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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


浜辺の水着のお嬢さんコンテスト

オープニング

「浜辺の水着のお嬢さんコンテスト☆」
 東京近郊のある海岸を舞台に毎年行われている水着コンテストがある。
 若者に人気のあるファッション雑誌「ruru」が主催で、上位に入賞した者は雑誌に写真が載ることもあって、毎年多くの参加者があると聞いている。
 草間武彦は、そのコンテストのチラシを手に取り、眉を寄せる。
 目の前に腰かけている「ruru」編集部から来た編集者舘野は、緊張しているのかなかなか言葉を発さない。

「それで?この水着コンテストがどうしたのです?」
 しびれを切らせて草間は彼に尋ねた。
 月刊アトラス編集部の碇麗香の紹介で来たという。依頼内容は簡単には麗香から聞いてはいるものの、やはり本人からちゃんと聞いておきたい。
「この水着コンテストを陰ながら警備して欲しいんです」
 舘野はようやく口を開いた。
「・・・私は幽霊とか妖怪とかUFOとか、その類は全く信じないクチなのですが、どうしても編集長が行けというもので・・」
「つまり、何かあったというわけですね」
 やれやれ、と思いながら草間は身を乗り出して、舘野の話に聞き入った。
「コンテストは、今年で3回目なんです。毎年たくさんのご好評を頂いていて、今年も準備を早くからしていたのですが、よくないことが続いたりして、編集長が本番でこのようなことがないように万全を尽くしたいということなのです」
「よくないことというと?」
「第一回の優勝した女の子が芸能界デビューしたこともあって、たくさん参加の希望があるものですから、一次審査として写真を送ってもらって、それに通った子だけが参加できるんです。ですが、その一次審査に通った中で、編集部でも注目する子ってありますよね。その子のうちの何人かが、夜中道を歩いていたら頬をナイフで切られるとか、急病で倒れたとかいうことがあったのですよ。それに、写真選考の担当の編集者も、交通事故に遭いまして入院することになりました」
「ふぅむ」
「写真選考の結果は雑誌には載せていませんし、怪我をした女の子も大怪我って程ではないので、報道などはされていません。ただ、本番で何かあるんじゃないか、と編集長が心配してまして・・それで、怪奇探偵と呼ばれる草間さんにお願いしてみようといった具合で」
「・・怪奇探偵・・」
 なにやら反論したそうな表情を向けてから、草間は灰皿の縁に置きっぱなしだった煙草を口に含んだ。
「それにおおっぴらには知られていないはずなのに、読者の中に、去年の優勝者の真中碧が祟っているんじゃないかという噂までたってしまって・・」
「祟るような理由があるんですか?その人には」
「まあ前回の優勝者が芸能界デビューしてますし、彼女も可愛い子だったしで、いくつかの事務所から誘いの声があったみたいなんですよ。だけど、コンテストが終わってひと月くらいたった頃かな、彼女、電車のホームに落ちて亡くなったのですよ」
「・・ふむ」
「酔って誤ってホームに落ちたんです。もちろん事故なんですが。まあ、ここまで色々重なるとね」
 草間は煙草の煙をゆっくりと吐き出し、うなずいた。
「・・わかりました。そのコンテストが無事に終わるように警備をするのですね。力になれるようやってみましょう」

