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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


隣祭り

 朝一番の客は、何度目かになる田端頼子だった。慣れた調子で応接間のソファーに腰を下ろしている。高校生の頼子は、夏休みで暇なのだろう。
 草間と顔を合わせたとたん、口を開いた。
「隣祭りっていうのが、あるんです」
 頼子の弟だという、慧太少年は興信所内をうろうろしていた。アルバイトの女性を捕まえて、探偵ってどんなことをしているのだ、やら現実の仕事と探偵小説の違いなどを根掘り葉掘り聞いている。短い髪を緑に染めているので非常に目立つ少年だ。
 良く喋るのは血筋だろうか。草間は妙に納得した。
「私たちの田舎のお祭りで、祭りの夜は村中が神社に集まって一夜を明かすんです。神社の中にいないと、お祭りの日にやってくる鬼に食べられるって伝説があるんです」
 草間は応接テーブルに地図を広げ、頼子が語った地名を調べた。
「俺たちは随分田舎に行ってないんだけどさ、小さい頃に参加したことがあるんだョ」
 話が始まって、こちらに興味が移ったのだろう。頼子の隣に慧太が腰を下ろす。
「それで……田舎に住んでいる従兄弟が去年、祭りの日に姿を消してしまったんです。ちょうど今年おばあちゃんの七回忌で、私たち田舎に戻るから……一緒に来て、従兄弟を探してほしいんです」
「家出なんだから、探さないほうがいいんじゃない?」
 真剣な表情の頼子に、慧太が横槍を入れる。
「鬼に連れていかれたのよ!」
「鬼なんてこの世にいないョ。バカ頼子」
「幽霊だって鬼だってUFOだって居るわよ! 毒電波男!!」
「誰が毒電波だ!!」
「日本語わからないの!?」
 草間は地図の印刷された本をゆっくりと閉じた。
「金は?」
「従兄弟の両親が出すそうです」
 ぱん、と草間は膝の前で両手を鳴らした。
「鬼だろうが家出だろうが、金が出るなら受けるさ」


×


 都会よりもじりじりと照りつける強烈な太陽、濃い青空。蝉の一声一声の伸びも良く。
 田端頼子は二時間に一回しかバスの来ない停留場で、探偵達を待っていた。日陰のない道のど真中にぽつんとバス停がある。
「……慧太もくれば良かったのに……なんで私だけ暑い思いを……」
 ぶちぶちと弟の悪口を考える。悪口はいくら考えても尽きなかった。室内でごろごろしながらテレビゲームをやっているであろう、弟。しかも探偵さん迎えに行って来る、と家を出たら、アイスを買って来いとまで。
「むかつく……クソガキっ。頼子ちゃんが日焼けしたらどうしてくれんのよ」
「いいじゃん、自黒なんだから」
 という弟の返事を想像し、頼子はバス停を蹴った。
 山間をくねくねと続く道に、エンジン音が響く。がたがたと左右に揺れながら、やっとバスの姿が見えた。砂埃を撒き散らし、バスは止まる。バスが近くにくると、むあっと熱を感じた。
「やっほー!」
