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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


百合の牙
●序
 とある掲示板、一つの書き込みが閲覧者の目を惹いた。しかし、その記事に対して一つのレスもされてはいなかった。新規の書き込みに埋もれながら、それでもその記事は存在した。
「題名:リリィ 投稿者:中野 明
 僕には大事な友達がいます。リリィといいます。とても仲良くしていたのに、最近は僕に対して怒ってきます。僕が近づくと吼えるし、それでも近づこうとすると突き飛ばしてきます。どうしてでしょうか。僕はリリィが大好きなのに。誰か、もう一度、リリィと仲良くできるようにして下さい」
 全くついていなかったレス。それに、一つのレスが書き込まれることによって、再びその記事は一番上に置かれる事となる。閲覧者が一番に目に入るように、一番上に。
「題名:Re:リリィ 投稿者:雫
 大丈夫だよ。この掲示板によく書き込んでくれたわね。ここにはきっと、リリィと仲直りさせてくれる人が必ずいるから。だから、安心してね。ところで、リリィはどういうお友達なのかしら?」
 それを受け、更にレスが付け加わる。
「題名:Re:リリィ 投稿者:中野 明
 ありがとうございます。僕は明日、千鳥公園という所で待ってます。青いTシャツを着ています。よろしくお願いします。あと、リリィは犬です」

●始
 黒い服を着ているたくさんの人。
 赤い目をしたお父さんが、黒い服のままでこっちに向かってきた。
 手には白い小さなものを持っている。
「ほら明。お前の友達だぞ。リリィって言うんだぞ」
 リリィは「わん」と小さく吼えた。僕に挨拶をするように。僕はそっと手を伸ばし、リリィの頭を撫でてみた。その途端、止まっていた筈の涙がまた溢れた。リリィは震える僕の手を舐めて、つぅと涙を流した。
「僕の涙が移ったの?」
 僕は微笑んだ。リリィは「わん」と吼えた。そうだ、と言わんばかりに。
 僕は何だか可笑しくなって、笑い出してしまった。リリィも笑い出したみたいだった。
 その瞬間から、僕らはかけがえの無い友達なんだ。

 千鳥公園。朝から夜まで人が絶える事の無い、人々の憩いの場である。
そこにある一つのベンチに、青いTシャツを来た男の子が座っていた。時折、辺りを見回して立ち上がってはまた再び座る。落ち着かない様子で回りを窺い、溜息をつく。その繰り返しを朝の8時からすでに2時間も繰り返していた。日曜日と言う事もあり、朝からゲートボールをする人々や、散歩をしに来た親子連れ、ブランコや砂場で遊ぶ子ども達の姿が少年の視界にぼんやりと入っていた。
「やっぱり、来て貰えないかもしれない……」
 少年はぽつりと呟いた。
「急過ぎだよね。もっと時間を空ければ良かった。今日とかじゃなくても、来週とか」
 そう言ってかた、少年はぶんぶんと頭を振った。
「駄目だよ。早く……早くリリィを……」
 きゅ、と少年は手を握り締めた。
「そうですよね。早くリリィさんを助けなくてはいけませんからね」
 少年は突如聞こえた声に、前を向く。そこにはウエーブがかった長い髪を風に靡かせて立っている男がいた。一瞬怖そうな風貌に少年は臆するが、金の目が優しく少年を見つめているが分かり、小さく微笑んだ。
「中野 明さん、ですよね。俺は那神・化楽(ながみ けらく)と言います。明さんの書き込みをみて来たんです」
 少年――明はスッと立ち上がり、深々と礼をする。半泣きになりながら。
「有難うございます!僕……僕……誰も来て貰えないかと!」
 化楽は微笑みながら明の頭を撫でた。明の顔にも笑みが浮かんだ。
「ところで明ちゃんリリィさんは?」
「リリィは……連れて来れなかったんです。僕が近づくだけで、突き飛ばしてきて……」
 再び明の目に涙が浮かぶ。化楽は慌てて「いいんです、いいんですよ」と言い、微笑む。
「じゃあ、リリィさんの所に行かせて頂いても宜しいですか?」
「はい」
 明は微笑んで頷いた。
「そう言えば、明さんはいくつですか?」
 明の家に行く途中、化楽は尋ねた。
「僕、12歳です。リリィは僕が10歳の時にやってきたんです」
 何かを思い起こすように、明は空を見上げた。
「2年前は辛い事ばっかりだったけど、それだけは嬉しかったな」
 ぼそり、と呟く。化楽はあえて何も言わず、明が話すのを待った。それが明にも伝わったかのように、化楽の方を見て恥ずかしそうに微笑んでから言葉を続けた。
「僕、2年前にお母さんを亡くしたんです。それで哀しくて、寂しくて……。そしたら、お父さんが四十九日の時に、リリィを連れて帰ったんです。僕の友達だって」
「そうなんですか」
 化楽は目を伏せた。明にとって、リリィは掛替えの無い友達だ。母親のいなくなってしまった寂しさを薄れさせてくれた、大事な友達。
(ならば、余計に取り戻して差し上げなければ!)
 化楽の目に意思が宿る。
『ま、俺の同胞だ。助けない訳が無いよな』
 化楽の奥底で、ゆらり、と何かが蠢いた。それには気付かず、明は一軒の家の前で立ち止まった。何の変哲も無い、普通の住宅。
「ここが、僕の家です。リリィは家の中で飼ってるんで、どうぞ上がってください」
「それでは家族の方にご迷惑では?」
「お父さん、今日はいないんです」
 明は悪戯っぽく笑う。「デートなんですよ」
「明さんは、いいんですか?お父さんがデートなんかして」
 化楽がそう言うと、明は少し寂しげに微笑う。
「僕にはリリィがいるし。……お母さんも、お父さんがいつまでも哀しんでるのを喜ばないと思うんです」
(良い子ですね)
 化楽は微笑んだ。そして一歩、玄関へと踏み出した。
「!」
『!!』
 電撃が疾った。明は玄関で足を止めた化楽を不思議そうに見つめる。
(これは……一体)
 それは、違和感だった。電撃と表現するには簡単過ぎるが、それでもそう表現するしか無かった。他に表現方法が見つからなかったのだ。
 あえて例えるならば、相反する意識。拒絶と、歓迎。

