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血祭り
------＜オープニング＞--------------------------------------
「……慧太が、殺される？」
田端頼子は弟の名前を繰り返した。
殺しても死にそうにない、性悪の弟。ひっきりなしに喋る落ちつきも堪え性もない弟。お墓に埋めても出てきそうな弟なのに。
「どうして」
頼子は夕日の前に立つ男性に問う。
「祭りの生贄だ」
従兄弟の雪は死んでいた。彼女が姿を消した日は、ちょうど去年の今日。隣祭りの夜だという。
弟も人知れず殺されるというのだろうか。
「助けに行かなくちゃ」
東京から来てくれた、友人が血相を変える。頼子はただ頷くしかなかった。
人が死ぬのは、リアルじゃない。
よく、わからない。死ぬというのが、どういうことなのか。
「……助け、なくちゃ……」
自分に何ができるだろう。助けに来てくれた人達は、それぞれ不思議な能力を持っている。自分には何一つない。
自分に出来るのは−−−。
「お願い、助けて……！」
そう言うことだけだった。
隣祭り開始まで、あと二時間。
×
「……どこに居るのよう！」
月見里千里は、自分の能力で知覚装置を作り上げていた。ドーム型の装置の表面に、水田が映る。次は竹林、苔むした石段、小さな雑貨屋。次々と映し出され風景の中に、少年の姿を探す。
「何やってんのよ、バカ慧太！」
千里は思わず漏らす。苛立ちで唇を噛んだ。
「みんな、携帯電話だして。あたし経由で通話できるようにしてあげる。電話っていうよりはトランシーバーかな」
一気に喋ってから、自分の中に焦りがあると気づく。千里はまた唇を噛んだ。
それぞれが電話を取り出すと、アンテナ部分から緑色の光が浮き出る。光は千里のドームの頂点に集まり、やがて消える。
「これで大丈夫」
「焦る必要はない。ガキに守護をつけてある、死にはしない」
帝仁璃劉の言葉に、田端頼子は何度も頷いた。
「頼子のガードを頼む。俺たちは神社に行ってみよう。慧太が見つかったら連絡してくれ」
玄関から靴を履き、黒月焔が庭へ回ってくる。そして、縁側に座り込んでいる頼子に銀色でそっけないナイフを渡した。雑貨屋で売っているようなペーパーナイフだ。
「念を篭めてある。危険であれば躊躇うな。いつでも俺達が側にいるとは限らない」
「……はい」
手の流れに沿うようなフォルム。持ち手を握り、頼子は答えた。
「兄貴」
焔と同じように、外に立つ森崎啓斗に、弟である北斗が声をかけた。慧太の件があってから、兄は一言も発していない。張り詰めたように虚空を見つめていた。
「気にするなよ」
「してない」
さらさらの髪を揺らしながら、左右に首を振る。
「見え見えなんだよ。側を離れたこと、後悔してるだろ。助けられれば万事ＯＫ，気にするなって」
兄を抱きしめ、北斗は背中をぽんぽんと叩いてやった。
「力抜けって。それで失敗したらもっと悪いだろーが」
「……ああ」
全身の筋肉にかかる緊張は消えていない。背中を叩いているので、北斗にはわかってしまう。だが、出来るだけリラックスしようと、兄が深呼吸する音も聞こえた。
「行くぞ」
璃劉が歩き出す。焔、啓斗もそれに続いた。背中が向かう空は、既に夕焼けから濃い藍色に変わり始めている。田舎の美しい夜空よりも、どんよりとした粘質の闇しか想像できなかった。
逃げていった叔母が、村人に何も話していないといいのだが。
千里は知覚装置から伸びるキーボードを叩く。何時ものような、リズムのような叩き方ではなかった。