 一番最初にバスから降りたのは、月見里千里だった。スポーツバッグを肩に、にこにこ顔である。頼子もつられて微笑んだ。つい笑顔を返したくなるような、本当に嬉しそうに笑う少女なのだ。
 続いて黒い上下にサングラスをつけた男性。顔の当たりに龍の刺青が施されている。暑苦しいと思われそうな姿なのに、びしっと決まっているので涼やかだ。千里が黒月焔だと教えてくれる。
「すっげー田舎!」
「声がでかい」
 独り言だろうか、と頼子は思った。そっくりの声が車内からしたのだ。けれど会話をしている。自分と同年代の男の子の声だ。
 そっくりな人間が同時に降りてくる。
「双子?」
 隣に立っていた千里に耳打ちをすると、千里は頷く。
「右が北斗君、左が啓斗君」
 紹介されてもどちらがどちらだか。
 最後にサマースーツを着た男性が二人。これで終わりのようだ。このバス停にしては珍しい人数が降りた。
 乗客を全て降ろした、空っぽのバスは走り出す。
「来て下さってありがとうございます。田端頼子です」
 頼子は全員に頭を下げた。
 それぞれてんでばらばらの返事が返ってくる。この六人、協調性はないようだ。どういう人選を興信所がしたのか知りたくなる。
 この村で行われた祭りの説明をしながら、頼子は道を歩き出した。都会的な雰囲気の人間がほとんどなので、田んぼの続く風景とそぐわない。
 隣祭りとは、いつから始まったかわからないほど昔からあったそうだ。頼子自身も子供のときに一回参加しただけ。祭りの夜、村中の人々が集まって神社で夜を明かす。ただそれだけの祭り。
 自治会から申し訳程度の夜店が出る以外、面白みはない。盆踊りといっても、村の人口自体が少ないので、輪も小さいのだ。
 村の人間は全員参加する。が、頼子は東京生まれの東京育ちだ。帰郷した母と行ったのも幼い時で、記憶などほとんどない。頼子にしてみれば祭りに全員が参加するのが驚きだった。普通、行きたい人だけが遊びに行くものだと思っていた。
 祭りは夕方、村中を白装束を着た子供が練り歩くことから始まる。全身にからからとなる木の飾りをつけ、ぴょんぴょん跳ねながら道を歩くのだ。このからからという音が鬼を呼び寄せるという。
 鬼を呼んだあとは、全員が神社の境内に入る。夜店で遊び、眠くなったら本堂で眠る。だが、村人のほとんどは矢倉の周りで踊り、一夜を明かす。夜明けになったら解散。
 昔話によると、昔この山には鬼が居たそうだ。鬼はお坊さんに封じ込められ、結界の中に閉じ込めた。だが、強い鬼なので一年に一回は鬱憤晴らしをさせてやるのだという。呪われないために。
 開放された鬼は村中を走り回り、遊び狂う。もしそのとき鬼に出くわしてしまったら、取って食われるそうだ。だから村人達は結界である神社の中に隠れる。
 従兄弟はその鬼にさらわれたのではないか、と頼子は考えていた。
 従兄弟は今年二十三歳になる。美しい女性だった。鬼の花嫁としてさらわれた可能性も考えられる。
 今夜の祭りで、居なくなってから一年が経とうとしていた。
 また、祭りの季節が来たのだ。


