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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


人形語り

------<オープニング>--------------------------------------


「夏と言ったら百物語だよね〜☆」
 ウォーター・アミューズメントパークの帰り道、雫が言った。まだほんのりと髪の毛が濡れている。
「百話集めるの大変だよ? サイトでやるの?」
「それは去年やったから、今年は体験してみよーかと」
 電車内、隣の座席に座っていた田端頼子が手を叩いた。
「弟に聞いた話なんだけど、人形怪談って知ってる?」
「知らない!」
 雫は体の向きを変え、頼子の顔をのぞき込んだ。
「恐い話をする人数分人形を集めて、それと同じ数だけ蝋燭を用意するの。
 で、蝋燭の後ろに人形を座らせて人形の後ろに持ち主が座るんだって。
 それで何個か恐い話をしていると……」
 小さな喉を、雫はこくりと鳴らした。そして二人で声を上げて笑う。
「いい! それにしよう☆百個恐い話集めるより楽だし〜」
「オフ会ついでにやったら? 私も参加したいな」
 二人は話に華を咲かせた。前に立っていたサラリーマンが、咳払いをしても気にしない。大きな声で笑い合う。
「サイト告知もしなくちゃね!!」


 二日後、雫のサイトにコメントが載せられた。
☆オフ会開催決定! 参加条件:恐い話と人形を持ち寄ること!☆



●行きはヨイヨイ?

「早くぅー!」
 先頭に立った瀬名雫が、後ろを振り返る。なだらかに続く山道の向こうに、数人の人影があった。雫は黒土の上をぴょんぴょんと跳ねて、歩調を速めるよう促す。
「若いって良いわね……」
 最後尾のシュライン・エマが呟く。額に浮いた汗をハンカチで拭い、空を仰いだ。文字通り午後の日差しがぎらぎらと照りつけてくる。それほど標高の高くない山のはずなのだが、登れば登るほどに暑くなる。重なった木々の葉の間から、太陽の光と蝉の声が落ちてきた。
「荷物、持ちますよ」
 山登りだとは知らなかったのだろう。ヒールの高い華奢なサンダルを履いているシュラインを、大上隆之介は気にしていた。
「ありがとう」
 男の親切を受けるのは女の親切である。シュラインは小さめのスポーツバッグを隆之助に渡す。
「やっぱクーラーの中にばっか居ると駄目だねー」
 二人の一歩先を歩いていた少女が振り向く。こちらも暑そうに顔を上記させているが、それがまた楽しそうにも見えた。
「そんなに暑いか?」
 隣に立っていた少女が首を傾げる。こちらは適度に日焼けをし、健康的だ。炎天下など気にせず出かけるタイプなのだろう。
「曜ちゃんって部活体育会系?」
 健康的な少女−−−曜はにっと笑った。それ以上答えない。聞いた少女、千里は前を歩いている雫を見た。
「山登りだって言ってくれれば、動きやすい格好で来たのに」
「ごめんね。予定になかったんだけど、オフ会にぴったりな場所が見つかっちゃったんだもん☆」
 謝っているわりに嬉しそうだ。
「オフ会にぴったりって普通カラオケとか飲み屋とかじゃないの〜?」
「ちーちゃん、ロケーションって大事なんだよ!」
 千里はシャツワンピースの裾を摘み、はぁとため息を漏らした。



