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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム: オートドール・メヌエット
執筆ライター  : 東みやこ
調査組織名   : 草間興信所


<オープニング>

草間興信所
草間武彦所長

拝啓

桜花の候 都にも美しい花の季節が参りました。
この華やかな時期に無粋な手紙をお送りすることをお許しください。

僕はベンジャミンと申します。
姿は十五歳の少年です。
ただ本当の年齢を説明することには、いつも難しい思いをしています。

僕は人の言葉で説明をすると人形です。
金の絹糸の髪、薔薇ビスクの肌、ブルーダイヤモンドの瞳をしています。
無機でつくられた僕の体は人と違う時間が流れているのです。

1770年のスイスで創造されました。
そして現在は東京、上野の小さな博物館のガラスケースで眠っています。
しかし死んでいるわけではありません。
僕には心と命がありますし、満月の晩には動くことも出来るのです。
だからこうしてお手紙を差し上げることもできました。

ああ、失礼しました、僕のことばかりを長く書いてしまいまして。

勝手なことと心苦しいながら用件をお伝えします。
ある人物を東京から探していただきたいのです。
その人物は博物館で僕を整備し、大切にしてくれていた学芸員です。
彼は僕のビロードの上着にあったサファイアのブローチを持ち去り、消えました。

いえいえ、怒ってとりかえしたいというのではないのです。
彼は病気の妹がいて、その病院のお金にいつも心を悩ませていました。
僕は彼にブローチだけでなく、シャツのボタンの真珠も、カフスのルビーも、
僕のもつすべてを贈りたいのです。

ですから、そのために彼を探していただきたいのです。
どうかよろしくお願いいたします。

敬具



<花時雨>



その約束の日は朝から霧雨だった。
四月も半ばであるのに、ナイロンのパーカーでは肌寒い。
草間興信所の玄関である赤煉瓦のアーチの下に、ある青年が人を待っている。
見るからに人の良さそうな人物である。

「この雨でせっかくの桜が散ってしまう」

それとも、こういう日を花冷えというのか。
曇りの天を見上げた。

青年の名は樹健太という。
年齢は22歳、血液型はA型、星座は射手座、立場は学生だ。
学部は文学部で専攻は古典日本文学である。

今、この事務所の玄関にいるのは草間武彦の指示だった。

「やっと事件の現場に同行ができる」

健太は東京の旧い歴史、骨董などの品物が大好きだ。
大学の専攻に古典を選らんだ事も、この古物好きがあったからである。

そして目に見えない不可思議な存在にも興味があった。
それは以前、健太自身が遭遇をしたある事件が
きっかけであるのだが、それはまた別の物語である。

(不思議なものに関われるという、草間興信所の噂を聞いて、
アルバイトをさせてもらうように頼んだのだけど)

しかし始めは所長の草間にアルバイトをあっさりと断られた。
理由は、ただの好奇心では依頼を完了する事ができないから。

そこを頼み込んだ健太に、草間はついに根負けをしたのか、試す気になったのか。
とりあえず、ある人物の助手として同行をすることを許される。

「早く来ないかな」

事務所前の路面を見た。
霧雨の歩道を、カサを持たずに来る女性がいる。

ストレートのロングヘアが春雨にぬれていた。
華奢な長身に無造作に着込んだデニムの上下に、
履きこまれているオックスブラッドのストラップパンプスが似合っている。

その女性は健太を見て、立ち止まった、見つめられる。
きれいなジェイ・ブルーの瞳。

健太から声をかける。

「あなたがシュライン・エマさんですか?」

「ええ。 草間から聞いているわ、アルバイトの健太っていう子よね」

「そうです、今日はどうかよろしくお願いします。」

「あら、あんた礼儀正しいわね。 私、そういう子、好きよ。」

そう言って涼しい目で笑う。

「でもこの興信所でアルバイトをしようなんて、物好きだわ。
 事務所にバイト代を支払うだけのお金があったかしら。」

エマにこういう言われ方をすると、気持ちいい。

「でも、エマさんも興信所を手伝っていると草間さんに聞きましたが」

「私の場合、お金のほかにいくつか用事があるからよ。
小説を書いているの、だから興信所にいれば物語の題材が入るでしょ。
それに気に入った依頼があれば、私も関わりたいし」

