コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夏だ!浴衣だ!花火大会!!


〜オープニング〜


今日も草間興信所は、代わるがわる依頼者がやって来ている。
暑い夏に向かいつつある今日、事件の数も過熱気味だ。
今は昼の3時。
この時間に、草間の前に座っているのは、正直言って、興信所とはあまり縁のなさそうな相手である。
「お願いします!!」
見るからに職人といった風体のその依頼者は、手紙を草間に見せた。
「送られて来たんです、本当に!!」
「花火が?」
「ええ、花火が!!しかも、大玉なんですよ!」
危険だろう、それは、と思わないでもない草間である。
しかし、完璧な包装で、壊れないように、送られて来たのだという――――花火が。
「それを、脅迫者は、打ち上げろっていうのか」
「はい!しかも、一番最後の、仕掛け花火の前にっていう指定付きなんですよ!」
「で?もし打ち上げなかったら?」
「・・・もう既に、河川敷の倉庫に、爆発物が、花火玉に偽装して、いくつも仕込まれてるらしいんですよ」
「打つ手が早いな・・・」
「いや、しかし、あっしたち花火職人しか、鍵は持ってないはずなのに・・・」
「脅迫者は・・・闇皇子(やみおうじ)?誰だ、それは」
「分かりません・・・」
「あなたたちは、打ち上げるつもりなのか、それを?」
「・・・いいえ!」
その花火職人――――中谷悟郎(なかや ごろう)は首を振る。
「しかし、仕掛け花火の前までに、かなりの犠牲者が出るようなら、打ち上げるつもりです」
「なるほどな」
草間は頷いた。
「それで、うちに依頼ってのは?犯人を捕まえることか?」
「いえ、そうじゃないんです」
中谷は真剣な目をした。
「これは、東京でも最大級の花火大会です。新作の花火もたくさんあります!出来ればお客さんたちに、ちゃんと見せてあげたいんですよ!だから・・・」
「だから?」
「爆発物を間違って打ち上げてしまった時に、その被害に遭いそうな範囲から、お客さんを遠去けて欲しいんです!」
「なるほど、観客の誘導をすればいいんだな?」
「はい!それに、河川敷の倉庫にあるのは大玉だけ、あとは、それぞれの職人たちの家にまだ保管されています!だから、大玉を打ち上げる、午後7時から30分間だけ、この地図の範囲から避難させて下さればいいんです!!」
「そうか・・・」
草間は、少し考えた。
しかし、断る理由は、当然ない。
「分かった、依頼を受けよう」
「ありがとうございます!!」
中谷は、はちきれんばかりの笑顔で、草間に頭を下げた。
手に持っていた脅迫状を草間に手渡し、何度も何度も、お礼を言う。
「・・・ちょっと待ってくれ」
帰ろうとした中谷を引き留め、思わず草間は尋ねてしまった。
実は、中谷が依頼を話し始めてから、ずっとその疑問を抱えていたのである。
「・・・どうして、うちに来たんだ?」
「そりゃ・・・」
中谷は、草間が手にしている脅迫状を指差した。
「そこに書いてあるからですよ」
草間は、脅迫状を見た。
そこには、プリントアウトされた無機質な文字で、こう書かれていた。
『この件の解決を頼みたかったら、草間興信所を訪ねるといいよ。で、もし失敗したら、僕が送った花火を打ち上げる時に、草間クンに、「浴衣で会場に来るように」って伝えといて♪』
「なんだ、これは・・・」
草間は、今頃になって、依頼を受けたことを後悔し始めていた・・・。


〜事前の策〜

「やっぱりここは正攻法でいかないとね」
シュライン・エマは、切れ長の涼しい目に、緩やかな決意を見せると、草間に言った。
「特に何か能力がある訳じゃないもの。でも、普通のやり方でも、河原から人を遠去ける方法はあるわ」
「まあ、確かにシュラインの言うことにも一理あるな」
「それにしても・・・」
少し批難の混じった、それでも困ったような瞳で、シュラインは草間を見やる。
「闇皇子(やみおうじ)?武彦さん、どんな人に恨み買ったわけ?」
「それが一向に思い出せなくてね・・・」
困ったように、草間はため息をつく。
「そんな不思議な名前を持つ友人が、いないのは分かってるんだけどな」
「・・・あり過ぎるほどあるってことね・・・」
さすがに、シュラインは草間の言い逃れには騙されなかった。
しかし、嘘をついているようには到底思えなかったので、彼女はただ腕を組んだだけである。
「とにかく、観客を危険な場所から逃がさないと。私に出来る限りのことはするわ」
「ああ、よろしく頼むよ」
「まかせて、武彦さん」
シュラインは草間に微笑むと、ゆっくり興信所を出た。
向かうは、現場と、花火職人の監督者のところである。