×


 家に戻ると、案の定クーラーをがんがんに使い、弟はテレビゲームをしていた。しかも省エネ思考らしく雨戸を閉め扇風機を回している。
 この家は母が子供の頃暮らしていた家だ。祖母も祖父も亡くなり、今は誰も暮らしていない。田端の本家が手入れをしてくれているだけだ。先日の祖母の七回忌には親戚一同が集まりにぎやかだったものの、皆それぞれの住む場所に戻っていった。
 頼子と慧太だけは祭りに参加するため、ここに残った。探偵たちの居場所は十分に有る、古い日本家屋。田舎なので家が売れず、未だに田端家の持ち物になっている。
 探偵たちを広いちゃぶ台の側に座らせ、ゲーム機の電源を引っこ抜く。
「ああ!」
 熱中していた慧太が叫んだ。
「お客さん着たんだから、お茶ぐらい入れたら? 外めちゃくちゃ暑かったんだから」
「ほーい」
 畳の上を素足であるくと、とてとてと足音がする。足音も軽やかに、慧太は台所へ移動した。
「ふっふっふ……」
 突然、千里が笑う。
「こぉんな早くに復讐できるなんてね、田端慧太! 見てろー!」
「千里サン久しぶりだョ〜」
 人数分のコップと麦茶の大瓶を盆に乗せ、台所から戻ってくる。もう片手にはわらび餅。そして、千里の頬にキスをした。外人のような慣れたごく軽い動作だったので、千里は避けることもできない。
「慧太!」
 頼子が止めると、にこにこしながらテレビの前に戻る。性懲りも無くゲームをはじめた。
「……許せない……」
 握りこぶしをぎりりと作り、千里が言う。頼子はまぁまぁと言いながらお茶を進めた。
「で、どいつが依頼人だ」
 今まで黙っていた、男性が口を開く。深い感じの声だ。男は帝仁璃劉と名乗る。
「美智おばさんなんですけど、今祭りの買い物行っちゃってて。車でも時間かかるんです、ここって。お店まで遠いから」
「そうか」
 それ以外何も言わない。
「ってかおばさんは好きにやってくれってョ。忙しいって」
「自分の子供なのに、真剣みが足りないな」
 わらび餅をつついていた双子の片割れが言う。
 頼子は頷いた。
「あんまり心配してないって言うか……でも、興信所の話をしたら依頼を出したいっていったの。不思議よね。雪お姉ちゃんのこと大事にしてたのに」
「調べればわかることだろう」
 少し苛立った様子の璃劉。頼子はお茶飲みのタメにここに来たのではない、という視線を受け、頷いた。
「それで……」
「頼子ぉ!」
 突然、ゲームをしていた慧太が叫んだ。そして後ろから千里に抱きつく。
「探偵が来たらどっちの言い分が正しいか、調べるんだろ。探偵サンは丁度六人だし、三人三人で分けて調査しよーョ」
「遊びじゃないのよ」
「いいじゃん、それ」
 千里の瞳に、慧太に対する怒りがめらめらと燃えあがる。
「あたしは頼子ちゃんの勝利の女神になってあげる♪」
 双子が何やら短い相談をし、北斗は頼子、啓斗は慧太に同行することを決めた。
「名前が似たもの同士、仲良くしョ!」
「ああ……」
 ちょっと疲れたように啓斗は答える。うるさい人間は苦手なのだろうか。たいていの人は初見で慧太に引く。握手をされて驚いていた。。
「俺、鬼って見たことあるんだ。きっと鬼はいるぜ」
 兄との勝負が嬉しいのか、弟である北斗はうきうきと頼子に言う。
「では、弟の方に付かせてもらおう」
 先刻から一言も発しなかった、貫禄の有る男性−−−荒祇天禪。どっしりとした風格が立ち上っている。がっしりした体型をブランド物のスーツで覆っていた。夏だというのに涼しげで、違う世界に生きているような人だ。心頭滅却すればなんとやらなのだろうか。
「ボスGET!」
「ボス?」
 天禪は太い眉を動かし、慧太に繰り返す。
「なんか悪役っていうかラスボスチックだョ、おっさん」
 恐いものなしである。あれだけ迫力の有る人に、よくもずけずけと言えるものだ。
「ゲームに付き合う気はない」
 不機嫌そうにしていた璃劉は部屋を出て行ってしまった。
「同じく。勝手にやらせてもらおう」
 焔もそれに続いてしまう。
「慧太が変なこと言うから……」
「いーじゃん、二対二なんだし」
「あんな恐そうな二人も怒らせてどうするのよー!」
「ボスの方が強そうじゃん! あれぐらいで怒らないョ大人なんだし」
 嬉しそうに慧太は天禪を指差す。
「もう勝手にして! こっちはこっちでお姉ちゃん探すから、行こう千里ちゃん、北斗くん」
 せっかく助けてくれる人を呼んできたのに。頼子は違う部屋に移動した。