×
家を出て数分歩くと、もうほとんど灯りがない。ぽつぽつと道沿いに飾られている堤燈は淡い光を落しているものの、深い田舎の闇に吸い込まれて消えてしまう。
夜風に混じってお囃子のリズムだけが聞こえてくる。笛の音までは届かず、太鼓の音だけしかしない。
生贄か、嫌なことを思い出させる。
舗装されていない道を進みながら、焔は心の中で呟く。
既に遠い記憶となってしまった少女を思い描くが、上手くいかなかった。全体の姿は覚えているものの、曖昧でぼんやりとしている。指先や瞳の形を考えても、霧のようで苛立つ。
げろげろと五月蝿く鳴く蛙の宿を通り抜け、曲がり道を曲がる。茂みの間に朽ちかけた石段があった。
石段の隙間から、ひょろりと雑草が生えている。焔はそれを踏み付け、登った。村の南の隅に、小山がある。そこの頂上まで段は続いていた。
上にはぽつり、と闇の中に落としたような神社が佇んでいた。
「俺は好きにやる」
今まで声を発さなかった璃劉が、やっと口を開いた。
「こちらもやりやすい」
二人は同系の笑みを浮かべた。
石段の先に、朽ちかけた小さな鳥居が立っている。
鳥居の向こう側から、膨れ上がるような殺気を感じた。脆弱な結界が外側へ盛り上がり、今にも破れそうだ。
昼間は感じられなかった妖気が、冷たい風のように地面を滑っている。
何かしらの儀式が行われているのは確かなようだ。
「啓斗は慧太の保護を最優先にしてくれ」
「ああ」
力強く啓斗は頷く。
と、三人の携帯電話が突然鳴り響く。
「もしもし？ 千里でーす。慧太は社の中に居るみたい」
鼓膜を破るような高い声が響く。焔は耳から少し本体を離した。
と。
璃劉が一段、石段を下がる。璃劉の立っていた場所に、火花が散った。同時に銃声が響く。
「お出ましか」
ふっと璃劉は目を細める。戦闘自体を楽しんでいるようだ。
先に行った叔母が、村人達に何かを話していたのだろう。
「わかった。しばらくは連絡するな。いいな」
焔は通話を切る。
「村人を引き付けておいてくれ」
短く言い、啓斗は石段の脇、茂みに消える。熊笹や雑草が生え競っている中を走る。焔と璃劉が村人を正面に引き付けている間に、裏手から社に向かった。
少しでも石段から離れると、茂みの中は真っ黒だ。虫の鳴き声も、啓斗の足音を感じて消える。
丘をぐるりと回ると、社の裏手へ出た。案の定誰もいない。表の方で喧騒が聞こえた。村人の怒号だ。どうやら派手にやっているらしい。
社の入り口は木で出来た両開きの扉。扉には啓斗の掌ほどの巨大な錠前が下がっている。背中に差していた忍刀の笄をはずし、それを使って鍵を解く。昔ながらの重厚な錠前だが、電子ロックなどに比べると開け易い。
きしむ扉を開き進入。
湿気で床がたわんでいる。足を置くと、ぎぃと不気味に鳴いた。
板の間の広い部屋だ。壁には紅い蝋燭がいくつか飾られている。それ以外に光源はない。電気が通っていないようだ。
「この中にいると聞いたけど……」
板の間の奥には、巨大な鏡が立て掛けられている。これが御神体という奴か。鏡には花飾りが添えられ、台座には沢山の供え物が並んでいる。
千里が間違えるとは思えない。
啓斗は音もなく鏡に近づいた。
「これは……」
鏡の根元に、溝がある。鏡と同じ厚さだ。ここに刺せば鏡が安定するのに、なぜか少しだけずらして置いてある。そして、溝の中には埃が溜まっていない。鏡は下方、溝と同じ高さの部分だけ一際輝いていた。
「綺麗、ってことは隠されていたってことか」
