コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


思いはそこに残ったまま
●きっかけ
 草間は客を迎え、閉口していた。客、と表現しても良いものか迷ってもいた。
「だからさ、ちょこちょこっと調べてちょこちょこっと解決してくれればいいだけだから」
 やってきたのは、50代の中年男性の片岡 洋二(かたおか ようじ)。コーポ片岡という捻りも何にもないアパートの大家だという。そのアパートの一室で、女の幽霊が出るとの噂なのだ。
「お心当たりは無いんですか?」
 笑顔を引きつらせながら、草間は尋ねる。先程から片岡は「コーヒーは出ないのか」「茶菓子は出ないのか」等と言ってくる。よくぞここまで横柄になるものだと、ある意味草間は感心した。
「そうだなぁ。そういや、あの部屋を借りていていきなりいなくなった奴がいたな。あの野郎、家賃を三ヶ月も滞納しやがった上に、突如逃げやがって……」
 ブツブツと片岡は言い始めた。それが長くなっては敵わないので、草間は慌てて話の腰を折る。
「その人、何ていう人ですか?出来れば、その人の出身とかも」
「えーっと……坂崎・智樹(さかざき ともき)だったかな。出身は分からないな」
「そうですか。……では、近日中にはお伺いしますので」
「早くしてくれよ。さっさと部屋を貸したいんだからな」
 片岡が帰ると、草間は大きな溜息をついた。疲労感がありありと分かる。
「とまあ、そういう訳だ。誰か行ってくれないか?」
 草間は依頼書で団扇のように扇ぎ、回りをぐるりと見回した。

●始動
 草間の前に、三人の男女が立ちはだかった。
「俺、行きますよ」
と、金の髪を無造作にかきあげつつ真名神・慶悟(まながみ けいご)は言う。黒の目がじっと依頼書を見つめていた。
「俺も行ってやってもいいぜ。専門分野だしな」
と、にやりと笑いながら影崎・雅(かげさき みやび)は言う。顔は笑っていながらも眼鏡の奥の、黒の目は真っ直ぐに依頼書を見つめている。
「私も行きます。同じ女の子として、助けてあげられるのなら助けてあげたいし」
と、背中まである艶やかな黒髪をなびかせながら長谷川・豊(はせがわ ゆたか)は言う。やはり黒の目の先は、依頼書だ。
「では、三人で頑張って貰おうか。やり方はお任せするから、いい報告を待ってるよ」
 三人に依頼書を渡し、草間はにっこりと笑いながら言った。

「まずは、お互いの方針を話し合った方がいいと思うのよ」
と、豊は言った。三人で依頼をこなすのだから、当然連携プレーも必要となってくる筈だ。「そうだな。とりあえずどうするかを言っておいた方がいいよな」
と、雅。依頼書を草間がしたように、パタパタと団扇のように扇いでいる。
「……俺は、まずアパートを回ってみようと思ってたんだが」
と、慶悟。それに同意するように豊が頷く。
「そうよね。私もまずはアパートに行って話を聞こうと思ってた」
「俺は話を聞く前に、回りから固める予定だったけどな」
 慶悟はしらっと言い捨てた。
「俺は先に回りを固めようと思ってたんだ。片岡のオッサンとか隣近所に話を聞いたりして。坂崎も気になるしな」
 雅はそう言って、にやりと笑う。
「そう、坂崎!……でも、部屋にいる彼女に聞いたら分かるんじゃないのかしら?」
「ちゃんと話してくれれば、だけどな」
「あ、そっか」
 雅に言われ、豊は頷く。
「じゃあ、とりあえずアパートに行こうか。俺が聞き込みをするにしろ、豊ちゃんが話を聞くにしろ、慶悟君がアパートの周りを固めるにしろ。アパートに行かなければ始まらないだろう?」
 年長者らしく、雅が提案する。
「そうね。賛成」
「……だな」
 三人の意見は一致し、アパートに向かう。大家があんまり好ましくない、コーポ片岡に。

