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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


姫島取材班

 重たそうなカメラ機材を抱えた青年が、足早に歩いてゆく。
 足元には太いコードが伸び、歩きにくいくらいだ。あちこちに置かれた機材を避けながら、碇麗香はフロアの中を進んだ。
 東京メトロノームテレビジョン。MTVと呼ばれる東京都のローカルテレビ局だ。建物自体は小さいが、八年前に立てられたばかりで中身は非常に綺麗だった。
 局内にあるスタジオの一つである。碇はここで、ある人物と打ち合わせをしに出向いてきたのだ。
 行く手に、背の高い男性が立っている。筒状に丸めた紙の束でぽんぽんと肩を叩いている。
 その横で、むさくるしい大男が突っ立っていた。
「おう、こっちだこっち」
 大男の方が碇に気づき、手をあげる。
 ざんばらに伸びた髪は肩に付くほど長い。岩もかみ砕けそうな大きな顎に、ぎょろぎょろとした大きな目。ひどく特徴的な顔の男だ。
 北城透。
 白王社に出入りしているフリーライターの一人である。自ら一眼レフカメラを抱え、撮影もこなす行動派だ。彼が持ち込むネタも、最近は少なくない。穴埋めのコラムから特集記事まで任せられる、部員の少ないアトラス編集部には嬉しい人材である。
「おや、これはこれは。綺麗な女性が来てしまったな」
 北城の隣に立っていた男が、碇をみて微笑んだ。金色に近くなるまで脱色した髪を後ろに撫でつけている。
「こちら、アトラス編集部の碇麗香編集長。こちらはディレクターの夏川さん」
 北城は男性と碇を交互に紹介する。
 碇は頭を下げた。
 
 夏川はMTV内で、怪談ネタばかりを扱っている枠を持っているのだと言う。
 今回は、オカルト好きの若者数名を集め、日本海にある小さな離島を取材したいのだという。着物を纏ったおかっぱの娘が、裾を乱して裸足で追いかけて来るという有名な心霊スポットだ。アトラスでも一度、噂を集めて小さな記事にしたことがある。
 北城の取り持ちで、参加者をアトラスで集め、霊能者などは夏川が用意するという合同企画にすることになったのだ。
 細々としたことを打ち合わせると、碇は東京メトロノームテレビジョンを後にした。
「暇な時期だし、三下でも同行させて……写真は北城が撮るから手配しなくていいわね。じゃあやっぱり参加者か。新刊までは半端だから、サービスとしてホームページ上で募集かけましょう。うん、いいわね。なかなか面白そうよ」
 夏川から渡された資料でばしばしと電柱を叩く。
 駅を目指して歩き出した。


「あら。当たってますわ」
 メールチェックを済ませたファルナ新宮は、パソコンのモニタをぼんやりと見つめた。
 先日、愛読書である月刊アトラスのホームページで見つけた企画に応募したのだが、それが当選したのである。
 姫島という孤島への、肝試しツアーの参加者募集という企画だった。東京メトロノームテレビジョンという、非常にマイナーな東京のローカルテレビ局との合同企画とかいうことで、テレビに写るし雑誌にも出られるという事だった。
 参加者が殺到するかと思ったのだが、こうあっさり当たるということはそれほどでもなかったということか。
 明後日、新宿白王社ビル前に集合。目的地は石川県流市、帰りは翌日昼前の予定とある。
「マスター、お茶の時間でございますけれど」
 ティーセットの乗ったトレイを押し、メイドのファルファが入ってくる。
「ああ、丁度良いところに。明後日、お出かけしますわ。用意をお願い」
「はい、どちらまで」
 紅茶をカップに注ぎながら、ファルファが無表情で問い返す。
「海」
 ファルナは元気にそう言った。
 
