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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


人形師の夜

<オープニング>
「今回の依頼はこれだ。」
 草間が差し出した写真には、街灯に照らし出された路上に倒れる女性の死体が映っていた。
 その周辺は血の海に染まり近づくことさえ出来ない。
「被害者は浅川由美子24歳。犯行時刻は深夜0時〜2時と思われる。池袋の自宅へ向かう途中で殺害されたようだ。」
 よくよく目を凝らしてみれば、彼女の首は掻き切られており、不自然な方向で胴と漸く繋がっているような状態だった。こんなことが出来るのは一体どんな人間なのだろう。
「警察はもう既に犯人に目星をつけている。俺の推理も同じだ。」
 そして草間は煙草に火をつけ、いつものようにデスクに腰を掛けた。
 人形師・寂光(ジャッコウ) 新進気鋭の人形作家。和洋を織り交ぜた新しい技法でリアルすぎるほどに精巧な人形を作る。先年発表したテーマ創作「若草物語」にて表舞台に躍り出た。「若草物語」は4人の性格の違う姉妹達を書いた名作であるが、彼はその通り4体の人形でそれを見事に現した。
 殺された浅川由美子は「若草物語」の三女ベスのモデルだった。長女メグのモデルを勤めた女性も、次女ジョー役だった女性も殺されている。犯行時刻はいずれも真夜中。残るは末のエミリー役だった野々村愛のみ。
 2人目が殺された次点で彼は一度逮捕されたが、証拠がなく釈放。だがこのままで行けば必ず残りの2名も殺される。警察はそう考え、彼女らに護衛をつけた…が。
「だがそれでどうにかなったなら、俺のところに依頼なんぞ来ないさ。」
 草間は灰皿に煙草を押し付けて、ちらりと視線をソファに投げた。
「ベス役の浅川由美子は殺された。警察の目の前で…彼女自身の人形が殺しに来たと警察は言っている。警察はこれを人外の事件と位置づけた。そして残るは野々村愛だけだ。…彼女を守り、必要とあらば寂光も…。どうだ? この依頼…危険だが受けてみるか?」

<綺羅アレフの館>
「ほぅ…。そんな事が起きているのか。」
 薄暗い館の中に、銀の髪を照らし出す淡い光が灯っている。夕餉の食卓を挟んで向かいに座る同居人の語る言葉に耳を傾けながら、綺羅アレフは気怠い様子で長いその髪を掻きあげた。
 草間興信所というところがあるのだと、相手は言った。そこで今日面白い話を耳にしたのだと。そしてつい先刻まで彼女は食を進めることも忘れた様子で、その面白い話とやらをアレフに聞かせていたのだ。
 一通り話し終えて満足したか、今度は口をつぐんで食事に専念し始めた相手を、アレフは軽く苦笑して眺めた。食卓には夜の静けさを邪魔しない温かな雰囲気が漂っている。館と共に日本へ運ばれてきたこのテーブルは大きく、相手との距離は広かったが、そんな距離感など関係がなく通じる何かが彼女と相手の間には出来つつある。
 そしてアレフはワイン以外何も口にしていない。何も食べずとも生きていけるからだ。彼女の力は人間とは違い、物を食することで湧き上るものではない。時折相手にせがまれて同じくものを食べることもあったが、それは形式上のものでしかなかった。
「人形に狙われる女か。…それでおまえは私にどうして欲しいのだ?」
 少し意地悪く尋ねる。だが本当は分っているのだ。こうして彼女が自分に話を聞かせる次点で、この事件を解決する気はないか、もしくは気にはならないか?と暗に尋ねてきているのだということは。
 困ったような顔をされ、アレフはもう一度苦笑をもらした。
「…いいさ。行ってやろう。私自身も興味がわいてきた。」
言うが早いか隙の無い仕種で席を立った彼女は、相手の驚いたような顔に肩を竦めて見せた「食事中に退室する失礼を許してくれ。」
 彼女の話では、昼間草間興信所に集まった面々は、既にこの事件の調査を始めているようだ。この事件に関わるつもりなら今すぐ行かねばなるまい。
 さらりと長い銀髪と同色のドレスの裾が揺れる。彼女は窓の外に視線をやって微笑んだ。
「見ろ…いい月の晩だ。こんな夜ならきっと何かが起こるさ。」
 そぞろの夜闇歩きは嫌いじゃない。
 白いカーテンが闇を後ろに風に揺れ、アレフの豊満でしなやかな体のラインがそこに影を落とす。帰ったら話を聞かせて、という声を背中に聞きながらアレフはその場を後にした。

