事は翻訳家。しかしそれだけは食べられないのでゴーストライターもやっていたりするが、最近は草間興信所のバイトで手一杯になりつつある。それもこれも草間の人使いの荒さ故だろう。
 しかし気を取り直すように一度頭を左右に振り、母親に近づく。
「……えーっと、二日間お世話してて何かこの赤ちゃんが興味引く事とかなかったですか?」
「興味、ですが……?」
 母親は首を巡らせるようにして考える。
「……海(かい)……ああ、子供の名前ですが、海が喜びそうな子供のおもちゃには全然興味がないようでした。何をやっても無関心で。ひとつだけ……」
「一つだけ?」
「はい。食べる事が……。この時期まだ簡単な離乳食だけなんですけど、何でも食べてしまうんです……下手すると生肉まで……」
 食べている姿を思い出したのか母親は眉間にしわを寄せてうつむいた。
 シュラインはなるべく想像しないようにしながら、梦月に抱かれている赤子へと視線を向けた。
 瞬間、ひょいっと誰かが赤子を梦月の手から取り上げたが、シュラインには宙に浮いているようにしか見えなかった。
「あ! 何するんですの!? って赤ちゃんを猫でも掴むみたいに持って!!」
 突然梦月が叫んで、何もない空間に向かってジタバタと手を伸ばして暴れている。
「これはプラズマだぁ!! 赤子が宙を浮く、プラズマの仕業に違いない」
 今度は平四郎の叫び。
「プラズマじゃないですよぉ。蘇芳です。私を守護してくれている鬼なんですけど」
 蘇芳、とは梦月を守護してくれている男性型の鬼の事である。鬼、と言っても梦月にとっては兄のような存在だ。
「お、鬼!? そんなものはこの世に存在しない! すべてはプラズマの仕業なんだぁぁぁぁ」
「賑やかやなぁ」
「あ、梦月! こんな所で何やってるんだ?」
 騒ぎの最中、入って来たのは獅王一葉と湖影龍之助の二人。草間から事件の資料を借りていたので返しに来たのだ。
 一葉は相変わらず男と間違われそうなほど薄い体型の上のフード付きのパーカーにジーンズという出で立ち。
 赤く染めた髪はベリショート。しかも竹を割ったような性格の彼女は『彼
』と呼んでも間違いではない。
 後ろから忠犬ハチ公なような風体でついてきた龍之助は、どこか茶色い大型犬を思わせる。
 身長は高く、人当たりの良さそうな笑顔。体育会系の彼は礼儀正しい。
 一見すればモテそうに思えるが実は男性愛の傾向があり、目下の心の恋人はアトラスの編集員・三下忠雄である。
「何しとんねん、騒がしいなぁ」
 一番正確に情報が聞き出せそうなシュラインに視線を向けると、シュラインは肩を軽くすくめた後、事情を簡潔に説明した。
「武ちん……相変わらず人にやらせるのうまいみたいやなぁ」
 心底感心したような一葉の言葉に草間は苦笑。
 後ろでは龍之助が妹・梦月となにやら話をしている。
「龍兄様、蘇芳ってばひどいんですのよ、こんな可愛い赤ちゃんをこんな抱き方して」
「可愛い、って……」
 我が妹ながら感覚を疑ってしまう。どう見ても可愛くない。蘇芳が猫の子を掴むようにしていても否とは言えない。
「しかし草間さん<たまには>自分でもやってみたら……」
 話題をそらすように龍之助は草間を見て「たまには」の部分を強調する。
「俺より他のメンツの方が芸が多そうだしな」
 龍之助に対して「ゲイだろ」とは言わない(笑)
「この子を笑わせるなんてけったいな……」
 自然、赤子に視線が集まった。

●さくら犬猫病院 −当日・午前−
