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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


調査コードネーム:彷徨える自動販売機
執筆ライター  :紺野ふずき
調査組織名   :月刊アトラス
募集予定人数  :1人〜3人(最低数は必ず1人からです)

------<オープニング>-----------------------

 コツコツと机を叩くペン先が苛立ちを物語る。眼鏡を少し下にずらした視線に睨まれて、三下はバツの悪いまばたきを繰り返した。
 上から見下ろす眺めは最高。グッと開いたシャツからのぞく、麗香の胸元は今日も抜群素晴らしい。
 素晴らしい、が。今はそれどころではない。
 それはこの頭部と頬を覆うガーゼと包帯のせいだ。大きなコブと擦り傷をその下に隠している。
「──何度も聞くようで悪いけど、確かに自販機に襲われたのね?」
「はあ……自販機です」
 手元の書類を一枚繰って、麗香は聞こえるように吐息を吐いた。首さえ振りかねない呆れがそこに含まれている。虫の居所が悪いのか、今日の麗香の迫力は格別だった。全身から鬼気迫るオーラを発している。
 いつもながら天性の運の悪さを三下は感じていた。
「で、どれくらい呑んでたの?」
「だ、だから、呑んだり酔ったりなんてしてませんよう! シラフの状態で向こうから」
「向こうから」
「ドーンと……」
 胸の底から吐き出す麗香の深い深いため息が、机を撫で足下に流れて背中を這い上がってくる。その度に三下は冷たい汗をかいた。
 無言の怒りはタイマーの見えない時限発火装置と等しく心臓に悪い。いつ爆発するかわからなかった。
「あ、あの、へへへへへ編集長」
「へへへへへは余計」
「そ、そんな揚げ足とらないで下さいよぉ。その、つまり……もう一度」
「何度も聞いたから却下」
「そ、そんな事言わずにぃ〜……」
 これがネタにならずして、一体何がネタになろう。自販機に襲われるなど、酔っぱらいの戯言でなければ眉唾ものの冗談話だ。だが実際に三下はそれに襲われたのだ。
 場所は都内のS公園。昨日の夜半一時過ぎの出来事だ。日中は緑豊富な鳥達の楽園として名高いこの公園も、しかし夜には単に広大な闇の塊でしかない。
 三下はその中を歩いていた。公園を迂回するよりも突っ切った方が目指す駅が近かったからだ。はかどらぬ取材の終わった深夜、誤算はそこから始まった。
 ひと気のない遊歩道を独り、ヒタヒタと歩く。頭上では左右に居並ぶ木々が枝葉のアーチを作り、昼の陽を遮るありがたい存在となっているが、夜はただ月光を遮る黒い屋根にしかすぎず、くわえて点在する街灯の明かりと明かりのリレーはうまくいってはいなかった。
 暗い。
 三下の気分も沈んでいく。今この状況にうってつけな昼の取材や過去の記事がチラチラと脳裏をよぎりだす。
 あの木のウロに顔が見え、その草の影に手が見える。それはおいでおいでと笑いながら手招きしている。ような気がする。
 走り出したい衝動を抑えて進めば、街灯と街灯の間の暗がりに自販機がポツリと立っているのが見えた。薄ボンヤリとした緑光をまとっている。
 近づくべきか否か。
 しかし気が進まないながらも、足は確実に自販機へと近づいていく。
 妙だった。
 あんな自販機は見たことがない。
 大きさは通常よりも一回り大きく、形は歪んだ台形だった。上へ行くほどに先細りになっている。そして異様なのはそのデザインだ。メーカーもブランドもわからない。読めない文字のような絵のような白い何かが、黒とも青ともつかぬ不気味なマダラ模様の中に溶けるように描かれている。
 異世界に連れ込まれる瞬間に見える景色があるとしたら、あんな感じではないだろうか。それがゆっくりと動いているように見えた。
 背筋に嫌な汗が流れる。
 波打ち躍動する渦。ドクドクと。その動きは命あるモノの鼓動に似ていた。
 引き返すべきだ。アレは自販機などではない。そうだ、近づけば何かが起こる。
 しかし、三下は見てしまった。
 目だ。
 白目はなく、ほぼ真円の小さな黄色の目が一つ。いびつな自販機の表面で、こちらをジッと見つめいてた。三下が立ち止まると、その目がパチっとまばたきをした。一歩下がった三下に合わせてキョロリと動く。
 絶叫。
 走りだそうとして転んだ三下に自販機は襲いかかり──
「消えました、編集長ぉ!」
 泣きそうな声で頭部と顔を指さしながら、三下は麗香の反応を待った。決して嘘や幻じゃないと訴える精一杯の熱意。麗香は相変わらず、信じがたいような顔をしている。ひそめた眉がどこか気遣わしげに見えるのは、『この暑さでとうとう』という思いの表れだろうか。それでも三下は諦めなかった。
 ひびく傷口の鈍痛も、襲われた時に感じた恐怖も現実のものだ。探せば三下の他にも被害にあった者がいるかもしれない。
 食い下がるうち根負けしたのかこれ以上のタイムロスを恐れたのか、麗香がチラリと三下を見た。眼鏡をずらしこめかみを揉む。
「二日」
「ハ?」
「取材時間。でも、あなたにはまだやり残しの別件が待ってたでしょ?」
「は、はい! いい助っ人がいるんです! アレが一体何なのか、必ず尻尾を掴むようにお願いしてきます!」
 敬礼一つ。三下ははじかれたように飛び出した。目測を誤って思い切りぶつかった部屋の間仕切りだけが、その背中に向かって行ってらっしゃいと揺れていた。
 