シュラインが出て行った後に、草間は受話器を取り上げた。
先ほど、エルトゥール・茉莉菜(まりな)から電話があり、今回の依頼の件を話したのだが、その彼女が依頼を受けてくれたのだ。
その際、ちょっとした頼まれごとを引き受けたので、その相手に電話をするつもりであった。
今回の花火大会の舞台である河原の近くに、小さいが結構有名な神社がある。
そこは、恋愛の神様を祀ったところで、一月に5回、そこにカップルで詣でると、喧嘩別れをしない、というご利益があるそうだ。
「絶対別れない、というところが日本の神様らしいな」
草間は、受話器を手にしながら、苦笑いした。
茉莉菜は、その神社の近くで、占いをやろうと言ってくれたのだ。
彼女の占いは、素晴らしく当たる。
普段は、ショッピングセンターの片隅で、占いをしているのだが、そのショッピングセンターもあまりさえない場所だというのに、彼女のおかげで、その一角だけは、かなり繁盛しているという。
元々、無宗教でありながら、日本人はかなり信心深い方だ。
「かなり当たる」と言われれば、一度は試してみたくなるものである。
既に、中谷の方には、占いの宣伝はしてもらっていた。
「恋占い専門とありゃあ、観客は喜ぶでしょうな!」
そう、彼は請け負ってくれた。
後は、神社側の了解を取り付けるだけである。
草間は、自分に出来ることを、さっさと片付け始めたのであった。

時間に制限があることは、竹内徹(たけうち とおる)はよく分かっていた。
ちょうど、自分向きの依頼がある、と草間から連絡を受けた時、これは好機だと思った。
今は多少暇があるおかげで、こういう、一般に表面化しない不可思議な事件が、手元に転がり込んでくるのも面白かった。
草間とは、以前、別の事件に、自らの意思で参加した時からの付き合いだ。
今回のような特殊な事例でもなければ、その技術も試せないだろうと、草間は笑って自分に言った。
確かに、と徹は思う。
依頼完遂に必要な事項は、追って連絡をすると伝え、徹は今回の事件の解決のために、何に焦点を置くかについて考えた。
爆発物について、どれだけのことが出来るか----被害を最小限に食い止めるためには、爆発物の処理ではなく、検出に重きを置いた方がいい。
ならば、出来ることはひとつ。
爆発物の中身を調査し、特定した後、それだけを分別することである。
方向性は決まった。
徹は、草間に電話をかけ直した。
「まずは、必要な機材を発注してもらいたい」
『別に構わないが』
草間が、電話の向こう側で、苦笑するような雰囲気がした。
『どういう物騒な事件が起こったことにするんだ?』
無論、草間も、単なる機材だとは思っていない。
そこそこ手に入れにくい物だろうと思っていた。
竹内は、察しのいい草間に、こう切り返した。
「それじゃあ、こういうことにしてくれ。『美術品に爆発物を仕掛けたという脅迫状が届いたが、真偽不明。依頼人は出来れば、警察には知らせたくないと言っている。信頼できるような技術者は手配できたので、検出と処理に必要な機材一式を借りたい』と。いいか、番号は・・・」
『便利な業者だな。それで全て、滞りなく手に入るのか』
草間は感心しているようだ。
『分かった。何せ、もう時間がない。急いでもらうように言っておくよ』
「そういう相手だ、既に手元にブツはあるだろう」
『はは、本当に便利だな』
「おそらく、今から手配すれば、今日中には届く。私は今から行くから、着いた頃には倉庫が開いている状態にしておくように、伝えてくれ」
『分かったよ。まったく、手際が鮮やかだな、あんたは』
それを最後に電話が切れる。
徹は、冷静に支度をし、自宅を足早に後にした。