「おやおや、草間さんからまたメールだよネイテ」
『悪魔関係は専門だろ?』と言わんばかりのメールが届き、ライティア・エンレイはモニターの前で苦笑した。
 物腰たおやかな黒髪の男性は、青い瞳に好奇心を乗せている。整った体型で、すらっとした足を組み直した。
 その肩には下半身蛇の女悪魔、ネイテが乗っている。
「うーん、でも赤ちゃんは犬猫以外詳しくないんだよね〜」
 困ったように、でも楽しそうに顔を歪めながらライティアは顎を形のいい指先で摘んだ。
 ゴブリンのような赤ちゃんには興味がある。
「悪戯にも程があるよね……」
 休診日であり、しかも珍しく暇をもてあましていたライティアは勝手にこれを「お笑い大作戦」と称して立ち上がった。
「お仕置きには定番のお尻ペンペンかなぁ?」
「泣かせてどうすんのよ!!」
 すっとぼけたように言ったライティアに、ネイテから即座につっこみがきまった。

●笑わせるには? −当日・午後−
 役者は全員揃ったようである。
 草間興信所の人間であろうと通りすがりであろうと、巻き込まれたら依頼を完遂するまで帰れない。
「悪魔を笑わせるには天使の生首が一番なんだけど……流石に今は入手困難
よねー」
 にっこり、と笑ったかどうかは目隠しの下に隠されているのでわからないが、とても嬉しそうにネイテが言う。
「今は、っていつだったら手に入ったんやろな……」
 思わずつっこみをいれてしまうのは関西人のサガだろうか。
「まずは手堅く童話、って所かしら?」
 シュラインは参考資料として並べられた棚から、なぜかしまってあった童話集を取り出した。
 しかもそれは子供用に直された当たり障りのない童話ではなく、原作に忠実なグロテスクなものだった。
「ストロー使って鼻に息を吹きかけて……ってゆうんは駄目やろな。表情だけ笑った所で駄目やろし」
「チャンジリングって妖精さんの子供でしたわよねぇ〜。今いるお母さんは本当のお母さんじゃないのでしょう? 本当のお母さんがいなくて寂しいと思いますわ」
 皆があれこれ考えている中、梦月はベビーカーに戻された赤子の顔を覗き込むように屈む。
「この子が笑ったら二人とも元の所に帰るんでしたわよね。じゃあ簡単じゃないですが、一緒に笑いましょう、ね?」
 くすくす笑いながら梦月は赤子の頭を愛しそうに撫でる。が、当然笑うはずがない。
「梦月……そんな事で笑うんだったら、こんなに苦労はないと思うんだけど」
 三下が側にいないせいか、はたまた妹の前だからか、龍之助はいつになくまともだ。
 わかってないような顔で目をパチクリさせた梦月の横から、マッチ箱のようなものを持って平四郎がヌッと顔を出す。
「妖精? 何を言っておるのかね、そんなものは存在しない! これもプラズマの仕業であろう。いずれ原因を解明してみせようが、まずは……見たまえ! こんなこともあろうかと用意しておいた、プラズマ式百面相増幅器INAI-BAR1125!(吸盤付マッチ箱風装置) 顔面に装着すれば、通常の11.25倍強力な『いないいないばあ』が可能だ! キミ、早速つけてみたまえ!」
「ええ!? 俺っスか!?」
「そうだ、キミだ」
 うんうん、と平四郎は頷く。
「龍兄様の『いないいないばあ』見てみたいですわ〜」
「……」
 とても嬉しそうに梦月に言われ、龍之助は渋々装置をつける。
 瞬間、勝手に手が動き出し『いないいないばあ』を始めた……が、もの凄いスピードで体ついていかない。そのうちそのプラズマ式なんたからモクモクと煙が吹き出し始めた。
