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真夏の夜の夢〜中編〜
◆途中報告
「なんだか、バタバタやってるみたいねぇ･･･」
体育大学心霊研究会の降霊会合宿を取材に言っている三下から送られてきたＦＡＸを眺めながら、碇は呟いた。
合宿所になっている別荘は神社を取り壊して作った上に心中事件もあった曰くつきな別荘であること、そこで夜に降霊会が行われること、などが簡単にまとめられて報告されていた。
「ちゃんと記事になるのかしら？」
どうも、三下はワタワタして仕事になっていない気配がする･･･
このＦＡＸも三下の名前できてはいるが、書いたのは別の人物のようだ。
誤字も無く理路整然とまとめられている文章を見て溜息をついた。
「翠麗荘に行った連中は、のんびりしているのかしらね？」
碇はＦＡＸを書類ケースにはさみ、側にいた編集部員の一人に声をかける。
「さっき電話がありましたけど、のんびりしてるみたいですよ。あ、でもなんか色々あるみたいなことを言ってたな。屋敷にある祠がどうとか･･･」
「祠？」
「ええ、なんでも取り壊された神社のご神木が祭られてた祠だったようですよ。それがどうとか言ってたなぁ･･･もしかしたら記事になるかもって連絡だったんですけどね。」
「ふうん、降霊会に人形だらけの別荘に祠･･･ねぇ。」
碇はしばし考えるように目を伏せて、それから言った。
「よし、ちょっと気合入れて取材するか。手があいてる奴がいたら軽井沢へ向かって。もちろん現地の連中にも様子は知らせるように言ってね！」
「えっと、増員は合宿の取材の方ですか？」
「こうなったら両方取材対象よ。まぁ、別荘の人には迷惑をかけないように避暑にきたってことで行くようにしてね。」
碇はテキパキと取材の準備を指示した。
何かある。この勘が彼女を編集長にまで押し上げたものの一つでもあるのだ。
間違いなく軽井沢には何かある。
そう勘が告げているのだった。
◆妙なる食卓
鬱蒼と木々が茂り、空に輝くはずの日の光の殆どはその深き葉の影に覆われ地面まで届くことはない。
小嶋 夕子の気配に誘発されて、ムックリと影が体を起こす。
シュウシュウと音を立てそうなくらいの瘴気を撒き散らしながら･･･
「まぁ、美味しそうな邪気だこと･･･」
小嶋はその紅の唇をぺろりと舐める。
食うと言ってもその口で喰らい付くわけではないのだが、気持ちは「食事」なのか。
軽井沢に来てから･･･正しくはこの幽霊屋敷がある森に来てから小嶋は食事を欠かすことはなかった。
鬱蒼とした木々の隙間を覗けば、大きな邪気に惹かれてやって来た浮遊霊たちがワラワラとたむろしている。
そして、彼らは一様に恨み辛み苦しみに醜く歪み、その姿すら人形に保てぬほどの妄執振りを見せてくれる。
「幽霊食い」の小嶋にとってこれらは全て最高の食材だった。
憎しみは深いほど良く、苦しみは長いほど美味い。
「さぁ、来るがいい･･･彷徨える御霊よ･･･」
小嶋は地面にうずくまるようにしてこちらを見ている邪霊を呼んだ。
もう人の形はしていない。黒く淀んだ影のような塊だ。
それとは対照的に輝くように白い姿の小嶋が、すぃっと手を差し伸べる。
影はビクっと怯えるように竦み震えた。
小嶋の顔に笑みが浮かぶ。
些細な怯えや恐怖でもぐっと味が増すのだ。
「怯えているの？無駄なことを･･･」
更なる暗がりに逃げようとする黒い塊に、小嶋はさっと手を差し伸べたかと思うと、見る間にその爪先を尖らせ、塊の中心に打ち込んだ！
「逃がしはしないよ。」
そして唇に笑みを浮かべると、爪に囚われていた黒い塊はすっと溶けるように姿を消した。
小嶋は愉快そうに喉を鳴らして笑うと、森の深い暗がりから抜け出した。
一歩外へ出ればそこでは避暑に来た連中が何も知らずに笑い騒いでいる。
こういう人間の溢れんばかりの生気でも腹を満たすことは出来たが、やはり妄執の深い霊たちに敵う味ではない。