×


「鬼と戦闘になるのが一番ヤバイと思う」
 隣室で、北斗、千里、頼子は車座に座った。ここも和室で畳が敷き詰められている。縁側に面した部屋で、外の田んぼが良く見えた。
「うん。頼子ちゃんが危険だもん」
「あんた、祭りの時間に鬼が出るって行ってたよな……だったら祭りの時間まで待って、結界から出てきた鬼をとッ捕まえて話を聞くのが一番じゃないか?」
 作戦について語る北斗の瞳は、力強く生き生きしていた。やはり男の子だなぁ、と思ってしまう。すらりと適度に筋肉のついた体は、学校では中々居ない体型だ。きっと運動神経も良いのだろう。
 頼子は北斗に何度も頷く。本物の鬼が見れるかもしれないと、不謹慎ながら期待してしまう。
「北斗くんは本物の鬼を見たって言ってたけど」
「一回な。正確には鬼の剥製に取りついた幽霊だったらしいけど」
「すごーい!」
 テレビや小説で見る世界に、この少年は通じているのだ。人懐っこい笑い方をする、この少年に。
「じゃお祭りまで情報収集しよ♪ もし、そんなこと絶対ないと思うけど、可能性として、鬼じゃなくて家出だった場合も考えて」
 どうしても慧太を認めたくらしい。千里はしつこいぐらいに繰り返す。
 千里が両手を左右に開く。ぱっと虹色に輝く粒子が部屋に現れ、粒子は千里の回りに集まる。一つ一つの粒が結合し、千里を守るようなドーム型の物体が現れた。内側にはパソコンのキーボードのようなものがついている。
「さてと……」
 千里が慣れた手つきでキーボードを叩く。すると、ドームの表面に画像が浮かんだ。液晶画面のような表面。画像には、千里を見ている北斗と頼子が、俯瞰で映っている。
「これでどこでも見れる♪」
「兄貴もあんたの能力で助けてもらったんだよな……」
 北斗は感謝するような、懐かしむような、淡い表情で笑う。
「……あ、さっきの人」
 画面に焔が映し出される。のほほんとした田園風景に似合わず、びしっと歩いている。まさか観察されているとは思っていないだろう。と、進行方向水路沿いを一輪車を押しながら一人の老人が歩いてくる。
「おい」
「……ん?」
 聞きなれないイントネーションで相手が答える。
「田端雪について話を聞きたいのだが」
「ああ、雪ちゃんね。本家の子」
 ホンケノコ。幾たびか聞いた言葉だ。村の人々は、自分や慧太を東京から来た分家の子、と呼ぶ。
「去年の夏に家出したんだってね……一人娘なのに、これから田端はどうするやら」
 焔の返事を待たず、老人は歩き出してしまう。
「家出に至るようなことは?」
 同じ歩調で歩き、まだ会話を続ける。
「……さぁねぇ」
「ん?」
 千里がキーボードを軽やかに叩く。
「何なに?」
 画面が老人の顔のアップで埋まる。北斗は顎に手を当てた。
 ぱしん、と千里が最後のキーを叩く。画面の横にグラフが現れた。
「心拍数と発汗が増えてる……この人、嘘ついてるかも……」
「理由を知ってるってこと?」
「そこまでは。知覚できるだけで、頭の中が読めるわけじゃいもん」
「聞きに行こうぜ!」
 北斗はなぜか楽しそうに、右手を拳にし左掌に打ち付ける。
「焔さんって何度か一緒に仕事したことあるけど、暗示とか出来たはず♪」
「じゃあのじいさんとッ捕まえて聞き出せば……」
 てきぱきとしたやりとりを、頼子は眺める。これがプロフェッショナルというのだろうか。探偵たちの仕事を間近で見たのは、数えるほどしかない。
 行こう、行こうということになり、三人は家を出た。


×


「焔ぁ!」
 一番足の速い北斗が、一足先に焔と合流した。焔は暑いのか、小道の隅にある木陰の下に座っていた。ハンカチで首周りの汗を拭いている。
「暑いとこだな、ここは。店が懐かしい」
「暑いの好きだ」
 焔の腰掛けていた石段に、北斗も座る。
「あれ、これって……」
 北斗のつぶやきに、焔は口の端を持ち上げて笑う。
 石段を登った先に、小さな小屋があった。小屋の入り口は金網で覆われているものの、網目の間から木造の鬼像が隠れ見えた。荒削りな作りがゆえ荒々しい表情が表現されている。