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  彷徨える自動販売機 

─ 二人の僧 ─
 
 ザワと風に揺れる緑。歩道の両側に佇む木々が作る葉のアーチの下に、一人の僧が佇んでいた。『自動販売機』の前に、である。がっしりとした体躯に網代笠と法衣。首には数珠を下げていた。
 旅慣れた風情ではあるが、機械慣れはしていないらしい。銀色の硬貨を片手にその場所に立ち止まってから、もう随分と経っていた。
「お主、儂には売れんと言うのか。物を売っての自動販売機。人を襲うだけでは飽きたらず、とうとう自らの業さえも放棄すると? なんと世も末よ……」
 声は威風堂々と。いかついが憎めないその顔立ちと目からは意志の強さが伺えた。僧は綺麗に刈り込んだ口と顎髭を、大きな手でひと撫でし首を横に振った。あっけらかんとしているのは性格だろうか。微塵にも怒りの無い表情をしている。
 その肩を不意に叩かれ僧は首を巡らした。
 長身に長い黒髪の若者が立っている。旅装ではないが、やはりこちらも法服袈裟懸けの僧衣姿だ。快活で利発そうな目に小さな丸い鼻眼鏡をかけていた。
「違う、違うって。それは使えないんだ。こっちなら大丈夫だぜ」
 ニコリと笑い、差し出したそこには新しい五百円硬貨が乗っている。僧は自分の手にしている古い硬貨と、青年のそれをジッと見比べて唸った。
「ふぅむ、なるほど……。儂の持っているコレはもう古くて使えんというのだな?」
「使えないわけじゃないけどな。色々あって使えなくしてるところが多いんだ。で、どれ飲むんだ?」
 青年が自販機に金を入れようすると僧は言った。
「いやすまん、かたじけない。喉が渇いたワケではなくてな。こやつがただの自動販売機なのかどうか確かめてみたくてのぅ」
 広い額に手をやって詫びる僧に、青年は『なるほど』と笑った。カラリとしたいい笑顔だった。
「俺は影崎雅。三下のダンナから依頼を受けてここへ来た。あんたもそうだな?」
「おお、お主もか! 儂は浄業院是戒。機械には滅法弱くてのぅ。やはり物を買うには顔と顔、手と手のやりとりがいい」
 そう言って是戒は豪快に笑った。驚いたセミがジジと鳴き、慌てて空へと飛び去り消えた。
 頭上では木漏れ日が揺れている。どこかでカアとカラスが鳴いた。

