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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:S高速環状線C4 - 黒い閃光 -
執筆ライター  :紺野ふずき
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人(最低数は必ず1人からです)

------<オープニング>-----------------------
 貫徹の朝。卓上理論で疲れた頭をリフレッシュする為に草間は大きなノビをした。解決しなければならない事件はたくさんあるが、委託した事件に関しては心配ない。皆、うまくやってくれるはずだ。目下の所、自らが手がけている依頼に頭を悩ませていた。
 冷たいコーヒーを入れ、新聞受けから朝刊を取りだしてソファーに身を沈める。これといって目を引く記事はない。株が底値を更新すれば、飲酒運転の観光バスが転倒する。都心の水はまずく、巨大彗星は地球への衝突をまぬがれ、大手メーカーの謝罪文は小さく、人気レースドライバーの一周忌の式典が近々開かれる。
 おおまかに拾えば今日の記事はこんなところだろう。草間が新聞をファイルした所へ電話が鳴った。その声は参ったを繰り返しながらも、全く参っている様子には聞こえなかった。某有名チューニングショップの篝だった。
「あ、草間さんか? 悪いな朝っぱらから。俺だよ、レヴの篝だよ。いやー、参った。S警からの依頼でな、深夜にうちの連中を走らせたんだが、ありゃ化けモンだぜ。とてもじゃねえが勝てやしねえ。三日トライして三日とも惨敗だ。それでな、誰かうちのマシーンに乗って環状線ぶっ飛ばしてくれるって命知らずを数人紹介してくれねえかな。報酬はS警持ちだから、期待はできねえけどよ。その代わり普段公道じゃ乗れねえような、最速マシーンを用意しとくぜ。あ、そうだ用意できる車は四台しかねえ。そのうち一台は俺の相棒だ。傷つけねえように腕のいいヤツ選んでくれよ」
と、それからきっかり五分間。篝は話したい事を一方的に話し、草間の返事を待たずに切った。
 やれやれ、と苦笑で愛飲のタバコに火をつける。白い煙が天井へ向かってゆっくりと漂うのを眺め、そして篝の話を反芻した。
 S高速環状線C4。都心に円を描く上り下りの二つの交通網は、激しい往来を昼夜絶やさずにいる。ありとあらゆる車が行き交う中で、週末の深夜にのみ現れる集団がいた。世間では命知らずの無謀者と烙印を押され疎まれている『走り屋』と呼ばれる連中だ。
 その者達とそれを取り締まる警察との攻防は真夜中を過ぎた頃から明け方、空が白むまで続く。追う者と追われる者。二つの対照的な者達の間にいつの日からか『黒い閃光』という共通の名が囁かれるようになった。
 それは追いかけっこをする両者を涼しい顔で、しかもダントツの勢いで追い抜いて消える。まさにフラッシュする閃光のように一瞬の出来事らしい。
「とにかくすごい。突然、後ろにつかれたと思ったらアッという間に追い抜いて消える。人間業じゃないね」
「いや、ダメだって。どんなにいじった車でもアイツには適わないって。なんせレヴの連中が追いかけてもダメなんだぜ? ああ、交機? レース屋が追いかけても勝てないのにお巡りが勝てるかよ!」
「勝負しようなんて思わないね。あれは多分、S高速で事故った亡霊だよ。関わらない方がいいと思うね」
 そうして噂が噂を呼び、物見遊山のギャラリーが増えた。深夜のTパーキングエリアには『黒い閃光』を一目みようと情報集めに集う若者で溢れ出したのである。挑戦して名を売ろうという鼻っ柱の強い者も中にはいた。
 警察はこの集団に再三に渡り注意しているが、集まりは大きくなるばかりで一向に縮小の気配がない。ギャラリーを取り締まっても元を根絶しなければすぐに戻ってきてしまうのだ。
 そこでS警は管内にいる腕に覚えの選り抜きドライバー達に高速道取り締まり専用特別車両を与え『黒い閃光』を速度違反と危険暴走行為という名目で捕らえようとした。
 しかし──。
 結果は無惨なものだった。出動した六台のうち、二台が壁に突き刺さりあわや死亡事故の大惨事を招くところだったのである。幸い一般車両も巻き込まずドライバー達も奇跡的に無事、車だけが惨めな姿をさらしただけで済んだ。
 が、新聞には大々的に取り上げられ目に痛い見出しがS警の肩身を狭くした。『深夜のカーチェイス S警大失態 一瞬で二千万消え』。
 S警の所長Wは言った。
「一千万だ」
 どちらにしても大きな損失である。周りの目も冷たい。警察の面目にかけても失った二台の高額車両の為に『黒い閃光』をつかまえなければならない。それに収まりのつかない、つけられない理由がもう一つある。
 それはその事故の原因だ。「ただ追い抜かれただけ」と事故車両となった車を運転していたドライバーK交通機動隊員は言った。そこへ真後ろを走っていたH隊員が突っ込み、技術不足による自損事故という結果になったのだ。
 もっとも法廷速度を確実に二倍以上オーバーして、減速も不十分にカーブに突っ込んだのだ。無理もないと言えば無理もない話だが。二人は口を揃えて言った。「アレは絶対にこの世のものではない」と。
 悩みに悩んだ末。内部のみの処理では無理と判断したS警は、都内にあるレース屋兼チューニングショップ『レヴ』へ、その話を極秘裏に持ち込んだ。公道で公認レースとレヴの関係者達は目の色を輝かせて飛びつき、まずはそれぞれの愛車でトライと、夜の環状線に繰り出したのだが。
 結果はS警察と同じく惨敗。潰れた車は一台も無いが、その代わりにプライドがだいぶ傷ついたようだ。怒りにまかせて繰り出そうとする若い連中を、篝は抑えるのにやっとだったらしい。出しても事故る、とぼやいていた。そして最後に篝は言った。
「『黒い閃光』は『タテモトシュンスケ』の車らしい……ねえ」
 草間は長くなった灰を灰皿に落とし、挟んだばかりの朝刊を取り出した。人気レースドライバーの一周忌。そこには先ほど目を通した記事の横に、篝から聞いた名前が添えられていた。一年前、レース中に車ごと延焼して帰らぬ人となった若手GTレーサーの事は、草間も当時のニュースや新聞で読んで知っていた。
「捕まえると言ってもそう簡単に捕まるのか? 彼が現れるようになった原因がわからないな。警察公認の公道レース。さて、誰に声をかけようか」
 残りのコーヒーを啜りながら、草間は受話器を取り上げた。
 