「そっかあ、そんなことが起きてるんだ」
木の上から、ふっと河原の方を見やりながら、卯月智哉(うづき ともや)はひとりつぶやいた。
この辺の木々は、ずっと昔からこの場所にいたらしい。
だからこそ、今回の花火大会における危険を憂えて、智哉に囁いたのだ。
「じゃあ、僕もキミたちに協力するよ。同じ木の精として、守りたいものは守りたいもんね」
向こう岸には、大玉を集めた倉庫がある。
そこには、爆発物もたくさんあるらしい。
「あっちは僕では、どうにもならないからね。時間より前に、少しずつみんなを神社の方へ誘導しようかな」
『そうですね。何とか、無事に花火大会が終わってくれればいいのですが』
「大丈夫だよ、きっとね」
智哉はひょいと木から飛び降りた。
開催は明日。
彼の出番も、その時である。


〜当日の朝〜

シュラインは、朝早くから現場に到着していた。
一番きれいに花火が見えるところが、一番の危険地帯なので、既に陣地取りで敷いてあるレジャーシートなどは、片っ端からはがした。
「なんだよ、そこは俺達が予約したところなんだぞ!」
「あら、ごめんなさい」
シュラインは飄々として謝った。
服は、警備員のそれである。
せっかくの花火大会、浴衣を着て参加したかったが、ここは我慢である。
細身で、シャープな印象のシュラインである。
浴衣姿もまた綺麗であろうが、この警備服も彼女の機敏さと相まって似合っていた。
「ここは、土が崩れやすいから、誰も入れないようにすることになってるの」
その彼女の台詞に被さるように、大型トラックがその場に到着した。
「オーラーイ!!」
「ここでいいのかね、ねえちゃん!」
「はい、ありがとう!!」
涼やかに誘導するシュラインの姿に、仕方なく若者達が去って行く。
「後は、このポールを立てて・・・」
「手伝うよ」
「ありがとう!」
シュラインひとりではつらいところであったが、トラックを貸してくれた、建設会社のおじさん達が、一緒になってポールを立ててくれた。
その間に、棒をかけ、誰も中に入れないようにする。
それだけではなく、彼女は、そのポールとポールをつなぐ棒の間に、「土手が崩れています!危険!」というポスターを何枚も貼り付けた。
「これで大丈夫」
汗を拭って、シュラインは斜めに横渡しされた大型トラックを見た。
荷台には、土砂も乗せてある。
これでここに入り込む者はいないだろう。
ひとまず安堵のため息をつき、彼女は警備員達が待機する、仮設のバラックに急いだ。

前夜から、徹は、運び込んだ機材に囲まれ、片っ端から爆発物の検出をしていた。
その、電光石火の手際に、周りにいた職人達も舌を巻く。
「いやー、あの人はすげえなあ!」
「あっという間だよ、本当に!!」
絶賛の嵐に見舞われながら、徹は爆発物に印をつけていく。
爆発物は、その場ですぐに動かすのではなく、後でまとめて処理することにした。
中身の判別は、X線で調査している。
元々、花火と爆発物の火薬の並びは、違うのだ。
花火の断面図を、そこにある大玉の種類だけ用意してもらい、それと照合しながら、異質物を分けていく。
ひとつ当たり、約30秒というハイスピードだ。
それでも、時間ギリギリである。
それだけ、数が多いのだ。
そして。
徹は、ちらりと後ろを振り返った。
未だ、箱に入ったままの、贈り物。
そちらにまで、たどり着けるかどうか。
それは、ひとえに、彼の腕と時間との戦いであった。