─ 鳥の楽園 ─

 心頭を滅却すれば何とやら、とはいうもののやはり暑い。歩き回ってうっすらと滲んだ汗を拭い、雅は空を見上げた。夕方もいい時刻だというのに、まだかなり明るい。
「やっぱり夜を待たないと無理みたいだな」
 日の傾きに時を読む。夜まではあと一時間というところだろうか。
 二人は三下の話に聞いた場所から始め、公園をグルリ一週練り歩いた。だが、それらしき気配はない。あちこちに点在する自動販売機を調べてみても、どれも微かなモーター音のする普通の自動販売機で違和感は感じられなかった。サラリーマンに学生、犬の散歩やジョギング中の何人かに声をかけたが、皆一様に知らない、聞いた事もないと首を振るばかりで、手がかりは三下の話のみ、一向に進展していない。
 やれ参ったと、是戒はツルリと丸い頭を撫でた。
 広大な敷地だ。同時に移動しているなら『鬼ごっこ』となり見つける事は難しい。遊歩道は中央の芝を囲み、公園に大きなヒョウタンを描いている。沿って歩けば四十五分で一週できる。南には花壇、北側には池がありボートにも乗れる。今はイングリッシュローズと蓮の花が見事だと、公園の案内版には書いてあった。しかし、二人にはそれを楽しむ余裕はない。
「自動販売機に何かが取り憑いておるなら、昼でも目には見えよう。気は消せても、その『物』の姿は消せんはず。どこかの自動販売機の中に潜んでいそうなものだ。しかし聞いた話では消えた、と言っておったな。どうもそこが気にかかる」
「そうなんだ、そこなんだよな。消えたって事は本体は無くて、化けてるのかもしれないな。だとしたら昼に出てくる可能性は低いか……。何にしても自販機に化けるなんてセンスないよな」
「うむ。全くだ」
 雅と是戒は頷き、そして途方に暮れた。立ち並ぶ木々の間に芝の広がりと、その向こうに対面する歩道が見える。その背後には背の高いビル郡が空へと伸びていた。
 公園を出れば人の波だというのに、ここは信じられないような穏やかさだ。持ち時計が違うのだろう。
 葉のざわめきと、さえずり飛び交う鳥達。太陽のある間の主役は、数多く息づいている野鳥達らしい。とても物の怪が現れるような雰囲気ではなかった。
 何かが起こるとすればやはり夜だろう。下調べは済み、もうすることは無さそうだった。
「さてと、どうする? このままここで時間になるのを待つか。それとも一度引き上げて、ダンナが襲われた時間を狙って戻るか」
「フム。では一度、散とするか。腹ごしらえでもして一寝入りすれば調度いい時間になろう」
「よし、じゃあ深夜にまた」
 植え込みの切れ間に手近な出入口を見つけ、二人は揃って公園を出た。何気なくそこに置かれた物へと視線が向かう。園内でも見かけた、どこにでもある青い自動販売機だ。ブーンと内部でファンが回っている。
 やはり違和感は感じない。
 しかし今までとは違う点が一つだけあった。その裏側に見える黒い物体。カラスが死んでいた。
 二人は胸の前に片手を添え、軽く合掌して通り過ぎた。空薄青く、西でようやく日が落ち始めたところだった。