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   S高速環状線C4 - 黒い閃光 -
 
 ── 午後一時三十分 S高速環状線C4 ──

 深夜の高速。激しいバックファイヤーを散らして四台の車がデッドヒートを繰り広げていた。一台を追う三台。一般車両の合間を縫って右往左往するそのどれも、フルチューンを施したレース屋の改造車両だ。臨時に積んだ警察無線で状況を繋ぐ。仲間の小さな悲鳴に緊迫した声が流れた。
『大丈夫か、豊!』
『大丈夫! 前の車が壁に突っ込みそうになったのを避けたら、こっちまでよろけちゃって。ああ、危なかった』
『動けるようなら直ぐに出て! 停まってると後ろから突っ込まれるわよ!』
『了解! 『彼』は?』
『いる。俺の前だ!』
 きついコーナー。クラッチを切る。アクセルを煽る。回転数に合わせて五速から四、四から五。ギアを落とし、また上げる。タイヤロック寸前のキックブレーキにスキール音が鳴った。左の車線から右へ。右の車両を避けて左へ。黒い影を追う白と赤、そしてブラックメタリックの弾丸に道を譲る走り屋達。ハンドルを小刻みに修正し、コーナーを抜ける。直線。ベタ踏みのアクセル。オイルを煮えたぎらせて走る五百馬力オーバーの怪物達。速度計が二百キロを超えた。合流地点。強引に加わった銀のセダン。『彼』が一瞬消える。突然の侵入者を避けた赤い女神が壁に流れた。
『響!』
『響さん!』
 二つの声が飛ぶ。車の向きとは逆にハンドルを切る。間に合わない。壁が迫る。しかし次の瞬間、車は体勢を立て直し、異形の者が車に触れた。念動力と陰陽の力。それをクッションに戻る。アクセルを踏んだ。ラインに帰り礼を言う。
『ありがとう、豊、慶悟! 助かったわ!』
『いいえ、どう致しまして』
『離されないうちにあのセダンを抜こうぜ』
『了解!』
 無線を飛び交う声に篝は耳を澄ましていた。同じ場所を走っているとは思えないほどの緩やかな流れ。時速八十キロのハンドリング。後部座席に身を沈め。
「楽しそうだな……」
 篝はそう言って笑った。