<アトリエ1>
「ほぅ…これが『若草物語』の人形たち。」
 急ぎ過ぎたか、電話で尋ねて訪れたアトリエにはまだ誰も居なかった…このアトリエの持ち主である寂光以外は誰も、という意味で。
 今、アレフは長い銀髪を後ろで一括りに纏め、男物の服を着てノンフレームの眼鏡を掛け、ひっそりとしたアトリエの地下に入って来ている。その隣にはどこか怯えた様子を見せる寂光の姿。
 この寂光という男は30半ばを過ぎて一躍トップに躍り出たという芸術家としては脂ぎった様子も無く、それどころか少し弱々し過ぎる印象を持っていた。顔色はほの暗い室内で更に白く見えるほどに不健康そうで、身体は細い。
── だが…狂気や魔に犯されている気配は、無いな…。
 アレフはちらりとその横顔を流し見てそう思った。そして改めて4体の人形に目をやる。
 花冠を手に持って長女メグへ渡そうとしているエイミー。それを笑って見詰めているベス、そしてベスを後ろから抱きしめているジョーの姿。4人は若草物語の姉妹そのもの。見詰め合う瞳は慈愛に満ち溢れ、お互いを想う気持ちがこちらにも伝わってくるかのように見える。それは確かにアレフが写真で見た通りの優れた出来栄え。…故に彼女は密かに眉を潜める。
 人形というものは匠が丹精籠めて作れば作るほどに強い魂を持ち、自らを作った匠の想いの為、もしくは己の欲望の為に動く事がある。そして、魔物の器となる事も。
── さて、この場合はどちらなのかな。
 アレフが人形のうつろな瞳を一対ずつじっと見詰めると、心なしかメグ、ジョー、ベスの三体だけ、頬に赤みが差しているように見えた。
「ところでなぜあなたは『若草物語』を題材にしようと思われたのか。」
 アレフは振り返って尋ねた。彼女は自分を芸術系雑誌の記者、として寂光に伝えてある。こうして男装すると普段の豊満さが掻き消え、理知的な鋭い雰囲気に変わる故、適した変装だった。
「理由…ですか?」
寂光は伸びた黒髪をせわしなく掻き上げ、少し迷った表情を無精ひげの生えた顔に浮かべた。「昔近所に住んでいた子達をモデルにしたからですよ。4人、いましてね。…いつもとても仲良く遊んでいるところを見ていましたので。」
 きっとその内3人が既にこの世に無いことに触れられる、と思ったのか彼はアレフから視線を逸らした。だがアレフは軽く頷いただけで次の質問に移った。
「近所。…昔は別のところに住んでいらっしゃったのかな?」
 アトリエの周りには延々と広がる竹林しかない。隣家までは車でも15分はかかるだろう。だが、安心させるつもりの言葉は、更に彼を怯えさせたらしい。
「ええ。」
彼はなぜか硬い声で頷いた。「昔はね…このアトリエにはいませんでした。下町の小さな家に住んでいたもので。近所づきあいが盛んなところだったんですよ。」
「そこで子供向けの操り人形を見せていたと。」
アレフはここに来るまでに多少彼についての知識を手に入れていた。「なぜ路線を変えたのだ?あなたは操り人形だけでも、なかなかの評判を手に入れていた。」
「……そのままでいれば良かったと、私もそう思いますよ。」
 寂光の声が、誰も寄せ付けない鋭さを持って地下に響いた。
「………。」
アレフは黙って寂光の横顔を見詰める。だがやがて、口を開いた。「…この人形について、あなたはどう思っている?」
「…っ!」
「是非とも聞きたいところだ。」
 質問に、突然怯えた目をした寂光に、アレフは歩み寄った。銀の髪が間接照明に鈍く光る。
「あ…あなたは…誰だ…?」
 寂光の喉から、搾り出すように言葉が漏れた。芸術家というものは、時として人外のものを嗅ぎ取る鋭い嗅覚を持っている。
「何者でもない。敵でも無い。言ってみるがいい。怯える事は無いのだから…。」
 だがアレフの気は、明らかに相手を圧している。そして寂光は、アレフに追い詰められながら人形にちらりと視線を走らせた。アレフの背後で、ずず…と人形の手が動き出す。
「か! 帰ってくれ! あんたは記者なんかじゃない。早く! …出ていってくれ!」
 寂光がアレフの肩をどんと押した。その程度の力で怯むアレフではなかったが、背後の気配と彼の剣幕に、一歩、また一歩下がる。そして。
「…分った。今は引こう。」
 彼女は呟いて、大人しく引き下がった。

