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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


隣祭り

 朝一番の客は、何度目かになる田端頼子だった。慣れた調子で応接間のソファーに腰を下ろしている。高校生の頼子は、夏休みで暇なのだろう。
 草間と顔を合わせたとたん、口を開いた。
「隣祭りっていうのが、あるんです」
 頼子の弟だという、慧太少年は興信所内をうろうろしていた。アルバイトの女性を捕まえて、探偵ってどんなことをしているのだ、やら現実の仕事と探偵小説の違いなどを根掘り葉掘り聞いている。短い髪を緑に染めているので非常に目立つ少年だ。
 良く喋るのは血筋だろうか。草間は妙に納得した。
「私たちの田舎のお祭りで、祭りの夜は村中が神社に集まって一夜を明かすんです。神社の中にいないと、お祭りの日にやってくる鬼に食べられるって伝説があるんです」
 草間は応接テーブルに地図を広げ、頼子が語った地名を調べた。
「俺たちは随分田舎に行ってないんだけどさ、小さい頃に参加したことがあるんだョ」
 話が始まって、こちらに興味が移ったのだろう。頼子の隣に慧太が腰を下ろす。
「それで……田舎に住んでいる従兄弟が去年、祭りの日に姿を消してしまったんです。ちょうど今年おばあちゃんの七回忌で、私たち田舎に戻るから……一緒に来て、従兄弟を探してほしいんです」
「家出なんだから、探さないほうがいいんじゃない?」
 真剣な表情の頼子に、慧太が横槍を入れる。
「鬼に連れていかれたのよ!」
「鬼なんてこの世にいないョ。バカ頼子」
「幽霊だって鬼だってUFOだって居るわよ! 毒電波男!!」
「誰が毒電波だ!!」
「日本語わからないの!?」
 草間は地図の印刷された本をゆっくりと閉じた。
「金は?」
「従兄弟の両親が出すそうです」
 ぱん、と草間は膝の前で両手を鳴らした。
「鬼だろうが家出だろうが、金が出るなら受けるさ」