─ 闇の使い ─

 深夜の公園を色で示すなら黒だろう。鳥の楽園だった緑優しい昼の姿がまるで嘘のようだ。
 遊歩道にはポツポツと街灯が立っているが、申し訳程度で十分とはいえない存在だ。とにかく暗い。
 その暗がりに自動販売機はいた。街灯と街灯の合間の、闇が一番濃い場所にひっそりと佇んでいる。緑の弱い怪光を放っていた。
「なんだ昼にさんざん通った所じゃん」
 雅が言うと、是戒はうむと頷いた。確かに何度も通過した場所だった。
 近づくと自動販売機の周囲に小さな虫が集まっているのが見える。微かな腐臭もしていた。時折、ジュッと音がして光に触れた虫が消えた。三下が出会った時よりも、力が増幅しているようだ。実体のあるものに影響し始めている。
 話に聞いた歪な台形。表面の柄は変わりない。黒と青に白が解け合い無秩序に渦巻いている。それが絶えず動き形を変えていた。異世界へと移動する時に見える景色があるとすれば、これがその一つでは無いだろうか。見ていると気が遠くなるような眩暈を覚えた。
 その歪な表面で別の物が動いていた。こちらをじっと見つめている。小さな黄色の目だ。キョロキョロとよく動いた。人の生み出した物などでは決してない。異形の者の姿だった。
「着ぐるみ説は却下か……」
「ハッハ、面白い! この邪気を前にして冗談を言うか」
 残念そうに指を鳴らす雅に是戒は笑った。その笑みがスと消える。眼差しに力が宿り、グイと突きだしたその手には大玉の数珠が握られていた。
「貴様、自動販売機などではないな? 正体を現せ!」
 強く激しい叱咤の声が飛び、連なる百八の黒珠が空を斬った。
「オンバサラダトバンアビラウンケン──」
 数珠から放たれた光の矢が雨のように一点に向かって降り注ぐ。集まる光の中心で仮初めの姿が溶け始めた。咆哮しもがき苦しむ自動販売機の背に変化が表れる。大きな二つの黒い羽が見えた。
「! オッサン、昼に見たあいつだ! 植え込みで死んでただろう」
「カラスか!」
 凄まじい怒りをまき散らし、それは光を振り切った。二人に向かい突進してくるのを、左右に飛び避けて振り返る。
 もはや自動販売機の姿ではなくなっていた。破邪の光に灼かれ、怪しげな黒い塊と化している。腐敗臭はいっそう強くなり、くすぶる煙を吐き出していた。己を滅ぼそうとする二人に敵意を剥き出しにし、燃えるような紅い目で睨んでいる。
「どんな理由があって人を襲うんだ? 三下のダンナを襲った理由は?」
 雅の問いにカラスは答えない。唸り声をあげ体を雅一人に向けた。互いにジリと動く。雅の目の端で是戒が叫んだ。
「お主! 時間は稼げるか? 儂が行って本体を連れてこよう。怒りに我を忘れては話もできん。見れば少しは気に変化も出るはずだ!」
「ああ、頼む!」
 是戒は雅の返事に頷くと走りだした。それを見送る間もなく、接近してくるカラスの攻撃を横っ飛びに交わす。折り返しの二波。わずかに触れただけの光に体が大きくはじかれた。
 木に受け止められ衝撃に顔をしかめる。幹についた手が、そこにあった枝を無意識に折った。振るには手頃な長さだ。無用な葉と枝を払ってそれを持ち、雅は歩道に歩み出た。重心を後ろ足に置く。口元が笑っていた。
「攻撃方法は変えないと──」
 自動販売機が唸り、揺れ、止まった。来る!
「見切られるぜ!」
 雅は大きく跳躍した。やや右横に構えた下段から、たいをかわしつつ胴を放つ。枝は塊の中央を一刀両断にすり抜けた。やはり物理攻撃は利かないようだ。雅はあっさりと枝を捨てた。影は体勢を立て直し再び雅に向かって突進する。
 面倒だが仕方ない。せまる黒い渦をかわしながら札を飛ばし、念を唱える。背中に札が貼り付くと塊の動きがピタリと止まった。ブルブルと震えながら黒煙を吐き出しているが、それ以上の事はできない。ホッと一息ついたトコロで別の殺気を感じた。いる。頭上に一つ。バサと羽音が聞こえた。
 見上げようとするより早く、それは突然降ってきた。鼻先をかすめ、地上すれすれで空へと舞い上がった物体は、木の枝にとまり雅の様子をうかがっている。
 黒い羽に黒い目。本物のカラスだった。
「……な、なんなんだ?」
 唖然とする雅の前でカラスはカアと鳴いた。塊は小康状態を保ったまま、ジッとしている。思わぬ加勢に首をひねるその真上で、また別のカラスが鳴いた。目だけを上に向ける。
「あれか!」
 人目を避けた葉の陰に、全ての原因が蠢いていた。

─ 人の作りし物となり ─

 暗い空にそびえるビルが、走る是戒の目印になった。遊歩道から見えた昼の景色を頼りに目的の場所を探す。数分走り、労せずそこへ辿り着くと、是戒はカラスのいた場所を覗き込んだ。
「おお、おったな」
 昼に見た姿のままでカラスはそこにいた。不自然に折れ曲がった羽は天を真っ直ぐに指している。何故死んだのかはわからない。目立った外傷はないが、自然死や病死などではない気がした。翼のあるものがこんなに狭く暗い場所を死に場所に選ぶものだろうか。人為的なものを感じた。
 時折、車道を行く車がヘッドライトの丸い光を投げかけていく。かなりのスピードを出しているようだ。アッという間に通り過ぎていった。これだけの勢いでならエサを探して飛び出したカラスを跳ねる事も珍しくないかもしれない。断定はできないが、とにかく無造作にこの場所へ捨てられた時には、まだ生きていたのだろう。虚ろな黒い目は自動販売機を見上げていた。
 是戒は膝をつき、カラスの骸をそっと撫でた。
「そうか。死に際に見たお主の目には、これがあんな姿に映ったのか……。カラス、無念はわかる。だが何がそんなに心残りだ? 儂が今、暴れているお主の元へ連れていってやろう。話したい事があれば話せ。成仏させてやる」
 是戒の言葉に返すように、カラスの羽が小さく揺れた。