「なるほど。 それでは今回の依頼は、エマさんが気に入った依頼なのですね」

「そういうことよ」

藍がかった黒の髪をかきあげた。

ゆれる春雨の雫と、白い耳朶のルビーのピアス。
ピアスは素人目にもアンティークの一級品とわかる。
そういえば、さりげなく着ているデニムの上下もヴィンテージのものだろう。

「それから最近は事務所の整理役かな。
草間、事務処理が下手だから、書類がまとまらなくて大変なのよ。
それにあの人、英語さえ苦手だから、依頼者によっては電話もとれないの」

聞くとエマは数ヶ国語に精通し、翻訳もこなすという。
「エマさんは偉い方だったんですね」
感心して言った。

「ありがと。 
草間からそういう台詞を聞いてみたいものだわ。
最近では私、草間にとって当然になりすぎて、ボランティアのようなものなのよ」

エマは軽く笑った。
どうやら草間とは長い付き合いらしかった。

「それじゃ、健太、行くわよ。
例の学芸員の探し方を考えてきたから。
それに今回、私は時間がないのよ、小説の締め切りがあるの。
だからその学芸員を探せたら、あとはあんたに頼むわ」

エマがまた霧雨の歩道を歩いていく。
健太がカサを差し、あわてて追う。

「エマさん、カサは?」

「ばかね、せっかくの春の雨にカサを差すの?」

首をかしげる健太に、エマは笑った、ふりかえる。

「春雨だ、濡れていこう、ある芝居の有名な台詞よ。
 健太も文学部の学生だったら、これくらい知っておきなさい」

 エマのジャケットがひるがえった。
 黒デニムの下にはやわらかな桜色のレーシーニットが見えた。

 エマに教えられてカサをたたみ、天を見上げる。
 肌にあたるのは静かな小雨。
 やさしい雨だった。

「花時雨と言うの」

 またエマに教えられる。



<博物館館長からのメールの返信>


エマと健太はJR中央線高尾行きのオレンジ色の電車に乗り込んだ。

車内は空いていて、エマと並んで座る。
学芸員の手がかりを探す目的地までの移動時間で
情報整理をするとエマは言った。
なんとも時間に無駄のない人物である。

「私から例の博物館の館長に質問のメールを送信しておいたわ、
 ブローチを持ち去った学芸員についてのプロフィールが出ている」

エマはジャケットのポケットから、A4の折りたたまれたコピー用紙を取り出した。
渡されて紙をひろげると、メール内容がプリントアウトされていた。

一読をすると、その学芸員の人柄がよくわかった。

「本当にいい人だったんですね」

学芸員の名は橘昌人と言う。
メールには写真が添付をされていた、寡黙が似合う物静かな青年の顔があった。
年齢は30歳、独身で家族構成は15歳の妹、あやめのみだ。

両親は事故死をしてすでにない。
父は作曲家、母はソプラノの声楽家で、幼い頃はオーストリアで育ったという。
その当時の環境が、昌人を美術品を扱う学芸員へとむかわせたらしい。

誠実な勤務態度で知られ、ブローチは盗まれたものの、館長は警察に届けていない。

そしてあやめは病の末期だった。
いつも昌人はあやめの命を救う方法を考えていた。
今、入院をしていた総合病院はすでに転院されている。
転院病院は不明だった。

昌人はあやめに同行していると思われるが、そのあやめの居場所さえわからない。

「妹のあやめさんの病名、」

健太は黙った。
健太でさえ知っているその病は、確か難病だ。
治療方法がないのである。

「いくらお金を払っても、治る病気ではないですよ」

「あら、あんたは自分の家族が病気だったら、そう思っていられるの」

「、それはそうですけどね」

エマが宙をにらんで考えこんだ。

「家族ならば、できるすべてをしたいと思うわ。
でも病ばかりは私もどうすることもできないし、
ベンジャミンの依頼通りに橘昌人を発見して、博物館へ連れて行くことが最善の方法よ」

