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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


姫島取材班

 重たそうなカメラ機材を抱えた青年が、足早に歩いてゆく。
 足元には太いコードが伸び、歩きにくいくらいだ。あちこちに置かれた機材を避けながら、碇麗香はフロアの中を進んだ。
 東京メトロノームテレビジョン。MTVと呼ばれる東京都のローカルテレビ局だ。建物自体は小さいが、八年前に立てられたばかりで中身は非常に綺麗だった。
 局内にあるスタジオの一つである。碇はここで、ある人物と打ち合わせをしに出向いてきたのだ。
 行く手に、背の高い男性が立っている。筒状に丸めた紙の束でぽんぽんと肩を叩いている。
 その横で、むさくるしい大男が突っ立っていた。
「おう、こっちだこっち」
 大男の方が碇に気づき、手をあげる。
 ざんばらに伸びた髪は肩に付くほど長い。岩もかみ砕けそうな大きな顎に、ぎょろぎょろとした大きな目。ひどく特徴的な顔の男だ。
 北城透。
 白王社に出入りしているフリーライターの一人である。自ら一眼レフカメラを抱え、撮影もこなす行動派だ。彼が持ち込むネタも、最近は少なくない。穴埋めのコラムから特集記事まで任せられる、部員の少ないアトラス編集部には嬉しい人材である。
「おや、これはこれは。綺麗な女性が来てしまったな」
 北城の隣に立っていた男が、碇をみて微笑んだ。金色に近くなるまで脱色した髪を後ろに撫でつけている。
「こちら、アトラス編集部の碇麗香編集長。こちらはディレクターの夏川さん」
 北城は男性と碇を交互に紹介する。
 碇は頭を下げた。
 
 夏川はMTV内で、怪談ネタばかりを扱っている枠を持っているのだと言う。
 今回は、オカルト好きの若者数名を集め、日本海にある小さな離島を取材したいのだという。着物を纏ったおかっぱの娘が、裾を乱して裸足で追いかけて来るという有名な心霊スポットだ。アトラスでも一度、噂を集めて小さな記事にしたことがある。
 北城の取り持ちで、参加者をアトラスで集め、霊能者などは夏川が用意するという合同企画にすることになったのだ。
 細々としたことを打ち合わせると、碇は東京メトロノームテレビジョンを後にした。
「暇な時期だし、三下でも同行させて……写真は北城が撮るから手配しなくていいわね。じゃあやっぱり参加者か。新刊までは半端だから、サービスとしてホームページ上で募集かけましょう。うん、いいわね。なかなか面白そうよ」
 夏川から渡された資料でばしばしと電柱を叩く。
 駅を目指して歩き出した。


 カウンターに、ウォッカのトマトジュース割り――ブラッディ・マリーを置く。
 細長いグラスの中で、からんと氷が音を立てた。
 バー・ルナ・ライト――。黒月焔の経営する小さなバーである。
 今夜の客は、店の雰囲気にはおよそ似つかわしくない大男が一人だけだ。近頃ふらりと飲みに来るようになったのは、ある事件で知り合ったフリーライターの北城透。
 大きな背中を丸め、カウンターに肘を突いている。
「随分軽薄な番組に関わるんだな」
「軽薄だろうが重厚だろうが、金になるならやる。まあ、夏川は高校の時からの友達でな。ちょっとくらい安くてもやるんだが。それで、参加してみないか」
 グラスを掴み、ぐいっと飲む。
「参加? 霊能力者としてか」
「いや、男の霊能力者は愛嬌がなけりゃあな。太ってるとか、ちょっとブサイクとか。女の霊能力者は美人でもいいんだろうが、美形の霊能力者なんてなぁ。で、護衛なんてどうかと思ってな」
「護衛か」
「ああ。夏川がどんな霊能力者を連れてくるつもりなのかは知らないが、実際テレビに映る霊能力者とは別に、本物がスタンバってるもんなんだぜ。クルーや出演者に本当に害があったらたまらねえからな。
 最近は、科学の見地からとか言って、心霊現象丸ごとひっくり返すような番組も多いが、この業界と建築業界、それから風俗系ってのは意外に迷信深くてな。大抵そっちも準備してるんだが、今回は貧乏取材だから」
「ただ働きしろってコトか?」
「まあ、なんだ。場所は観光地だし、かるーい旅行のつもりで」
「おいおい」
 こっちだって道楽じゃないんだぞ、と焔は肩をすくめる。
「この間の旅費も頂いてないしな」
「そりゃ草間から出ただろうが」
「仕事もしたぞ」
 焔は磨いていたグラスを棚に戻し、カウンターに寄りかかって煙草に火を付けた。
「夏の予定もろくすっぽないんじゃ寂しいからな。仕方ない、行ってやろう」
「そりゃ助かる」
 北城がにやっと唇を歪める。
 仏頂面で居るとまるで出来損ないのなまはげか鬼の面のような男だが、笑うと中中愛嬌がある。
「じゃ、もう一杯注文してくれ。オレが飲む」
 焔は煙草を灰皿におしつけ、片目を瞑って見せた。
 