●思
 それは夏の日の事だったと思う。
 頭の奥まで、ミンミンと鳴く蝉の声が響いていたのだから。
 僕は、それを煩いとは思わなかった。だって、唯一聞こえた、外の音だから。
 目の前は真っ白で、皆は真っ黒で、僕の目は赤い。
 何にも聞こえなかった。
「明、ずっと見ているからね……」
 目を閉じるとね、声が聞こえる気がしたんだ。僕の頭の中でだけ聞こえる、優しい声。治らないってお医者さんは言っていたけど、時々お父さんは泣いていたけど。僕は信じてはいなかったんだ。だって、優しく僕を呼ぶから。
 目を開けると、そこには誰もいなかった。目を閉じる前と同じ世界が広がっていた。
 ミン、ミン、ミン……。

「那神、さん?」
 明は恐る恐る化楽に声をかける。完全に止まってしまった化楽の足は、動こうとはしない。険しい顔で、じっと前を見据えているだけだ。
「どうしたんですか?あの、何か……?」
 おずおずと言う明の声に、やっと化楽は顔を向けた。険しい顔を幾分か和らげ、玄関で靴を脱ぐ。
「お邪魔しますね」
 化楽の様子に、明はほっとしてスリッパを出す。スリッパを履き、明に案内されている間も化楽の顔は険しい。否、案内されて行くごとにその険しさは増してくる。それもその筈。不愉快な空気が化楽を出迎えていたのだ。
(俺は、歓迎されているんでしょうか?それとも、拒絶されているんでしょうか?)
 不思議な感覚だった。かつて味わった事の無い、違和感。
「ここに、リリィがいるんです」
 何の変哲も無い、リビングの扉が開かれる。化楽は一瞬目を見開いた。そこには座布団にちょこんと座る、白くてふわりとした毛を持つ犬が座っていたのだ。違和感も忘れ、可愛らしいその風貌に心を奪われた。
「か……可愛いですね……」
「はい」
 明は少し照れたように答えると、リリィに近づく。途端、可愛らしかったリリィは一瞬にして変化する。グルルル、と唸り声をあげ、明を威嚇する。一瞬明は臆し、それでも近づこうとするとリリィはその小さな身体を力いっぱい明にぶつけてきた。明は「あ」と声をあげ、その場に尻餅をつく。
「明さん!」
 慌てて化楽は倒れこんだ明に近寄り、その身の安全を確認する。幸い、何ともないようだ。化楽の目が、再び険しくなる。
「リリィさん、一体何を……」
 しているんですか、という言葉はリリィによって遮られた。リリィは化楽を見ると、さっと走り出したのだ。明にその場を動かぬように言い、化楽はリリィを追いかけた。ある一つの部屋に、リリィは入っていった。化楽もそれを追う。
「ここは……」
 仏間だった。仏壇に、優しげに微笑む女性の写真があった。恐らくは、明の母親。
「わん」
 リリィが吼える。先程とは違う、理性を持った吼え方だ。化楽は身体を屈め、リリィと視線を合わせる。
「リリィさん、一体何でしょうか」
 じっとリリィの目を見つめ、化楽は問い掛ける。リリィはそれに答えるかのように、ちらりと仏壇を見、そして化楽を見つめる。