エマが言い切った。

「興信所の調査員が、すべてを解決できるわけではないんですね」


「当然よ、いいところに気づいたじゃない」
「たくさん勉強になります」

本当に、心底、そう思ったのだ。
確かに自分達にできることは、昌人を博物館へ連れて行くことだけである。

メールには失われたサファイアのブローチも印刷されていた。
青い大粒のサファイアをダイヤモンドがぐるりととりまいた、華麗な品だった。




<西荻窪アンティーク・ストリート>


中央線を西荻窪駅で下車をした。
エマに連れて行かれた場所は杉並区西荻の商店街だった。

ただ新宿駅にもほど近い都心の町であるのに、
不思議と人がゆっくり歩いている。

駅北口から東京女子大方面には小さな商店街が軒を並べていた。

そしてその一つ一つの店の前には、古本を積んだ棚や、
色とりどりの古着をハンガー吊りしたのが見え、
そうかと思えば黒い出窓にアンティークのカルティエの腕時計が飾られている。

「この通りは骨董品を売る商店街で知られているの。
橘昌人の持ち出したサファイアのブローチは極上のアンティークよ。
もし売られて骨董市場に出たならば、必ず噂になっているはず。」

エマはこの骨董商店街にも知合いがいるらしい。
通りを迷わず歩き、一番奥まった場所にある店で立ち止まった。

「戦前からこの場所にあるの、店の名通りの店主がいるわ」

黒い木の店で、ガラス戸に白字で頑固屋とある。
きちんと磨かれたウインドには、江戸切子の氷コップにとりどりのビー球がもられていた。
(懐かしい感じがする)

「こんにちは」

エマにつづいて店に入った。

黄色い蛍光灯の下には時代箪笥があり、その上には古い玩具や人形、
古伊万理の大皿や壷が置かれている。
店主の気に入った物をそのまま置いているようだった。
ただそのどれの埃もきれいに払われていた。
手入れが届いている。

「いらっしゃい、エマ」

旧式のレジスターを置いた店の奥の机に、白いシャツをきちんと着た初老の男性がいた。
ロマンスグレーのきれいな銀髪である。

「お久しぶり、佐野さん。
急にお願いをしてごめんなさい。」

「それはかまないよ、人と人形の心がかかった問題だ。
それにあのベンジャミンの持つ宝石が市場に出たとなれば、目立つ。
調べることは簡単だった」

佐野にはもうエマに提供できる情報があるらしかった。
しかし健太はつい尋ねてしまう。

「あのベンジャミンという人形は、それほど有名なのですか?」

「古い物を扱う者であれば知っている。
スイスで作られたのだが、注文主が死んだ息子を模ってオーダーしたといわれる。
東京に来たのは大正の頃だ。
あまりよくできた人形だったので、
昭和の空襲では博物館の職員が防空壕に連れて逃げたとも聞いた。
わしもその人形を見に行った事がある、人の心が結晶をしたような人形だった。」

「・・・そうでしたか」

それから佐野は机の引き出しから、一枚の写真を取り出した。
画素の荒い写真だった。
ただあのサファイアとダイヤモンドのブローチだとわかった。

「確かにこのブローチだわ、これはどこの店に?」

「銀座の宝石商に持ち込まれた品だ。
その宝石商は即、取引に応じ、橘の依頼通りに現金を銀行口座に振り込んでいる。」

佐野はエマにたずねる。

「もしこのブローチが必要ならば、私からその宝石商へ口を利いて、取り戻すが?」

「ありがと、佐野さん。 
でもそこまでしてもらうのは悪いは、私、借りをつくることが好きでないの。
それにブローチはなくなってもいいのよ。
ベンジャミンが承知をしていることなのだから。
ブローチが新しい素敵な持ち主に出会えればいいわね」