×

 姫島は、日本海に浮かぶ小さな島である。直径1キロ、人は当然住んでおらず、小さな神社とその背後に洞穴、島全体を緑が覆っている。
 石川県流市の海岸から、姫橋と呼ばれる朱塗りの橋が延びており、それが姫島まで行く主な手段であるという。橋の長さ、およそ400メートル。
 小さな無人島である姫島で、最も有名な怪奇現象は「追いかけてくる女」の話だ。
 島は昔作られた低い木橋の道があり、それがぐるりと島を回っている。その木橋を逆時計回りに回り、島の出口である姫橋まで戻ってくると、女性が出現するのだという。
 ほの白く輝く女性は、裾の長い着物を着ており、戦国時代の姫君のような姿をしているという。長い髪を背中に流し、般若のような形相で、その女性が追って来るというのだ。
 掴まれば、頭をもぎ取られ、洞窟の底へと引きずり込まれるという。
 姫島は、何故か水死体が多く流れ着く場所でもあるという。潮の流れのせいなのか、日本海側で飛び込み自殺をした死体は、姫島に流れ着くという伝承があるという。
 そして、大抵、島に流れ着いた死体からは首が奪われているというのだ。
 数年前に流行った和風モダンホラーの舞台にぴったり、といった設定を持つ島だ。
 焔は東京メトロノームテレビジョンのロゴが大きく印刷されたバンから下り、大きく伸びをした。
 石川県流市、姫島と本州を繋ぐ砂浜に、焔たちは到着していた。
 時刻は四時。日は暮れ始めてもおらず、容赦ない光を浴びせてくる。
 少し高台になった駐車場からは、姫橋とその先の無人島・姫島が一望出来た。
「なるほど、こりゃいい景色だ」
 隣でカメラをいじっている北城に、焔は声を掛けた。
「しかしお前、海の似合わない男だな」
 北城はカメラを肩に掛け、焔を指さす。
 黒の上下に、サングラス。胸元は大きく開けてシルバーの細いネックレスという出で立ちは、確かに健康的な浜辺には似つかわしくないかもしれない。
 焔は肩をすくめた。
「お前は、町中よりこっちの方がしっくり来るな。なんだその気の抜けた格好は」
 対する北城は、ぴったりとしたシャツにジーンズという格好だ。これからジムにでも行こうかという風情である。
「まあ、いいじゃねえか。俺たちが写るわけでもないんだ」
「違いない」
 焔は頷く。
 夏川が、シュラインを伴ってやって来た。
「さて。呪われた孤島の下調べといきますか」
 北城がおどけてそう言った。
 
×

 長い姫橋を渡りきり、姫島側の砂浜に降り立った瞬間。
 焔の鼻は、覚えのある臭気に晒された。
――この臭い。
 臭いは一瞬鼻を掠めただけで、気づいたときには消え去ってしまっている。
 しかし、この臭いは。
 焔は、姫島の神社に向かおうとしている北城の腕を掴んだ。
 引き寄せ、耳朶に口を近づける。
「おい。気づいたか? あいつの臭いがするぞ」
「あいつ?」
「新宿の、携帯鬼を操ってた狐野郎だ」
 ほんの微かだが、忘れもしない。この、動物っぽい生臭さ。
「いるってぇのか」
「さあな。だが、なんか関係あるんだろ」
 焔はズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「こりゃ、ただのオモシロ肝試しってワケにゃ、いかないみたいだな」

