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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


シンデレラは消えた
●オープニング【0】
「シンデレラは消えた……」
 月刊アトラス編集長・碇麗香が誰に言うでもなくつぶやいた。その表情は、何が起きているのかよく分からないといった様子だ。
 どういう意味かと問うと、麗香は少し思案してから答えた。
「文字通りよ。シンデレラが消えてしまったの」
 ……どこぞのテーマパークのアトラクションがなくなったのだろうか? そう思っていると、こちらの思考を察したのか麗香が先の言葉に補足した。
「違うわよ。絵本のシンデレラが消えてしまったの。シンデレラだけ忽然と、ね」
 それは全ての絵本からなのかと一瞬思ったが、それならもっと大事件になっているはずだ。ならばごく一部の絵本から消えたと考えるべきか。
「それがこの絵本よ。今朝うちに届いたの」
 麗香が古びた1冊の絵本を取り出した。表紙には『シンデレラ』と書かれているが、そこに肝心のシンデレラの姿はなかった。本文も同様だ。シンデレラの姿のみが消えている。
「手作り絵本でもない普通の印刷物で、こうなるのは変よね。ちょっと理由を調べてもらえるかしら? もっとも誰が送ってきたのかも分からないんだけど」
 麗香はやれやれといった様子で溜息を吐いた。
 あの……それでどうしろと?

●有明は燃えているか?【1C】
 真夏の炎天下――有明の東京ビッグサイトに、1人の青年の姿があった。肩まで届く黒が混じった赤い髪を後ろに流し、サングラスをかけている。そして首から右頬にかけて、龍の頭が彫られていた。恐らくは首より下の部分に、龍の胴体以下も彫られているのだろう。
「あのー……」
 そんな青年――バーのマスター・黒月焔に対し、1人の少女が話しかけてきた。が、少女の格好は何故かメイド姿である。
「それ……何のコスプレなんですか? かっこいいですよね……」
 おずおずと焔に尋ねる少女。焔は苦笑して、コスプレではないことを少女に告げた。
(これで何人目だか)
 焔がここに来てから、すでに同様の質問を何度も受けていた。まあ、場所が場所だから仕方のないことなのだろうが。
 焔が今居るのは、正確に言えば東京ビッグサイトの西地区屋上展示場である。今ここでは『有明コミックフェスティバル』(略称・有フェス)という、日本最大規模の同人誌即売会が開催されていた。即売会ゆえ、各ホールでは同人誌が扱われているのはもちろんのことだったが、コスプレをしている者の姿も目立っていた。同人誌と並んで、もう1つの目玉という奴である。
 屋上展示場には、様々な作品の登場人物のコスプレをした者が大勢集まっていた。また、それを撮影しようとする者も。したがって、屋上展示場はかなりの混雑である。
 このような所に焔が居るのは、別にコスプレをしに来た訳でも、同人誌を買いに来た訳でもない。無論、写真を撮ったり、同人誌を売りに来たのでもない。
 焔はシンデレラの行方を探しに来たのだ。もちろん、絵本から消え失せたシンデレラの。
(まさか、本当にここだとはなあ)
 鼻の頭をぽりぽりと掻きながら、焔は周囲を見回した。黒のスーツ姿に身を固めた『あぶれる刑事』のコスプレやら、バニーさん姿の『魔法少女バニライム』のコスプレやらが目につくが、シンデレラらしい少女は見当たらない。
 シンデレラが絵本から抜け出したと聞いて、焔はあれこれと行き先を考えていた。例えば、おのぼりさんみたいに原宿や東京タワーに行ったとか。はたまた、浦安の某テーマパークで本家対決をしているのではないかとか。そしてもう1つ思い付いたのが、この有フェスであった。……何故有フェスを知っているんだという疑問はあるが、それはさておき。
 思い付く場所は色々とあるが、それを全部回っている訳にもいかない。そこで焔は、探知系の魔術を使ってシンデレラの居場所を探ってみることにした。媒介として、送られてきた絵本に触れながら。
 その結果、焔の脳裏におぼろげと浮かんできたのがここ東京ビッグサイトであった。
(とはいえ、あまり当てにならないからな……)
 浮かんだ以上やってきた焔だったが、結果に対しては疑問を感じていた。過去にも何度か試していたが、その時は場所が数キロずれていたり、反対側だったりして、役に立たなかったからだ。
「今回のバイト、俺にはきついかもな……」
 ぼそっとつぶやく焔。それは内容もさることながら、現在のこの状況も含んでのことだったかもしれない。