そしてエマは言った。

「それよりも、その宝石屋さんが現金をふりこんだ銀行の支店名と口座名義を教えて欲しいの」
「もちろん。情報を提供するつもりで、ひかえてある」

佐野はブローチの写真を裏返した。
そこには達筆で銀行の支店名、口座番号、名義が記されていた。

「昌人達の行方がわかったわ」

その名義は虎ノ門にある個人病院名であった。
あやめはそこに入院をしているはずだ。

「エマさん、すぐに行きましょう」
「もちろんよ、でもその前に私はやることがあるわ、
佐野さん、もう一つのお願いの物、見つかった?」

佐野は机の引き出しからMDを出して、エマに渡した。

「橘昌人の母親の歌だ。
アナログレコード盤でしかなかったから、私がミニディスクにコピーをしておいた」

そして佐野は早く行けと言った。
エマは名残惜しそうだったが、すぐに店を出た。
また西荻窪駅へ引き返す。
健太も追った。



<眠り姫>


小さな病院の小さな病室。
白いベッドに髪をひろげて眠る少女。
橘あやめだった。
細い腕には点滴薬のビンからのびるビニールの管。

その少女の痛々しさに表情を重くする者がいた。
あやめの兄の昌人である。
スツールに腰をかけ、じっとあやめを見つめていた。

「・・・きっとベンジャミンは許してくれないな」

あやめの入院費のためにブローチを盗んで売ってしまったのだ。
昌人はベンジャミンをいつも手入れをしていた。
人形であるが、自分の子供のようなものである。
とても大切だったし、自分もベンジャミンに信頼をされているような気がしていた。
人と物であっても通じ合う心を感じていた。

「俺は信頼を裏切ったんだ」

けれど。
でもそれでも、あやめに何かをしてあげたかった。
もう助からない病だという事もわかっている。
それでも、できるすべてをせずにはいられないのだ。

自分達、兄妹には両親がいない。
たがいしか肉親がいなかった。
昌人は、もし両親がいたらどうしていたのか、そればかりを考えて、行動をした。
その結果が、今の病院に転院し、少しでもよい治療を受けることだったのだ。

「もう博物館に戻れないな」

そんな都合のいいことばかり、できない。
ベンジャミンがどうなっているかを知りたいなんて、むしがいい。

(泥棒をしても、あやめは助からないとわかっているのに)

昌人は救われない気持ちを抱えて、椅子にうずくまっていた。

その時。
病室のドアが開かれて看護婦が顔を出した。
受付に昌人へ電話がかかっているという。

(誰だろう?)

この病院に自分がいることを知る者はいないはずなのに。
不思議に思い、受付の電話の受話器をとった。
そしてそのむこうの声に息を止めた。

死んだはずの母親の声が、確かに聞こえる。



<母の教え給いし歌>


電話は天国からかけられているのだろうか。
そうだとしか昌人には思えなかった。
受話器のむこうから、懐かしい母親の声が聴こえる。

「お母さん?」

はっきりと自分の名が呼びかけられた。
やさしい声、息子を思いやる母親の声。
そして昌人ははっとする。

「あやめが病気なんだ、俺、どうしたらいいかわからなくて…」

大切な人形のブローチを盗んだことを告白する。
しかし母はなぜかその事を知っていた。
昌人をとがめることはせずに、ただその苦しみをわかってくれる、言葉の数々。

そして最後にベンジャミンに会いにいくように告げられた。
母はベンジャミンからその伝言を受け取り、電話をかけたのだという。
ベンジャミンが伝えたい伝言があるからと。

そして静かに電話が切られた。

昌人は死んだ母親からの突然の電話に、呆然としつつも、我にかえる。
そして母の言葉を思い出した。

病院の玄関を出てタクシーを拾う。
博物館へ行き、ベンジャミンに会うために。




<ヴォイスコントロール>


昌人のタクシーが遠くなるのを、病院の玄関からエマと健太が見送った。
エマの手には携帯電話があった。
そして肩にはMDウオークマンのイヤホンが落ちている。

「上手にいったようね」

そういうエマを、健太がふりかえった。

「俺、エマさんにそんな能力があるなんて知りませんでしたよ。」

エマには不思議な能力があった。
聴音とヴォイスコントロールに優れ、特異な才能とも言える、
音(人、物関係なく音が出る物)の声帯模写能力を持つ。

先程の昌人への電話は、昌人の母親のMDで声をコピーしたエマがかけたのだった。
エマは携帯電話をジャケットのポケットにしまった。

「それじゃ、健太、私の仕事はここまで。
博物館に昌人が行ったその先は、まかせるわ」

エマはこれから小説の締め切りがあり、自宅に帰るのだという。

「本当は私もつきあいたいけれど、あやめの命ばかりは、私では救えないわ」

このさばさばした言葉が、エマらしいと思う。

「それはそうですが…」

とりあえず草間興信所は、ベンジャミンが昌人に会いたいという依頼は果たした。
しかしそれで全部が解決したわけではなかった。
ベンジャミンのもつ全てを金に変えても、あやめの病は治らない。