●開始
 コーポ片岡は、綺麗でもなく汚くもなく。可も無く不可も無くといった感じの建物だった。恐らく白だったのだろうという外壁は、年数により所々剥げ、白というより灰色に近くなっている。
「じゃあ、ここで別れようか」
 雅はそう言って豊に依頼書を渡す。
「え?」
 不思議がる豊に、雅は笑いながら説明する。
「彼女に会う時、あった方がいいでしょ?」
「有難う」
「さてと、俺は聞き込みに行くか」
 雅はうーんと背伸びしながら言う。
「俺はアパートを一回りしてから行く。……長谷川、先に霊に会うのは構わないがくれぐれも刺激したりしないように。どんな反応を起こすか分からない。自分の身を守る為に、ちゃんと警戒しろ」
 慶悟の言葉に、神妙な面持ちで豊は頷く。それをかわぎりに、それぞれは動き始めた。

 女性の霊がいるのは一階の一番端の部屋、107だという。豊は歩きながら自分の鼓動が、全身を波打っているのを感じだ。
「普通に話が出来たらいいんだけど」
 豊は呟く。冷静な話が出来るなら、そちらがいいに決まっている。そうすれば、何故彼女がこの一室に留まっているかが分かる。
(ついでに、坂崎とかいう奴の事も聞けるかもしれないし)
 107に着く。ドアを目の前にし、豊は逆十字のネックレスを握り締める。
(冷静に話したい。お願いだから、恒の力は使わせないで……!)
 ドアノブに手をかける。一瞬鍵がかかっているのでは、と危惧するも、普通に開ける事が出来た。大家が開けておいてくれたのだろう。草間が、連絡しておいてくれたのかもしれない。
「えーっと……お邪魔します」
 無人の筈の部屋に声をかけつつ、豊は部屋に入る。カーテンの開いている部屋は、電気をつけなくても明るい。
「何ていうか……随分片付いた部屋ね」
 部屋には、殆ど何も無かった。布団や鍋など、生活をしていたであろう痕跡はあるのにも関わらず、本やCD等の娯楽用品が何も無い。質素で無機質な、寂しげな部屋。豊は取り敢えず、靴を脱いで部屋に上がり、ちょこんと座った。
「あのー。良かったら出てきてくれないかしら?」
 返答は無い。ごほん、と豊は咳をした。
(埃っぽいったらありゃしないわ)
 窓に近寄り、開けようとするが、建てつけが悪いのかなかなか開こうとしない。
「ん、もう!窓を割ってやろうかしら?」
 漸く、2センチ程度の隙間ができる。新鮮な空気が多少流れる。豊はついでにドアも開けた。これで埃っぽさが少しは無くなるであろう。
「それにしても、坂崎って奴。一体何処にいったのかしら?」
 ふと、部屋の中に写真たてがあるのを見つける。一組の男女が、楽しそうに写っている。恐らく、男の方が坂崎なのであろう。
「この女の人って……」
 ざわり、と背筋が凍りつく。写真たてを手に持ったまま、豊は振り返る。
『……それに、触らないで』
 写真たての女性だった。体が全体的に透けており、目だけが異様な印象を持っていることを除けば。
「えーと……こんにちは」
 とりあえず豊は笑いながら挨拶を試みるが、女性はそれにかえす様子は無い。
(もしかして、やばい?)
 豊は背中を、つう、と汗が流れ落ちるのを感じた。
「あ、あのね!私、あなたとお話しをしたいだけなの。本当よ」
『話?……話なんて無いわ』
「あるわよ。ねえ、何でここにいるの?何か心残りでもあるの?」
 女性は暫く沈黙し、にやりと笑う。
(まずい!)
 嫌な笑顔だ。見下すような、卑下するような、侮蔑するような。
『あなたに、何がわかるというの?』
 女性はそう言うと、手をすうっと挙げた。途端、豊の身体は吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。「ぐっ」と豊はうめく。
――豊……出せよ……。
 頭の奥で声がした気がして、豊は慌てて首を振る。
(駄目よ!まだ、駄目!)
 唇を噛み締め、豊は立ちあがる。まだ、恒の力は借りたくない。何が起こるか、目に見えているからだ。
「ねえ、お願い!冷静に話しましょう?」
『煩い』
 もう一度、女性の手が上がる。豊は衝撃を覚悟して目を閉じる。……が、衝撃は来なかった。女性の手が、はたと止まっている。
『閉じられた……』
「え?」
 豊の疑問に、女性は答えなかった。ただ、虚空を見つめるだけだった。

