コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


対鏡
●オープニング
「この鏡、何だと思います?」
 突如、草間興信所を訪れた女はそう言って微笑んだ。着物の似合う、30代位の上品な女だ。
 目の前に置かれた桐の箱に入った鏡は、鏡の面をうつぶせに入れてあるだけの、何て事は無い黒い漆塗りの丸い手鏡だった。
「これは、過去を写す鏡なんです」
「過去……ですか」
「ええ。不用意に見てはなりませんわ。過去に囚われるほど、愚かな事はございません」
「それ、本当なんですか?貴方は見た事でもあるんですか?」
 女は綺麗に整った眉を顰め、哀しそうに笑うだけだった。
「……で、一体何をすればいいんですか?」
「未来を写す鏡を取り返して欲しいのです」
「未来を写す鏡、ですか」
「最近良く当たると言う占いの館……ミラー。あそこの占い師に鏡を奪われたんです。どうか、取り返して下さいませ。これと対になっている鏡を!」
 女は自分を春日 今日子(かすが きょうこ)と名乗った後、過去を写す鏡を置いて草間興信所を後にした。鏡を取り戻す際には、必ず必要になると言い残して。
「ミラーか……。確かに良く当たると噂の所だな」
 草間は煙草を口にして、立候補者をじっと待った。

●立候補者
「私、やります」
 スッと手を挙げたのは、大矢野 さやかだった。茶色の柔らかな髪がふわりと揺れる。草間は他に立候補者がいないのを確かめ、過去を写すという鏡を渡す。
「宜しく。気をつけて」
「はい」
 鏡を受け取った瞬間に、一人だという不安は自分しか出来ない事なのだという責任感に変わる。
(私が、やるんだわ)
 鏡を胸に抱き、さやかは草間興信所を後にする。次に草間興信所に足を踏み入れるときは、二枚の鏡を胸に抱くのだと決意しながら。
「それにしても、プライドの欠片も無いのね。何が占いかしら。未来を移す鏡を見れば、未来が分かるにきまってるじゃないの」
 さやかは呟く。行き先は勿論、ミラー。高校生であるさやかは、何度も雑誌などで見たことのある占いの館だった。改めて場所を調べなくとも、あれだけ雑誌に多く取り上げられていれば嫌でも記憶に残っていた。
さやかは、真正面から突入する事も一度は考えた。さやかは、鈴を使って人払いの結界を張る事ができる。ならば、一気にカタがつけられるのかもしれないと。だが、それすらも未来を写す鏡とやらに見られてしまっていたら意味は無くなる。となれば、まずは情報収集が先決だ。幸い、相手は今や大人気の占いの館。情報は腐るほど溢れている筈だ。必要な情報も、不必要な情報も。
 考えながら歩くと、目の前に人の列が出来ていた。前方を見ると、目指すミラーがそこにはあった。自然と足が向かってきていたらしい。
(丁度良いわ)
 さやかは小さく微笑み、待っている列の人間に聞き込みを始めた。ミラーについて、占いについて分かる限りの事を、とにかく聞いた。
「あ」
 聞いていた最中、一人の女性がさやかの持っていた鏡を指差した。
「その鏡、ミキさんの持ってる鏡に良く似てるわね」
「そ、そうでしょう?」
 さっと鏡を隠しながら、さやかは苦笑いをした。
「占いが出来そうね。えっと、あなた……さやかさん、だったっけ?……名はさやかなり。この者の未来よ鏡に写れーってね」
 さやかの目が、鋭く光る。
「なんですか?それ」
「知らない?占いの仕方よ。そうしたら、不思議と鏡に未来が映るのよ」
 さやかは女性に礼を言い、今までの情報を整理した。
占い師の名がミキと言う事、名を言ってから鏡をかざす事で占いをしてくる事、そしてそれがほぼ100%の確率で的中する事だった。噂通り、というか情報誌等で公開されている内容とほぼ同じであった。占いの方法を除いて。
「となると……」
 人の列から離れ、さやかは手に持っている過去を写す鏡に目を向けた。新たな情報を得る手段は、この過去の鏡しかないように思えてきた。
「過去を写す、鏡」
 さやかは鏡を手に取り、裏返しにしたまま見つめた。これを反対にしただけで、過去が写るというのだろうか?ならば、自分の過去でさえもこの鏡は写すというのか。
「でも、これを見なければ始まらない気がする……」
 さやかは鞄から小さな鈴を取り出す。ちりん、と涼やかな音で鈴が鳴る。
「私の過去は、私だけのものだわ」
 そう呟き、辺りに人払いの結界を張った。そこにある筈の空間なのに、他人はこの空間に近づこうともしない。さやかはそれを自分の目で確かめてから、鏡を再び注視する。
「見るわよ」
 自分に言い、ついに鏡を反転させた。

