コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:幽霊ホテル  〜怪奇探偵リターンズ〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 電話が鳴る。
 依頼だろうか。それとも、何かの請求か。
 のたのたと受話器に手を伸ばす男。
 草間武彦という。
 都内において興信所を営む青年だ。
 自ら顧みて、けっこう優秀な探偵ではないかと思うのだが、世間の評価は些か異なっている。
 曰く、怪奇探偵。
 えらく不本意な言われようである。
 まあ、この不景気なご時世、仕事があるのはありがたい。
 と、しておく方が良いのだろうか。
「もしもし、こちら草間興信所」
 ‥‥それ以前に、もう少し、ビジネストークというものを身に付けるべきであるが。
 それでも、相手が怒って電話を切らないのは、切羽詰まっているからだ。
 もしかしたら、草間はやる気のない態度を見せることによって、相手の真剣さを確認しているのかもしれない。
 と、好意的解釈をしている間に通話が終わる。
 内容は至極簡単。
 諏訪湖を望む眺望絶佳の観光ホテルに幽霊が現れるというのだ。
 むろん、依頼者はホテルを経営している会社である。
 まあ、この手の事件は人為的な妨害工作だったりすることも多いのだが、経営者としては座視することもできまい。
 客商売の辛いところだ。
「武者の霊ねぇ。夏の怪談の定番ではあるな」
 一応、客商売の草間が呟く。
 いまのところ、幽霊は従業員用の部屋にしか現れないようだが、客室に現れるようになるとまずい。
 そうなる前に解決しなくてはならぬ。
 迅速さを要求される難しい依頼のはずだが、
「プールあるよな。あ、モーターボート乗るんなら免許もいるか。あとはグラサンに‥‥」
 悠長なものである。
 と、老朽化したエアコンが、酷使に耐えかねたようにストライキを始めた。
「あ‥‥」
 悔しそうに老兵を見上げる草間。
 むろん、彼は神通力の所有者ではなく、したがって、気合いでエアコンを動かすことはできなかった。
 暑い‥‥。




※リターンズ(出戻り)はわたしです。はい。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


------------------------------------------------------------
幽霊ホテル

 むっとする熱気が全身を包み、巫灰滋は自分が解けかけのアイスクリームになったような気がした。
 このクソ暑いなか、エアコンを稼働させないとは、なかなか天晴れな了見である。
「地球に優しい探偵事務所になったんだな‥‥」
「‥‥壊れちゃったのよ‥‥エアコン」
 疲れたような声でシュライン・エマが応える。
「気にすんな。ただの嫌味だから」
「‥‥わざわざ解説してくれて、ありがと」
 切り返しにも、どこか精彩を欠いている。
 草間興信所。
 東京という街の片隅にたたずむ老朽化したビルは、すでに室温四〇度に達しようとしていた。
 元気だってなくなる。
 まして女性であるシュラインは、薄着をするといっても限度があるのだ。
 彼女が出勤したとき目撃した所長のような格好などしたら、公然ワイセツで捕まってしまう。
「つまり、武彦さんが前科持ちにならなかったのは私のお陰よね。感謝してもらわないと」
 とは、青い目の美女の内心の呟きであった。
「よし。巫で全員集合だな。これが、今回の依頼の概要だ」
 興信所の経営者、草間武彦が立ち上がりメンバーを見回す。
 当麻鈴、小嶋夕子、それに巫とシュライン。
 初顔合わせの者もいるが、彼らは同種の表情を浮かべていた。一人を除いて。
 曰く、失笑である。
 草間の右頬には、季節はずれの紅葉がくっきりと印刷されていたから。
 むろん加害者は、笑わなかった唯一の人間だ。
「‥‥俺の顔はどうでもいい。資料を見てくれ」
 ぼそりと草間が言う。
 まあ、たしかにどうでも良い程度の顔なのだが。
 などと、余計なことは言わず、巫が資料を一読する。
「夏の信濃かあ。良さそうな感じだな。綾も誘えばよかったぜ」
「灰滋‥‥判ってると思うけど念のために言うと、観光旅行じゃないからね」
「判ってるって。でもなあ、こう暑いとやる気がなぁ」
「そうかしら?」
 巫の憎まれ口に、涼しげな顔で応えたのは夕子だった。
 黒髪黒瞳。透けるような白い肌。
 猛暑の中にあって、汗一つかいていない。
 ぴくりと浄化屋の右眉が跳ね上がった。
 が、結局、何も言わずに視線を逸らす。
 初対面ゆえ、あまり失礼なことを言うわけにはいかぬ。それに、個人の事情を詮索しないのも、怪奇探偵の流儀だ。
「怪談話で、涼しくなれますよ」
 口を挟んだのは鈴である。
 和装は、涼味たっぷりの金魚柄。
 手にした扇子で、ゆっくりと顔を扇ぐ。
 なんとも艶めかしい姿だが、男性陣にとっては逆にヒートアップの原因となろう。
「ま、とにかく資料の三ページ目を見て。私たちが宿泊するホテルの詳細データを調べておいたから」
 なぜかコンプレックスを刺激されながら、シュラインが説明を始めた。


