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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:反撃の狼煙  〜邪神シリーズ〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜3人(最低数は必ず1人からです)

------<オープニング>--------------------------------------

 ‥‥どうも判りませんね。
 結局、あの者も奈菜絵という女も現れずじまい。
 何をたくらんでいるのか、皆目、見当がつきません。
 わざわざ呼び出しておいて‥‥。
 ふぅ‥‥。
 それにしても、彼らが攻め私たちが守る。
 これでは、埒が明きませんね。
 こちらから攻勢に出られると良いのですが。
 ああ。
 これは、いらっしゃいませ。
 三浦さま、本日は如何なるご用件で?
 なんと! 屈斜路湖の島に彼らの拠点が!?
 いや、しかし、確定情報なのですか?
 以前のように、誘い出しかもしれません。
 ほう。
 物資の流通を調査して判明した、と。
 たしかに、あの者どもも生物です。何も食さぬというわけにはまいりますまい。
 ええ。
 罠には充分に備える。
 それは大前提でしょう。
 いずれにしても、場所が判明した以上、座視もできません。
 鬼がでるか蛇がでるか。
 足を運ぶのも一興かと。
 はい。
 それでは、こちらでも人を集めます。
 今度こそ勝って祝杯といきたいものですが。
 気を引き締めて参りましょう。



※邪神シリーズです。
※バトルシナリオです。推理の要素はありません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。