── 午前十時 『凪』 ──

 都内。タテモトの所属していたチーム『凪』のオフィスは騒然としていた。責任者が不在で、と名刺を差し出した若い男性社員の顔は赤く染まっている。部屋の一角、つい立てで仕切られた簡易応接室には観葉植物とソファー、それに低いテーブルが一つ置かれていた。
「あの……今、レースクイーンは募集していないのですが……。いや! でもどうしても、とおっしゃるなら私が社長に」
 しきりと汗を拭って熱っぽい視線を送る男性社員に、ソファーに身を沈めているうちの一人、不知火響(しらぬいひびき)はニコリと笑った。
「そうじゃないの。私達は『タテモトシュンスケ』さんについて伺いたい事があって来たの」
「瞬──舘本についてですか?」
 響のグラマラスな躰の線を盗み見ながら、男性社員は喉を鳴らしている。ロングタイトのスリットから覗く美脚。大胆に開いたシャツの胸。二十八という若さだが、どちらも女が匂うようだ。保健室の臨時教員という肩書きを持っているが、裏の顔は夜を彩る街角の占い師だ。繰られたタロットはよく当たるとちょっとした評判だった。
 その響が頷く。後を取ったのは隣に腰掛けていた女子大生、長谷川豊(はせがわゆたか)だ。
「ええ、事故の時の状況や彼がどんな方だったのか。何でもいいのでお聞きしたいのですが」
 微かな謎をまとわせた逆十字が女らしい胸元で揺れる。大学へ入り心理学を専攻して六年、豊は院に籍を置いていた。細身の長身とバランスの取れたスタイル。知性を感じさせる顔立ちに、ラフだがセンスのいい服装をしている。
 男性社員の甲乙つけがたいという目が二人の間を行き来するのを、豊は内心苦笑していた。
「は、はあ……貴方も舘本の……」
 別々に訪れた二人が同じ話題を持ち出すとは露とも思わず、残念そうな顔で男性社員は汗を拭った。三人の前に事務の女性から冷たいコーヒーが差し出される。その背中を見送って男性社員は切り出した。
「瞬の事故は青天の霹靂みたいなものでした。富士は何度も走っていて慣れていたし、あんなハンドルミスをするなんて誰も思っていなくて。見通しのいいコーナーでそのまま真っ直ぐに壁に突っ込んだんです」
「ハンドルミス……。例えば走行前に彼が事故を起こすような気配はなかったのかしら。注意力を削ぐような、何か思い悩んでいた事とか」
 響は眉をひそめている。
「いいえ、いつも通りでした。瞬はいつも明るかったし、当時は波にも乗っていて人気もありました。絶好調だったんです。悩んでいたようには……」
「単純に操作ミスだと?」
「ええ、恐らく……ただ、瞬はそのレースで引退を決めていました。いつもよりも力が入ったのかもしれません」
 そう言って男性社員は二人にコーヒーを勧めた。汗のかいたコップを手に響と豊は顔を見合わす。隅に置かれた常設のコーヒーメーカーからは新しい豆のいい香りが漂っていた。大部分の社員は舘本の一周忌に出向いているらしい。オフィス内は閑散としている。二人は壁の写真を見上げた。車が八割、人物が二割。その中にヘルメットを抱え笑う男性がいた。日付は一年と半年前だ。そう古くはない。二十代後半から三十代前半でアイドルや俳優と言っても通りそうな甘いマスクをしている。添えられたサインがかろうじてシュンと読めた。これがタテモトに違いない。どこか寂しそうにも見えた。響は男性社員へ顔を向ける。
「他に事故の原因となるような事は?」
「例えばマシントラブルや整備不良……」
 豊が声を落として言う。男性社員は驚いて目を丸くした。
「とんでもない! 瞬はここの看板レーサーだったんですよ? 車の整備に問題があれば、どんな事になるか皆よく分かってます。あの日も整備は万全、マシンの状態は最高でした。それに炎上した車に不具合があった事を示す物は何も見つかっていません」
 結局、どの者に聞いても話の内容は同じだった。二人はコーヒーの礼を言ってオフィスを後にした。背中越し「留守番で良かったなあ」と呟く男性社員の声が聞こえた。

