＜東京怪談ウェブゲーム　アトラス編集部＞ シンデレラは消えた ●オープニング【０】 「シンデレラは消えた……」 　月刊アトラス編集長・碇麗香が誰に言うでもなくつぶやいた。その表情は、何が起きているのかよく分からないといった様子だ。 　どういう意味かと問うと、麗香は少し思案してから答えた。 「文字通りよ。シンデレラが消えてしまったの」 　……どこぞのテーマパークのアトラクションがなくなったのだろうか？　そう思っていると、こちらの思考を察したのか麗香が先の言葉に補足した。 「違うわよ。絵本のシンデレラが消えてしまったの。シンデレラだけ忽然と、ね」 　それは全ての絵本からなのかと一瞬思ったが、それならもっと大事件になっているはずだ。ならばごく一部の絵本から消えたと考えるべきか。 「それがこの絵本よ。今朝うちに届いたの」 　麗香が古びた１冊の絵本を取り出した。表紙には『シンデレラ』と書かれているが、そこに肝心のシンデレラの姿はなかった。本文も同様だ。シンデレラの姿のみが消えている。 「手作り絵本でもない普通の印刷物で、こうなるのは変よね。ちょっと理由を調べてもらえるかしら？　もっとも誰が送ってきたのかも分からないんだけど」 　麗香はやれやれといった様子で溜息を吐いた。 　あの……それでどうしろと？ ●お伽話との密接な関係【２Ａ】 「ＯＨ！　これがソノ絵本デスカー？」 　メイクＢＯＸを手に月刊アトラス編集部へとやってきたプリンキア・アルフヘイムは、さっそく件の絵本を手に取った。 「そうよ、見ての通りシンデレラの姿だけが忽然とないの」 　１人編集部に残っていた麗香がそうプリンキアに答えた。 「ＡＨ……サンドリヨン、姿ありまセンネー」 　絵本をペラペラと捲りながらつぶやくプリンキア。確かにシンデレラの姿だけが見当たらない。 「サンドリヨン？」 「フランス語デース。意味はシンデレラと同ジク『灰かぶり』で変わりマセンネ☆」 　疑問の言葉を発した麗香に、プリンキアがウィンクして答えた。 「なるほどね。でもまあ、シンデレラでもサンドリヨンでもどっちでもいいわ。謎が解けるのなら」 「ミス碇、違いは微妙に重要デスヨー？　ぺローとグリムで、展開異ナリマス。グリムの方が残酷デスネー」 「分かってるわよ、そのくらい。ああ、それはぺローの方よ」 　麗香が表紙を指差した。そこには原作者の名前としてぺローの名があった。 「ン……サンドリヨン、マリッジブルーになってシマタデショーカ？」 　首を傾げるプリンキア。それを聞いた麗香が眉をひそめた。 「絵本の登場人物が？」 「イエース。ミーのマムが、昔無事ハピーエンドに導いたデスのに何タル事！　でもサンドリヨン、時間はキチンと守る娘と聞いてマース。教会の鐘が１２時を示すヨー鳴レバきちんと帰ってキマース」 　プリンキアが大きく頷いた。が、麗香はそんなプリンキアに半信半疑の眼差しを向けていた。 「……何だかよく知ってるような口振りね」 「ミーのマムが、眠ル前にヨーク聞かせてくれマシタ」 　にっこりと微笑むプリンキア。 「シンデレラとコネがあるなら、私だって白雪姫とコネが欲しいわよ」 　麗香が呆れたようにつぶやいた。どうやらプリンキアの話を信じてはいないようだ。そんな麗香に、プリンキアが唐突に言った。 「なら、お伽噺にダイブしますカ？」 「……はい？」 　怪訝な表情を向ける麗香。一瞬意味が理解出来なかったのだ。プリンキアは話を続けようとしたが、急に何かに気付いたように言った。 「ソーリー、この格好デハ駄目デスネー。『あの時の』マムの衣装を……」 　プリンキアはメイクＢＯＸから化粧コンパクトを取り出した。そして頬に当てる――と、突然金色の光がプリンキアを包んだ。 　思わず目をつぶる麗香。光が治まったのを確認し、麗香が目を開けるとそこには星型の杖を持った年配の魔法使いの女性が１人立っていた。 「オーケー、こんな感じデショ☆」 「だ……誰？」 　唖然として目の前の女性に尋ねる麗香。すると女性はくすっと笑ってこう言った。 「プリンキアデスヨ、ミス碇。