『いいから、話せ。言葉で、話してみろ』
 化楽の中の存在は、苛々したように促した。意識を飛ばして直接リリィに問い掛けるのに、リリィは黙って目だけで何かを訴えるだけだった。
『答えられないのか?』
 そう結論付けるとほぼ同時に、化楽も呟く。
「まさか……」
 何かをしきりに訴えるリリィの目の奥に、一つの可能性を化楽は持つ。
「リリィさんの中に……」
「那神さん……?」
 開けられたままであった仏間の戸の影から、明の顔がちょこんと覗いて来た。どうしても気になったのであろう。リリィの顔が、また険しくなる。
「いけません!」
 化楽はそう叫び、飛びつこうとするリリィから明をかばう。
「……!」
 衝撃が、化楽を襲う。身体的に、そして精神的に衝撃が体中を駆け抜けていった。
「那神さん!」
 かばわれた明は慌てて化楽に問い掛けた。リリィの体が、ぶる、と震えた。
「……大丈夫だ……。坊主、ここに来るんじゃねぇ」
「……那神さん?」
 ゆらりと立ち上がった化楽は、化楽であって化楽ではなかった。明はにやりと笑いながら立ち上がる化楽に、小さな恐怖を覚えた。何故だか、怖い。
「わん、わん、わん!」
 腰がひけつつも、リリィはしきりに吼えた。前足が、小刻みに震えている。
「……リリィ。何か言いたいんだろう?」
 びくり、とリリィの体が震えた。そしてまた、吼えようとする。
「お前じゃねぇ!リリィに言ってるんだ!」
 化楽が叫んだ。叫びだけで、その場の空気が震えるような感覚だった。
「那神さん……?」
 もう一度、明は問い掛けた。本当に目の前にいる化楽が、先程までの化楽なのかを確かめるかのように。それを察したように化楽は振り返って、にやりと笑う。
「安心しな、坊主。俺はこいつと一緒にいる犬神だ。なぁに、悪い存在じゃない」
 明はただ頷くしかなかった。
「分かったら、あっちに行ってろ。危ないからな」
 半分本気で、半分嘘で化楽――犬神は言った。明は何度も後ろを振り返りつつ、先程のリビングに行った。リリィはおずおずと、犬神に近づく。
「……言う気になったようだな」
 こくん、とリリィは頷いた。
「じゃあ、まずお前の中にいるもう一つの魂の正体でも教えて貰おうか」
 リリィは少し潤んだ目で、犬神を見つめるのだった。

●真
 どうして、リリィって名前なの?と僕はお父さんに聞いた。
 お父さんは小さく微笑み、僕の頭を撫でた。
「忘れたくないからだよ」
 そう言ってお父さんは、今度はリリィの頭を撫でた。リリィは甘えるように「キュウン」と鳴いた。
 結局、僕にはどうしてリリィって名前をお父さんがつけたのかは分からなかった。
だけど、僕は思ったんだ。リリィはもうリリィ以外の名前は考えられないって。だから、リリィはリリィでいいんだって。
僕の、大好きなリリィ。大事な友達のリリィ。
ずっと、とは言わないから。せめて今だけは一緒にいようね。
約束だからね、リリィ。