●オフ会現場

 舗装されていない山道を一時間ほど歩き、やっと雫の足が止まった。
「じゃーん! オフ会会場でっす!」
 胸を張り、手をぴんと伸ばし、雫は小さな寺を指した。入り口に灯篭があり、小さな本堂だけがある。街の片隅にでもあるような、普通の寺だ。人気がなく、灯篭は苔むし落ち葉が散乱している。めったに人が来そうにない場所だ。
「雰囲気あるな」
 シュラインの荷物を片手に、隆之助は呟く。全員は石畳を抜けて、本堂に入った。木造の建物は歩くだけでギシギシときしむ。
 雫が裏口の鍵を開け、その中へ入った。
「しずくの知り合いがここの管理人なんだ。普段は会社で働いている人なんだけど、お坊さんの資格持ってるんだって☆」
「お坊さんって資格が必要なの?」
 入ったらすぐさま、シュラインは換気を始める。締め切られた雨戸を開き、開放する。かび臭くよどんだ空気が山の清潔な空気と入り混じる。シュラインは縁側で深呼吸をした。
 雫は鞄からいそいそとICレコーダを取り出す。どうやらそれで怪談話を録音するらしい。
 隆之介と曜は庭にあった井戸水で顔を洗い、千里は本堂の中心部、仏像の前で寝転がっている。板の間なので涼しいらしい。
 各自がやりたいことをやっている間に、太陽が落ちていく。山の夜は早く、夕焼けから夜闇までは駆け足だ。
 シュラインの作った料理を食べ、準備万端。
 全員は仏像の置かれた間に集まり、車座に座った。それぞれの前に雫が持ってきた太い蝋燭を置く。蝋燭の下には蝋がこぼれないように紙を敷いた。
「私が持ってきたのはこれ。ビスケット・モンスターのぬいぐるみよ」
 シュラインは膝の上に載せていた、青いふわふわとした毛の生えたぬいぐるみを見せる。体の作りは人間に近く、有名テレビ番組のキャラクターである。
 ボーイッシュな外見に似合わず、曜の持ってきた人形は立派なビスクドールだった。大切そうに曜に抱かれ、蒼く透明度の高い瞳に揺れる蝋燭の炎を移しこんでいる。波打つ金髪、豪華なレースをあしらったドレス。どれをとっても高級品だとわかる人形だ。
「人形?!」
 千里が突然声を上げた。
「ねぇ、もしかしてただのオフ会じゃないの?」
「タダってどう言う意味だ?」
 隣に座っていた曜が聞く。
「だから、ただ遊んで……ってやつ」
「恐い話をする集まりだろ」
 隆之介に、千里以外は頷く。
「うそ、やだ、聞いてないよぉ……ミラルカちゃんが楽しそうにしていたと思えば……」
 ぐっと握りこぶしを作り、千里は瞳を閉じた。何やら思い出しているらしい。
「ちーちゃんは人形持ってないの?」
 雫が悲しそうに眉根を寄せる。
「俺も忘れてきた……」
 隆之介は面目無い、と頭を下げる。鞄に入れていたはずなのだが、先刻確かめたら無かったのだ。
「じゃ二人はこれ使ってよ」
 携帯電話のストラップを、雫ははずす。ストラップには様々なキャラクターのフィギュアが付いていた。千里と隆之介はフィギュアを受け取り、自分の前に置かれた蝋燭の側に人形を置く。
 ゆっくりと雫が電気を消した。
 しん、と一瞬座が静まる。外の虫の音が良く聞こえた。線香とカビの匂いを強く感じる。視界が遮断されたせいで、他の感覚が鋭くなっているのだろう。
 ゆらめく蝋燭の細い炎の中、怪談話は始まった。