×


 都会よりもじりじりと照りつける強烈な太陽、濃い青空。蝉の一声一声の伸びも良く。
 田端頼子は二時間に一回しかバスの来ない停留場で、探偵達を待っていた。日陰のない道のど真中にぽつんとバス停がある。
「……慧太もくれば良かったのに……なんで私だけ暑い思いを……」
 ぶちぶちと弟の悪口を考える。悪口はいくら考えても尽きなかった。室内でごろごろしながらテレビゲームをやっているであろう、弟。しかも探偵さん迎えに行って来る、と家を出たら、アイスを買って来いとまで。
「むかつく……クソガキっ。頼子ちゃんが日焼けしたらどうしてくれんのよ」
「いいじゃん、自黒なんだから」
 という弟の返事を想像し、頼子はバス停を蹴った。
 山間をくねくねと続く道に、エンジン音が響く。がたがたと左右に揺れながら、やっとバスの姿が見えた。砂埃を撒き散らし、バスは止まる。バスが近くにくると、むあっと熱を感じた。
「やっほー!」
 一番最初にバスから降りたのは、月見里千里だった。スポーツバッグを肩に、にこにこ顔である。頼子もつられて微笑んだ。つい笑顔を返したくなるような、本当に嬉しそうに笑う少女なのだ。
 続いて黒い上下にサングラスをつけた男性。顔の当たりに龍の刺青が施されている。暑苦しいと思われそうな姿なのに、びしっと決まっているので涼やかだ。千里が黒月焔だと教えてくれる。
「すっげー田舎!」
「声がでかい」
 独り言だろうか、と頼子は思った。そっくりの声が車内からしたのだ。けれど会話をしている。自分と同年代の男の子の声だ。
 そっくりな人間が同時に降りてくる。
「双子?」
 隣に立っていた千里に耳打ちをすると、千里は頷く。
「右が北斗君、左が啓斗君」
 紹介されてもどちらがどちらだか。
 最後にサマースーツを着た男性が二人。これで終わりのようだ。このバス停にしては珍しい人数が降りた。
 乗客を全て降ろした、空っぽのバスは走り出す。
「来て下さってありがとうございます。田端頼子です」
 頼子は全員に頭を下げた。
 それぞれてんでばらばらの返事が返ってくる。この六人、協調性はないようだ。どういう人選を興信所がしたのか知りたくなる。
 この村で行われた祭りの説明をしながら、頼子は道を歩き出した。都会的な雰囲気の人間がほとんどなので、田んぼの続く風景とそぐわない。
 隣祭りとは、いつから始まったかわからないほど昔からあったそうだ。頼子自身も子供のときに一回参加しただけ。祭りの夜、村中の人々が集まって神社で夜を明かす。ただそれだけの祭り。
 自治会から申し訳程度の夜店が出る以外、面白みはない。盆踊りといっても、村の人口自体が少ないので、輪も小さいのだ。
 村の人間は全員参加する。が、頼子は東京生まれの東京育ちだ。帰郷した母と行ったのも幼い時で、記憶などほとんどない。頼子にしてみれば祭りに全員が参加するのが驚きだった。普通、行きたい人だけが遊びに行くものだと思っていた。
 祭りは夕方、村中を白装束を着た子供が練り歩くことから始まる。全身にからからとなる木の飾りをつけ、ぴょんぴょん跳ねながら道を歩くのだ。このからからという音が鬼を呼び寄せるという。
 鬼を呼んだあとは、全員が神社の境内に入る。夜店で遊び、眠くなったら本堂で眠る。だが、村人のほとんどは矢倉の周りで踊り、一夜を明かす。夜明けになったら解散。
 昔話によると、昔この山には鬼が居たそうだ。鬼はお坊さんに封じ込められ、結界の中に閉じ込めた。だが、強い鬼なので一年に一回は鬱憤晴らしをさせてやるのだという。呪われないために。
 開放された鬼は村中を走り回り、遊び狂う。もしそのとき鬼に出くわしてしまったら、取って食われるそうだ。だから村人達は結界である神社の中に隠れる。
 従兄弟はその鬼にさらわれたのではないか、と頼子は考えていた。
 従兄弟は今年二十三歳になる。美しい女性だった。鬼の花嫁としてさらわれた可能性も考えられる。
 今夜の祭りで、居なくなってから一年が経とうとしていた。
 また、祭りの季節が来たのだ。