■渋谷駅ホーム
 楓・司(かえで・つかさ)は早朝でも賑わう渋谷駅のホームに立っていた。
 黒のスーツを着込んだ盲目の青年は、つむった瞼の下からではなく「心の眼」でホームの上のある場所で歩を
止め、ホームの方を見下ろした。
 秀麗な顔立ちの金色の髪をなびかせた青年に、ホームの上の人々は一気に注目する。
 だが彼にはそれは見えない。いや、見えてるのかもしれないが、気にする風もない。
 司はある目的でここにやってきたからだ。
 そこは真中碧という16歳の少女が命を落とした場所だった。同じ年頃の少女達が無邪気におしゃべりしながら歩
いているまさにその場所で彼女はホームから落ち、電車の下敷きとなったのだ。
(さぞ無念だったやろな)
 司は心の中でつぶやいた。
 有名な雑誌のコンテストで優勝し、芸能プロダクションからの声がかりもあって、将来を嘱望されていた少女。
 きっと毎日が輝いていたことだろう。それが突然失われてしまったのだから。
『よ…んだ…?』
 司の前に一人の少女が立っていた。
 栗毛色の髪の色白の美しい少女である。それは司が持っている編集部から借りてきた真中碧の写真とまったく
同じ少女だった。
『やっぱり…まだ成仏してなかったんやね』
 司は小さくつぶやいた。少女は悲しげな瞳で司を見つめた。
『あなたは誰? 私に何の用?』
『聞きたいことがあるんや。水着コンテストの関係者が次々襲われてるんや。その犯人を知らへんか?』
『…コン…テスト…』
 碧は何か思い出したかのように小さく繰り返し、そしてぽろぽろと涙をこぼした。
『…あの人を…止めて…。止めてあげてください…』
 そして胸に下げたネックレスを彼女はぎゅっと強く握りしめた。

■リゾートホテル「鬼灯の間」

 編集部から草間探偵の為に用意されたホテルの一室で、シュライン・エマはまとめてきたファイルを手にしていた。
 部屋の中には草間探偵、コンテスト参加予定の長谷川・豊(はせがわ・ゆたか)、綺羅アレフ(きら・−)、飛び入り参加ゲスト兼司会進行に突然決まった湖影・虎之助(こかげ・とらのすけ)、
それに真名神・慶悟(まながみ・けいご)、神前・光(かんざき・ひかり)がそれぞれ腰掛けていた。。
「事前に手分けして調べてきた情報をまとめてみるわね」
 シュラインはレポートを読み上げた。
「山上瑞樹 17歳 6月13日 急性腎炎で入院。
 近藤明菜 18歳 6月28日 深夜路上を歩行中 突然自転車で走ってきた男にナイフで頬を切られる。
 田代百合 16歳 7月5日 近所の歩道橋を渡ろうとした時に転倒。肘などの複雑骨折。入院中。
 それと、ruru編集部の担当だった尾上武治。帰宅途中で交通事故に会い半年の入院。事故を起こした車と
その持ち主は現在も見つかっていないわ。
 噂では昨年事故で亡くなった真中碧って子の呪いだっていう噂もあるようだけど」
「幽霊説は反対」
 はい、と小さく手を上げて、豊がシュラインに言った。
「犯人は生きてる人間だと思うの。このコンテストの出場者がライバルを減らすためにやってるんじゃないかな。だってナイフでしょ?霊だったらそんな面倒臭い事する?」
「それも一つの可能性とは思うが」
 部屋の隅で椅子に腰掛けていた慶悟が豊の方に表情を向けた。
「彼女達がこのコンテストに出場するということを犯人はどこで知ったんだ」
「そ…それは」
 その情報は編集部の中だけしか知られてないはずのものだった。そのうえ被害者は編集部の人間も混ざっている。
「ただし可能性として被害者達には共通点が一つあるわ」
 シュラインがつけ加えた。
「彼女達は全員去年もコンテストに出場していたの。それに碧さんが亡くなった日、一緒に電車のホームにいた子達なのよ」
 