●シンデレラを追って【2D】
 焔が屋上展示場にやってきて、すでに50分以上が経過していた。その間、何のコスプレかを尋ねられること21回、写真をお願いされること9回、テレビの取材に捕まること4回……とまあ、色々とあった。
(ああ、何て面倒だ)
 ほんの数回程度ならともかく、こうも回数が多いと辟易してしまう。
「恨むぞ、俺の魔術……」
 自分が使った魔術の結果を受けてここにやってきたとはいえ、焔は文句の1つでも言いたい気分になっていた。まあ、暑さも影響しているのかもしれないが。
 と、その時だ。焔の目の前を、金髪で綺麗なドレスを身にまとった少女が通り過ぎた。
(おっ?)
 焔は思わず少女の姿を目で追った。焔の抱いていたシンデレラのイメージに近い少女だったからだ。
「シンデレラのコスプレも居るもんだな」
 少女の頭の先から爪先まで、すっと視線を降ろしてゆく焔。最初のうちは笑みを浮かべていたが、ふとした瞬間にその笑みが強張った。
「な……に?」
 焔の反応も無理はない。何とその少女の足元は、透明な靴だったのだ。透明といってもビニールではない、ガラスだ。つまり、少女はガラスの靴を履いていたのだ。
「お、おいっ! そこのシンデレラ、ちょっと待て!!」
 人混みの中、見失ってしまわないうちに追いかける焔。後少しで追い付くという時、少女が後ろを振り向いて驚きの表情を浮かべた。
「きゃあぁぁっ!!」
 走って階段の方へと逃げ出す少女。今度は焔が驚く番だった。
「待ってくれよ! 俺はただ話を聞きたいだけで……!」
 舌打ちをし、少女を追いかける焔。
(俺の顔、そんなに怖いかぁ? うぅむ……まあ、あのくらいの娘だと判断は難しいんだろうがな)
 追いかけながら、焔はそう自問自答した。しかし原因は焔にあるのではなかった。
 焔の後ろから、ぬっと人影が現れた。そしてその人影は焔を追い抜き、少女を追いかけてゆく。その人影の姿は、狼男であった。
「……まさかあいつを見て驚いたんじゃねえだろうな?」
 狼男が少女を追いかけているのは明らかだった。ならば、少女が驚いたのは自分ではなく狼男を見てということになる。
(あいつが何らかの事情を知ってるかもしれねぇな)
 焔は魔術を使って、狼男の足を止めることにした。魔術は無事にかかり、狼男の足が止まる。が、タイミングが悪かった。
 狼男が止まったのは、まさしく階段を降りようとしたちょうどその時。そこで足を止められたものだから――狼男はゴロゴロと階段を転げ落ちてしまったのである。
(うわ……こりゃひでぇ)
 顔を押さえつつ、焔は階段を降りていった。そして一番下で倒れていた狼男を抱え起こす。
「おい、聞こえるか!? てめぇ、何であの娘を追いかけてたんだよ?」
 狼男の身体を揺さぶり、聞きたいことを尋ねる焔。狼男は苦しそうに答えた。
「オ……オレ、命令されただけ……シンデレラ捕まえろって……」
(シンデレラ?)
 眉をひそめる焔。狼男からシンデレラという単語が出たということは、さっきの少女が正真正銘のシンデレラということか。しかし、命令されたとはどういうことなのだろう?
「うっ……!」
 狼男が苦し気にそううめくと、その姿はかき消すように失われた。突然の出来事に、目撃した周囲の者たちが激しくざわついていた。
「消えた……」
 焔は立ち上がってそうつぶやいた。そして、スタッフが駆け付ける前に、その場から姿を消した――。