×


 家に戻ると、案の定クーラーをがんがんに使い、弟はテレビゲームをしていた。しかも省エネ思考らしく雨戸を閉め扇風機を回している。
 この家は母が子供の頃暮らしていた家だ。祖母も祖父も亡くなり、今は誰も暮らしていない。田端の本家が手入れをしてくれているだけだ。先日の祖母の七回忌には親戚一同が集まりにぎやかだったものの、皆それぞれの住む場所に戻っていった。
 頼子と慧太だけは祭りに参加するため、ここに残った。探偵たちの居場所は十分に有る、古い日本家屋。田舎なので家が売れず、未だに田端家の持ち物になっている。
 探偵たちを広いちゃぶ台の側に座らせ、ゲーム機の電源を引っこ抜く。
「ああ!」
 熱中していた慧太が叫んだ。
「お客さん着たんだから、お茶ぐらい入れたら? 外めちゃくちゃ暑かったんだから」
「ほーい」
 畳の上を素足であるくと、とてとてと足音がする。足音も軽やかに、慧太は台所へ移動した。
「ふっふっふ……」
 突然、千里が笑う。
「こぉんな早くに復讐できるなんてね、田端慧太! 見てろー!」
「千里サン久しぶりだョ〜」
 人数分のコップと麦茶の大瓶を盆に乗せ、台所から戻ってくる。もう片手にはわらび餅。そして、千里の頬にキスをした。外人のような慣れたごく軽い動作だったので、千里は避けることもできない。
「慧太!」
 頼子が止めると、にこにこしながらテレビの前に戻る。性懲りも無くゲームをはじめた。
「……許せない……」
 握りこぶしをぎりりと作り、千里が言う。頼子はまぁまぁと言いながらお茶を進めた。
「で、どいつが依頼人だ」
 今まで黙っていた、男性が口を開く。深い感じの声だ。男は帝仁璃劉と名乗る。
「美智おばさんなんですけど、今祭りの買い物行っちゃってて。車でも時間かかるんです、ここって。お店まで遠いから」
「そうか」
 それ以外何も言わない。
「ってかおばさんは好きにやってくれってョ。忙しいって」
「自分の子供なのに、真剣みが足りないな」
 わらび餅をつついていた双子の片割れが言う。
 頼子は頷いた。
「あんまり心配してないって言うか……でも、興信所の話をしたら依頼を出したいっていったの。不思議よね。雪お姉ちゃんのこと大事にしてたのに」
「調べればわかることだろう」
 少し苛立った様子の璃劉。頼子はお茶飲みのタメにここに来たのではない、という視線を受け、頷いた。
「それで……」
「頼子ぉ!」
 突然、ゲームをしていた慧太が叫んだ。そして後ろから千里に抱きつく。
「探偵が来たらどっちの言い分が正しいか、調べるんだろ。探偵サンは丁度六人だし、三人三人で分けて調査しよーョ」
「遊びじゃないのよ」
「いいじゃん、それ」
 千里の瞳に、慧太に対する怒りがめらめらと燃えあがる。
「あたしは頼子ちゃんの勝利の女神になってあげる♪」
 双子が何やら短い相談をし、北斗は頼子、啓斗は慧太に同行することを決めた。
「名前が似たもの同士、仲良くしョ!」
「ああ……」
 ちょっと疲れたように啓斗は答える。うるさい人間は苦手なのだろうか。たいていの人は初見で慧太に引く。握手をされて驚いていた。。
「俺、鬼って見たことあるんだ。きっと鬼はいるぜ」
 兄との勝負が嬉しいのか、弟である北斗はうきうきと頼子に言う。
「では、弟の方に付かせてもらおう」
 先刻から一言も発しなかった、貫禄の有る男性−−−荒祇天禪。どっしりとした風格が立ち上っている。がっしりした体型をブランド物のスーツで覆っていた。夏だというのに涼しげで、違う世界に生きているような人だ。心頭滅却すればなんとやらなのだろうか。
「ボスGET!」
「ボス?」
 天禪は太い眉を動かし、慧太に繰り返す。
「なんか悪役っていうかラスボスチックだョ、おっさん」
 恐いものなしである。あれだけ迫力の有る人に、よくもずけずけと言えるものだ。
「ゲームに付き合う気はない」
 不機嫌そうにしていた璃劉は部屋を出て行ってしまった。
「同じく。勝手にやらせてもらおう」
 焔もそれに続いてしまう。
「慧太が変なこと言うから……」
「いーじゃん、二対二なんだし」
「あんな恐そうな二人も怒らせてどうするのよー!」
「ボスの方が強そうじゃん! あれぐらいで怒らないョ大人なんだし」
 嬉しそうに慧太は天禪を指差す。
「もう勝手にして! こっちはこっちでお姉ちゃん探すから、行こう千里ちゃん、北斗くん」
 せっかく助けてくれる人を呼んできたのに。頼子は違う部屋に移動した。