 ── 午後一時三十分 『レブ』 ──
 
「『黒い閃光』の話? うーん、車種は古い国産車。今から十年前の形で色は黒。N社製の人気のあったヤツだけど今は全然。もう売ってないしね。それにパワーも並で、特にすごいワケじゃないよ」
 ガレージの奥。入口に背を向けて作業をしていたツナギ姿の店員は、逆光に目を細めて後ろに立つ影を見上げていた。細い輪郭に髪はブリーチの金。口の端にタバコを銜え、涼やかな顔で佇んでいる。着崩したスーツは洒落て堂に入っていた。世の中を知り尽くしたような落ち着きがそこにある。彼の名は真名神慶悟。二十四才のショップ店員より四つも下だが全てにおける経験は慶悟の方が上に見えた。
「陰陽師かぁ。格好いいねえ。俺はこれしか能が無くてさぁ」
と、手にした工具で車をいじるフリをする。慶悟はフと笑った。
「仕事なんてそんなもんだ。俺もこれしか能がない」
 ジャッキアップされた車を見る。言葉には出来ない違和感を感じた。黒のボディには白いステッカーで『REV』と大きく貼られている。風に流されているような書体だ。隣とそれからガレージの外にも、同じようにステッカーの貼られた車が全部で四台あった。店員が「君らが今日乗る車だよ」と教えてくれた。
「とにかく速いからさ。バックミラーに見えたと思ったら横にいる。そのまま前に出られてパッと消えて見えなくなる」
「『タテモトシュンスケ』らしいと聞いたんだが……」
「うん。間違いないね、アレは舘さんだよ。大さん──オーナーは認めようとしないけど」
 店員はツナギのポケットからタバコを取り出すとライターを捜した。慶悟は黙って火を差し出す。店員は「どうも」と頭を下げた。
「オーナーは走ってないんだ。見てないから余計、信じようとしない。幼馴染みだし、そんなのが幽霊になるなんていい気持ちしないけどさ」
 そう言って深く煙を吐き出す。店員は慶悟が促さなくても良くしゃべった。誰かに話したかったらしい。あの時は俺まで話しを聞きにこなかったから、と店員は言った。
 篝は舘本とは幼馴染みの仲にあった。警察から話しが来たのは偶然だったらしい。篝は条件の面白さに飛びついた。だが、実際それを目の当たりにしてみると以外な事に気が付いたのだ。すり抜け去って行くその姿は、知り合いの車に酷似していた。
「盗難の可能性は?」
「無いね。それはあり得ない。あれは絶対に幽霊だよ、舘さんと車の」
「その根拠は?」
「これ」
 店員は唇の横にタバコを押しやり、目の前の黒い車を指さした。
「『黒い閃光』はずっとここにいたからさ」
と、店員は言った。