●大上隆之介の語る恐い話。

 これは俺の体験談だから、恐い話っていうかどうかわかんねぇな。
 不思議な話ってやつか? 実は俺、記憶喪失ってやつなんだ。三年ぐらい前からの記憶が全然ないんだよな……ないって言うか、そう。イメージが残ってるぐらいなんだ。
 良くわからない影と戦ってるのとか、すごい速さで暗い森を走っているのとか。しかも視界が低いんだよな。子供の時の記憶かもしれない。断片的な印象だけが頭に残ってて、これだ! ってのがないんだ。
 記憶喪失とは少し違うかもしれないが……。
 確かな記憶といえば、今面倒を見てくれている人との記憶しかないんだ。文字通り拾われたってやつなんだけど。
 拾われたとき、俺って傷だらけでボロボロで行き倒れってやつだったらしい。気を失ってたせいか全然わからないんだが。よく拾ってくれたもんだよ。
 身よりもなくて素性もはっきりしない俺を、拾ってくれる優しい人っているんだなーと思わない? 普通だったら警察とかに保護をお願いしてそれで終わりだろ。本当、ばあちゃんには感謝してるよ。形として返せてはいないけど、それはそのうちってことで。
 記憶がなくても実生活には支障がないんだ。言葉もわかるし、物の使い方とかも覚えてる。テレビとかパソコンとかも平気だった。知識事態は人一倍あるみたいだしな。
 今大学に通ってるんだけど、亡くしちまった過去の手がかりになればと思って、歴史を選考してみたんだ。
 だが……どうも不思議な話で、日本史なんて知っていることばかりだった。しかも俺が知っている、というのは本とか教科書で読んだ文章的な知識じゃなくて、戦いの現場に居たような……自分の目で見てきたような知識もあったりして。
 過去の手がかりを探しに行ったのに、よけいわかんなくなっちまったよ。知っているから勉強も面白くないしな。
 あと、変な夢を見る。夢って記憶や精神状態が関係あるんだろ? 同じような夢を何度も見るってことは、過去に関係あることだとは思う。
 暗い森でさまよっていたり、化け物に噛みついたりする夢が?
 俺様って何よ?! とか思うじゃん。
 記憶はほしいけど化け物はちょっとなー。
 生身の人間が化け物に噛みついたってことなら話は別だけど。味とか想像しちまって気持ち良いものじゃないが。
 リアル過ぎて恐い時もあるぜ。相手の筋肉が俺の牙に引き裂かれて、ちぎれる音もその匂いも臨場感たっぷりでさ。そう、夢の中の俺には鋭い牙が生えているんだよな。なんなんだろう。
 色々な夢の中でも、これだけは! ってのもある。
 女を見るんだ。それが俺の運命の女だってのはわかる。魂にそう刻まれているみたいでさ。
 とにかく夢の中の女は美人なんだ。月みたいで、上手く言えない。夢の中の俺は女のことを全部わかっているような感じでさ、顔とかも良く覚えているのに……目覚めると顔が思い出せない。
 夢の中の俺が女に会えてあんまり嬉しそうでさ。俺自体は会えないんだぜ、夢の中の俺は俺じゃないからだ。夢の中の俺が女と抱き合ったりしてると、めっちゃくちゃ悔しくて。
 どうして俺じゃないんだろうとか思うし。嫉妬だよな、これって。
 でも俺にだってわかることがある。
 夢の中の女とは、絶対会えるってね。
 夢の中じゃなくて、夢の中の俺じゃなくて、夢の中の女じゃなくて。
 現実に、この俺が現実として存在する彼女に逢える……。
 それだけはわかる。
 怪談とはちょっと違うけど、ロマンチックな話だろ。
 俺としてはロマンなんかより、逢えるってことが重要なんだけどさ。



●ご休憩T

「それ、本当なの〜?」
 千里が首を傾げた。その視線を受けて、隆之介は黒髪を掻く。
「女引っ掛けるための作り話だと思ってるだろ」
「だって、あたしのこともそれで口説いたでしょ」
「ナンパ者なんだな」
 悪戯っぽく曜が瞳を細める。
「だから、ほんとなんだって」
 答えながら隆之介は自分の前に置かれた蝋燭を吹き消す。一つ話すごとに一つ消していくのだ。
「ま、約束の人ってのは確かにロマンチックだよな」
 曜は少年のようにさばさばと語る。
「王子様ねぇ……」
 冷たいお茶を全員に回しながら、シュライン。全員は暑い本堂内で汗をかいている、喉が乾いているのだ。特に話していた隆之介は一気にお茶を飲み干す。
「シュラインさんには草間さんがいるでしょ」
「王子様には遠いわね」
 千里とシュラインは苦笑し、また次の話が始まった。