 湖畔亭。
 ありがちな名前ではあるが、まさか湖の畔にあるホテルに、海辺亭と名付けることもできまい。
 創業は昭和五五年というから、二〇年ちょっとくらいの歴史がある。
 まあ、ホテルとしては中堅どころだろう。
 部屋数も極端に多くなく、まず落ち着いた風情の観光ホテルだ。
 ここに、幽霊話が持ち上がったのは半月ほど前である。
 鎧武者姿の幽霊。
 目撃されるのは、主に従業員用の施設。
 いまのところ宿泊客からの苦情はないが、もし客室に現れることになると、ホテルの評判は失墜する。
 客商売とはそういうものだ。
 良い評判はなかなか伝わらぬが、悪い噂は簡単に広まる。
 そこで、実害が出る前に高名な怪奇探偵へと依頼が回されたのだが、彼らよりもはやく調査に乗りだしている者がいた。
 名を、忌引弔爾という。
 整えない茶色の髪。皮肉っぽい光を放つ黒い瞳。
 ロビーに設置されたソファーに腰掛け、だらしなく両足を投げ出している。
『シャキッといたせ。もののふが情けない』
 頭の中に声が響く。
 べつに良心の呵責などではない。
 弔丸。忌引を守護し導く霊刀だ。
 と、本人(本剣?)はいっているが、むろん、黒い瞳の青年としては大いに異論があるだろう。
 そもそも、何が霊刀なものか。妖刀もいいところではないか。
 言ってやりたいことは、それこそ諏訪湖の水量を凌ぐほどにあったが、忌引は負け戦を戦う気にはなれなかったようだ。
 頭に浮かべたのは別の単語である。
「‥‥疲れた」
『なにを腑抜けたことを言うておるか』
「そりゃおめえは元気一杯だろうよ‥‥ヒッチハイクしてるときも、このクソ暑いのに歩き回ってるときも、ザックの中にいたんだからな‥‥」
 当たり前である。
 手足の生えたカタナというものは、あまり見たことがない。
 かまうことなく弔丸が語る。
『武者が悪障為すを捨て置くは太刀の恥』
「‥‥一応聞いといてやるけどよ。そんなくだらねぇ理由で長野までこさせたのか?」
 文句の一つも言いたくなる。
 東京から長野県は諏訪市まで。
 ほとんど無銭旅行なノリで踏破したのだ。
『くだらないとは何事か。貴様も武士の端くれなら‥‥』
「‥‥俺は武士じゃねえ! ただのパンピーだ!」
『ふはは。帯剣したものを庶民と呼ぶとは寡聞にして知らぬな』
「おめえが勝手についてきてるんだろが」
『そこはそれ。貴様のその腐れきった性根を叩き直してやらんがため』
「‥‥頼んでねえから‥‥」
 深々と嘆息する。
 どうしてこんな事になったのだろう。
 あの日、雨さえ降らなければ‥‥あの社堂になど入らなければ‥‥。
 後悔の種は無限にあった。
 詮なきことではあるが。
『まあ、未熟者の貴様では調査もおぼつかなかろう』
「だから、調査なんかやる気ねぇよ」
『あの者たちに協力を頼んでみてはどうだ? どうやら同じ目的で動いているようだぞ』
「‥‥聴けよ‥‥人の話」
『つべこべ言っておらんで、さっさと挨拶に行くが良い。何事も礼に始まり礼に終わる、だ』
「だから‥‥」
『なんだ? 人見知りか?』
「あほか。調査なんかやる気ねえって言ってんだろ」
『まったく口の減らぬ小僧だ』
「口が減らねぇのはオマエだろが!」
『問答無用』
 とたんに忌引の身体から自由が奪われる。
 妖刀の仕業であった。
 こうなっては、もはや青年の意志ではどうにもならぬ。
 日本海溝よりも深い溜息と共に、忌引はフロントでたむろする男女の方へと近づいていった。
 すなわち、怪奇探偵のグループに。
 まるで劇的でない邂逅だった。