■浜辺に吹く不幸の吐息
 神前・光(かんざき・ひかり)は一人ビーチを散策していた。買ったばかりのピンクのタンキニを着て、ポニーテールの長い髪を潮風にな
びかせ歩いている。
 小柄だがスタイルはよくすらりと伸びた足で、コンテスト会場である浜辺に設置された特設会場の周りをほてほてと歩いている。
 彼女なりに会場の周りを警備しているつもりだった。特に無造作に歩いてはいるが、彼女にはそれでも策はあった。
 光のもつ特別なセンサーにきっと何かが引っかかるはずである。
 そう思っていたのだが、違うものを引き連れてしまったのか。ふと呼ばれたような気配がして振り返ると、背後から小走り気味にサーファーらしい二人組みの男性が駆け寄ってきて、なれなれしく話しかけてきた。
「ねぇ彼女ひとり?」
「ええ…そうですが」
「俺たちと一緒に遊ばない?」
「どうやって…ですか」
 光は浜辺の方を振り返る。時間が経つにつれ、駅からは人が波のように繰り返し吐き出され、ビーチは人がすっかりあふれている。
 どう多めにみてもサーフボードで侵入できるような状態ではないだろう。早朝ならともかく今は絶対に無理だ。
「…だから人の少ない浜辺に行くのさ」
 男達はにやにや笑いながら光に答えた。
「お断りします…」
 光は即答で答えて、その腕を払うと先を急いだ。
 背後では「ちぇー」っと舌打ちするのが聞こえる。あきらめの早い男たちでよかった。
「…しかしこう人が多いと…」
 光は眉間に力を入れる。
 彼女は人の不幸を感知する、という能力の持ち主なのである。
 「昨日彼氏と電話で喧嘩しちゃって〜」という些細なものから、「両親が離婚しそう」「財布を落とした」な
ど大小様々な人々の不幸を、光は背中の見えない羽に痛みとして感知してしまう。
 今光にふられてしまった男性陣の小さなアンラッキーもまた、光の背中に針でつつくような痛みを与えていた。
「まったく…」
 光は苦笑して、痛みをこらえながら、浜辺の影の人気の少ない場所を見つけて少し休もうと歩を進めた。する
とそこに慶悟の姿を見つけ、光は立ち止まった。
 慶悟はスーツ姿のままで日陰の砂浜に立ち、地面に向かい符を投げつけるようにして召還の言葉を口にする。
「青龍・勾陳・六合・朱雀・騰蛇・貴人・天后・大陰・玄武・大裳・白虎・天空…十二神将…急々如律令」
 その言葉が終わると同時に彼の前に突如十二の導師が現れ、畏まって膝まづく。
 そしてさらに彼が命ずると、その導師たちはふたたびにふいに姿を消した。
「すごい…ですね」
 光が呟くと、慶悟はびくりとして振り返った。
「…なんだ見ていたのか」
「どこに消えたのですか?」
「会場の十二の包囲から監視させた。何かあればすぐに知らせてくるだろう」
「そうですか…」
 光は頷いた。「まだ人の犯行とばかりは言い切れないしな、その保険も含めてだ」と慶悟は答えて、光の顔色
の悪いことに気がついた。
「具合でも悪いのか?」
「いえ…大丈夫です…あっ」
 光は浜辺と反対の方向を指差して、強い痛みを感じてその場に座り込んだ。
「あちらの方から大きな不幸が近づいてきます」
「大きな不幸?」
 式神も何を見つけたらしく慶悟に知らせてくる。慶悟は光を大きな岩にもたせかけるようにして休ませると、
知らされた方向に向かって駆け出した。
 砂浜をかけ、やがて海沿いの細い道に出るとそこには黒のポルシェが一台止まっている。
 用心しながら近づいと、その車の窓が開いた。
「真名神さんやな」
 車の窓から司は顔を出し愛想よく微笑んだ。その助手席に腰掛けている真中碧の姿を見て、慶悟はぎょっとしたように目を見張った。

■浜辺の事件

「…大丈夫か?」
 肩をゆすぶられ、光はようやく意識を取り戻した。いつのまにか気を失っていたらしい。
「あ…大丈夫です。ありがとうございます」
 光はあわてて起き上がった。瞳を開けたそこにいたのは白銀の光り輝く長い髪を持つ美しい人だった。
 一瞬ほうっと見とれてしまう光に綺羅・アレフ(きら・−)は微笑み、優しく告げる。
「真名神が心配していた。それで迎えにきた」
 まだ足元が少しふらつく光をアレフは肩を貸そうと近づけてくれる。(大きな人だなぁ)と小柄な光は率直に思いながら、その肩に少しもたれた。
「綺羅さんはコンテストに参加されるのではないのですか? …こんなところにいて大丈夫ですか?」
「まだ時間は平気…」
 アレフはそっと目くばせして、そこから見える木陰の方に視線を向けた。そこには一人の少女が何かを探して
いるのかきょろきょろと辺りをうかがっている。
「どなたですか…?」
「同じコンテストの参加者だ」
 相田美幸という名前のその少女は、先ほどシュラインが指摘していた「去年コンテストに出場し、かつ真中碧の死の際に近くにいたもの」の一人なのだという。
 狙われる可能性があるので、彼女の後をつけてここまで追ってきたらしい。
「何をしてるのでしょう?」
 光が尋ねると、アレフは首をかしげてみせた。
「誰かに呼び出されたのかなとは思うのだがな。…待っているように見えるし」
「そういえばそうですね…」
 光がそう答えたその時、突然その美幸が、「きゃっ」と声をあげてその場に崩れ落ちるのが見えた。
「あっ」
 アレフと光は慌てて彼女に駆け寄る。
「どうしたっ!?」
「痛い…」
 美幸は右腕を押さえて唸っていた。鮮血が漏れている。光が地面に転がっていた白い玉を拾って見つめた。
「これはBB弾…?」
「…今そこの影から誰かが…」
 震えながら美幸が指差す方向には既に誰もいなかった。。


