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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


シンデレラは消えた
●オープニング【0】
「シンデレラは消えた……」
 月刊アトラス編集長・碇麗香が誰に言うでもなくつぶやいた。その表情は、何が起きているのかよく分からないといった様子だ。
 どういう意味かと問うと、麗香は少し思案してから答えた。
「文字通りよ。シンデレラが消えてしまったの」
 ……どこぞのテーマパークのアトラクションがなくなったのだろうか? そう思っていると、こちらの思考を察したのか麗香が先の言葉に補足した。
「違うわよ。絵本のシンデレラが消えてしまったの。シンデレラだけ忽然と、ね」
 それは全ての絵本からなのかと一瞬思ったが、それならもっと大事件になっているはずだ。ならばごく一部の絵本から消えたと考えるべきか。
「それがこの絵本よ。今朝うちに届いたの」
 麗香が古びた1冊の絵本を取り出した。表紙には『シンデレラ』と書かれているが、そこに肝心のシンデレラの姿はなかった。本文も同様だ。シンデレラの姿のみが消えている。
「手作り絵本でもない普通の印刷物で、こうなるのは変よね。ちょっと理由を調べてもらえるかしら? もっとも誰が送ってきたのかも分からないんだけど」
 麗香はやれやれといった様子で溜息を吐いた。
 あの……それでどうしろと?

●比較【1A】
 月刊アトラス編集部――テーブルの上に置かれた1冊の絵本を囲むように、3人の人間が座っていた。1人は麗香、残る2人は男性……といっても、別に麗香がはべらせている訳ではない、念のため。
「店に同じ本があったので、持ってきました」
 背の高い細身の男、ファンシーショップ『さくら』店長・高村唱はそう言って袋から1冊の絵本を取り出した。それはテーブルの上の絵本と同じ出版社の『シンデレラ』であった。外見はほぼ同じだった――唱の取り出した方が綺麗で新しく、表紙にシンデレラの姿があるということ以外は。
「どれ」
 真名神慶悟が唱の持ってきた絵本を、ひょいと取り上げた。そしてパラパラとページを捲ってゆく。
「……こっちには、ちゃんとシンデレラの姿があるな」
 絵本の中にシンデレラの姿があることを確認する慶悟。となると、シンデレラが姿を消したのは、送られてきた絵本のみである可能性が高い。
「各ページを見比べてみたらどうかしら?」
 その麗香の提案に、唱と慶悟は両方の絵本を照らし合わせてみることにした。本文は日本語で書かれており、絵も子供向けという物で、おかしな所は別に見当たらない。ちなみに原作者はぺローとなっている。
「本文は一言一句同じ、違うのはシンデレラの姿だけがなくなっていることですね」
 唱は送られてきた方の絵本を見返しながら言った。何度見てもそれは変わらない。
「……怪異の仕業か……?」
 慶悟は唱から送られてきた方の絵本を受け取ると、じっくりと検分を始めた。と、ぴくりと慶悟の眉が動いた。
「いや、違うな。何らかの術が施された気配が僅かにある……もっとも、術の内容までは探りようがないが」
 送られた方の絵本から、慶悟が何か感じ取ったらしい。
「翻訳者の方の住所は分かりますか?」
「翻訳者? 絵本作家のことかしら? だったら調べれば分かると思うけど、ちょっと待ってて」
 唱の質問に、麗香がそう答えた。

●信念【2B】
 唱と慶悟は麗香に調べてもらい、件の『シンデレラ』の絵本を描いた絵本作家の家を訪れていた。絵本作家は、30代半ばの落ち着いた雰囲気の女性であった。
「妙なお話ですわね、それは」
 2人から話を聞いて、絵本作家が神妙な表情を浮かべた。
「私の描いているのは普通の作品ですし、そんな現象が起こるとも思えませんわ。第一、これを描いてから10年以上も経っていますのに」
 絵本作家は、テーブルの上に置いた『シンデレラ』の絵本を指差した。これは絵本作家が持っている物で、当然ながら表紙にはシンデレラの姿があった。
「最近、身辺で変わったことは?」
 慶悟が絵本作家に尋ねた。すると、絵本作家は思い出したように言った。
「……ありましたわ! つい先日、妙な電話がかかってきまして」
「どんな内容なんですか?」
 唱が身を乗り出して尋ねた。
「ええっと……『どうしてぺローなんか選んだんだ。グリムのように、もっと残酷に描け』という内容で。それ1度きりでしたけど」
「どう違うんだ?」
 疑問を口にする慶悟。すかさず唱が答えた。
「違いますよ。同じ『シンデレラ』でも、ぺロー童話とグリム童話とでは展開が異なります。そもそもグリムの方には、魔法使いのお婆さんは登場しないんですよ」
「ほう……そうなのか」
 一口に『シンデレラ』といっても、そういう違いは聞いてみなければ分からないものである。
「詳しい説明は省きますが、ぺロー童話ではシンデレラは2人の義姉を宮中に住まわせ、立派な貴族と結婚できるよう取りはからうんです。一方グリム童話では、義理の姉たちは足をそぎ落としてまで靴を履き、最後には鳩に目を突っつかれて失明してしまうんですのよ。どちらが物語として優れているなんて議論は無意味ですけれど、子供向けの話として向いている方はどちらかと問われれば、これは明らかじゃないですかしら?」
 絵本作家が2人に熱心に話した。確かに子供向けの絵本では、ぺロー童話をベースにした方がいいのかもしれない。
「絵本といえども、ただ描けばいいという物じゃありませんのよ」
 きっぱりと言い切る絵本作家。2人はその言葉に納得して大きく頷いた。