●過去
意を決して反転させた鏡には、何も写ってはいなかった。ただ、いつも通りのさやかの姿があるだけだ。途端、張り詰めていた緊張が解れる。
「何故?……そうだわ、確か占い師はただ鏡をかざすだけじゃなかったわ」
 名乗り。それこそが過去を見るキーワードなのかもしれない。ふう、と息を吐いてから再びさやかは鏡に向き直った。
「……名は、大矢野 さやかなり。この者の過去よ、写れ!」
 ポウ、と鏡が光を放つ。淡い光の放出に、さやかは思わず目を細める。だんだん収まってくる光は、徐々に形を作っていた。それは、今よりも数年若いさやかの姿。
「……まさか」
 さやかの思いもよそに、鏡の形は留まる事をしない。鏡のさやかの前には、今はお金の関係しかない筈の両親がいた。何かを切り出そうとする二人。そして、何かを口走るさやか。
「やめて」
 画面が変わる。鏡のさやかの前には、優しそうな男の人。大事だった男の人。何よりも大切に思っていた男の人……。
「やめて!」
 さやかはそう叫んで、鏡を反転する。額には脂汗が浮かんでいる。小さく息切れもしていた。
「お断りだわ!この鏡、お断りだわ!」
 さやかは不快感に襲われ、そして呟いた。おっとりした外見からは考えられないような激しい口調だった。青の目が、ゆらゆらと潤んでいた。
(甘かった、甘かったわ。不用意に使ってみるもんじゃないわね)
 さやかはそう思いつつも、鏡を見つめる。もう使いたくない、とも思う。だが。
「……でも、私はここで立ち止まるわけにはいかないんだわ。きっと、この鏡同様に未来を写す鏡もお断りなんだわ」
 そう呟き、結界を解く。そして鈴を取り出し、ミラーに向かって意識を集中する。ちりん、という涼やかな音がさやかに情報を与える。
ミラーにいるのは、一人だった。恐らくは、ミキという占い師だけがミラーにいるのだ。
「なら、勝機はあるわ」
 潤んだ目を、ごし、と拭ってさやかは微笑む。手に持つ鏡をぎゅっと握り締めながら。

