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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:神威  〜邪神シリーズ〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

「あ、いらっしゃいま‥‥く! あなたは!?」
「ふふ。そんなに歓迎しないでよ」
「誰が歓迎なぞ!」
「まあまあ。そんなに尖るなって。それとも、ここでやるかい?」
「く!」
「そうだよねぇ。キミと僕とじゃ力の差がありすぎるもんねぇ」
「言わせておけば!」
「おっとっと。神威の短刀か。さすがにソレで斬られたら痛いからね」
「お黙りなさい!」
「黙るのはやだなぁ。僕がおしゃべりなのは知ってるじゃないか」
「‥‥‥‥」
「おやおや。キミの方が先に黙っちゃうのかい? ま、いいや。もし暇だっだら、明日、神威岬にきてよ」
「‥‥何を企んでいるのです?」
「それは見てのお楽しみ。ネタが判っちゃうとマジックは面白くないからね」
「ウニでもご馳走してくれるのですか?」
「言うねえ。でもまあ、そこまで言うなら最高級のエゾバフンウニを用意してあげるよ。手下どもも連れておいで」
「‥‥手下ではありません‥‥」
「ふうん。じゃあ、家来? 子分?」
「‥‥大切なお仲間です。あなたには判らないでしょうが」
「判らないねぇ。理解に苦しむよ。キミの考え方は」
「あなたなどに理解される存在にはなりたくありませんね」
「ふふ」
「ぐ‥‥は‥‥」
「今の暴言は、この一撃で忘れてあげるよ。じゃ、そういうことで」
「お‥‥待ちな‥‥さい‥‥」
「待たない。ふふ。明日待ってるからね。レラカムイ」


※邪神シリーズです。
※バトルシナリオです。推理の要素はありません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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神威

 北海道の西部。
 積丹半島の一角にそれはある。
 夏にしか足を踏み入れることのできぬ閉ざされた岬。
 女人禁制のために敷かれた絶対境界線。
 哀しき伝説に彩られた禁断の地。
 コバルトブルーの日本海が織りなす幾億幾兆の波濤。
 そそり立つ無数の奇岩。。
 毎秒八メートルの強風が常に吹き渡る大自然の要害。
 豊饒の女神。荒ぶる海神。風の神。森の神。
 あらゆる神々が同居する場所。
 かつてこの地を開いた人々は、畏敬を込めて呼んだ。
 神威(カムイ)と。


