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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


シンデレラは消えた
●オープニング【0】
「シンデレラは消えた……」
 月刊アトラス編集長・碇麗香が誰に言うでもなくつぶやいた。その表情は、何が起きているのかよく分からないといった様子だ。
 どういう意味かと問うと、麗香は少し思案してから答えた。
「文字通りよ。シンデレラが消えてしまったの」
 ……どこぞのテーマパークのアトラクションがなくなったのだろうか? そう思っていると、こちらの思考を察したのか麗香が先の言葉に補足した。
「違うわよ。絵本のシンデレラが消えてしまったの。シンデレラだけ忽然と、ね」
 それは全ての絵本からなのかと一瞬思ったが、それならもっと大事件になっているはずだ。ならばごく一部の絵本から消えたと考えるべきか。
「それがこの絵本よ。今朝うちに届いたの」
 麗香が古びた1冊の絵本を取り出した。表紙には『シンデレラ』と書かれているが、そこに肝心のシンデレラの姿はなかった。本文も同様だ。シンデレラの姿のみが消えている。
「手作り絵本でもない普通の印刷物で、こうなるのは変よね。ちょっと理由を調べてもらえるかしら? もっとも誰が送ってきたのかも分からないんだけど」
 麗香はやれやれといった様子で溜息を吐いた。
 あの……それでどうしろと?

●工場見学【1B】
「ここか」
 4WDワゴンから降りてきた女性が、目の前の建物を見てつぶやいた。目の前にあるのは印刷所、何の変哲もない印刷所だ。けれども、ある絵本を刷った印刷所となると話は違ってくる。
 目の前の印刷所は、アトラス編集部に送られてきた絵本『シンデレラ』を印刷した所。女性はその奥付を見て、ここにやってきたのだ。
 ぼさぼさの長髪で眼鏡をかけた女性は、メモの内容と印刷所の看板を見比べた。ここで間違いはないようだ。
「さて……調べてみるか」
 怪奇雑誌のルポライター・大塚忍はやれやれといった様子で言うと、印刷所の中へと入っていった。
「すみません、大塚と申しますが」
 応対に出てきた初老の職員に対し、自分の名を名乗る忍。ここに来る前に、電話を1本入れておいたのだ。電話があるかないかで、相手の対応ががらっと変わることは身をもって知っていた。調べたい内容が内容ならば、なおさら1本の電話が重要となってくる。
「ああ、先程のルポライターさんでしたっけ。見学をされたいとのことでしたね、どうぞこちらへ」
 にこやかに応対する職員。やはり電話が効いているようだ。
「いやあ、うちみたいな小さな印刷所を見学したいだなんて珍しい。うちは小さいですが、職人の腕に関しては、大手にも負けやしないと自負しています。ほら、向こうの機械なんて、大手が入れる前にうちが入れて……」
 職員は機械が唸る工場内を案内しながら、あれやこれやと説明をする。しかし忍はその説明をほとんど聞き流し、注意深く工場内を見回していた。
 いや、普通に見ているだけではない。自らの能力を用いて、工場内の霊視をも行っていたのだ。けれども、工場内に不審な点は見られない。いたって平穏そのものである、霊気の面から見ても。
「どうかなさいましたか?」
 忍の様子に気付いたのか、職員が声をかけてきた。
「いや、別に。興味深く見させてもらっているだけです」
 さらりと切り返す忍。職員はその答えに満足したのか、さらに機嫌がよくなったようだった。
「そうですか、それはそれは。それで話の続きですが、うちは職員が優秀ですから、落丁なんかもほとんど出なくてですね」
 得意げに話す職員。落丁という単語が出た所で、不意に忍が口を挟んだ。
「落丁ですか。ちょっとお聞きしますが……例えば絵本なんかで、ある登場人物の姿だけが、すっぱりと消え落ちてしまうようなことは過去には?」
「はは、そんなこと絶対にあり得ませんよ」
 職員は笑って答えた。
「1ページだけ姿が消えていたり、1折が丸々抜け落ちていたなんてことは過去ありましたけどね。ですが、特定の登場人物の姿だけが消え落ちるなんてことは今までもありませんし、常識から考えてもあり得ません」
「……まあ、そうだとは思ってたけど」
 職員に聞こえぬよう、小声でつぶやく忍。自分も印刷に関わる身なのだ、今回のようなことが通常ではまず起こり得ないとは分かっている。それでもやってきたのは……まあ、念のためという奴だ。ここに原因があるのならそれでよし、そうでなくとも忍の推測をより裏付ける結果になるのだから。
 忍はしばらく工場内を見学した後、職員に礼を言って辞した。

