コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


禁断の夏が終わる

◆オープニング
 月刊アトラスの編集室では、今日も碇麗香はご機嫌斜めだった。再来月の特集にふさわしい記事がいまだに集まっていないからだ。
「もう、締切りは待ってくれないのよ」
 独り言までつい刺がある。その時、麗香の携帯電話が鳴った。1コールで出ると最初はしぶしぶといった不機嫌そうな様子で相槌を打つ。だが、次第にその態度は変った。最後は身を乗り出して話を聞いている。目は獲物を狙う肉食獣の様に物騒な色に光輝いている。
「わかったわ、情報ありがとう。うん、今度飲みに行こう」
 そう言って電話を切った麗香はすぐに人材確保に走る。今度の潜入取材はちょっと人を選ぶ。誰でもいいというわけにはいかない。三下忠雄では絶対に駄目なのだ。東京を網羅する蜘蛛の巣の様な人脈を駆使して、麗香は数名の候補者達をピックアップすることが出来た。
「取材の依頼なの。今回のはちょっとデンジャラスだからはずむわ」
 言外に多額の報酬を匂わせて麗香は言った。
「前に北岡月子って娘が失踪したんだけど、その子の友達から色々と聞き出して欲しいの。勿論正攻法じゃ駄目だったわ。だからここでダンサーをして貰いたいの」
 麗香は1枚のビラを配る。でかでかと『男性ストリップ』の文字が踊っている。
「ここね、雪乃がよく行く店なの。ちょっと背後がヤバイ系なんで迂闊に取材を申し込むわけにもいかないし、聞き込みも上手くいかないの。でも、こういうところっていつでも新鮮なバイトを募集しているわ。だから絶対にバレない様に潜入取材して欲しいの。こういう場所だし、雪乃が月子の事、言いたくなっちゃうようにに仕向けることも色々出来る筈よ、ね?」
 犯罪でなければ手段は選ばない‥‥麗香はそら恐ろしい事を平気で言った。勿論、犯罪で捕まっても絶対に助けるつもりはないだろう。
「定期連絡は要らないわ。報酬は記事を見てからじっくり話し合いましょう」
 にこやかに麗香は候補者達を送り出した。

 そしてあなたは新宿男性ストリップ『トルソー』の臨時雇いダンサーになった。------
◆面接〜楓風〜
 新宿でもこの手の商売をしている店は少ない。女性客をターゲットとして、男性ダンサーによるストリップショーを連日披露している『トルソー』は、そういうヤバイ店の割には危険な後ろ盾も表には顔を出さず、リーズナブルで良心的な値段設定をしていた。
「はじめまして、ようこそ。勇気ある少年!」
 アルバイトダンサー志望の貴家楓の前に現れたのは、やり手そうな中年の女だった。昔の美しさの片鱗が今も十分に残っている。女は由美と名乗った。事実上、この店を仕切っているのは由美だと言う。どうやらオーナーは他にいるらしい。
「店の詮索はそれくらいにしてね。あたしも昔は銀座に出ていた女だもん、ヤバイ事はどんなに上手く誘導されたって言わないわ」
 まるでゲームをしているかの様に、由美は楽しそうに言った。
「で、えっと貴家楓だったわね。ホントにうちで踊っちゃう覚悟で来たの?」
 由美は値踏みするように目でじっとぶしつけに楓を見る。どことなく扇情的な視線に息苦しくなる。
『落ち着け、落ち着くんだ。俺にはゆゆたんの清楚な浴衣姿を思いっきり堪能するという崇高な使命があるんだ。あぁ、ゆゆたん。俺を守ってくれ!』
 脳裏に浮かぶのは、かわいいあの子の姿。もう夏も終わるけど、似合うと見立てて買った浴衣姿のゆゆたんは、きっと想像を絶するくらいかわいいだろう。その帯をこう握って思いっきり引っ張るんだ。独楽の様に袖を広げてくるくるとゆゆたんが廻る。そして、そして。
「ごめ〜ん、聞いてる?」
 目の前に、それも至近距離に由美の顔があった。息がかかりそうな程だ。
「悪いけど、君には働いてもらえないわ。お疲れ様、もう帰ってもいいわよ」
「え? あの、どういう事ですか?」
 普段あまり使う機会もない敬語で楓は言った。なんとなく、聞く前から理由はわかっている気がした。無意識に能力を使っているのかもしれない。
「だって君、どう見ても高校生なんだもの。あたしにだってそれくらいの目利きは出来る。他はどうかしらないけど、うちは未成年不法に使うほど落ちちゃいないのよ」
 楓には判っていた。これ以上どう口説こうとも由美は落ちない。今は引き下がるしかなかった。
「わかりました。じゃ、失礼します」
「うん、大人になったらまた来てね」
「この店がまだあったら、考えます」
 キツイ一言を残して、楓は裏口から店を出た。