×

 ファルファ同伴で白王社前に到着すると、すでにもう一人の当選者は到着しているようだった。
 長い髪をきちっとまとめ上げ、スーツを着て仁王立ちしている。子供連れなのか、腕には赤い着物を着た小さな女の子をぶら下げていた。
 女の子は上機嫌で、女性の回りを走り回っている。
「あの」
 ファルナはおずおずと、女性に声を掛けた。
「アトラスの、ツアーに参加される方ですか?」
「え? ……ファルナ新宮さんかしら」
「はい。そうですけど」
 女性は子供から手を離し、懐から名刺を出した。
「初めまして。アトラスをご愛読ありがとう。私はアトラス編集部で編集長を務めている碇です」
「あ、そうですか。いつも楽しく読ませて頂いています」
「今回はツアーにご参加ありがとう。新宮さんと、こちらの寒河江駒子さんが今回のツアーの参加者になります」
 碇と名乗った女性は、ファルナの前にずいっと子供を押し出した。
「こまこでーす、よろしくね?」
「ファルナ新宮ですわ。よろしくお願いいたします」
 ファルナは丁寧に頭を下げる。駒子がにっこり笑った。
「あの、後ろの方は?」
「ファルファです。わたくしのメイドですから、どこでも付いてくるんです。お気になさらず」
 碇の問いに、ファルナは笑顔で答える。
「そう……まあ、いいでしょう。私は同行出来ませんが、この男がツアーの案内をさせて頂きます。三下!」
「は、はいっ」
 少し離れたところで本に目を落としていた青年が、碇の声に反応してすっ飛んでくる。
「三下です」
 おどおどと頭を下げる。
「そ、そろそろ車が来ると思うんですけど」
 三下はきょろきょろとあたりを見回す。
 賑やかなクラクションを鳴らし、一台の白いバンが目の前に止まった。
 バンのドアが開かれ、金髪の男性が顔を出す。
「あれ、遅刻しちゃったかな?」
「いいえ、時間ぴったりよ」
「悪い悪い。それじゃ、乗ってくれ。こっちの……三人?」
「そう。ほら三下乗って! それじゃ、行ってらっしゃい」
 碇に追い立てられるように、ファルナたちもバンに乗り込む。
 車はすぐに発進した。
 
 車内には先客が三名いた。
 一人はドアを開けてくれた金髪の男性。優しそうな顔立ちをした中中の美男子だが、少し年がいっているように見える。
 その隣には、クマのように巨大な男性が座っていた。
 砲丸投げの選手かなにかのように、ごつごつとした体つきをしている。立派な顎に、大きな鼻と丸い目。そして、太い眉毛。ぼさぼさの黒髪。
 ファルナは何度も瞬きした。
 怖い。
 その影に埋もれるように、背の高い男性が一人。髪を真っ赤に染め、車内だというのにサングラスをかけている。仏頂面で足を組んでいる。
 服は黒ずくめで、一見ヤクザかホストのように見えた。
「あと一人拾うから、自己紹介とかは待ってくれるかい」
 金髪の男性がにこにこしながらそう言う。駒子が元気に頷いたので、ファルナも頷いた。
 車は暫く進んでから、また止まった。
 クラクションが響く。
 ややすると、一人の女性が乗ってきた。
 長い髪を一本に結び、首から眼鏡をぶら下げている。切れ長の瞳をした、どこか日本人ばなれした美人であった。
 金髪の男性が、彼女は霊能力者で、シュライン・エマという名だと説明する。
 怖い顔をした男性はフリーライター兼カメラマンの北城透。その隣にいる赤毛の男性は黒月焔というらしい。
 ファルナはメイドのファルファも紹介した。
「それで最後に、ディレクターの夏川です。皆さんを安全に楽しくコワイ場所へお連れしようという首謀者だ。32歳、独身、フリー。好みのタイプは女らしくて可愛い女性。どうぞ、よろしく」
 夏川はファルナにウィンクを飛ばし、両手を握って名刺を渡した。
「怪談、怪奇現象、こわ〜い噂が耳に入ったら、オレに是非教えてくれよ」
 一同にも名刺を配る。
「それじゃ、車も一路石川県へと向かい始めたところで、ザッと説明なんてさせて貰うとするか」