●シュライン・エマの語る恐い話。

 最初に行っておくけど、雫ちゃん。興信所の話は期待しないでね。プライバシーもあるし、守秘義務があるの。色々な依頼をこなしてきたから、それなりに恐い経験はしてるけど。
 銃で撃たれたときは本当に恐かったわ。病院から警察に連絡も行くし。病院側も銃痕の場合は報告する義務があるのよね。痕が残ったらどうしようかと思ったわ、これでも嫁入り前ですから。はいそこ、笑わないの。
 そうね……知人に聞いた話にするわ。
 知ってると思うけど、水の周りって幽霊がよく集まるスポットよね。よどんだ湖には何が沈んでるかわからないし、綺麗な滝でも自殺の名所だったり……。
 深夜、洗面台に水をためておいて、鏡をじっと見ていると、水を求めて空襲で死んだ人が集まってくるって話もあるわね。
 これもそう。水周りの恐い話なの。
 水周りといえば洗面台やお手洗いよね。女の子のほうが行く回数は多いのかしら、化粧直しとかもするし。化粧直しは構わないけど、落とした髪ぐらいは拾ってほしいと思わない?
 で、その知人の話なんだけど、仮に曜ちゃんってことにさせてもらうわ。
 曜ちゃんはその日、飲み会の帰りだったの。お酒の跡はその、生理的欲求が来るものよね。曜ちゃんは駅についてから迷ったの。駅から家までの距離は歩いて十分ぐらいだった。
 その駅は小さな駅で、トイレも薄暗くて狭くて、ちょっと恐い感じのするトイレだったのよ。無意識に避けている場所って誰でもあるでしょ? 体育館のトイレとか。そういう雰囲気だったのよ。
 でも酔っていたし、曜ちゃんはそのトイレに入った。
 トイレには人影がなかったわ。もちろんホームにもね。曜ちゃんがこの駅まできた電車が終電だったの。しんと静まり返るトイレの中で、たまにぴたん、と水音がする……。
 冷たいものを感じたらしいわ。曜ちゃんは手洗い場の前を足早に進んだ。鏡は見なかった、何か映っていたら嫌でしょ? 何かって、それは当然……。
 曜ちゃんは入り口から一番近くの個室に入ったわ。左右を壁に囲まれて、ちょっと息苦しさを感じる。でも、用を足さないわけにはいかなかった。全てを済ませて、個室から出ようとすると、視線を感じたの。
 覗かれてるのだろうか。
 曜ちゃんの頭に嫌な思いがよぎったわ。女の子が深夜、一人きり。恐いのは幽霊だけじゃないものね。それにトイレ……。誰が覗いているのか、確かめないわけにはいかなかったわ。
 不安になって、ある場所を覗いたの。視線はそちらから感じたのよ。
 すると、目があったの。
 女の人の、憎悪に満ち目。見開き、血走って、冷たく光る瞳。
 背中を掴まれるみたいに、恐怖を感じたわ。だから、曜ちゃんはすぐに視線を反らした。個室から逃げ出したいって思ったわ。
 でも、女の人は外に、この個室の目の前にいるの。とても出て行くことなんてできない。でもでも、ここにずっといるのも恐ろしい。
 曜ちゃんは迷ったわ。
 そして、ふと思い出したの。
 女性の瞳を見たのは、個室のドアの下側だった。ほんの少しドアの下に隙間があるじゃない、あそこだったの。
 そして、瞳は普通の向きだった。
 普通の大勢で下からトイレを見つめるのなら、しゃがんだりしなければならないわ。しゃがんで、顔を寄せるの。けれど、そうするなら瞳の天地が逆になるわけでしょう?
 もし正しい上下で覗くのなら、タイルに寝転がるしか方法がない……。
 結局、曜ちゃんは駅の見まわりをしていた駅員さんに助け出されたわ。
 曜ちゃんは個室から助け出した駅員さんに女の人の話をしたわ。駅員さんはごく小さな声で、でも確かにはっきりと言ったの。
「またか……」
 ってね。