重い鏡をずらし、啓斗は溝にはめ込んだ。
何処かで歯車が回る音がする。
板の間の中心が、ゆっくりと割れる。床の下に階段が隠されていたらしい。現れた階段は、地下へと伸びていた。ぽっかりと四角く口を開けているようだ。
そっと階段を降りる。階段もかなり痛んでいたが、足音は立たない。忍者の専売特許だ。
啓斗は口と鼻を押さえた。地下から甘ったるいカビのような匂いが立ち登ってくる。息を殺して最後の一段を降りた。
「慧太！」
真っ白な着物に面を付けた少年が倒れている。髪が緑なので直ぐにわかった。目の穴もないのっぺりとした面を、啓斗は取った。そっと身体を起こしてやる。
幸いに地下には慧太と自分以外居なかった。
「……うーん……」
ふぁあ、と欠伸をし、慧太がつり目がちな瞳を開く。
「あれ？」
「大丈夫か？ 怪我はないか？」
良かった。啓斗は思わず抱きしめたい衝動にかられる。手先から伝わる慧太の体温が、自分の緊張をゆっくりと溶かしてくれた。
「今、何時？」
「八時ちょっとかな」
「やばいョ！ 布団干しっぱなしー！ 湿っちゃう！」
支えていた両手をぱっと離す。すると慧太はごとん、と床に落ちた。
「……もう少しこう……さ……」
感動的な一言を言って欲しかった。なんともとほほな気分である。
が、らしいと言えばらしい。
「オレ、どうしてここに？」
啓斗も同じように部屋全体を見渡す。壁には蜂の巣のような小さな棚があり、区切りに一つ、すっぽりと収まる黒塗りの壷が並んでいる。
「説明は後だ、とにかく安全な場所へ」
いつ村人が戻ってくるかわからないのだ。
「なんだろーこれ」
「人の話を」
啓斗の口が止まる。慧太が壷の中身をのぞき、うわっと悲鳴を上げたからだ。ごっと壷が床に落ちる。
「なんだ！？」
反射的に啓斗は前へでる。
壷からは灰が落ちる。さらさらの灰の中に、いくつかの破片があった。かさかさに乾いた骨。
「……骨壷か」
この部屋全体が、人骨の貯蔵庫になっているようだ。多分、生贄に奉げられた者の。
「全部？」
恐る恐る問う慧太に、頷く。
「冗談だョな？ なんで？ どうしてこんなお墓じゃないとこに……」
「この村の風習だ。君の……従兄弟も……」
部屋の空気全体がざわついた。慧太の緑の髪が、怒った猫の尾のように膨れたように見える。棚に入っていた壷を一つ残らず、慧太が叩き落したのだ。壷が割れもうもうと灰が舞う。
「畜生……！」
がちゃん。がちゃん。
「慧太！」
「畜生！！」
全ての壷を割り、慧太は暴れ狂った。
自分が信じていなかった因習で、大切な従兄弟が殺されたのだ。これ以上の悲しみは無いのかもしれない。見ているこちらの胸が潰れそうだった。
「……っ！」
自分で割った破片で、慧太は足を切った。白い灰にぱっと赤が飛ぶ。
「怪我でもこんなに痛いのに、よくも人なんて殺せるな」
今度は床に置かれていた、白い面を踏み割る。
「生贄の顔を正視できねぇほど臆病なくせに！！」
啓斗は慧太の胸元を引っ張り、ばちん、と殴った。
「落ちついたか？」
頬を紅く染めた慧太は、虚空を見つめている。
「怒っても良い。悲しんでも良い。でも今はその時じゃない……それに」
弟を抱くように、そっと抱きしめてやった。弟よりも背が低く、筋肉も薄い。けれど生きている。怒りで満ちた鼓動が聞こえた。
「悲しかったら、泣けよ」
泣くことさえ忘れていたのだろう。慧太は鬼のような形相で壊しまわった。
「……うっ」
嗚咽が漏れる。
「うぁああんっ！」
天井に向かって、子供のように大きく泣き声を上げた。
「うぅーふっく……えっ……」