●集結
 豊は、自分とその場を取り巻く空気が幾分軽くなったのを感じた。
(真名神君だわ)
 そう確信し、思わず笑みが浮かぶ。女性の手は、相変わらず止まったままだ。
「ね、ねえ。良かったら名前だけでも教えてくれないかしら?私、長谷川豊」
『……春日・陽子(かすが ようこ)……』
 半ば放心したままで、女性――陽子は答えた。
(この調子だわ)
 豊は心の中で笑み、言葉を続けた。
「ねえ、陽子さん。どうしてここにいるの?」
『この空気……あなたの所為なの?』
「え?」
『綺麗な、空気……』
 豊は暫く考え込み、意を決したように答える。
「いいえ。だけど、私と一緒に来た仲間がやったのよ」
『霊道を、閉じたのね』
「そうよ」
 突如、陽子の形相が変わった。呆けているような表情から、一気に憎しみを帯びたものに変わる。
『余計な事を……!』
 陽子を中心にし、風が起こる。衝撃を放つ、人為的な風。耐え切れず、再び豊の身体は壁に叩き付けられてしまう。
――豊、豊、豊!
(嫌、駄目!)
 心の奥底からの声。必死で豊はそれに制止をかけるが、収まらない衝撃風を目の前にし、打開策は浮かばない。只一つの可能性を除いて。
(……恒……!)
 怖くないわけではない。だが、これ以上被害が広まってしまったら、打つ手はなくなってしまうかもしれない。自分の身でさえも、守れなくなるかもしれない。「刺激を与えるな」「警戒しろ」など、慶悟の言葉が浮かんでは消えていく。
(お願い、恒。どうか、酷い事はしないでね)
 そう念じ、豊はネックレスの逆十字を握り締めた。止まぬ風の中、ついに豊はネックレスを外す……!
『……?』
 風が、止んだ。陽子は訝しげに豊を見る。先ほどまでとはまるで違った雰囲気が豊を包んでいた。
「……さっさと変わっておけばいいものを」
 じろり、と豊は陽子を睨む。その目は、金。鋭い眼光は、何者をも凍りつかせる。
「お前、よくも豊に酷い事をしてくれたよな?……豊……こんな傷までつけられて」
『お前、誰だ?さっきまでの女じゃない……!』
「俺は恒だよ。……豊みたいに優しくねぇからな……。借りは返させてもらおう」
 恒は手をパンと叩く。合わせていた手を開くと、掌に剣のようなものが出てきた。
「あはははは!さっさと消えてしまいな!」
 剣を振り下ろす。陽子は避けようとするものの、避けきれず右肩から切られてしまう。霊体のはずの身体に、傷が入る。恒によって生み出された可視化された剣。鋭く、冷たい光を放つそれは、何者をも切り裂く。
「消えろ!」
『嫌ぁぁぁ!』
 陽子が叫ぶ。その時、恒の身体ははたと止まる。振り下ろす筈の剣は、宙に浮いている。不愉快そうに、恒は後ろを振り返る。
「何をしているんだ?長谷川」
 そこには、禁呪を放った慶悟の姿があった。
「ちっ邪魔者かよ」
 恒は吐き捨てるように言った。
(気に入らないんだよな、どいつもこいつも)
 恒は一瞬、皆を殺してしまう事を考えるが、豊が全身で拒否しているのに気付いて思い直す。目の前の慶悟も、豊に危害を加えるわけでも無さそうだった。
「お前、何者だ?長谷川はどうした」
 警戒しながら慶悟が言う。恒は真っ直ぐに慶悟を睨みつける。
「ふん……豊に指一本でも触れてみろ。殺してやるからな」
「お、おい!」
