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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


真夏の夜の夢・前編
◆Opening
アトラス編集部に再び翠麗荘から封書が届けられたのは8月の暑い夜のことだった。

「先日、命を助けていただいたお礼を致したくお手紙させていただきました。」

翠麗荘というのは軽井沢にある別荘の名で、アトラス編集部から取材に行ったメンバーがそこの女主人を助けたという経緯がある。
美しい筆跡で綴られた内容は、命を助けてくれたお礼にアトラス編集部の面々を、翠麗荘へお招きしたい。と言うものだった。

「殊勝な人がいるモノねぇ。」
碇は招待状を机の上に置くと、ふぅっとため息をついた。
「素敵じゃないですか。夏の軽井沢!アンティークな別荘での休日!」
話を聞いていた三下がうきうきという。
「この間行った連中の話では、それは立派な洋館で、場所もロケーションも最高らしいですよ。」
「らしいね。」
「・・・やっぱり、助けた人たちだけしかいけないんですよね・・・」
そっけない碇の態度に、三下は恐る恐るたずねる。
「そんなことはないでしょ。招待状にはアトラス編集部の皆様・・・となっているしね。誰宛というわけでもなく編集部あてだし。」
「そ、そうなんですか!」
三下はぱぁっと顔を輝かせる。
「ぼ、僕もその・・・」
「三下クン。」
碇は三下ににっこりと微笑んで言う。
「キミにも軽井沢へ行ってもらおうかな。」
「え?え?本当ですか!」
「うん、キミにはとっておきの取材に行ってもらう。これだよ。」
すっと差し出した紙は先ほどの美しい招待状とはうって変わって、なんだか乱雑な筆文字がのたくっている。
「・・・体育大学心霊研究会、降霊会合宿のお誘い・・・」
何で体育大学に心霊研究会なんてモノが発足するのかはさておき、三下は露骨に嫌な顔をした。
「僕はこっちですか・・・?」
「そう。素敵な記事を書いてよね。」
同じ夏の軽井沢でも天と地の差の予感がする。
そしてそう言う予感はそうそう外れるものでもない。

◆麗しき翠の風〜翠麗荘〜
柔らかな風の吹く森を抜けると、翠麗荘は静かに姿をあらわす。
趣味の良い大時代的な洋館は隅々までオーナーの思いやりが行き届いているようだ。

「いらっしゃい。遠いところをお疲れ様でしたねぇ。」
翠麗荘のオーナー・高梨 翠はニコニコと温かい笑顔で一同を出迎えた。
「ばーちゃん、傷の具合はもういいのか?」
守崎 北斗が飛びつくように翠の前に出る。
「無理するなよ、ばーちゃんもう歳なんだから。」
「ありがとうね。えーと、北斗ちゃんだったかね?それとこっちが啓斗ちゃん。」
翠はそう言って啓斗にも微笑みかける。
「覚えててくれたんだ!翠さん。」
名前を覚えていてくれたばかりか、双子の二人をきちんと見分けてくれた翠に啓斗も顔がほころぶ。
「あ、そうだ。これ土産。俺が作ったんだけど、食ってよ。」
啓斗は抹茶水羊羹の包みを翠に渡した。
翠への土産にと自分で作ったのだ。
「あらまぁ、ありがとう。あとで、皆さんでお茶にしましょうね。」
そう言って翠は包みを大事そうに受け取った。
「えーと、あなたは初めてのお客様ね?こんにちは。お嬢さん。」
「大矢野 さやかと申します。これからお世話になります。よろしくお願いします。」
大矢野 さやかは深々と頭を下げる。
「こちらこそよろしくね。何かあったら何でも言って頂戴ね。」
翠もにっこりと微笑んで言う。なんとも人好きのする感じの笑顔だ。
「さぁ、ここは暑いから、みんなお部屋に上がって涼んで頂戴。後でお茶が入ったら呼びますからね。」
「はーい。」
三人はそれぞれ荷物を持って屋敷の中へ入る。
なんだか、別荘に避暑にきた・・・と言うよりは、懐かしいおばぁちゃんの家に遊びにきた。そんな感じだった。