「うわぁあっちぃ!!」
「……笑ったね、少しだけど……」
 煙を吹き出した機械を慌てて放り投げた龍之助の姿を見て、赤子はニヤッと笑った。しかし声を出して笑うほどではなかった。
 それを見てライティアはやっぱり、という顔でネイテを見た。
「やっぱり小悪魔ね〜。人の不幸が嬉しいのよね」
 ネイテはライティアの視線に同意するように言ってベビーカーの幌の上にちょこんと腰をおろした。
「それじゃ童話も効き目あるかしら」
 シュラインが童話を読み始めると、最初のうちは欠伸をしていた赤子も、だんだん興味がわいてきたらしく、時折ニヤッと唇の端をあげた。
 しかし完全笑う、とはまではいかなかった。
「それじゃ次は僕が」
 一通りの話を読み終えてしまった為、今度はライティアが話をし出した。
「とっておきの話があるんだよね」
 というライティアの顔は悪戯を思いついたような子供の笑顔。それを感じてネイテは再びライティアの肩へと戻る。
 語り出したライティアの話は、聞いている周りの方が寒くなってきてしまうような話で、しかしそれが楽しいのか赤子は「へへっ」と可愛くもない笑い声を軽くあげた。
「ええ調子やな」
 ハリセンの出番はあらへんかな、と一葉は手にしたハリセンで手のひらを軽くポンポンとたたく。
「……この話でも駄目かぁ。手強いな」
 まいったなぁ、と後頭部をかく姿は少しもまいっていないようで、むしろ嬉しそうだ。
「そうだねぇ……もし良かったら人間界を一緒に征服しようか?」
 冗談とも本気ともとれる口調でライティアが言うと、赤子はニヤッと笑っただけでそれ以上の反応はなかった。
「今度はプラズマで赤子の頬の筋肉をほぐし、自然と笑いがこみあげてくるような物を作るぞ」
「国光様素敵です〜。出来たら私にも見せて下さいねぇ」
 嬉しそうな梦月の横で蘇芳が苦い顔。
「それじゃ今度はヘビメタとかでもかけてみましょうか。試せる事は色々やってみないと」
 CDを取り出してシュラインが古ぼけたラジカセに入れる。すると意味不明な音楽が音の悪いスピーカーから飛び出した。
「ほら、龍之助。あんたもなんか芸みせや」
「俺の芸っスか……」
「私もみたいですぅ〜」
「俺の誇れるもの……三下さんへの愛か!」
「たわけ!」
 スパコーンと一葉のハリセンが龍之助の後頭部に炸裂する。
 そしてなぜか梦月はムスッとした顔でそっぽを向いてしまった。
 龍之助が大好きな梦月は、その愛しの男性三下忠雄が嫌いなのである。
「へへへ」
「おお、笑ったぞ! やはりプラズマだ!」
 何がプラズマだかは知らないが、一葉に殴られた龍之助を見て赤子が笑う。「これが面白いんやな?」
 ニヤッと一葉は意味深な笑みを浮かべてハリセンを持ち直す。
「あ、まさか……」
「ビンゴや!」
 パコンパコン、と小気味いい音が事務所内に響き渡る。
「へへへ」
 それに赤子は嬉しそうにニヤニヤと笑う。
「笑ってる顔、可愛いですわぁ〜」
「……」
 手をたたいて喜んでいる梦月を見て、シュラインと草間は苦笑。
「痛いっスよ〜……それじゃ、俺のとっておきの芸を見せるっス!」
 龍之助はどこから出したのか、リンゴを手に取るとぐしゃっと握りつぶした。
「……」
 シーン。
 さむーい空気が通り過ぎた。
「うううう……どうせ俺は役にたたないっスよぉ!! うわぁぁぁぁぁん」
 泣きながらダッシュしてその場から逃げようとした、その瞬間。
 ゴ、チーン!