<アトリエ2>
 野々村愛と草間興信所の面々の乗った車が、寂光のアトリエに到着したのは、既に夕日が落ちた後だった。人家が途切れ、それからまた山に入ってしばらく。通りが細くなりとうとう砂利敷きの細い小道に変わったところで、綾小路蘭丸(アヤノコウジ・ランマル)がとうとう車を止めた。
「降りよう。この先は歩きじゃねぇと無理だ。」
 もうUターンすることさえままならぬ小道の両脇には、先程から竹林が広がっており、その葉の隙間からはとっぷりと暮れた夜空に浮かぶ月が見えた。
 そしてその先に見える人形師・寂光のアトリエは、竹林の中の空き地に建てられていた。古めかしい別荘だったが大きく取られた窓から中の様子が伺える。明かりのついている部屋は一つだけで、その他は暗闇。
「随分静かなところですね。」
 砂山優姫(サヤマ・ユウキ)は野々村愛に手を貸しながら車を降り、辺りを見回した。風に揺れる葉の音があまりにも大きくて、まるで川の流れのように聞こえる。
「向こうから誰か来る。」
今野篤旗(イマノ・アツキ)の鋭い声に行く先を見た一行の目に、長身の男の姿が映る。「あれが寂光?」
「うぅん。違う…誰?」
 野々村愛が首を振る。その間に相手はどんどんと一行の方へ歩いて来ていた。月光に光る長い銀の髪と金の瞳。スーツを着込み、細いノンフレームの眼鏡を掛けている。
「誰だ?」
 綾小路が先に立って尋ねる。その後ろで今野と優姫が背中に野々村愛を庇う。だが相手の口から出た言葉は、意外なものだった。
「…お前たちが草間興信所の人間か…?」

「あれは地下室に続く階段がある部屋だ。」
 と 綺羅(キラ)アレフと自らを名乗ったその若い男は、明かりのついた窓を指差してそう言った。 後から興信所の依頼を人づてに聞いてやってきたのだと言う。初めは警戒していた一行だったが、やがて本当に彼が草間興信所がらみの人間であると知り、一旦お互いの情報を交換する為時間をとる事にした。
「人形は地下にある。寂光はまだ地下にいるのかもしれない。」。
 月明りに照らされる竹林の中、5人は各々好きな場所に佇んだ。綾小路は辺りを警戒しながらも半分ドアを開けた運転席に、今野と優姫は小道の脇で間に野々村愛を庇いながら、そしてアレフは車のボンネットに腰を軽く掛けるように。
「人形は確かに意思を持っている。そしてそれは寂光の意思には反しているようだ。」
 彼は、私に怯えつつもこの身を逃がそうとした。と、アレフは言った。
 アレフは事件そのものについて寂光に尋ねると言う事はしなかったものの、人形の様子を見、そして寂光が若草物語とそのモデルを選んだ理由は聞き出してきたのだという。
「だが寂光には止められぬ。…あれは…私が背後に感じた気配は、かなりの強さだった。それ故一旦引いた。」
 と呟いてアレフは心の中で付け加えた。
── 寂光を含め、全てを一息に消すのなら簡単なのだがな…あの様子なら寂光は生かさねば。
 アトリエで起きた出来事を一通り聞き終えると、彼らは溜息をついた。…真夜中になればきっと何かが起こるだろう…アレフが火付け役になったようなものだ。
「僕達が寂光はんに会うんはもう無理ですやろか?」
今野は夜が更けるにつれて強まって来た風から目を庇いつつアレフに問いかけた。「人形が勝手にやっとる事と分ったからには、少しでも情報が欲しいところや。…弱点とかあれば聞き出しときたい。」
「少なくとも私はもう近づけないな。救うつもりが逆に怯えさせてしまった。」
アレフは肩を竦めてそう言った。「会いに行くのは構わぬと思うが…私は外で待とう。」
「…俺も。」
綾小路が軽く手を上げ、キーを抜いて車を降りた。「面倒なことはいやだからな。戦うか、否か。そのどちらかだけだ。ただここで待つのは不利だと思う。」
 ここは身動きが取りにくく、攻撃には適さない。彼はアトリエの前庭までは行くつもりでいた。
「真夜中になる前に寂光はんを人形から引き離さんと…。動き出した奴らに盾されでもしたら敵わん。」
「攻めにくいしな。」と、綾小路。
「私が行きます。会って話してみたいですし、寂光さんにも守りは必要だと思いますから。」
 手を上げたのは優姫。
「せやったら僕も…」
と言いかけて、今野は後ろにいる野々村を振り返った。彼女をここに置いておく訳には行かない。
「真夜中まではもう幾らも無いぞ。…行くなら急げ。」
 アレフが優姫に向かって低く呟いた。
「…っ…気をつけてな。」
 今野は優姫の細い背中を心配げに見送った。