●少女の名は【2C】
(印刷所に原因がなければ、やはりあれか)
 忍は4WDワゴンを走らせながら、色々と考えを巡らせていた。
「憑くも神の一種か」
 ぼそっとつぶやく忍。憑くも神――長い間大切に使われてきた物品や家屋には魂が宿ることがある。それらを日本的に総称したものが憑くも神だ。ちなみに『神』とはついているが、実際に神様かどうかは個々のケースによる。
(あのように古びた絵本なら、有り得ない話じゃない。きっと長い間読まれてきたんだろう)
 忍はそんな推測を立てていた。なるほど、仮にそうだとしてみよう。けれども、憑くも神がシンデレラを絵本の外へと出してしまった理由が分からない。
(憑くも神がシンデレラ自身に乗り移って自主的に出ていったか、それとも……出さねばならない事態があったのか)
 理由はいくつか浮かぶものの、どれも決定打に欠けていた。一番確実なのは消えてしまったシンデレラ本人に聞くことなのだろうが、どこに居るか分からない現状ではそれもままならない。
「……別のルートを探ろう」
 忍は小さく溜息を吐いた。他に記事のネタがないのだ、しばらくこの調査を続けるしかなかった。
 と――別の路地へと入った所で、唐突に忍の4WDワゴンの前に少女が飛び出してきた。
「わっ! とっ……と!」
 咄嗟にハンドルを切り、急ブレーキをかける忍。4WDワゴンはすんでの所で少女をかわし、ブロック塀の寸前で停止した。
「ふう……」
 大きく息を吐く忍。どうにか事故は避けられた。忍がフロントガラスから外を見ると、少女は驚いたのかその場にしゃがみ込んでいた。
(ん?)
 眉をひそめる忍。というのも、少女の格好が妙だったからだ。この真夏の炎天下、何故かずきんを被っていたのだ。赤いずきんを。
 ともあれ、忍は4WDワゴンを降りて少女のそばへと向かった。
「大丈夫か?」
 忍が声をかけると、少女はこくんと頷いた。怪我をしている様子は見られない。やはりただ驚いているだけのようだ。
「怪我もないようだし……」
 そう忍が言いかけた時、突然少女が忍のズボンの裾をつかんだ。
「助けてください! 悪い奴が追ってくるんです!!」
「悪い奴だって?」
 周囲を見回す忍。今の所、それらしい人影は見当たらないが……助けを求められて放っておく訳にもいかない。忍は少女に助手席に乗るように言うと、自分も運転席に戻ってエンジンをかけ直した。
 4WDワゴンはすぐに動きだし、瞬く間にその場から離れていった。
「まずは名前を聞かせてもらえるかな。具体的な話はそれからだ」
 少女に尋ねる忍。視線がちらちらと、赤いずきんを向いていた。
(この格好、俺にはどう見ても『あれ』にしか見えないんだが……防災の日にはまだ早いしな)
 少女は少し躊躇していたが、やがて意を決して自分の名前を名乗った。
「あの……私、赤ずきんって言います!!」
 忍は思わず急ブレーキを踏んだ――。

