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納涼お化け大会
------<オープニング>--------------------------------------
雫のサイトに、不思議な書き込みがあった。
『怖い話大好きの皆さん! 逆に誰かを怖がらせたい! と思ったことはありませんか?!』
BBSを全画面表示にし、雫は目を通す。
『そんなあなたに嬉しい情報。しかも夏のお小遣にもなっちゃう☆
完全日払い・交通費支給! 詳しくはメールでご連絡を!!』
「へんなの……」
投稿者名は、(株)BD企画とある。
BD企画といえば、イベントの設営や交通管理などをこなす企画屋だ。
雫もいくつかのイベントで目にしたことがある。
ジーンズに青いパーカー、それから銀のプレートがついた黒いキャップを付けている。
バイトも社員も仕事中はその服装なので、一発で解るのだ。
だが、雫は別の方法で会社名を知った。
この会社、イベントに出す企画には定評がある。
何より『お化け屋敷』がめちゃくちゃ怖いのだとか。
都市伝説では本物の幽霊を雇っている噂もある。
「面白そう☆ きっと誰か申し込むんだろうなー♪」
×
盆踊りの曲がアラレちゃん音頭に切り替わった。
抜剣白鬼は浴衣の袖に腕を入れたまま、夜店の間をゆったりと歩いていた。
小さな納涼花火大会の会場である。付き合い始めて五年近い恋人の家から、電車で五駅ほど。たまには小さな花火大会というのも悪くないと、二人とも浴衣姿で出てきたのだ。
盆踊りがメインで花火はおまけという程度の祭りだが、回りを歩いているカップルも子供たちも上機嫌だ。都内とは思えないのどかさは、白鬼の故郷の小さな盆踊り大会を思い出させる。
「お化け屋敷に入りたい?」
ふと声が聞こえ、白鬼は足を止めた。
組んだ腕に指を引っかけるようにして隣を歩いていた紗希も足を止める。
すぐ横を歩いていた青年が発した言葉だった。
青年と呼ぶには少し早いのだろうか。十代半ばを過ぎたあたりの青年が、隣に立っている赤い浴衣姿の女性に話しかけたのだ。
スレンダーな女性は、青年よりも少しだけ背が高い。会場の一角を占めるテントを指さしている。
「お化け屋敷入ったことない? うーん、それじゃあ入ろうか。折角来てるんだし」
青年は頷き、女性の手を引いた。女性は少し目を細めて頷くだけで、言葉らしいも
のは発していない。
「あれ、お化け屋敷なのかしら」
紗希がとんとんと白鬼の腕をつつく。
テントは黒く塗られ、入り口の所には青いパーカーを羽織った受付員が立っている。親子連れなどがのんびりと入っていくのが見えた。
「こんな小さいお祭りでも、お化け屋敷なんて来るのね。私ああいうの入ったこと無いんだけど、面白いかしら」
「中に入ると意外に広く感じるという話は聞いたことがあるけれど」
「怖いの?」
「お化け役は人間だと思うね」
紗希は白鬼を見上げた。
「ね、ちょっと入ってみない?」
白鬼はひょいと肩をすくめた。
×
「中ではお化けが暴れていますから、カップルの方はしっかりと手を繋いで入って下さいね。彼女を置いていったりしてはいけませんよ。よくあるんです、このお化け屋敷が怖くて、片方を置いていってしまったコトから始まる別れ話って。男性はしっかり、女性を守ってあげて下さいね。それではどうぞ」
はきはきとした受付員の口上を聞いてから、二人はテントの中に足を踏み入れた。
中は薄暗いを通り越して、暗い。一歩踏み出すと、背後で暗幕をおろしてしまったらしく、周囲は暗闇となった。
紗希の腕が白鬼の肘を掴む。
白鬼は手を伸ばし、紗希の肩を抱いた。
