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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


チカンおばけにご用心☆

<オープニング>
 富士山麓に程近い自然豊かな場所に、某有名遊園地藤急ハイランドはある。
 夏休みに入り毎日多くの人出で賑わっているその場所が、最近ゴーストネットのホームページでも話題の場所となっていた。
 藤急ハイランドは、世界一のジェットコースター「TOKKOU」を始めとして、数多くの絶叫マシンを備えていることでも有名だが、その敷地内には抜けるのに20分から30分はかかるという世界最長のゴーストハウスも存在している。
 そのゴーストハウスは、古いホテルを買い取り、遊園地敷地内に建て直したものだという。蔦のからまったコンクリートの三階建ての建物は、遊園地の外れにそこだけ雰囲気を異様にして存在している。
 入場制限があり、チケットは一日に三回限定数で販売される。そして、チケットに書かれた参加時間に集まった客たちは、グループごとに一定間隔をあけながら、懐中電灯を頼りに進まなくてはならない。内部は、血にまみれ、廃墟らしい埃っぽいにおいと不安を誘う音で満ちている。
 さらに無造作に置かれた家具の陰や、通路の向こうから、キャストと呼ばれる幽霊や狂った住人の扮装をした人間が扮するオバケたちが、奇妙な叫び声を上げて迫ってきたり、斧を構えて後ろから突然追いかけてくるのだ。
 はっきりいって、かなり怖い。
 気の弱い方や心臓の弱い方には、とてもおすすめできないアトラクションだが、カップルで行けばかなり盛り上がる。
 しかも、人数制限ゆえに行けば必ず入れるわけでもないので、リピーターに限らず、注目度の高いアトラクションでもある。
 だが最近、よからぬ噂がそのゴーストハウスに向けて広まっていた。
「あのね、……私、オバケにお尻触られたんだ。ほんとだよー」
「私なんて、暗がりに腕引っ張られそうになったわよ。……すごく怖かった。隣に彼氏いたんだけど気づいてくれなくて、ほんとに連れてかれそうになったの。死に物狂いで振り払ったから大丈夫だったけど」
 無論、これはキャストの仕業ではない。
 キャストは、ゴーストハウス内で、「お客に触れてはならない」というルールを遵守している。
 その噂の広まりを知った遊園地関係者も、キャストに扮するアルバイトを集めて、問いただしたがそのようなことをする者はいないという結論に達した。
 やがて噂が噂を呼び、最近ではこんな話がゴーストネットに寄せられるようになっていた。

「知ってる? あのゴーストハウス、ひとりだけキャストの人も知らないオバケが出るんだって。しかも、そいつはエロオヤジで、女の子のおしり触ったり、耳元に息を吹きかけたりしてくるらしいよ。暗闇の中で目があったって子もいたんだけど、腕をつかまれて恐る恐る振り返ったら、そこにぶよぶよの顔した中年男が、にんまり笑って見つめてたんだって。怖いっていうか……気持ち悪いよねー」

 雫はその記事にパタパタとレスを打ち込む。

「というわけで、夏休みになったし☆ みんなで藤急に行くのもいいかなー、って思ってます☆ 藤急なら東京からなら3時間くらいで着くかな。でも、ゴーストハウスの入場券とれないと困るので、朝早い集合になるからね。早起きできる人に限りまーす☆
 雫と一緒に、ゴーストハウスのチカンオバケを退治しよ☆ミ」

