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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


心を伝えるお菓子

〜オープニング〜

口コミによる宣伝力は、本当にすごい。
それは、あっという間に、あらゆる人間に伝わった。
毎日が長蛇の列で、またたく間になくなってしまうという。

ここに書き込まれるには、それらしくない内容だと、始めは誰もが思った。
しかし、よくよく読んでみると、なるほど、ここに書き込まれた理由が分かるというものだ。
『初めまして、琥珀と言います。気持ちを正確に伝えるというお菓子があります。銀座の、<蘭会堂>というところのチーズケーキで、そこのチーズケーキを食べると、それが、恋心であれ、恨みや呪いであれ、正確に相手に伝わるというのです。私はまだ試していませんが、友人の友人が、それを食べて祈ったら、嫌いな上司が自殺してくれたそうです。でも、その友人の友人も、行方不明になっています。誰か、良いお願いで、試してくれればいいのになあ』
それを見つけた瀬名雫は、さっそくレスを返した。
『こんにちは!そのお友達のお友達は、悪いお願いをしたから、報いがあったのかも知れないね!本当に琥珀さんの言うとおりだと思う!!いいお願いで試してみればいいのに。誰か、「両思いになりたい」とか「夢をかなえたい」とか、明るいお願いしてくれないかな☆』
すると、すぐにレスが返って来た。
『お返事ありがとう。本当にそうだよね。毎日限定10個っていうから、開店前の、朝4時くらいから並んでも、ギリギリかなあ。しかも、その中には、特殊なおまじないが書いてある紙が入ってるらしくて、それも一緒に食べるようにって、箱に書いてあるんだって・・・その紙がやっぱり何か関係あるのかな』
雫は、それを見て、ちょっと首を傾げた。
「もしかして、それってチーズケーキが原因じゃなくて、その紙が原因なのかもね」
背後にいた者たちは一様に頷く。
雫は勢いよく振り返った。
「ねえ、誰か、何かお願い事のある人は、試してくれないかな☆」
いつもの、雫の、人懐こい笑みに、思わず頷いてしまった者たちがいた・・・。


Case2.長谷川豊(はせがわ ゆたか)の場合

そもそも、彼女は早く起きること自体は苦痛ではなかった。
チーズケーキも大好きだったし、いろんな付加効果が発生するなら、一石二鳥である。
繊細な印象の彼女であるが、芯は強い。
柔らかく笑うその笑顔が、素直に綺麗だと思われることが多い。
「4時でダメなら、3時かな」
さらさらの黒髪を念入りにとかしながら、豊はそう考えた。
時刻を見ると、2時半である。
朝方冷え込む日もあるので、ちょっとした上着を手に、豊はタクシーでその場所に向かった。
タクシーで走ること20分。
そんなに遠くないんだな、と思いつつ、彼女はタクシーを降り、そしてびっくりした。
なんと、もう既に並んでいる人がいるではないか!
しかも、レジャーシートやらお菓子やらを広げているところを見ると、どうやら、徹夜覚悟で来たような感じである。
それだけではない、豊と同じようなことを考えている人間は、この世に多いようだ。
豊の前に、3人の客が並んでいた。
昨日、雫のサイトの掲示板で、『限定10個』の情報を得ていたから、誰かが2つ買ったとしても、十分手に入れられそうだ。
彼女は、空を見上げた。
ここ「蘭会堂」のチーズケーキは、彼女の悩みを、不安を、一掃してくれるだろうか。
それとも、単なる噂なのか。
試してみる価値は、十分ある。
開店まで、あと3時間。
ちょっと冷たい風から身を守るように、彼女はそこに座り込んだ。