ふっと考える。
自分だったらこの瞬間に、これほど素直に泣くことが出来ただろうか。と。
×
早く離れたほうがいいのだが。
啓斗は忙しそうにくるくると動く、慧太の背中を眺めていた。さんざんに泣いた後、突然けろっとした表情で顔を上げた少年を思い出す。
「結局自己満足だョな……オレは魂とか幽霊とか信じてないけど、やっぱりこうしてやりたいんだョ。意地悪しちゃったし。うん。オレが満足するから良し！」
と元の口調で笑った。
そしてざっかざっかと灰を集め始めた。上の御神体に奉げられていた巨大な酒桶を持ち出し、それに灰を入れる。
「手伝う」
慧太が何をしようとしているのか、解った。
色々な言い訳をして理由をつけて、彼は彼なりに傷ついた魂を弔おうとしている。今までは霊魂を信じていなかったのだ、かなりの変化である。
「そこに居るのは誰だ！」
突然、野太い声が響いた。今まで聞いた中で一番訛りの強い喋り方だ。地上に続く階段から、のっしのっしと巨漢の老人が降りてきた。顔に化粧を施し、長く伸びた白髪を後ろで結んでいる。慧太と同じ白い上下の和服を纏っていた。
「よそ者が何をしている」
落ち窪んだ瞳で啓斗を睨む。そして、慧太を見る。
「贄をどうするつもりだ」
「助ける。こんなつまらないことで、人が殺されるなんて。黙って見ていられない」
「……つまらない？」
老人の太い眉が動いた。老体とは思えないほどの大声を発する。
「わからぬのか！ お主にもそれなりの力があろう、感じる力が！ この場所を覆う気配を感じぬのか！」
「妄想ジジイは寝てな」
握っていた灰を、慧太は神主の目へ鋭く投げた。突然の攻撃に注意が反れる。慧斗は老人に足払いを食らわせ、その場に倒した。ぱっと倒れた身体に飛び乗り、鳩尾に一撃。
「カッコいー！」
ぱちぱちと慧太が拍手をする。
「いいから行くぞ！」
「啓斗サン、ヒクソンみたいだョー」
危機感のない慧太の手を引き、階段を走る。正面から扉を叩き割り、外へ出た。
「……何だ？！」
常人ならざる啓斗の瞳に、物質的になるほどの力を持った呪いの想いが映る。
社の奥から悲鳴が響いた。
ずん、と重力が重くなったように殺気が覆い被さる。
「ううわああ！！！」
社の奥から悲鳴が響いた。神主だろう。
空を包む雲が呻きの雨を落としていた。
社をすっぽりと包むほどの黒い霧が、屋根の上に引っかかっていた。
巨大な霊体の固まりか。耳を被いたくなるような呪いの言葉が降ってくる。
焔たちと争っていた村人たちはお互いを押しのけながら、石段を転がり落ちていった。蜘蛛の子を散らすように逃げていく。命を捧げるほど恐れていた物が現れたのだ、恐怖もひとしおだろう。
風が激しくなり、髪の毛が揺れる。黒い霧は村全体を包むほどの大きさに成長しているが、未だ広がりを見せている。霧の粒子一つ一つが口になり、村への怒りを語っていた。それぞれ粒子はばらばらの思考を持っているようだ。恨みだけを縦糸に集まっている。
さざめきのような悲鳴に紛れる人の声。
「気持ち悪い天気……」
ぽつり、と慧太が呟く。
「兄貴！ 居るんだろ、兄貴ー！！」
「北斗！」
神社の下、石段の下から弟の声が響く。返事が届くか届かないかほどに、目の前に現れた。それなりに速度で走ってきたが、修行の賜物と言うべきか呼吸に乱れはない。
「慧太、無事だったか」
「オレは全然バッチＯＫ……なんか迷惑かけたのかな？」
自分の置かれている状況がまったくわかっていなかったらしい。にこにこしている。
「とにかく、下に車が止めてある。そこまで行くんだ。後は俺達がなんとかするから」