●ご休憩U

「結構、来るな」
 名前を使われた曜は、自分の肩を抱いた。恐さもひとしおなのだろう。
 ヴォイス・コントロールに優れたシュラインは、時に低く、淡々と、また恐ろしく物語りを紡ぐ。その場にいた五人は言葉を失い、息を呑んだ。
 そして締めくくりとばかりに蝋燭を吹き消した。半分が消えたので、部屋の闇が濃くなる。
「夜の駅が恐くなるぅ〜〜〜」
 千里は頭をぶんぶんと振って、なんども座りなおす。そして溜まらなくなったのか、隆之介の服の裾を掴んだ。
「ねぇねぇ、もしかしてこのお寺で泊まるの?」
「夜道を下るのか? 危ないぞ」
「それはそうだけど」
「野犬とかいたらどうする。 俺が退治してやってもいいけど」
 これでも自信あるんだ、と曜は微笑む。
「明かりもないもの。きっと恐いわよ」
 おびえる千里に、シュラインはくすっと微笑んだ。
「うわーん!」



●月見里千里の語る恐い話。
 
 これはミラルカって子の手紙に書いてあったんだけど……。始まってから手紙を読めってこのことだったんだぁ……。怪談話するなんて知らなかったんだもん、知ってたら来なかった!
 あ、ごめんね、雫ちゃん。そういう意味じゃなくて……えと、恐いの嫌いだから……嫌いていうか苦手なんだもん。恐いから……。
 もう、ささっと読んじゃうね。
 これはとある場所の古い峠のお話。
 ある日、男の人が峠を歩いていたの。で、頂上近くで若い和服姿の女の人がいたの。ぼーっと立っていたの。星空を見上げて、風に飛ばされちゃいそうなぐらい儚い感じの人だったんだって。そこでずっと佇んでいる。
 天体観測をしている様子でもないし、誰かと待ち合わせでも? と男の人は思った。でももうかなり遅い時間。約束をすっぽかされたままずっと待っているのだろうか、と男の人は心配になった。
 これは、とある県の古くからある峠のお話なんだけど・・・ある日、夜遅くにその峠道を歩いていた男の人が、頂上近くで、若い和服姿の女の人が、なにをするわけでもなく、ずっと、空を見つめたまま、そこにたたずんでいるのを見つけたの。
 男の人は声をかけることにした。
「何を見ているんですか?」
 女の人は、すごくゆっくりした動作で男の人を見つめた。
 重く沈んでいくような視線だった。
「……私……」
 男の人はその場に座り込んじゃったの。びっくりしてね。それで、立ちあがろうと上を見上げた。そこはちょうど、女の人が見つめていた場所だった。
 そこには、一本のロープがあった。ゆらゆらと髪の毛みたいに風に揺れて、近くの木の枝から垂れ下がってた……。

 後日談になるんだけど、その峠がけ崩れがひどいかったんだって。で、それを防止するために工事をしたの。
 そしたら、出てきたんだって。
 高い木の枝にくくりつけた、一本のロープが……。



●ご休憩V

 千里は手紙を読み終え、それをくしゃくしゃにして部屋の隅に投げてしまった。
「短いな」
 大人しく聞いていた隆之介が呟く。
「恐いから、手っ取り早く……」
 首をすくめ、千里は申し訳なさそうに雫を見た。雫はICレコーダを操作し、録音を止める。
「さっきシュラインの聞き返したんだけど、変な音が入ってるの……」
「え?!」
 そんな事態になると思っていなかったのだろう。シュラインが声を上げる。それから口元に手を当てた。
「俺さ、さっき千里が喋った話知ってる。それ実際にあった話だよ。友達が工事の警備のバイトしてて、ロープ見たって」
「うそぉ……」
 曜が低く言う。千里はぷるぷるっと体を震わせた。
「こう、やばそうな感じになってきたな」
 隆之介は真っ暗な天井を仰ぐ。
「……早く終わらせちゃおう!」
 もう残り少ない光源、二つのみの蝋燭。その一本を千里は吹き消した。