待ちに待った開店の時間になった。
最初に並んでいた少年が、妙にウキウキした足取りで、大きな袋を抱えて走り去っていく。
楽しいお願い事をするのだろうな、と豊は少し羨ましくなった。
豊のお願いは決して、明るいものではない。
むしろ、暗い部類に入るかも知れない。
それでも、彼女にとっては、一生ついて回る、重大なことなのだ。
それが運命とか、宿命とか、そんな簡単で曖昧な言葉で割り切れたら、どんなに楽なことだろう!
だからこそ。
少しでも軽減されるのであれば、それに越したことはないのだ。
とうとう彼女の番が来た。
店のご主人だろう、手際よく、そして愛想よく、彼女にひまわりのような笑顔を向けた。
「こんにちは、お嬢さん!」
「あ、こんにちは・・・」
「おいくつ必要かな?ただし、買い占めはダメだよ」
「あ、えっと・・・」
豊は、ちょっと考えて、にこっと笑い返した。
「ひとつ、お願いします」
「はいよ、おひとつね!」
「蘭会堂」のご主人、荒井昭二(あらい しょうじ)は、素晴らしい香りのするチーズケーキを箱に詰め、豊に渡した。
「このチーズケーキは魔法のチーズケーキだからね、悪いことに使うんじゃないよ」
「はい」
(悪いこと・・・)
豊は少しだけ気持ちが沈んだ。
しかし気を取り直すと、大事そうにチーズケーキの箱を抱えた。
それから、大通りに出ると、タクシーを止めるために、ゆっくりと手を挙げた。


家に着いて、ほっと一息つき、豊はチーズケーキを切り分けた。
香りのよい紅茶を入れ、準備も万端である。
ケーキは、程良く焼き目がついていて、タルト生地のしっかりした、ベイクドチーズケーキである。
そして。
豊は、目の前に、さっき切った時に現れた、一枚の紙を見つめた。
箱には、こんなふうに但し書きがしてある。
『このチーズケーキには、心を伝える力があります。そのおまじないは、このチーズケーキの中に封じられていますので、そのあまじないが書かれた紙ごと、心に思いを念じながら食べて下さい。なお、その紙は、無害です』
「これ、食べながらお願いをするってこと・・・?」
ちょっと不思議な気分である。
フォークの先で、紙を開いて見たが、中には何も書いていない。
本当にただの紙である。
「何か、魔法でもかかってるのかな・・・?」
ひとりつぶやいて、豊はひとまずチーズケーキの方を口に入れた。
「これ・・・!」
思わず、叫びそうになる。
「おいしいーーーーー!!!」
ばたばたしたくなる衝動を抑え、一口、また一口と、チーズケーキがあっという間に消えていく。
それこそ、紙はそっちのけで、ワンホール食べてしまった。
「・・・すっごいおいしかったあ・・・」
満足げにそうつぶやいて、彼女は紅茶を入れ直した。
そのかぐわしい香気で、一息つく。
それから、覚悟を決めたように、豊はその紙を紅茶で流し込んだ。
「私のお願いは――――」
意を決して、彼女は強く念じた。
「恒(こう)が、これ以上悪いことをしないこと」
そう、彼女にはたまに、記憶がすっぽり消えてしまう時間があった。
その原因は、豊自身、ちゃんと把握していた。
彼女の中に存在する、もうひとりの人間。
その名は、「恒(コウ)」という。
彼が前面に出ている間の記憶が、豊にはなかった。
それが、不安で不安でたまらないのだ。
そして、薄々ではあるが、恒が、自分の身体を使っている間、とてつもないことをしているのは感じていた。
だからこそ、豊のお願いは、自分の知らないところでの、恒の行動を制止することなのだった。
『ふうん、それがあなたのお願いなの?』
「ええっ?!」
いきなり声をかけられ、豊はびっくりした。
あわてて、周りを見回す。
『ここよ、ここ』
ひゅう、と軽く風を切って、目の前に小さな姿が現れた。
それは、巫女姿をした、小さな小さな少女の精霊だった。
「あ、あなたは・・・?!」
『私?』
びっくりされるのには慣れているだろう。
彼女はあまり感慨を受けた様子もなく、普通に対応していた。
『私は、清狐之御神(せいこのみかみ)。蘭会堂の裏手にある、祠の神様よ』
「ど、どうして、ここに・・・?!」
『あら、お願い事はないの?私は、蘭会堂のご主人にとっても良くしてもらってるから、ちょっとお手伝いをと思って、こうして、チーズケーキを買った人の、ささやかなお願いを聞いてるのよ』
「じゃ、じゃあ、さっきの紙は・・・?」
『あれは、私を呼霊するためのまじない符よ』
清狐之御神は、ふわふわと豊の周りを飛び回った。
次第に落ち着いてきた豊は、そんな小さな神様に、ようやく自然に対応できるようになった。
「お願い、聞いてくれるの?」