─ 彷徨える自動販売機 ─

「三下のダンナも災難だったなぁ」
 木の根本に最後の土をかぶせ、是戒と雅は顔をあげた。
 高い木の枝に一連の騒動を巻き起こしたカラスの巣の一端が見える。巣立ち前のヒナがいるらしく、親ガラスはずっと二人の一挙一動を見守っていた。おかしな事をすれば、すぐにでも襲ってくるだろう。そんなつもりはないと言ったところで、通用しない。身をもって示せばいい。二人は巣のあるその真下にカラスの死骸を埋めた。
 自動販売機に姿を変えたカラスの念は、土を盛るごとに姿を薄くして消えた。今では雅が一時的な動き封じの為に貼った護符だけが、黒い塊のいた場所に落ちていた。
 子を思う心が強かったのだろう。側にいて見守りたかっただけらしい。化ける的は何でもよかったのだ。最後に見たものが念に刷り込まれたにすぎない。カラスにしてみれば、人を襲ったわけではなく、子を守っていただけだった。
 二人それぞれに供養の数珠を取る。木の上のカラスから敵意が消えた。
 三下はここを偶然に通りかかり、巣に近づいたというそれだけ
で襲われた。深夜、人通りの少ない場所だ。あんな怪光を発しているのを見て近寄るモノ好きはいないだろう。噂にならなかったのも、まだカラスが死んで間もないせいだ。他に見た者がいないのか。酒が入っていたと見間違いで済ませてしまったのか。どちらにしてもこういった事に慣れすぎた三下の、職業病が招いたような事件だった。
 雅はやれやれと首を振った。
「捨てられた場所がもうちょっとマシなら、自販機なんかにならなくて済んだのにな」
「うむ。せめて翼あるものに化けられると良かったのぅ」
「いや、それもどうだか。同じ翼でも飛行機じゃもっと困ったと思わないか?」
 深夜の公園で豪快に笑う人間達をカラスはジッと見下ろしていた。時々、上を見上げてはヒナの様子を伺っている。上下どちらの存在も気になって仕方がないらしい。
 早く安心させてやろうと、是戒は言った。歩きかけて雅が是戒を振り返る。
「記事になると見に来るヤツがいるだろうな。騒がしくなる」
「うむ。子が巣立つまで調査中としておくのはどうだ?」
「そりゃいい! ダンナには悪い気がするけどな。──そうだ、オッサン。腹減ってないか? この近所にシシカバブのうまい屋台があるんだ」
「し、獅子化婆? 儂は肉は喰わん。今日あたりは般若湯が恋し……」
 半月が葉の間に見え隠れする。是戒は聞き慣れぬ言葉にポカンとしていた。ふと目が雅の背後で止まる。枝を折られた街路樹に気がついたのだ。
「けしからんヤツがおるのぅ。木とて生き物だというに。どんな生き物でもないがしろにしてはいかん。ちょっとした心懸けでその命が──」
「いけね、さっき……」
 雅は頭に手をやって、落ちていた護符を拾い上げた。木の傷にペタリと貼り、目を閉じてまじないを唇に乗せる。そっと手を添えると護符は煙と化し、傷は跡形もなく消え失せた。
「さ、行こうぜ!」
 ニッコリと笑う。
 大きな目でポカンと見つめていた是戒は、雅の悪びれない顔に向かって吠えるように笑った。
「まあ、よいわ!」
 二人の僧の足音が公園の闇を抜けていく。
 振り返れば見えたかもしれない。その姿を見送る二つの黒い影を。残された者の横に佇むそれは、大きな翼を持つカラスの姿をしていた。



                        終

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業 / 好物】

【0838 / 浄業院・是戒 / じょうごういん・ぜかい(55)】
    > 男 / 真言宗・大阿闍梨位の密教僧 / 般若湯(酒)
    
【0843 / 影崎・雅 / かげざき・みやび(27)様】
    > 男 / トラブル清掃業+時々住職 / 屋台フード

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■         ライター通信          ■
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初めまして、紺野ふずきと申します。
この度は当依頼をお受け下さり誠にありがとうございました。
大変お待たせ致しましたが、浄業院様、影崎様。
『彷徨える自動販売機』いかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
闇夜の自動販売機……
死角となる部分に何かが潜んでいたらと
怖さを覚えることはありませんか?
でもそのものが怖いと思う事は少ないですよね(^_^=;)
もし、コインを投入する場所から目が覗いていたら?
もし、取り出し口に入れた手を中から掴まれたら?
人が入っているかどうか確かめる前に、私は逃げます。

それではまたお会いできる事がありますよう、
お二人の今後のご活躍をお祈りしつつ……


                 紺野 ふずき