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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


心を伝えるお菓子

〜オープニング〜

口コミによる宣伝力は、本当にすごい。
それは、あっという間に、あらゆる人間に伝わった。
毎日が長蛇の列で、またたく間になくなってしまうという。

ここに書き込まれるには、それらしくない内容だと、始めは誰もが思った。
しかし、よくよく読んでみると、なるほど、ここに書き込まれた理由が分かるというものだ。
『初めまして、琥珀と言います。気持ちを正確に伝えるというお菓子があります。銀座の、<蘭会堂>というところのチーズケーキで、そこのチーズケーキを食べると、それが、恋心であれ、恨みや呪いであれ、正確に相手に伝わるというのです。私はまだ試していませんが、友人の友人が、それを食べて祈ったら、嫌いな上司が自殺してくれたそうです。でも、その友人の友人も、行方不明になっています。誰か、良いお願いで、試してくれればいいのになあ』
それを見つけた瀬名雫は、さっそくレスを返した。
『こんにちは!そのお友達のお友達は、悪いお願いをしたから、報いがあったのかも知れないね!本当に琥珀さんの言うとおりだと思う!!いいお願いで試してみればいいのに。誰か、「両思いになりたい」とか「夢をかなえたい」とか、明るいお願いしてくれないかな☆』
すると、すぐにレスが返って来た。
『お返事ありがとう。本当にそうだよね。毎日限定10個っていうから、開店前の、朝4時くらいから並んでも、ギリギリかなあ。しかも、その中には、特殊なおまじないが書いてある紙が入ってるらしくて、それも一緒に食べるようにって、箱に書いてあるんだって・・・その紙がやっぱり何か関係あるのかな』
雫は、それを見て、ちょっと首を傾げた。
「もしかして、それってチーズケーキが原因じゃなくて、その紙が原因なのかもね」
背後にいた者たちは一様に頷く。
雫は勢いよく振り返った。
「ねえ、誰か、何かお願い事のある人は、試してくれないかな☆」
いつもの、雫の、人懐こい笑みに、思わず頷いてしまった者たちがいた・・・。


Case3.滝沢百合子(たきざわ ゆりこ)の場合

「蘭会堂・・・蘭会堂っと・・・」
雫のサイトから、検索サイトへすかさず飛んで、滝沢百合子は、その「蘭会堂」の情報を集め始めた。
「心を伝えるチーズケーキね・・・面白そう・・・」
ぱらりと、情報が画面に表示される。
蘭会堂のホームページだ。
そこには、今までの蘭会堂の歴史と、扱っているチーズケーキについて、書いてあった。
しかし、「心を伝えるチーズケーキ」については、たった一行、『あなたの心を届けます』と無造作に書かれているだけである。
これは、と百合子はため息をついた。
「実際に足を運びなさいってことね」
百合子は、もう一度、雫のサイトの書き込みを見、時間を確認する。
「4時でダメなら、3時半かな」
壁の白い時計とにらめっこする。
それから、うーんと伸びをすると、ちょっと笑った。
「・・・こういう時、一人暮らしは気楽ね」
百合子の両親は、海外にいる。
今現在、この家には、百合子一人だ。
まさに悠々自適に暮らしていた。
百合子は、都内の有名進学校に通う高校二年生だ。
部活も帰宅部なので、放課後をフルに使って、昔から大好きな神秘現象に飛び込んで行っていた。
黒いまっすぐな髪を無造作に束ねているが、それが自然な感じで背に流れている。
かわいらしい印象の百合子だが、まだ意中の人はいない。
そんな快活で明るい彼女にも、お願い事はある。
今回、この「蘭会堂」のチーズケーキに注目したのは、その「お願い」からだった。
今の時間は、夜の10時。
まだ暑いこの時期、明日、学校へ行く前に「蘭会堂」へ行くので、少し眠っておいた方がいいかな、と思った。
「じゃあ、さっさとお風呂に入って、目覚ましをセットして、2時半には起床ね!」
百合子は、手際良く支度をすると、バスルームの方へ消えていった。


仮眠を取る前に、すべてきっちり支度をしておいたおかげで、3時前には家を出ることが出来た。
夜の町を走る、憂鬱そうなタクシーを一台つかまえて百合子は後部シートに滑り込んだ。
タクシーは、百合子の指示通りに、一路、蘭会堂へとひた走る。
さっき、蘭会堂のサイトを見た時に、所在地の確認もしたのだが、割と家から近かった。
あまり遠いと明日の登校に差し支えるのだ。
外にでると、少し肌寒かった。
ちゃんと上着を持って来たおかげで、風邪は引かなくて済みそうだ。
しかし。
「えっ・・・?!」
百合子は心底びっくりした。
「こんな時間なのに・・・!」
そうなのだ。
今の時刻は、3時半。
なのに、蘭会堂の前には、もう既に人が並んでいるのだ!!
「すごい・・・」
人にはそれぞれ、かなえたい願いのひとつやふたつあるだろうが、 人の思いとは、こんなに深いものなのだろうか。
一番先頭に並んでいる少年は、どうやら徹夜なのだろう、道路にレジャーシートを敷いて、お菓子と雑誌を満喫している。
そして、その後ろに、さらに5人並んでいるのだ。
もし、ひとり二個買ったら、手に入らないかも、とちらっと考えたが、元々前向きな百合子のこと、あまりその可能性については考えていなかった。