「俺、一人では心細いです。」
「しっかりしなさい、男でしょう」

言われて、うなずいた。
確かに、立ち止まっている場合ではない。

「早く行きなさい」

エマに肩を叩かれて、健太はタクシーにのりこんだ。

車窓ごしに遠ざかるエマをふりかえる。
エマは花時雨の中、こちらを見送っている。
強い意志をもったブルーの瞳がきれいだった。




<永久人形>


人には永久への憧れがある。

古来より不老不死の薬が研究されているのは、その切望からであるという。
無限に老いない肉体がほしい。
その夢が果たせないのならば、せめて無機物で人形を作り、身近に置きたい。
そしてその人形が自由に動けば、なお夢に近い。
永遠にくずれない無機の体を持ち、そして自由に駆動をする自動人形。
人は自分では実現できない永遠の夢を人形に託したのだ。

その人の夢から誕生をした人形が自動人形、オート・ドールである。
人が憧れて止まない、永遠の生命がそこにはあった。

東京都上野、ゲスナーミュージアム。
明治期に英国から渡日した博物学者のJ.ゲスナーを記念した博物館である。
ごく小規模な施設であるが、中世からの科学機械を収集した
『驚異の部屋』の展示には定評があった。

今は開館時間を終え、無人の館となっている。

博物館のホールにはギリシア神ダイダロスのレリーフがあった。
庭園からの細い月光に照らされている。

その前を通り過ぎる、人が一人。
天井に靴音のみが響く。

すべらかな銀の髪に金の瞳。
綺羅・アレフである。
ネオ・クラシックの白いベルティド・コートに黒のパンツスーツ。
緋に黒の文様を染めたシルクのスカーフを羽織っている。
胸もとには銀のクロスが光っていた。

「なぜ人は永遠を求めるのか…?」

ダイダロスの壁画を通り過ぎる。

天を飛翔することを切望した科学神には瞳をやらずに。

時計の針音のように刻まれる靴音。

「人は永遠がただの喜びだと、なぜ思うのか。
 なんと無邪気な。
 真の孤独を知らぬ者達の夢か」

そしてアレフの靴音が展示室へと遠ざかっていく。
永遠の命をもつ少年人形の下へと。

彼女は綺羅・アレフ。
西洋にて闇の王ヴァンパイアロードとも呼ばれる長生者であり、もう千年を生きている。
アレフに安息を与える者は、まだない。


<扉>


樹健太がゲスナーミュージアム前でタクシーを降りた時、
すでに博物館は閉館をしていた。
照明もなく、ひっそりと闇にある。
「でも昌人さんはこの館の職員だから、きっと鍵も持っているだろうけれど」
職員通用口を探す事にした。
見回すと、館の西側に小さな駐車場が見えた。
職員用駐車場だと思える。
そしてその先に通用口らしき、扉と人の姿があった。
思わず声をあげる。
今しがた橘昌人が、扉へ入るところだった。
「昌人さん!」
叫んだら、昌人が驚いてこちらをふりかえった。
健太が駆け寄る。
「君は?」
昌人にそうたずねられたが、どう説明していいかが難しいところだ。
「えーと、俺は草間興信所のアルバイトでして、昌人さんを探していました」
「興信所?・・・もしかして館長がブローチのことで頼んだのか?」
幸いなことに、昌人が自分で理由を合点してくれた。
健太はそれに便乗をする。
「あ、そうです、僕、館長さんの依頼を受けて、探していました。
昌人さんに博物館にもう一度、来てもらいたいと」
「そうか…。
あやめのことが済んだら、すぐにでも警察に自首するつもりだったが、」
「その必要はないと思います。
館長さんは警察に届けていませんよ」
昌人がかすかに目を見張った。
「館長さんも、昌人さんがあやめさんのことを思っているという事もわかっています。
 あまり一人で思いつめるの、俺はよくないと思いますが」
言ったら、昌人もふとおだやかな目をした。
「さっきも母親にそう言われたよ、電話があった。」
「・・・・・・」
「でも不思議な話だ、俺の両親はもうずっと前に死んでいる。
 電話があるわけもない、夢かもしれない。
 けれど、確かに俺は力づけられた。」
昌人は通用口の扉を押し開けた。
「母さんはベンジャミンに会えと言った。
 そこで何があるかわからない、でも、俺は来た」
健太もうなずく。
「行きましょう、昌人さん。
きっとベンジャミンも待っています」
二人は博物館の展示室へとむかった。