 石段を登ると、少し開けた場所に着く。
 鮮やかな赤い鳥居に、小さな祠。その背後にあるのは、小さな洞窟だった。
 大人の背丈ほどの口が開いている。殆どが草に覆われ、気づかなければ誤って落ちてしまいそうだ。
「洞穴?」
 シュラインが近づいてくる。北城と焔が覗き込んでいる穴を、同じようにして覗き込んだ。
 もう一歩踏み出そうとしたシュラインの身体を、焔が押しとどめる。
「そこから、穴だぜ。落ちる」
 シュラインは焔の腕を掴み、そろそろと一歩下がった。
 足元の草はつるつると滑り、ゆっくり動かなければ穴へ引きずり込まれそうだ。
「この祠と穴、無関係とは思えないな」
「人身御供でも落としてたとかな」
 北城が呟く。焔はもう一度穴を覗き込んだ。
 大分深そうだ。土も脆く、入り口は草に覆われている。這い上がるのは骨が折れそうだ。
「姫、姫って言葉がちょっと気になるな。だが、人身御供を捧げてたりした場所にしちゃあ」
 焔は穴から離れる。
「全く何も感じない。怨念やら歪みどころか、残留思念や低級霊のカケラすら感じないぞ。今時、静謐な神社の境内でもこうはいかない」
「そりゃ、どういう意味だ」
 北城が首を傾げる。
「人間が生きる場所ってのは、なにがしかの歪みや霊魂と関わってるんだ。町中でも、見えないだけで低級霊はどっさりいるんだ。無人島だからってのは理由にならないくらい、ここは綺麗だ。何もいない、何もない。こんな場所は初めてだ」
「変わった場所だってコトか」
「ああ。極端にな」
 焔は頷く。
「とりあえず、ぐるっと回ってみるに越したことはないな。どうも面妖だぞ。どっかで霊気を残らず食ってるヤツでもいなけりゃ、説明つかない」

×

「ふむ、当たっておるの」
 赤い鳥居の上で、白装束の男が呟いた。
 金色の豊かな髪を左肩で一つに纏め、大きな鈴の飾りをつけている。白い羽織は袖を入れずに肩に掛けている。白い袴の下は足袋。
 切れ長の一重の目をぐるりと赤く縁取り、唇にも朱を塗っている。
 新宿で大量の鬼に人を襲わせた張本人。深川の稲荷を名乗る妖狐であった。
 その隣には、鴇色の狩衣を纏った少年が立っている。高下駄で器用に鳥居の上に仁王立ちしている。
 その腕の中には、色鮮やかな着物を纏った少女が抱かれていた。
 小柄な少女であった。長い黒髪を背中に流している。着物の裾は古風に長く、すっかり足を覆い隠してしまってまだ余りある。
 頭部に細長い角を二本生やしている。
 鬼であった。
 長いまつげを物憂げに伏せ、ただ静かに少年に抱かれている。
 鳥居のはるか下では、姫島へ入り込んできた男女が移動を始めている。
「木橋を渡って島中散策するつもりじゃな」
 稲荷が呟いた。
「ほほ。人間とは恐ろしいものを知らぬ奴らよ。好んで首を突っ込む憎い奴らもおるようじゃが」
「追いかけてくる物の怪の姿を見せたのが、逆効果になったようだね、姫」
 少年が、少女を見下ろす。
 少女は視線も上げず、ゆっくりと首を振った。
 か細い声で答える。
「近寄らなければよいと思ったのです。わらわはじきに消える運命。ただ、静かに過ごしたいと願っただけなのに」
「今の人間は己の力を過信しておる。度々殺すがよかろうが」
「稲荷さま。わらわはただの集合体。脅かす他に何が出来ましょうか」
「だから我らが来ておる。童子よ、お主も気の良いことだ」
「さてね」
 少年は視線も動かさず、眼下の人間たちを見つめている。
 稲荷はくくっと笑った。
 