 鈍い音を響かせて龍之助はドアに頭からぶつかった。
「い、痛いっスゥゥゥ」
 額を抑えてうずくまる。
「ケケケケ……」
 今度は唇だけはなく、目尻を下げて笑う。
「他人の不幸は密の味って事かしら」
 疲れたようなシュラインのため息。
「おかんにでも電話して色々聞いてみよか。一応人生の先輩やしなぁ」
 一葉の母親が小悪魔の子を笑わせる事を人生の中で体験しているかは知らないが。……まずありえないだろうが。

●この子誰の子? −当日・夜−
 結局あれから進展は見られなかった。
 そうそう赤子を笑わせられるほどの不幸が起こるはずもなく。
 皆の視線の先で大人が食べる10倍くらいの量の食事を、赤子は食い散らかしていた。
「あかん……食欲がなくなってしもた……」
 夕食がわりに、とコンビニで買い求めてきた(使いっ走りは龍之助)アンパンを持ったまま、一葉うんざりしたような顔で赤子の食べっぷりを見つめる。否、見ていたくないのに目がいってしまうのである。
「どうしたんスか? 食べないんっスか?」
「うちはあんたみたいに無神経に出来とらんのや!」
「育ち盛りっスから♪」
 赤子に負けず劣らずのスピードで食べている龍之助。その横で梦月が1口30回ペースでサンドイッチを口に運ぶ。
「子供は食欲旺盛なのが一番だな」
 離乳食が始まって間もないような月齢の赤子が、固形物をむしゃむしゃと食べるのはいかがなものか、と思うが普通の赤子ではないので何も言えない。
「いい食べっぷりだ。将来が楽しみだ!」
 どこか講義的口調な平四郎の言葉に、草間は「いい食べっぷりね……」とつぶやきつつ、手にしていたサラダ巻きをトレイに戻した。
 この食べ方を見ているのは、ダイエットにいいのかもしれない、とわけもわからないことが浮かんでくる辺り疲れているらしい。
「好き嫌いないなんて偉いね」
 含みのある笑顔を浮かべながら、ライティアはうなぎのおにぎりの最後の一欠片を口に放り込んだ。
「何かいい方法はないのかしらね……」
 缶コーヒーを片手にネット検索をしながらシュラインはつぶやく。
 チャンジリングの事についてかかれているいくつかのサイトを見かける。
 もちろん海外が主だが、翻訳家であるシュラインにとっても翻訳ソフトを通す必要はない。
「笑わせる、って言うのは少ないわね……。名前を当てる、ってのが大部分ね」
 くるりと椅子ごと後ろを向くと、依頼人である母親へと声をかける。
「どうして『笑わせる』って話になったんですか?」
「……相談した人が教えてくれたんです。それで……」
「まぁ……名前当てるよりは早いかもしれないけど……どっちの方法が正しいのかしらね」
 再びモニターへと視線を戻し、マウスをカチカチっとクリックし始めた。
「人の不幸が笑わせる近道や、ゆうんはわかったけど……わざと不幸のような目にあった所で笑うかどうかは別やな」
「そうだね。人が心から困ったりしてないとあの子にはつまらないだろうし」
「誰か不幸にするの?」
 一葉の言葉にライティアが相づちをうつと、ネイテが嬉しそうに小首をかしげる。
「三下はんでもおれば早いかもしれへんなぁ」
「どうーして三下さんなんスか?」
 三下の名前を出されて龍之助の耳がピクリと動き、梦月の唇が尖った。
「そうね、彼は不幸の塊みたいだものね」
 シュラインが頷く。確かに、とつぶやきつつ。
「可哀想な三下さん。俺が守ってあげたいっス!」
「……一番の不幸の原因が自分や、ゆう事わかってへんな……」
「ふふふふ……こんな事もあろうかと! プラズマ式fu-kou変換器を作っておいたのだ! これはほんの些細な出来事を、すべて不幸に変えてしまうのだ!」
「国光様すごいですぅ〜」
 白衣の内ポケットからまた何かを取り出した平四郎に梦月が拍手を送る。
「さぁ、これをつけて思う存分不幸になりたまえ!」
「ええええ!? またオレっスか!?」
「他に誰がいるのかね?」
「たまには自分でつけるとか……草間さ……いない……」
 くるっと振り向いて草間に助けを求めようと振り返った龍之介の視線の先には、すでに草間の姿はない。
「ささ、遠慮をするな!」
「遠慮するっス!」
 ささささ、と龍之助は素早く退くが、平四郎も同じくらいの速度で迫ってくる。
「……何じゃれあっとるんや。もう時間も遅うなって来たゆうんに」
 ため息を一つ落とし、一葉は例えがたい表情のまま座っている母親の姿を見る。
「……このままでもいいんじゃないか?」