 ── 午後二時 『式典開催公堂』 ──

 式もほぼ終焉、ひと気のまばらなエントランス横の休憩コーナーに三つの影があった。一つは立ち、二つは向かい合って座っている。その横に自動販売機と一本足の灰皿が置いてあった。
「じゃあ篝様は瞬介様のお友達だったのですね」
「ああ、小学生からの付き合いでな。腐れ縁ってヤツさ。お嬢さんにもそういうヤツが一人や二人いるだろ?」
「いいえ。学校には行った事がないんです」
「そうなのか? そりゃあ、つまらねえなあ」
 お嬢さんと呼ばれた少女、四宮杞槙(しぐうこまき)は穏やかなブライトグリーンの瞳を篝に向けて首を横に振った。年は十五。本来であれば中学生だが学校へは通わず、付きの者から全てを学んでいる。家の外へ出る事が少ないせいか、何にも染まらない純粋さが顔に顕れていた。腰まで垂れた亜麻色の髪は瞳同様、亡き母譲りだ。
 杞槙は首を巡らし、背後に佇むボディーガードであり兄のような存在でもある長身の影を見上げた。
「家には皆がいるし、それに桂凛もいます」
 杞槙はニッコリと微笑った。無防備なほどに人懐こい笑顔だ。思わず篝もつられて笑う。
「なるほどな」
「それであの、篝様。お話の続きを……」
「ああ、瞬の話だったよな。俺が直接見たワケじゃねえから、信じてねえんだ。ウチの連中は絶対そうだって言い切ったが……」
 篝はタバコに火をつけると、杞槙から一番遠い位置に灰皿を引き寄せた。青い煙が立ち上る。杞槙は先を促さず、篝が自然と口を開くのを待った。
「信じられるか? ゴーストカーなんて。しかも幼なじみの」
「篝様は瞬介様じゃないと思っているんですか?」
「どうだろうな。多分……いや、分からねえ」
 篝はそこで口をつぐんだ。躊躇いのある表情でゆっくりと深い息を吐く。
「こんな事を口にするのは初めてなんだが、アイツが死んだのは自殺じゃねえかと思うんだ」
「自殺……ですか?」
 それは以外な展開だった。訪れた人の話を今日一日ずっと聞いて回ったが、それを匂わせるような話は聞かなかった。誰も舘本の自殺を匂わせるような事を言わなかった。しかし篝はその意見に首を降った。
「他の連中が気が付かなかっただけだ。色々とこの世界にも『しがらみ』があってな。好きで始めた事だが、自分の思うようにはいかない。人気も腕もあったアイツはやっかまれていつも孤独だったみたいだ。よく昔に戻りたがってた。あの頃は仲間がたくさんいたからな」
 一気にしゃべって篝は遠い目をした。過去を思い返しているのだろう。
「アイツが事故った時のブレーキング。俺にはわかる。パンパンパンと三回だ。三回キックする。アレはいつもの瞬じゃなかった。手を抜いたんだ。スピードを殺すのに」
 そして、沈黙。杞槙はそんな篝の様子に躊躇いながら切り出した。
「篝様……あの、こんな事を聞いてごめんなさい。でも知っていたら教えて欲しいんです。瞬介様だとしたら、どうして現れるのか。思い当たる事はありませんか?」
「認めざるを得ないか……お嬢さん」
「……ごめんなさい」
「ハハ、アンタが悪いワケじゃねえ。俺が突っぱねてただけだ。初めからそうじゃねえかとは思ってたんだがな……」
 篝はタバコを灰皿に放り込むと立ち上がった。水に落ちた火がジュッと小さな音をたてる。杞槙の澄んだ目を見下ろして篝は言った。
「行こうか、お嬢さん。原因は俺の店のガレージの中だ。今夜、アンタ達に乗ってもらう俺の相棒を紹介するぜ。スクラップ間近のオンボロだが元はアイツの車でな。『黒い閃光』……昔もそう呼ばれてたな」