×

 二人のアシスタントが、暗視カメラを設置している。
 焔は砂浜の日陰に場所を決め、そこに屈み込んで煙草を吸っていた。
 島を、順路に従ってぐるりと一周してみたが、何もない。
 心霊現象など、起こるはずもない場所――であった。
 これでは、逆順路を辿ろうが人を殺そうが、心霊現象はおろか鬼火にすらお目にかかれそうにない。お遊び怪談番組にはぴったりの「安全な場所」ではあるのだろうが。
 気に掛かるのは狐の臭いだが、島を一周してもあの臭いに再び出会うことはなかった。「気のせい……である筈もないんだがな」
 煙草を砂浜に押しつけ、揉み消す。携帯灰皿に放り込んだ。
「セッティングは大体終わりそうだぜ」
 砂浜をきしきし言わせながら、北城が近づいてくる。愛用のカメラを抱えて、島中を撮影して回ったようだ。
「何も写らないぜ」
「それならそっちの方が好都合だ。こいつが、フツウの風景写真を撮影出来る数少ない場所ってことだからな」
 北城はぶら下げた一眼レフカメラを叩いて見せた。
「だが、どうもお前の言った通りだな。ファインダー覗いてみても、何も見えねえ。こいつは黒月ほど感度が良くないが、にしてもなあ」
「シュラインは何て言ってた?」
「妙だ、とはやはり言っていたな。だが、日が沈んだら、ゴキブリみてぇに出てくるかもしれん」
「それもなさそうだがな」
 北城が差し出した弁当を受け取り、焔は目を丸くした。
 ロケ弁当かと思ったが、これは。
「ああ。カミさんのお手製だ。一人も二人も一緒だとさ。まずくはないぞ」
「出来た女房だな」
「ああ、出来すぎだ。収入もダンナの三倍は軽くある。たまにはしおらしい女が欲しくなるぜ」
「しおらしい男じゃダメか」
「そんな男は俺の知り合いにはいねえんだなあ、これが」
 北城は弁当を開き、乱暴に口に押し込んだ。
 
×

 日が落ちても、大気は静まりかえったままだった。
 黒いスーツに着替えたシュラインが、リポーターもつとめている夏川と話しているのが聞こえる。
 しきりに「何か感じますか」と聞かれているが、シュラインは申し訳なさそうに首を振るばかりだ。
 茶番なら茶番らしく、台本作って演技させた方が面白いんじゃないか?
 アトラス側の用意した二人の少女も至って上機嫌で、茶番っぽさが際だっている。
「ま、なんとかすんだろう」
 北城が笑いを堪えながら、その光景を見ている。カメラマンの後ろから、二人も順路を巡ることになっている。
「つまらん」
 焔はため息をついた。
「お化けのいないお化け屋敷歩いてる気分だぜ」
「夜の散歩だと思うしかねえな」
 北城も肩をすくめる。焔は苦笑した。
 話しているうちに、順路も終わりに近づいてきた。逆順路を辿りきっても、やはり何も起きる気配はない。
「どうせなら、この瞬間にバーッと何か出てくれりゃあな」
 夏川の小さな呟きが聞こえた瞬間だった。
 