「…大丈夫やろか。」
 今野は不安気に呟いた。
「なんだ。まだ心配してるのか? 行きたいって言ったのはあっちなんだから今更心配しても仕方が無いだろ?」
 綾小路が答える。今野はちょっと黙り込んだ後、ゆっくりと綾小路を振り返った。
「先刻から思うとったんやけど…ちょっと突っ込み激しないですか?」
「突っ込みじゃなくてイヤミだけど。」
 しれっと言った相手に、
「腹立つ人やな!」
「悪かったな。」
「なんで僕を目の敵にしますのや!」
「女の尻の下に引かれとるからや!」
 言い合いをするうちに、綾小路に関西弁が移ってきた。関西弁の威力とは恐ろしいものである。
「誰がし…尻の…。」
 言いかけて、今野はつい自分が、膝をきっちり揃えて茶をすすりつつ正座する優姫の下に敷かれている自分を思い浮かべてしまい、なぜか頬を赤らめ動揺してしまう。と、そこに。
「…口付けでもするつもりか、2人とも。」
アレフの冷静な声が、響いた。「するなら私は場を外すが?」
 ふと気付けば綾小路と今野は、鼻先が触れそうなほどに顔を近づけて言い合いをしていた。
 そこに冗談抜きのアレフの言葉は、なかなか気色悪いものがある。
「だ、誰がこないな人と!」
「俺だってゴメンだ!」
「「う”〜!!」」
 一歩飛び離れて睨みあう二人を、アレフは呆れたように見て、溜息をついた。
「そんな争いをしている場合ではなかろう。」
そして、ぴくりと耳をそばだてた。「…感じる…。……来るぞ!!」
 綾小路と今野ははっとして振り返る。
「低い…なんて冷え切った空気なんや…1…2…4体!」
 今野は精神に霊的な温度を感じ取りその大きさに背筋を正した。地下から凄い勢いで上がってきている。ならば優姫は…彼女はどこだ!?
「おい…今野。」
その時、初めて綾小路は今野の名を呼んだ。「賭けをしないか?」
「…っこんな時に何言うてますのや。」
 守るため、探すために精神を集中させながら、今野は綾小路を見た。
「人形は4体だろ? どっちか多く倒した方が勝ち…ってのはどうだ?」
「僕は守る側や。」
 今野ははっきりと言い捨てる。背中には3人のただならぬ様子に怯える野々村愛がいる。
「それに私がいることも忘れて欲しくは無いな。」
 アレフが口を挟みつつ、金の瞳を閉じ、口の中で何事かを呟き始めた。月に向かって差し出した手のひらから、ゆっくりと何かの形が湧き出てくる。…そしてそれは一本の剣となった。すらりと抜き放った銀の刀身が月光に鈍く光る。
「はぁ…ん。剣術使いか。なかなか頼りになりそうだな。そこのと違って。」
 戦いに構えを取りながら、綾小路はちらっと今野に視線を送る。今野は迫ってくる人形達の気配に身構えながらも眉をぴくりと上げた。
「受けたるわその勝負! その代わりあんたも野々村はんを守るんよ!?」
「守り? 女も苦手だが守りはもっと苦手だぞ!?」
 地面が地鳴りを始める。物騒な気配は更に強くなる。
「では私がジャッジを務めよう。」
にっ…と微笑んでアレフが言った。アトリエから強く吹き始めた魔の風をその身体に受けながら。「だが賭けと言うからには何か無ければな。…2人とも、何がいいんだ?」
「何って…ええと…。」
 攻撃に構える気合が入っていたところに聞かれて、今野は混乱する。だが綾小路は。
「チョコパフェ! チョコパフェ一年分でどうだ!?」
「チョコ…綾小路はん、あんたホンマに一体どないな人やねん!」
── 大体一年分ってどないな計算したらええんや? 一週間に一杯か…二杯?
 まさかそれが一日三杯とは思いも付かぬ。
「今野とやら。そなたは?」
「あ〜もぉ…ええわ! 綾小路はんとこの珈琲一年分にしとく…いや、僕の分だけやなくて、優姫ちゃんの分もや。」
「案外ちゃっかりしてんなお前。」
 綾小路が思わず呟く。そして…
「よし、決まりだな!」
 アレフが言った、その瞬間。
 轟音が轟いて、アトリエの壁とそして彼らが立つ目の前の地面から、4体の人形が飛び出してきた。