×

 これから向かう姫島は、日本海に浮かぶ小さな島である。直径1キロ、人は当然住んでおらず、小さな神社とその背後に洞穴、島全体を緑が覆っている。
 石川県流市の海岸から、姫橋と呼ばれる朱塗りの橋が延びており、それが姫島まで行く主な手段であるという。橋の長さ、およそ400メートル。
 小さな無人島である姫島で、最も有名な怪奇現象は「追いかけてくる女」の話だ。
 島は昔作られた低い木橋の道があり、それがぐるりと島を回っている。その木橋を逆時計回りに回り、島の出口である姫橋まで戻ってくると、女性が出現するのだという。
 ほの白く輝く女性は、裾の長い着物を着ており、戦国時代の姫君のような姿をしているという。長い髪を背中に流し、般若のような形相で、その女性が追って来るというのだ。
 掴まれば、頭をもぎ取られ、洞窟の底へと引きずり込まれるという。
 姫島は、何故か水死体が多く流れ着く場所でもあるという。潮の流れのせいなのか、日本海側で飛び込み自殺をした死体は、姫島に流れ着くという伝承があるという。
 そして、大抵、島に流れ着いた死体からは首が奪われているというのだ。
「まあ、ここ数年流れ着いた死体には、全部首は付いているという話なんだが。その代わり、肝試しにやってきたグループなんかが丸ごと行方不明になるという怪談が増えてる」
 夏川はそう締めくくった。

 ファルナは黙って夏川の話を聞いていた。なんともわくわくする話ではないか。
「早く着かないかしら」
 うっとりと呟く。
「本当に危険な場所じゃないといいけど……でも、黒月さんがいるから平気でしょう」
 ファルナの呟きを聞きつけ、シュラインが微笑む。
 名前を出された黒月が身じろぎした。
「危ない目には遇わせないようにするつもりだが」
「お願いね」
「お願いします」
 ファルナは微笑む。
 黒月は憮然とした態度で「ああ」と頷き、それからまた黙ってしまった。
 眠っているのかもしれない。
 不思議な人たち。
 ファルナはぼんやりとそう考え、窓の外を見ることにした。
 
×

 流市に到着したのは、午後四時過ぎであった。真夏と言うこともあって、まだ外は明るい。
 長時間閉じこめられていたバンから真っ先に抜け出し、ファルナは深呼吸した。
 思ったよりも長い時間、車の中に閉じこめられっぱなしだったのだ。
 流市の端にある、少し高台になった駐車場である。すぐ下は砂浜になっており、夏休みの観光客が何組も見える。
 駐車場は八割ほどが埋まっていた。
 バンの裏手に回ると、目的地である姫島と、そこへ向かうための姫橋が見える。
 姫橋は赤く塗られた和風の橋で、遠く姫島まで続いている。欄干が赤く、強いてある板は薄白い。
「夏川さん」
 ファルナはアシスタントたちと喋っている夏川に近づいた。
「うん? なんだい、ファルナちゃん」
 夏川はにこにこしながらファルナを振り返る。
「空いている時間って、ありますの? 折角海だし、泳いだら……」
「ああ、いいよ。日暮れまで撮影は出来ないから、ゆっくり遊ぶといい。ただ、疲れすぎないで欲しいな」
 ファルナの肩を抱き、囁く。
「元気な君を撮りたいからね」
「口だけの男は嫌われます」
 ひんやりした声が、二人の間に割ってはいる。
 ファルファが、夏川の手からファルナを奪い取った。
「口だけじゃないだけどな。ふう、お目付役がいるんじゃ、おじさんは退散するよ。俺たちは一度姫島まで行って来るから」
「はい、遠くには行きませんわ」
「こまこもーこっちにいるー」
 近寄ってきた駒子がそう主張する。夏川はうんうんと頷いた。
「じゃあ、三下さん。この子たちと一緒にいてくれるかい?」
「えええ? ぼ、僕は一緒に下見、行きますよ。しっかり記事にしないと編集長に……」
「マスターたちには、私がついていますので」
 車の中からビーチパラソルなどを引っ張り出してきたファルファが、相変わらずひんやりした声音で夏川に言う。
「行ってきて下さい」
「そうかい? じゃあ、お言葉に甘えて。シュラインちゃん、北城! 行くぞー」
 夏川は大声を張り上げた。
 
×

 砂浜は、下りてみると思ったよりもずっと空いていた。
 更衣場所で水着に着替え、海へと入る。
 ほどよく冷たい水が、肌に心地よかった。
 ファルファの立てたパラソルの下に、駒子が膝を抱えて座っている。
 ファルナは水へ潜った。
 少し深いところへ行くと、子供連れとカップルが多いためか人は少なくなる。
 姫島と姫橋が見えた。
 姫橋は思ったよりも水面近くにある。疲れたらはい上がると丁度良い気もしたが、そうしている者は一人もいない。
 それよりも、その側で泳ぐ者もいないのだ。
 やっぱり、心霊スポットだからでしょうか。
 ファルナは泳ぎながらそう考える。
 海は綺麗に澄んでいて、姫橋と姫島も美しい。
 夏川の話を聞いていなければ、到底心霊スポットなどとは思わなかっただろう。
 橋の下の方を潜って通過してみようか。
 ファルナはざぶりと水に潜った。
 