 夏の陽射しを浴びた芝生が、鮮やかな緑で目を和ませる。
 札幌市のシンボルともいえる大通り公園。
 午後ともなれば、観光客や市民たちが芝生に寝そべり午睡を愉しむ。
 スーツ姿の男女も交じっているようだ。
 おそらく、会社をサボってくつろいでいるのだろう。
 平和で結構なことだ。
 武神一樹は苦笑を浮かべながら、縦長の公園を歩いていた。
 寝そべりたい欲求を抑えているため、なんとなく皮肉な観察をしてしまう。
 北海道の夏は良い。
 日中の気温が三〇度を越えることは滅多になく、夜間の気温も二〇度前後。
 珠玉のごとき夏とは良く言ったものだ。
 街路に植えられた花々が可憐な装いで目を楽しませ、噴水の周囲では子供たちの笑声が輪唱される。
 けっして壊してはいけない、日常の風景だ。
 彼のものたちの好きになど絶対にさせない。
「と、少しばかり大仰なことを考えてしまったようだな」
 なんとなく自分自身に対して舌を出してみる。
 拳を握りしめて正義を叫ぶような性格の調停者ではないのだ。
 全てを救うことなどできぬし、また、それを嘆く必要もない。
 人間は無謬では有り得ないのだから。
 それに、今日、黒髪の骨董屋がこの街を訪れたのは、世界の存亡に思いを馳せる為ではなかった。
 仕入れの為である。
 半分趣味のようなものだが、彼は東京で櫻月堂という骨董品店を経営している。
 扱うのは骨董ばかりではなく、現代美術や書画など多岐に渡る。
 むろん、商品が無くては商売は成立しない。
 余所から買い取る場合もあるし、制作を要請することもある。
 本日の用件は後者だった。
 この街には、武神と同業である嘘八百屋という男が住んでいて、雑貨屋を営んでいる。店に置いてある品物もなかなか良いものなのだが、それ以上に調停者が買っているのは、陶芸家としての嘘八百屋の腕だ。
 味が深く、上品で、艶めかしい。
 ただ、
「オリジナル作品をもっと作ってくれれば良いのだがな」
 と、武神がこぼしたように、レプリカばかりを制作しているのが難点だが。
 もちろん、レプリカといっても贋作とは一線を画したものだ。出典を隠すことなどないし、きちんと「嘘」の銘がある。
 良心的だが、これではなかなか評価が高まらない。
 惜しいことだ、と武神は思う。
 ただ、一部では確かに好評価を与えている人もいて、それが今回の札幌行となった次第である。
「青磁の茶碗か。逸品を仕上げてくれるとよいが」
 予算は七〇〇万円。このうち、三三パーセントが櫻月堂にマージンとして入る。ボロい商売のようにも見えるが、この世界はコネクション作りにも金がかかるのだ。
 だから、ちゃんと手土産も用意している。
 浅草の芋羊羹。
 嘘八百屋の好物はすでにリサーチ済みだ。
 伊達や酔狂で冷蔵庫を覗いたわけではない。
 まあ、先日はご馳走になったので、礼の意味もあるのだが。
 しかし、せっかくの手土産は活用されることなく終わった。
 古い引き戸を開いて雑貨屋に入った武神の瞳に、異様な光景が飛び込んでくる。
 血の泥濘に倒れ伏す嘘八百屋‥‥。
 最悪の予測が、調停者の内心を蚕食する。
「主人!?」
 駆け寄る武神。
「ぅ‥‥」
 息はある。
 ほっと胸を撫で下ろしながら、調停者が訊ねた。
「‥‥誰にやられた?」
「‥‥お判り‥‥でしょう‥‥」
「‥‥ブラックファラオか‥‥」
「‥‥少し‥‥氣を‥‥」
「わかった」
 弱々しく伸ばされた嘘八百屋の手を、武神の手が包み込んだ。
 軽い脱力感。
 みるみるうちに主人の傷が塞がってゆく。
 やがて、身を起こした雑貨屋が頭を下げた。
「助かりました」
 血色は悪いが、口調はしっかりしている。
「このくらい何ほどのこともない。それより、いったい何があった?」
 明らかに無理をした態度だった。
 常人ならば気死してもおかしくないほどの生気を与えたのだ。
「それは‥‥」
「いや。今は答えなくていい。少し寝すめ」
 肩を貸して立ち上がらせる。
 奥の座敷には布団があるはずだ。
 とりあえずは、そこで休ませよう。
 それから、血だらけの床を掃除して、本日休業の札を出して。話はその後でも遅くあるまい。
 考えなら友人を寝かせる武神だったが、力尽きたように嘘八百屋の横に倒れこんでしまった。
 やはり、損耗が激しかったのだ。
 男二人が並んで眠る。
 試合を控えた剣闘士のように。