「うん」
不思議そうに首を傾げる。どの村人でも聞いたこの呪いの声さえ、慧太の耳には届かないらしい。涼しい顔をしている。霊能力ゼロは筋金入りのようだ。
「何かすんの？」
「鬼退治だよ！」
「退治なんかできないョ……鬼がいるとしたら、この村の人の心の中だ……。大なり小なりオレ達の中にだっているものだョ」
「いいから。今は行くんだ。そいつらを出来るだけ遠くに連れて行ってやれ。きっと喜ぶ」
抱えていた桶を見、慧太は頷いた。灰を零さないように走り出す。
「そいつら？」
「いいの」
ぴしゃっと弟に答える。
「これからが本番……ってとこか」
境内に残っていた焔、璃劉もこちらに寄ってくる。
「うわっと」
黒い霧が啓斗目掛けて落ちてくる。粒子体なので形状は自由自在、針のように降ってきた。
すっと璃劉が手を動かすと、霧が失せる。
「好かれているな」
「俺、幽霊に頼られる体質なんだ」
「モテモテ♪」
冗談半分の北斗を裏拳で殴る。
「レギオン……われら大勢なるがゆえに、か」
「レギオン？」
北斗は璃劉の言葉を繰り返す。
「福音書の一説だ。レギオンとは霊体の塊で、様々な文献に登場する。憎悪や苦痛によって結びつく魂達はやがて一つになり、あらゆる物を攻撃する」
焔の解説に、北斗はなるほど、と頷き。
「頭いいな……二人とも」
「高校の勉強だけではどうにもならん」
口の端で焔は薄く笑う。啓斗と北斗は視線を合わせた。
「ってことはあれ、鬼じゃないのか」
「奉げた贄が戻ってきただけだ」
つまらなそうに璃劉は続ける。
「自業自得だな。贄が奉げられれば、奴らは一次的に大人しくなる。だが、次に乾きを覚えたとき、その渇きはより激しいものとなる。先送りにしてきた利子だ」
「兄貴、俺達の目で……」
啓斗は左右に頭を振る。とても瞳に収められるような代物ではない。フロッピーディスクにハードディスク全てのデータを移そうとするようなものだ。
「だけど、あれを退治すれば……きっともう生贄を奉げなくなる。『鬼』がいなくなるんだから」
隠して、知らずに育ててしまった憎悪。鬼というなの恐れ。恐怖自分を守るだけに、人を殺して。それがまた……。
だが倒せるか？ 自分に。
とても無理だ、と自分の勘が告げる。この天才的な勘のおかげで、啓斗は様々な危機をギリギリで乗り越えてきた。信用できるものだ。
「目を閉じていろ」
低く、璃劉が呟く。
音とも感じられないほどの轟音。ただ重い空気が身体全体を包むような。そして、瞼を通しても焼け焦げるような眩い閃光。意識や存在さえもかき消される、強烈で絶対なる力。
それがほとばしるのを、啓斗は感じた。
やっとまともにものが見れるようになった時、黒い影は何処にもなかった。
満足げに瞳を細めた、璃劉だけが暗闇に立っていた。
×
「本当にいいの？」
啓斗は頼子の繰り返した。
これから亡くなった田端雪を自分と北斗の力で呼び出す。
が、この場に慧太の姿はない。
「いいの。雪お姉ちゃんが死んだって知ったとき、解ったの。正しかろうがそうでなかろうが、自分の価値観を壊されるってのはすごく恐くて驚くことでしょう。それに−−−」
くすっと微笑む。
「私が雪姉ちゃんに会うとき、慧太にはきっと……見えないと思う。あいつ不感症だからさ、悲しいでしょ。側にいるのに声が届かなかったら。慧太も雪お姉ちゃんも」
問題の一夜は既に明け。
東京の探偵たちが帰る日が来た。頼子たちはまだこの村に残るそうだ。
神社の中で気を失っていた神主は、目覚めて突然叫んだそうだ。