今からチョット『本の中』へ出掛けて、サンドリヨンを呼んでみマース」 「『本の中』……」 　はっとして麗香は、絵本を開いた。そこには今のプリンキアの姿によく似た、魔法使いの姿が描かれていた。 「……俄には信じられないわね……」 「同行シマスカ、ミス碇？」 　プリンキアはにっこり笑って尋ねた。 ●絵本の世界の中で【３Ｂ】 　森の中を、２人の女性が歩いていた。 「ヨーク似合ってマスヨー☆」 「……あんまり嬉しくないわね」 　笑顔で話しかけるプリンキアに対し、麗香は憮然とした表情で答えた。 　今２人の居るここは編集部ではない。『シンデレラ』の中の世界だ。プリンキアの魔法の能力で、２人して絵本の世界へと入り込んだのだ。 　ちなみにプリンキアの今の姿は、編集部で変身した時と変わらず、星型の杖を持った年配の魔法使いの女性。一方麗香はというと――意地悪っぽく見える女王様姿であった。 「いくら物語に相応しい格好って言っても、これはないでしょう」 「デハ、継母がよかったデスカ？」 「……これでいいわよ」 　継母よりは、女王様の方がまし。そう判断した麗香であった。 　さて、森を抜けて街中へ向かうと、１軒の家の前に立派な馬車が停まっていた。そして開きっぱなしの扉の向こうから、嘆くような青年の声が聞こえてきていた。 「ああ、シンデレラ！　君はどこへ行ってしまったというんだ……！」 「王子、どうか気を落とされずに。必ずや、我らが見付けますので……」 　顔を見合わせるプリンキアと麗香。話の内容からすると、ここに王子が居ることは間違いなかった。 「プリンスが何か知ってイルかも知れないデスネ」 　そう言って家の中へ入ってゆくプリンキア。麗香も後に続いた。中にはテーブルの前で嘆く王子の姿と、それを慰める従者の姿があった。 「ドウしましたカ、プリンス？」 　プリンキアが声をかけると、従者が驚いたように言った。 「王子！　魔法使いが来られましたぞ！　この者に、シンデレラ姫の行方を調べてもらいましょう！！」 「え……おお！　まさしくそなたは魔法使いではないか！　頼む、シンデレラを探し出してくれ！！」 　顔を上げた王子も、プリンキアの姿を見るなりそう言った。 「これ王子。何がどうしたというのです」 　そこに麗香が口を挟んだ。女王様になりきって。しかし従者には、本物の女王に思えたようである。 「こ、これは女王様まで！　実はその……何と申しましょうか……」 　言い淀む従者。すると王子がその後を継いで説明した。 「母上……実は先程私がシンデレラに会いにやってくると、私の目の前で忽然と姿を消したのですよ」 　王子も麗香を女王と思っているらしい。ちなみにプリンキアは、『母上』と呼ばれた麗香のこめかみがピクンと動いたことを見逃さなかった。 「どう消えたというのです」 　平静を装いながら質問を続ける麗香。 「ナリきってマスネー……」 　ぼそっとつぶやくプリンキア。もしかすると、女王様は麗香の適役なのかもしれない。 「はい。何者かにつかまれたかのように少し浮き上がったかと思うと、そのまますぅっと姿を消してしまいまして……」 　王子はその時の様子を麗香に説明すると、プリンキアの方へ向き直った。 「頼む、この通りだ！　どうか愛しきシンデレラの行方を探し出してくれ！　本来なら、私自身が探しに行かねばならないのだが……私には皆目見当がつかないのだ」 　頭を振り、悔しそうに言う王子。するとプリンキアは、王子を元気づけるように言った。 「プリンス、ノープロブレムでース。ミーのマムが昔導いたように、無事ハピーエンドに導きマース☆」 　そしてプリンキアは、星型の杖を高らかと掲げてウィンクをした。 「マムの名にカケテ、デース☆」 　それを聞いた麗香が、激しくずっこけた……。 ●中間報告【４】 　夕方の月刊アトラス編集部――麗香の机の前には、真名神慶悟、大塚忍、高村唱、プリンキア・アルフヘイム、黒月焔、そしてシュライン・エマの６人という姿があった。各々のやり方で、今回の事件を追っていた６人だ。 