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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


絶対時間

***

その依頼は少し変わっていた。

『自分を消して欲しい』

それだけ書かれた手紙と住所を記した地図が同封され、興信所宛てに
送られてきたのだった。
何か気味の悪い依頼だったが、無視する事も出来ずこうやって依頼人
の所へと足を運んで来たのだったのだが…どうにも気が乗らないのも
事実だ。
地図に書いてあった住所の高層マンションを見上げため息を吐きつつ
もそのエントランスを抜け中に入った。

その依頼人は背が高く青白い顔をした、しかし端正な顔をした知的な
感じを受ける男だった。

「永遠…そんな言葉を信じるかい?」

彼は小さく笑って目を伏せる。

「無限…そんな言葉で片付けられる?」

薄暗い部屋にポツンと置かれたパソコンの画面が揺れる。

「時間は『現在』も『過去』も『未来』も全て一定なんだよ?」

彼は不意に視線をあげ、悲しげな顔をしてこちらを見た。

「始りも終わりもない『時』を終らせて欲しいんだ…」


***

守崎・北斗はただ黙って彼の言葉を聞いていた。

目の前に座る依頼人、名前を嗚田といったか。
彼は少々青白い顔をしてはいるものの、とても端正な顔をしたどちら
かと言うと知的な学者タイプの美青年だった。
受ける印象からは『人外』というイメージも沸いてこない。
重くもないが、穏やかでもない、そんな沈黙を破ったのは北斗だった。

「一つ聞いてもいいか?」

「何を聞きたい?」

「…あんたが言ってる『時』を終らせるって…それは」

−−殺して欲しいって事なのか?−−

しかし彼は言葉を続けなかった。何故だか解らないが言ってはいけな
い質問の様な気がした。言葉のニュアンスを変え北斗は質問を続けた。

「…あんたはどうして『時』を終らせたいんだ?」

「時の流れを断ち切りたいだけだ。」

嗚田はその質問に曖昧な答えを返した。

「それは…どういう意味だよ?」

彼の問いかけに嗚田は無言で立ち上がり、机の上に置かれてあった一
つの写真立てを手にとり再び北斗のもとへと戻った。
そして、その写真を彼へと差し出した事で、北斗は渡されたその写真
へと視線を落とした。
それは、古くて赤茶けた写真だった。

「1882年に撮った。」

「撮った…?」

「カメラは今と違って撮影に時間が掛かってウンザリしたが…」

「…えっと、それって」

「場所は…確か『鹿鳴館』だったかな。落成の記念にと撮影した。」

嗚田の言葉に不信なモノをを感じ視線を彼へと向けると、嗚田は瞳を
閉じまるで懐かしむかのように微笑を浮かべていた。
その顔はとても幸せそうに見えた。
依頼で「自分を消してくれ」と言った男とは思えない程に…。
北斗は再び視線を写真へ戻しジッと見つめた。
写真には二人の人物が映し出されていた。鮮明さがない為、ハッキリ
とは確認出来ないが一人はおそらく今目の前にいる嗚田であろう。
髪の長さが違えど今と変わらぬ姿。
一番最初に浮かんだ疑問は、そこで確信に変わった。

「あんたは…ヒトじゃねぇんだな?」

その言葉に嗚田は複雑な顔をし、しかしその質問には答えずに写真を
ジッと見つめポツリと言葉を発した。

「それが最後だった…」

瞳を閉じた彼には先程までの幸せそうな顔は何処にも無く、辛そうに
顔を歪める嗚田の姿があった。
北斗はこれがこの依頼解決への糸口だと感じた。
そして、彼は思い切ってこう切り出した…。

「あのさ、教えて欲しいんだけど。」

北斗の言葉に嗚田が視線をあげる。

「あんた事。何でもいいよ、俺はあんたがなんで『自分を消して欲し
い』と望むのか、その訳を知りたいんだ。」


***

彼の言葉に嗚田は少し驚いた顔をした。

「話をしたら『消して』くれるのか?」

「…それは…わかんねぇけど。」

その返答に対して嗚田は苦笑とも微笑とも取れない曖昧な笑顔を見せ
た。

「永遠と無限の違いは解かるかい?」

永遠と無限の違い…そんな事考えた事もなかった。いや、考えるまで
もなくそれは同じだと思っていた。

「俺には同じだと思うけど。何か違うのか?」

「物事には限りがあるから有限と無限という言葉がある。無限には限
りが無いという。だけどそれは本当に限りが無いのか?ただ廻ってい
るだけではないのか?その中に『時間』は刻まれているのか?もし含
んでいるのであれば、時間には限りがあるのだろうか。」

そこで言葉を切り、嗚田は北斗と視線を合わせた。

「人は輪廻をする。運命は廻るとも言う。無限とはどう書く?」

「あ?ええと…こう…かな。」

北斗は突然振られた質問に一瞬躊躇したものの、指で数字の8を横に
した記号を描いた。

「無限は『∞』と書く。だけどこの『時』は終らない永遠の直線なん
だ。だから『永遠』と『無限』はイコールではない。」

北斗は意味を理解出来ず、問い返した。

「よく…解んないんだけど。」

「…最初から、この『時』には限りなど無いし、始りも存在しない。
だから無限という言葉では表現出来ないんだ。永遠とは『時間』を超
えて存在する。この『時』も同じだ…過去も未来も…。『生』という
概念もない…のかもしれない。だから消して欲しいと願うのか…」