智哉は、集まり始めた人の波に乗って、とことこと河川敷を歩いていた。
浴衣姿の観客に混じって、自分も浴衣を着てみたのである。
当然、全く平凡な一市民と化している。
元々、彼は、樹齢1000年を越える、杉の木の精である。
実際に人間の姿を取る時には、16歳から25歳までの間で、その時々に適した姿になることが多い。
今日は、18歳の姿である。
彼は、ちょっと違った方法で、誘導を開始した。
まず、河川敷を通行する人たちに聞こえるような大声で、こう吹聴したのである。
「ここだと近すぎて、花火の全体像がまともに見れないけど、あの神社なら見えるよね」
隣で、人の流れを整備していた人々が、彼に感応して、一斉に同意し始める。
「そうだな。今年は大玉が多いって言うしな」
「確かにあの高台の神社なら、ようく見えるだろうなあ」
「あそこは恋愛の神様を祀っとるらしいから、今日は神様も大変だろうな」
周りの観客が、振り返っては、その神社のある方向を見やる。
カップルほど、その度合いが高い。
いそいそと向かい始める姿も見受けられた。
それを見て、智哉はうれしそうに、また隣の人たちに話しかけた。
「今年の新作は、とっても大きいから、近くにいると花火が頭上に降って、危険だと聞いたよ」
「そうだな、今年のは、今までで一番すごいヤツらしいからな。かなりの高さには打ち上げるつもりらしいけど、火の粉はかぶるかも知れないなあ」
「確かに、ここはちょっと危険だよな。それに、なるべくなら、全体が見えるところがいいと思うがね」
「じゃあ、やっぱりあの神社が一番ってことだよね?」
「ああ、ぼうず、それが一番だよ」
ざわざわと、人の波が、一様に神社の方へと動き始める。
彼の力は、自然に、風のようにふんわりと効果を発揮した。
その様子を見て取って、智哉は少し、嬉しそうに笑った。
「無事なのももちろんだけど、楽しんで欲しいからね」

茉莉菜は、境内の前にしつらえられた、三角すいのテントの中で、ほっと吐息した。
先程から、見事なまでに、客足が絶えない。
今日は昼からずっと店を出していた。
そして、なるべく、いろんな人からの口コミで、ここに出店していることが分かるよう、事前に宣伝もしていたのだ。
現場から遠ざけるためにも、今日は少しばかり、結果に調整が入っている。
いわゆる、イカサマであるが、彼女の場合、人が明らかに不幸になるような結果は出さないのである。
的中率100%を、今日一日は保持し、それを呼び水として、客足が絶えないよう、そして、この神社に留まるよう、操作するつもりだった。
実際茉莉菜は、神社の敷地の外での出店になるだろうと思っていたが、草間が相当頑張ったのだろう、境内の前で、出店を許されたのだ。
何故か、この神社に吸い寄せられるように、先程からカップルが増えて来ている。
どうも、自分の宣伝以外の力も、働いているようだ。
「本当に・・・」
茉莉菜は、ふふ、と小さく笑った。
「草間さんって、面白い人ね・・・」
なかなかどうして、協力者たちは減らないのだ。
たとえ報酬が微々たる物であっても、彼のところに持ち込まれる数々の依頼に、みなが一生懸命助力を申し出る。
今回の件もそうだ。
こんな、「観客の安全のための誘導」という素晴らしく地味な依頼であっても、おそらく、自分以外にも、何とかしようと頑張っている者たちがいるはずだ。
知らず知らずの内に、それぞれが力を出し合い、そして、それがひとつの結果となってもたらされる――――その一端を担っているのは、今この状況では不謹慎かも知れないが、少々楽しみでもあった。

「すみません、次、いいですか・・・?」
「はい、どうぞ。こちらに座って下さいな」
神秘的な声と魅惑の微笑で、茉莉菜はカップルを迎え入れた。
ひとまず、ここに、命の危険を避けることが出来て、導かれたカップルに、今宵は愛の祝福を。
茉莉菜は、微笑みながら、心から、そう思ったのであった。