×

 日が暮れる少し前に、夏川たちが戻ってきた。
 黒月や北城、他二名のアシスタントは島に置いてきたらしい。
 ファルナのパラソルの下でロケ弁当を食べ、日が沈むのを待つ。
 あたりが暗くなって少ししてから、一行は姫橋を渡ることになった。
 姫橋は長く、歩いている内に帰れなくなるような気分に襲われる。
 ファルナは何度も後ろを振り返った。
 片づけがあるのと、予定の兼ね合いとで、ファルファは流市側に待たせてある。
 長い橋を渡りきると、小さな砂浜に出た。
 左に細い道があり、それを抜けてまたもう一つの砂浜に出る。
 ここで撮影が開始だ。
 夏川がリポーターよろしく解説を始め、シュラインと喋り始める。
 ファルナはカメラを向けられ、にこりと笑顔を浮かべて自己紹介した。
 駒子もそれに続く。
「じゃ、こちらの石段から登り、呪われた順路と呼ばれている逆時計回りに、姫島を一周してみましょう」
 夏川が一同を案内する。
 あたりは真っ暗で、カメラマンの後ろに控えた北城が持っているライトの明かりだけである。こんなので実際撮影が可能なのだろうか。
 石段の上は少し開けた場所になっており、場違いに大きな赤い鳥居と祠が一つあるだけだ。祠の後ろは小山のように盛り上がっているが、暗くてよくは見えない。
「くらいねー」
「そうですわね。あ、駒子ちゃん、手、繋ぎません?」
「わーいわーい、おててつなごうー♪」
 駒子が小さな手を差し出す。ファルナはそれをそっと握った。
 木々がざわざわと鳴り出す。風が出てきたようだった。
 急激に気温が下がったように感じ、ファルナは身震いする。
 小走りに走り、夏川とシュラインに追いついた。
 夏川は飄々とした顔でリポートを続けているが、シュラインの表情はやや暗い。何か考え込んでいるようにも見える。
「あ、あのシュラインさん。何か、感じるんですか?」
 ファルナはやや声を上擦らせて問う。シュラインは怜悧な美人だけに、黙って眉間を寄せていると、それだけで凄みがある。
「え? ううん、何も感じないのよ。本当に……」
 小声でシュラインが囁き返す。
――に、煮え切らない口調ですわ。もしかして、シャレにならない何かが……?
 ファルナはシュラインの袖を掴む。
 シュラインは肩をすくめ、ファルナと手を繋いでくれた。
「なんだか、嫌な感じだわ」
 シュラインは頬に手を当て、ひっそりとそう呟いた。
――ややややっぱり、何かあるんですのね!?
 ファルナはシュラインの手を力を込めて握る。
「こっちの方がいいわよ、仮にも男性だもの」
 シュラインが微笑み、夏川とファルナの手を繋がせる。
 駒子が夏川の反対側に回り込み、手を繋いだ。
「おいおい、パパとお化け屋敷歩いてるんじゃないんだぞ?」
 夏川が肩をすくめる。ファルナは苦笑しながらも、その手をしっかりと握った。
 やはり、男性の暖かくて大きな手の方が、安心感がある。
 ファルナの首筋に、なま暖かくて柔らかい物が押しつけられた。
「きっ……キャアアアアアア!」
 ファルナが絶叫する。
 シュラインがきょとんとした表情でファルナを見た。
 ファルナは首筋を押さえ、あたりを見回す。
「今っ、今、何かがわたくしの首筋に……!」
「何もないぞ? 何か感じたのかな、ファルナちゃん」
 うきうきした調子で夏川がマイクを向ける。ファルナは瞳を潤ませ、首筋に何かが触れたことを語った。
「いやー、調子出てきたなぁ。今回は美人美少女揃いだし、怖がってくれるだけで絵になるぞ」
 ほくほくと夏川が呟く。
「駒子ちゃんも、怖がってくれていいんだぜ?」
「こわくなんて、ないもーん。≪なつかわさん≫って、≪えっち≫なんだから」
「エッチ? おいおい、下心なんてないぞ。怖がってる女の子を守りたくなるのは男の性さけどな」
 ぎしぎしと軋む木橋の上を、一同はゆっくりと歩んだ。
 風が徐々に強くなり、木々がざわめいている。