 藤村圭一郎と巫灰滋は富裕だった、などという話は聞いたことがないし、これからも聞くことはあるまい。
 今日も今日とて、札幌の観光名所の一つ、狸小路に陣取り辻占いに勤しんでいる。
 まあ、藤村にとってはこれが商売なのだから何も問題はない。
 問題があるのは、ただ付き合っているだけの巫だ。
「‥‥暇だ」
 ぼそりと呟く。
 赤い瞳の浄化屋は、この一七〇万都市のなかで、たぶん七番目くらいに暇な男だ。
 アトラスへの入稿は先日済ませたばかりだし、恋人の綾も昼間は大学である。
 やむなく藤村と一緒に狸小路を訪れたのだが、
「全然、客がきぃへんなぁ」
 と、占い師が呟くようなていたらくだった。
 札幌ではタロット使いの辻占など珍しいから、仕方がないといえなくもない。
「灰滋、ちょっと客引いてきてくれや」
「自分でやれ」
「つれんこと言いなさんなて。上手くいったら晩メシ奢るさかい」
 藤村に奢ってもらうようでは、巫もおしまいだ。
 もっとも、この場合、逆もまた真なりという言葉がぴったり当てはまる。
 貧乏大王VSジリ貧帝王。
 あまり見たくない対決だろう。
 それでも、浄化屋が渋々行動を始める。
「まあ、仕方ないから行ってくるか。たまにはシチュー以外のものも食いたいし」
「なん?」
「気にすんな。タワゴトだ」
「がんばりぃー」
 熱意の籠もらない激励を受けながらの客引き。
「よう。もし良かったら占っていかねぇか? けっこう当たるし安いぜ」
 ‥‥とりあえず、浄化屋は客商売に向いていないだろう。
 怪しいことこの上ない。
 野性的なハンサムなのも、この際はマイナスだ。
 まるでキャッチセールスの悪徳商法である。
 しかも、指さす先で待っているのは薄い色眼鏡をかけた怪しいお兄さんときている。
 これで客が集まったら奇跡だ。
 とはいえ、観光地のこと、通行人の警戒心も薄いのだろう。
 占い師と浄化屋のコンビは、なんとか、夕刻までに五人ほどの客をさばくことができた。
 たいして稼ぎではないが、軽く食事をして一杯呑るくらいの金である。
「嘘八百屋に土産くらい買ってかんとな」
 そう言って、とりあえず藤村が寿司折りを購入する。
 まあ、一宿一飯の恩義というヤツだ。
 雑貨屋の二階に泊めてもらっているから、宿代がかからないのである。
「義理堅いねぇ」
 巫がからかう。
 こちらも恋人の部屋に転がり込んでいるから、やはり宿泊費は無料だ。
「先行投資ってヤツや。処世術やな」
 憎まれ口を叩きながら、そぞろ歩く。
 遊びに行くとしても、一度は嘘八百屋に戻らねばならない。さすがに折り畳みのテーブルだの椅子だのを抱えたままでススキノに繰り出すのは恥ずかしい。
 嘘八百屋も一緒に来たいと言うのであれば、それも良かろう。
 どうせなら大人数で呑んだ方が盛り上がる。
 しかし、藤村と巫の遠大な計画は、実行の遙か手前で頓挫を余儀なくされた。
「なんやこれ!?」
 惨状を視認して、藤村が声をあげる。
 誰もいない店内。
 乾きかけた血溜まり。
 すでに、ブラックファラオの来訪から三時間あまりが経過している。
 むろん、彼ら二人がそんなことを知るはずもない。
「嘘八百屋! いないのか!!」
 巫が奥へと入ってゆく。
 ほどなく、座敷で眠っている主人が発見された。
 武神と一緒に。
「どういうことやろな?」
 そばに寄った藤村が首を傾げる。彼は過去透視能力など持っていなかったので、ことの経緯は判らない。
 何かしらのトラブルがあったと推察する程度だ。
「叩き起こして事情を聞くってのが、一番手っ取り早いが、その前に店を片づけちまおうぜ」
 巫の建設的な提案に藤村が頷き、寿司折りを冷蔵庫に入れる。
 べつに現場保存をする必要はなかろう。
 まさか殺人事件などということもないばずだ。
 手早く店内を掃除し、血を洗い流す。
 そうこうしているうち、武神が目を覚ました。
「よう、武神のダンナ」
 巫が軽く右手を挙げる。
 いきなり問わなかったのは、気を遣ったからだ。
「‥‥お前たち‥‥どうして?」
 極度に疲労した声を絞り出す調停者。
 まだ完全に回復しきってはいないのだ。
「ま、ここが家みたいなもんやからな」。
 やがて、ちゃぶ台を囲んで座る三人。
 嘘八百屋はまだ眠ったままだ。
「で、何があったんだ?」
「詳しくは俺にも判らん。訪ねたときは、主人は既に倒れていたからな。ただ‥‥」
「ただ、なんや?」
「おそらくは、襲撃を受けたのだろう」
 主語のない武神の言葉だったが、占い師と浄化屋は正確に理解した。
 この時期、襲撃という単語から想像できるものは一つしかない。
「しかし、どうして直接攻撃なんぞ仕掛けてくるんだ? それが謎だぜ」
「主人が目を覚まさんことには、それも判らんな」
「待つしかしゃーないやろな。どや? メシにするか?」
 藤村の提案。
 空腹だと思考も鈍る。
 待ちの一手しかない以上、焦りは禁物だった。