<HE WISH …>


昌人の後をついて、健太はベンジャミンの展示室へ向かった。

途中、倉庫や書類保管庫、会議室などの前を通るが、人の姿はない。
自分達の靴音のみが響く。

「しかしベンジャミンに何と言えばいいのかな。
あの子のブローチはもう金に変えてしまって、ここにはないのに。」

「えーと、ベンジャミン人形はそのことは怒っていないと思います、俺は」

「どうしてそんなことが君にわかる?」

また健太は作り話をしなければならない。

「だって健太さんはベンジャミンをずっと大切にしていたのでしょう。
ベンジャミンはそのお礼をしたいかも、しれない。」

昌人はごく静かに言った。

「そんな都合のいい話が、あるわけがない」
「昌人さん、俺、あなたを殴りますよ」


さすがに、健太、昌人のあきらめぶりに腹が立ち始める。
まったく、どうしてこの人は。

「そんなに早くあきらめていたら、あやめさんの病気だって、
よくなるものもよくなりません。
 お兄さんが深刻な顔をしていたら、心配をかけるだけです。」

「…すまない」

「わかったならば、それでいいです。
早く行きましょう。」

まるで健太が先導をするようになって、二人は展示室へ入る。

それは小さな展示室だった。
青いベルベットの絨毯。
紫外線をふせぐ加工がされた、大きな板ガラスの窓。
窓の向こうは江戸彼岸桜の満開と、月。

そして月光に照らされて、人形をおさめた檜のガラスケースがあった。

「美しい人形ですね」

少年の等身大の人形だった。
革張りの椅子に腰をかけている。

髪は透ける金の絹糸、肌は薔薇の陶器。
瞳は青いダイヤモンドだ。

人形の衣服も豪華なものだった。
服のボタンは真珠とルビー。
シルクのシャツの襟とカフスには金糸のニードルポイントレース。
この人形が製作された当時、レースは宝石よりも高価だったはずだ。

昌人が言った。

「美しい人形だろう。
裕福な商家の夫婦が死んだ息子を模して作らせたという。」

「人形が年をとらないって本当ですね。」

「それはどうかな?
人形は人と違う時間を生きているだけかもしれない。
命の長さが違う生命のようなものだが、
こうして奇跡のように、人と人形が出会い、時間を共有することもできる」

昌人は青い絨毯にひざをつき、ガラスケースのベンジャミンと目を合わせる。
人形は動かない。
けれど確かに心が通じ合っていると思えた。
科学で証明はできないけれど。

「ごめん、ベンジャミン。
俺は君の大切なブローチを盗んでしまった。
ああ、このベンジャミンと話すことができれば…」

昌人のため息。

健太は窓の月を見た。
月は新月を終えたばかりで、爪先のように細い。

(満月だったらいいのに、そうすれば話すことができる)

ベンジャミンの意志は、自分のもつすべてを昌人に贈るということだった。
けれど昌人は、ベンジャミンからすべてを奪うようなことはしないだろう。

(俺がベンジャミンの意志を伝えても、信用はされない)

どうすれば仕合わせになれるのか?