×

「遊びはやめなよ」
 赤毛の少年が、白装束の男の袖を乱暴に引いた。
 金髪の美少女の首筋に唇を押しつけていた男が、残念そうに離れる。
 豊かな金色の髪を左肩で纏め、鈴の飾りを付けた長身の男だ。白い羽織の下は白い着物に白い袴。足元は白足袋。白ずくめである。
 目元に赤い化粧を施していた。
 その隣に立っているのは、鴇色の狩衣を着た少年だ。長い赤毛が鮮やかな、禍々しささえ感じさせる美少年である。
「なかなかおらんぞ、こんな美少女。勿体ないではないか。ん、胸の大きい女の方も、なまめかしいうなじをしておるの」
「やめろって言ってるだろう、全く」
 木橋の上で、少年が男の足をドンと踏んだ。
 高下駄で踏まれてはたまらない。男が顔をしかめた。
「童子、おぬしは乱暴じゃ。我は怪我人ぞ」
「じゃあもう少し大人しくしているんだ。僕たちの目的は遊ぶことじゃないだろう」
 少年がため息をつく。
 カメラを抱えた男が、少年と男の身体をすり抜け、木橋を歩いてゆく。
「僕たちの目的は、こいつらをのこらず島から追い出すことだ」
「判っておる」
 男が頷く。
 二人は連れだって、祠のある方へ戻っていった。
 
×

 逆順路と夏川が呼ぶ回り方で、島をぐるりと一周する。
 何度夏川に「何か感じますか」と問われても、シュラインは苦い顔で首を振り続けるだけだった。
 その態度が、ますますファルナの不安を募らせる。
 身体をこわばらせた状態でずっと気橋の上を歩いていたファルナは、スタート地点である境内を見ると、へたりこんでしまいそうになった。
「どうした、ファルナちゃん。怖いかい?」
「え? い、いいえ。だって、何も起きていないじゃありませんの」
 ファルナはやや青い顔で夏川を見返す。結局、彼の手をここに来るまでずっと握っていた。
「役得」
 夏川は上機嫌でそう呟く。
 シュラインが彼の向こうずねをけっ飛ばした。
「誰かを思い出して、ちょっと頭に来るときがあるのよね。夏川さんて」
 しれっとした顔で呟き、「ごめんあそばせ」と微笑む。
「誰か、って、もしかして草間武彦? ああイタイ」
 夏川は蹴られた場所をさする。
「さ、ファルナちゃん。怖い場所もそろそろオシマイ。何もなくて俺的には寂しいが、ゴールは目前。あとは姫橋を渡るのみ」
 石段を下りながら、芝居くさいしゃべり方をする夏川。
 かなり急な石段を、重たい機材を抱えて後ろ向きに下りているカメラマンの方が、ファルナは心配だった。
「転ばないで下さいね」
 思わず声を掛けてしまう。
「ありがとうございます。でも、慣れてますから」
 カメラマンの青年は、にっこり笑ってそう答えた。
 砂浜にたどり着く。姫橋はもう、目の前であった。
 この先も、彼は後ろ向きで歩き続けるのだろうか。
 そうファルナが思った瞬間であった。
 