●気配【3C】
 慶悟と唱が絵本作家の家から出てきた時、2人とも妙な気配を感じ取っていた。
「向こうに何か居るな」
「……たぶん、居ますね」
 表面上はにこやかに話しながら、2人は気配について小声で話していた。その気配が2人を追っているのか、絵本作家に張り付いているのか、それは分からない。が、それも捕まえて話を聞いてみれば分かることだ。
 唱は一旦慶悟と別れ、別の道へと歩いていった。残った慶悟は、そのままつかつかと気配のする方へと歩いてゆく。気配が逃げようとして動きだす。
(逃がさん!)
 すかさず慶悟は駆け出すと、気配のある路地へと飛び出した。
「何!?」
 我が目を疑う慶悟。目の前に居たのは、何と狼男だったのだ。何故このような所に狼男が居るというのか、そんなことを考えるよりも早く、狼男が慶悟へと襲いかかってきた。
「この者の動きを封じよ!」
 慶悟はすぐに狼男に対して禁呪をかけた。間一髪の所で狼男の動きが止まった。
「伏せてください!」
 向こうの方から、別ルートで回り込んできた唱の声が聞こえてきた。さっとその場に伏せる慶悟。刹那、銃声が響き渡った。
「ガウゥゥゥッ!!」
 苦痛の叫びを上げる狼男。銃弾の貫通した左肩から、血が流れ出していた。
「狼男には、銀の弾はさぞかし苦痛でしょう」
 拳銃を手に、狼男へと近付いてくる唱。拳銃こそ普通の銃だが、中に込められた銃弾は教会で祝福儀礼を施された銀の弾だった。そう、狼男にとっては弱点である銀の弾だ。
「素直に事情を話せばそれでよし。さもなくば……」
 唱は銃口を狼男の後頭部へと向けた。
「頭に綺麗な穴が開くんだろうな」
 スーツについた砂を払いながら、慶悟がぼそっとつぶやいた。
「オ……オレ、命令されただけ……シンデレラ捕まえろって……」
 すると狼男は怯えた表情を浮かべ、そう答えた。慶悟と唱の視線が合った。
「うっ……!」
 狼男が苦し気にそううめくと、その姿はかき消すように失われた。後に残ったのは慶悟と唱、そして血の染みだけであった。
「どういうことでしょう、今の言葉」
 唱は拳銃を仕舞いながら、慶悟に尋ねた。狼男の口振りからすると、他にもシンデレラを追いかけている者が居るようである。
「さあ……な」
 慶悟は周囲の様子を窺った。辺りに人影は見られないが、銃声が聞こえているのだ。そろそろ誰かやってきてもおかしくはない。
 2人は警察を呼ばれる前に、そそくさとその場から立ち去った。