◆人形の館
「わぁ・・・すごい・・・」
初めてここへ来た大矢野は、その圧倒するような屋敷中の人形の姿と数に歓声を上げた。
玄関をくぐると二回まで吹き抜けの大きなホールになっているのだが、その壁と言う壁に人形たちが座っている。
そして、もっと素晴らしいのはこの人形たちがみな穏やかな状態であることだった。
「綺麗でやさしい感じのお人形さんばかりだわ・・・」
「そうね、ここにいる子達はみんな愛情を受けてやさしい顔をしてる・・・」
「あなたは・・・」
先客に声をかけられ、大矢野が振り返ると、そこにはちょっと見知った顔があった。
「今日は、アトラスのみんなと避暑に来たのかい?」
大塚 忍はそう言うと側の棚にあった人形を抱き上げた。
「大塚さんはアトラスのみんなと一緒ではないんですか?」
「俺はまったく私用でね。たまたま来た日がみんなと一緒だっただけさ。」
「そうなんですか・・・」
それでも、知った人がいるだけで少しばかり心強い。
「ここのお人形さんたち、噂には聞いていたんですけど・・・本当に素晴らしいですね・・・」
アンティークドールと言っても洋風の人形ばかりでなく、日本の市松人形のような和風のお人形も何体か混ざっている。
大塚が抱き上げているのもその一体で、綺麗な花を染めた着物を着た美しい人形だった。
「そうだね。ここの人形たちは素晴らしいよ。上の階にも行ってみた?部屋や通路にも人形がいるよ。」
「そうなんですか、早速見に行ってみます。」
大矢野は軽く頭を下げて大塚に挨拶すると、荷物を抱えて怪談を上がっていった。

一人、ホールに残った大塚はホールの一角に用意されているソファへと腰掛けた。
手には和風の人形を抱いている。
絹糸のような美しい黒髪をそっと撫でてやると、まるで人形が微笑み返してくるようだ。
大塚は子供のころから人形が大好きだった。
現世と霊界の防人を担うという血筋の重みの中にいた大塚に安らぎを与えてくれたのは、いつもこんな小さな人形たちだった。
「お前たちはこんなに小さいけれど・・・いろいろなものを見てきたんだな・・・」
小さな賢者たち・・・そんな風に見えることもある。
長い時間をじっと見守りつづけてきた人形たち。
何を見て何を聞いてきたのか、言葉を交わすことができるならば聞いてみたいと思うことだ。
「ここの人形たちは幸せだったばかりではないのですよ。」
「翠さん・・・」
気がつくと通路の向うから、翠がゆっくりと歩いてくる。
「今はこうして穏やかな顔をしているけれど、この子達も酷く苦しんだり悲しんだりしたこともあったのよ。それは今でもそう。この屋敷へ来たばかりの子は辛い顔をしているのも多いわ。ほら、この子のように・・・」
翠はソファの側の棚のちょっと高いところから一体の人形を抱きかかえる。
言われてみると、確かに翠の抱えた人形の表情には影があるようだ。
「この子は悲しい場所から来たばかりの子なのよ。早く心の傷が言えるといいと思うのだけど・・・よかったら、この子にも時々声をかけてあげて頂戴ね。」
そう言って、翠は人形の栗色の髪を優しく撫でた。