「は?」
 一瞬何かを思いついたような顔になったライティアがぼそりと呟くと、シュラインがモニターから目を離す。
「子供にはかわりない訳だし、見慣れると結構可愛いし。それに小悪魔の子を育てられる機会なんてそうそうないよ?」
 薄い笑みを浮かべながら言うライティアに、自然周りの視線が集まる。
 追いかけっこをしていた龍之助と平四郎の動きもとまる。
「確かに可愛いですけど……やっぱり本当のお母さんには本当の赤ちゃんが一番だと思いますわ」
「本気で言っとるん?」
 一葉の眉間に皺が寄る。
「そうだよ。悪魔も悪いものじゃない。容姿が醜いからと言って差別するのはどうかと思うし」
「そういう問題じゃないでしょ。誰でも我が子が可愛いものなのよ。その子供をそのままにして、違う子供を育てろ、って言うの酷くない?」
「いきなり自分の子供がいなくなった気分がわかるんか!? よくそんな事言えるな」
「そうっスよ! 本当の赤ちゃんもお母さんも可哀想っス!」
 拳を握って龍之助が叫ぶ。
「可哀想、って誰が決めたの? もしかしたらこれから二人の人生がとても素晴らしいものになるかもしれないじゃないか」
 そう思わない? とにっこり笑ったライティアに、一葉が切れた。
「何言っとるんや!? そないなことあったら、わざわざここに来ぃへんわ! 勝手な事ほざくな!!」
「ケケケケ」
「笑っとる場合ちゃうわボケ! こっちは真剣に話ししとるんや」
「……」
 完全に頭に血が上った一葉には、誰が笑っているのかわからなかった。
「……こういう事ね……」
 呆れたように呟きシュラインがライティアを見ると、ライティアは瞳をわずかに細めた。
「え? どういう事っスか?」
「見てればわかるわよ」
 説明が面倒だ、とばかりのシュラインに、龍之助はポカンと怒鳴る一葉へと視線を向けた。
「獅王様怒ってますわね……」
 湖影兄妹はいまいち状況がわかっていないらしい。
 平四郎は手にした機械をもてあましつつ、しかし口を挟もうとはしなかった。この辺が分別ある大人たる所以だろうか(何か違う)。
 一葉の怒鳴り声は続く。
「将来がどうであれ、今を不幸でどないするんや!」
「ぎゃははははは」
「何笑っとる! いい加減に……」
 目尻をつり上げたまま振り向いた一葉の視線の先で、赤子が大口開けて大笑いをしていた。
 それを見て一葉は呆然。あけたままの口をパクパクさせ、説明を求めるようにシュラインを見ると、シュラインは小さな笑みを浮かべながら頷いた。
「!?」
 くるっと今度はライティアを見る。ライティアは先ほどと変わらない表情でネイテの蛇の尾を指先に絡めていた。
「笑いましたわねぇ。笑顔もとっても可愛いですわ」
 きゃー、と嬉しそうに拍手しながら梦月も笑う。
 可愛いかどうかは別として、赤子は完全に笑っていた。
「……でも、笑ったところでどうなるんスか?」
 素朴な龍之助の疑問。
「ふむ。どうなるかは知らんが、もし帰るところがないなら我が家に来るかね? 家内は優しいし、飯も上手いぞ。普段は寂しいアレの相手をしてくれると嬉しいのだがな」
 マッドサイエンティスト風の平四郎も、奥さんにはメロメロなのである。
 平四郎の言葉に赤子は更に笑う。
 瞬間。
 空気の入れ換えの為に作られた窓がすべて開き、突風が事務所内を通り過ぎた。
「きゃあ!」
 よろけた梦月を蘇芳と龍之助が支える。一葉とシュラインは手近な机につかまり、平四郎は壁に背をぶつけたまま止まった。ライティアは何かの力に守られているのか、平然とした顔で同じ場所に座っていた。
 突風はすぐにやんだ。
 残ったのは風でばらまかれた書類や文具たち。
「……誰が片づけると思ってるのよ」
 草間でない事は確かだ。
 文句を言いつつ立ち直し、手近な書類を拾い上げ始めたシュラインの耳に、母親の声にならない悲鳴が聞こえた。
 何があったのかと思い振り返ると、皆一様に呆然と立っていた。
 そして皆と同じ物を見たシュラインも固まった。
「……う、うぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
 妙な雰囲気を感じ取ったのか、ベビーカーの中でキョトンとしていた赤子が大声で泣き始めた。
 その姿は紛れもなく人間の赤ちゃんで。
「か、海ぃぃぃぃ!」
 母親はかすれた声でベビーカーにすがりつき、我が子を抱き上げ涙をこぼす。