そのまま、素直に並んで待つこと、2時間半。
ようやく自分の番がやってきた。
最初に並んでいた少年が、妙にウキウキした足取りで、大きな袋を抱えて走り去っていく。
百合子は、ちょっとだけ羨ましくなった。
何故なら、百合子のお願いはかなわないと分かっているからだ。
店のご主人だろう、手際よく、そして愛想よく、彼女にひまわりのような笑顔を向けた。
「こんにちは、お嬢さん!」
「あ、こんにちは・・・」
「おいくつ必要かな?ただし、買い占めはダメだよ」
「ひとつ、お願いします」
「はいよ、おひとつね!」
「蘭会堂」のご主人、荒井昭二(あらい しょうじ)は、素晴らしい香りのするチーズケーキを箱に詰め、豊に渡した。
「このチーズケーキは魔法のチーズケーキだからね、悪いことに使うんじゃないよ」
「はい」
百合子は笑顔で答えた。
悪いことになど、使うつもりはかけらもなかった。
これ以上、大好きな人たちがいがみ合わないようにーーーーそう、彼女は思っていた。
大事そうに、その袋を抱え、彼女は、学校に間に合うよう、早足でその場を去って行った。


学校から帰ってからの方が、ゆっくり出来るだろうと、冷蔵庫の中にしまって、彼女は登校した。
その日一日は、何の変化もない一日で、帰宅部の彼女は、勇み足で帰宅したのだった。
制服から普段着に着替えて、大好きなハーブティーを入れる。
それから、とっておきの食器に、チーズケーキを切り分けた。
丸いケーキは、程良く焼き目がついていて、タルト生地のしっかりした、ベイクドチーズケーキである。
その、中心に。
例の紙を見つけた。
「これが問題の紙ね・・・」
箱には、こう但し書きがついている。
『このチーズケーキには、心を伝える力があります。そのおまじないは、このチーズケーキの中に封じられていますので、そのおまじないが書かれた紙ごと、心に思いを念じながら食べて下さい。なお、その紙は、無害です』
「とりあえず、雫ちゃんが気にしてたから、おまじないのスケッチを取っておかないと」
破れないように、そっとケーキの間から引っぱり出して、開いてみる。
しかし、期待はずれであった。
「何も書いてない・・・」
百合子は、ボールペンを置いた。
おまじないは、その紙を食べないことには話にならないのだ。
彼女は、覚悟を決めて、香りの良いハーブティーで喉に流し込んだ。
「お願いは・・・私の両親が、仲直りしてくれますように」
百合子の両親は、確かにふたりとも、仕事で海外にいる。
しかし、ふたりの仲はとうに冷え切っていた。
生活には困っていない。
元々、裕福な家庭であったからだ。
「・・・やっぱり嘘なのね・・・」
ちょっと自嘲気味に、百合子は笑った。
何も起きないのだ。
彼女は、せめて、ケーキがおいしいといいけど、とチーズケーキを口に運ぶ。
「こ、これ・・・」
一口食べた瞬間に、百合子は思わず驚いてしまった。
「おいしい・・・!!」
『でしょう?驚いた?』
いきなり、頭上から声が降ってきた。
思いっきりびっくりして、百合子はフォークを落としてしまった。
そこには、巫女姿をした、小さな小さな少女の精霊がいた。
「あ、あなた、誰?!」
『私?』
びっくりされるのには慣れているだろう。
彼女はあまり感慨を受けた様子もなく、普通に対応していた。
『私は、清狐之御神(せいこのみかみ)。蘭会堂の裏手にある、祠の神様よ』
「ど、どうして、ここに・・・?!」
『私は、蘭会堂のご主人にとっても良くしてもらってるから、ちょっとお手伝いをと思って、こうして、チーズケーキを買った人の、ささやかなお願いを聞いてるのよ』
「じゃ、じゃあ、さっきの紙は・・・?」
『あれは、私を呼霊するためのまじない符よ』
清狐之御神は、ふわふわと百合子の周りを飛び回った。
それから、不意ににっこり笑うと、目の前に降りてきた。
『あなたのお願いは分かったわ。もう伝えてきたから・・・ちょっと遠かったけど』
「えっ?私のお願いって・・・」
『ご両親宛ての、でしょう?違うの?』
「え、そう、だけど・・・」
百合子は、清狐之御神を見つめた。
「本当に、かなえてくれるの・・・?」
『うーん、かなえるっていうのとは、少し違うわね。私の役目は、あなたの「心」を正確に届けることだもの』
清狐之御神は、困ったように言った。
『それでも、何も伝わらないより、ずーっとマシよ?だって、完璧に全部、伝わるんだから』
「完璧に全部・・・?」