数歩歩くと少しは目が慣れてくる。暗幕が垂れ下がり、細い道を造っているのだけがぼんやりと見えた。
「きゃああああっ!?」
幕のすぐ向こう側から、素っ頓狂な少女の悲鳴が聞こえてくる。
紗希が飛び上がった。
「多分、あっち側で驚かされる人の悲鳴だろうな」
白鬼は紗希の肩を抱き、先へと進む。四方から、脅かされているらしい人間の悲鳴が聞こえてくる。
「きゃっ!」
「ぎゃーーーーーーっ!」
「うわっ、えええええ?」
「な、なんなのぉ〜〜!?」
グォウッ
低い獣の吼え声まで聞こえてくる。
「幽霊とかじゃなくて、狼とかに追いかけられるのかしら」
紗希はしっかりと白鬼にしがみついたまま、そう呟く。
「にしては今の吼え声は人間ぽくなかったような気がするけれど…」
白鬼は首を捻る。
吼え声も気になるが、もっと気になるのは
入ってからまだ何も起こっていない、ということだった。
テントの端くらいまでは歩いたはずだが、聞こえてくるのは回りの悲鳴ばかり。白鬼たちの前には、一向お化け役の人間が現れないのだ。
「おかしいな」
白鬼は顎を捻る。
無数の白い手が、暗幕から伸びてきた。
×
「きゃあああああ!」
紗希が絶叫する。
青白く、異様に細い腕が暗幕から生えてくる。それも、暗幕が白く見えるほどびっしりと。
長い爪を生やした白い手が、ゆらゆらとうごめいて行く手を遮る。
悪意を感じた。
甲高い女性の笑い声や、啜り泣きも響いてくる。
「なんだ……!?」
白鬼が身構えた瞬間、紗希がまたも悲鳴を上げた。
白鬼の胸元にしがみつく。
「あ、足がッ!」
「足!?」
紗希の足に、小さな赤ん坊がびっしりと取り憑いている。
不気味なほど小さいが、しっかりと掌の形をした手でぴたぴたと紗希の足を叩き、浴衣をよじ登ろうとしている。
紗希がよろけた。
白鬼は紗希の腰をすくい上げるようにして抱き上げる。
ばらばらと小さな小さな赤ん坊が剥がれ落ちた。
どの赤ん坊も、目が黒く落ちくぼんでいる。唇のない丸い口が、呼吸に合わせて微かに伸び縮みしていた。
どんっ、と太鼓を打つような音が響く。
つり下げられた暗幕が大きく脈打ち、白鬼たちの身体を打ち付ける。
ぶよぶよとした物が、紗希と白鬼の顔にぴたぴたと当たる。
空中に、濡れたコンニャクが浮かんでいる。そして、つり下げた糸の先で竿を握る者は――いない。
「こんなに怖いと思わないじゃないっ!」
「俺に言われても困る」
白鬼は紗希の身体を抱き上げた。
「これは……本物、だな」
「本物!?」
「こっちの話」
身体を打ち付けてくる暗幕から紗希を庇いながら、白鬼は走り出した。
低級霊が集まっている。何かに呼び寄せられているようだが、その正体は掴めな
い。集まっている霊が低俗で小さく、そして数が多すぎる。
「一体どういうコトをしたらこうなるんだろうか」
白鬼はぼそりと呟いた。
×
ぶちりぶちりと音を立て、天井が揺れる。
カーテンレーンに付いている金具の大きい物が、ばらばらと降り注いできた。
「痛いッ」
紗希が頭を抱える。
身体を縮こまらせ、白鬼の胸に頬を押しつけてくる。
「なんなの、なんなの!?」
「目はつぶっておいた方がいいかもしれない」
落ちてくる金具を避け、白鬼は出口に向かう。
何が起きているのか皆目見当が付かないが、
どうやら低級霊が集まって、いい気になって暴れているようだった。
白鬼の足に暗幕が絡みついた。
足が持ち上げられる。
紗希を抱きかかえたまま、白鬼は倒れた。
彼女を潰さないように身体を捻る。
床に打ち付けられた紗希が悲鳴を上げた。
「全く、これじゃあキリがない」
白鬼は絡まっていた暗幕を取り外しに掛かる。ずるずると暗幕を引くと。