 諏訪湖といって、まず最初に連想するのは、戦国時代の名将「武田信玄」であろう。
 より正確には、その愛妾である「諏訪御寮人」だ。
 本名は伝わっていないが、後になって創作された「湖衣姫」という名で知られている。
 あるいは、「武田勝頼」の母といった方が、理解しやすいかもしれない。
 いずれにしても、信玄公は湖衣姫を愛し、勝頼を溺愛し、正嫡でないにも関わらず彼を後継者に据えた。
 そしてそれが、武田家滅亡へと繋がる不協和音の第一楽章である。
 親族衆や譜代の家臣にしてみれば、武田によって滅ぼされた諏訪家の小娘が産んだ子を頭領と仰ぐなど、屈辱の極みだったのだろう。
 勝頼はけっして無能な男ではなかったが、多少、人格的吸引力に欠ける点があったようだ。あるいは、偉大な父を越えるため無理をしすぎたのかもしれぬ。
 戦国屈指の名将に愛された運命の御子は、風雲児と呼ばれた男の軍勢によって滅ぼされた。
 三七才であったという。
「と。まあ、このあたりに関係しそうな武将列伝はこのくらいね」
 シュラインが言った。
 湖畔亭の一角。従業員用の部屋である。
 臨時の怪奇探偵オフィスとして提供してもらっているのだ。
 ホテル側は客室を用意してくれようとしたが、この際、トラブルが発生していない場所に根拠地を置いても意味がない。
 青い目の大蔵大臣は、笑って謝絶したものである。
 物見遊山ではないのだ。
 まあ、二名ほどが、「客室に泊まりたい」「プールで遊びたい」などと要望を提出したりもした。
 もちろん、一顧だにされなかった。
「他に伝承はないんですか?」
 訪ね返したのは鈴だ。
 現在、臨時調査本部にいる人員は三名。シュライン。巫。そして鈴である。
 他方、調査に動いているのも三名だ。
 夕子、忌引、それに草間。
 要するにあまり集団行動に向かない面子が、それぞれ勝手に動き回っている、といったところだろう。
「信濃っていうと、木曽義仲あたりに短絡しちまうぜ。俺は」
 赤い瞳の浄化屋が代わりに応える。
「私も最初それを考えたんだけど。義仲や巴御前にまつわる伝承は諏訪湖にはないのよ。あと、武将絡みでメジャーなのは『八重垣姫の狐火』くらいね」
 肩をすくめる。
 八重垣姫の伝説も、やはり武田勝頼がらみなのだ。
 御神渡りや手長と足長などの伝承にサムライは登場しない。
「ふむ‥‥なるほど‥‥」
 鈴がしきりに頷く。
「何か判ったのか?」
「そうですね‥‥あまり一般的には有名でない伝承だということが判りました」
 嫣然と微笑み鈴。
 直截的でない表現だった。
 巫も笑う。
「ま、そうだな。本人には悪いが、武田勝頼なんて聞いたこともないってヤツの方が多いだろ。実際」
「‥‥中学校で習うわよ。長篠の合戦」
 苦笑を浮かべるのはシュラインだ。
 もっともな意見ではあるが、野暮だともいえる。
 退屈極まりない日本史の授業など、学生にとっては睡眠の補充時間のようなものだ。
 まして、登場人物一人ひとりまで教える学校はない。
 ついでにいえば、勝頼は長篠で討死していない。田野。つまり山梨県の大和村で自害している。長篠の戦いから七年が経過した後である。
 色々と複雑な事情があるのだが、学校の授業ではそこまで触れない。
「だから、勝頼なんて知ってるのは、一部のマニアか地元民だけさ」
 戯けた調子で巫が言う。
 ただ、この言葉には重大な示唆が含まれていた。
「そういうことです」
「面白くもない結論だけどね」
 黒い髪の美女がふたり、艶やかに笑う。
 彼女らも、むろん気が付いているのだ。
「それじゃ。俺たちも動くとするか」
「OK。霊を見たっていう従業員に話を聞いて。だぶん、それで終わりよ。この仕事は」
「案外に早く済みそうですね」
 自信に満ちた足取りで、調査本部を出てゆく三人。
 合戦に赴く武将のように格好良かった。