<戦闘>
「皆さん! 避けてください!」
 肩に気を失った人形師・寂光の身体を抱えながら、優姫は思い切り叫んだ。
 地下から逃げつつも人形を攻撃したのはいいが、その力はセーブしきれずに壁に穴を開け、人形ともども一行のほうへ吹き飛んで行ったのだ。
 だが。その時
「行け! 白虎!」
綾小路の自信たっぷりの声が響いたかと思うと。ほの白く光る塊が彼の前に姿を現した。と次の瞬間には飛んできた人形にぶつかって弾き飛ばす。彼は地面に叩きつけられ動かなくなった人形を目の前に、ニヤリと笑った。「どうだ? 俺の四神の味は。」
 綾小路の傍らに立つのは白い虎…その姿は勇猛、その気は強。そして彼は振り返って今野とアレフを見た。
 アレフは地面から飛び出してきた内の一体を相手に戦っていた。長女メグの姿をしたその人形は優雅な物腰を持つと思いきや、思いのほか力強く、振り下ろされてきた腕を剣で受け止めたアレフは一瞬眉根を寄せた。だが戦いとは力だけでするものではない。彼女は半身を捩ってひらりとその腕を受け流す。
「…ふ。この程度か? お前達の『想い』とは。」
 アレフの剣は美しく弧を描き、メグの首筋を狙った。だが人形はカクリと首を傾げるようにそれをかわした。そして腕が真横から飛んでくる。
「っ…。」
 アレフは一瞬目を見開いた。思わぬスピードにスーツの胸元が切られ、首から提げていた銀の十字架が闇夜に光り、白い肌が見える。
「苦戦してるのか? 手伝ってやろうか!?」
 ご機嫌な様子で綾小路がアレフの背中に声を掛ける。だが。
「相手を良く見ろ。…まだお前の敵は倒れてはいないぞ。」
 アレフはメグの一撃をなぎ払い、返す刀で彼女の腕を切り落としつつ、冷静に辺りを観察していた。綾小路の相手・次女ジョーの人形は微かに震えながらもむくりと身体を起こしつつある。
「やれやれ…しぶてぇなぁ。」
綾小路は背後の気配に苦笑する。「幾ら向かってきても…。」
 そして、大きく腕を上げた。傍らでたくましい四肢を踏みしめる白虎とはまた別の赤い影が空に浮かび上がる。
「俺に敵う訳ねぇんだって! 行くんだ…朱雀!!」
 彼の瞳と同じ紅の翼を輝かせ朱雀が舞った。炎の尾を引きながら人形に踊りかかって牽制する。
 そしてそんな中、野々村愛は信じられないものを見ているかのように、今野の背中に庇われながら目を見張り、震える足で漸く立っていた。
「何…何が起きてるの…。」
「野々村はん…気をしっかり持ってな。…必ず、守ったるから。」
 その言葉の通りだった。残り二体の人形は明らかに野々村愛を狙って動いている。特にウェーヴの掛かった金髪をした4女エイミーの人形から感じる殺意の冷気は、今野の身体を凍らせてしまいそうなほどに低い。
 今野は動きの早いエイミーと、妙なリズムで打ちかかって来るベス、二体の人形に挟み込まれそうになるたび、彼は右と左手に熱気と冷気を作り上げ、二つの渦の間に作ったカマイタチで寄ってきた人形の手を切り裂く。だが、人形に痛みなど有るはずもなく、怯まぬ。
 野々村愛は、とうとうその場に腰を落としてしまった。
 今野は軽く舌打つと、アトリエの玄関先に蹲っている寂光と優姫の姿を確認し、隙を見て野々村愛の傍に肩膝を付いてたずねた。
「野々村はん、あそこまで…寂光はんのところまで、走れるか!?」
「だ…駄目…無理…。」
 野々村愛は力なく首を振る。今野は綾小路とアレフを振り仰ぎ。
「アレフはん、綾小路はん! 援護頼みます!!」
叫ぶと同時に野々村の肩を抱いて殆ど引きずるように走り出した。
「よし。」
 アレフが片腕を無くしたメグの鈍くなった動きを見越し、彼らを追うベスに追いすがる。そして綾小路が憤慨したように叫ぶ。
「守りは苦手だって言っただろ!?」
だから彼はエイミーを指差して白虎に指示を飛ばした。「行け!あいつを食いちぎれ。」
 そして優姫は。走り出した今野の背に追いすがる人形達の姿を見て、寂光の体から手を離し、立ち上がった。
「やめて! あなた達が寂光さんの人形なら、そんなことしてはいけない!!」
 彼女の心は今、憤りで一杯だった。人形は人に作られる。愛情や、その想いを籠められて。そして寂光が籠めたのは、4人がいつまでも仲良く慈しみ合っていけるようにという、そんな想い。
 だが今、狂気に取り付かれた人形達の間には何のつながりも見えはしない。
「人間には、流れる時間があるの。いつまでも一つの場所にとどまることなんて無いの。」
優姫は手のひらをゆっくりと重ね合わせ、丸く形作った。その中に淡い光が灯る。「無くして行く記憶…新しい出会い。人は…成長していくものなのよ!」