■いざ藤急ハイランド☆
「みんな、整理券ゲットしたよぉ☆」
 遊園地の係員から、ゴーストハウスの入場整理券を人数分受け取り、雫はそれを高く手にかざして瞳をきらきらさせて振り返った。
「わあ、よかったね〜。頑張って耐えた甲斐があった」
 疲れきった顔の五人を代表して、内場邦彦が笑顔で出迎える。
 朝の10時の入場から整理券配布の11時まで、炎天下の下で延々と行列を組んで待たされていたのだ。夏休みの上に、例の噂が功を奏しているのか、彼らの後ろの方では並んでいたのに、整理券を受け取れなかった客たちの落胆の声も聞こえてきた。
「入場は30分後から始まるんだって」
 雫が整理券の裏側をめくりながら言う。
「……わたくし飲み物でも買ってきますわ」
 天薙撫子がふらふらと立ち上がりながらつぶやく。日傘は用意してきたものの、この炎天下の下で軽い貧血を覚えたのか。とろんとした瞳に、少し乱れた襟元がとても色っぽい。
「撫子さん、大丈夫ですか〜?」
 メイドゴーレムのファルファと一緒に日傘をさし腰掛けていたファルナ新宮が心配そうに続けて立ち上がる。
「大丈夫ですわ。……少し歩きたいですし」
 撫子はふらふらとその場から歩き出す。真名神慶悟がやれやれといった感じで微笑み、彼女の肩を支えた。
「それなら付き合う」
「ありがとうございます」
 二人がゴーストハウスの前の坂道をのぼっていくのを見送って、雫はにっこり微笑む。
「三十分もあれば何か乗り物のひとつやふたつ乗れるよね。……何に乗ってこようかな〜」
「……雫ちゃん、元気だね」
 邦彦が少しひきつりながらもなんとかにっこりする。だがそれよりも強者はファルナ嬢だ。遊園地の見取り図を片手にファルファとにこやかに元気に語っている。
「ファルファさん、TOKKOUに乗りましょう。世界最速のジェットコースターだそうですよぉ。ガンダ村ライドっていうのも面白そうです〜。それと、BAZOOKAっていうのはプールのアトラクションらしいですし、涼しいかもしれません〜☆」
「了解です。マスター」
「……30分後にはここに戻ってきてね。ファルナさん」
 雫が心配そうに二人に言った。

 三十分後。
 ゴーストハウスの前は、整理券を手にした客たちがすでに時間前から行列を組み始めていた。
 それを見ながら、向かいのベンチで慶悟と撫子はジュースを飲んでいる。
「皆さん遅いですわね」
「遊んでいるんだろう、きっと」
 本当はビールが飲みたいが仕事の前だしな、とウーロン茶で喉を潤して、慶悟は軽く息を吐いた。
 目の前に広がるゴーストハウスの建物。この炎天下の下なのに、古臭く蔦のからまったその建物だけは何気に雰囲気が抜群で、とても涼しそうに見えた。
 顔色をようやく取り戻した撫子が、慶悟を振り向いて話しかけた。
「わたくし、あのゴーストハウスの建物のことをちょっと調べて参りましたの」
「建物のこと?」
「あの建物は遊園地に来る前は、旅館として使われていたようです。10年ほど前にその経営が行き詰まりさらに経営者が夜逃げしまったことで、使われなくなり廃墟も同然となっていたところをこの遊園地のオーナーが気に入って買い取ったそうです」
「……ほう」
 慶悟はゴーストハウスを眺めながらうなずいた。
「廃墟となっていたときから、幽霊ホテルと呼ばれて若者に荒らされたりしていたようですが。どんな噂があったのかとか、そういったことはわかりませんでした」
「成る程」
 慶悟が撫子を振り返ったとき、雫と邦彦が坂道を駆け下りてくるのが見えた。
「ごっめーん☆ 待たせちゃった?」
「すみません。道に迷ってしまって」
「まだ時間前だから大丈夫ですわよ」
 はあはあと息を切らせて走ってきた二人に、撫子は優しく答えて、ベンチから立ち上がった。
「後もうひとり……いや二人だな」
 慶悟も立ち上がり、辺りを見回す。
 どこまで遊びにいってしまったのか、ファルナとファルファ、二人の姿は付近には見当たらなかった。

「遅いよぉ。ファルナさーん」
 雫はようやくやってきたファルナとファルファの姿を見つけると、飛び跳ねて手を振って合図した。
 ファルナとファルファはにこにこしながら駆けつけて、行列の最後尾にいる彼らのところに合流した。
「ごめんなさーい。でもガンダ村ライド楽しかったです〜」
 ファルナは無邪気に微笑んで報告する。
 ガンダ村ライドは人気アトラクションの一つ。時に1時間以上も待たされるアトラクションである。
「ガンダ村ライド乗ってきたの〜? いいなぁ。雫たちも後で乗ろうって話してたのに〜」
「すごい行列でしたよ〜。間に合わなかったらどうしよう〜って思いました」
 じゃあ並ぶな。慶悟は心の中でこっそり思ったがおくびには出さない。
 しかし、最後尾というのはかえってよかったかもしれない。ゴーストハウスは2分おきにグループごとに入場していくらしいので、最後尾であれば、後からくるグループを気にせずに進むことができる。
「次はおばけ屋敷ですか〜。楽しみですね。ファルファさん」
 いや。それは違うだろう。慶悟はまたしても心の中で突っ込んだ。