 それを見ながら一葉は跋が悪そうに頭をかき、ライティアを見る。
「……こんな思惑があるってわからんと、怒鳴ってしもて」
「?」
 謝れて今度はライティアが驚いて目を見開いた。酷い事を言っていたのは自分で、一葉が怒るのは無理はない。むしろ怒らせるためにやっていたのだから仕方がない。怒ってくれなくては意味がない事だったのだから。
「ボクの方こそすまなかったね」
 さくら犬猫病院が大繁盛のいったんを担っている笑顔を浮かべると、一葉はぺこっと小さく頭を下げた。
「そっかー、ライティアさんは一葉さんの怒りを利用したんスね! 短気な一葉さんを怒らせて、その人間同士のぶつかり合いであの子を笑わせ……た、いて」
 スパコン、と一葉のハリセンが龍之助の後頭部に炸裂。
「短気はよけいや」
「そうですわ、龍兄様。短気だなんて失礼ですわ。気が短い、とか怒りっぽいとか……モゴモゴ……」
 フォローに入ったつもりの梦月の口が、蘇芳によってふさがれる。
「……さすが龍之助の妹やな……」
 一葉は脱力して肩を落とした。

●終わり −当日・夜−
「……お、終わったみたいだな。どうだ? 何か食うか?」
「……草間さん! こんな大事なときに所長がどこに言ってたんですか!?」
「い、いや、ちょっとパチ……買い出しに」
 パチンコに行ってました、と証明しているような紙袋を抱え、無表情で怒っているシュラインを見て後ずさる。
「武ちん、人の事巻き込んだんや、麗香はんにきっちり説明したってや」
「あ、ああ」
 今度は一葉のにらみ。
「そういや俺たち資料を返しに来ただけだったんスよね……ああ、今日は三下さんにあまり逢えなかった……」
 くすん、としょぼくれる龍之助に梦月が抱きつく。
 それに一回にっこり笑って頭を撫でてから、また遠くを見るようにして口をへの字に曲げた。
「……大変お世話になりました」
 母親は腕に赤子を抱き、ベビーカーを押しつつ深々と頭を下げる。
「ふむ、我が子をしっかりと自分の腕で抱き留めておきたいのだな」
 結局チャンジリングの赤子が残る事はなかった。あの子も自分の親の元に戻っているのかもしれない。
「そろそろ帰ろうか、ネイテ」
「そうね。結構面白かったわ」
 くるくるとライティアに尾をまきつけつつ、ネイテは飛び回る。
「帰るのか? またなんかあったらよろしくな」
 ちゃっかりした草間の物言いに、ライティアは笑った。
「うちらも帰ろか。荷物編集部に置いたままやさかい」
「そうっスね」
「龍兄様が行くなら私も一緒に行きますわ」
 龍之助を腕を組む……と言うよりぶらさがるそうな格好で梦月は後をついて行く。
「我が輩も行くとするか。アレが手料理を作って待っておるからな。そうだ、これをやろう」
「?」
 ポイッと平四郎はプラズマ式fu-kou変換器を草間に渡し、説明もないまま退室していった。
「なんだ、これは?」
「……さぁ? 使ってみればわかるんじゃない?」
 本当は知っているけど言わない。
 その後、僅かな不幸に見舞われた草間のポケットで機械が煙を吹き、一張羅と気取っていたジャケットに焦げ目が付いた事を知っているのはシュラインだけだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家+時々草間興信所でバイト】
【0115/獅王一葉/女/20/大学生/しおう・かずは】
【0218/湖影龍之介/男/17/高校生/こかげ・りゅうのすけ】
【0476/ライティア・エンレイ/男/25/悪魔召還士】
【0684/湖影梦月/女/14/中学生/こかげ・むつき】
【0701/国光平四郎/男/38/私立第三須賀杜爾区大学の物理学講師/くにみつ・へいしろう】

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■         ライター通信          ■
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 お久しぶりにございます、夜来聖です。
 産休後の依頼という事で、どきどきです(^_^;
 でも皆さんにまたお会いする事が出来て嬉しいです。
 新しいPCさんも沢山増えているみたいで。
 梦月ちゃんと平四郎さんは初めまして☆ ですね。
 イメージにあっていればいいのですが……。
 何かあったら遠慮なく言ってくださいね。
 それではまたお会いできる事を楽しみしています☆