(今日のところは、引き下がってやるか)
恒は手にしていた剣を消し、ポケットから逆十字のペンダントを取り出して胸にかける。恒と豊の、入れ替わる瞬間だ。豊の体が崩れ落ちる。豊は、慶悟が自分の名を呼ぶ声によって目がゆっくりと開いた。
「大丈夫か、長谷川」
「あ……ええ」
(恒……誰も殺さないでくれたんだわ)
 小さく溜息をつきながら、豊は立ち上がる。陽子は怯えたようにこちらを見ていた。今にも逃げ出しそうな雰囲気だ。慶悟が何かしらの行動を起こし、その場が違和感に包まれた。
「何をしたの?」
 豊は尋ねる。慶悟は未だ陽子を警戒しつつ、答える。
「侵入も脱出も不可能な結界を張った。これで、あの霊はここから出られないし、仲間も呼べない」
「私達も、出られないのよね?」
「そうだな」
「誰も入れないのよね?」
「そういう事だ」
 豊はふと、あることに気付く。
「じゃあ、影崎さんはどうするの?」
「あ」
 気付いたように、慶悟は小さく呟いた。
「何とかなる」
「そうかしら……」
「それよりも。今は女の霊だ」
 慶悟は怯える陽子を目の前にして、数珠を構えた。豊は何とか得られた陽子の名前を教えてない事に気付く。
「あ、春日陽子さんって言うらしいわよ」
「名前を聞けたのか」
「ええ」
「上出来だ!」
 そう言うと、慶悟は「春日陽子!」と叫んだ。陽子の体がびくんと波打ち、その場で固まる。
(凄い……!)
 豊は感心して、慶悟と陽子を代わる代わる見つめた。
「理由は聞けたか?」
 慶悟が尋ねてきた。豊は、一瞬はっとしたような顔をして、それから顔を伏せた。
「それが……」
「そうか」
 ぴんと背筋を張り、慶悟はもう一度陽子の名前を呼んだ。陽子の体が今一度、硬直した。
「この世に留まるは何ゆえのものか。汝、残念せしめる想い…この俺が聞き、助けが要るならば手を貸そう…!」
 陽子は口を噤んだまま、喋ろうとはしない。呪が聞いているはずなのに、言葉を発そうとはしないのだ。もう一度、慶悟は同じ事を繰り返した。
『……どうして?ただ……会いたかっただけなのに……』
 それだけ、口にした。ただ、それだけを。
(陽子さん……一体誰に会いたかったというの?坂崎?それとも、他の誰か?)
 豊はじっと陽子を見つめた。慶悟のお陰で、大分落ち着いたように見えた。今ならば、尋ねた事に答えて貰えるかもしれない。
「ねえ、誰に会いたかったの?坂崎って人?」
 陽子は動かない体のまま、じいっと豊を見つめた。多少怯えを含んだ顔で。
(やぱり坂崎がキーポイントなんだわ。辛い思いをしているんだわ……)
 豊は確信する。
「ねえ、お願い。教えてよ。私にできる事なら、力を貸すから」
『霊道……霊道を開けて……』
(霊道?……さっき真名神君が閉めたという?)
 豊は訝しげに思いつつも、それだけを要求してきた陽子の願いを聞きたいとも思った。意を決して慶悟に言う。
「ねえ、真名神君。霊道……」
 豊は困ったように言った。すると、慶悟は暫く考えた後、陽子に尋ねた。
「開いて、どうするつもりだ?」
 返答は無い。
(霊道を開けば、何か道が開けるとでも言うのかしら?)
 慶悟はまた暫く考え、口を開いた。
「霊道を……」
「開くな!」
 突如かけられた大声に、豊と慶悟が振り返る。そこには、にやりと笑う雅の姿があった。

