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<PCシナリオノベル(シングル)>


追憶のかけら
●見知らぬ思い出を求めて
「それで、美和は何故、今になってじーさまの形見なんか探しに来たのさ?」
 ぶっきらぼうに尋ねた葛妃曜の言葉に、美和と呼ばれた少女はアイスコーヒーのストローから手を放した。それまで突っついてた氷がぶつかり合って澄んだ音を立てる。
 ホテルのラウンジで、気怠い午後の日差しを浴びながら語らう女子高生2人。一見すると夏のヴァカンスに来た友人同士に見えない事もない。ここが、忘れ去られた島、中ノ鳥島でなければ。
 戦時中、この島を使って行われたおぞましい実験の数々は、終戦直前に全て島に封じられたと言う。そして、噂として流れる話の真偽を確かめる為に様々な者達がこの夏、島へとやって来た。
 曜も、その1人だ。
 けれど、この少女、榊美和の事情は少しばかり違う。
「中ノ鳥島で働いていた祖父の遺品を探したい」と島へ渡ったものの、祖父がいたであろう場所にさえ辿りつけないのだ。
―‥‥美和が『普通』の人間だから‥‥
 自分の身を守る術をもたないから、彼女は同行者を求めていた。このホテルのロビーで、ずっと何日も。そんな彼女を見かねて曜が声をかけたのが、つい十数分前の事だった。
「私、おばあちゃんっ子なんです」
 静かに、語り始める美和。
 共働きだった両親に代わって育ててくれたのが祖母で、彼女は幼少の頃から、戦争から戻って来なかったという祖父の話を何度も聞かされていた。その祖父が勤めていたのが、中ノ鳥島の研究所である。
「祖母の元に、結婚して数ヶ月しか一緒に暮らせなかった祖父の思い出はほとんど残っていなかったんです。数枚の写真と、戦死の通知と‥‥ただ、それだけで」
 溶けた氷がコーヒーの表面に透明な膜を張る。二層になったグラスの中味を見つめながら、美和は続けた。
「今年の初め、祖母が亡くなった時に思ったんです。祖母は、祖父の戦死通知が来てからずっと、祖父が帰って来る日を待っていたんじゃないかって」
「亡くなったと知らせがあったのに?」
 はいと頷くと、美和は一枚の色褪せた写真を取り出した。
「今際の際に、祖母は「待ってなくちゃ」って言ったんです。その時には、何の事だか分からなかったんですけど、この写真を大事にしていた祖母の事を考えると、祖母の中で、祖父はこの時の姿のままで止まっていたんじゃないかって思ったんです。戦死の通知が来ても、祖父が死んでしまったその場に居合わせたわけでもない。遺体も、お骨さえも戻って来なかった。だから、いつか戻って来ると信じてたんじゃないかって」
 そっか‥‥。
 表情を隠すように、曜はテーブルに頬杖をつく。
「だから、中ノ鳥島へ行く船があるって話を聞いて、行かなくちゃって思ったの‥‥」
「‥‥じーさまの死を、確かめに?」
 美和は寂しそうな笑みを曜に向けた。
「それもあるけど‥‥。でも、多分、私、本当はおじいちゃんに‥‥」
 後に続いた言葉に、曜は静かに目を閉じた。柔らかな微笑みを浮かべて。

●地下洞窟
 物凄い湿気だ。
 直射日光はあたらない地下洞窟というのが、せめてもの救い。それでも、体が感じる不快感はかなりのものだ。
「大丈夫? 美和」
「え‥‥ええ」
 足元も滑りやすい。
 まずい‥‥と、曜は思った。こんな状態で、死霊兵に襲われたなら、たまったものじゃない。自分1人ならば何とかなるが、美和を守りつつ戦うとなると、不利だ。
「‥‥美和、一旦、引き返‥‥」
 傍らの美和を振り返った曜の背筋を悪寒が走る。それは、曜自身を斬り付ける氷の刃のように鋭い感覚だった。
 近い。それも、かなり‥‥。
 美和の足元を照らしていた懐中電灯を消して、曜は岩陰に美和を押し込んだ。
「あ‥‥あの?」
「しっ」
 引き返すには、奥に来過ぎている。この先に逃げ道があるかどうかも分からなかったけれど、進むしかない。だがそれも、今、直面している危機を脱してからの話だ。
「美和、何があっても、俺がいいと言うまでここから動くな」
 言い置いて、曜は跳躍した。地面から足が離れるとほぼ同時に、曜がいた場所に日本刀の一撃が降る。
 天井に近い壁へと足をつき、その勢いと重力とをプラスした曜の鋭い蹴りが死霊兵を吹き飛ばす。けれど、それで終わりではない事を、曜は知っていた。
 闇の中、白く浮き上がる無数の気配。
「‥‥多いな。でも‥‥」
 ビンゴだ。
 口元に浮かぶ笑みは、余裕さえ感じさせる。
−死霊兵はほとんど白衣。つまり、研究所の近くって事だ。
 灯りのない場所でも、曜には周囲の様子がはっきりと見える。じわりじわりと増えていく死霊兵が溢れて来る方向に当たりをつけると、岩陰に身を潜めている美和の手を取った。
「走るよ! 美和!」
「え‥‥? ええっ!?」
 手に持つ懐中電灯を死霊兵へと向ける。久しく明かりを見ていなかった彼らが怯み、その明るさから目を覆った所へ躊躇いなく、曜は突進した。
 突然の事に混乱を起こした死霊兵が闇雲に襲って来るのを蹴り飛ばし、殴り飛ばし、美和の手をしっかりと握り締めて駆け抜ける。
「‥‥あった」
 死霊兵達のど真ん中を突破しながらも、曜は冷静に周囲を探っていた。
 明かりのない世界、常人には見つけられないであろう岩肌の合間の鉄扉。その位置を確認して、美和を勢いよく、中へと押し込む。追いかけて来る死霊兵におまけの一撃を食らわせて、曜も中へと飛び込んだ。鉄扉を閉め、錆びた鍵をかける。いつまで持つかは分からないが、しばらく、洞窟の中の死霊兵は入って来ない。
「きゃあああっっっ!!」
 だが、まだ気を抜く事は許されないようだ。
 間近であがった美和の悲鳴に、曜は咄嗟に身構えた。