 夜の残滓が振り払われ、地上は光の支配下に移る。
 朝。
 布団から這い出した嘘八百屋は、ひとしきり身体の具合を確認した。
 大丈夫。
 完調とはいかないまでも、支障のないくらい回復している。
 懐中から取りだした短刀を軽く振る。
「‥‥なんとかいけそうです」
 小さく呟き、外へと歩き出す。
「そりゃあ、幾らなんでも水臭いんちゃうか?」
 突然、背後から声がかかった。
 驚いて振り向いた先で、
「一人で挑むより、全員で掛かった方が勝算が高いだろう」と、武神。
「メシと宿の恩があるさかいな」と、藤村。
「ま、一蓮托生ってヤツだ」と、巫。
 男たちが笑う。
 手には、それぞれの得物が握られていた。
 調停者は天叢雲。占い師は秘剣グラム。そして巫は貞秀。
「‥‥勝手に持ち出さないでくださいませ」
 表情を隠しながら、嘘八百屋が顔をしかめる。
 彼らの気持ちは涙が出るほど嬉しい。
 しかし、巻き込むのは‥‥。
「余計な心配はせんことだ。俺たちは自分なりの理由で戦っているのだから」
 二手先を読んだような武神の言葉。
「もう、エンジンも暖まってるぜ」
「後は、オッチャンが行き先を言うだけや」
 巫と藤村が促す。
 躊躇いを振り切るように、嘘八百屋が口を開いた。
「神威岬へ!」
『応!!』


 札幌市の上空、約五〇〇メートルのところに、それは浮かんでいた。
 巨大な翼をもつ醜悪な昆虫。
 そう表現するしかない生物。
 ビヤーキーという。
「なるほど、神威岬ですか」
 背に乗った男が呟く。
 地上の様子を伺っていたのだ。
「‥‥それにしても恥ずかしい人たちです。降りなくて正解でしたね」
 穏やかな表情のまま含み笑いを漏らす。
「さて、僕たちは先回りさせてもらいましょうか」
 風の眷属を促す。
 金属が軋るような鳴き声を上げながら、ビヤーキーは北西へと飛び去ってゆく。
 地上を這い回るものに気付かれることなく。


「ところで、少しばかり困った事態になっております」
 神威岬へと向かう自動車。
 ハンドルを握った武神に、助手席の嘘八百屋が語りかけた。
 後部座席のふたりの顔に緊張が走る。
 この状況で困ったことなどと言われては、身構えざるをえない。
「じつは、ネクロノミコンが北大から盗まれまして」
「なんやて!?」
 藤村が驚く。
 無理もない。
 こちらの陣営にとっては、切り札ともいえるものだ。
 だが、武神と巫が破願する。
「それなら心配ねぇよ。あの本は今、武神のダンナが持ってるぜ」
「より正確には、櫻月堂にある。永久に解けぬ封印の中だ」
 どうも情報に行き違いがあったらしい。
 北大から北斗学院大、そして東京へと長い旅を終えた魔導書は、祠の中で永遠の眠りについている。
「どういうこっちゃ?」
 占い師が疑問の声を出し、やや慌ただしく情報が交換された。
「ふむ‥‥となると、その城島ちゅう教授、めっさ怪しいな」
「私のところに魔導書紛失の話を持ってきたのも、いまとなれば作為を感じますね」
「探り出そうとしたのだろうが。どうもな‥‥」
「ブラックファラオの野郎にしては、雑すぎねぇか?」
 総括するように、浄化屋が言った。
 一連の動きの中で、魔導書に関する事柄だけが奇妙に浮いている。
 あるいは、敵にも不協和音があるのかもしれぬ。
 即断は禁物だが。
 やがて、自動車は山道を抜け、眺望絶佳の岬へと到着する。
 そして彼らの目に映ったものは‥‥。