 ── 午後七時 草間興信所 ──

 全員の話をまとめた結果、舘本の事故は自らが招いた可能性が高いようだ。騒がれ、もてはやされた男の裏には常に孤独が貼り付いていた。引退レースの場で、人生というレースからも引退したのは、彼なりのフィナーレとも取れる。杞槙が篝から借りてきた一枚の写真には若かりし頃の二人が、仲間達と車をバックに笑っていた。響と豊がオフィスで見たあの写真より、数段いい笑顔をしている。
 環状線を走る幽霊車は、彼に間違いはないだろう。だが何故一年も経った今、舘元は突然現れたのか。それは篝の元にある車に原因があった。『黒い閃光』。今月末には廃車が決まっており、それも残すところ数日と迫っている。舘元が初めて手に入れた車は初優勝の後、スポンサーの手前もう乗れないと篝に渡った。スポンサーはT社、舘本の車はN社製だった。だが、篝もまた同じ理由で廃車を決断する事となる。オーナーという肩書きについて回る取引というしがらみのせいだ。『レヴ』は来月よりH社の参加に下る事になっていた。
「思い入れが強すぎて誰にも譲れないと篝様は言ってました」
 杞槙は言った。
 一メカニックだった篝が前オーナーから店を任されて一年。H社製の新車と引き替えに、二人の自慢だった車が最後の時を迎えようとしていた。あの時、慶悟が感じた違和感は車自身の気だったのだろう。それが舘本と呼応した結果が今回の『黒い閃光』という騒ぎになったのだ。
「弔いの走り最後のバトルか……追い抜けば成仏、だな」
 慶悟の考えに全員が頷いた。

 ── 午後一時 S高速環状線C4 ──

『『黒い閃光』はD官町付近に出現! 『レヴ』のステッカーを貼ったN社製黒二台、T社製白一台、H社製赤一台の計四車両。本日の取り締まりから除外』
 その連絡が無線から流れたのは、環状線に入ってまもなくの事だった。響、慶悟、豊の三人はすでに三週目に突入している。杞槙はいない。桂凛の運転する車で篝を迎えにいっていた。彼が必要だと思ったのだろう。誰一人、反対はしなかった。
「間に合うといいんだけど」
と、先頭を走る韋駄天。赤のタイプNXを繰る響は言った。かつては『魅惑の堕天使・高速を駆ける女神』と異名を取った腕前は未だ現存している。とにかく速い。無線から聞こえる声は余裕綽々だ。二車線を右に左によどみなく泳いで行く。その後に続いて疾走するのは白のSPR、豊の車だ。それにブラックメタリックのRスペックV、慶悟が続く。どれも皆、公道を走るにはパワーを持ちすぎた強者共だ。
 響はバックミラーを一瞥、アクセルを踏んだ。道筋を躰が覚えている。教員の肩書きも服に忍ばせたタロットも忘れ、響は『魅惑の堕天使』に戻りつつあった。速度計が一四〇を指す。
『『黒い閃光』に一番最初に逢うのは誰かしら』
 響の声。慶悟はタバコを唇の端に寄せた。テールから鮮やかなバックファイヤーが散る。九字を切ったのだ。エンジンが唸りをあげ、激しく回転を始めた。ベタ踏みのアクセル。メーターの針が右へと傾いていく。さらに呪した。
「我が背に巽の風……。我が金輪……震雷が如く……急々」
 透明のもやがルーフ上に蠢く。人と鬼とを合わせたような異形の姿。式神達だ。かなり大きい。ハンドルを繰り、慶悟はタバコの煙を吐き出した。
「俺は走り屋じゃないしな。ハンデだ」
 涼しげに言い、響の前に出る。その横を白いボディが音もなく抜けていった。豊だ。スマートな走りで二人を追い抜いていった。激しい車線変更などしない。ただ豊の前方の車が不自然に道を譲っていた。
『念動力か』
『出会うまでね!』
『やるわね、あなた達』
 三人の声が乱れ飛ぶ。抜きつ抜かれつ競って走る三台の背後にそれは突然現れた。
「出たわね」
 最初のターゲットとなったのは豊だ。力を引く。真っ向勝負を豊は望んだ。しかし『黒い閃光』は狭い車両間をすり抜け、アッと言う間に横へ並んだ。運転席を見る。男が座っていた。豊はその姿から目をそらせなかった。
「あれは……」
 まだ若い。杞槙の写真で見た顔だ。豊がスキを見せた途端、『黒い閃光』は十分とは言えない車間を縫って前へ入った。
『あ!』
『やられたわね、次は私よ』
 クスリと笑った響のエンジンが吠えた。空いている場所を探してハンドルを繰る。右。左。クラッチとアクセルのオンオフ。ショートストロークのシフトを自在に操る。車は性能を越え、響のハンドリングに俊敏に応えた。『黒い閃光』がその後に続く。珍しく走りを楽しんでいるように見えた。
「ゴールに導いてあげるわ」
 彼に向かって言う。右コーナーから短いストレート。並走して前方を塞ぐ二台の車に、響は減速した。束の間『黒い閃光』と並ぶ。若い横顔が見えた。数秒。しびれを切らしたのか、彼は視界から消え失せた。響の手が悔しげにステアリングを叩く。無線から慶悟の笑い声が聞こえた。
『何よ』
『小細工が必要なら手を貸すぜ?』
『そんなのいらないわ。腕でカバーよ!』
 やりあう二人の間に別の声が割り込んだ。杞槙だ。環状線に入ったとの連絡だった。
『打ち合わせの場所付近で合流します。皆様、気をつけて下さいね!』
 豊の声が言った。
『役者が揃ったわね』
『ああ、ここからが本番だな』
 慶悟の背後に『黒い閃光』のヘッドライトが揺れた。