■かくしてゴーストハウスへ☆
 ゴーストハウスの扉の中に入ると、客たちは一つの大広間に通される。
 そこでこのゴーストハウスの世界観についての説明がキャストたちによりなされ、また短いムービーなどを見せられる。
 このホテルはその昔、とても豪華なものだった。上流階級の人々が優雅なひとときを送るために繰り返し訪れ、音楽があふれ、素敵な場所であった。
 だがある日それは突然壊された。
 付近の銀行を襲ったひとりの強盗が、猟銃を手にして深夜のホテルに逃げ込んだのである。
 男はその時すでに血まみれだった。何故ならば、昼間襲ったその銀行で多くの行員を殺してきたからである。しばらくは近くの神社にこもり、夜になり腹が減って、このホテルを襲うことにしたのだ。
 男は最初ホテルの客たちを大広間に監禁し、金と食料を奪って逃げるつもりであった。だが、彼を捉えようとホテルの従業員がすきをついて襲ってきた。それを猟銃で撃ち殺した彼は、再び狂気にとらわれた。彼は地下室に客たちを閉じ込めて、ホテルの従業員を全て撃ち殺した。そして地下室に自分の持っていた数本の猟銃のうちの何本かを投げ入れて、自分は銃で頭を貫通して自殺を遂げた。
 閉じ込められたホテルの客たちは、最初の数日はおびえていたものの、何の音沙汰もないことと空腹に耐えかねて、そこから脱出を試みようとした。
 だが外には出られなかった。
 投げ込まれた銃で地下室の扉を撃っても扉が開くことはなく、ただ時間だけが経過していった。
「やがて……数日後。彼らは数週間と思っていたようですが、実際には数日しかたっていなかった。事件が発覚し駆けつけた警察はとうとう地下室の扉を発見したのです。そして開くと……そこには……」
 血まみれのタキシードをきたキャストがスクリーンにあわせて声をはりあげる。
「全ての客は猟銃により男も女も撃ち殺され、そして一人生き残った男が血の海の中でひとり笑っていたといいます……」
 キャストは瞼を伏せた。
「彼は精神病院に運ばれた後、そこから脱走して姿を消しました。そして、いまだに見つかっておりません」

 暗い通路を進まされ、その惨劇の舞台となったホテルを探検することとなった客は、いまさらながらわずかの後悔の念と戦うことになる。
 全部作り話だとはわかっているものの、なんとなく厭な気分になるものだ。
「……雫ちゃん、怖かったら言ってね。撫子さんも」
 邦彦が優しく女性陣に語り掛ける。雫も撫子もおとなしく微笑んで邦彦を見つめた。
「ファルナさんも……」
 邦彦はファルナを振り向く。ファルナはにこにこ〜と微笑んで、ええ、とうなずいた。そして建物を見回し、雰囲気出てますねー、と感想をもらしている。なんだかわかっているのかどうか問いただしたい気分である。
 慶悟は手元で小さな蛾の式神を作り出して、通路に放つ。自分たちの入場はもうすぐだが、先行して内部を探らせておくつもりのようだ。

 やがて遠くで先に出発したグループの悲鳴が、建物の中から聞こえてくるようになった。
 ひとつやふたつではなく、いくつもの悲鳴が距離を違えて聞こえてくるようだ。中ではどんな風になっているのだろう。
 ぎゅ。
 雫が邦彦の服の裾をぎゅっとつかむ。怪奇現象大好きの雫でも、怖い時は怖いらしい。いや、おばけ屋敷なのだから、怖がらなければ損っていう考えもある。撫子も口元に掌を当て、不安げに表情を曇らせる。慶悟は気づいて話しかけた。
「手でも繋ぐか?」
「……いえ、結構ですわ」
 気丈なところを見せて、ぷいと首をそむける。今からこの調子では、中に入ってから心配だな、と慶悟は軽く微笑んだ。

