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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


マガの血族
 瀬名雫(せな・しずく)の運営するホームページには、よく不思議な出来事についての情報が寄せられる。
 今日も雫が、起きてすぐに掲示板をチェックすると、謎の書き込みがあった。

 『謎の一族? 投稿者:匿名 投稿日:2002/08/09(fri) 05:10

 おはようございます、雫@管理人さん。
 先日、奥多摩へ小旅行にいったところ、妙な噂を聞きました。
 奥多摩の山奥には古い祠があり、そこに一本の刀が祀られているらしいんです。
 その刀は、古来より多くの人の血を吸った妖刀で、ある一族がずっとその刀を守っているそうです。
 骨董品としての価値が高く、またもちろん刀としての性能も抜群。
 売るにしろ使うにしろ、すごいものなんだそうですが…持ち出すにはその一族との戦闘が必至でしょう。
 でも、興味がありませんか?
 その刀がどんなものなのか、そして謎の一族って一体どんな人たちなのか。 
 自分ではとても確かめられないので、ちょっとカキコしてみました。
 誰か行ってみてくれないかなぁ…。
 もし詳しい場所が知りたければ、メールアドレスを貼っておくので、気軽にメール下さいね。
 ではでは』

「奥多摩かぁ…こっちにいるよりは涼しいかな?」
 このところのうだるような暑さにウンザリしている雫は、目を輝かせる。
「誰か興味がある人がいたら、一緒に行ってこようっと♪」



 首都・東京の西の端――山梨県との県境に、奥多摩と呼ばれる地域がある。
 奥多摩湖を中心に、都民の貴重な水瓶である小河内(おごうち)ダムや、雲取山(くもとりやま)、天目山(てんもくざん)などの山々が連なる、自然豊かな場所だ。
 都心からのアクセスならば、JR中央線の東京駅から中央特快に乗り、青梅駅まで出る。そこでJR青梅線に乗り換え、あとは奥多摩まで1本だ。
 また、シーズン中の休日に限り、新宿駅から『ホリデー快速おくたま号』という直通電車が走っている。
 瀬名雫と仲間たちがどちらを利用したかといえば――もちろん後者だった。
「遠足といえば、みかんだよねっ♪」
 嬉々として、オレンジ色のネットに入れられた蜜柑を、リュックサックから取り出す雫。
「どこで買ったんだ、そんなの?」
「えへ、新宿のキオスクで売ってたから、買っちゃった☆」
 さりげなく片手を出す直弘榎真(なおひろ・かざね)に蜜柑をおすそ分けしながら、雫は対面の――彼女たちは車両の端の、向かい合った3人掛けシートを占領している――ふたりの男女に「いる?」と尋ねた。
「おおきに、雫ちゃん」
 関西風のイントネーションで答えるのは、今野篤旗(いまの・あつき)。京都出身の大学生である。
 その隣――といってもだいぶ間を開けて座っているのが、風見璃音(かざみ・りおん)。
「私はいいわ。ありがとう」
 微笑を浮かべると振り返って、いっぱいに窓を開けた。
 璃音のつややかな黒髪を巻き上げ、自然の匂いの混じった風が車内に吹き込む。
「…いい風だな」
 クーラーの快適さとは、比べものにならない心地よさ。
 榎真のつぶやきに、全員が表情を和らげた。