 砂浜から、無数の手が生えた。
 
「きゃああっ!?」
 女性陣が悲鳴を上げる。
 手足を捕まれ、参加者の一人が砂浜に転がる。
「なんだ、急にっ!?」
 焔は懐から小さな糸の束を取り出す。聖水をたっぷりと染み込ませた糸だ。
 空中に投げると、先端が解けて腕を襲う。
 ぐるぐると巻き付き、腕をばらばらに切断した。
 放り出された少女を腕に抱える。
「あ、ありがとうございます。黒月さん」
 少女は焔にしがみついたまま礼を言う。だが。
 名前、忘れたな。
 焔は無言で彼女を抱え上げた。
 カメラマンの青年が、橋の上を逃げ始めている。
 夏川が、シュラインを救出している。
「女は渡ってもらっちまった方が安全そうだぜ」
 北城が、腕に抱いた子供をぽんと橋の上に乗せた。
「あっち側まで逃げられるかい、お嬢ちゃん」
「うん、だいじょうぶー」
 おかっぱ頭に赤い着物という変わった出で立ちの少女は、にこにこと頷く。
 すたすたと走り出した。
「お前も走れるな? こっちは食い止めるから、後ろ見ずにあっちまで走れ」
 黒月は抱き上げていた少女を橋に乗せる。
「はい」
 少女は金髪をさらりと揺らし、頭を下げる。
 赤い着物の少女と共に走り出した。

×

 長い角を生やし、髪を振り乱した着物の少女が、石段の下に立っていた。
 青白く輝く肌に、凍るような冷たい瞳をしている。着物の裾を長く引きずり、帯はずれて落ちかかっていた。
「どこから出てきやがったんだ、これは」
 焔は吐き捨てた。
 砂浜中で暴れていた手が、ずるずると沈んでゆく。
 少女が、裾を引きずりながらこちらに近寄ってくる。
 胸が悪くなるような殺気を感じる。
「おいおいおい、何もいないんじゃなかったのか?」
「ああ、ほんのちょっと前まではな」
 夏川の言葉に、焔は苦い顔で答える。
「こんな大がかりなモノが出てこれるような下地はなかったんだけどな」
 糸をくるくると指に絡める。
「舞台装置もナシに奇術は出来ねえはずなんだが」
「出来るぞ」
 聞き覚えのある声が響く。
 焔は身構えた。
「久しいの。邪眼」
 鈴の音が響く。
 白装束の男が、少女の背後に現れた。
「変な名前を付けるんじゃねえよ、狐野郎」
 焔は吐き捨てる。
 石段を下りてきた男が、甲高い声で笑った。
「つくづく邪魔な男たちよ。ここでひねり殺してくれようか」
「出来るモンならやってみな」
 焔は糸を投げる。
 空中で解けた糸が、男を襲う。
 男が腕を振るった。
 糸が回転し、焔の方へ戻ってくる。
 途中で方向を変え、夏川に襲いかかった。
「ちっ」
 焔は隠し持っていた札を投げる。
 糸に命中した札が炎上。糸も札も小さな灰と化し、空中で四散する。
「うわーびっくりした。なんだ、あの男は?」
 夏川がぶるぶると首を振る。
「そこの。緊張感のない男じゃのう」
「そりゃどうも」
 男が夏川を指さす。夏川はへらへらと頭を掻いた。
「邪眼に隠し撮りマニアに阿呆か。面白い組み合わせじゃ」
「誰が隠し撮りマニアだ!」
 北城が怒鳴る。
「口の減らない狐だな」
「一つしかないのでな」
 袖で口元を隠し、男が笑う。
 甲高い、耳障りな笑い声だった。
「人死には出したくないというのでな。お前らには退散してもらいたいのじゃが」
「何だと?」
 焔は男を睨む。
「見逃してやる、帰れ。二度と来るなと言うておる」
 男は胸を張り、居丈高に言い放つ。
「我も好きでお前らを見逃すのではないぞ。哀れな娘がそう言うのでな」
「は。お前が人助けかよ」
「人ではない。気づいておろう。ここが洗ったように綺麗なわけをな」
 少女の姿がゆっくりとかき消える。
 男が砂浜を踏みしめ、ゆっくりと焔たちに近づいてくる。
「ここに人間を近づけたくない者がおる。我らはその手助けをしておるだけよ。そこの阿呆。祠の後ろに愚か者が一人落ちておる。生かして返して欲しければ、この機械は海に沈めよ」
 夏川を指さし、それからカメラマンが置いていったビデオカメラを示す。
「さもなくば、殺す」
「人死には出したくないって言ってたじゃないか」
 夏川が肩をすくめる。
「こちらが妥協案を出しているというのに、愚かじゃの」
「愚かなのはお前だ、稲荷」
 冷ややかな声と共に、突風が吹き抜ける。
 焔は顔を覆った。
 淡い香のような匂いが漂う。
 風が収まった後に、小柄な少年が立っていた。
「喋りすぎだ」
 冷ややかに言い放つ。
 低い雷鳴が響く。
 細い雷が、放り出されていたカメラに落下した。
 燃え上がる。
「この島には近づくな。これは持っていけ」
 少年が手を差し上げる。
 空中から、泥にまみれた青年が現れる。
 砂浜へと落下した。
「西野!」
 夏川が青年へと駆け寄る。
「去れ」
 少年が冷ややかに呟く。
 男と共に、ゆっくりと空気に溶けた。