●中間報告【4】
 夕方の月刊アトラス編集部――麗香の机の前には、真名神慶悟、大塚忍、高村唱、プリンキア・アルフヘイム、黒月焔、そしてシュライン・エマの6人という姿があった。各々のやり方で、今回の事件を追っていた6人だ。
「頭が痛くなるような話ね」
 麗香が頭を抱えながら、ちらりと応接用のソファーに目をやった。そこには美味しそうにアイスを食べている、赤ずきんを被った少女の姿があった。
「……で、あれが赤ずきんなのね?」
 少女を連れてきた忍に、麗香が尋ねた。
「それ以外の何に見える? 本人もそう名乗ってるし。もっとも、俺もまだ半信半疑だけどな」
 連れてきた本人でこれなのだ、他の者も俄には信じられない様子だった。が、例外がただ1人。
「OH、プリティ赤ずきん! 狼サンに食べられナクテ、よかったデース☆」
 プリンキアだけが、にっこりと笑顔を向けていた。
「まあ、彼女の話している内容は興味深い物だったけれど」
 麗香はそう言って、手元のメモを見直した。赤ずきんがここに来て話したことと、忍が赤ずきんから聞き出した内容をまとめた物だ。
 赤ずきんの話によると、絵本の世界から突然変な男にこの世界へと連れてこられ、同じ世界から連れてこられたと思われる狼男たちに襲われそうになったというのだ。
「つまりその変な男は、絵本の世界から登場人物を連れてくる能力を持っているということね。何のために、狼男に襲わせたかは分からないけど」
「それは、こう説明がつくと思いますけど」
 唱が麗香の疑問に口を挟んだ。
「例の絵本を描いた絵本作家さんによると、『どうしてぺローなんか選んだんだ。グリムのように、もっと残酷に描け』という電話があったということです。恐らくは、その脅しのためかと。俺の想像ですが、カメラをセットしていた可能性もありますね」
「……なるほどね。最初はシンデレラを襲わせるつもりだったけど、逃げられてしまったから赤ずきんを呼び出した、と」
 麗香は大きく息を吐いた。
「果てしない馬鹿ね……」
「まあ、今年の夏は非常に暑いからな。仕方ねぇんじゃねぇの?」
 ニヤリと笑みを浮かべる焔。
「だとしたら馬鹿の2乗……ううん、3乗だわ。こういう訳の分からない相手は、厄介よね」
 麗香がさらりと言い放った。そしてじろりと焔を睨んだ。
「まだ、シンデレラを確保出来ていれば、話は違ってくるんでしょうけれど……」
 その言葉に肩を竦める焔。1度シンデレラを捕捉したはいいが、狼男の邪魔に遭い、結局は見失ってしまったのだ。
「あれは……場所も悪かったんだ」
 焔がぼそっとつぶやいた。不思議なことに、詳しい場所を尋ねても焔は頑として教えてくれなかった。
「それはそうと、送り主の話をしていいかしら?」
 シュラインが皆の顔を見回していった。そういえば、まだ絵本の送り主が誰なのか分かっていなかった。
「送ってきたのは、香西真夏……『魔法少女バニライム』の主役よ」
 やれやれといった表情のシュライン。真夏の名前が出た瞬間、プリンキアが反応した。実はプリンキア、『魔法少女バニライム』で真夏のメイクを担当していたりするのだ。
「OH、マナちゃんデスカー☆ ケド、WHY?」
「一昨日のロケ帰りに、見知らぬ少女から渡されたんですって。切羽詰まった様子で、『信頼出来る所へ送ってほしい』って」
「……信頼出来る所?」
 慶悟が室内を見回した。
「何か言いたいこと、あるのかしら?」
「……いや、何も」
 麗香に睨まれ、慌てて視線を逸らす慶悟。
「で、監督の内海さんに話してみたら、ここの編集部を教えられたんで、迷った末に送ってみた……そう話してくれたわ」
「それって、『その監督から見た』信頼出来る所じゃないか?」
 冷静に突っ込みを入れる忍。まさしくその通りであるが、この場合は問題なしだろう。『世間一般から見た』信頼出来る所、例えば警察に持ち込んでも、軽くあしらわれるだけだろうから。
「ともあれ、その少女の特徴はしっかりと聞いてきたから、これから役に立つんじゃないかしら」
 シュラインはそう言って、真夏から聞いてきた内容を記したメモを取り出した。
「役立たせてもらうわよ、しっかりと」
 麗香がメモを受け取って眺め始めた。
「結局、まだシンデレラは消えたまま……これじゃ、記事にも出来やしないわ。当面、調査継続ね」
 溜息を吐く麗香。そしてちらりと赤ずきんを見た後、麗香は忍にこう言った。
「……赤ずきんの話だったら、そっちで書いても構わないわよ」
 忍はそれに答えず、ただ苦笑いを浮かべた――。

【シンデレラは消えた 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0599 / 黒月・焔(くろつき・ほむら)
               / 男 / 27 / バーのマスター 】
【 0795 / 大塚・忍(おおつか・しのぶ)
           / 女 / 25 / 怪奇雑誌のルポライター 】
【 0818 / プリンキア・アルフヘイム(ぷりんきあ・あるふへいむ)
          / 女 / 35 / メイクアップアーティスト 】
【 0907 / 高村・唱(たかむら・となえ)
           / 男 / 32 / ファンシーショップ店長 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全12場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は、整理番号順で固定しています。
・大変お待たせしました、お伽話の関係した物語をお届けします。今回はとっかかりになる部分が大変少なくて、プレイングを書くのに苦労されたことかと思います。申し訳ありませんでした。
・今回はプレイングだけでどこまで進むものかなと考えていた依頼だったんですが、(高原が考えていた展開において)結構進んだような気がします。これはやはり、皆さんのプレイングが優れていたということなのでしょうね。ちなみにこの物語、最低でも1回は続きます。
・分からない方への補足を少し。『魔法少女バニライム』というのは、日曜朝に放送されている特撮番組で、乱暴な説明をすれば、バニーさん姿に変身した少女が悪を退治してゆくという番組です。
・あ、赤ずきんは麗香が当面面倒を見るらしいです。
・真名神慶悟さん、16度目のご参加ありがとうございます。戦闘の警戒をしていたのはよかったと思いますよ。それから、絵本作家に尋ねてみるのも。本文では触れていませんが、印刷所には何もありませんでした。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。