−−−帝釈天様を見た。鬼は祓われた。
村人はその一言を熱烈に歓迎した。もう人を殺さなくて済むのだから。
啓斗は立ちあがる。そして、縁側に座って居る頼子を見た。頼子も返して、ふっと笑う。
「それじゃ、行くぞ」
心の隅に水が湧き出すような。そんなイメージが現れる。啓斗は瞳を閉じ、先刻から側にいた雪の霊に声をかけた。
「……どうぞ」
雪は頼子と似た微笑を浮かべる。そして、ゆっくりと啓斗の身体に降りてきた。
一つ、不思議なことがある。
璃劉が全てを祓ったとき、どうして雪は祓われなかったのだろうか。彼女は生贄に奉げられた身。『鬼』の一部分になっていてもおかしくないのに。
頼子と雪は短い会話を持つ。雪の両親の今後についてや、慧太のこと、村のこと、幼い頃二人で遊んだ時のこと……言葉少なく喋った。
友人同士がアルバムを見るように、話題は時期や年代、場所を変えて続いた。
「あのね、頼子ちゃん……。好きな人が出来たの」
「誰？」
啓斗は自分の身体を通し、雪が語ることに嫌悪感を感じない。女言葉、女らしい仕種をしている自分なのに。本物の雪と頼子が談笑しているのを、第三者の視点で眺めているようだった。
「ちょっと恐い感じでね、でもカッコいいの。助けてくれた人なの」
雪の頬が紅く染まる。
「意地悪っぽいけど優しいの……厳しい雷みたいなひと……。好きになるなら、そういう人にしたら？」
ふふふ、と雪は微笑み、啓斗に声をかける。
「ありがとうございました」
「北斗」
名前を呼ばれ、座っていた北斗も立ちあがる。
「それじゃね、頼子ちゃん」
「うん……バイバイ」
北斗の瞳、その片方だけが金色に輝く。
ざあと強い夏の風が吹いた。
「……行っちゃた？」
「ああ」
北斗の返事に、頼子はにこっと笑った。その目じりにには涙のかけらが残っていた。
「おーい！ 双子ぉ頼子ー！ スイカ貰ってきたから食べようョー！！」
応接間から、慧太の声がする。
「ちょっとあたしの小さいんだけど！」
「気のせいだョ〜」
千里が文句を言っているらしい。二人とも地声が大きいので、よく聞こえる。
「行こうか」
啓斗が縁側から部屋に入ると、残りの二人も続いた。
念願のスイカがやっと食べられるようだ。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0165 ／ 月見里・千里 ／ 女 ／ １６ ／ 女子高校生
0599 ／ 黒月・焔 ／ 男 ／ ２７ ／ バーのマスター
0781 ／ 帝仁・璃劉 ／ 男 ／ ２８ ／ マフィアのボス
0568 ／ 守崎・北斗 ／ 男 ／ １７ ／ 高校生
0554 ／ 守崎・啓斗 ／ 男 ／ １７ ／ 高校生
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、和泉基浦です。
今回は解決編ということで、いかがでしたでしょうか。
他のＰＣ様のノベルで物語の色々な側面を見ることができます。
お時間があればそちらもどうぞ。
今後この村で生贄が捧げられることはないでしょう。
皆様の活躍が長きに渡り続いていた因習を断ち切りました。
依頼としては大成功です。
本当は後味の悪い話になる予定でしたが、プレイングにより変化しました。
今後基浦は界鏡線メインで依頼を出させて頂きます。
都市にお立ち寄りの際は遊んでいってくださいませ。
それでは、またご一緒できることを祈って。 基浦。
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