「おや、アレは･･･」
小嶋はふらりと人間たちを眺めながら漂っていると、覚えのある気配を見つけた。
「あの男･･･まだこの辺りにいたんだね。」
向うも気がついたらしい。小嶋を見てふっとわらいの形に唇をゆがめた。
司 幽屍である。
「やぁ、またお会いしましたね。」
司は小嶋を見とめると、わざわざ側へ寄って声をかけてきた。
「お会いしたもなにも、わたくしを見ていたのではないですか？」
小嶋も皮肉な笑みで答える。
どうもこの男は自分を見張っているらしい気配がする。
同じ幽霊でありながら、幽霊を食す者と幽霊を祓う者である二人は、いわは商売敵のような立場なのかもしれない。
「いえいえそんな。私のような若造があなたを監視するようなことは･･･」
司はそう言って笑ったが、どうも目が笑っていない。
「女に歳の話とは･･･あなたも相当なもののようね。」
ビシッと二人の間に火花が散るような視線が交わされる。
二人とも魂魄のみの姿になって長い時を生きてきた。なかなか互いが食えるわけではない。
「まぁ、良いわ。わたくしの邪魔だけはしないで頂きたいわ。」
そう言って小嶋はついっと横を向く。
「その時は例え顔見知りとは言え手加減は致しませんよ。」
つまり。
邪魔をしたらお前を食らうこともできるのだぞ･･･と。
「いえ、その台詞はそのままお返ししましょう。」
司も唇だけの笑みで返す。
行過ぎる行いがあれば、自分も手加減はしない･･･と。
そして、二人は互いにビシビシと火花を散らしながら別の方向へと飛び去った。
◆禍々しきモノ
司とすれ違った後、小島は幽霊屋敷こと合宿所へと戻ってきた。
何となく、あの２階の結界のある部屋が気になったのだ。
「あっ！結界が･･･」
小嶋はその様子を見て驚いた。
昨日までははちきれんばかりに邪気が詰まっていたあの部屋から、すっかりその邪気がなくなっているのだ。
（逃したかっ？）
慌ててその部屋へと降り立つと、結界は完全に失われ、もう苦もなく部屋の中へと入ることが出来た。
部屋の中には降霊会の準備だろうか、粗末な祭壇などが組み立てられていた。
しかし、小嶋はそれどころではなく、きょろきょろとあたりを探る。
あんなに禍々しい獲物はそうそう出会えるものではない。
（逃してたまるものか･･･）
その時、ふと部屋の中に違和感のようなものを感じた。
（･･･これは･･･）
小嶋はその違和感に意識を集中する。
それは長い年月を流離う間に何度か感じたことのある気配だった。
（式神かしら･･･）
世の中には時々人に使役されている神とか鬼のようなものが居る。これはその気配によく似ていた。
一歩引いてさらに意識を集中すると、それはやはり式神である事がわかった。
（ここは一旦引いた方がよさそうだわ･･･）
別に式神くらいどうということはなかったが、それを使う連中はこぞってお節介と言うか･･･小嶋を成仏させんと躍起になる連中が多いのだ。
（そんな連中をかまってるヒマはないわ。）
今の目当てはここに封印されていた「禍々しいもの」の行方だ。
まだ気配が居なくなってそう時間はたっていないらしい、辺りにはまだその気配がぼんやりと漂っている。
（アレが何かはわからないけれど、とにかく居場所だけでも確かめておきたい･･･）
もしかしたらあの禍々しいものの正体は神とか魔とかの、小嶋の手におえるものではないかもしれない。
しかし、その本体は手におえなくても、あの禍々しさにつられてやって来る連中は、小嶋には格好の獲物なのだ。
（何処へ行ってしまったのかしら･･･隠れたとしてもアレだけの強さだからわかるはずなのだけれど･･･）
小嶋は式に関わらぬようにしながら、再び屋敷の外へと探しに出かけた。
◆若木の芽
小嶋はずっと消えた気配を追いかけ続けた。
あの禍々しきものはこの土地固有と言うか特殊な波長を持っていたので、その気配を他の雑多なものたちの気配の中から探ることはそう難しくはないように思えた。