――これはね、明君のお母さんなんですよ。私が明君と会ったその日から、ずっと一緒にいたんです。最初は、私もまだ未熟でしたし、お母さんも明君を見守りたいという気持ちだけだったんです。だけど、最近お母さんは変わりました。急に明君を「可哀想」といい始め、一緒に連れて行こうとしてるんですよ……。
「……そうか。お前はそれで明を威嚇してたんだな」
 リリィは頷く。
――言い始めた頃は、まだ私も押さえつける事が出来たんですが……。最近、意識して押さえる事が出来なくて。明君が私に近づくと、お母さんの意識が強まるものですから、近づけなくするしかなかったんです。
「そうか……。辛かったな」
 犬神は、同胞として辛さを分かち合う。
「だが、俺はお前を誇りに思おう。お前は凄い奴だ、リリィ」
 リリィが照れたように「わん」と吼えた。
「明には悪いが、明のお母さんはお前から追い出さねば。……でなければ、明もお前も辛いだろう?」
 リリィが俯く。リリィにとって、明の母親はずっと一緒に身体を共有していた仲間であり、友達である明の大切に思っている母親だ。
「リリィ、俺はお前のような優秀な同胞を失いたくないんだよ」
 リリィは決断する。そして、犬神をまっすぐに見る。
「明のお母さん、追い出すぞ」
 ガタン、と音がした。はっとして振り返ると、そこには明が立っていた。リビングに帰ったものの、気になってもう一度来てしまったのだろう。そして、最悪の状態で知られてしまったのだ。
「お母さん……いるの??」
 ちっ、と犬神は舌打ちをする。知られてしまったら、明はもう二度とこの場から離れようとしないだろうし、リリィも中にいる母親の意識が強まって明を連れて行こうとするであろう。
「明、お母さんはいない!お前の知る、お母さんはいないんだよ!」
「だけど……」
 ふらり、と明はリリィに近づく。リリィは必死になって威嚇するが、どんどん強まっていく母親の意識についに耐え切れなくなる。
「リリィ!」
 犬神の問いかけに、リリィは答えなかった。帰ってきたのは、今までのリリィとは違う、鋭い目線。
――邪魔、しないで。
(最悪だぜ!)
 一番恐れていた状況に、犬神は奥歯を噛み締めた。ついに、リリィの身体を母親が占拠してしまったのだ!
「お母さん」
――明。……可哀想な明。いらっしゃい、お母さんと一緒に行こう。
「待ちやがれ!どうしてお前は明が可哀想だと決め付ける?!」
 リリィに近づこうとする明を抱きしめて留め、犬神は叫んだ。リリィ――母親は犬神の頭に直接語りかける。拒絶の意識で。
――あの人は、新しい女を連れてくる。明が邪魔者にされるのは目に見えているわ。それよりも、私とずっと一緒にいればいいのよ。
「決め付けるな!」
「……那神さん。お母さん、何て言ってるの?」
 明は更に近づこうと身を捩りながら尋ねた。犬神は吐き捨てるように通訳してやる。母親の紡ぐ、自分勝手な言葉を。
「そっか……うん、分かった」
「おい!」
 ついに明は犬神の腕を振り解き、リリィに近づく。リリィの鋭い牙が明の喉を噛み千切ろうと開けられる。
「ちっ!」
 犬神は地を蹴り、ギリギリの所で明を口に銜えてリリィから離れて四足で着地した。犬神は明を降ろすと、四つん這いのまま吼えるように叫んだ。
「阿呆か、お前!自ら死にに行ってどうする!」
「だって……お母さん、寂しいんでしょう?」
 明の言葉に、犬神とリリィの動きが止まる。
「僕、知らなかったんだ。僕がいつも話し掛けるのはリリィであって、お母さんじゃなかったもん。だから、お母さんは寂しかったんだよ……」
 明の肩が小さく震えていた。リリィはよろよろとしながら、明に近づく。
「僕ね、死ぬの怖いよ。怖いけど……お母さんは寂しいんだよね。だから……いいんだ」
「良くない!……なあ、リリィ。そうだろう?」
 犬神が吼える。
――明……。
 二つの声が、同時に呟いた。思いは違っても、発する言葉は同じ。
「リリィ!お前はどうしたいんだ?お前自身はどうしたいんだよ?!」
――明……!
 二つの声は、同時に叫んだ。リリィは身体を取り戻そうと意識を集中させた。母親はその手でもう一度明を抱かんが為に明に向かって我が身を持っていこうとした。
「リリィ!」
 犬神はリリィを抱きしめた。持っていこうとする我が身を邪魔され、必死な余りそれには気付かず、母親は意識だけでも明の元に持っていこうとする。リリィの精神は、犬神の叫びにも呼応し、より強くなる。
 そして、ついにリリィの体から母親の精神が抜け出した!
 犬神は、今度は明の元に駆けつけた。母親が明を連れて行こうとしないように吼えようとしたのだ。
――幸せになってね、明。
「お母さん……!」
 犬神は、ほっと息をつく。どうやら取り越し苦労で終わったらしい。母親の精神体は明を抱きしめ、そして何処かに去っていった。何処に行ったかは分からない。成仏したのか、そうでないのか。流石の犬神も、そこまでは分からなかった。
「成仏しちゃったんですか?お母さん」
 見上げてくる明に、犬神はその事は口にはしなかった。成仏したと思った方が良い事だってあるのだから。少なくとも、もう二度とリリィや明に手を出しては来ないだろう。明の幸せが、彼女の望みなのだから。
「そのようだな。……寂しいか?」
 犬神の言葉に、明は首を横に振った。疲労でちょっとぐったりしているリリィを抱きあげ、微笑む。
「僕には、リリィがいるもの。……お母さん、僕に幸せになれって言ったもの」
「そうか」
 そうは言いつつ、明の目からは涙が溢れた。そして、リリィの目からも、つう、と涙が流れた。
「リリィ、俺はやはり同胞としてお前を誇りに思うよ」
 犬神がそう言うと、リリィは潤んだ目のままで「わん」と小さく誇らしげに吼えた。