健太がたたずんでいると、ふと、涼やかな声を聞いた。

「そこの男。人形と、異なる生命との言葉をもちたいか」

ふりかえる。
扉に彼女がいた。
銀の髪と金の瞳。
健太が忘れるわけもない。

「アレフさん」

健太が目を丸くした。

以前、ある事件で力を借りた人物だ。
その事件以降、連絡をとることもできなかった相手なのだが。

アレフは健太にかすかに驚いた様子を見せたが、
特に興味もないらしく、ガラス箱の前に進み出た。

髪と緋のスカーフがゆれる。

「あなたは誰ですか」

昌人の問いにアレフが答える。

「そのベンジャミンの声を聞き、ここに現れた。」

「人形の声を?」

聞こえるはずはない、と昌人は不思議そうな顔をする。

「おまえは本当にそう思うのか?」

「・・・」

「人形がただの無機物で、言葉などはないと?」

「いいえ、俺もそうは思いません…、本当に話すことができれば、
どれだけいいか」

アレフは無言で人形ケースの木枠に下がっている錠に指先をふれた。
ただそれだけで、大きな鉄錠が音もなく絨毯に落ちる。

昌人は呆然としていたが、アレフがケースを開けた。
ガラスの壁がとりはらわれ、昌人はベンジャミンと対面をする。

「私は遠くからこの生命の声を聞いた。
呼ばれて来ればこの人形がある、そしておまえがいる。
私がそのおまえ達の言葉を介することが運命なのだろう。」

アレフはつづけた。

「ベンジャミンの意志は、自身のもつ宝石すべてをおまえに贈るということだ」
「それは…」
「その宝石は多くの金銭と替えることができる。
そして妹の病気の治療に役立てられる。
それがベンジャミンの希望だ」

昌人はしばらくベンジャミンを見つめていたが、やがて首を横にふった。
力なく。

「それはできません」

「なぜ?」

「それはとてもひどいことです。
ベンジャミンを大切にしていた注文主夫妻にとっても、ベンジャミンの創作者にとっても。
なによりベンジャミンに対して、ひどいことです。
永遠を生きる人形の姿を、壊してしまう」

アレフは肩をすくめた。
健太にはそれが癖らしいと気づいた。

「永遠を生きることだけが命の幸福だと、私は思わないが。
しかしおまえがそう言うならば、今度はベンジャミンの声を聞いてみよう」

アレフは窓により、ガラスを外に開いた。

博物館の庭は江戸彼岸の桜が満開だ。
花弁が静かに舞っている。

「樹の生命の力を借りる」

アレフが空に手をのせると、その上に一片の花弁がおりた。
部屋をふりかえり、月光を背負う。
アレフが手を伸べる。
掌の桜が、光った。
世界がただ白くなる。



<白夜>



健太がそこから体験をしたのは、言葉のみの世界だった。
何も見えない。
ただ白い静かな世界があり、自分の姿さえ見えなくなっていた。
展示室の壁も窓も絨毯もない、人形も人の姿もない。
意識だけがはっきりとある。