「それでは、みんなに質問!噂の刀に興味がある人、手ぇ挙げて♪」
 奥多摩駅の改札前。
 元気いっぱいの雫の問いに、挙手する者は誰もない。
「あれ?みんな興味なし?」
「うん。僕はどっちかって言うたら、謎の一族のほうに興味があるわ」
 あごに手を当て、ウンウンと一人うなずく篤旗。
 璃音も胸の前で腕を組み、ゆったりと笑みを浮かべた。
「そうね。確かに刀より魅力があるかも」
「そっかぁ。じゃあ榎真くんは?」
「ん、俺?」
 陽光射す山の景色を眺めていた榎真は、肩越しに振り返る。
「刀も気になることは気になるけど、山のほうがもっと気になる」
 元来、榎真は自然が好きだ。
 『天狗』の力に目覚めてからは、その想いがいっそう強くなったような気さえする。
 風景を楽しんだり、心地よい空気を味わうのも良い。
 そしてまた、人狼族の璃音にとっても、山は故郷のようなものである。
 久しぶりに森の霊気を浴びるのもいいかと思い、今回の『遠足』に同行した。
「せやな。僕も奥多摩のほうって初めてやから…」
 楽しみだ、というのは表情を見ればすぐにわかる。
 涼みたい、と言う理由で参加の篤旗だが、結構しっかりと登山する準備をしてきていた。
「鍾乳洞なんかもあるんやて?楽しみやわぁ」
 ゴーストネットカフェでの予習も、万全のようだ。
 その傍らで風の音に耳を澄ませながら、璃音はひとりごちる。
「私は…思いっきり走りたいわね」
「走る?」
 耳ざとい榎真にオウム返しに問われ、璃音はかぶりを振った。
 自身が人狼族であることは、まだ誰にも話していない。
 璃音の言う『走る』と、榎真の言う『走る』は、微妙にニュアンスが違うのだろう。
「最近、運動不足だから。こういう所に来たら、思いっきり体を動かしたいと思って」
「ああ、なるほどな。だったら俺も、たまには運動しとかないと」
 相槌を打つ榎真は、受験生である。
 『ガリ勉』だと思われるのはやぶさかではないため、ほとんど素振りを見せないが、影では真面目に勉強しているのだ。
 夏休みも、自分なりに勉強したつもりである。そのため、体を動かす機会が減ってしまったというわけだ。
「じゃあとりあえず、その祠を探してみよっか?」
 話をまとめ、雫が笑顔で提案する。
「あんまり詳しい場所とかわからないんだけど、なんとかなるよねっ」
 記事投稿者の『匿名』氏からの詳細情報でも、おおまかな場所しかわからなかった。
『なる…か?』
 3人は顔を見合わせ、微苦笑を浮かべる。
「僕の能力でなら、温度の変化はわかるから…その祠が霊気やなんかで、ちょっとでも気温低くなってればええねんけど」
 篤旗の能力は『サーモメトリ』――物質の温度を感知、干渉する力だ。
「なんとかなるなるっ♪というわけで、れっつごー!」
「おい、瀬名っ…危ないから引っ張るなって」
 雫に引きずられながら先へ進む榎真を、璃音と篤旗も追った。
  


 奥多摩の駅からバスに乗り、終点の東日原(ひがしにっぱら)で降りる。
 そこが、一行の目的地である天祖山(てんそざん)の登山道の入り口の最寄り地点だ。
 人見知りしない雫が、バスの中で手に入れた情報によれば、この界隈まで来る登山客はほとんどいないらしい。
 鷹ノ巣山、富田新道から雲取山などの拠点となる場所であるのだが、下山で利用されているだけのようだ。
「なんとなく、雰囲気はそれっぽいかもだな」
 ここへ来て風の匂いが変わったことに、榎真は気付いた。
 古くから、山は神聖な場所として崇(あが)められている。
 『山の民』である榎真、そして璃音は、そのような変化を敏感に感じ取ることができるのだ。
「匿名クンの情報では、この山のどこかって話なんだけど…」
「どういうルートで登って行くん?」
 雫が広げた登山ガイドを、横から篤旗がのぞき込んだ。
「えっとね、登山道の入り口までちょっと歩いて移動して、とりあえず登山道の通りに行こうよ。途中で何か変化があれば、臨機応変に…みたいな?」
「そうね、それでいいんじゃないかしら」
「でしょっ?」
 璃音の同意を得、雫は嬉しそうに目を細めた。
 近くを流れる日原川のせせらぎの音を聴きながら、川沿いの道を進む。
 木々萌ゆる林道を歩くのは、なんとも清々しい気分だ。
「あそこが、登山道の入り口みたいだ」
 先行する榎真が指さした方に、鋭くせり上がったピークが見える。
 そこが入り口で間違いないようだ。地図を確認した雫がGOサインを出す。
 体格的にも(おそらく)年齢的にもいちばん小さな雫を守るように、3人は登山道に足を踏み入れた。
「なんかええ感じやね。やっぱり来て正解や」
 新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込み、篤旗が歓喜の声をあげる。
 身軽に一行の先頭を行くのは璃音だ。下草や砂利などものともせずに、跳ぶように歩いていく。
 そして、脇道をみつけるたびに入っていきたがる雫を、うまいぐあいに誘導していくのが榎真。
 ふたりがワイワイ騒いでいる様子は、とても微笑ましい。
 そして小1時間ほど歩いただろうか。
 ある地点で、篤旗は気温が急に下がったのを感じた。
 普通の人では感じないかもしれない程度だが、明らかに不自然な変化。
「今野君も気付いた?様子がおかしいわ」
 璃音は天を仰ぎ、風の匂いをかいだ。
 ――霊気が濃くなっている。
「え、なになに?どうしたの?」
「おい瀬名、ちょっとでいいからジッとしてろって」
「この辺り、祠の近くなのかしら?なんだか――」