■ ご入場〜☆
「次は、あなたたちですね。……どうぞ」
 血染めの婦人が懐中電灯を慶悟に手渡す。
 慶悟を先頭に撫子、雫に裾をつかまれた邦彦、にこにこして辺りを観察しているファルナとファルファの順番で、一行は螺旋階段を上りはじめた。
 建物の内部は真っ暗で埃臭く、緑色の不気味な照明と低いうなり声のようなBGMがかかっている。
 散乱している家具やシーツ、食器類。それに埃がたまり、時々どこからともなく生暖かい風が吹き込んで、破れたカーテンやぼろぼろの吊るされたシーツなどがゆらゆらと揺れている。
二階、三階、一階、地下、一階の順番で回る、というのは、先に撫子が調べていた。だが、建物内部はあちこちに分岐点があり、それを間違えるとまたもとの地点に戻ってくる仕組みになっているらしい。最短で二十分、最長で1時間以上もこの建物内に閉じ込められたという話は聞く。
「……雰囲気……出てるね……」
 雫が邦彦にしがみつくようにして歩きながらぽつりと言った。撫子も気づくと慶悟にずいぶんぴったりとくっついている。
 慶悟の懐中電灯で照らされる通路を進みながら、最初の分岐点が見えてきたあたりで、ふと、左側の扉からこちらをのぞいている人影が見えた。
「……あっ」
 撫子が大きな声を出して指をさす。全員の視線がそこに集中した時、扉がばーんと大きな音をたてて開き、血まみれのホテルの職員が両腕をあげ、白目をむきながら、「うわあああああああっっ」と言いながらこちらに駆け出してくる。
「きゃあああああっっっっ」
 雫と撫子、それに邦彦も声をあげ、反対側の壁に道を譲る。血まみれの職員はそのまま声をあげながら、廊下の向こうへと走り去っていった。
「……はぁはぁはぁ」
 雫が心臓を押さえて、体勢を整える。
「……噂には……聞いてたけど……怖いね」
 視線のあった邦彦に泣きそうな顔で言う雫。その耳に、のんきな声が背後から聞こえてきた。
「ご苦労さまです〜。頑張ってくださいね〜」
 ファルナが白いハンカチを振りながら、キャストの消えた方向に挨拶をしていた。

■ ちかんオバケ出現!?(笑)
 分岐で迷い、キャストのオバケ達に追われながら、長い階段を下り、ようやくたどりついた先は小さな真っ暗な小部屋だった。
 小部屋の突き当たりには床から光が漏れている。近づくと、床に空けられた四角い穴から下に梯子がかけられている。
「……ここに入るのぉ!?」
 雫が顔を抑えて、あちゃーって表情になる。慶悟が部屋のまわりを懐中電灯で照らした。壁際には、血の色の手形が無数についている。まるで地下からの怨念がこの部屋にわきあがっているようだ。
「……先に行くしかないみたいだな」
 慶悟が苦笑して最初に梯子に手をかけた。
 するすると降りて、あとから来るものを下から待つ。
 先行した蛾の式がひらひらとその天井に舞っていた。今までに通っていった客たちは、あっちでもこっちでも悲鳴を上げ続けていて、どれがチカンでどれか恐怖心によるものなのか区別はしにくかった。式から得られたのはこの屋敷に残っている客は彼らだけのようだ、ということだけだった。
 下の部屋はさらに、壁に「たすけて」だの「ここから出して」だの血塗りの文字であふれ、床も何やらぬるぬるした風に見える塗料が塗りつけられていて、悪趣味このうえない。
「……次誰が行くー?」
 慶悟が懐中電灯を持って降りてしまったので、部屋の上は真っ暗闇だ。とはいっても地下室の入り口から光がもれているので、不安ではない。
 名乗りがないので、邦彦は仕方なく撫子に言った。
「天薙さん、次どうぞ?」
「……え、ええ……」
 撫子は和服の裾を気にしながら、梯子に足をかける。気味が悪いが、これは全部作り物なのだし……。
 そう思いながらゆっくりと降りる。そのとき、ふと、彼女の着物の背後からむにゃ、と人の手の感触で何かが触れるような感じがした。
「え」
 撫子は下を振り返る。まさか、慶悟。
 だが慶悟はもっと下のほうで彼女を心配そうに見上げている。
「……まさか……」
 撫子は緊張しながらさらに梯子を降りた。
「大丈夫か?」
 慶悟が降りてきた撫子の顔色が変わっているのを発見して、心配げに覗き込んだ。
「……だ、大丈夫です。……ただ、今なんとなく……」
 触れたような気がしたんですけど。
 恥ずかしくて言葉には出せなかったが、かわりに撫子は辺りの宙を見回した。……それらしいものは見かけない。
「雫もいっきまーすっっ」
 撫子が降りたのを見て、雫が元気よく声をあげてするすると降りてくる。そして部屋を見回して、気持ち悪いーっ☆と感想をもらした。
 雫は無事に降りられたようである。