●結進
 役者は揃った。雅は真っ直ぐに陽子を見つめた。
「陽子さん、霊道を開けって言ってたんだけど……?」
 そう言って豊は疑問を抱えたまま雅に言う。
「陽子さん、て言うのか」
「フルネームは、春日陽子だそうだ」
「そうか」
 頷き、雅は陽子をじっと睨む。まだ慶悟の禁呪が効いている為、動く事は敵わない。
「霊道なんて開いてはいけない。それこそが、彼女の望みなのだから」
「どういう事だ?」
 慶悟が尋ねる。雅は一息置いて、口を開いた。
「坂崎は恐らく彼女に殺されたんだ。……交通事故で死んでしまった、陽子さんにね」
「何ですって?」
 豊は思わず声をあげる。「反対だと思ってたわ」
 雅は、坂崎が陽子を金づると言ってアパートの家賃を払わせようとしていた事、交通事故で死んでしまった陽子から金を取れなかったといって悔しがっていた事、そして一週間前に虚ろな目をして何処かに行ってしまった事を話した。
「そうか……霊道を開けば、いつか坂崎がここに帰ってくるかもしれない」
 慶悟が呟く。「だから、霊道を開いていたのか!」
「俺は、出来る事なら彼女の思いを一番にかなえてやりたかったが……それは出来ないようだ」
 険しい目で陽子を見つめながら、雅は言う。
『どうして?どうしてよ?私、何もしてないわ』
 陽子が動揺する。が、慶悟は首を横に振った。
「霊道を開くだろう?それによって、本来現世にあってはならぬ者達が無駄に蠢く事となる。それは世の理が乱されることになる」
 慶悟はじっと、陽子を見つめた。
『私、騙されていたのよ?智樹の魂くらい、貰ったっていいじゃない!』
 陽子が叫ぶ。が、豊は眉間に皺を寄せて冷静に言う。
「そんなの、おかしいわ。騙されていたから、命を奪っていいことにはならないわ」
(絶対に、そう。命を奪う事は……いけないわ!)
 半分、恒に言い聞かせるかのように。豊は胸のペンダントを握り締めた。
『何でよ?私はただ、智樹に会いたいだけなのに!』
 その言葉で、雅の目が和らぐ。
「ならば、会いに行けばいい。……少なくとも、ここにいても会えないのだから」
 雅はそう言い、慶悟と豊を見る。二人とも、雅の言葉に頷く。陽子は何かを言いかけ、止めた。三人の言葉が、押し寄せてきたのであろう。まだ理性的な感情を持っているのだ。
慶悟は禁呪を続け、結界を維持する。雅は浄化の体制に入る。懐から経文を取り出し、唱えていく。それを受け、慶悟は禁呪を解いて雅のサポートに入る。流派が異ならないようにしながら、鎮魂の呪を唱えていく。
 二人の力で、だんだん陽子の体が光の中に溶けていく。
「陽子さん。……次は、幸せになれるわ」
 消えそうな陽子に、豊は声をかけた。光の中で、陽子が微笑んだような気がした。そして、静寂が訪れる。
「もう、結界はと居ても良いだろう」
 慶悟はそう言い、結界を解く。それと同時に「あ」と豊は声をあげた。
「そう言えば、どうして影崎さんは結界の中に入って来れたの?真名神君の結界、失敗してたとか?」
「失敬だな。ちゃんと成功していた」
 少しムッとしたように、慶悟は言う。雅は「あはは」と笑いながら言う。
「俺さ、そう言うの効かないんだ。だから、慶悟君が失敗した訳じゃないからご心配なく」
「つまり、生きている魔よけ札だと」
「そういう事かな?」
 ふと、慶悟は少しだけ開いている窓に目が行く。それに気付き、豊は苦笑した。
「あのね、窓を開けようと思ったら開かなかったのよ。ほら、この部屋ってちょっと埃っぽいじゃない?」
 慶悟は無言のまま、開けようとする。……が、開かない。そこに、すっと雅が手を出してきて軽々と窓を開ける。
「凄い!」
 豊は素直に手を叩く。
「怪力だな」
 慶悟はそう言い、豊につられたように手を叩く。
「それほどでも」
 照れたように雅は窓から手を離し、後頭部をかく。すると、ごん、と大きな音がして窓が地面に落ちる。ガシャン、という音もしたところから、ご丁寧に硝子まで割れたと思われる。
「……おい」
 慶悟は窓枠に近づき、下を見る。見事なまでに壊れてしまっていた。
「どうせ壊れるなら、壊しておけば良かった」
 残念そうに言う豊に、慶悟は思わず突っ込む。
「それも違う」
「まあまあ。とりあえず、祝杯でもあげようぜ」
 一番の原因である雅が、慶悟を宥めた。
「お酒?」
 目を輝かせ、豊が尋ねる。慶悟はどうでもよさそうに、煙草を口にくわえた。
「いや、たこ焼き」
「え?」
 思ってもみなかった答えに、豊は思わず効き返す。そして慶悟の口からもぽろりとくわえたばかりの煙草が落ちてしまった。
「美味しいから!さ、行こうぜ」
「たこ焼き……」
 雅に促され、慶悟も部屋を出て行く。豊はふと部屋を振り返り、写真たてを見つめた。
(人を殺める事は、どんな理由でも悲しい事だわ……。そうでしょう?恒)
「豊ちゃん、行くよ」
「長谷川、さっさと来い」
 二人に促され、豊は部屋を出る。すっかり空気の流れが良くなった部屋の中で、カタン、と写真たてが倒れる音が響くのだった。