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反撃の狼煙

 古くさい引き戸を開くと、意外に近代的な店内が目に飛び込んでくる。
 七割の整然と三割の雑然が同居するこの店は、嘘八百屋といった。
「いらっしゃいませ」
「いらは〜い」
 にこやかに笑いながら、人影が近づいてくる。
 ふたつ。
 一人はこの店の主人。名前すら明らかになっていない着流し姿の青年である。
 そしてもう一人は、
「灰滋。なんか買いや。ひやかし厳禁やで」
 主人以上にえらそうな黒髪黒瞳の男だ。
 名を藤村圭一郎。東京で占い師などを営んでいる青年だが、とある事件のせいで雑貨屋の二階に居候している。
 まあ、宿泊費を納めていない代わりに、こうして労働奉仕しているのだから、恩義を感じていないわけではないのだろう。
「そんな甲斐性があったら、綾にプレゼントの一つでも買ってやるさ」
 紅い瞳に苦笑を浮かべ、巫灰滋が答えた。
 その横では、武神一樹もやはり苦笑しながらたたずんでいる。
 浄化屋と調停者。
 幾度となく死線をくぐり抜けてきたコンビである。
 前者は二六才。後者は三〇才。
 男性としても戦士としても、最も脂ののった年齢であろう。
 ちなみに、藤村は巫より一才の年長だ。
 それにしても、奇妙に商売人が板に付いている占い師だ。
 なにわのDNAか後天的資質によるものかは判らないが。
 しかも、このような怪しい店には、ジャストフィットというところだろう。
 奇しくも同じ感想を抱く武神と巫。
 自分のことは、遙か遠くの棚に上げてしまっているようだ。
「‥‥なんかお前ら、えらい失礼なこと考えたんちゃう?」
 鋭い洞察力を発揮して、占い師がツッコミをいれる。
 むろん、ストレートな返答をするほど調停者も浄化屋も素直ではなかった。
「べつに。相対性理論と粒子力学について思慮を巡らせていただけだ」
「美味いチョコレートケーキの作り方を考えてただけだぜ」
 適当なことを言いつつ、ずかずかと座敷に上がり込む二人。
 買って知ったるなんとやら、というヤツだ。
 食器棚からグラスを取りだし、冷蔵庫から麦茶のボトルを出す。
 すでに内部構造は本州勢に把握されているのだ。
 ‥‥それほどたいしたものでもないが。
 やがて、藤村と主人も座敷に姿を見せ、和テーブルを囲んで車座になる。
 作戦会議だ。
 彼らは物見遊山で札幌の地に集合しているわけではない。
 人とは相容れない存在、すなわち邪神どもと戦うため、北の拠点都市に集結したのだ。
「‥‥こちらから仕掛けたい、と、考えております」
 三人を等分に眺めながら、嘘八百屋が口を開いた。
 何気ない口調の中に、重大な示唆が含まれている。
 これまで、彼らの陣営は守勢に徹してきた。
 スタンスとしては当然のことである。
 彼らはこの島を、ひいてはこの世界を守りたいと願い、勝算の少ない戦いを勝ち抜いてきた。
 防衛戦争である。
 題目を唱えながら他国を侵略する旧日本軍などとはまるで違う。
 彼らの敗北は、すなわち人間社会の破滅を意味するのだ。
 したがって、充分な準備が整わぬまま先手を取ることはできなかった。
 負けたら後がない。
 迂遠なように見えても、認識に誤りはない。
「‥‥たしかに、守ってばっかりじゃ飽きちまうな」
 巫の言葉である。
 積極攻撃型に属する彼にとって、防御に徹するのはストレスの溜まる行為であろう。むろん、個人的な感情で妄動するような愚劣さとは浄化屋は無縁だ。これまでも、これからも。ただ、方針が攻勢に変わること自体は望むところ。
 はたして、軍師どのの意向はどうか。
 ちらりと武神に視線を送る。
 藤村も同様の死線を調停者に向けていた。
 両側から見つめられ、武神はしばし考え込む。
 たしかに、守るだけでは埒は開かない。
 対処療法ではなく、抜本的な治療を施すべき時なのかもしれぬ。
 だが、攻めるにしても、敵の根拠地が判明しないことにはどうにもならない。
 よしんば判ったとして、罠でないという保証もない。
 蝦夷蟠龍洞の時のように。
 深沈とした思考が螺旋を描く。
「‥‥主人。場所は判っているのか?」
 やがて武神の口から出た言葉は、ありきたりな質問だった。
「はい。陸上自衛隊の調査で判明しております」
「なるほど‥‥密告や怪情報が判断の基準になっているのではない、ということか」
「流通物資を逆算して調べ直すと、屈斜路湖に不自然なまでの物資が集中していることになるそうで」
「湖か‥‥」
「厄介やな」
 巫と藤村が呟く。
 水の眷属と水辺で戦うのは危険度が高い。
 だが同時に、状況の信憑性を高めるものである。
 屈斜路湖。
 道東に存在する北海道第二の湖。
 周囲は約五七キロメートル。
 観光地として知られているが、同時にアイヌコタンのあった場所としても有名である。
「‥‥‥‥」
 再び武神が思考に沈む。
 空気分子すら凍結しそうな数秒が流れ、
「よし。では戦おう。いずれにしても敵の戦力を削いでおくにしくはないからな」
 言葉の剣が沈黙を切り裂いた。
 巫が音高く手を拍ち、やや遅れて藤村も頷く。
 薄く笑う調停者。
 一〇〇パーセントの勝算があるわけではない。
 決断は常に諸刃の剣である。
 戦力を屈斜路湖方面に差し向けた隙に、札幌を襲われたらどうするか。
 あるいは、それこそが敵の狙いなのかもしれない。
 しかし、このまま座視することもできなかろう。
 手をこまねいていれば、敵は再び戦力を増強し、新たな政戦両略に乗り出す。
 翻って、こちらの陣営の主力である陸上自衛隊は、真駒内襲撃の痛手から未だに立ち直っていない。
 時を費やし回復力の勝負に持ち込んでは、泥沼の消耗戦になるだけだ。
 どう考えても、それはよろしくない。
 ならば、やはりこちらから仕掛けるしかなかろう。
 それに‥‥。
「それに、ブラックファラオと奈菜絵の思惑も気にかかる。神威岬ときは、結局、姿を見せなかったからな」
「それは当然です。彼らは、僕たちと城島陣営の共倒れを狙ったんですから」
 武神の言葉に重なった声は、玄関から聞こえた。
 藤村と巫が腰を浮かせ、調停者の右眉が二ミリメートルだけ持ち上がる。
 星間信人。
 その固有名詞をもつ小柄な青年が、視線の集中砲火を浴びてたたずんでいた。
 いつもの、穏やかな微笑を浮かべて。