■幽霊と人と恋人と
 水着コンテストの会場である白浜駅はリゾートホテルが建ち並び、美しいビーチが売り物の場所である。
 草間探偵はコンテストを主催するruru編集部から、そのホテルの一部屋を与えられていた。
 慶悟に案内してもらい、司は碧を伴いその部屋を訪れたのだった。
 だが突然、幽霊を伴って現れた司に、他のメンバーもさすがに面食らった様子をみせた。
「コンテストに行ってみたい言うし、連れてきてもうたわ」
 司は彼女のことを仲間達が疑わないように、かばうように言った。
 本当の理由も他にある。
 だが、碧は言いたがらない。だからしばらくは黙っていてやろう。
 多分自分から碧は言うと思うから。

「とりあえずこれが今までにわかってる情報よ」
 シュライン・エマが司にレポートを手渡した。彼女は草間探偵所の事務所でアルバイトをしている、背の高い、中性的な魅力をもつ切れ長の瞳の女性だ。
 司はそれを受け取るとその表面を眺めた。
「あ…ごめんなさい。読みましょうか?」
 シュラインが司が瞼を閉じたままなのを見て、レポートを取り戻そうとする。司は首を横に振った。
「大丈夫や。見えとる」
 心眼でレポートに書かれた文章を読み取る、口で発する。
「このコンテストの関係者の不審な事故、事件。
山上瑞樹 17歳 6月13日 急性腎炎で入院。
近藤明菜 18歳 6月28日 深夜路上を歩行中 突然自転車で走ってきた男にナイフで頬を切られる。
田代百合 16歳 7月5日 近所の歩道橋を渡ろうとした時に転倒。肘などの複雑骨折。入院中。
ruru編集部 元水着コンテスト担当 尾上武治。帰宅途中で交通事故に会い半年の入院。事故を起こした車と
その持ち主は現在も見つかっていない」
 司の声を聞き、隣で碧が痛ましそうにまぶたを閉じた。
「…あなたの仕業ではないのね?」
 シュラインが碧に尋ねた。碧は強く頷く。
「私じゃありません…。私…じゃ」
「では誰なんだ?」
 慶悟が碧の背後で煙草の煙を吐き出しながら尋ねた。
「まあ…ええやん。…言いたくないならそれで…」
 司は彼女を庇おうとする。慶悟がいや、それは困る、と振り向いた。
「さっき、コンテストの参加者の一人持田美幸が怪我をした。林に呼び出されて一人で出向いたところをエアガンで撃たれた。幸いにして軽傷だが…」
 それは慶悟が彼女の身に何かあった時のために彼女の式神をひそかに作りそれを依り代にさせていたからでもあった。
 もし慶悟の術がなければどんな大怪我になったかわからない。
「美幸ちゃんも!」
 碧は目を見開いた。
「それに」
 ドアを開いて湖影・虎之助(こかげ・とらのすけ)が入ってきた。
 雑誌やテレビなどでよく見かける顔…有名モデルの彼もまた草間興信所からきた仲間の一人だ。
「今また一人やられた…。金本秋だ。階段にトラップがしてあって、それにつまずいて下まで転げ落ちた。…怪我は…まあ慶悟のおかげで軽傷で済んだけど」
 虎之助は壁に拳を叩きつけた。
「それでもだ! あいつは狂ってる。女の子にこんなひどいことを繰り返して…」
「…秋ちゃんも…」
 碧は真っ青になって、虎之助を見つめ返した。
 シュラインが碧に問いかける。
「彼女達にはひとつの共通項があるわ。それは、去年のコンテストの参加者だったということ。それと…あなたが亡くなったとき、同じホームの上にいたってこと」
「…ああ…」
 碧は両手で顔を伏せ、うつむいた。
 そして小さな声でつぶやいた。
「お願い…あの人を…あの人を止めてあげてください。私の声、もうあの人に届かないの…」