●報告書
 三人は、雅のお勧めのたこ焼きやで報告書を纏め、草間に提出した。手土産のたこ焼きも一緒に、だ。
「ご苦労様。どうやら、無事に依頼は完了したみたいだね」
 草間は三人に微笑み、報告書にざっと目を通した。そして、机の中から一枚の紙を取り出す。
「はい、これ」
「何ですか?これ」
 豊は疑問に思いつつも、草間の取り出した紙を手に取った。それに慶悟と雅も覗き込む。それは、請求書だった。豊が開けようと懸念し、慶悟が開けられなくて奮闘し、雅が開けて壊してしまった窓の、請求書。
「ご丁寧にも、持ってきたんだよね。お陰で、報酬は半分だったよ」
 三人は、額に嫌な汗が流れてくるのを感じた。次に出てくるであろう草間の言葉が、何パターンも頭を巡る。
「という事で、給料から減らしておくから」
「ええー!壊したの、影崎さんですよ?」
「慶悟君が開けられなくて困ってたから開けたんだぜ?」
「長谷川が開けたがってたから開けようとしたんだ」
 一通り回ると、三人は黙ってしまった。草間はパンパンと手を叩く。
「つまりは、三人ともだって事で。仲良く減給ね」
 三人は顔を見合し、小さく笑いあった。ともかくも、全てが終わった事には変わりないのだから。それが例え、減給というおまけ付であっても。

<依頼終了・減給有り>


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0843 / 影崎・雅 /男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0914 / 長谷川・豊 /女 / 24 / 大学院生 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
初めまして、こんにちは。霜月玲守と申します。私の依頼を引き受けていただき、本当に有難うございました。
今回は、三人の方で依頼に挑んで頂きました。如何だったでしょうか?

長谷川・豊さん。恒という魅力的な能力(?)を生かしきれてない気がしてなりませんが、どうだったでしょうか?本当ならば、空手の話なども書きたかったのですが。
そして、霊から話を聞く、という見解は皆さん同じ考えを持ってらっしゃったのでやりやすかったです。それに至るまでがやはり個性が出ていましたが。
豊さんの場合は話をしてから考えるという事で、ちょっと遠回りになってしまったかもしれません。ですが、先入観なく霊と接する事が出来たのではないでしょうか。

まだまだ未熟者で、力不足が目に付くかもしれませんが、少しでも楽しんでいただけていたら光栄の至りでございます。
尚、今回の話は皆さんで少しずつ内容が違ってます。見比べると、全体像が浮かんでくる筈です。是非、見比べてみてくださいね!
ご意見・ご感想等、心よりお待ちしてます。
それでは、またお会いできるその時まで。