〜夜空には、大輪の華〜

わああああ、と歓声が上がった。
鮮やかな、まるい花火が、空に打ち上げられた。
素晴らしく、大きな、あでやかな花火。
緑、赤、黄色、青、オレンジ、白、ピンクに黄緑――――和のコントラストに、観客は思わず足を止めた。
夜店から、おいしい香りも漂ってくる。
奥にしつらえられた舞台からは、にぎやかに音楽も流れてきた。
「今日も、いい天気だなあ」
ひとりの男性が、ぽつりとつぶやいた。
藍色の空に、大輪の華。
ドーン、と派手な音が、辺りにこだまする。
枝垂れ柳や、土星の輪、次から次へと、珍しい花火が咲き乱れる。
人々は、言葉少なに、それを眺めた。
暑い夏の、ひとときの夢。
風は生暖かく、うちわがはたはたと、その風を揺らす。
蝶々のような、色とりどりの浴衣の女性たちが、涼しげに花火に彩を添えた。
「・・・爆発物はとりあえず、すべて見分けたぞ」
徹が、依頼の完遂を、草間に告げた。
多くの人の命が賭けられていた事件なだけに、珍しく草間も、現地へ足を運んでいた。
ただし、闇皇子(やみおうじ)が指定した浴衣姿ではないが。
「やってくれると思ってたよ」
草間は、安心したような笑みを浮かべた。
あくまで冷静に、徹は帰り支度を始める。
「何だ、見ていかないのか?」
「ああ。まだやりたいことはたくさんあるのでな」
「夏は、夏の風物詩を楽しむものだと思うがね、俺は」
草間は苦笑した。
しかし、徹は機材をすべて梱包すると、言った。
「これは、さっきの業者に、返却してくれ。火薬と爆発物に関して、まだまだ調べたいことがあるから、私はこの辺で」
「ああ、報酬は」
「これが口座だ」
メモを渡して、徹はさっさとその場を去った。
それを、苦笑したまま、草間は見送る。
中谷が、遠くから草間を見つけて、駆け寄って来た。
「あ、草間さん!!」
「ああ、中谷さん」
「ありがとうございました!!」
中谷の後ろから、花火職人たちだろう、たくさんの男性が追って来る。
「助かりましたよ!!」
「おかげさまで、無事、花火大会を行うことが出来ました!!」
「本当に何とお礼を言っていいか」
「いや・・・」
草間は、頭に手をやって、空を見上げた。
「夏は、やっぱり花火だな。これがないと、夏が来た気がしない」
「そうですね・・・」
職人たちも、一斉に空を見上げた。
夜空には、更にたくさんの花火が打ち上げられている。
「俺は、もう少し、ここで花火を楽しんで行くよ。中谷さん、来年も、また何かあったら、俺のところに来るといい」
「あ、ありがとうございます!!」
中谷は、何度も礼を言うと、持ち場に戻って行った。
草間は、タバコに火をつけた。
そして、また空を見上げたその時。
「はい、草間さん」
横からビールが差し出された。
その声に聞き覚えのある草間は、少しくつろいだような笑みを見せた。
「ありがとう、シュライン」
「やっぱり花火にはこれでしょ?」
まだ警備員姿の彼女に、草間は足元に置いてあった紙袋を手渡した。
「何、これ?」
「まあ、見てくれよ」
シュラインは、まさか、と思った。
そして、予感は的中した。
「武彦さん、これ・・・!」
「センスのない、俺の見立てで悪いけどな。・・・そういうものは、今までに選んだことがないんでね」
言い訳めいたことを言う草間に、それでもシュラインは、最高に輝く笑顔を向けた。
「警備員室で、着替えてくるわ!!」
「待ってるよ」
シュラインが紙袋を大事そうに抱えて走って行くのを見届け、草間は少し笑顔になる。
それから、不意に気配を感じて、虚空に呼びかけた。
「いるんだろう、そこに」
「・・・よく分かったね」
智哉は飛び降りてくるような仕草をして、草間の前に降り立った。
「かなりの人数が、神社へ来たという知らせをさっき、エルトゥール・茉莉菜から受けたんでね。あそこの神社にもご神木はあるし、もしかしたらと思ったんだが」
「そっか。さすがだね、草間さん」
「いや・・・礼を言いたいのは、俺の方だよ」
草間は、智哉にかすかに頭を下げた。
「こんな、『普通』の依頼は久々だが、意外に助力の手が多いことを、感謝したい気分なんだ」
「怪奇探偵としては不満な事件だったってこと?」
「・・・そういう言われ方は嬉しくないな」
「だって、そうなんでしょ?」
「・・・」
智哉は、ははは、と声を上げて笑った。
「まあ、こんな綺麗なものを、ゆっくり見られないなんて、寂しいからね」
「確かに」
ふたりは同時に空を見やった。
ちょうど、花火の大玉100連発が始まったところだ。
歓声はひときわ大きく、みなの目も、一様に天に釘付けされている。
智哉は、ふわりと空気に姿を溶け込ませた。
「ほら、浴衣美人が来るよ。僕はお邪魔みたいだから、退散するね」
「・・・人をからかうんじゃない!」
明るい笑い声だけを残し、智哉は消えた。
息を弾ませて、シュラインが戻ってくる。
「お待たせ、武彦さん」
「・・・」
草間は、くわえていたタバコを、思わず落としてしまった。
「おかしいかしら・・・?」
「いや・・・」
「私、紫の浴衣は初めて着るわ。帯も、透かしの絽のものだし・・・似合ってる?」
「ああ・・・」
草間は、言葉が出なかった。
シュラインはどことなく心配そうだったが、それ以上声をかけるとボロが出そうだったので、代わりにこう言った。
「茉莉菜が、神社で今日、占いをやってるんだ。この事件解決に、一役買ってくれてね」
「じゃあ、占い、しに行きましょ」
シュラインは先に立って歩き出した。
それを後ろから見つめ、草間は新たに『夏』を感じていた。