 ザワッ。 

 璃音の言葉を遮るように、木々がざわめいた。
 そのざわめきは次第に大きくなっていき、目を開けていられないほどの突風が吹きつける。
「!?」
 各々、とっさに両腕を顔の前に持っていって、壁を作った。
 轟々と耳の中で音がする。
 やがてそれがおさまり、目を開けられるようになると――
「…みんな?」
 そこには、誰の姿もなかった。



「間違いないわね。気が満ちてきてる」
 ため息混じりに、璃音はそうこぼした。
 なにか霊的な力が働いて、彼らはバラバラにされてしまったに違いない。
 ならば当たり――つまり、その刀の祀られている場所に近づいていると考えるのが妥当である。
 これが、誰の仕業なのかはわからない。
 刀を守護する一族か、あるいは刀そのものの持つ霊力か。
 それともまったく別の何かなのか。
「ここで考えてても仕方ない、か…」
 ひとつ肩をすくめ、背筋を伸ばすと、璃音は精神統一をはじめた。
 ひとりきりになってしまったが、獣の姿になるには都合がいい。
 指先が、チリチリと燃えるように力を解放しはじめ、銀色の美しい毛が全身を覆う。
 瞳が赤く輝き、それまで制御していた五感が、鋭く研ぎ澄まされていく。
 そうして、気高く美しい銀狼が姿を現した。
「そういえば昔、ばば様に聞いたことがあるわ…」
 遠い山の隠れ里に、人斬りのあやかしの一族が住んでいると。
 璃音は軽やかに駆けだすと、あらゆる感覚を使ってそれらしいポイントを探索し始めた。
 祀られた刀の価値よりもなによりも、璃音が欲しいのは『情報』だ。
 生涯の伴侶となるべき男『黒狼』の情報を、どんな些細なことでもいいから手に入れたかった。
 霊気の濃い方へと道をたどりながら、風になって疾駆する。
 獣の姿になるのは久しぶりなので、思いきり四肢を伸ばして駆けた。
 ――気持ちが良い。 
(人間としての生活にも慣れたと思ったけど…)
 早く黒狼を見つけだして、故郷へ帰りたいと思わずにはいられなかった。

 しばらくのあいだ駆け続け、だいぶ山奥まで来たと足を止めた、その時。
 これまでにない霊気を感じた。
 何らかの力を持って、強大な霊気を抑えている――そのような、人為的な霊気。
「この先ね…」
 璃音の前方には、切り立った崖がある。
 その下方から、霊気が漂ってきていた。
 足音も立てずにそちらへ走り、崖の下を見下ろしてみる。
「…やっぱり」
 そこには、こぢんまりとした集落が広がっていた。
 古き良き時代の日本家屋が数軒と、大きな田圃や畑も確認できる。
 ここが刀の守人たちの住まう村であるという可能性は、かなり高かった。
「これはこれは…珍しいお客人じゃのう」
「――っ!?」
 突然、背後に気配が生まれた。
 とっさに地を蹴り、体の向きを変える。
 それまで誰もいなかったはずの場所に、ひとりの老女が佇んでいた。
 地味だが上品な色の和服に身を包み、曲がった腰の負担を軽減するためか、右手で杖をついている。
「これ、そう殺気立った目をするではない…銀狼族の姫よ」
 老女の言葉に、璃音は低くしていた体を起こした。
「私のことを知っているの?」
「もちろんじゃて…詳しい話は、村の方で聞こうかの。なぜ此処に来たのか…理由を聞かせてもらわねばなぁ」
 無言で背を向け歩き出す老女の後を、仕方なく璃音もついていくことにした。
 道中、老女に指示され、人間体に戻る。
 榎真と篤旗、雫はどうしているだろうか――?
 一瞬、脳裏をよぎったが、今はこちらを選ぶことにする。
 もし彼らに危険が近づけば、いつでも駆けつけられるように、聴覚だけは『外』に向けながら。
 