 海上で、ふたつの勢力が覇を競っていた。
 一方は三隻。誇らしく日章旗を掲げている。
 もう一方は七隻。掲げる旗は‥‥やはり日の丸だった。
 海上自衛隊と、海上保安庁。
 ともに日本の海を守るものたちが相争っている。
 数では圧倒的に海上保安庁の巡視艇群が有利だ。敵に倍する数を揃えているのだから。
 しかし、数以外のすべてにおいて、自衛隊が勝っていた。
 最新鋭のイージス護衛艦が三隻である。
 巡視艇ていどで何とかなるような相手ではない。
 そもそも大きさが違いすぎるし、装備が比較にならない。
 事実、何隻かの巡視艇が沈められているのだろう。
 各所に救命艇が浮かんでいた。
「なんなんだ!? いったい!!」
 走りながら巫が叫ぶ。
 神威岬は、先端まで遊歩道が延びているのだ。
 距離にして二キロメートルほど。
 戦闘を走る浄化屋に続き、調停者、占い師、雑貨屋の順で「女人禁制の門」をくぐる。
「みょうこうもいるやないか!?」
「クーデターでしょうか!?」
「それはありえん。クーデターなら、首都をいきなり狙うはずだ!!」
 全力で走りながらの会話。
 言葉は強風に千切られ、後方に飛んでゆく。
「見ろ!! みんな!!!」
 抜群の体力を活かして先端に辿り着いた浄化屋が護衛艦を指さす。
 やや遅れて到着した三人が瞳をこらした。
「インスマウス‥‥」
 誰かの呟き。
 護衛艦の艦上にひしめくのは、醜悪な魚人だった。
 海上自衛隊は、もはやあの者ども巣窟になってしまったのだろうか。
 いまのところ、たしかめる術はない。
「く! どうする?」
 珍しく武神が焦りの声を出した。
 彼らには海上を移動することはできないのだ。
「俺に任し!!」
 藤村の手には秘剣グラム。
 極低温を創り出す魔剣だ。
 レイピアのように細い刀身が白く輝き、一瞬後にグレートソード並の太さに変わった。
「いくで!!!」
 気合い一閃。
 撃ち出された刃が空中で分裂し、三隻の護衛艦の至近に着弾する!
 外れ、ではない。
 見る見るうちに海面が凍てつき、艦を海上に縫いつけた。
「俺の能力とグラムの力。足したら、ざっとこんなもんや」
 自慢げに胸をそらせた占い師だったが、そのまま尻餅をついてしまう。
 当然であった。
 排水量七〇〇〇トンを超える船を足止めしたのだ。それも三隻。
 剣の力も借りたとはいえ、精神力の消耗は筆舌に尽くしがたい。
「はよ逃げ! 長くは保たんで!」
 せっかくつくった隙を逃してはならぬ。
 武神が天叢雲を振る。
 風の道を創り、巡視艇にメッセージを送る。
 相手の声を聞くことはできないが、この際はこちらの声が届けば充分だ。
「逃げろ!! ここは俺たちが引き受ける!!!!」
 暫しの躊躇いの後、巡視艇群が船首を返しはじめた。
 臆病と誹ることはできまい。
 もともと、海上保安庁は怪物と戦うために設けられた組織ではないのだから。
「これで奴等の攻撃目標が変わるだろう」
 逃げる巡視艇を護衛艦で追うのは不可能だ。
 速力が違いすぎる。
 イージス艦に対艦ミサイルは積んでいないし、魚雷で全速力に船を捉えることもできない。
「武神のダンナの言うとおりだ。こっちに向かってくるぜ」
 浄化屋が警告を発する。
 海上のオブジェと化した護衛艦の甲板から、次々と魚人が身を躍らせていた。
 その数は軽く一〇〇を越えよう。
「ちょっとばかりハードだせ! こいつは!!」
「やるしかあるまい」
「よっしゃ! 充電完了!」
 ゼリー飲料のチューブを口から放し、占い師が立ち上がる。
「‥‥嘘つけ」
「気分の問題や」
 心配する巫と強がる藤村。
「来るぞ!」
 叫んだ武神が、一撃でインスマスの首をはね飛ばした。
 この日最初の戦果である。
「負けてられねぇな! 行くぜ義爺さん!」
『応!』
 インテリジェンスソードと共に断崖上を走る巫。
 剣戟が、数匹のインスマウスをまとめて吹き飛ばす。
「もっかいや!」
 再びグラムを振るう藤村。
 海辺が凍結し、氷漬けの魚人が海中に没する。
 さすがは戦い慣れた二人だ。
 仲間の勇戦を評しつつも、調停者の黒い瞳には不審の光が揺れている。
 敵の動きは、まるで戦力の逐次投入だ。
 こちら側としては、次々と飛び出してくる魚人を各個に撃破してゆけば良いだけで、まことに戦いやすい。
 だが、それほど簡単な相手だろうか。
 ブラックファラオと奈菜絵は、未だ姿を見せない。
「何を企んでいる‥‥」
 焦燥感が、調停者の神経をじわじわと締め付けていた。