●葛妃曜が語る恐い話。

 そろそろ恐い話も終わりってことか。人形集めての恐い話なんて初めてだ。割と楽しめると思わないか? ……千里はそうでもないみたいだな。
 丁度良い、俺は人形の恐い話をさせてもらおうか。母親が人形好きでね、俺が持ってきたこのビスクドールも母のなんだ。持ってくるとき、壊さないでと泣かれたよ。ビスクドールは顔の部分が焼き物だ、落としたら割れるんだよな。結構高価な人形らしいし、古いものだそうだ。古いってことはそれだけ沢山の人の手を渡ってきたってことなんだよな。
 人形っていうのは恐い話の定番。どうして恐い話をしたがるのかな、玩具なのに。愛するために作られるんだろ、こいつら。まぁ恐い話も遊びだって言ってしまえば終わるけどさ。
 前振りが長くなっちまったな……。こっからが怪談だ。
 昔、祖母さんから聞いた話。
 明治とか大正ってぐらいの時代、あるところにすごく可愛い女の子がいたんだ。赤い着物の良く似合う、髪の長い女の子。大人しくて、物静かで思慮深い。俺とは反対かもな。
 その子はとにかく体が弱かった。だから、父も母もすごく大切に育てた。ほしいものは全部買ってやったし、ほしがらなくても玩具や本、とにかく部屋中そんなもので埋め尽くされてた。もちろん高級品や職人の手による人形も。その時代なら舶来物と呼ばれていた、俺のこの人形みたいな西洋人形も持っていた。
 その少女は体が弱いせいで、外に出られない。だから遊んでくれる友達なんて一人も居なかった。彼女の友達は沢山の人形だけだったんだ。
 ある日、少女の父親が知人から人形を貰ってきた。
 人形はとても可愛くて、今まで持っていたどの人形よりも彼女に愛された。彼女は時に飾り、時に持ち歩き、時に同じ服を着た。一緒におやつを食べるまねをしたり、本を読んであげたり……。
 少女にとって、人形は一番の親友だったんだ。
 人形ってさ、人の形だろ。人間ってさびしい生き物だなぁ、って思う瞬間ってないか? その寂しさを紛らわすために、人形ってものを作るようになったのかなぁって……この話を聞くたびに俺は思ったよ。
 少女と人形の幸せな日々は永遠には続かなかった。少女は徐々に成長し、それにつれて丈夫になって来た。ずっと行かなかった学校に、休みがちではありながら通うようになった。季節が巡るごとに、彼女の欠席の回数は減っていった。
 人間の友達が出来てから、彼女は人形と遊ぶ時間が減った。喋ったり動いたりしない人形より、人間の友達にひかれたんだろうな。
 彼女はある時、棚に置きっぱなしになっていた人形を見た。顔の周りには埃が積もり、着物も汚れている。少女はふっと一緒に遊んだことを思い出して、人形を綺麗にしてやろうと思ったんだ。
 布巾で顔の埃を拭ってやる。そして、気づいた。この人形はこんなに恐い顔をしていたのだろうか……? いや、自分の記憶違いだろう。少女は人形を棚に戻し、また忘れていった。
 そしてまた、少女は気づいた。沢山あった人形の数が明らかに減っていたんだ。両親に聞くと、ほとんどが壊れてしまったのだと言う。
 少女は昔を思い出し、まだ無事だったぬいぐるみで少し遊んだ。
 翌日、その遊んだぬいぐるみが真っ黒に焼け爛れた姿で見つかった。少女は気味が悪くなった。ぬいぐるみの側には火の気なんてなかったからだ。
 また違う日、少女は雛人形を飾ろうとした。桃の節句だったからだ。つづらから出した雛人形は、何処もかしこも針傷だらけだった。とても使い物にならない。誰がこんなことを? 少女はますます恐くなる。
 身の回りにあった人形が、例の一番可愛がっていた人形以外、ことごとく壊れたり燃えたりして、少女の前から消えていった。
 ある夜。少女は布団に入ってうとうとしていた。……枕元で人の声がする。可愛らしい子供の声だ。声はこう言った。
「遊んでくれないお友達は全員いなくなったわ。さあ遊んで?動くお友達」
 恐怖で身動きも出来ない少女。枕元に立っていた人形は言った。
 「貴方も遊んでくれないの? それなら……」