「頭が痛くなるような話ね」 　麗香が頭を抱えながら、ちらりと応接用のソファーに目をやった。そこには美味しそうにアイスを食べている、赤ずきんを被った少女の姿があった。 「……で、あれが赤ずきんなのね？」 　少女を連れてきた忍に、麗香が尋ねた。 「それ以外の何に見える？　本人もそう名乗ってるし。もっとも、俺もまだ半信半疑だけどな」 　連れてきた本人でこれなのだ、他の者も俄には信じられない様子だった。が、例外がただ１人。 「ＯＨ、プリティ赤ずきん！　狼サンに食べられナクテ、よかったデース☆」 　プリンキアだけが、にっこりと笑顔を向けていた。 「まあ、彼女の話している内容は興味深い物だったけれど」 　麗香はそう言って、手元のメモを見直した。赤ずきんがここに来て話したことと、忍が赤ずきんから聞き出した内容をまとめた物だ。 　赤ずきんの話によると、絵本の世界から突然変な男にこの世界へと連れてこられ、同じ世界から連れてこられたと思われる狼男たちに襲われそうになったというのだ。 「つまりその変な男は、絵本の世界から登場人物を連れてくる能力を持っているということね。何のために、狼男に襲わせたかは分からないけど」 「それは、こう説明がつくと思いますけど」 　唱が麗香の疑問に口を挟んだ。 「例の絵本を描いた絵本作家さんによると、『どうしてぺローなんか選んだんだ。グリムのように、もっと残酷に描け』という電話があったということです。恐らくは、その脅しのためかと。俺の想像ですが、カメラをセットしていた可能性もありますね」 「……なるほどね。最初はシンデレラを襲わせるつもりだったけど、逃げられてしまったから赤ずきんを呼び出した、と」 　麗香は大きく息を吐いた。 「果てしない馬鹿ね……」 「まあ、今年の夏は非常に暑いからな。仕方ねぇんじゃねぇの？」 　ニヤリと笑みを浮かべる焔。 「だとしたら馬鹿の２乗……ううん、３乗だわ。こういう訳の分からない相手は、厄介よね」 　麗香がさらりと言い放った。そしてじろりと焔を睨んだ。 「まだ、シンデレラを確保出来ていれば、話は違ってくるんでしょうけれど……」 　その言葉に肩を竦める焔。１度シンデレラを捕捉したはいいが、狼男の邪魔に遭い、結局は見失ってしまったのだ。 「あれは……場所も悪かったんだ」 　焔がぼそっとつぶやいた。不思議なことに、詳しい場所を尋ねても焔は頑として教えてくれなかった。 「それはそうと、送り主の話をしていいかしら？」 　シュラインが皆の顔を見回していった。そういえば、まだ絵本の送り主が誰なのか分かっていなかった。 「送ってきたのは、香西真夏……『魔法少女バニライム』の主役よ」 　やれやれといった表情のシュライン。真夏の名前が出た瞬間、プリンキアが反応した。実はプリンキア、『魔法少女バニライム』で真夏のメイクを担当していたりするのだ。 「ＯＨ、マナちゃんデスカー☆　ケド、ＷＨＹ？」 「一昨日のロケ帰りに、見知らぬ少女から渡されたんですって。切羽詰まった様子で、『信頼出来る所へ送ってほしい』って」 「……信頼出来る所？」 　慶悟が室内を見回した。 「何か言いたいこと、あるのかしら？」 「……いや、何も」 　麗香に睨まれ、慌てて視線を逸らす慶悟。 「で、監督の内海さんに話してみたら、ここの編集部を教えられたんで、迷った末に送ってみた……そう話してくれたわ」 「それって、『その監督から見た』信頼出来る所じゃないか？」 　冷静に突っ込みを入れる忍。まさしくその通りであるが、この場合は問題なしだろう。『世間一般から見た』信頼出来る所、例えば警察に持ち込んでも、軽くあしらわれるだけだろうから。 「ともあれ、その少女の特徴はしっかりと聞いてきたから、これから役に立つんじゃないかしら」 　シュラインはそう言って、真夏から聞いてきた内容を記したメモを取り出した。 「役立たせてもらうわよ、しっかりと」 　麗香がメモを受け取って眺め始めた。 「結局、まだシンデレラは消えたまま……これじゃ、記事にも出来やしないわ。当面、調査継続ね」 　溜息を吐く麗香。