■碧の回想

 碧が死んで数ヶ月が過ぎた頃。
 碧は線路のホームから誰かが自分の名前を呼んでいることに気がついて、そちらに意識を向けた。
 それは彼女の生きているときの恋人だった。
 名前は舘野宏行という。ruru編集部の若い編集者だ。
「おまえの仇…必ずうってやるからな…碧」
 彼はホームに花を添えながら、強い調子で彼女に叫んだ。
 碧は驚いて、舘野に言い返した。
「仇って何? 舘野さん、何をしようとしているの?」
 
 彼女が死んだ時。
 彼女の側で笑っていた友人達が、コンテストに優勝し芸能界へのデビューも決まっていた碧のことをただ喜んでくれているだけじゃないことは気がついていた。
 でも、あの時。ホームに首にかけていたネックレスを落としそうになって、それを拾おうと身を乗り出した自分の背に当たった手の平に力がこもっていたような感じがしたのは、きっと私の勘違いだろうと信じていた。
 舘野が言っているのはそのことなんだろうか。
 だけどもし、あの時誰かが私を突き落としたとしても、わたしはその人が誰なのかわからないし、舘野にわかるはずもない。
 そう思っていた。
 だが舘野が始めたことは犯人探しではなかった。
 疑わしい少女達を全員憎み、そして彼女達をすべて傷つけることを目標としているのだ。
 碧はそれに気づいた。止めようとした。だが、彼女はあの場所から動けなくなっていた。
 司がやってくるまでずっと。

■コンテスト

「もうすぐコンテストの時間やな」
 司は腕時計をめくった。
 草間興信所から来たメンバーの中にはコンテストに参加するメンバーもいるが、司はさすがにそれは遠慮して、客席の警備をすることを先に申し出ていた。
「俺なら、お嬢はんたちの水着姿に惑わされもしまへんし、怪しいやつにはすぐ気がつけるさかい、な」
 司は笑って、スーツ姿からTシャツとジーンズのラフな姿に着替えると、部屋を出ることにした。
『司さん』
 碧が呼び止める。
「碧ちゃんはどうする?わいは行くけど、ここに残ってるか?」
『連れていってください』
 碧も立ち上がり、二人は一緒に部屋を出た。