最後の方は独り言のように言葉を吐き写真たてを握り締めた。

「あんたには『始まり』も『終わり』も無いってこと?でもさ、あん
たは現在(いま)存在しているし、俺と話してんじゃん。それって生
きているってことじゃネェの?」

「その意味が違う。」

「生きている事には変わりネェだろう?!」

「キミ達の『生』は空間に作用されている。」

嗚田は悲しげに呟いた。

「私の『時』は『絶対時間』なんだ。止まる事を知らない永遠の…」

「だったら…今という空間に作用されねぇあんたの『時』を、その永
遠とやらを『消す』事なんて出来ねぇんじゃ…」

「私自身が『消えたい』と望み、そしてそれを外部から『消してくれ
る』それが二つ揃えば私はこの『時』から解放されるんだ。」

「でも…」

北斗は彼をあまり消したくは無かった。しかし、嗚田は本当に消えて
しまいたいと願っている。どうしたらいいのか迷っている北斗の瞳が
先ほど見た古い写真へと留まった。それと同時に彼の呟いた言葉も思
い出された。

「あんたはさっき、「これが最後だった」って言った。永遠に止まら
ないあんたの何が最後だったんだ?あんたが消えてしまいたいと願う
本当の理由って…もしかすると…そいつのせいじゃねぇのか?」

彼の手の中にある写真に写る二人の人物。
一人は目の前にいる嗚田だとすると、もう一人は…

「…そいつに逢いたいから…自分を消したい…そういう意味か?」

「そうだと言ったら、キミは私を消してくれるのか?」

北斗は静かに首を振った。それを見て嗚田は小さく溜息を吐いた。

「やっぱり、駄目…か。」

嗚田は徐に立ち上がると窓の方へと歩き出した。

「あんたさ、『運命』っての、信じてるか?」

突然の北斗の言葉に嗚田は振り向いた。

「俺は…あると思う。」

北斗の言葉に嗚田は微かに表情を変化させた。

「俺、昔さ、とっても大事な人の時を終らせるの失敗してんだよ。」

「キミは…」

「でもな?俺、その人、兄貴なんだけど…また逢えたんだぜ?これっ
て『運命』っての感じねぇか?人の思いって結構強いんだ。それに絆
も強ぇ。だから、そいつがもう一度あんたの目の前に現れる『運命』
を信じてみる気ないのか?あんたには永遠の時間があるんだろ?だっ
たらもう少しくらいそいつの事待ってろよ。」

暫らくの沈黙の後、嗚田は小さく肩を震わせた。北斗は一瞬、彼が泣
いているのかと思ったのだが、よくよく見れば嗚田は笑っていた。

「俺は真剣に…」

一瞬、北斗は『消してやろうか、コイツは!』と本気で思ったが、し
かし最初に感じた暗い空気が薄れている事に気がつきそれは思いとど
まった。

「……すまない。ちょっと思い出したんだ。何十年か前にも同じ依頼
を出した時、依頼を受けたその人物に同じ様な言葉を私にくれたから
…それを思い出したんだ。」

その嗚田のセリフに驚いた顔をした北斗に「確か昭和30年頃だったか
な?」と軽く呟き「人は意外と変わらないんだな」と言った。
嗚田はもう一度謝罪をして、そして真剣な顔をして写真を見つめた。

「そうだな…確かに永遠の『時』があるんだ。あと少し待つか…。」

それに安堵するも束の間、北斗の耳に彼の小さな独り言が聞こえて来
た。

「その『偶然』が無かったら…また依頼を出すか…」

その言葉を聞いた北斗は複雑な表情をしたが、敢えて言葉を返す事も
なかった。



***

マンションを見上げ、北斗は心に少しの引っ掛りを残していた。
これでよかったのだろうか?
そんな疑問が頭に浮かぶ。
自分は彼を『消す』べきだったのだろうか…と。

「でも俺、失敗してるしなぁ…また失敗したらマズイだろ。」

口調は軽いモノであったが、その横顔はひどく真剣な表情をみせてい
た。苦くて思い出したくないそんな過去の映像が浮かび、北斗は慌て
て頭を振った。
残るのは、焦燥感と後悔と…そして心の奥に隠された恨みだけ…。

「大体さ、大切な人ってヤツ程、他人には消されたくないってのも…
あるんだよな…もし俺があいつを消してたら、あいつの思い人に恨ま
れるの俺じゃん。」

そう一人ごちて北斗はマンションを後に歩き出した。
彼が何時か『運命』という偶然に出逢えることを信じて。


***


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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こんにちわ。おかべたかゆきです。
ご参加有難うございました。大変遅くなってしまい申し訳
ありませんっ!(滝汗)締め切りギリです…(^^;ゞ
しかも何気に暗いし…うわーって感じですねぇ(オイ)
おまけに理屈ぽくて謎多くてゴメンなさいです(汗)
謎は謎のまま…か、って言うのも謎です…(酷)
消化不足ですみませんっっ!(逃走)