「なるほどな。敵の動きに一貫性がなかったのはそういうわけか」
 武神が呟く。
 屈斜路湖へと向かう自衛隊ヘリの中、星間の説明を受けてのことである。
「しっかし、なんでブラックファラオの野郎、そんな情報を渡したんやろな」
「まったくだぜ」
 藤村と巫が首を傾げる。
 むろん、図書館司書は解き明かさない。
 ただ微笑して見つめるだけである。
「事実をありのままに伝える。それが最も有効な戦略なこともある」
 解説したのは調停者だ。
 ちらりと星間を見遣った瞳には、単純ならざる光が宿っていた。
 護り手たちの勢力が、城島陣営と連合することは有り得ない。奈菜絵陣営とも。
 つまり、分裂した敵の一方と手を結ぶというマキャベリズムは、この際、成立しないのである。
 他方、護り手たちの負担が減るわけではない。
 戦う相手が増えたのだから、より負担は増大したといってもよかろう。
 奈菜絵陣営、城島陣営、どちらがどのように蠢動しても、結局は対処しなくてはならないからだ。
 人間たちが城島と潰しあってくれれば、ブラックファラオ氏としては重畳極まりないだろう。また、慎重に行動して戦力を温存したとしても、その間に工作を進めることができる。逆に、奈菜絵に攻撃を集中しても、それは今までと同じということだ。
 どう転んでも、ブラックファラオ氏は損をしない。
「悪辣やなぁ」
「いかにも、あのクソ餓鬼らしいやり口だぜ」
「と、思わせるのが一つだな」
 憤慨した様子の年少者たちに、武神が笑みを見せた。
「実際のところ、俺たちが悩む必要などない。状況の見えなかった頃と戦略構想は変えようがないのだからな」
「なんでや。城島を叩くっちゅうことは、奈菜絵を利することになるで」
「逆に奈菜絵を叩けば、城島を盛り立てることになっちまうな」
 面白くもない話である。
 どちらにしても邪神の陣営を喜ばせることになってしまうとは。
 渋面をつくる藤村と巫。
 もう一度、調停者が笑う。
「喜ばせておけばいいさ。喜んだところで、どうせ奴等の戦力は半減するんだから。邪神の勢力全体としては、な」
 事実の根幹を突いた言葉に、年少者たちが、はっとした表情で軍師を見つめる。
 ほう、と、星間も息をついた。
 さすがは調停者、知恵と精神の深さはどうであろう。
「ブラックファラオは策に淫したな。俺たちを迷わせるつもりだったのだろうが、逆に自分たちの弱点を晒すことになった」
 武神が言ったのはそれだけである。
 しかし、他のメンバーにとってはこれで充分だった。
 どの勢力とも連合しがたいのは、すべての陣営にいえることなのだ。
 したがって、護り手が特に不利なわけではない。
 たとえば城島陣営が動くとき、奈菜絵たちも黙って見過ごすことはできないだろう。逆も同じだ。
 手をこまねいていれば、敵勢力の増大を招くだけなのだから。
 結局、潰しあいを演じねばならぬ。
 いっそ、高みの見物を決め込んで良いほどである。
「つまり俺らは、ジョーカーちゅうわけや」
「わざわざ教えてくれるなんて、ありがたい話だぜ」
 笑う。
 事態がそれほど単純でないことは充分判っている。
 それでも、精神的にはかなり楽になった。
「ところで、アレはどうなりました? 武神さん」
 と、いきなり星間が話題を変えた。
 アレとは、『キタブ・アル=アジフ』のことである。
「‥‥綾に解析してもらった。これが写しだ」
 懐中から紙片を取り出す武神。
 図書館司書は見向きもしなかった。
「原本はどうなりました?」
「焼き捨てた。人類にとって有害無益だからな」
 嘘である。
 ネクロノミコンは、調停者が厳重に保管している。
 そもそも、どのような悪書であれ、武神は焚書などという蛮行を行う男ではない。
「‥‥そうですか。それでは仕方ありません」
 簡単に引き下がる星間。
 調停者の嘘など見抜いているのだ。
 そして、彼の態度から、武神は見抜かれていることを察している。
 本当に魔導書が焼かれたと思っているなら、図書館司書がこれほど淡々としているはずがない。
 そういう次元の会話だった。
 もうアレは存在しないということですね。つまり存在しないモノが消えても別に不思議はない、というわけです。武神さん。
 奪えるものならば奪ってみるが良い。簡単にはいかんぞ。星間。
 副音声で語るなら、このようなものになるだろうか。
 まさしく、心暖まる関係というヤツだ。
 うそ寒そうな表情で巫が二人を見遣り、それから藤村と顔を見合わせて肩をすくめる。
 窓の外に釧路湿原がひろがり、空の旅の終演を声高に告げていた。