そしてちらりと赤ずきんを見た後、麗香は忍にこう言った。 「……赤ずきんの話だったら、そっちで書いても構わないわよ」 　忍はそれに答えず、ただ苦笑いを浮かべた――。 【シンデレラは消えた　了】 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　■ □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 【　整理番号　／　ＰＣ名（読み）　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　／　性別　／　年齢　／　職業　】 【　００８６　／　シュライン・エマ（しゅらいん・えま） 　　／　女　／　２６　／　翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト　】 【　０３８９　／　真名神・慶悟（まながみ・けいご） 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　／　男　／　２０　／　陰陽師　】 【　０５９９　／　黒月・焔（くろつき・ほむら） 　　　　　　　　　　　　　　　／　男　／　２７　／　バーのマスター　】 【　０７９５　／　大塚・忍（おおつか・しのぶ） 　　　　　　　　　　　／　女　／　２５　／　怪奇雑誌のルポライター　】 【　０８１８　／　プリンキア・アルフヘイム（ぷりんきあ・あるふへいむ） 　　　　　　　　　　／　女　／　３５　／　メイクアップアーティスト　】 【　０９０７　／　高村・唱（たかむら・となえ） 　　　　　　　　　　　／　男　／　３２　／　ファンシーショップ店長　】 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■ □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。 ・高原は原則としてＰＣを名で表記するようにしています。 ・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、１から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。 ・なお、本依頼の文章は（オープニングを除き）全１２場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。 ・今回の参加者一覧は、整理番号順で固定しています。 ・大変お待たせしました、お伽話の関係した物語をお届けします。今回はとっかかりになる部分が大変少なくて、プレイングを書くのに苦労されたことかと思います。申し訳ありませんでした。 ・今回はプレイングだけでどこまで進むものかなと考えていた依頼だったんですが、（高原が考えていた展開において）結構進んだような気がします。これはやはり、皆さんのプレイングが優れていたということなのでしょうね。ちなみにこの物語、最低でも１回は続きます。 ・分からない方への補足を少し。『魔法少女バニライム』というのは、日曜朝に放送されている特撮番組で、乱暴な説明をすれば、バニーさん姿に変身した少女が悪を退治してゆくという番組です。 ・あ、赤ずきんは麗香が当面面倒を見るらしいです。 ・プリンキア・アルフヘイムさん、３度目のご参加ありがとうございます。えっと、『バニライム』が微妙に関係してくる所にプリンキアさんが来られたので、微妙に影響が出てます。何故真夏に絵本を手渡したのかも、本文では触れていませんがきちんと理由が存在しています。ところで、バストアップ変わりましたか？ ・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。 ・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。