◆お茶の時間
翠麗荘には裏庭に面したところに大きなテラスがあった。
白いシンプルなパラソルで日陰を作ったところに、白いテーブルと椅子が並べられている。
目の前には美しく手入れされた芝生の庭が広がり、森から涼しい風が運ばれてくる。
「おーい、お茶にしようぜ!」
テラスやロビーで思い思いに過ごしていたメンバーに声をかけながら、啓斗は大きなトレーに茶器を並べて運んできた。
「カップは洋物だけど、中身はちゃんとした日本茶だ。」
啓斗は慣れた手つきでポットから熱湯を注ぎ、爽やかな色のお茶をカップの一つ一つに丁寧に注いでゆく。
「これって、啓斗さんが作ってんですか?すごい・・・」
大矢野が驚いているのは白いお皿に載っているお茶菓子だった。
竹を割って作った入れ物に抹茶水羊羹が涼しげにおさまっている。
一流どころの和菓子屋の店頭に並んでいるものと比べられても何の遜色も無い出来栄えだ。
「美味しい。」
大塚もひとくち口にして驚きの声をあげた。
「水羊羹がこんなに美味しいものだとは思わなかったな。」
「兄貴はこういうのは上手だよなぁ。」
そう言いながら北斗が二つ目の洋館に手をのばしたところを、ピシャリと押さえてから啓斗が返した。
「お菓子ばっかりじゃないぞ。今夜は俺も厨房に入るからな。素晴らしい和食を堪能させてやる。」
そんな様子を翠はニコニコ笑ってみていた。
「なんだか、恩返しをしようと思ってお呼びしたのに、これでは私が孝行されてしまっているみたいだわ。」
「ばーちゃん・・・」
「私はずっと一人だったから、孫が遊びに来てくれたみたいで本当に嬉しいわ。」
啓斗も北斗も家族を失ってずっと二人で暮らしてきた。
翠の孤独は良くわかる。友達がたくさんいても、周りにたくさん人がいても、どこか埋まらない隙間のような孤独。
そう言う孤独がたまらなく悲しいこともあるのだ。
二人はそんなことを思い出して、ぎゅっと胸を詰まらせた。
「そっか、じゃぁ、今日はばーちゃんに大サービスするよ。」
そう言うと北斗は袖を捲り上げて立ち上がった。
「兄貴が料理すんなら、俺は庭の手入れを手伝うぜ!」
「あらら、そんなに気にしなくてもいいのよ。ここでゆっくり過ごしてちょうだい。」
「いいから、いいから。体力だけはあるんだっ。まかせろよ♪」
そう言うと、ちゃっかり二つ目の水羊羹をつまんで北斗は物置の方へと歩いていった。

◆小さな祠
とは言ったものの、この翠麗荘はこの辺でも一番の敷地面積をもつ別荘で、掃除やら手入れやらでも何処から手をつけたらいいのかわからないような広さだった。
「どうしたもんかなぁ〜?」
北斗は物置から持ち出した箒を片手に敷地内の雑木林をぶらぶらと歩いていた。
「ん?」
その雑木林の少し開けた日当たりのよい場所に、小さな祠のようなものを見つけた。
石で出来ている古びた祠は毎日誰かがお参りにきているらしく、綺麗に掃除されており花とお米が備えてあった。
「なんて書いてあるんだ?くよう・・・ひ・・・供養碑か。」
祠の前にしゃがみ込み、その薄れ掛けた文字を必死に読み取る。
「何の供養碑なんだろう・・・ここは人形が多いから人形の供養碑か何かかな?」
それにしては少し雰囲気が異質な感じがした。
屋敷の人形たちはみな一様に穏やかな顔をしていたが、ここの一角にはその穏やかさが無い。
「気になるけど・・・兄貴を連れてきたら、また厄介な事になりそうだなぁ・・・」
北斗はしばし考え込んだが、とりあえずその周りを綺麗に箒で掃き清めて、これが何かは後で翠にでも聞こうと思いその場を立ち去った。

◆調理場
厨房では啓斗が翠の手伝いにと右へ左へ忙しく働いていた。
啓斗は自分で森の中へ入り、籠一杯にとって来た山菜を鮮やかな手つきで調理してゆく。
下ごしらえはもちろんのこと、盛り付けまで完璧だ。
「まぁ、すごいわ。啓斗ちゃん、まるで板前さんみたいよ。」
隣りで吸い物の出汁を作りながら、翠は感心した声をあげている。
「実はね、私、ここへ来るまではお料理って何も出来なかったの。」
「へぇ、翠さんってここに来る前って何やってたの?」
啓斗は包丁の手をちょっと休めて翠のほうを見た。
翠はちょっとはにかむように微笑んで言った。
「巫女さんなのよ。」
「巫女!?」
「そう、昔この別荘のちょうど向かい側辺りにお社があってね、そこでご供養をさせていただいていたの。でも、そのお社も別荘を建てるために取り壊されてしまってね・・・人形たちと一緒にここへ移って来たのよ。」
「なんか、罰当たりな連中がいるんだなっ・・・神社を取り壊して別荘を建てるなんて・・・」
啓斗は憤慨を隠せない。
社。それは何処でもいいから立てられていると言うものではない。
社が立てられるにはそれなりの意味がある。鎮守・封印・守護・・・何らかの目的があって立てられるものだ。
それが壊されると言うことは、その守っているか封じているかしている何かを解き放ってしまうと言うことだった。
「色々あってね、人間がそう言うことを忘れてしまうほど文明が急成長してしまった時代があったのよ。」
翠は悲しそうに言う。
「本当の成長は今まで育ててくれたものを切り捨てて巣立つことではないのにね。」
「翠さん・・・」
「さぁ、辛気臭いお話はこのくらいにしてお食事にしましょうか。きっとお庭を掃除してくれてる北斗ちゃんはお腹がペコペコだと思うわよ。」
そう言って翠は再び支度に戻った。
啓斗はこの老婆の人当たりの良い暖かさは、色々なものを見てきた深さからあるのだろうな・・・としみじみと思った。

