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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原>


ウェイトレスの多い料理店
●オープニング【0】
 夏休みに入って間もない日のことだった。
「多すぎるね」
 ぼさぼさの髪に分厚い眼鏡、そして白衣を羽織った制服姿の少女、『科学部』副部長の松戸里香は『情報研究会』の部室に入ってくるなり、鏡綾女にそう言った。
「ほえ?」
 間抜けな返事を返す綾女。多すぎると言われても、何が多いというのか?
「昨日寄ったファミレスのウェイトレスがさ。規模を考えると多すぎる」
 里香は空いていた椅子にどっかと腰を降ろし、話を続けた。
「旧市街の神薙南神社近くに『金澤亭』ってファミレスが出来たのは、あんたも知ってるだろう?」
「あ、ウェイトレスさんの制服が袴な所だよね? 先週開店したんだっけ?」
「そう、そこさ。料理の味はよかったんだけどねえ、どうにもそれが気になってさ。テーブル席20に対して、店に居るウェイトレスが10は理屈に合わないだろう?」
 確かに……それは多すぎる気がしないでもない。
「料金が高めなら納得も出来るけど、それも普通だからねえ。悪いけど、そっちで調べてくれないかい?」
「別にいいけど」
 綾女がちらりとこちらを見た。
 ……はいはい、ウェイトレスの多い理由を調べてくればいいんですね。

●評判【3D】
『金澤亭にまた行こうぜ!』
『ウェイトレスさん、可愛かったよな〜』
『ハンバーグがジューシーでよかったね』
『値段も手頃だから、れもんくらぶと両方行かなくちゃねっ♪』
『袴っ娘さいこ〜☆』
 エミリア学院のコンピュータルーム準備室――宮小路皇騎はブラウザの窓を複数開き、各々の内容を並行してチェックしていた。いずれも『金澤亭』に関する書き込みのあった掲示板である。
「悪い噂は特にはなし……か」
 手を止め、思案する皇騎。夏の補習や部活動の練習で学校に来ていた教え子の少女たちにもそれとなく評判を聞いていたが、やはり掲示板での内容と同じく好評であった。中には『金澤亭』でバイトをしてみたいと言う少女も居たくらいで。
 次に皇騎は『金澤亭』の経営主体について調べてみることにした。この辺りは、皇騎にとっては登記等のデータを調べてみればすぐに分かることだった。
 それで分かったのは2つ。『金澤亭』は個人経営で、藤森という男が経営しているということ。そして藤森という男は、以前おもちゃ屋を経営していたということだ。そのおもちゃ屋は1年前に廃業していた。
(おもちゃ屋からファミレスだって?)
 皇騎が訝るのも無理はない、業種替えといってもあまりにも接点がなさ過ぎる。
 ちなみに皇騎は神薙南神社との接点を疑っていたのだが、藤森という男、特に神社とは関係ないようである。

●求人情報【4D】
(求人募集は店の前に貼っているだけとは……)
 皇騎は1人で『金澤亭』を訪れていた。いや、本来は誰かを誘うなりして来ようと考えてはいたのだ。連れてきた相手が隠れ蓑になり、店内やウェイトレスたちの様子が窺いやすくなると思って。けれども、あいにくと誰も捕まえることが出来なかった。ゆえに、こうして1人で訪れることを余儀無くされたのである。
 さて話を戻して、求人のことだ。皇騎は求人状況についても可能な限り調べていた。分かったのは、『金澤亭』は求人情報誌等には求人広告を全く出していないということだった。ただ店の前に求人の旨を貼っているだけで。
(求人を出す必要がないということか。もし従業員が神社関係者であれば、修行の一環なのかもしれないのだが)
 皇騎はその可能性も考えた。けれども経営者の藤森に神社との関わりは見られないし、神社も関わりのない所に人手を注ぎ込むとは考えにくい。ゆえに、謎である。

●完璧はありえない【5D】
(店内の雰囲気も、料理の味も悪くはない……が)
 和風ハンバーグセットを食べていた皇騎は、ナイフとフォークを置いてウェイトレスたちに視線を向けた。
(やっぱり妙だ)
 どこがどうだと具体的なことではないのだが、ウェイトレスたちに漂っている雰囲気に皇騎は違和感を感じていた。正確には、一部の――といっても10人中8人なのだが――ウェイトレスに対して。
 いつも笑顔、背筋を伸ばしてしゃんとしている、私語も聞こえてこない。ウェイトレスとしては立派に見える。けれども、何か出来過ぎなのだ。その出来過ぎ感が、皇騎には違和感に思えてしまう。1%でも隙があったのなら、そんなことは思いもしなかったのだろうが。
 と――店の奥から男性の叫び声が突然聞こえてきた。
 何かあったのかもしれない。皇騎は即座に席を立つと、店の奥へと駆け出していた。