●ご休憩の終わり。

「アリガチなオチで悪いな」
「恐い……」
 千里が曜のビスクドールを見ながら、言う。
「さっきからさ……気になってたんだが」
 言いにくそうに隆之介は声を整える。
「その人形の手、針で引掻いた傷みたいなのが……」
 曜はビスクドールの小さな手を取る。
「ほんとだ……なんで?」
 怪談が実証された恐怖より、母親の大事な人形を傷つけてしまったことに、曜は驚き、また申し訳なく思った。大事に持ってきたのに、何故?
「わかんないよーもうやめようよぉ……」
 半べそをかきながら千里は訴える。可愛い女の子にすがられて、隆之介も悪い気はしない。それが運命の女であっても、なくてもだ。
「途中でやめたらどうなるの?」
 場に漂う雰囲気に、シュラインは雫に問う。ただならぬプレッシャーのようなものが、部屋全体を覆っていた。
「……わかんない……でも……」
「でも?」
「人形に呪われるって。でもほら、慧太君から聞いた話だから、本当かどうかわかんないよ。慧太君ってほら……」
「そうだよね、そうだよね。あいつが本当の恐い話なんて」
 田端慧太と面識の有る千里は頷く。自分の希望も混じっていた。
「……とにかく、消すぞ」
 たった一本しかなかった灯り。
 曜は注意深く吹き消した。
「ん?!」
「え、何?!」
「どうした?」
「落ち着いて、みんな」
 それぞれの声が入り混じる。
 ネオンさえない暗闇。山の与える重苦しい暗闇。自分の掌さえ見えないほどに暗い。
「うわっ! 難だ? 誰だっ!」
「何々?! だからどうしたのー!!」
「きゃっ☆」
「大丈夫?! 雫ちゃん!」
「痛いよぉ……」
「灯りつけろ! 何か居るぞ」
「灯り? はえっと……何処だっけぇ!!」
 千里の声が涙声に変わっていく。
 何かが起こっているのは確かなのだが、それが何かわからない。
「くそっ!」
 隆之介が叫ぶ、というよりは吼えた。激しい音がして、本堂の扉が壊れる。泣いている千里を抱えるように、曜は外へ飛び出した。シュラインは雫に手を貸し、よろよろと出る。最後に背後を守るように隆之介。
「……なんだったんだ?」
「わからないわ……」
 でも確かに−−−。
 あの暗闇に何かがいた。その何かが、雫を襲ったのだ。
 雫の足首に、ぱっくりと口を広げた切り傷が残っていた。月明かりに血が照らされて、ぬらりと輝いている。
「わからない以上、中にはいるのは危険だ」
 誰にも反論できないような、凛とした声で曜は言う。
「ええ。といっても山を降りるのは危ないし……この場で夜が明けるのを待つしかないわね」
 シュラインは雫の肩を撫で、月明かりが一番当たる灯篭の下に移動した。




 全員はその場でじりじりと時間を過ごし、十分明るくなってから本堂へ戻った。
 手早く荷物をまとめ、山を降りる。
 誰一人、自分の人形があの場から消えうせていることを口にしなかった。
 それがひどく−−−恐ろしいことに思えたからだ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0365 / 大上・隆之介 / 男性 / 300 / 大学生
 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0888 / 葛妃・曜 / 女性 / 16 / 女子高生
 0165 / 月見里・千里 / 女性 / 16 / 女子高生

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■         ライター通信          ■
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 夏休み、ということで百物語変則バージョンはいかがでしたでしょうか。
 百話全てを書くのは大変ですし、面白みに欠けるので。
 人形を用いた今回のやり方は、実際にある怪談の方法です。
 一度お験し有れ。

 今回は今までと違い、共通の文書で長いお話を目指してみました。
 今までのとどちらが良かったでしょうか。
 感想等ございましたらお気軽にテラコンよりメールしてくださいませ。

 界鏡線開通後は、そちらをメインに依頼を出させていただきます。
 お立ちよりのさいは遊んでみてくださいませ。
 それでは、機会があればまたお会いしましょう。  和泉基浦。