×


 慧太は居間に残った啓斗と天禪を交互に見、へらっと笑った。
「お前は何をする?」
 小さな山のような男性、天禪がまず口を開く。随分ダンディな声だ。それが外見に似合っている。その手の女性なら失神しかねないほど魅力的だ。
「想像通りで嬉しいよ、カイチョー」
「俺を知っているのか」
「ビジネス・タウンの三月号にインタビュー乗ってただろ。顔写真とかさ。凍れる獅子だっけ? 清国みたいでかっこいいョ」
 シェイクシェイクと言いながら、もう一度慧太は天禪と握手をする。
「清国って眠れる獅子じゃ……」
「いーのいーの」
 啓斗の突っ込みを軽く受け流す。
「鬼を信じていないそうだな」
「うーん。正確にはちょっと違うョ。頼子の呼ぶような、角が生えててでかくて乱暴でってのは存在しないと思うョ」
「それらしきものと戦ったことがあるぞ」
「見間違いじゃない?」
 確かに厳密に鬼というものでは……と啓斗は一人で悩み始める。
「この村ってさー山の間じゃん? 開墾する前ってすっごい暮らしが厳しかったんだョ。畑の場所はないし、水が遠いから水田も無理。田園地帯になったのもつい最近なんだョ。で、ここの鬼伝承、一番出現率が高い年代はいつか知ってる?」
「知らない」
 素直に啓斗は答える。むしろぺらぺらと喋る慧太に押されている様子だ。静かなタイプなのだろう。弟から受けた印象は活発そうだったが、兄は違う。
 天禪が薄く笑いながら話を聞いている。生徒の発表に耳を傾ける教師のような、見守る大勢だ。
「1600年前半から1800年代後半まで。随分長いスパンだョな。なんでだかわかる? その時代はさー」
「飢饉だな」
「ビンゴ」
 慧太は親指を立てて、天禪に向ける。
「元々日本って国は不作が多いんだョ。だから日本人のDNAには太る性質まで組み込まれてる。栄養不足でも生きていけるように……っと関係ないョ。とにかくその年代はめちゃくちゃ食べ物が少なかった。貧しかった。治安も悪くなるし。食べ物、生きていくために泥棒殺人火付けは当たり前。自分の子供さえ食べたっていうし。で、鬼のご登場」
「……災いを鬼のせいにしたってことか?」
「それもあるョ。でも人間自体が鬼になったってことさ。飢饉がやんでも不浄は残るだろ。自分は罪を犯したって記憶は。それが変化していって鬼が出来あがったんだと思うョ。どうにもならない罪をさ……鬼って架空の生き物になすりつける。神様も化け物も、みんな人間が自分の何かを託すために作り上げた存在だろ」
 慧太の滑らかだった舌が止まる。
「人間が一番恐いョ、鬼なんかより。ずっと」
「……論点がずれてないか」
 大人しく聞いていた啓斗が、食べ終わったわらび餅の楊枝を皿の上に置いた。
「そうだな」
「ソーリー。オレしゃべるの大好きなんだョ。じゃ調査でも行く? 調べるところなんて全然ないけど」
「失踪した娘の部屋を手付かずで残しておく、とかそういうのはないのか? 一人娘なんだろ」
 先刻も親から真剣さを感じられないと言った啓斗。どうやら無関心さに関心があるようだ。
「じゃ美智おばさんの家行こーョ。本家までは歩いて五分ぐらい」
「隣の家に住んでいるんじゃないのか?」
 立ちあがりながら、啓斗。バス停からこの家までの道のりを思い出したのだろう。五分かかるかもな、隣でも。と納得する。
 丁度、頼子達の出かける後姿が、庭先に見えた。