×

「行ったようじゃぞ」
 境内から橋を見下ろしていた稲荷が呟いた。
「橋を落とすか」
「その必要はないだろう」
 少年が首を振る。
 祠の手前に、二人はいた。
 鳥居にもたれかかるようにして、着物を着た少女が立っている。
「お前の目隠しが効けば、それでいい」
「怪我人を引っ張り出しおると思ったら、やはりそれが目当てか」
「お前が一番確実だからな」
 少女がゆっくりと頭を下げる。
「お願いいたします、稲荷さま」
「よい。ただ、礼くらいは頂くぞ」
 稲荷は屈み込み、少女の唇に己の唇を押し当てた。
「うむ」
 満足げに頷く。
 少女は少年に頭を下げ、洞穴へ飛び降りた。
 稲荷が袖を振る。
 草が伸び、入り口を覆い隠す。
「人身御供にされた娘たちの魂が、長い時間を掛けて固まったのが彼女だ。この場で人死になどがなければ、あと十年で消えるだろう」
「そうか」
 少年の言葉に、稲荷が頷いた。
「十年ならば保つ」
「それでいい。先のことは後で考える。帰るぞ」
 稲荷が頷く。
 二人の身体が空中に溶けた。
 
×

「あり合わせの割りに、よく出来たな」
 映し出されている姫島の光景を見ながら、焔はぱちぱちとやる気のない拍手をした。
 バー・ムーン・ライト。本日の夕方、MTVで放送された「怪奇! 呪われた孤島を行く」のビデオを持って、北城がやって来たのだ。
 取材で使ったビデオが壊され、断念するかと思いきや、夏川の立ち直りは早かった。
 流市側の砂浜に着き、バンに飛び乗って十数分後には、新しい案を考え出して北城に相談をしていたのだから、見た目に寄らずあちらもタフということだろう。
 北城の取った姫島の風景の写真を並べ、紙芝居のような雰囲気で怪談を流すというのは面白かった。
「あの狐の写真も撮ったぜ。欲しいか?」
「捨てろ、そんなもん」
 焔は肩をすくめた。
「今度会ったら、殴る」
「もう会いたくねえけどなあ、こっちは」
 北城はごきごきと首を鳴らし、注文したブラッディ・マリーを飲み干した。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0291 / 寒河江・駒子 / 女性 / 218 / 座敷童子
 0158 / ファルナ・新宮 / 女性 / 16 / ゴーレムテイマー
 0599 / 黒月・焔 / 男性 / 27 / バーのマスター
 0086 /  シュライン・エマ  / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 
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■         ライター通信          ■
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「姫島取材班」をお届け致しました。
今回は仕事内容の難易度が非常に低かったので、全編個別で書かせて頂きました。
他の方のシナリオにも目を通して頂くと、各PCの細かな動きが更に判ります。
今回、参加された全ての方には「夏川の名刺」を差し上げました。和泉基浦の依頼に限り、夏川に電話を掛けて情報を得ることが可能になります。

 黒月さん
 毎度毎度北城の面倒を見て下さってありがとうございます。
 美貌に傷を付けたあの狐との再会でございましたが、今回はあちらに戦闘意欲がないということで対話に終わりました。
 新兵器持参ということで新しく糸を出してみましたが、お気に召しましたならば光栄です。