そこで交わされる言葉を健太は聞いた。

「よかった、僕はずっとあなたと話したかった。
言葉を持つことができて嬉しい。」

気高い天使のような声だった。

「君はベンジャミン?」

「そう。 ずっとあなたに手入れをしてもらっていた。
僕にはあなたの優しい心がわかることができた。
そして妹への思いも心配も、わかった。」

ベンジャミンは昌人へ、何かをしたかったのだという。
それ以上に、病の少女への同情もあったらしい。

「僕ははじめ人だった。
 けれど病で死んだ、15歳の頃だ。
 両親は悲しみ、人形を作り、僕の魂は宿った。
 そして今、ここに永い生命としてとどまっている」

ベンジャミンがつづける。

「もう僕はじゅうぶん生きた。
300年、様々なものを見続け満たされた。
僕はもういい」

「ベンジャミン、ごめん、僕は君のブローチを」

天使の声が語り続ける。

「そんなことは何でもない。
本当はぜんぶを持って言ってほしかった、」

だから今、ここに呼んだ。

「さっきまで僕は金品で少女の命を救えると思っていた、でも、違う。
少女は病が強すぎて、体が死んでしまいそうなんだね」

そしてベンジャミンがアレフを探す様子がした。

「誇り高き闇の王、ヴァンパイアロード、アレフ。
僕の声を聞き、現れていただいたことに礼を申し上げます」

「礼などいらん、それに私のことはアレフで構わぬ。」

古い名などすでに無用だと、言った。

「それではアレフ。
もう一つ、力をお借りしたい。」

「申せ、遠慮などいらぬ。」

感謝をしてベンジャミンはつづけた。

「アレフのお力で、僕の命を少女にあげてください。
そうすればそれが力となり、
少女は人の寿命を生きることができるでしょう。
病は癒えるはずです。」

数秒後、アレフは確認をした。

「それがおまえの真の希望か?」

「はい」

「それならば、引き受けよう」

空間に、集中する力が生まれたことがわかった。

しかしそれに抗う意識がある、昌人だ。
悲しんでいるとわかった。

「あなたは僕を祝福していて。
僕はこの人形の殻をやぶり、天使に生まれる…、きっと、姿は消えても」

その言葉を最後に白い空間は消失をした。
後にはなにもない。



<天使の卵殻>


白い空間がなくなると、静かな夜の展示室があった。

檜とガラスの人形ケースがあり、昌人と健太は中を見つめている。

革張りの椅子の人形が消えていた。

ただ椅子に銀の砂がこぼれていた。
昌人が銀の砂を掌にとる。
その砂は昌人の目の前で空気にとけて、消え去った。

「ベンジャミンが逝ってしまった」
「昌人さん」

昌人は無言で立ち上がる、力強く。

「俺も、もっと頑張って強く生きるよ」

健太も笑顔でうなずきかえした。
そしてアレフを思い出し、ふりかえる。
扉にはもう姿がない。

廊下に出ると、アレフが遠ざかるところだった。

「待ってください」

アレフが靴音を止めた。

「アレフさんがこうして声のもてない者に力をあげる理由は、
俺、思ったのですが、アレフさんも何か同じ思いをしているんじゃないですか」

永く生きる者の孤独を、彼女は知っている。
アレフは問いにふりかえらなかった。
無言で去っていった。

健太は追うことができなかった。
ふれてはいけないものに、ふれてしまった気がして。

「、ヴァンパイアロード?」

先ほどの白い世界で聞いたベンジャミンの言葉を思い出した。
しかし、そうだとしても、アレフの孤独の理由はわからないのだ。



<エンディング>



以下、樹武彦による草間興信所、草間武彦所長宛ての
依頼解決報告レポートより一部抜粋。

…以上が、俺の初アルバイトの報告になります。
ゲスナーミュージアムの館長さんにベンジャミン人形が消えた理由を説明することが
大変と思われましたが、館長さんはすぐにわかって下さいました。
やはり古い物と長く過ごしている方は違うと思いました。
昭和の空襲の時、ベンジャミンを防空壕に運んだ職員は、この館長さんでした。

また橘あやめさんの難病は全快し、現在は学校に復学できたようです。
昌人さんは博物館の学芸員に戻り、研究に励んでいるとのことです。

加えて、シュライン・エマさんにもとてもお世話になりました。
せめて交通費くらいエマさんに出してあげて下さいね。
(俺も虎ノ門から上野までのタクシー代を立て替えていますが、
エマさんを優先させてください、働きが違いますので)

綺羅・アレフさんに久しぶりに再会をしました。
俺のことを覚えているかわかりませんでしたが、
何か孤独を抱えている人というのが、所見であります。

それでは今回の依頼報告はここまでになります。
もし何か人手が足りない時は、いつでも連絡をしてください。
俺もいつか依頼者の役に立てる調査員になりたいと思っています。

樹健太

END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
  0815 / 綺羅・アレフ / 女 / 20 / 長生者
  0086 / シュライン・エマ / 女 /26/ 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

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■         ライター通信          ■
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この作品は私が受注した2作品目の物語です。
シュライン・エマと綺羅・アレフというキャラクターを最大限に
活かせるように、それぞれ前半と後半に登場していただきました。
また、綺羅・アレフは前回、注文をいただきました
『ポケットクロック・ラプソディー』と
併せて読むと物語が続いていて、より面白いかと思います。
それではご注文をありがとうございました。
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当方は依頼されたオーダーに応じた物語を承ります。
キャラクターの小物、服、世界設定まで、どうぞお気軽にご注文ください。
こちらは特に和風は小物、振袖、洋装はゴシックからモダンまでのドレスが得意です。
注文をお待ちしています。

東みやこ