×


 三人で歩いていくと、萱葺きの日本家屋が現れた。昔から手を入れていない本家である。さすがに電源等の工事はしたが、建て直しよりは補強をメインに手入れをしているらしい。
 林業を営む叔父叔母の家だ。小さい頃はよく夏休みに泊まらせてもらった。広い庭先には、軽トラックが止められていた。どうやら買い物から戻ったらしい。
 ふくよかな中年女性がトラックからダンボールを降ろしている。中には食材がどっさり乗っていた。まとめて買うのが基本なのだ。隣近所のものもついでに買う。
「ハロー、おっばさーん! 手伝うョ」
「ありがとう。慧ちゃんみたいな子が息子だったら嬉しいのにねぇ」
「マジで?」
 叔母と慧太はけらけらと笑う。
「本当よーうちの子にならない?」
「いいョー」
「あら……後ろの方は?」
 慧太にぱっと見せた笑顔と、その後の窺うような表情が対照的だ。明らかに啓斗や天禪を警戒している。
「電話で話した探偵サン」
 叔母の持っていたダンボールを取り、慧太は家の中へ入っていく。二人も叔母に会釈し、続いた。背中にまでちくちくと視線を感じる。小動物が敵を見つめているような視線だ。
「来て大丈夫だったのか?」
 ダンボールの中身を冷蔵庫に詰めなおす慧太に、啓斗は問う。明らかに迷惑がられているようだ。
「でも依頼を出したのは叔母サンだョ?」
 詰め終わり、ぱたん、と冷蔵庫を閉める。
「いなくなっても気にしないっていうよりは、探して欲しくない感じだな」
 部屋の真中に天禪がどっかりと立ち、たまに視線を動かす。そして言う。
「ここに鬼の匂いはしない」
「だーかーら、鬼なんていないっての。さ、こっちが雪姉の部屋だったトコ」
 廊下へ出て、離れへ移動する。離れは物置状態になっていた。コタツやら布団やらが詰まれている。とても家でした娘を待っているような部屋ではない。
「広い家なのに、どうして物置にしたんだ?」
「オレに聞かないでョ」
「日記などを仕舞ってあるかも知れん。探すか」
 天禪の言葉が引きがねとなり、二人は埃まみれになりながらごそごそと探した。天禪は入り口でただ立っているだけだ。確かに探す姿は似合わないが。
 詰まれていたダンボールを動かすと、もありと埃が飛ぶ。窓が締め切られているので、熱だけが狭い室内に溜まっていた。息をするのさえ苦しい。
 啓斗が三回目のくしゃみをした時、慧太が声を上げた。
「だぁーもう!! 暑いョ! 狭いョ! そんでもって飽きた!!」
「堪え性がないな……」
 くしゃみをしつつ啓斗がうんざりする。狭い室内でぎゃあすか騒がれるのだ、うるさい。
「くっそー!」
 何が慧太をそうさせたのか。苛立ちまぎれに部屋の隅にあった本棚に飛び蹴りをした。ごごっと嫌な音がして、ぼろぼろの腐りかけた本棚が倒れる。
「むんっ!」
 百科事典等が収められた巨大な本棚を、天禪が片手で受けとめた。潰れそうになっていた啓斗と慧太はほっとするが。
 ばさばさっと上の段に入っていた本が頭の上に落ちてくる。
「痛ててっ!」
 張本人が一番迷惑そうな声を上げる。
 もうもうと埃が巻きあがり、カビの匂いが本から臭う。どうやら湿気で痛んでしまったようだ。
「やめてくれよ……」
 げっそりした啓斗は、頭の上に落ちてきた本を手に取った。昔ベストセラーになったミステリー小説だ。何気なく中をぱらぱらと開き。
「これ」
「なんだ?」
 どどん、と本棚を元に戻し、天禪が受け取る。中のページの白い部分、文章が印刷されていない上や下に、小さな字がびっしりと書かれている。
 日付や時刻表のメモ。なにか綿密な計画を立てていたらしい。丸っこい可愛らしい字だった。時に几帳面に、時に殴り書きのように。沢山の言葉が書かれている。
「これ……家出の計画表?」
 天禪が持っているので、慧太は中がよく読めない。首を伸ばすが、邪魔だったのだろう、天禪に顔を押されてしまう。
「お前は落ちた本を本棚に仕舞うんだ」
「えー!!」
「自業自得だ」
 ぎょろっと睨まれ、慧太は首をすくめた。
「わ……解ったョ……」
「慧ちゃーん」
 遠くから叔母の声が響いた。
「あ、オレ求められてる。ちょっと行ってくるョ」
 逃げるように部屋を出ていく。
「まったく、最近の若い者は……」
「その台詞、老人の常套句だって知ってました?」
 啓斗がくすっと笑うと、天禪は口をへの字にした。
「家出の計画にしては綿密だな。逃亡者のようだ」
「北斗が小さいとき家出したけど、突発的なものだった。親に怒られたとか部屋が気に入らないとか、そういうやつ」
 天禪は顎に手を当て、ふむ、と呟く。
『早く逃げなければ。でも何処へ? いつだって誰かが見張ってる。部屋も出られない。弱気になっちゃだめよ、逃げなければ……』
 自分に言い聞かせるような文章がある。染みが落ちているが、これは涙の後だろうか。
『本家になんて生まれなければ良かった。そうすれば、両親を憎まずにすんだ。親を憎む醜い心が、自分にあるなんて知らずにすんだのに……』
「オレちょっと叔母サンちの畑行ってくるョ。スイカみんなで食べろってさ」
 廊下を走ってきた慧太は、また走って戻っていった。
 ミステリ小説を持ち、天禪と啓斗は部屋を出た。これ以上ここに入る必要性を感じなかったからだ。
「先に戻っているぞ」
「了解了〜解」
 走り去っていく小さな背中。これが最後になった。