『ええ。私の出来ることは、あなたの「心」を正確に伝えることだけど。それで、その恒っていう人間が改めるかどうかは、また別の問題ね』
清狐之御神は、困ったように言った。
『それでも、何も伝わらないより、ずーっとマシよ?だって、完璧に全部、伝わるんだから』
「完璧に全部・・・?」
『そう。正確には、「心」というより、「波動」なんだけどね。オーラみたいなものよ』
清狐之御神は、くるんと空中で回転した。
『だから、それを受け留める側に、それなりの度量がないと、壊れちゃうこともあるのよ。生のままの感情をまるごと、もらうわけだから』
ああ、なるほど、と豊は納得した。
だから、雫の掲示板にあったとおり、受け留めきれなかった人が、その重さに負けて壊れる---つまり、自殺してしまったのだろう。
「じゃあ、私の心は伝えられると思うわ」
『そう?それなら、確かめてみましょうか?』
「で、でも・・・」
豊の不安を、一瞬にして察知して、清狐之御神は、くすっと笑った。
『大丈夫。私には、誰も触れないから』
「それなら・・・」
豊は、いつも首にかかっている逆十字のネックレスを外した。
それが、豊と恒を、人為的に入れ替えることの出来る唯一の方法だった。
その瞬間。
豊の目の色が金色に燃え上がる。
そして、その表情や、まとう空気までもが一変した。
「・・・届いたぜ、豊の『心』は」
『あなたが恒?』
「ああ。豊が、俺に、『悪いことをするな』って言うんだろう?」
冷たく、恒は笑った。
しかし、清狐之御神はにっこり笑い返した。
『あなた、強いわね。豊の「心」から生み出される「波動」は、かなり熱くて激しかったと思うけど』
「・・・少し喰らったがな」
恒は、ざっくり切れた腕を見せた。
「そこまで願いは強いってことだろう、カミサマ」
『それが彼女の偽らざる本心だもの』
「・・・豊を守ってるのも、俺だぜ?」
『そうみたいね。でも、生命を弄ぶことも多いわよね。豊が憂えてるのは、そっちでしょ』
「・・・何が『悪い』ことで、何が『良い』ことかなんて、誰が決めるんだよ?」
恒の黄金の瞳が、危険な色を帯びた。
「豊は何も知らない。知らないということで、守られてる。それで十分だと俺は思うね」
『ふうん、あなたはそう考えるのね・・・』
「ああ。俺は俺のやりたいように生きる・・・豊は守るがな」
『もう少し、うまくやったら?豊の本能的な恐怖にも、引っかからないくらいにね』
「・・・あんた、本当に神か?」
恒の問いに、清狐之御神は鈴を振るような声で笑った。
『日本の神様は、善悪っていう、簡単に割り切れるような概念は持ち合わせてないわ。だって、ヒトの想いそのものから生まれたものなんだから』
「・・・そういうものなのか?」
『ええ』
清狐之御神は、かすかに笑った。
それから、もう一度、くるんと空中で回転すると、小さく手を振った。
『まあ、それもありでしょう・・・でも、あまり豊を怖がらせないようにね、豊の守護神さん♪』
清狐之御神は、すうっと消えていった。
それを見やって、恒は、床に転がっている逆十字のネックレスを手に取った。
しばらく、手の中で神々しく光るそれを見つめる。
それから、やや皮肉げに笑うと、ゆっくりとつぶやいた。
「・・・少しの間、オアソビは、控えてやるよ、豊、おまえのためにな・・・」
そして、恒は、そのネックレスを、自らの手で、首にかけたのであった――――


その後、豊は、記憶のなくなることが少しだけ――――本当に少しだが――――減ったような気がしていた。
それが、おまじないの効果なのかは、分からなかったが。
しかし、それとは別に、蘭会堂のチーズケーキの味にはまり、月に一度は、並んででも手に入れるようになったのは、言うまでもない――――


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0914/長谷川・豊(はせがわ・ゆたか)/女/24/大学院生】

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました!
ライターの藤沢麗(ふじさわ れい)です。
今回は、個別に作成させて頂きました。
やはり、個人個人、お願いはありますからね。

長谷川豊さん、初めまして!
バストアップを参考にさせていただきましたが、印象の方はいかがでしたか?
個人的には、恒が全面的に活躍するお話も見てみたいなあ、と思います。
(そうすると、必然的に、バトル系のお話になってしまうんでしょうか・・・)

それでは、また未来の依頼にて、ご縁がありましたら、ぜひご参加下さいませ。
この度は、ご参加、本当にありがとうございました。