 じりじりと照りつける夏のひざしの下、水着コンテスト開催の合図を告げる花火がぽんぽんと小気味よく空に響く。
 会場には既に大勢の観客が詰め寄せ、とても賑わっていた。
 舞台の周辺の警備を担当することになったのは司と、光の二人である。
 光は司が連れている碧を見て、とても辛そうな表情を見せたが、気丈に話しかけてもくれた。
「舘野さんが見つかったら…少しは不幸が薄まりますね」
 答えに少し困るような質問だったが、碧は素直に頷いた。
「…はい。それに、私、今日このコンテストが見られるだけで、少し幸せって気もしてるんです」
「それは…よかったです」
「そろそろ始まる。…気ぃ引き締めていかんとな」
 司は光に告げて、それぞれの持ち場についた。
 オープニングの音楽が鳴り響くと同時に湖陰・虎之助(こかげ・とらのすけ)が舞台に踊り出る。
 告知にも無かった大物ゲストに観客席からは黄色い声援が飛び交いだした。
 砂浜のほうにいた客たちも、音楽に気づいて、こちらに集まりつつある。
「ちょっ…ちょっと…押したらあかんで!?」
 人間のほうの事故が起こりそうで、司は慌てて押すな押すなと叫びながらスタッフの仕事を始めた。
 いや、そういうことをするはずではないのだが。
 ロープを張り、境界内への入場を制限する。それでもそのロープから潜りこみ先に進もうという人までいるのだから大変だ。
「危ないで!! いい加減にしいやっ」
 言いながら、ふと舞台の方に目を転じると水着を着た女の子達が入場してくるところだった。
「…あっ」
 隣でやはり人に押されてよろけていた光が、舞台の方を指差した。
「どないした?」
「あれは…舘野さんじゃないでしょうか…」
 光に指差されたほうに集中すると、舞台の近くの木陰に立っている舘野の姿が確かに見えた。
「そうや!間違いない!!」
 司は叫んだ。だが、身動きとろうにも、今彼らは人波と人波の境にいる。
 その場所まですぐには動けない。
「…どないしようかな…」
「任せてください」
 光が隣でつぶやいた。光は深呼吸をして思いっきり空気を吸うと、ひと息で叫んだ。
「「「「「水着泥棒ですーっっっっ。皆さん道をあけてくださいーーーーっ」」」」」」
 ざわざわざわ。
 その途端彼らの前の人々がざわめき、少しだけ身を寄せてくれる。光はそこに強行突入した。何かがきたとわかって、前方の方でも「道をあけろー」「水着泥棒だってー」とざわめきながら道を作ってくれた。
 司もそれにはさすがに神経を冷やしながら、光の後を追って、人波を抜けていく。
 ようやく人の中から脱出しぜいぜいと息つきながら、司は光にたずねた。
「…なんで水着泥棒なんや…?」
「なんとなくですが」
「…そうか」
 司は小さく苦笑した。
 もし自分が水着泥棒に間違われたらどうするつもりだったんだろう。
 まあ無事に抜けられたのだからほっとしておくべきか。

■対決
 舞台の近くに見えた舘野の姿を探して、光と司と碧は舞台の裏手の方まで進んだ。
「確かこっちの方だったな」
「ええ」
「…あそこですっ」
 碧が舞台の下の木組みのところにもぐりこんでいる人影を見つけて指をさした。
 司はそこに向かって駆け出し、その人影をそこからつかみ出した。
 彼の体からはぷんぷんと火薬の臭いが漂っている。
「…お前、何しようとしてたんか!?」
「離せっ」
 舘野は司の頬を拳で殴りつけた。司はすんでのところで避けたが、軽くよろける。その隙に舘野は再び舞台にとりかかろうとする。司はもう一度彼を背後からはがいじめにして止めた。

 二人がしばらくもみあっていると、その騒ぎを聞きつけて裏手の守りを固めていた真名神慶悟や草間探偵、シュライン・エマなどが駆けつけてきた。
「舘野か!!」
 慶悟が加勢し、ようやく舘野は取り押さえられて床にはいつくばった。
「…な…なんで止めるんだ…俺は…俺はぁ」
「あんたのすることを、喜んでる奴なんか誰もいないんや!!」
 司は怒鳴った。舘野が叫び返す。
「なんだとぉ!?」
 彼はさらに体に力を入れ、恐るべき力で押さえつけていた慶悟を払いのけ、立ち上がった。
『舘野さんっっ』
 様子を見ていた碧の霊が舘野の前に現れた。
 だが舘野は彼女の姿を見ることができないようだ。
「碧を…俺の碧を殺したようなチンケでクソクラエな女どもなんか…みんな死んでしまえばいいんだ…」
 舘野は薄笑いを浮かべて慶悟と司を見比べる。
 慶悟は拳を握り締め、彼に殴りかかろうとしたその時。
「おまえかぁ!!」
 彼に飛びつき横っ面をさらに激しく殴りつけたのは、舞台から飛び降りてきた虎之助だった。
 舘野は舞台に背中を打ち付けられ、座り込んだ。
「…警察に電話! 話なんか聞いてやる必要ない!」
 その声で背後で見ていたシュラインが携帯電話を手にする。
『虎之助さん…』
 碧が虎之助に話しかけた。
『お願い…彼と話させて』
 虎之助の持つ能力は霊媒という能力だ。
 霊が見えない者とも彼の体を借りれば話すことができるのだ。
「何を話すんだよ」
 虎之助は碧を見つめた。
『こんなクズと話してどうすんだよ』
 碧はとても悲しそうな瞳でただ虎之助を見つめた。虎之助は唇を噛み、うつむいた。
「来いよ…」
『ありがとう…』
 虎之助の中に入った碧は、そっと舘野の手をとった。
「舘野さん…私がわかりますか」
 舘野は額を押さえてかぶりをふる。頭を打ったらしくまだくらくらしているらしい。だが、ぼんやりと虎之助
を見上げ、不思議そうな顔をした。
「…碧?」
「はい…」
 碧は優しく微笑んだ。
「私は殺されてなんかいません。…それに誰も恨んでないです。…ただこのまま罪を重ねるのはやめてください。
私、天国に行けません」
「…碧。俺はおまえのために」
「私は死んだの。…舘野さんは舘野さんのために生きて…」
 それは優しい口調であった。だが、きっぱりとした別れの言葉でもあった。
 舘野はがっくりと肩を落として、うなだれるとそのまま気を失った。
 その彼の前にからん、と何かが落ち、金属音を立てた。
 それは古びたネックレスだった。ネックレスのトップには写真が入っている。舘野と碧二人でとった記念の写
真だ。