×


 田端分家へ戻ってくると、玄関にいくつかの靴が並んでいた。頼子達が戻っているのだ。室内に入ると、部屋は重苦しい雰囲気に包まれていた。
 兄を見つけた弟の北斗が、立膝から立ちあがる。
「慧太は? 兄貴」
「戻ってないのか?」
 逆に啓斗は聞き返す。
 天禪と共に祭りが行われるという神社を覗きに行ったのだ。散歩がてら。境内の真中には太鼓演奏用の矢倉が組まれ、そろそろ祭りが始まりそうな雰囲気だ。
 どう考えても慧太は先に戻っているはずである。
「本家で別れた。スイカ貰ってくるって」
「何かあったのか」
 天禪は焔に問う。一番話が通じると思っているのだろう。
「田端雪はほぼ確実に死んでいる。この村で行われている儀式と関係あるそうだ。俺たちはこれからそれを調べる」
「どうりで……」
 心配していないわけだ。もう死んだと知っていたのだろう、両親も。
「携帯電話にかけてみたらどうだ?」
「ここ、山だから電波がぜんぜんなの」
 頼子は田舎に戻ってきてから一度も使っていない自分の携帯電話を思い描いた。
「頼子ちゃーん!」
 庭先から女性の声がする。
「おばさんだ」
 頼子は重い足取りで縁側に行った。
「もう皆境内に集まってるよ。早くしないと鬼が来るからね、お友達も連れて神社においで」
 叔母の声は楽しそうに弾んでいる。だが、表情がわからない。濃い夕日が逆光になってしまっているからだ。いつのまにか空は強い赤に染まっていた。
 母が言っていた。ここは年に一回のお祭り以外、楽しみなんてないのだ、と。
「慧太が帰ってこないんです。だから、待たないと……おばさん会いました?」
「友達に会って、道で話し込んでたよ。七年ぶりだもの、話したいことが一杯あるだろう。手紙を残しておけばいいじゃないか」
「鬼に連れて行かれたら不安だからな」
 天禪が薄く笑いながら冗談を言う。
 そしてそっと、ミステリ小説の表紙が見えるように、畳の上に置いた。
「あんた……」
 絶句。
 それがもっともふさわしい表現だろう。叔母は顔を引きつらせ、呼吸を止める。手足、顔までが見る見る青ざめた。
「知ってるのかい……?」
「なにがですか?」
 本に気づいていない頼子は、聞き返す。
「ひっ……!!」
 言葉よりも鳴き声のようなものを発し、走り出した。突っかけていたサンダルの片方が脱げても気にせず。逃げるように。
「なんだ?」
 啓斗も縁側にやってきて、叔母の背中を視線で追う。
「ぼうとしてていいのか。あのガキ、殺されるぞ」
 何時の間にいたのか−−−。
 血のような夕日の光の中、璃劉が立っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0165 / 月見里・千里 / 女 / 16 / 女子高校生
 0599 / 黒月・焔 / 男 / 27 / バーのマスター
 0284 / 荒祇・天禪 / 男 / 980 / 会社会長
 0781 / 帝仁・璃劉 / 男 / 28 / マフィアのボス
 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生
 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 和泉基浦です。今回はほとんど謎状態で終わってしまいました。
 後編は『血祭り』として参加募集させていただきます。
 前編に参加された方は、有利な場所からのスタートとなります。
 また窓口が開いていたら、参加してくださって結構です。
 ご新規の方は指定日時後のみ参加の受け付けを致します。
 血祭りのメインは戦闘で、謎が明かされます。

 今回はNPCの視点メインでノベルを作成しました。
 他人の目から見たPC像をお楽しみいただければ、と思います。
 語り担当のNPCはプレイングより決めさせていただきました。
 同行を選択されなかったお二人のみ別行動をしていただいてます。
 他のPC様のノベルを読んでいただくと、事件に関する情報が全て揃います。
 よろしければご一読ください。
 後編のご参加、お待ちしています。