 さて、先に動いていた三人はというと、すでにある程度の結論に達していた。
 丁寧に聞き込みをして回った草間も、霊気の存在を探りつつ各所を探索した夕子と忌引も、断ぜざるを得なかったのだ。
 曰く。ここに武者の霊などいない。
「残念だわ」
 夕子が呟く。
「そうか?」
 忌引が胡乱げな声を出す。
 彼としては、幽霊探しにも幽霊退治にも興味がない。まあ、その武者が実在するなら、あるいは自分の希望が叶うかとも思ったが、こうなってしまうと徒労感しか残らない。
「だいたい。おめえが余計なことに首突っ込んだから」
 内心で愛刀(?)を罵る。
 だが、応えはなかった。
「‥‥都合が悪くなるとダンマリ決め込みやがって‥‥」
「そうなると、誰が何のために噂を流したかって問題が残るわね。どうでもいいけど」
 忌引の内心にかまうことなく語を繋ぐ夕子。
 実際、既に彼女はこの件に関する興味を失っていた。
 最初から興味のない忌引に、もはや興味のない夕子。
 まあ、良いコンビと言えなくもない。
 もっとも、方向性において微妙に異なるが。
「どうでもいい、か。まあ、たしかに心霊現象の八割は、どうでもいいほど些細な誤認や錯覚の産物さ。人間は見たいものしか見ないからな」
 総括するように草間が言う。
 ただ、せっかく格好つけた台詞も、アロハシャツとバミューダパンツでは、なかなかに決まらなかった。
 夕刻の風が、黒い髪を薙ぐ。
 湖を背景にクールなポーズを取っている草間を、無職のふたり組が暗然と眺めている。
 夕子にしても忌引にしても、誉め讃えてあげるほど酔狂ではない。ツッコミを入れてあげるほど付き合いも良くない。
 戸惑ったような時間が流れてゆく。


「武者姿の幽霊を、複数名が同時に目撃したケースはありません」
 凛としたシュラインの声。
 会議室に集まった経営陣を相手取り、探偵たちの事件解説が行われている。
 このような場面には、彼女のクールできびきびした声が非常に映える。
 黙然と聞き入る一同。
 むろん、草間もその一人だ。
 ただ、両隣に座っている鈴と夕子は、怪奇探偵の鼻の下が二ミリメートルほど伸びていることに気付いていた。
 まあ、恋人の声に聞き惚れていたいのは判るが、締まりのないこと夥しい。
「目撃された場所についても、細密な検討を加えました。こちらをご覧ください」
 目配せを送る。
 軽く頷いた巫が、スクリーンに画像を投影する。
 デジタルカメラで撮影されたものだ。
「目撃証言のあった場所です。角度も高さも、可能な限り目撃者の視点にあわせました。そこで、この右端の部分。観葉植物の葉が兜の房のようには見えませんか?」
 経営陣が首を捻る。
 たしかに、意識してみれば見えないこともないが‥‥。
「灰滋。次」
「了解」
 なんだか子分一号のような扱いだな、と思いながらも浄化屋が画像を変えた。
 やはり、頑張れば鎧に見えなくもない、という程度の画像だ。
「ハイウェイヒブノシス現象というものがあります」
 話を核心へ跳躍させる興信所事務員。
 ギリシャ神話の眠りの神から名付けられたこの現象は、要するに自己催眠による幻覚現象である。
 いると思って見るから、変哲のない観葉植物や壁の染みが幽霊に見えるのだ。
 たとえていうなら、遙か過去の日本人たちが、枝垂れ柳に霊の姿を重ねたのに似ている。
「もう一つ。武者霊と遭遇した従業員は、すべて諏訪市及び近隣都市の出身者でした」
 シュラインが、もつれた糸を一本ずつ解いてゆく。
 探偵の仕事とは、一般に思われているほど派手ではない。
 地道な調査と堅実な思考。
 これが両輪となって彼らを支えている。
「つまり、諏訪湖にまつわる伝承を幼い頃から耳にしている、ということです」
 そう。
 武者を知らない人間は、武者の霊を見ることがない。
 この場合に限定した話になるが、そういうことである。
 噂が流れる。
 武者の霊の噂だ。
 近隣都市の出身者は疑う。勝頼公が化けて出られた、と。
 まともに考えると、かなり馬鹿馬鹿しい話だ。
 だが、人間の集団心理とは、常に一定量の滑稽さを含んでいる。
 だからこそ、傍観者であり来訪者である宿泊客は、武者霊と遭遇することがなかったのだ。
「では、どこから噂が出たのですか?」
 経営陣の一人が挙手して質問する。
「時間が経ちすぎておりますので、推理以上のことは申せませんが。おそらく、噂の出所は観光客です」
 淡々とシュラインが説明した。
 観光客が無責任なことを言う。べつに驚くような話ではない。
 旅先で気が大きくなっていることもあろう。
 とくにカップルなどが、ありもしない心霊話で盛り上がるなど、珍しくもなんともない。
「ほら、そこに武者姿の男が立ってるぞ」
「きゃー 怖い」
「はっはっはっ。恐がりだなあ」
「えーん」
「大丈夫。俺が一晩中抱いててやるよ」
 と、かなり戯画化するとこういう具合だ。
 これが、どういう経緯か従業員の耳に入り、どんどん尾ひれが付いてゆく。
 そして、いつの間にか噂が一人歩きを始めるのだ。
 じつのところ、現代の日本に蔓延する怪談話のほとんどは、このようなものだといって良い。
 科学的かつ論理的に解明すれば、謎は解けてしまう。
 ほとんどだ。
 すべて、ではない。
「これが、我が社の出した解答です。このホテルに幽霊のいないこと、確信をもって断言いたします」
 きっぱりとシュラインが言う。
 なぜか経営陣が拍手する。
 講演会じゃあるまいし。
 内心で苦笑しながら、
「まあ、従業員の方々がこの説明で納得されない場合には、当社から除霊の心得のある者が、カタチだけ取り繕います。もちろん別途料金をご請求させていただきますが」
 朗らかな顔で告げる彼女は、もはや立派な怪奇探偵だった。
 仲間たちも笑う。
 夕食の良い香りが、全員の鼻を心地よく刺激していた。