下半身がない、血まみれの女性が暗幕の先を掴んでいた。
「はうっ……」
紗希が淡いため息を漏らす。
床に倒れ込んだ。
「紗希!?」
白鬼は暗幕を投げ捨てる。
女性はケタケタと笑い声をたて、闇に溶けた。
肩を掴んで揺さぶっても紗希は起きる気配がない。気を失っただけなのだろうが……
白鬼は紗希を抱き上げ、ため息をついた。
「少し、お灸を据える必要があるな」
×
青白い手が、四方から伸びてきた。
長い。にゅるにゅると伸び、白鬼の身体を掴もうと暴れ回る。
紗希を抱き上げたまま、白鬼はそれを避けた。
足元からも手が伸びてくる。長い爪が虚空を掻いた。
低く高く、不気味な笑い声が響いている。
青白い手が、紗希の髪を掴もうと延びてくる。
「喝ッ!」
白鬼はどんと床を踏みならした。
腕が砕け散る。青白い光になり、小さな鬼火へと変じる。
小さな小さな鬼火が、蛍の群れのように白鬼の回りを飛び回った。
鬼火はより合わさり、また一つの腕を形成しようとする。
白鬼はすっと右手を差し上げる。
青白い電撃が、テント中に走った。
細く小さな稲妻が、蛍火を打ちのめす。暗幕に沿って電撃が走り、表面に取り憑いていた小さな赤ん坊や腕を打ち壊してゆく。
バシンッ
大きな音が響く。
「!?」
白鬼は天井を見上げた。
中央に立てられたポールの接続部が焦げ、爆ぜ割れた。
みしみしと音を立て、テント全体が揺らぐ。
「しまった、やりすぎた」
白鬼はあんぐりと口を開けた。
天井が揺れ、きしみ、中央のポールがゆっくりと曲がり――
白鬼は紗希をひょいと肩に抱き直し、出口へ向かって走り出した。
×
一番外側の幕を跳ね上げ、外へ飛び出す。
受付員たちが悲鳴を上げている。
テントが――
めきめきと倒れた。
隣の露店が黒い布に包まれる。店主が慌てて中から飛び出した。
「こりゃいかん」
白鬼は紗希を腕に抱き直し、テントがぺしゃんこになるのを見守った。
布の間から、もぞもぞと数名の男女が這い出てくる。けが人などはいないようだっ
た。
白鬼の背中で、紗希は目を覚ました。
ささやかな花火の音が聞こえている。振り返ると、大玉が二つ連続で打ち上げられたところだった。
「あら、綺麗」
「目が覚めたのかい?」
「私、どうしたの? お化け屋敷入って」
「中で気を失ったんだよ」
「あら、そう。そんなに怖かったのかしら」
紗希は身体を捻って花火を見上げる。
白鬼はどうやら、駅の方へ向かっているようだった。
「もう、帰るの? あ、おろしてちょうだい」
「ちょっと帰りたい気分なんだ」
白鬼は素直に紗希をおろす。
紗希は白鬼の腕を掴み、振り返らせた。
赤い小さな花火が打ち上げられている。
「折角来たんだから、花火は見ていきましょうよ」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0065 / 剣・白鬼 / 男性 / 30 / 僧侶(退魔僧)
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■ ライター通信 ■
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和泉基浦です。こんにちは。
今回の依頼はいかがだったでしょうか?
初参加の方ばかりでしたので、どたばたのまま仕上げさせていただきました。
和泉は今後、界鏡線をメインに活動させていただきます。
都市に遊びに来た際は、ぜひご参加ください。
それでは、またご一緒できることを祈って。 基浦。
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