 
■エピローグ
 「ねぇ光さん、私少しは幸せになったと思う?」
 碧がそっと光に尋ねた。
 彼女の瞳には涙があふれていた。
 死んでしまっても、駄目な恋人に落胆していても、何度あっても別れというのものは辛いのだろう。
 だが光にはわかっていた。
「さっきまでのあなたよりは…幸せだと思いますよ」
 私にはよくわかります。
 だってあなたの苦しさを私は痛みとして受け取ることができるのだから。

「光さん、あなたは幸せ?」
 碧が尋ねる。
 光は曖昧に微笑んだ。
「そのつもりですよ…」
「それならよかった」
 碧はにっこりと微笑んだ。

 彼女はやがて海の向こうへと消えた。
 成仏したのだと司が教えてくれた。そして生まれ変わって彼女はまたきっと同じ道を目指すのだろう。
 あの明るさと素直さと彼女の美貌は、彼女から天が与えられた才能だから。きっとまた生まれ変わっても彼女はそれを手にして、同じ道を目指すことだろう。
 
 私は。
 光は夕暮れの海を眺めながらひとりごちた。
 私が天から与えられたこの苦痛は何のためにあるのだろう。
「きっと…」
 潮騒の響きが心に優しく積もっていく。
「それを探してゆくのが私の人生なのでしょうね…」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0389/真名神・慶悟(まながみ・けいご)/20/陰陽師
 0689/湖影・虎之助(こかげ・とらのすけ)/21/大学生(副業にモデル)
 0815/綺羅・アレフ(きら・あれふ)/20/長生者
 0886/楓・司(かえで・つかさ)/男性/23/退魔士
 0905/ 神前・光(かんざき・ひかり)/20/大学生
 0914/長谷川・豊(はせがわ・ゆたか)/24/大学院生
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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。依頼を出した時にはこんなに難産になるとは露知らず。
鈴猫(すずにゃ)と申します。「水着コンテスト」のお話をお届けいたします。

 真名神慶悟様3度目の参加ありがとうございます。
 もうすっかり書きやすい方になってしまっていて、勝手にいろいろ使ってしまって
ごめんなさい。
 
 その他の皆様とは初めまして。お会いできて嬉しいです。
 水着コンテストの参加依頼でしたが、参加する方は二人きりで、なんとなくサスペンスチックなお話になってしまいました。
 かなり全体的な話が長くなってしまいましたので、今回はおひとりずつ話を組み立てなおしたり書き足したり、ラストが違う展開になっていたり、いろいろしています。
 もしお暇がありましたら他の参加者のノベルもご覧いただければ、意外なシーンがあったりするかもしれません。

神前・光様
 お初にお目にかかります。鈴猫(すずにゃ)と申します。
 人の辛さを自分の身におきかえて痛みとして感じる能力、という特殊な能力をお持ちとのこと。
 どんな風に描かせていただこうかなと、いろいろ試行錯誤しながら書かせていただきました。お気に召していただけたら嬉しいですが…いかがだったでしょうか。
 機会がありましたら別な依頼で、またお会いしましょう。ありがとうございました。