●突入
 さやかは雑貨屋で鏡を一つ買った。過去を写す鏡と良く似た、だが普通の鏡だ。
「名前を言わなければ、鏡の力は使えない。なら、私が鏡を取り返そうとしているのも分からないかもしれないわ」
 ふふ、とさやかは微笑む。鏡を使って占いをしているのならば、鏡を隠しているわけでも無さそうだ。ならば……。
 さやかはミラーに並ぶ人の列を通り過ぎ、建物の裏に壁を越えて身を潜めた。幸い、誰もそこにはいなかった。そっと出入り口を見ると、丁度客と思われる女の子が去っていく所だった。
「ではでは」
 小さくそう言い、さやかは鈴を取り出した。ちりん、という音が響き渡る。ふわりと包み込むような感覚がしたかと思うと、そこに人を阻む結界が張られた。これでミラーに足を踏み入れようとする者はいない筈だ。
 さやかは裏口を見つけると、こっそり中に侵入する。中は怪しげなお香が焚かれ、占いの館の雰囲気を盛り上げている。
(普通に訪れたら、お香を焚いているなんて雅な感じと思うんでしょうけどね)
 そう思いつつ、ミキのいる部屋を探る。その時、真っ直ぐの廊下の向こうから声が響いた。
「次の方?いらっしゃらないの?」
 女の声だ。この建物にはミキとさやかしかいない筈だ。となれば、恐らくはミキの声であろう。苛々とした様子が声から窺える。
「いないの?!」
 更に苛ついた様子でミキは声をあげた。
(チャンスだわ)
 さやかは密やかに微笑む。
(このまま、様子を見に外に行ったら……!)
 さやかはぎゅっと手に持っている普通の鏡を握った。手に汗がじんわりと浮かんだ。
部屋から、苛々が最絶頂になったらしきミキが外に出て行く音がした。さやかはこの隙にと部屋に突入する。蝋燭を照明にし、暗幕をかけ、お香を焚き染めている、机一つと椅子二つがぽつんとある小さな部屋。さやかは辺りをざっと見回し、机の上に鏡があるのを見つけた。小さく笑い、普通の鏡とすり替えようとした、まさにその時だった。
「何をしているの?」
 声がした。さやかの体がびくんと跳ねる。声の方向にはだらりとした布を身に纏った、美しい女性がいた。流れる黒髪、透き通る黒い瞳。30代であろうかという女性。おそらくは、ミキ。
「その鏡、盗みに来たんでしょ?」
 さやかは自分の心音が全身に鳴り響くのを感じた。ミキは不敵に笑い、つかつかとさやかに近づく。そして、奪うように鏡をさやかから奪った。
「どうして……どうして分かったんですか?」
 混乱する頭で、さやかは問い掛ける。ミキは形のいい赤い唇を引き上げる。
「見た、のよ。私の占いでね……」
「嘘!名前を呼ばないと、鏡の力は使えない筈でしょう?」
「良く知っているわね。そうよ、この場所の名を呼んだのよ。この場所で起こりうる未来を見るために、ね」
(迂闊だったわ)
 さやかは悔しそうに唇を噛む。何も鏡が写すのは、人間だけではない。場所だって、置物だって名前が存在するのだ。それさえ呼べば、未来も過去も見る事が出来る筈だ。
「あなた……あの女にでも頼まれてきたの?」
「あの女……?」
「そう。友達面して、この鏡で見たとか言って私の夫を愚弄した女。……確かに私はあの夫と別れる運命にあったわ。だけど、だけど……!」
 ミキはそう叫んでから、さやかの方を向き直った。ミキの手には未来を写す鏡がある。それを自分に向けられ、見たくも無い未来を見させられたら?
(……冗談じゃないわ)
さやかは過去を見る鏡を握り締める。そして、ミキに向かって掲げた。
「名はミキなり!この者の過去を写せ!」
「なっ!」
 一瞬だった。ミキが鏡を掲げるよりも数秒早く、過去を見る鏡は発動した。ミキの目には驚愕の色が浮かんでいる。光はミキを形作る。そして……過去が写し出される。
「やめて」
 小さく、ミキが呟く。手に持つ鏡が小刻みに震えている。鏡のミキは、依頼人である今日子に詰め寄られていた。今日子は真面目な顔で進言する。
『あの男とは別れた方がいいわ。絶対に、あの男は浮気をするわ』
『そんな事ないわ。あの人、私だけを愛しているって言ってるもの』
『でも、結婚しては駄目。別れてしまう事になるのよ?そうすれば、傷つくのはあなただわ』
『……どうして?どうしてあなたにそんな事が分かるのよ?』
『信じて。……私は、未来を写す鏡を持っているの。家に代々伝わる家宝よ。それにはあの男と別れてしまい、哀しんでいるあなたの姿が写ったの。ねえ、お願いだから』
『鏡、ですって?』
 場面が、変わる。今度は悲しみに打ちひしがれるミキの姿があった。何か紙のようなものをぎゅっと握り締めている。
『今日子の言っていた事は本当だったんだわ……。私はまんまとあの鏡に弄ばれたって事なのね。じゃあ……今度は私があの鏡を弄んでやるわ!』
 鏡の中でミキが叫ぶ。そして今日子の家に遊びに行き、隙を窺いながら鏡を掴む……!
「やめてよ!」
 ミキはうめくように言う。さやかは鏡を下に降ろした。これ以上は容易に想像できた。鏡を使い、占いと称して未来を当てる。当たる占いは、人を呼ぶ。商売として、十分成り立つ。
「……過去を写すなんて……!最低だわ!」
「じゃあ、未来なら写してもいいんですか?ミキさんは、未来を写す事が最低な事だと思わないんですか?」
 ミキの体が、びくんと跳ねた。
「ミキさんの過去を勝手に見た事、お詫びします。今日子さんも、勝手にミキさんの過去を見た事は良くない行動だったと思います。ですが、今日子さんはミキさんを思って行動したんだと思いますよ」
「そんな事……分かってるわよ……」
 ミキははらはらと涙を流す。そして、鏡を机の上に置く。さやかはその鏡を手に取り、今度は正面のドアに向かう。
「未来なんて、見えない方が良いですよ」
 さやかはそう言い、ミラーを後にする。手に三枚の鏡を持って。