●並ぶ人形【5E】
 九尾桐伯と宮小路皇騎が何事かと駆け付けると、そこには七森沙耶と志神みかねの姿があった。
 その前には中年男性が立っており、そして部屋の中には人形を手にした戸隠ソネ子の姿があった。状況から推測するに、中年男性がソネ子に驚いて叫んでしまったのではないかと思われた。
 ふと、皇騎の目がソネ子の手にしている人形で止まった。その人形は、この店のウェイトレスと同じ姿をしていたのだ。
 桐伯も同様に、部屋の中の棚にソネ子が手にしているのと同じ姿の人形がずらりと並んでいたのを確認した。
「ウェイトレスさんここに居た……」
 ソネ子はそうつぶやいて、ニィ……っと中年男性に微笑んだ。

●真相【6】
 10分後――『金澤亭』のオーナー兼店長である藤森は、5人を相手に事情の説明を始めていた。
「実は私には人形に生命を吹き込む能力があるんだ。といっても、1回につき半日程度が限度だけれども。それに気付いたのは2年前、私がまだおもちゃ屋を営んでいた頃だよ。店には売れ残りの人形が多くてね、人形たちが不憫に思えていた時に、この能力だ。私はすぐに人形に生命を吹き込んで、人形たちと会話をしたよ、何度も何度も」
 しみじみと語る藤森。5人は黙って話を聞いていた。聞きたいことは色々とあるが、まずは藤森の話があらかた終わってからにするつもりのようだ。
「人形たちは、自分たちが売れ残っていることに罪悪感を感じていてね。私の役に立ちたいと、何人も話してくれたよ。そう思ってくれるのは嬉しいけれど、人形たちがそう感じるのは実は違う。売れ残ってしまうのは、人形たちが悪いんじゃなくて、私の経営が悪い訳だからね」
 藤森はそう言って苦笑した。
「私はどうにか出来ないかと考えた。そこで行き着いたのが、ファミレス経営だよ。人形たちに従業員として働いてもらい、罪悪感を感じることのないようにしようと思ってね。役に立ってるぞって、人形たちに言ってあげたかったんだよ」
「あの……それで、お人形さんたちに言ってあげることは出来たんですか?」
 みかねが藤森に尋ねると、藤森はにっこりと笑ってこう答えた。
「もちろん。人形たちが働いてくれるおかげで、人件費を他の部分に回すことが出来る。結果的にサービス向上に繋がって、お客さまの反応も上々な訳だから」
「しかし……皆が皆、人形だとは思えないが」
 皇騎が疑問を口にした。やろうと思えば人形のみで従業員は賄えるはずなのに、店の前にだけ求人広告を貼っている。これはどういうことなのか。
「それは苦肉の策だよ。人形たちは、実は咄嗟の反応に弱いみたいでね。厨房は何とかなるが、ホールはそうもいかない。それを補うために、人間の娘に何人か入ってもらっているんだよ。もちろん事情を話してね。今うちで働いてくれている娘は、全員納得してくれた上で働いてくれているんだ。区別しやすいように、人間の娘には緑色の制服を着てもらってね」
 藤森のその言葉で、皆思い当たることがあった。店内に足を踏み入れた時、最初に出迎えてくれたのは緑色の制服姿のウェイトレスだったなと。
「制服はいったいどうされたんですか」
 桐伯が藤森に尋ねた。
「人形用の服の在庫がたくさんあってね、それを着てもらっているよ。確か……大正の女学生の物だったかな」
 なるほど、だからこの制服な訳か。別に何かを狙ったという訳ではないらしい。それにしても、こうして1つ1つ謎を片付けてみれば、そう難しい問題でもなかった訳だ。
「……あの、私、ここでアルバイトとして雇ってもらえないですか?」
 話も一段落した所で、沙耶が藤森にそんなお願いをしてきた。
「だって、制服が可愛いし……」
 照れた笑みを浮かべる沙耶。見ているうちに、自分も着てみたくなったようだ。
「ええ、構いませんとも。いつでもいらっしゃい、歓迎しますとも」
 藤森が微笑んで言った。一同の顔にも笑みが浮かぶ。
「ウェイトレスさん、思われていて幸せ……」
 ソネ子がぼそっとつぶやいた――。

【ウェイトレスの多い料理店 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
                   / 女 / 17 / 高校生 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
           / 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】


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■         ライター通信          ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全17場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の登場人物一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせしました、高原が趣味に走ってしまったお話をお届けします。ええっと……『金澤亭』の制服の元ネタは説明が不要かと思いますので、割愛させていただきます。
・今回のお話ですが、実は行動次第では『ウェイトレスは確かに多いけど、普通のファミレスだよな』で終わってしまう可能性がありました。その場合は、多くの謎が残ったままになるはずでした。結果的にそれは回避されていますけれど。
・本文では明確に触れていませんが、厨房スタッフも人形です。こちらはまだ人間は居ませんけれど。
・宮小路皇騎さん、9度目のご参加ありがとうございます。経営主体等を調べたのはよかったと思いますよ。残念ながら、神社の関係者ではありませんでしたが。ちなみに、あの場所に店を開いたのは、そこがたまたま空いていたからだったりします。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。