 武神の疑問に解答をだせるものは、一人だけいる。
 名を、星間信人という。
 しかし、黒髪黒瞳の図書館は教えてやるほど慈善家ではなかった。そもそも、そんな余裕もない。
 神威岬の上空一キロメートル。
 ビヤーキーに乗った星間の目前には、浅黒い肌の青年がいた。
 いつもの、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、万有引力の法則すら無視して浮遊している。
 星間の背筋を冷たい汗が伝う。
 幾度か対峙したことはあっても、強烈なプレッシャーから逃れることはできない。
「ふふ。なかなか燃える展開だろ? 骨肉の争い、なんて」
「そうですか? 僕としては貴方がコテンパンに叩きのめされる展開の方が燃えますけど」
「そこまでのリクエストには応えてあげられないなあ」
 笑う青年。
 嫌味なほどの余裕であるが、図書館司書は言及しなかった。
 嘲弄は、浅黒い肌の青年、すなわちブラックファラオにとってアイゼンティティーのようなものだから。
 それにしても、と、星間は思い返す。
 仲間たちよりも早く現場に到着した彼は、当然の事ながら、海上で繰り広げられる戦いに気が付いた。事情まで知ることはできようはずもないが、魚人どもの損害は彼の利益である。
 勇んで戦闘に介入しようとする星間の前に、忽然とブラックファラオが現れたのだ。
 ここに至った経緯を聞きたくはないか、と。
 むろん、星間に否やはなかった。
 いずれにしても情報と切り札の数は多い方がよい。真贋は後から見極めれば済むことである。
 やがて嘲弄するものの口から語られたのは、次のような事だった。
 サカナどものクサレ大将たるクソ女(星間氏談)と北大の城島教授は父娘の関係にある。
 名字が違うので気が付かなかったが。
 ブラックファラオは、更に説明する。
 城島は、娘を生け贄として邪神の力を求め、この国の支配を目論んだ。
 だが、奈菜絵はおとなしく捧げられるようなタマではなく、父親との闘争に乗り出す。
 そこに燦然と登場したのがブラックファラオである。
「強い方を助けてもつまらないからね」
 というわけだ。
 かくして、奈菜絵はブラックファラオの協力を得、本格的な活動を開始する。
 一手目は、物理魔法を手に入れることだ。
 いかなる神にも従属しない無属性の力。
 城島の知らない力。
 これを奪うことによって優位性を確立する。
 しかし、その目論見は人間たちの蠢動で潰えた。
 こうなっては、父より早く水の邪神を復活させるしかない。
 支配者の帝冠を頭上にいただくのは、城島ではなく自分であるべきだ。
 妄執ともいえる執念で、奈菜絵は様々な計画を打ち出してゆく。
 そして、そのことごとくが、人間たちの妨害にあって失敗していった。
「たとえばさ。トウ・オマの一件、キミたちの陣営に情報を流したの、誰だと思う?」
 ブラックファラオが語ったとおりだ。
 なぜか嘘八百屋に集まる邪神に絡んだ情報。
 何割かは意図的に流されているものだったのだ。
 城島によって。
 気付かぬうちに、人間たちは三つ巴の戦いに巻き込まれていたのである。
「さすがに真駒内の占領に失敗したのは痛かったね。海自はアイツが押さえてるからさ。せめて陸自くらいはこっちに引き入れたかったんだけど」
「それで、今度は僕たちを海自と争わせる、というわけですか」
「ご名答」
「これだけヒントがあれば、誰でも判るでしょう。それより、なぜ僕にそんなことを教えてくれるのです?」
「判らないかい?」
「いえ。判りますとも」
 アルカイックスマイルで、星間が答えたものだ。
 彼は、仲間たちから全幅の信頼を受けているわけではない。
 今更のように極秘情報を提示しても、信じてもらえるものではないだろう。情報のソースすら明かすことできないのだから。
 あるいは、信用されたとしても、それはそれで混乱の火種となる。
 どちらに味方し、どちらと敵対するか。
 それとも、二正面で戦うという愚を犯すか。
 判断は極めて難しく、深刻である。
 この際は、情報が足枷となるのだ。
 ついでにいえば、人間たちがどのように決断しようとも、奈菜絵とブラックファラオは痛痒を感じない。
 もともと敵対しているのだから当然だ。
 忌々しいほど辛辣な心理作戦である。