 白波を蹴立ててモーターボートが驀進する。
 その数二〇数隻。
 それぞれの艇には、陸上自衛隊員が満載されている。
 やや露骨な襲撃にも見えるが、どのみち、湖に浮かぶ孤島に極秘潜入などできようはずもない。
 派手にやるのも作戦のうちだ。
 先頭を駆ける三隻には、星間、武神、巫が分乗している。
 特殊能力を有するものたちが先陣となるのは、むしろ当然の戦術だった。
 後方で銃声と爆発が連鎖する。
 水中の敵と交戦しているのだ。
 むろん、その程度のことは予測済みである。
「後ろにかまうな。最大戦速で中島を目指せ」
 苛烈なまでの剛毅さで調停者が叱咤する。
 停滞しては時を稼がれるだけだ。
 冷酷なようでも、ここは迅速を旨としなくてはならない場面だった。
 このようなときのために、三浦陸将補と嘘八百屋に最後衛を委ねている。
 ダゴンやインスマウスごときに後れを取るようなこともあるまい。
 今は、とにかく上陸が最優先だ。
 やがて、先頭のボートが接岸する。
 否、岸に突っ込んだと表現した方が事実に近いだろう。
 巫のボートだ。
 無謀なほどの速度で島に乗り上げ、船底を大地で削りなから止まる。
「よっしゃ!! やってやるぜ!!!」
 勢いよく飛び降りる浄化屋。
『応!』
 右手に握ったインテリジェンスソードが戦気に奮い立つ。
 目指すは中島の中央部に建つ物産館。
 かなり以前に倒産し無人となっている建造物が、邪神の下僕どもアジトだと推定されている。
 荒廃した道路を猫科の猛獣のしなやかさで巫が駆ける。
 立ち塞がる魚人の群。
「邪魔だ!!」
 貞秀一閃。
 数匹の魚人がまとめて千切れ飛んだ。
 銃声が続く。
 臨時に浄化屋の指揮下に入っている七人の隊員たちだ。
 特殊能力は持たないが勇気と義侠心は溢れている。
 瞬く間に防御陣を突破し、驀進を再開する巫小隊。
 だが、後続が途絶えている。
「なにやってやがる! ダンナ!!」
 内心で舌打ちしつつも、浄化屋は速度を緩めなかった。
 決めごとである。
 整然と進撃する余裕などないのだ。
「もたもたしてやがると、俺たちで全部片付けちまうぞ。な、義爺さん!」
『もとよりそのつもり。へばるでないぞ、愚孫』
「義爺さんこそな!!」