 階段の上では、邦彦とファルナとファルファが残されていた。
 雫がちょうどおりはじめた時、ファルナとファルファは「ちょっと怖いですね〜」とにこにこしながら話していた。
「次はどちらが行きますか?」
 邦彦から尋ねられて、ふと、ファルファは一瞬邦彦の方を向いた。
「マスター?」
 振り向いたとき、ファルナの姿は消えていた。

 ファルナは闇の中にいた。
 正確には小部屋の奥のほうに腕を引っ張られて、そのまま引きずられてしまったのだ。
「……ほえ……」
 真っ暗闇の中、地下室への抜け穴が遠くになったのを見つめて、ファルナはまばたきを繰り返す。
 耳元でふぅ、と生暖かい息が吹きかけられた。
 そして妙に男の妙に甲高い声がいやらしく彼女の耳元に響いた。
『……おばけ屋敷は気をつけなきゃだめだよぉ……お嬢ちゃん』
「……どなたですの?」
『誰かなぁ……』
 むぎゅー。
 闇の中、ファルナの可愛らしい胸元に男の手がのびた。
「え。……あ……っ きゃーーーーーーっっっっ」
 大きな悲鳴が部屋の中に響き渡る。
「マスター!!」
 ファルファが声の方に向き、何か叫んだ。その瞬間、彼女の腕が轟音を立てて、宙を切る。
 どごーん。
 ものすごい音がして、背後の壁が崩れ落ちた。
『な……なにっ』
「どうしたんだっ」
 地下から階段を伝って、撫子と慶悟が上がってくる。
 ながらファルファが叫ぶ。ファルナも闇の中答えた。
「ファルファさん!ちかんオバケです!全火力使用許可です! やっつけちゃってくださーーーいっっ」
 即座にファルファが火砲を準備する。
「戦闘準備完了。攻撃目標射程約3メートル!発射!!」
「ちょっと待てぇっ」
 慶悟はファルファを腕で制止して、前に出た。そして小さく言の葉を紡ぐ。
『太陰は翳り太陽これを顕す』
 慶悟の前に出した掌から明るい浄光が現れ、部屋の隅を照らし出す。そこにはおびえた表情で自分の体を抱きしめているファルナと、その側にいる黒詰襟の学生服で分厚い眼鏡をかけたやせた男が映し出された。
「……あ、あなたがちかんオバケねっ」
 雫が叫んだ。男は光のまぶしさに腕で顔を隠し、動けずにいる。
「妖斬鋼糸!!」
 撫子が宙に鋼の糸を放った。ファルナのそばにいた男の体が、逃げる間もなく糸によって捉えられ、縛り上げられ床に転がる。。
「やりましたわっ」
 撫子の声に、邦彦も肩掛け鞄を取り出して、その中に腕をつっこんだ。
「よーし僕も☆ ……鞄よ鞄、何か出して〜」
 手ごたえを感じ、鞄から引き抜いたそれは、剣道に使う竹刀だった。
「天罰を与えろってことかなー。えーいっっ」
 ばしばしばしっっ、と邦彦はチカンおばけの側に駆け寄って、その頭を何度も竹刀で叩きつける。
 ちかんオバケは「い・じ・め・な・い・で・ください〜」と涙声でつぶやいた。