◆悲しみの表情
大塚は先ほど翠に見せられた人形が気になって、一人ホールへと下りてきた。
棚の前まで来ると、人形はさっきと変わらずそこに座っている。
そっと人形を抱き上げ、ソファに腰掛ける。
人形は膝の上でじっとこっちを見ている。
大塚も人形をじっと見る。
「キミは・・・何故そんな悲しそうな目をしている?」
大塚はそっと問い掛ける。
人形の額にかかった髪をそっと撫でながら、ゆっくりと人形に問う。
「キミは何を見てきたのかい?」
そして、静かに人形と波長を合わせるように目を閉じる。
ゆっくり・・・ゆっくりと呼吸を合わせ、人形と向かい合う。

『助けて!殺される!』

「!」
大塚は人形とシンクロした途端に恐怖と苦しみの波を浴びせ掛けられた
『助けて!助けて!助けて!』
「助けてって・・・一体・・・」
大塚は人形が何を求めているのかと必死に呼びかけるが、人形の思念は恐怖と苦しみに固まってしまってどうしようもない。
『殺される!殺される!殺される!』
それどころか、大塚の思念までも人形のそれに吸い込まれてしまいそうだ。
「やばい!引きずられるっ!」
そう思ったときにはすでに足が抜けない状態だった。
「・・・くっ!」
何とか人形の思念から自分を切り離そうとするが、渦巻く思念には手ごたえが無い。
しかし、それは大塚の意識をしっかりと捕らえてしまっているのだ。
その時。

リリーーン・・・

澄んだ鈴の音があたりに響き渡った。
その鈴の音は刃のように鋭く、人形の思念を貫く。
そして、やっと大塚は解放されることになった。

「!」

いきなり意識が体に戻り、慌てて瞳を開く。
「大丈夫ですか?」
まだ視覚感知が少しおかしかったが、よく見ると側に大矢野が立っていた。
手には鈴を持っている。
「・・・キミが助けてくれたのか・・・ありがとう・・・」
「よくわからなかったんですけど・・・なんだか戻れなくなってしまってたようだったので・・・」
大矢野は心配そうに大塚を見て言った。
「人形と・・・何かあったのですか?」
「ああ・・・ちょっとこの人形が気になってシンクロしようとしたら、いきなり捕まってしまったんだ。」
大塚は冷や汗をぬぐいながら、もう一度膝に乗せた人形を見る。
悲しげな顔は変わらない。それどころか、シンクロしたこともあってか苦しげにすら見える。
「助けて・・・殺される・・・そう言ってこの人形がしがみついてきたんだ。」
「殺される・・・」
尋常な状態ではない。
それに過去にここの人形たちは主の危険を伝えたこともあった。
今度も何かあるのかもしれない・・・
「それとなく、様子を見ておいたほうがいいかもしれないな。」
「そうですね・・・」
大塚の言葉に大矢野も頷く。

こうして静かな休養のはずが、わずかながらも波乱を含んでの幕開けとなった。

To be continued...
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

翠麗荘宿泊組
0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生
0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生
0846 / 大矢野・さやか / 女 / 17 / 高校生
0795 / 大塚・忍 / 女 / 25 / 怪奇雑誌のルポライター

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■         ライター通信          ■
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今日は。今回も私の依頼をお引き受けいただき、ありがとうございます。
翠麗荘と翠の秘密?が少しずつ見え隠れしながらの幕開けとなりました。
体育大心霊研究会の方とも微妙にリンクしておりますので良かったらそちらもご覧になってください。
北斗クンは現在翠麗荘のほうにいますが、合宿所のほうへ行くことも可能です。
もちろん別荘でこのまま過ごしてもOKです。合宿所のほうは次回は降霊会を執り行うことになりますのでそれを見学に行くことも出来ます。行動は自由ですのでいろいろ考えてみてください。
それでは、またお会いしましょう。
お疲れ様でした。頑張ってください。