 ── 午後二時 環状線T町ストレート ──

 式神が舞う。まるで重さを感じさせない動きで、フワフワと慶悟の車を取り巻いている。荒いハンドル裁きにタイヤが鳴った。コーナーへの進入。『黒い閃光』のテールが点滅する。慶悟はそのままの勢いで突っ込んだ。強引にハンドルを切る。パワーに踊らされた後輪が横滑りを始めた。
「ック!」
 屋根の式神が舞い降り、車に触れた。横を向きかけた車体が体勢を立て直す。慶悟はタバコを銜えたまま、大きく深呼吸した。『黒い閃光』は前を走り続けている。場所はG服橋を越えたばかりだ。数台向こうの視界に杞槙の車が見え隠れしている。無線が入った。
『慶悟様! 皆様も大丈夫みたいですね』
『ああ。見えるか? そこから』
『見えます。本当に同じ車なんですね』
 杞槙を先頭に、一団は環状線のスピードポイントに差しかかった。曲がりくねって輪を描くC4の中で、数少ない長尺のストレートだ。車線は二つから一気に四つに広がる。慶悟はここで勝負をかけるつもりだった。『黒い閃光』に引導を渡すべく方角とタイミング。全てはここで揃う。豊が誰に共なく呟くのが聞こえた。
『いよいよね。手はず通りに行くといいけど』
 響が繋ぐ。
『やるだけやるしかないわ。パワーはこっちの方が上だもの。ストレートで決めるしかないのよ』
 杞槙が祈る。
『あの、私が他の方達を抑えます。だから皆様は『黒い閃光』様とのバトルに専念してください』
『そう言えばアンタもテレキネシスの持ち主だったな』
 慶悟が締めた。
 一丸となった四台はきついコーナーへとなだれ込んだ。オーバー気味の進入スピード。右にステアを切った。二台の『黒い閃光』の後に慶悟、響、豊が続く。広がった車線に一気に五台が散らばった。『黒い閃光』が加速する。床まで踏んだアクセルに慶悟のマフラーが火を吹いた。豊がそれに倣う。響が後を追った。杞槙はその最後尾につく。避けていく周囲の車達。『黒い閃光』はさらに加速する。逃しはしない。さらに追う。ジリジリと縮まる車間。極限までに改造された車、それぞれの力。それは『黒い閃光』を捉え初めた。陰陽師が躍り出る。残り僅かなストレート。慶悟の指が宙を切り、横一閃に四台が並んだ。
「このまま伝説になりな……」
 慶悟の言葉に反応するかのように、『黒い閃光』の走るライン上が輝き出した。白い光に包まれ始める。響と豊のフロントが『黒い閃光』を僅かに抜いた。その瞬間──
「彼、笑ってるわ……」
 豊が言った。
 舘本は笑っていた。光に包まれ薄れていく影の中、右の慶悟と豊に、そして左の響に顔を向け親指を立てた。ブレーキが三度、点滅する。
「クラクションを頼む!」
 篝の声に桂凛が応じた。見送る杞槙達の『黒い閃光』が長い警笛を鳴らす。舘本の『黒い閃光』は最後に二度ハザードを焚き、光の中に消えていった。
「見事だったぜ、『黒い閃光』」
 慶悟は呟いた。