●中間報告【4】
 夕方の月刊アトラス編集部――麗香の机の前には、真名神慶悟、大塚忍、高村唱、プリンキア・アルフヘイム、黒月焔、そしてシュライン・エマの6人という姿があった。各々のやり方で、今回の事件を追っていた6人だ。
「頭が痛くなるような話ね」
 麗香が頭を抱えながら、ちらりと応接用のソファーに目をやった。そこには美味しそうにアイスを食べている、赤ずきんを被った少女の姿があった。
「……で、あれが赤ずきんなのね?」
 少女を連れてきた忍に、麗香が尋ねた。
「それ以外の何に見える? 本人もそう名乗ってるし。もっとも、俺もまだ半信半疑だけどな」
 連れてきた本人でこれなのだ、他の者も俄には信じられない様子だった。が、例外がただ1人。
「OH、プリティ赤ずきん! 狼サンに食べられナクテ、よかったデース☆」
 プリンキアだけが、にっこりと笑顔を向けていた。
「まあ、彼女の話している内容は興味深い物だったけれど」
 麗香はそう言って、手元のメモを見直した。赤ずきんがここに来て話したことと、忍が赤ずきんから聞き出した内容をまとめた物だ。
 赤ずきんの話によると、絵本の世界から突然変な男にこの世界へと連れてこられ、同じ世界から連れてこられたと思われる狼男たちに襲われそうになったというのだ。
「つまりその変な男は、絵本の世界から登場人物を連れてくる能力を持っているということね。何のために、狼男に襲わせたかは分からないけど」
「それは、こう説明がつくと思いますけど」
 唱が麗香の疑問に口を挟んだ。
「例の絵本を描いた絵本作家さんによると、『どうしてぺローなんか選んだんだ。グリムのように、もっと残酷に描け』という電話があったということです。恐らくは、その脅しのためかと。俺の想像ですが、カメラをセットしていた可能性もありますね」
「……なるほどね。最初はシンデレラを襲わせるつもりだったけど、逃げられてしまったから赤ずきんを呼び出した、と」
 麗香は大きく息を吐いた。
「果てしない馬鹿ね……」
「まあ、今年の夏は非常に暑いからな。仕方ねぇんじゃねぇの?」
 ニヤリと笑みを浮かべる焔。
「だとしたら馬鹿の2乗……ううん、3乗だわ。こういう訳の分からない相手は、厄介よね」
 麗香がさらりと言い放った。そしてじろりと焔を睨んだ。
「まだ、シンデレラを確保出来ていれば、話は違ってくるんでしょうけれど……」
 その言葉に肩を竦める焔。1度シンデレラを捕捉したはいいが、狼男の邪魔に遭い、結局は見失ってしまったのだ。
「あれは……場所も悪かったんだ」
 焔がぼそっとつぶやいた。不思議なことに、詳しい場所を尋ねても焔は頑として教えてくれなかった。
「それはそうと、送り主の話をしていいかしら?」
 シュラインが皆の顔を見回していった。そういえば、まだ絵本の送り主が誰なのか分かっていなかった。
「送ってきたのは、香西真夏……『魔法少女バニライム』の主役よ」
 やれやれといった表情のシュライン。真夏の名前が出た瞬間、プリンキアが反応した。実はプリンキア、『魔法少女バニライム』で真夏のメイクを担当していたりするのだ。
「OH、マナちゃんデスカー☆ ケド、WHY?」
「一昨日のロケ帰りに、見知らぬ少女から渡されたんですって。切羽詰まった様子で、『信頼出来る所へ送ってほしい』って」
「……信頼出来る所?」
 慶悟が室内を見回した。
「何か言いたいこと、あるのかしら?」
「……いや、何も」
 麗香に睨まれ、慌てて視線を逸らす慶悟。
「で、監督の内海さんに話してみたら、ここの編集部を教えられたんで、迷った末に送ってみた……そう話してくれたわ」
「それって、『その監督から見た』信頼出来る所じゃないか?」
 冷静に突っ込みを入れる忍。まさしくその通りであるが、この場合は問題なしだろう。『世間一般から見た』信頼出来る所、例えば警察に持ち込んでも、軽くあしらわれるだけだろうから。
「ともあれ、その少女の特徴はしっかりと聞いてきたから、これから役に立つんじゃないかしら」
 シュラインはそう言って、真夏から聞いてきた内容を記したメモを取り出した。
「役立たせてもらうわよ、しっかりと」
 麗香がメモを受け取って眺め始めた。
「結局、まだシンデレラは消えたまま……これじゃ、記事にも出来やしないわ。当面、調査継続ね」
 溜息を吐く麗香。そしてちらりと赤ずきんを見た後、麗香は忍にこう言った。
「……赤ずきんの話だったら、そっちで書いても構わないわよ」
 忍はそれに答えず、ただ苦笑いを浮かべた――。

【シンデレラは消えた 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0599 / 黒月・焔(くろつき・ほむら)
               / 男 / 27 / バーのマスター 】
【 0795 / 大塚・忍(おおつか・しのぶ)
           / 女 / 25 / 怪奇雑誌のルポライター 】
【 0818 / プリンキア・アルフヘイム(ぷりんきあ・あるふへいむ)
          / 女 / 35 / メイクアップアーティスト 】
【 0907 / 高村・唱(たかむら・となえ)
           / 男 / 32 / ファンシーショップ店長 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全12場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は、整理番号順で固定しています。
・大変お待たせしました、お伽話の関係した物語をお届けします。今回はとっかかりになる部分が大変少なくて、プレイングを書くのに苦労されたことかと思います。申し訳ありませんでした。
・今回はプレイングだけでどこまで進むものかなと考えていた依頼だったんですが、(高原が考えていた展開において)結構進んだような気がします。これはやはり、皆さんのプレイングが優れていたということなのでしょうね。ちなみにこの物語、最低でも1回は続きます。
・分からない方への補足を少し。『魔法少女バニライム』というのは、日曜朝に放送されている特撮番組で、乱暴な説明をすれば、バニーさん姿に変身した少女が悪を退治してゆくという番組です。
・あ、赤ずきんは麗香が当面面倒を見るらしいです。
・黒月焔さん、プレイング高原のツボにはまりました。ゆえに、本文のようなことになっています。ちなみにその場所に関しては、高原先日実地調査済みです。とりあえず、スタッフに捕まってたら、ややこしいことになってたでしょうね。それから、バストアップ等参考にさせていただきました。イメージ通り、描けたか心配ではありますが。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。