「仲良しだね〜☆」
 追いついてきた千里が、並んで座っている二人を笑う。最後に頼子が息を切らせて追いつく。
「ここの村はどいつもこいつも排他的だな」
「田舎ってそういうものですよ」
 焔に答え、頼子は掌で顔を仰いだ。
「私だって東京からきた分家の子って言わなければ、話しもしてくれなかった」
「ブンケノコ?」
 繰り返して千里が首を傾げる。
「田端の分家。従兄弟の、いなくなっちゃった雪お姉ちゃんは本家の子。本家はこの土地から出て行ったらいけないんだって。よく東京に住みたいって言ってたな……」
「家出先は東京かもな。仕事も多いし、女一人でも十分生きていける」
「焔さん、鬼だってば!」
 むきになって千里は叫ぶ。
「でさ、焔は暗示とか出来るんだろ。ちょっとやってほしいことがあるんだ」
 身を乗り出す北斗。千里と北斗は代わる代わる、村の人が何かを隠している、と説明した。
「隠している? 何をだ……それを調べるのか」
 よっこいしょっとばかりに焔が立ち上がる。やはり並ぶと背の高い人だ。頼子はぽかんとしてしまった。焔は黒い半袖のシャツを肩までめくりあげ、ノンスリーブのようにしていた。暑いのだろう。服から伸びる腕には、きっちりと筋肉がついている。鍛えられた体つきだ。モデルといっても通用するかもしれない。
「あたしの力で何人か見たんだけど、余所者−−−あたしたちを見ると心拍数とか跳ね上がるの」
 千里の説明を聞きながら、焔は歩き出した。
 一時間ほどうろうろしてから、やっと一人で歩いている老婆を見つける。人口密度が低いので、人を探すだけでも大変なのだ。老婆は顔まで布で覆い、日差しを避けながら夏ナスの収穫に励んでいた。
「あら、頼子さん」
 老婆が頼子を見、にっこりと笑う。そして、余所者を見て表情を硬くした。
 ゆるり、と焔がサングラスをはずす。一瞬だけ瞳が真紅に閃く。色が走ったようだ、と頼子は思った。暗示というのは「あなたはだんだん眠くなるー」とかけるものだという印象があったが、焔のそれは予想を超えていた。老婆は一瞬のうちに無表情になり、畑に立ち尽くす。案山子といっても通用するかもしれない。
「田端雪の失踪について話してもらおう」
「……祭りで……落雷が……人が減って……」
 年老いた喉で老婆がじりじりと語る。
「鬼様が怒って……本家が……」
「切れ切れだよぉ」
「しっ」
 文句を言う千里の声を、北斗が止める。
「本家の子が……儀式に使って……今年も……」
「この老人、痴呆が始まっているかもな。ききが悪い」
 苦虫を噛み潰すように焔は吐き捨てる。
「今年も、儀式が……でも……本家の子はもう死んだから……」
「死んだ!? 雪お姉さん死んじゃったの!?」
 頼子は老婆の細い肩をつかんだ。がくがくと左右に揺らす。
「ねぇ、ねぇ! 家出しちゃったんじゃないの? 死んじゃったの? なんで!!」
「頼子ちゃん落ち着いて!」
 千里が止めても、頼子は質問を止めない。老婆はただ無表情に言葉を続ける。
「本家の子はもういない……でも、今年は……分家の……」
「頼子?」
 顔を青ざめている頼子を、北斗が見る。
 ずっと老婆は畑の上に崩れ落ちた。
「駄目か……強烈な暗示は老体にはこたえる」
 焔は枯れ木のような老婆の体を抱き上げ、作物の影に寝かせてやった。
「しばらくすれば気がつくだろう。それにしても……なんの儀式だ?」
「祭りで何かするんだろ」
「それはわかる。が、先刻調べたが、この村には鬼どころか雑多な霊の気配さえ感じなかった」
「隠れているんじゃねぇの?」
「家に戻ろうよ……」
 千里は今にも座り込みそうな頼子を支え、二人に言う。
「休ませて、あげなきゃ……」
「そうだな」
 背中に添えられた千里の優しい手の感触も、気遣うような北斗の視線も、ゆっくりとサングラスをかけなおした焔の動作も。
 頼子にとっては遠いものに感じられた。
 すべてが一枚、紙を隔てているようだった。