■とらわれのオバケ
「……僕の名前は……三森裕介といいますぅ……。この近くの高速で交通事故で死んだのですが……このおばけ屋敷に紛れこんで……。毎日毎日可愛い女の子が通るものだからすっかりここが気に入ってしまって。そのうち、ちょっとくらい触っても大丈夫かな?……とかつい出来心なんですぅぅ」
 涙を滂沱のごとく流しながらちかんオバケ三森裕介は、撫子の妖斬鋼糸で縛られたまま、全員に土下座して謝り続けた。
 どうも気の弱い男のようである。
「出来心って……このゴーストハウスにくるお客さんも、働いているおばけさんたちもみんなに嫌な思いをさせたんですよ」
 邦彦は竹刀を杖のように地面に突き立てて、裕介を見下ろした。
「……お前、ちゃんと成仏して、生まれ変わって……女にもてるよう努力してみたらどうだ?」
 慶悟が頭痛をこらえるように眉間に皺を寄せながら、ぶつぶつとつぶやく。
「……はい。この糸を解いてくれたら、そうするように努力します。だから……ほどいてください〜」
 わーんわーん、と今度は子供のように泣き出しはじめる。
「どうしましょうか」
 呆れ顔の撫子がファルナを振り返った。ファルナはまだ自分の体をぎゅっと抱きしめたままで、ファルファに支えられて立っていたが、その鼻をくすんと鳴らして、撫子に答えた。
「オバケさんも反省しているみたいですし〜、許してあげたらいかがでしょう〜?」
「うーん」
 全員が唸った。
 反省はしているようだが、信用がもう一つ足りない。
 そのとき。
 彼らのいた部屋の外からばたばたと人が走ってくる足音が聞こえてきた。
 空を飛んでいた蛾の式が、あまりにも出てくるのが遅い最後の客の一行をスタッフたちが捜索し始めたらしいということを知らせてくる。
「もうそろそろ動かないと駄目だな」
 そう慶悟が髪に手をやりつぶやいた時、小部屋の扉の向こうから、血まみれのタキシードを着た集団がどどどっと大量に部屋に駆け込んできたのだった。
「きゃあああっっ」
 雫が大きな声で叫ぶ。
「ここにいたんですかっ」
 血まみれの集団はゴーストハウスのキャストで……というのはわかるのだが、突然現れるのはやはり心臓に悪い。
 それでも咄嗟に消した慶悟の浄火に気づかれなかったのは幸いというものかもしれない。ファルファのロケットパンチの威力の結果……壁の穴も闇にまぎれた。
「あまり出てくるのが遅いので迎えに来ました。……こちらが非常口です。次のお客さんたちが待ってますので、申し訳ないですが……」
 丁寧な口調の、しかし姿格好だけは不気味なキャストたちに連れられて、彼らは非常口からようやく久しぶりに炎天下の地上へと脱出した。


「あー、もう。あのちかんオバケ逃がしてしまいましたわ」
 撫子が吐息をつきながらつぶやいた。
「でも、反省してらっしゃるようでしたし」
 ファルナがにこにこと微笑んで、撫子の背を撫でる。
「今度、見つけたら確実に成仏させてやる」
 慶悟はぎゅっと拳を握った。
「……もう一発決めておけばよかったかなー」
 竹刀を宙に振り回しながら、邦彦が呑気に笑った。

 ゴーストハウスを背にしながら賑やかに歩く五人の前に雫はひらりと舞い出て、にっこり笑った。
「でもきっとあのオバケさん。ゴーストハウスでは二度と悪さしないと思うの☆ 作戦は大成功だよね☆」

「まあ、そうだな」
 慶悟は苦笑しつつ、雫の頭に手をのせた。
「……ちょっと疲れたし、お昼にでもしようか? 雫ちゃん」
 邦彦が遣い終えた竹刀を鞄にしまいつつ、雫に微笑む。
「うん☆そうしよう。で、お昼を食べたらみんなでジェットコースター三昧だからね☆」