「じつに貴方らしい小細工とも言えますね」
 星間が、目前に浮かぶ青年を挑発する。
「孫子(スンツー)だっけ? 読むと面白いねぇ。ホント色々試したくなるよ」
「ところが、チェス盤の駒と違って、人間には不確定要素があるんですよ」
「へぇ。どんな?」
「たとえば、僕は貴方に借りがありまして。それを返さないと気が収まらない、とかね」
「やる気? 人間風情がこの僕と?」
 ブラックファラオが唇を歪める。
 彼と星間では、最初から勝負になるはずがない。
 嘲弄は、この場合、当然だったろう。
 青年にとっては。
 だが、その毒々しい嘲笑は、極短命の寿命しかもちえなかった。
 突然、空間が裂ける!
 いつものビヤーキーではない。
「く!」
 舌打ちしたブラックファラオが身をよじった。
 しかし、遅い!
 出現した何かによって、左腕が肩口かもぎ取られる!
「ぐ‥‥」
「貴方が得々と語りを入れている間、僕がボケっとしていたと思われるのは不本意ですね」
 相手のお株を奪うような嘲弄。
「人間風情が!」
 ブラックファラオの姿が消え、一瞬前まで星間のいた空間を閃光が薙ぐ!
「傷を負った身体で、しかも空中戦。慢心の度も過ぎるというものですね」
 ビヤーキーは、すでに五〇メートルほどの距離を移動していた。
 再び青年の背後から襲いかかる白い何か。
「が‥‥!!」
 今度は右足がもぎ取られる。
 イタクァ。あるいは、ウェンディゴとも呼ばれる風神である。
 まともに戦えばブラックファラオには及ばないが、条件と状況と星間の戦術によって、互角以上の戦闘を繰り広げている。
「く‥‥この‥‥!」
 ブラックファラオの姿が滲みはじめる。
 攻撃のための瞬間移動ではない。
「逃げますか? 這い寄る混沌ともあろう御方が」
「‥‥キミ程度、コイツで充分さ‥‥」
 大気に溶けてゆく声。
「彼に負け惜しみを言わせたのは、きっと僕が初めてでしょうね。名誉なことだとは思いますが」
 笑いながら言う星間。
 だが、その瞳には、真剣な光が宿っていた。
 ブラックファラオが消えた空間に、別のものが出現していたのだ。
 蝙蝠の如き翼を持つ、黒く邪悪な蛇。
 体長は一〇メートルを遙かに超える。
「‥‥忌まわしき狩人‥‥」
 呟き。
 太陽光の下で長時間活動できる種族ではないが、その戦闘力を侮ることはできない。
「本気でいきますよ‥‥」
 アルカイックスマイルで右手をあげる星間。
 イタクァとビヤーキーが突進を開始した。