『そう。正確には、「心」というより、「波動」なんだけどね。オーラみたいなものよ』
清狐之御神は、くるんと空中で回転した。
『だから、それを受け留める側に、それなりの度量がないと、壊れちゃうこともあるのよ。生のままの感情をまるごと、もらうわけだから』
ああ、なるほど、と百合子は納得した。
だから、雫の掲示板にあったとおり、受け留めきれなかった人が、その重さに負けて壊れる---つまり、自殺してしまったのだろう。
『あの時、そのお願いをした人はね、その罪の重さに耐えきれなくなって、どこかに消えてしまったわ。もうこの世にはいないわね。まあ、呪いをかけるようなお願いをする人は、報いを受けるのが当たり前だけど』
まるで、考えていることが筒抜けのようだ。
百合子は、清狐之御神を見た。
「私の思ったことも、伝わっているのね?」
『だって、それが私の得意技ですもの』
「・・・それじゃあ、私の両親にも・・・」
『確かめてみれば?』
清狐之御神は電話を指差した。
その言葉に従って、百合子は電話をかけてみる。
「もしもし・・・?」
『ああ、百合子か。久しぶりだな』
父の声に、百合子の声も少しだけ震えた。
「元気・・・?」
『ああ、こっちは相変わらずだよ』
「そう・・・」
そうして、ちょっとだけ、普通の世間話をする。
どうせ、無理なんだと、分かっているのに、百合子はどこか期待していた。
おまじないの効果が、出ますようにと。
『・・・百合子』
不意に、父の声がはっきりと百合子を呼んだ。
はっとして、顔を上げる。
それは、突然だった。
前触れなしで、やってきた。
『実は、話しておかなければいけないと思ってね・・・』
「はい・・・?」
『・・・今、訴訟中なのは、百合子も知っているだろう?』
「ええ・・・」
『お父さんも、お母さんも、少し、諍うのに、疲れてきてね。話し合いを、ふたりだけですることにしたんだよ』
「えっ・・・?!」
百合子は、びっくりした。
「それって・・・?」
『まだ、どう転ぶかは分からないから、百合子に話すのはどうかと思っていたんだけどね。でも、もしかしたら、また別の道が見えて来るかも知れない・・・今までとは違った道がね』
「うそ・・・」
思わず、百合子は辺りを見回していた。
しかし。
さっきまで、そこにいた、清狐之御神は、いつの間にか消えていた。
『無駄になるかも知れない。でも、やってみなければ、何事も先へは進まないからね』
「お父さん・・・」
『努力はしてみるつもりだよ。だから、百合子も、今を精一杯、頑張ってくれ』
「・・・ええ!もちろん!」
百合子は、満面の笑顔でそう答えた。
そして、静かに電話を置く。
ソファに座り、ゆっくりと息を吐く。
――――まだ、両親のことは、五分五分だ。
暗転も、好転もしていない。
いや、やや好転かも知れない。
もちろん、互いを思い合い、しかし、それゆえに憎しみが生まれたふたりが、ちゃんと上手くいくかどうかは分からない。
それでも。
百合子は、満足だった。
手の届かないところにいるふたりに、限りない愛を。
自分だけは、せめて、ふたりに惜しみなく愛を届けたい。
こぼれた涙を手の甲でぬぐって、彼女は再び、笑顔を空に向けた。
「ありがとう・・・清狐之御神様・・・」

それから、百合子は何度かチーズケーキを買いに、蘭会堂に通った。
しかし、何度あのおまじないの紙を飲み込んでも、清狐之御神に会うことは出来なかった。
一番強く願う「心」が、届いたからだろう。
それでも、そのチーズケーキの優しい味に惹かれて、彼女は今日も、お店に立ち寄るのであった・・・。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0057/滝沢・百合子(たきざわ・ゆりこ)/女/17/女子高校生】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは!
ライターの藤沢麗(ふじさわ れい)です。
今回は、個別に作成させて頂きました。
やはり、個人個人、お願いはありますからね。

滝沢百合子さん、初めまして!
大変お待たせ致しました!!
本当に切ないお願い事でしたね・・・。
これから、ご両親がどうなるかは「神のみぞ知る」ですが、少しでも百合子さんの気持ちが届いていれば、と願って止みません・・・。

それでは、また未来の依頼にて、ご縁がありましたら、ぜひご参加下さいませ。
この度は、ご参加、本当にありがとうございました。