●結
 化楽は目の前に置かれたコーヒーを静かに飲んだ。膝にはリリィが座っている。コーヒーを飲み、ソーサーに置くとリリィをちらりと見、微笑む。
「本当に有難うございました、那神さん」
「いえいえ。お役に立てて何よりです」
(後半、覚えてないですけど)
 苦笑しつつ、化楽は言う。すっかり静かになった室内で、ふと化楽は本棚に目をやる。すると、彼の代表すべき作品である『ポンちゃん』シリーズが最新刊の13巻まで揃っているではないか。
「ポンちゃんシリーズ……!」
「僕、好きなんです。ポンちゃんシリーズ。絵本ですけど」
「そ、そうですか!それは良かったです」
「はあ」
 喜びを噛み締めつつ、化楽はコーヒーを飲み干す。
「そう言えば、明さん。知ってますか?リリィの意味を」
「え?知ってるんですか?教えてください!」
 化楽は微笑んだ。
「百合、という意味なんですよ」
「百合……」
 暫く明は考え、そしてぱあ、と顔をほころばせる。
「お母さんの名前……!」
 もう一度、化楽はにっこりと微笑んだ。

 後日、化楽の元に一通のファンレターが届く。差出人は、中野 明。
――こんにちは、那神さん。この前は有難うございました。僕も、リリィも、そしてお父さんも新しいお母さんも元気です。ポンちゃんシリーズ、那神さんが書いてたんですね。僕、那神さんが帰ってから気付いたんです。凄く悔しかったです。那神さん、そう言えば犬を飼ってるんですか?ずいぶん扱いが上手かったから。聞きたかったんですけど、聞き忘れちゃいました。良かったら教えてくださいね。では、また僕やリリィに会いに来てくださいね。待ってます。
追伸:僕とリリィで写真を撮ったので、同封しますね。
「元気そうですね、明さん」
 にっこりと微笑み、化楽は笑った。同封された写真は、幸せそうに笑っている明とリリィが写っている。それを机の前の壁に貼ってから、化楽は机に向かう。明に返事を書くために。
――こんにちは、明さん。お察しの通り、俺は犬を飼ってますよ。七匹も飼ってます。……いいえ、細かく言うならば、八匹ですね……。
『俺を一匹として数えるなよ』
 犬神は不服そうにそう呟いた。化楽はそれを何となく感じ、思わず微笑んだ。机の前に貼ってある写真と同じ、幸せそうな笑みで。

<依頼終了・ファンレター送付>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 0374 / 那神・化楽 / 男 / 34 / 絵本作家

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■         ライター通信          ■
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初めまして、こんにちは。霜月玲守と申します。私の依頼をお引き受け頂き有難うございました。
今回、たったお一人で挑んでいただきましたが、如何だったでしょうか?

犬神という、まさに今回の依頼にうってつけなシチュエーションで、どきどきしました。プレイングは想像以上に素敵な立ち回りで「やられた!」とか思いました。
同胞、という立場でしたので、それを前面に出させて頂きました。荒事もしっかり避けていただき、平穏に完了です。
母親の成仏は、出来たか出来なかったかは分かりませんが。謎は一つくらい残っていた方が楽しいですよね(笑)

まだまだ未熟者で、力不足が目に付くかもしれませんが、少しでも楽しんでいただけていたら光栄でございます。
ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。
それでは、またお会いできるその時まで。