◆店のお仕事
 昼に1回、夜に1回。『トルソー』の舞台は1日に2回ある。一週間もするうちに、新人ダンサーである虎之助や隆之介も、ずいぶんと慣れてきた。大事な何かを失った気もするが、それは後で考えよう。客のアンケートでも好評を博している。
「よかったじゃないか。ほら、これなんか野性的で、でもしなやかな身ごなしのリュウさんが素敵でした、だって。ご丁寧にハートマークまで描いてくれている」
 清掃係の作業着を着て帽子をかぶり、長いモップを持った楓が手にしたアンケートを隆之介に見せつけた。由美に3日食い下がった楓は、清掃の仕事で夕方までで帰る約束が守れるのなら、とアルバイトを認めて貰ったのだ。
「しょうがねーだろ。ここまできたら、もう腹括るしかねーんだしさ」
 苦い顔で隆之介はそっぽを向く。
「そういう事だな。でも、ようやく今日はあのヒトが来るみたいだよ」
 華やかなダンスが良いと評判になりつつある虎之助が言った。ここではタイガーなる芸名を与えられている。濃い化粧とほくろ、そして別人格を演じることでまだ正体を見破られずにいる。
「チャンスは店が終わった後だ。俺がなんとか引き留めておくから、早めに出てこい。いいな」
「わかった」
「OK」
3人は麗香が仄めかした謝礼ももちろん目的だ。だが、それだけではない。消えた北岡月子をなんとか助けてやりたいとも思っていた。手がかりは藤堂雪乃が握っているのだ。
 雪乃は遅くやってきて、予約されていた最前列真ん中の席に座った。皆がアルバイトに入ってから、雪乃が来店したのは今日が初めてだ。簡素な舞台の幕があがる。
「では〜最初に全ダンサーのご紹介します。皆様、拍手でどうぞ〜」
 女達の歓声と拍手がこぢんまりとした店内に響く。
「リュウ! タイガー! アラン! ジョニー! クリス! ピエール!」
 名をアナウンスされると同時にダンサーが舞台に出る。ひいきのダンサーが出ると、客席の一部が更に熱狂する。
「ホント、大変な世界だよ」
 すっかり帰り支度をした楓は、狭い舞台の上で立つ半裸の虎之助と隆之介を見ると、ホッと溜息をついた。あの場に立っていない自分がたまらなくうれしかった。
 ショーが終わった。客達との記念撮影も終わり、後は着替えて帰るだけだ。
「いくぞ」
 隆之介が低く言うと、虎之助は無言で従った。裏口を出るとすぐに楓が立っていた。高校生が出歩いて良い時間ではないが、この際言っていられない。あたりには楓の他に人はいない様だ。
「雪乃さんはどこです?」
 素に近い口調で虎之助が聞いた。楓はにやりと笑う。手にしたカードを二人に渡した。
「雪乃が1人ずつ2人きりで逢いたいってさ。」
 断る理由はなかった。

◆標的からの招待〜楓〜
 楓が雪乃と逢ったのは渋谷の喫茶店だった。
「月子の事は私も心配しているんです。でも、私には人捜しの才能なんてないし、人を雇ってお願いするっていうのも、それは北岡家がすることでしょう?」
 雪乃は悲しそうな表情をした。
「その人とあなたは仲良しだったんだだろ? 昨日みたいな店にも一緒に行くほど?」
「月子は世間知らずで、そういう場所に行きたがったんです」
 紅茶のカップを口元に運ぼうとして、ふと月子はそれを皿に戻した。
「でも、もしかして月子の話をするために私とお会いになりたかったの?」
 淡い疑惑を感じた様で、言葉に小さな棘がある。
「違うって。俺、この前新宿で見かけてさ、こう良いなぁって思ったんだよ。そうしたらもう2人のバイト仲間も逢いたいっていうから。だからさ、俺達3人と逢って話をして貰いたい。その後の決定権はあなたにある」
 それは女性にはとても嬉しい話だった。雪乃の機嫌もすぐによくなる。
「わかりましたわ」
 雪乃はうなづいてから、優雅に立ち上がった。

◆標的からの招待〜隆之介〜
 もう男の裸は見たくも見せたくもない。今日、雪乃から情報を引き出せばバイトはやめることが出来る。隆之介は自分なりに張り切って待ち合わせ場所に行った。最初はロマンチックに、そして徐々に核心へと迫る。
「俺さ、ちょっとまとまった金が要るんだ。だからあんなバイトもしてるんだ。もっと割のいい稼げる手があったら、君ともっとずっと一緒にいられるんだけどな」
 悲しそうにうつむいて見せる。
「そんな風に考えては駄目よ。きっと誰かがリュウさんを助けてくださいますわ」
「君は助けてくれないんだな」
「そうではないけれど、今は無理ですわ。どんな危険な手段も時期を選べば比較的安全ですけれど、今はまだ」
 雪乃はハッとした様だった。
「私、帰りますわ」
 伝票も残したまま、逃げるようにスカートの裾を翻して雪乃は店を出ていった。
「やっぱりなんかヤバそうだな」
 率直に隆之介はつぶやいた。

◆標的からの招待〜虎之助〜
 雪乃が店にはいるなり、虎之助は驚いた。あまりに驚いたので、席を立ち上がってしまった程だ。クラシック音楽が低く流れる品の良いティールームで、虎之助の行為は不作法だと思われた様だ。客も店員も、非難するような冷たい目で虎之助をにらむ。
「すみません、ちょっと失礼します」
 雪乃の脇をすり抜ける様にして、虎之助は店を出てしまった。
「どうなさいましたの?」
 すぐに追ってきた雪乃が不思議そうな、そして不安そうな声を出す。
「すみません。なんだか気分が悪くて、申し訳有りませんが日を改めてまた」
 そそくさを詫びの挨拶をして、虎之助は雪乃の前から立ち去った。吐き気が様な気がして、右手をそっと口元にあてる。確信だった。
「月子って人、もしかしたら死んでいます。彼女だけじゃない。もっと沢山の人が」
 虎之助には雪乃にまとわりつく微かな霊の気配が判った。それは間違いなく複数の死霊が発する妖しい気配だった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

0026:貴家楓/男性/17歳/清掃係
0689:大上隆之介/男性/20歳ぐらい/リュウ
0689:湖影虎之助/男性/21歳/タイガー

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせしました。危険なアルバイトに未成年の身でチャレンジ、ありがとうございます。その勇気と捨て身の根性に感動しました。清掃のバイトは結構稼げた様です。ゆゆたんと、晴れて『よいではないか』が出来たのでしょうか?