  エピローグ

 鈴とシュラインがプールに現れると、男たちが唾を飲み込んだ。
 まあ、これは人類のオスとしては当然の反応だろう。
 シュラインの引き締まったモデルのようなボディーライン。
 身長では興信所事務員の及ばないものの、妖艶さで軍配の上がる鈴。
『春には蘭。秋には菊。各々一時の秀なり』
 浄化屋と怪奇探偵の声が重なる。
 意味を記するのもばかばかしいが、要するに、シュラインにも鈴にもそれぞれの美しさがあり、優劣を付けることはできない、と、こういうわけである。
 ちなみに原典は「随遺録」だ。
 男どもの精神構造は、煬帝の時代からあまり進歩していないのかもしれない。
 むろん、タワゴトの報酬はすぐに与えられた。
「この低劣大魔王!」
 至近にシュラインが飛び込み、盛大な水しぶきが探偵を襲う。
「えーと、うちも行きがかり上、攻撃させてもらいます。悪く思わないでくださいな」
「わー! 行きがかりで攻撃すんなー!」
 巫の悲鳴と水音が重なった。
 一瞬後、土左衛門のように浄化屋が浮かんでくる。
 当たり所が悪かったかもしれない。
「あらあら。運が悪かったですねぇ」
 そういう問題だろうか。
 草間と、彼の腕の中にいるシュラインが顔を見合わせた。
 ‥‥‥‥。
 腕の中?
「いつまで抱いてるのよ!」
 左ななめ下方から放たれた踵落とし(?)が、怪奇探偵の側頭部にヒットする。
 爽快なほどのクリーンヒットだ。
 沈没してゆく草間。
 なんだかよく判らないうちに、男性タッグは敗滅した。
 やりすぎたかな?
 少しばかり反省するシュラインだったが、
「楽しいですねぇ」
 と、笑う鈴に思わず頷いてしまう。
 波間を漂う難破船のように、ふたりの男が水面に浮かんでいた。
「‥‥武さん‥‥」
「‥‥なんだ?」
「‥‥空‥‥青いな‥‥」
「‥‥ああ‥‥真っ青だ‥‥」
 ガラス製の天井から覗く蒼穹がやけに目に染みる。
 水を掛け合って遊ぶ女性陣の嬌声が耳に響く。
 このままかまってもらえなかったらどうしよう‥‥。
 やたらと切ないことを考えながら、ふたりの男がプールを回遊していた。
 いつまでもいつまでも。



                      終わり


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0319/ 当麻・鈴     /女  /364 / 骨董屋
  (たいま・すず)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0382/ 小嶋・夕子    /女  /683 / 無職
  (こじま・ゆうこ)
0845/ 忌引・弔爾    /男  / 25 / 無職
  (きびき・ちょうじ)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせいたしました。
「幽霊ホテル」お届けいたします。
毎度の参加ありがとうございます。
わたしも久しぶりの草間興信所で、少々気合いが空回りしてしまった感がありますが、楽しんでいただけると幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。