 むろん、武神も星間も浄化屋を孤戦させるつもりなどなかった。
 だが、彼らの進撃は強大な敵の前に停滞を余儀なくされている。
「まったく‥‥やってくれるじゃないか‥‥」
 宙に浮かぶ人影が、人間たちを睨め回す。
 浅黒い肌。口元を飾る冷笑。
 ブラックファラオである。
 ただ、いつもの小憎たらしい余裕は、そこにはなかった。
「おやおや、お辛そうですね。先日の傷、まだ癒えてないんですか?」
 思い切り揶揄するように星間が言う。
 武神が、僅かに眉をひそめた。
 図書館司書とブラックファラオの間に繰り広げられた暗闘を、調停者は知らない。
「この姿だと力がまるで出せなくてね。困ったものさ」
「それはお気の毒だ。とても言えば満足か?」
「そこまで気を遣ってくれなくてけっこうだよ。武神くん」
「奇遇だな。俺も気を遣うつもりはない」
「ちょっとね、今は戦う気分じゃないんで退かせてもらうよ。君たちの相手はコイツがするから」
 指を鳴らし、姿を消す。
 調停者も図書館司書も追わなかった。
 追えなかったのだ。
 湖の底から、何かがせり上がってくる。
 さっと手を挙げる武神。
 どうやら、自衛隊員に相手のできる代物ではなさそうだ。
 ここは、自分が残ってなんとかすべきだろう。
 当初の予定とは少し異なるが、やむを得ぬ。
 やがて、調停者の座するボートから僚艇が離れ、中島へと向かってゆく。
 ただ一隻を除いて。
「何をしている。星間」
「武神さん一人でどうにかなるとも思えないので。援軍です」
「‥‥好きにしろ」
「ええ。好きにしますよ。ところで、何が出てくると思いますか?」
「‥‥湖から連想するもの」
「‥‥やっぱりそれですか」
「ただ、奴はいま弱っているはずだがな」
「焦ってるんでしょうね。きっと」
「‥‥つまり、奈菜絵の陣営の兵力は底をつきはじめている、か」
「確証ないですけど、おそらく」
 悠然と会話を楽しむ二人の前で、湖面が膨らみはじけた。
 降り注ぐ即席の雨。
 そして、現れる影。
 楕円を描いたような躰。無数に突き出した棘。
「やはりな」
「ええ。ニューブリテンから運んだんでしょうね」
 軽い緊張感をたたえつつ、二対の黒瞳が怪物を射る。
 怪物‥‥旧支配者の一柱、グラーキの姿を。

「そろそろやな」
 中島から最も近い湖岸に立った藤村が、双眼鏡をおろしながら言った。
 ここにモーターポートはない。
 あるのは、八台のジェットスキーだ。
 遊撃と後詰めと奇襲。
 三つの命題を満たすため、第一次攻撃に参加しなかった藤村小隊である。
 そして、いまこそ動くべき時だ。
「いくで! 遅れなや!!」
 ジャンプ一番、ジェットスキーに飛び乗った占い師がセルを回す。
 野獣の咆哮のような駆動音をまき散らし、八台の超高速艇が中島を目指した。
 白い航跡を残して。