── 自分だけの時の流れに、押しつぶされそうになった事は無いか?
 アレフの脳に、人形の声が響いた。
── いつ来るとも知れぬものを待つというのは、辛いだろ?

『人形になれ。…仲間になれ。…私達と一緒になれ!!』

「ふ…お前らごときに何が分る。たかが数年の時を経ただけの人形に。」
その言葉を聞くと、アレフはまるで嘲笑うかのように微笑んだ。それは見惚れるほどに美しく震えるほどに深遠。「それは僅かに生きただけの、正に子供の考えよ…感じるがいい。森は私、水も私、空も…この地も、全てが私。」
 彼女の剣が、閃いた。
「そして時の流れも、また私。…故に、待つことなど苦ではないのだよ。」
 人形の首は少しだけ揺らぎ、やがて頷くように胴から離れて転げ落ちた。

<エンディング>
 寂光のやせ細った身体をアトリエのベッドに運ぶと、一行は無言でお互いを見、そして一息ついた。野々村愛がその傍らで心配げに彼の様子を見ている。先程までは真っ青な顔をしていたが、今は気を取り戻しているようだ。
「…結局あの人形達は、私達4人がそれぞれの道を進んで…離れていくことが許せなかった。って事か。」
ぽつりと呟いて、彼女は4人を見上げた。「私達がモデルをしていた頃、確かに寂光さんは言ってた。いつまでも仲良くしてくれって。僕の望みはそれなんだ。って。」
だが彼女等とていつまでもそのままではいない。一人一人が年を取り、自分の道を見つけて歩き出す。「私達は、別に忘れた訳じゃなかったのに。」
 寂光は暴走を始めた人形に気付き、それを全力で止めていた。やせ細った彼の頬を見詰めながら、野々村愛の目からほろり…と涙が一筋こぼれた。思い出しているのだろう。殺された3人と共に寂光の操り人形を見て喜びの声を上げ、あとを追いかけて遊びまわったあの頃のことを。
「仇だけはとってやったけどな。」
 綾小路がポツリと言った。
「だが戻らぬものは戻らぬわ。」
 アレフの静かな声が、響いた。
「…く…。」
その時、気を失っていた寂光の眉がピクリと動き、目を覚ました。「君達は…。」そして辺りを見回し、訪ねた。「…人形は。」
「…もう、いません。」
 優姫が答える。
「………そうか。」
 長い沈黙の後、呟いた寂光の声には、疲れと安堵とそして、やるせない後悔の念が漂っていた。
「私が壊すべきだった。一人目が殺されたとき、私には分っていたのだから。」
「なんでやらへんかったんや。」
 今野の言葉に、寂光はこけた頬に影を落として、微かに自嘲の笑みを漏らした。
「あの頃私がモデルだった子供達に感じていたのは愛情だけではない。彼女らの自由さや未知なる将来への希望のまなざしが、逆に操り人形師としての限界を感じていた私へ不安や焦りをもたらしていた。だがあの人形を作り上げたとき、私の中から『変わることへの妬ましさ』や『変われぬ自分への憤り』…そんな気持ちが抜け落ちて彼女たちに宿ってしまった。」
「そんな。寂光さんはそんな人じゃない。」
 野々村愛が彼の手を握る。だが寂光は力なく首を振った。
「知らないだろうが、私はそういう人間なんだよ。」
心は軽くなり、そして彼は新しい人形作家として、生まれ変わった。「そして私は…人形を壊せばその淀んだ心が戻ってきてしまうのはないかと…戻ればもう、今までのような作品が作れなくなってしまうのではないかと…毎夜、人形と対峙しながらその心を抑えきれずに…。」
 彼は頭を抱えてうつむいた。野々村愛がそっとその背に手を添え、4人を見上げて、微かに首を振る。
「変わらなければ良かった。ずっと操り人形だけを作っていればよかった。…私が殺した。」
 そっとアトリエを出て行く4人の背中に、寂光の呟きだけが聞こえた。