 案内されたのは、天祖山の奥深くにひっそりと存在する小さな村の、いちばん大きな日本家屋だった。
 刀を守護する一族の隠れ里。
 そしてここは、長老の家らしい。
 通された先の広い和室で、再び4人は再会することとなった。
「よかった、無事だったのね」
 安堵の表情で、璃音が誰にともなく声をかけた。
「うん、ぜんぜん平気だったよ〜?」
「誰だっけ、崖から転げ落ちそうになってたの」
「…榎真くん、それは言わない約束でしょ?ぶー」
 先程と変わらぬショートコントを披露する榎真と雫に、篤旗は声をあげて笑う。
「はは、ほんまに無事だったみたいやね。びっくりしたけど、よかったわぁ」
「ところで…」
 窓枠に腰掛け、片膝を抱えた璃音が聞いた。
「ここまでどうやって来たの?自力でたどり着いたならすごいけど」
「僕は、よう判らん、いけすかない奴に案内されてな…」
 篤旗は、先程の態度のでかい男を思いだして、苛々と畳を叩いた。
「俺たちも、ここの人に案内されて。断る権利はないとか言って、強引に連れてこられたんだ」 
「そうそう、刺青のお兄さんね」
 榎真の言葉を補足するように、雫が口を出す。
 それに反応した篤旗が、上体を起こして続けた。
「そういえば僕のほうの男にも、刺青あったわ。風見はんは?」
 話を振られた璃音はかぶりを振ると、
「私はお婆さんに連れてこられて…」
「その娘を連れてきたのは、儂じゃよ」
 閉ざされていた障子が開き、腰の曲がった老女が姿を現す。
 その後ろから、黒い長髪の男が2人、続けて入室した。
 髪を結わえている方が、榎真たちを案内した男。そしてザンバラ頭の方が、篤旗を連れてきた男である。
「突然このような形で召集して、まことにすまなんだ。じゃが、無闇に聖域を荒らされるわけにはいかないのじゃ」
 老女を中心にし、男達がその左右を守るように、璃音らと相対して腰を下ろした。
 室内が、痛いほどの緊張に包まれる。
「聖域、ですか?」
「そうじゃ。おぬしら、我らの張った結界を突破して来たじゃろう?」
 老女の言葉に、3人はめいめいに首をひねった。
 そのような行為をした、記憶はない。 
「無意識かもしれぬがな。我らとしては、それを放置しておくわけにはいかなんだ」
 その対処というのが、一旦は4人がバラバラにされた『風』なのだろう。
 老女は暗にそう語っていた。
「あの…僕ら、御神刀っちゅうんですか…その刀に悪さをしに来たわけやないんです。ただ、どういう理由で祀られてるのか、守人の一族に話を聞けたらいいなと思って」
「ほう…儂らに、かの?」
 老女は興味深げに細めた目で、篤旗を見つめた。
「なるほど…そっちの娘は別の意図があるようじゃし、少年も…ふむ、そうか。そういうわけか」
 くっくっとのどを鳴らす老女。
 璃音と榎真はピクリと体をこわばらせた。
 ――見抜かれている。自分が本当は何者なのかを。
「長老。どうなさるおつもりですか」
 一つ結びの男が、老女――長老に尋ねる。
「そうさのう…生駒(いこま)。近う寄れ」
「はい」
 長老に手招きされ、ザンバラ髪の男・生駒が耳を寄せた。 
 なにやら耳打ちされるうちに、生駒の顔色が変わり、見開いた目で璃音と榎真を凝視する。
「なんやの、榎真くん」
「さ、さあ?」
 対象外の篤旗も、対象の榎真も、首をひねるしかない。
「このような童っぱが…信じられん…」
 うわごとのように呟く生駒だったが、ややあって我に返ると、長老に向かって深々と頭を下げた。
「生駒も納得したようじゃし…では、山の神と狼姫(ろうき)に敬意を表し…それから勉強熱心なそちらの青年と、お嬢ちゃんにもな。我ら一族のことを教えてしんぜよう。じゃが…」
 長老が外を指したので、全員がそちらに目を向ける。
 薄闇が、迫っていた。
「もう夜になる。ここから下山するのは難しいじゃろう…今日はこの村に泊まるといい」 
「わぁ、やったね!お泊まりお泊まり〜」
 はしゃぐ雫に、長老は暖かな笑みを向けた。  
「いいのですか、長老?」
「いいのじゃ、阿狛(あこま)。この子たちは、信ずるに価するじゃろうよ…後は頼む」
「…はい」
 長髪を結わえた男、阿狛が頭を垂れると、長老は生駒を伴って退室した。
 そしてしばらくの間、室内が静寂に包まれ――先にそれをやぶったのは、阿狛だった。
「私たちの本質を知っていただくには、儀式を見るのが一番かと存じます」
「儀式?」
 オウム返しに問う璃音に、阿狛はうなずく。
「はい。幸い今日は新月ですし…日が落ちたら迎えに参ります。それまでここでお待ち下さい」
 それだけ言うと音もなく立ち上がり、阿狛も退室した。