 ── 某所 夏の日 ── 

「引退? 引退ってお前……。どこか具合でも悪いのか? 何か悩みがあるんだったら相談」
「ハハ、大地。ものは考えようさ。追われてるうちが華っていうだろ。だったらその華が枯れる前に引退するのも悪くないと思わないか?」
 そう言って『一閃の貴公子』と呼ばれる若手天才レーサー『舘本』は笑った。二十三才でデビューして直ぐに勝ち得たトップの座は、偶然ではなく天性の才能の成せる技だった。出たレースは全て入賞。優勝経験も数多い。篝と同じ三十一才という年になるその日まで負け知らずで走り続けた。甘いマスクに気取らない性格でマスコミのウケもよく、だからこそ同じレーサー仲間からかなりやっかまれていたのを篝は知っていた。こうしてたまに酒を酌み交わしても、あまり仕事の話はしなかった。いつもどこか孤独の影を抱えていた。その舘本が突然引退すると言い出した。
「瞬。なあ、お前」
「おっと、大地。説教なら聞きたくないぜ? 俺はもう決めたんだ。次のレースを最後にするって」
「瞬……」
 舘本に強い目で拒絶され篝は口をつぐんだ。賑やかな居酒屋に二人、ぎこちないムードが漂う。手にしたジョッキがやけに重かった。舘本は遠い目をしていた。
「なあ、覚えてるか? 昔は週末になると環状線を走ったろ。あの頃の夢を見るんだ。皆で集まって朝まで走った」
「ああ、俺は助手席専門だったけどな。楽しかった。若かったな」
「そうだ、大地はそうだったよな。車いじりは得意なくせに、運転が下手だってんだから妙なヤツだよ。あの頃に戻りたくないか? 『黒い閃光』なんて呼ばれてたっけな」
「『黒い閃光』か! 懐かしいな。お前はあの頃から早かった。プロになって今は『一閃の貴公子』か。……本当にもういいのか?」
 少しの間があって舘本は頷いた。口元に寂しげな笑みが漂っていた。
「俺は──『一閃の貴公子』より『黒い閃光』がいい……」
 それが舘本との最後だった。その翌週の引退レースから『一閃の貴公子』が還る事はなかった。
「良かったな。最後にスゲエ奴らと走れて……。瞬、あの世でいつまでも走れよ。お前の相棒と一緒にな。『黒い閃光』復活だ」
 篝の目に涙が溢れた。





                       終








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業 】

【0116 / 不知火・響/ しらぬい・ひびき(28)】
    > 女 / 臨時教師(保健室勤務)
    
【0294 / 四宮・杞槙 / しぐう・こまき(15)】
    > 女 / カゴの中のお嬢さま
    
【0389 / 真名神・慶悟/ まながみ・けいご(20)】
    > 男 / 陰陽師
    
【0914 / 長谷川・豊 / はせがわ・ゆたか(24)】
    > 女 / 大学院生
    
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■         ライター通信          ■
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皆様。
初めましてこんにちわ、紺野と申します。
大変お待たせ致しましたが、
『S高速環状線C4 - 黒い閃光 -』をお届け致します。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
今回は車でのバトルがメインとあって、
皆さんのプレイングがほぼ一緒でした。
また、走りに対する構えがどなたもカッコよくて惚れ惚れしました。
勝負=浄化なので杞槙さんの出番があまりありませんでしたが、
式典へ出向くという着眼点が素晴らしかったです。

さて、物にも魂があると言われていますが、
このお話にはさらにオチがあります。
杞槙さん達を乗せた老兵『黒い閃光』。
どうなったかは最後の篝の台詞より想像してみてくださいませ。
この後にも篝は皆さんに尽力頂いたようです。

それでは皆様のご活躍を心よりお祈りしながら
また、お会いできますよう……。


            夏風邪中の紺野ふずき 拝