●中間報告【4】
 夕方の月刊アトラス編集部――麗香の机の前には、真名神慶悟、大塚忍、高村唱、プリンキア・アルフヘイム、黒月焔、そしてシュライン・エマの6人という姿があった。各々のやり方で、今回の事件を追っていた6人だ。
「頭が痛くなるような話ね」
 麗香が頭を抱えながら、ちらりと応接用のソファーに目をやった。そこには美味しそうにアイスを食べている、赤ずきんを被った少女の姿があった。
「……で、あれが赤ずきんなのね?」
 少女を連れてきた忍に、麗香が尋ねた。
「それ以外の何に見える? 本人もそう名乗ってるし。もっとも、俺もまだ半信半疑だけどな」
 連れてきた本人でこれなのだ、他の者も俄には信じられない様子だった。が、例外がただ1人。
「OH、プリティ赤ずきん! 狼サンに食べられナクテ、よかったデース☆」
 プリンキアだけが、にっこりと笑顔を向けていた。
「まあ、彼女の話している内容は興味深い物だったけれど」
 麗香はそう言って、手元のメモを見直した。赤ずきんがここに来て話したことと、忍が赤ずきんから聞き出した内容をまとめた物だ。
 赤ずきんの話によると、絵本の世界から突然変な男にこの世界へと連れてこられ、同じ世界から連れてこられたと思われる狼男たちに襲われそうになったというのだ。
「つまりその変な男は、絵本の世界から登場人物を連れてくる能力を持っているということね。何のために、狼男に襲わせたかは分からないけど」
「それは、こう説明がつくと思いますけど」
 唱が麗香の疑問に口を挟んだ。
「例の絵本を描いた絵本作家さんによると、『どうしてぺローなんか選んだんだ。グリムのように、もっと残酷に描け』という電話があったということです。恐らくは、その脅しのためかと。俺の想像ですが、カメラをセットしていた可能性もありますね」
「……なるほどね。最初はシンデレラを襲わせるつもりだったけど、逃げられてしまったから赤ずきんを呼び出した、と」
 麗香は大きく息を吐いた。
「果てしない馬鹿ね……」
「まあ、今年の夏は非常に暑いからな。仕方ねぇんじゃねぇの?」
 ニヤリと笑みを浮かべる焔。
「だとしたら馬鹿の2乗……ううん、3乗だわ。こういう訳の分からない相手は、厄介よね」
 麗香がさらりと言い放った。そしてじろりと焔を睨んだ。
「まだ、シンデレラを確保出来ていれば、話は違ってくるんでしょうけれど……」
 その言葉に肩を竦める焔。1度シンデレラを捕捉したはいいが、狼男の邪魔に遭い、結局は見失ってしまったのだ。
「あれは……場所も悪かったんだ」
 焔がぼそっとつぶやいた。不思議なことに、詳しい場所を尋ねても焔は頑として教えてくれなかった。
「それはそうと、送り主の話をしていいかしら?」
 シュラインが皆の顔を見回していった。そういえば、まだ絵本の送り主が誰なのか分かっていなかった。
「送ってきたのは、香西真夏……『魔法少女バニライム』の主役よ」
 やれやれといった表情のシュライン。真夏の名前が出た瞬間、プリンキアが反応した。実はプリンキア、『魔法少女バニライム』で真夏のメイクを担当していたりするのだ。
「OH、マナちゃんデスカー☆ ケド、WHY?」
「一昨日のロケ帰りに、見知らぬ少女から渡されたんですって。切羽詰まった様子で、『信頼出来る所へ送ってほしい』って」
「……信頼出来る所?」
 慶悟が室内を見回した。
「何か言いたいこと、あるのかしら?」
「……いや、何も」
 麗香に睨まれ、慌てて視線を逸らす慶悟。
「で、監督の内海さんに話してみたら、ここの編集部を教えられたんで、迷った末に送ってみた……そう話してくれたわ」
「それって、『その監督から見た』信頼出来る所じゃないか?」
 冷静に突っ込みを入れる忍。まさしくその通りであるが、この場合は問題なしだろう。『世間一般から見た』信頼出来る所、例えば警察に持ち込んでも、軽くあしらわれるだけだろうから。
「ともあれ、その少女の特徴はしっかりと聞いてきたから、これから役に立つんじゃないかしら」
 シュラインはそう言って、真夏から聞いてきた内容を記したメモを取り出した。
「役立たせてもらうわよ、しっかりと」
 麗香がメモを受け取って眺め始めた。
「結局、まだシンデレラは消えたまま……これじゃ、記事にも出来やしないわ。当面、調査継続ね」
 溜息を吐く麗香。そしてちらりと赤ずきんを見た後、麗香は忍にこう言った。
「……赤ずきんの話だったら、そっちで書いても構わないわよ」
 忍はそれに答えず、ただ苦笑いを浮かべた――。

【シンデレラは消えた 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0599 / 黒月・焔(くろつき・ほむら)
               / 男 / 27 / バーのマスター 】
【 0795 / 大塚・忍(おおつか・しのぶ)
           / 女 / 25 / 怪奇雑誌のルポライター 】
【 0818 / プリンキア・アルフヘイム(ぷりんきあ・あるふへいむ)
          / 女 / 35 / メイクアップアーティスト 】
【 0907 / 高村・唱(たかむら・となえ)
           / 男 / 32 / ファンシーショップ店長 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全12場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は、整理番号順で固定しています。
・大変お待たせしました、お伽話の関係した物語をお届けします。今回はとっかかりになる部分が大変少なくて、プレイングを書くのに苦労されたことかと思います。申し訳ありませんでした。
・今回はプレイングだけでどこまで進むものかなと考えていた依頼だったんですが、(高原が考えていた展開において)結構進んだような気がします。これはやはり、皆さんのプレイングが優れていたということなのでしょうね。ちなみにこの物語、最低でも1回は続きます。
・分からない方への補足を少し。『魔法少女バニライム』というのは、日曜朝に放送されている特撮番組で、乱暴な説明をすれば、バニーさん姿に変身した少女が悪を退治してゆくという番組です。
・あ、赤ずきんは麗香が当面面倒を見るらしいです。
・大塚忍さん、妥当なプレイングだと思いました。ちなみにその推測、半分正解です。鋭いですね。それから、バストアップ等参考にさせていただきました。イメージ通り、描けたか心配ではありますが。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。