 人形師に心を残しながらも、一行は夏虫の鳴く庭に出た。そこには先程の戦闘の名残が残っていたが、あの得体の知れない雰囲気は跡形もなく消え、ただ月の明るい良い晩になっていた。
「まあ…これで解決ということか。人形はもう居らぬ。野々村愛も無事だ。」
 アレフが静かに言い、そして3人は頷いた。
「俺が一体、お前が一体。」
綾小路が指を折り、数えた。「アレフが一体、…優姫が一体。」
 漸く優姫の名を呼んで、彼は今野と優姫を見た。
「引き分けだな。結構見直した。」
「賭けはチャラやな。」
 今野の言葉に、優姫が不思議そうな顔をした。だがそこに。
「賭けというものは。」
と、アレフは真面目に言った。「誰も勝てぬ時の報酬は親の総取りと決まっているな。」
「「な。」」
 綾小路と今野の口が、真ん丸く広がった。
「バカ言うな。」
 と、綾小路。
「なんでそんな…。」
 と、今野。
「珈琲とチョコパフェ一年分。優姫、有難く馳走になることとしような。」
 しれっと言い切ったアレフ。
 訳が分らぬ様子の優姫。
 そして、男2人の声にならない叫び。

 後日、綾小路の経営する喫茶店「時の間」には、ほんの僅かの客が増えたとかなんとか。
 まだ少し、暑い夏は続きそうだ。そして秋が来て、冬が来て…。
 季節が巡るたび、人は少しずつ変わっていく。
 人は、時の流れの中で生きるものだから。 

<終わり>
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0527/今野篤旗(イマノ・アツキ)/男/18/大学生】
【0495/砂山優姫(サヤマ・ユウキ)/女/17/高校生】
【0640/綾小路蘭丸(アヤノコウジ・ランマル)/男/27/喫茶店『時の間』のマスター】
【0815/綺羅アレフ(キラ・アレフ)/女/20/長生者】
※申し込み順に並べさせていただきました。
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■         ライター通信          ■
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人形師の夜これにておしまいです。お待たせしてしまいました。
 今野さん、砂山さん、いつも参加してくださって有難う御座います。
 綾小路さん、綺羅さん、初めまして。ライターの蒼太です。今回は沢山のライターさんの中から選んでくださって有難う御座います。(PC名にて失礼致します)
 皆さん、今回は色々と事件の裏を探る方法を考えて下さいまして、私自身も色々と考えさせられました。時間というのは、一体どんなものなんでしょうね。PCさんたちは季節を感じても年は取りませんが。
 実は蒼太はシリアス・戦闘シナリオというのが『大好き』です。PCさんの性格も設定も沢山使えるからです。そんな理由で長くなってしまいましたが、本当に、お付き合いいただきまして有難う御座います。皆さんが思うPCさんに、少しでも近ければいいのですが。
 それから、いつもいつもの定型文のようになってしまい申し訳ないのですが、もしもプレイングの隅っこが余りましたら、心の中で密かに思っているPCさんの設定を色々教えてくださると嬉しいです。癖や嫌いなもの好きなもの…知ることが出来ると、なかなか面白いものです。
 では、この物語を通して、皆さんの交流が深まることを願って。
 またご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
蒼太より