 物産館内部での戦いは、既に佳境を迎えていた。
 ここまで突入できた部隊は四個小隊。総勢三二名である。
 上陸に成功した部隊が八つだから、半数が侵入している計算になる。
 なかなかの戦果であるといって良いだろう。
 これは、武神小隊と星間小隊、並びに三浦陸将補の本部戦隊が湖上に居残って、敵の撃滅に力を注いでいる結果でもあるが、それ以上に、敵兵力が予測より少ないことも要因であった。
 これまでの戦いでは数的不利があったにもかかわらず、今回はほぼ互角の兵力で戦うことができる。
 むろん、人間たちが特に有利になったわけではない。
 個々の戦闘要員の能力ではインスマウスの方が自衛隊員に勝るし、もともと籠城戦というものは守る側が圧倒的有利と相場が決まっている。
 銃火が大気を焦がし、水流が壁に穴を穿つ。
 激戦の靄を突き抜けるように進むのは、巫小隊だ。
「あと一息! 気合い入れていくぜ!!!」
 浄化屋の声が味方を励ます。
 小隊の人員は、彼を含めて四人に数を減じていた。
 脱落した者のうち、二名は負傷して後送され、もう二名は戦争のない世界へと旅立った。
 戦いに犠牲はつきものだが、全体としての死傷率はすでに三〇パーセントを越えている。
 戦術家が最も忌む消耗戦が、目前に口を開けて待っているようだ。
 だが、それでも浄化屋は前進をやめない。
 この期に及んで撤退しても、全く意味がないからだ。
 自ら先頭に立ち、迷路のような建物の中を突き進む。
 と、その前にインスマウスの一団が立ち塞がった。
 ホールのような場所である。
 数は、およそ三〇。
 おそらくは、敵の最終防衛ラインだ。
「‥‥気、引き締めていくぜ。義爺さん‥‥」
『応とも』
 不敵な笑みを浮かべる浄化屋。
 玉の汗が額に光り、身体の各所から血が流れている。
 ここまで深く進撃して、無傷でなどありえない。
 彼の部下たちも、皆、似たような状況だ。
 八倍近い兵力を相手に、どこまで戦えるか。
 あるいは、ここを死に場所に選ぶことになるかもしれねえな。
 内心の呟きは、むろん体外に漏れることはなかった。
 指揮官が怖じ気づいては、勝利など望めない。
 怯懦を振り払うように、貞秀を握り直す。
 その時だった。
 爆音とともに、向かい側の壁が吹き飛ぶ。
「待ったか。灰滋」
 渦を巻く黒煙を切り裂いて、懐かしい声が響いた。
「遅いぜ。藤村」
「勘弁しいや。遅すぎなかったっちゅうことでな」
 中央部で狼狽するインスマウスどもが、ぬらりと光る目に敵意をみなぎらせる。
 数の上ではいまだ邪神の眷属が有利だ。
 だが、位置でいえば‥‥。
「挟み撃ちや! 行くで灰滋!!!」
「了解だぜ!!」
 藤村が腕を振ると、秘剣グラムが無数のドライアイスの雹を撃ち出す。
 貞秀を構えた巫が、黒豹のような精悍さで魚人どもの間を駆け抜ける。
 占い師と浄化屋。
 まさに、死と災厄の現化であった。
 崩れ落ちてゆくインスマウスども。
 綻ぶ防御線。
 勝敗は、決した。


 さて、島での戦いが終幕を迎えようとしている頃。
 湖上で繰り広げられる死闘も、最終楽章にさしかかっていた。
 星間の操る狂風。
 武神の天叢雲が生み出す烈風。
 距離をおいて叩き込まれる銃弾。
 グラーキという名の邪神は、瀕死の身体をかろうじて支えている。
 まさか、たかが人間どもにここまで追い詰められるとは思ってもいなかったことだろう。
 そのような思考形態があれば、の話だが。
「そろそろ終わりですか?」
 酷薄な笑顔で訊ねる星間。
 いまだ風の眷属は呼び出していない。
 そこまでしなくては勝てない相手ではなかった、というのが最大の理由だが、武神や嘘八百屋、三浦の前で不用意に彼らを呼び出すことは危険なのだ。
 完全に正体を知られるわけにはいかない。
 今のところは。
 黙然と、調停者が右手を掲げる。
 彼の持つ力は封印の力だ。
 白い光が、その手を彩りはじめる。
 ここまで弱らせておけば、神の一つとはいえ封印は容易い。
 誰もが終わりだと思った。
 それを油断だと誹るのは酷だろう。
 最後の足掻きか、邪神が調停者の乗ったボートに体当たりをかける。
 轟音。
 転覆。
 水中に引きずり込まれる武神。
 慌てた自衛隊員たちが、助けに飛びこもうとする。
 が、星間がそれを制した。
「いけません。グラーキは毒の棘をもっていますから」
 彼の言葉は虚偽ではない。
 不用意に接近しては、自衛隊員では一溜まりもないのは事実なのだ。
 それでは、せっかく手に入れた優位性が失われてしまう。
 ここは、武神一樹という男を信じて待とうではないか。
 というわけだ。
 まさに賢者の弁である。
 反論できる者などいるはずがなかった。
 図書館司書は、穏やかな表情で泡立つ湖面を見つめている。