かくして藤急ハイランドのゴーストハウスのちかんオバケの噂は終息を迎えた。
三森裕介の霊はゴーストハウスからは姿を消した。
だが、新たな噂がゴーストハウスの怪談として巷に広がるようになっていた。

「地下室に下りる小部屋があるじゃない〜。あそこに謎の抜け穴があるんだって。……そこから先に行くとこの世にはもう戻ってこれないらしいよ」

■エピローグ
 「ファルファさん、葡萄アイスです〜。おいしそうですね〜」
 絶叫マシーンで大きな声を出したあとは、冷たいアイスでほてった体を冷やすのがよい。
 ファルナはにこにこしながら、紫色のソフトクリームを手に道を歩いていた。
 ふと、前方から若い二人組みの男性がにやにやしながら歩いてくる。
「ねぇ、きみたち二人連れ? 俺たちと一緒にあそばなーい?」
「……遊ぶ……ですかぁ」
 首をかしげるファルナ。二人組のうちのひとりがファルナの鼻先にまで顔を近づけ、慣れなれしくにやけながら続けた。
「うんうん、そうそう。一緒にジェットコースター乗ったり、おばけ屋敷入ったり、そのあともうんと仲良く……ねっ」
「……ジェットコースターもおばけ屋敷も入ってしまいましたぁ……」
 つれない返事だが、素直ににこやかにファルナは答えて、先を行こうとする。
 男達は急に声を荒げて、そのファルナの腕をつかんだ。
「ちょっとそれはないんじゃない?お嬢ちゃん?」
「……なんですか?」
 ファルナは腕をつかんだ男を見上げた。男の瞳の中にいやらしい色が光っているのが見えた。
 ファルナは小さくファルファの名前を呼ぶ。はい、マスター、とファルファが即座に答える。
 どっごおぉぉぉん。
 爆音をとどろかせて、二人の男性はそびえたつTOKKOUのループの中をくぐりぬけ、そしてお星様になった。ひゅるひゅると白煙を墜落した先は富士の樹海の辺りかもしれない。
「……さて、みんなの下に戻りますか」
 ファルナはくるりとそちらに背中を向けて、みんなが待っているだろう場所へ優雅に歩き始めた。

              おわり☆
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0158 ファルナ・新宮(ふぁるな・しんぐう)/女性/16/ゴーレムテイマー
0264 内場・邦彦(うちば・くにひこ)/男性/20/大学生
0328 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)/女性/18/大学生(巫女)
0389 真名神・慶悟(まながみ・けいご)/男性/20/陰陽師
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■         ライター通信          ■
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 暑い日が続きますね♪でも、そろそろピークはすぎたでしょうか?
 残暑お見舞い申し上げます。鈴猫でございます。お目にかかれて嬉しいです。
 はじめまして!ファルナ新宮さん、内場さん、天薙さん。
 2度目のご参加ありがとうございます♪ 真名神さん。
 お待たせいたしました。「ちかんオバケにご用心☆」をお届けいたします。
 残念ながらちかんオバケはどこぞに姿を消してしまったようですが、当然この依頼は大成功です♪
 ありがとうございました。

ファルナ新宮さんへ
  参加ありがとうございます。
  とても不思議な魅力をお持ちの方で、最初は戸惑いましたが、一生懸命書かせていただきました。
  大丈夫だったでしょうか? 
  素直で可愛らしくて、でも何がしでかすかわからないちょっぴり危険な持ち味のお嬢様♪きらきら輝いて私の目には映りました。
  また、ひどい目にあわせてしまってごめんなさい。オバケは私の元でもお仕置きしておきますので許してください。

  再納品させていただきます。
  ご迷惑をおかけいたしました。
    
 またお目にかかれれば大変嬉しく思います。
 この依頼に関するご意見やご要望など、テラコン等で送っていただけると大変嬉しいです。
 皆様の今後のご活躍をお祈りしております。暑い日、湿っぽい日はまだ続くでしょうし、体調など気をつけてくださいね♪
 それでは失礼いたします。