しかし、天に消えたのか地に潜ったのか、その気配は一向につかめなかった。
「それだけ力のあるモノだったと言う事なのかしら･･･」
強い力を持つものは、またそれを完全なまでに隠し切ることができる。
「やはり、魔物か･･･神･･･」
それらを信じるとは別に、小嶋はそう言うものの存在を知っていた。
長い年月の中でそう言ったものに出会ったこともあるのだ。
森の中を彷徨いながらぼんやりと考える。
そう言ったものはやはり異質なものだ。
現世に深く関わり、強く影響を残しても、やはり幽霊とは違う異質なものなのだった。
「･･･ん？」
そんなことを考えながら少しぼんやりとしていると、不意に力の動く気配を感じた。
幽霊屋敷のほうを見ると神々しく光が輝いているのが見えた。
「やっぱり、浄霊したのね･･･」
多分、あの式の主だろう。
あそこに居た残りカス見たいな霊たちを浄化したのだろう。
やはり早々に退散したのは正解だった。
強制的に浄化させられてしまうほど迂闊ではないが、面倒な事にはあまり関わりたくない。
「あら？あの光･･･」
屋敷で輝いていた浄化の光が、一度は天高くへ昇っていったものの、再びこの地に降りてくるのが見える。
「もう転生すると言うの？そんなバカな･･･」
そう思ったが、やはり光は再び下へと降りてくる。
それはまっすぐこっちへ向かってくるようであった。
「！」
見る間にそれは正視できないほどの輝きとなり、小嶋の居るすぐ側の場所へ降りた。
「なんなの･･･」
多分、あの光は目に見える光とは違うものだろう。霊気と言うか神気と言うか、その類の輝きだ。
「神様が転生したとでも言うのかしら･･･」
それならばもっと何かあるだろうとも思ったが、小嶋はとりあえず光の落ちた方角へと急いだ。
「これが･･･さっきの光･･･？」
小嶋は足元にひそかに息づくものをまじまじと見つめた。
それは小さな木の若芽だった。
これから幾年も長い年月をかけて大樹となるであろう若芽は、仄かな光をまとって地面からそっと顔を出している。
「浄化されてすぐの転生といい･･･なにか重要なものなのかと思ったけれど･･･一体なんなのかしら？」
しかし、それが重要な運命をになうものであることは確かなようだ。
なぜならば、その若芽からはあの結界の奥から感じていたものと同じ波長を持っていたのだった。
To be continued...
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
？？？
0382 ／ 小嶋・夕子 ／ 女 ／ ６８３ ／ 無職？
0790 ／ 司・幽屍 ／ 男 ／ ５０ ／ 幽霊
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■ ライター通信 ■
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今日は。今回も私の依頼をお引き受けくださり、ありがとうございました。
小嶋さんは微妙に司氏と緊張関係を保ちつつ、怪しげな転生の場面に立ち会っておりますが･･･如何でしたでしょうか？
降霊会は翠麗荘の主人の乱入？で失敗に終わっていますが、禍々しきものはその翠麗荘の主人に取り付いております。ただ、かなり禍々しいものの正体は小嶋さんの読みが当たっておりますので食事･･･にはならなそうですね。
えっと、それとちょっとお知らせです。
次回で真夏の夜の夢は完結いたしますが、依頼公開日をちょっと延期いたします。
依頼の公開日は８月２４日の２３時となります。
もしよろしければご参加お待ちしております。
それではまたお会いたしましょう。
お疲れ様でした。
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