 空中で繰り広げられる死闘など、地上で戦うものたちの関知するところではない。
 見えもしなければ、音も届かないからだ。
 四人は気配を読むこともできるが、とてもそんな余裕はない。
 相変わらず戦線は維持しているものの、魚人たちは後から後から湧いて出る。
 ダゴンクラスがいないのが、救いであった。
「しつこい魚人は、人魚姫に嫌われるで!!」
 軽口を叩きながらインスマウスを切り伏せた藤村だが、さすがに疲労の色は隠せない。
 手にした秘剣グラムも、もはやブロードソード並の太さしかなかった。
「破!!」
 裂帛の気合いで、武神が風の刃を生む。
 ただ、これも従来ほどの射程距離は出ない。
 皆、疲れているのだ。
「さすがにしんどくなってきたぜ。義爺さん‥‥」
『弱音を吐くでない。ここが正念場じゃ』
 最も体力に自信のある巫ですらこの有り様なのだから、他のメンバーの疲労は推して知るべきだろう。
 四人あわせて、八〇匹以上のインスマウスを始末している。
 ひとり頭二〇匹の計算だ。
 疲労の蓄積は、フルマラソンを二回ほどこなしたのと同様くらいだろうか。
 それでもなお、海上には不気味な顔が大量に浮かんでいた。
 あるいは、ここが終焉の地になるのかもしれぬ。
 調停者の脳裡に、弱気の光がちらつく。
 ここまで数で押されては、勇気も戦略も振るいようがない。
 恐慌にかられて逃亡しても誰も責めはしないだろう。
 それでも、彼らは一歩も退かなかった。
 無限に続くかと思われる戦いの刻。
 やがて、太陽が西に傾き、あたりを朱に染め上げた。
「‥‥みなさま‥‥あれを‥‥」
 疲れ切った声で嘘八百屋が言葉を紡ぐ。
 満ちていた潮が引くように、インスマウスが撤退をはじめていた。
「やっとかよ‥‥」
 巫が片膝をつき、貞秀が大地に突き立つ。
「も‥‥ダメや‥‥動けへん‥‥」
 大の字に寝そべった藤村。
 荒い息をつくだけの嘘八百屋。
 灯台の外壁に寄りかかる武神。
 無傷なものなど一人もいない。
 それほど苦闘し善戦したのだ。
 落日の最後の余光が、彼らを照らしていた。
 紅に染まった合戦の跡のように。


「‥‥下も片づいたようですね‥‥」
 星間が呟く。
 地上の勇者たちと似たり寄ったりの状態だ。
 スーツは各所が焦げ、破れ。流れ出した血がビヤーキーの背中を染色している。
 もはや、イタクァは呼びかけに応えない。
 やられたか、深手を負って去ったか。
 乗騎たる風の眷属も、足を二本失い、左目を抉られている。
 フーンを傷付けられなかっただけでも、幸いとすべきだろう。
 辛勝。
 まさに辛勝だった。
「‥‥僕もさすがに疲れました‥‥」
 言い残して、眷属の背中に突っ伏す。
 弱々しく鳴き声をあげたビヤーキーが札幌の空を目指して、よたよたと翼を動かしはじめた。
 赤い光を背に浴びながら。




                      終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0146/ 藤村・圭一郎   /男  / 27 / 占い師
  (ふじむら・けいいちろう)    with秘剣グラム
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)       with貞秀
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)       with天叢雲
0377/ 星間・信人    /男  / 32 / 図書館司書
  (ほしま・のぶひと)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「神威」お届けいたします。
楽しんでいただけたら幸いです。
じつは、このお話を書く前、神威岬に行ってきました。
ウニが美味しかったですよ。
‥‥台風が近づいてましたけど(哀)
野生のキタキツネの子供たちとも出逢うことができました。
尻尾がフサフサで可愛かったです。
‥‥台風が近づいてましたけど(涙)

それでは、またお会いできることを祈って。