 反転した視界の中に、邪神の姿が映っている。
 怖い、とは思わなかった。
 自分でも驚くほど、武神は冷静さを保っていた。
 右手の輝きを確かめる。
 まだ神法は解除されていない。
 ならば‥‥。
 ゆっくりと差し出す掌に、グラーキが迫る!
「布留部由良由良布留部‥‥」
 声にならない詞が、鎮魂の鈴の音のように水中に響いた。


「追い詰めたぜ‥‥」
「覚悟しいや‥‥」
 貞秀とグラムが突き出される。
 満身創痍の二人の前にいるのは、浅黒い肌の青年とマントを羽織った女。
 館の最下層。
 もはや、奈菜絵を守るものはブラックファラオただ一人である。
 最も怖ろしい相手が最後に残ったわけだ。
「降伏しなはれ。もうアンタら終いや」
 藤村が勧告する。
 むろん、効果など期待していない。
 諦めて降参してくれるような相手ならば、こんな泥沼の消耗戦になどならないだろう。
「だれが貴様たちに降伏など!」
 案の定、奈菜絵が声を荒げる。
「やめとけよ。もうお前に勝ち目はない。ブラックファラオも本調子じゃねえみてえだしな」
 むしろ優しげな口調で巫が言う。
 実際、女に剣を向けるのは精神的な負担が大きかった。
 甘いといわれればそれまでだが。
 無言の睨み合いを続ける四人。
 と、奈菜絵とブラックファラオの姿が薄らいでゆく。
 逃亡するつもりだ。
 この間合いなら、完全に消える前に一撃を浴びせることができる。
 最悪でも深手を与えることができるだろう。
 だが、藤村も巫も斬りかからなかった。
 動けなかったのではない。
 動かなかったのだ。
「‥‥ちょっと甘いんちゃうか、灰滋‥‥」
「‥‥お前もな。藤村‥‥」
 疲れた声で呟きあう二人。
 多数の犠牲を払った上に首魁を取り逃がすとは‥‥。
 無限の後悔が苦い味となって口中にわだかまる。
 しかし、それでも、戦意を喪失して逃げる相手を斬りつけることは、二人には不可能だった。
 奈菜絵の陣営は壊滅した。
 根拠地を失い、兵力のほとんどを失い。
 トップは身一つで逃亡。
 おそらく、もはや起つことは叶うまい。
 無理に自分を納得させながら、占い師と浄化屋は、期せずして同時に剣を鞘に収めた。

 大きな泡がはじけると、水面に黒い頭が浮かぶ。
「終わりましたか?」
 星間の言葉。
「ああ。終わった」
 武神が答える。
「どうぞ、掴まってください。武神さん」
 図書館司書が手を伸ばす。
 少し彼らしくない行為だが、まあ、死線を越えて生き残った勇者には、それなりの対応をすべきだろう。
 戦いはまだ終わらないのだ。
 それに‥‥。
「すまんな‥‥」
 その手を掴む調停者。
 まるで握手のように。
 誰の言葉だったであろう。
 左手の握手は決別の証。
 西に傾きかけた太陽が、激闘の跡を暖かく照らしていた。
 無慈悲なまでの公平さで。




                      終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0377/ 星間・信人    /男  / 32 / 図書館司書
  (ほしま・のぶひと)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)       with貞秀
0146/ 藤村・圭一郎   /男  / 27 / 占い師
  (ふじむら・けいいちろう)    with秘剣グラム
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)       with天叢雲

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■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせいたしました。
「反撃の狼煙」お届けいたします。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。