●死した霊が象る兵
 幽鬼の如き、白衣の亡者達。
 洞窟の中でよく見えなかった美和の目にも、その姿がはっきりと分かる。
−‥‥明るい? ‥‥そうか、ここは‥‥。
 遠くに破れたガラスから差し込むオレンジ色の光りが見える。あれが、沈み行く夕日であるならば、ここを突破したならば、外へ出る事も可能だ。
「美和、離れちゃ駄目だよっ!」
 恨みのこもった、生気のない男の顔を殴りつけ、曜は道を開く。出来た道を曜に庇われながら続く美和の腕を、ふいに開いた部屋から突き出された手が捕まえた。
「きゃ‥‥っ!!」
「美和っ!」
 咄嗟に、その死霊兵を蹴り飛ばそうとしとた曜の足が、その寸前で止まる。
「‥‥あ‥‥あんたは‥‥」
 美和が持っていた写真と、何ら変わる事のない青年。だが、生者よりも青白い肌、憎しみに捕らわれた瞳は死霊兵のそれで。
 曜の戸惑いに、身を竦めていた美和がおそるおそる顔を上げた。
「お‥‥おじい‥‥ちゃん?」
 美和の言葉が聞こえていないかのように、青年は片方の手を美和の首へと伸ばす。人に非ざる力でその細い首を締め上げていく。
「や‥‥やめろっ! アンタ! それが誰だか分かってんのか!」
「お‥‥じい‥‥ちゃ‥‥」
 無表情に、自分の首を絞める死霊兵の腕を必死に掴む美和を助けようとした曜を捕らえる無数の死霊兵の腕。美和に気を奪われた一瞬の隙をつかれたのだ。
「ちくしょっ!! てめぇらの相手してる暇はないんだよっ」
 自分を掴む腕をいくつも弾き飛ばすが、それはますます増えていく一方だ。美和の顔が苦しさを増す。
「アンタ! 美和は、アンタの孫なんだよっ! 自分の孫を殺す気かっ!!」
 曜の叫び。
 無表情な青年が、ゆっくりと首を巡らせた。
 美和の首にかけられていた手が外される。床に崩れ落ちる美和の体。
「美和っ!」
 曜を次の獲物と見定めたのか。青年の手が曜へと伸ばされた。
「っくしょぉぉぉぉぉっ!!」
 怒りの咆吼をあげた曜の蹴りが死霊兵達をなぎ払う。だが、次の瞬間‥‥。
「‥‥え?」
 伸ばされた死霊兵の手が曜を部屋の中へと引き入れた。そのまま、閉ざされる扉。
 こほ‥‥と小さな咳払いが足下から聞こえる。
「美和っ!?」
「おじいちゃん‥‥おじいちゃんは‥‥?」
 扉の外、殴打の音が響く。
 ぎり‥・と、曜は唇を噛み締めた。
「行こう! 美和っ!」
 カーテンで閉ざされた窓から、夏の赤い夕日が細く差し込んでいる。ここからなら、外へ出る事も可能だ。
「でも、おじいちゃんが!」
「馬鹿っ! じーさんは美和を逃がそうとしてるんだぞ!」
 死霊兵が人間を逃がす事があり得るのか。だが、今、美和の祖父は孫娘を逃がす為に我が身を犠牲にしている。人の気持ちが残っている事を‥‥曜は信じていた。
「行くよ! 美和」
 美和の体を抱えて、曜は窓へと走った。ここが何階かなんて、関係なかった。曜には。
−‥‥あ?
 ガラスの破片から身を守る為に、カーテンごとダイブする。そして、着地。
 猫のように身軽に、曜は美和を抱えて地面へと降り立った。
「こっち!」
 夕日が沈む方角を目指して、曜は止まる事なく走り続けた。
 
●そして、続く命に
「‥‥ありがとう、本当に」
 握手を求めてきた美和の手を握り返して、曜は彼女が乗る船を見上げた。もう、出航の時は近い。
「私は先に帰るけど、でも、また会えるわよね」
「うん。‥‥俺も、やる事やったら戻るから」
 そう。この島の悪しき源を‥‥。そして‥‥。
 静かな決意を身の内に留め、曜は変色した小さなノートを彼女へと手渡した。
「これは?」
「美和のじーさまの日記。あの部屋の‥‥机の上にあった」
 窓へとダイブする瞬間、机の上に開かれた状態になっていたものを、咄嗟に手に取ったものだ。
「多分、じーさまので間違いないと思う」
 崩れかけた押し花のしおりを挟んであるページを開いて、曜はそこにある記述を美和へと見せる。
「‥‥生まれて来る子が男であれば、和久‥‥女であれば美和と名付けるよう、妻へと送る‥‥‥」
「和久って、美和の父さん?」
 応えは、言葉にならない涙の頷き。
「‥‥美和‥‥」
 激しく泣きじゃくる美和の肩を引き寄せ、元気づけるように数度叩くと、曜は彼女をタラップへ導いた。最後の客を待ちわびた船員に彼女を預ける。
「美和、またね‥‥。俺もすぐ帰るから」
 何度も何度も頷く美和を乗せた船はやがて離岸し、ゆったりと静かな海へと乗り出していった。