×


 家に戻ると、誰もいなかった。がらんと開け放たれた襖のせいで、家の北から南までが一室になっている。延々と続きそうな畳の海。頼子は大黒柱に背中を預け、ぼうっと天井を眺めていた。
「頼子の護衛に一人、祭りの参加に一人……」
 焔の声が響く。何かの相談をしているのだ。
 相談、そうだ……。頼子は思い出す。
 鬼を探しに来たのだ。でも、鬼が見つかったからどうだというのだ。もう、雪お姉ちゃんは死んでしまった。
 無邪気に夢想していた自分が恥ずかしい。鬼の花嫁になって幸せに暮らしているだなんて。ファンタジーだ、フィクションだ。自分の夢を押し付けていた。こうなっていたらいいなぁって。
 死んでいたのに。
 自分の知らないところで、死んでいたのに。
 知らないほうが、良かったかもしれない……。
 お葬式も挙げられないで、従兄弟の自分さえ、死んだことを知らないで。
「夜を待って……」
 今度は北斗の声だ。三人は鬼を捕まえるつもりなのだろうか。
 捕まえても、雪お姉ちゃんは帰ってこないのに。
 頼子は立ち上がった。変な体勢で座っていたせいで、足が痺れている。足を引きずるように仏壇へ移動した。
 仏壇の前には、七回忌を終えたばかりの祖母の写真と、自分が生まれた年になくなった祖父の写真が飾られていた。遺影と一緒に。
 ここにも、雪お姉ちゃんはいない。
 頼子はそっと一本の線香に火を点し、仏壇へ捧げた。
「……お姉ちゃん……」
 それでやっと、涙が一粒零れた。
 どんどん。どんとん。どんどんどん。
 外からお囃子が聞こえ始めた。もう夕方なのだ。そろそろ祭りが始まる。
「鬼を捕まえたら、お姉ちゃん喜ぶかな」
 相談していた三人が、頼子を見る。
「死んだ人間には何もしてやれない。生きている自分がしたいことをすればいい」
 焔が静かに、無表情に言う。けれど言葉が胸に染み入る。
「なんで死んじゃったのか、調べよう。やってくれる?」
「確かにあたしたちの依頼は終わっちゃったけど。このまま夏休みに突入なのです。頼子ちゃんの力になりたいんだ、あたしたち」
 慧太の家出説は看破されたしね! と千里はおどける。
「……ありがとう」
「俺は祭りに一般客として参加し、探りを入れてくる。儀式の内容はわからないからな。あんたは戦う術も持たないし狙われている可能性がある。ここで待っていろ。北斗が護衛にあたる」
「守るのより戦うほうが得意なんだけどさ」
 頼子を笑わせようと、千里と同じように笑う。優しい人たちだ。
「千里は能力でサポートに回る……ん」
 横開きの玄関の扉が開いて、啓斗と天禪が入ってきた。
「慧太は? 兄貴」
「戻ってないのか?」
 逆に啓斗は聞き返す。
「本家のおばさんの家の前で別れた。スイカ貰ってくるって」
「何かあったのか」
 天禪は焔に問う。一番話が通じると思っているのだろう。
「田端雪はほぼ確実に死んでいる。この村で行われている儀式と関係あるそうだ。俺たちはこれからそれを調べる」
「どうりで……」
 啓斗は納得したように首を何度も縦に動かした。こちらはこちらで情報を手に入れているのだろう。
「携帯電話にかけてみたらどうだ?」
「ここ、山だから電波がぜんぜんなの」
 頼子は田舎に戻ってきてから一度も使っていない自分の携帯電話を思い描いた。
「頼子ちゃーん!」
 庭先から女性の声がする。
「おばさんだ」
 おばさんは雪−−−自分の娘が死んでいると知っているのだろうか。言ったほうが良いのか。頼子は重い足取りで縁側に行った。
「もう皆境内に集まってるよ。早くしないと鬼が来るからね、お友達も連れて神社においで」
 叔母の声は楽しそうに弾んでいる。だが、表情がわからない。濃い夕日が逆光になってしまっているからだ。いつのまにか空は強い赤に染まっていた。
 母が言っていた。ここは年に一回のお祭り以外、楽しみなんてないのだ、と。
「慧太が帰ってこないんです。だから、待たないと……おばさん会いました?」
「友達に会って、道で話し込んでたよ。七年ぶりだもの、話したいことが一杯あるだろう。手紙を残しておけばいいじゃないか」
「鬼に連れて行かれたら不安だからな」
 天禪が薄く笑いながら冗談を言う。
「あんた……」
 絶句。
 それがもっともふさわしい表現だろう。叔母は顔を引きつらせ、呼吸を止める。手足、顔までが見る見る青ざめた。
「知ってるのかい……?」
「なにがですか?」
「ひっ……!!」
 言葉よりも鳴き声のようなものを発し、走り出した。突っかけていたサンダルの片方が脱げても気にせず。逃げるように。
「なんだ?」
 啓斗も縁側にやってきて、叔母の背中を視線で追う。
 わけがわからない。頭がこんがらがってしまう。
「ぼうとしてていいのか。あのガキ、殺されるぞ」
 何時の間にいたのか−−−。
 血のような夕日の光の中、璃劉が立っていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0165 / 月見里・千里 / 女 / 16 / 女子高校生
 0599 / 黒月・焔 / 男 / 27 / バーのマスター
 0284 / 荒祇・天禪 / 男 / 980 / 会社会長
 0781 / 帝仁・璃劉 / 男 / 28 / マフィアのボス
 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生
 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 和泉基浦です。今回はほとんど謎状態で終わってしまいました。
 後編は『血祭り』として参加募集させていただきます。
 前編に参加された方は、有利な場所からのスタートとなります。
 また窓口が開いていたら、参加してくださって結構です。
 ご新規の方は指定日時後のみ参加の受け付けを致します。
 血祭りのメインは戦闘で、謎が明かされます。

 今回はNPCの視点メインでノベルを作成しました。
 他人の目から見たPC像をお楽しみいただければ、と思います。
 語り担当のNPCはプレイングより決めさせていただきました。
 同行を選択されなかったお二人のみ別行動をしていただいてます。
 他のPC様のノベルを読んでいただくと、事件に関する情報が全て揃います。
 よろしければご一読ください。
 後編のご参加、お待ちしています。