 砂浜から、無数の手が生えてきたのである。
 
「きゃあああっ!」
 ファルナは足首をパーカーの裾を捕まれ、悲鳴を上げる。
 スカートをはいてこなくてよかった、と一瞬思う自分の余裕が恨めしい。
 節くれ立った硬い腕が、ファルナの髪を掴む。
 ファルナは砂浜に転がった。
 シュラインと駒子の悲鳴、オマケに三下の悲鳴まで聞こえてくる。
 あの方、どこにいたのかしら。
 ファルナは手から逃れようともがきながらも、それが気になってしまう。
 まだ、余裕ありますわね。わたくし。
 腕がファルナの口を押さえる。髪を引っ張る。
 ファルナは砂を巻き上げながら、もがいた。
 突然、腕の力が消える。
 ファルナの身体は、黒月の腕の中にあった。
 頭を振るって砂を払い落とす。黒月はしっかりとファレナを抱きかかえ、油断なく周囲を見回している。
「あ、ありがとうございます、黒月さん」
 黒月は一瞬だけファレナに視線を向け、後は周囲を見回したまま頷く。
 ファレナの身体を抱えても、全く苦にならないようだ。
 真剣な眼差しが中中格好いい。
「女は逃がした方がいいな」
 駒子を抱えた大男――確か北城とか言った――が叫ぶ。
 黒月は頷き、駒子を姫橋の上に下ろした。
「走れるな? こっちは食い止めるから、後ろ見ずにあっちまで走れ」
 黒月が流市の方を指さし、命じる。
「はい」
 ファルナは頷き、橋の上を走り出した。
 両脇を見ると、無数の手が欄干にしがみついている。橋の上に乗り込んで来ようとしているのだ。
 腕が、ファルナの足首を掴もうとする。
「いやっ!」
 ファルナは足を速める。少し後ろを、シュラインが走ってくるのが見える。先頭は駒子だ。
 急に伸びてきた腕が、ファルナの足首を掴む。
 ファルナはバランスを崩し、橋の上に倒れた。
 冷たい腕が、足首をしっかりと掴んでいる。その先では、ずぶ濡れの黒髪を顔の両脇にぴったりと張り付かせた、顔が見えている。
 暗い瞳でファルナを見つめている。
 ファルナは悲鳴を上げた。
 
「マスター!」
 ファルファの声が響いた。
 反対側から駆け寄ってくる。
 ファルナの側に跪き、口から、火を吐いた。
 火炎が、橋の上を舐める。手がもがき、ずるずると海面へ戻ってゆく。
「ファルファ!」
「マスター、お早く、こちらへ」
 ファルファがファルナを抱きしめる。すぐさま離れると、対岸を示した。

×

 足首には、しっかりと指の痕が残っていた。
 全員が姫橋を渡って逃れてきた後、気を失ったアシスタントを抱えた夏川はすぐに出発を指示し、全員をバンに押し込んだのである。
 撮影をしたカメラは、手に壊されてしまったそうだ。
 夏川は苦い顔をしていたが、ファルナはこれでよかったような気もしている。
 あんなものを放映したら、すぐさま作り物だと指摘を受けることになりそうだからだ。
「痕、消えませんか」
 ベッドに腰掛けたファルナの脚を、近寄ってきたファルファが持ち上げる。
「もう少し残りそう。ふう、もうあんな怖い目はいやですわ」
 ファルナは肩をすくめる。
 ファルファはファルナの脚をそっとベッドへ戻した。
「夏川の名刺、どうしましょう。燃やしてしまいましょうか」
「いいわ、机の上に置いておいて」
「はい」
 ファルファは大人しく頷き、小さな名刺をファルナの机の上に置く。
 ファルナはベッドの上に寝ころんだ。
「疲れたから、少し眠ります」
「おやすみなさいませ、マスター」
 ファルファが静かに呟き、ファルナの身体に上掛けをかけた。
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0291 / 寒河江・駒子 / 女性 / 218 / 座敷童子
 0158 / ファルナ・新宮 / 女性 / 16 / ゴーレムテイマー
 0599 / 黒月・焔 / 男性 / 27 / バーのマスター
 0086 /  シュライン・エマ  / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 
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■         ライター通信          ■
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「姫島取材班」をお届け致しました。
今回は仕事内容の難易度が非常に低かったので、全編個別で書かせて頂きました。
他の方のシナリオにも目を通して頂くと、各PCの細かな動きが更に判ります。
今回、参加された全ての方には「夏川の名刺」を差し上げました。和泉基浦の依頼に限り、夏川に電話を掛けて情報を得ることが可能になります。

 ファルナ・新宮さん
 初のご参加、ありがとうございます。
 ファルファの設定が難解で、書くのが大変でした。夏川だけでなく、もう一人正体不明の人物にも近寄られてしまいましたが、楽しんで頂けましたでしょうか。
 ここで書かれている謎の二人組は、他のPCさんのシナリオを呼んで頂けると少し正体が分かると思います。和泉の他のシナリオにも登場しているNPCですので、是非探してみて下さいませ。