● 鏡
「ご苦労様」
 草間は鏡を持って帰ったさやかを温かく迎えた。さやかは誇らしそうに微笑む。今日子はさやかに深く頭を下げた。
「有難うございます」
 二枚の鏡を胸に抱き、今日子は涙混じりに微笑む。
「いいえ。お役に立って良かったです。……ミキさんと仲直り出来たら、いいですね」
「そこまで分かったんですか?」
 今日子は驚く。さやかはちらりと過去を写す鏡に視線をやる。それで今日子も納得し、もう一度微笑んだ。
「そうですわ。さやかさん、こちらの鏡を持っていて下さいませ」
 過去を写す鏡をもう一度さやかは渡された。訳も分からずさやかはそれを手に取り、前に掲げるように持たされたままで今日子を不思議そうに見る。今日子は未来を写す鏡を、さやかの持つ鏡と真向かいになるように掲げる。すると、鏡同士が互いに光を放ち、ぱりん、と割れる。
「もっと早く……こうすれば良かったんですわ」
 きらきらと舞い降りる鏡の破片の中、今日子は悲しそうに微笑んだ。さやかは「あ」と声をあげ、鞄から何かを取りだす。取り替えるために購入した、普通の鏡だ。
「これ、どうぞ」
「これは……?」
今日子は不思議そうに鏡を見つめた。何の変哲も無い、普通の鏡。
「それが過去も未来も写しませんが……現在なら写しますから」
 さやかはそう言って微笑む。今日子は「まあ」と声をあげてから微笑んだ。そして、大事そうに鏡を抱いて帰っていった。
「さやか君、アフターケアも大切だもんな」
 今日子を見送るさやかに、草間が背中から声をかけてきた。さやかは微笑んで「当然です」と言う。
「じゃあ、きっちりと最後までしような」
「え?」
 さやかが振り向くと、草間はほうきとちりとりを持ってにこにこと微笑んでいた。さやかは小さく溜息をつき、下に散らばる破片達を見つめた。アフターケアを待ち望み、破片達は光を反射しながらきらきらと煌くのだった。

<依頼終了・アフターケア付>
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
0846 / 大矢野・さやか / 女 / 17 / 高校生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
初めまして、こんにちは。霜月玲守と申します。私の依頼をお引き受け頂き有難うございました。
たったお一人で挑んで頂きました。如何だったでしょうか?

私の想像以上のプレイングをして頂き、光栄でございます。本当はもっと軽い話でしたが、結構深い物になったのではと思います。
勇気を持って、過去の鏡を見て頂きました。そのお陰で依頼成功でございます。

何しろ初めてでして、力不足が目につくかもしれませんが少しでも楽しんでいただけたら光栄です。
ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。
それでは、またお会いできるその時まで。