〜エピローグ〜

茉莉菜の元に、シュラインと草間が現れたのが、つい半刻ほど前である。
ちょっとだけ、意地悪なくらいに曖昧な結果を示しつつ、思わず笑みがこぼれた茉莉菜である。
今日は、たくさんの「運命」と出会った。
人は、出会いの数だけ、そこに「運命」が描かれる。
良い結果を生むことも、悪い結果を見ることも、そこには当然あるのだ。
茉莉菜は、今目の前にしている、高校生のカップルを見ながら、優しくこう言った。
「時間を大事になさい。ふたりで過ごせる時間を。そして、あなたたちを取り巻く人々を、心から大事になさい。そうすれば、幸せは必ず来るわ。ほら、これが最終結果よ。これは、『星』のカードで、『希望』を意味するの・・・」
自然と、人は彼女の周りに集まる。
今日は、幸せな結果を、彼女は常に振りまき続けたから、余計にだ。
そのおかげで、危険な区域に戻る人はいなかった。
まだ、今日は当分、店じまいにはならないだろう。
店の外は、長蛇の列だと、草間が教えてくれたのだ。
茉莉菜は、心地よい疲れと、暖かな幸せをその胸に感じていた・・・。


その一方で。
ここに、悲嘆に暮れる、ひとりの青年がいた。
「あーあ、草間クンの浴衣、見そびれちゃった・・・」
黒いシルクハットとマントの出で立ちで、ふう、と物悲しげなため息を、闇皇子はついた。
「ちょーっと、期待してたんだけどな」
その手には、送りつけたはずの、大玉の花火が乗っていた。
先程、倉庫の片隅にあったのを、転送したのである。
男がひとり、ものすごい速さで爆発物を発見していたので、仕方なく引き上げたのだ。
「傑作だったんだけどな、今回のは」
闇皇子の手から、花火玉が煙となって消える。
空中にあぐらをかいて、彼は、空を見上げた。
「あの花火より、絶対僕の作った花火の方が、すごいのに」
だって、と彼は頬をふくらました。
「草間クンへの『愛』のメッセージが、天高く描かれる仕組みになってたんだから」
――――草間が聞いたら、卒倒しそうである。
「まあ、チャンスは、またあるし、ね」
めげない、めげない、とつぶやいて、闇皇子はその場から消えた。


こうして、夏の夜の祭典は、平穏の内に幕を閉じたのである。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0802/竹内・徹(たけうち・とおる)/男/36/研究員】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0033/エルトゥール・茉莉菜(えるとぅーる・まりな)/女/26/占い師】
【0516/卯月・智哉(うづき・ともや)/男/240/古木の精】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせいたしました!
ライターの藤沢 麗(ふじさわ れい)です。
今回は、ちょっと長めのお話になっていますが、分割したら、訳の分からない話になってしまったので、このままお届けします。
・・・ちょっと依頼が地味でしたが、ご参加、ありがとうございました。
ちなみに、成功のアルファベットは、A,D,F,Gでした♪
そして、読んで頂いた通り、成功に近いのですが、実は引き分けなんです・・・。
また、この依頼方法で、参加して頂くことがあると思います。
その際は、完全遂行を目指して、選択して下さいね。

シュライン・エマさん、初めまして!
シュラインさんのお名前は、「東京怪談」のあちこちでお見かけしていました。
今回のご参加、とっても光栄です。
ありがとうございました。
成功のアルファベットを見事選択ということで、ちょっとした幸せな仕掛けがありましたが、いかがでしたか?
数々のイラストを参考にさせて頂いた結果、一番似合うのが、紫かなと思いまして。
浴衣でのご参加を我慢されていたので、これはぜひ、と思いました。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

また未来の依頼にて、ご縁がありましたら、ぜひご参加下さいませ。
この度は、ご参加、本当にありがとうございました。