 ふたたび4人だけになると、各々足を崩して、楽な姿勢をとる。
「は〜…緊張した」
「そやな…なんか変な威圧感があったような気がするわ」
 気がつけば正座をしていた榎真と篤旗は、腹の底からのため息をつき、笑いあった。
「新月…儀式…なんなのかしら?」
 縁側に腰を下ろすと、璃音がひとりごちた。
 夜の帳が訪れようとしている。
 東京とは違い、街頭ひとつないこの村では、夜がくれば真っ暗になってしまうだろう。
 さらに新月ということは、月の光すらない。
 そのような闇の中での儀式とは何か――想像もつかなかった。
「刀に関わることだけは、確かだけどな」
「そうね」
 噂に聞く謎の刀。彼らが御神刀と呼ぶモノ。
 いったいどんな儀式なのか、興味深くもあり――恐ろしくもある。
「――あ」
「どないしてん、榎真くん」
 慌ててカバンを探る榎真に、一同の視線が注がれた。
「いや、家の人とかきっと心配してると思った、ん、だけど――」
 とりだした携帯電話の表示は『圏外』。
 予想はしていたが、榎真は肩を落とした。その背後に忍び寄り、耳打ちするのは雫である。
「はっは〜ん…わかったわよ、榎真くん♪家の人とかいいつつ、実はみかねちゃんでしょ?」
「ばっ…莫迦、違うって!」
 後輩・志神みかね(しがみ・―)の名を出され、榎真は慌てふためいた。
 本人はクールに否定しているつもりなのだが、その実、動揺しているのがバレバレである。
「うそだぁ〜」
「別に俺たち、そういうんじゃないし…特にあっちは、そうは思ってねぇよ」 
「ふーん?」
 含み笑いする雫から逃げるように、携帯をしまって榎真は縁側へ移動した。
 璃音が笑いをこらえるようにしているのに気づき、頬を紅潮させる。
「なんだよ、風見さんまで…」
「ううん、雫ちゃんといいコンビだと思って」  
 本当に、微笑ましいやりとりだと思う。
 前を見て走ることしかできない自分の、ささくれ立った気持ちを癒してくれるような、ひとときの安らぎ。
 それだけでも奥多摩にやってきた価値はあるのかもしれない。
「ねね、篤旗くんにはいないの?そーゆー人っ」
「ぼ、僕?」
 いきなり話を振られて、今度は篤旗が慌てる番だった。
 妹の友人である、美しい黒髪の持ち主が脳裏に浮かぶが…
「う、うん…僕も心配してくれるのは家族くらいちゃうかなー、ははは」
 こちらも発展途上な関係なのだった。

 そうこうしているうちに、完全に日が落ちて。
「時間です。ご案内いたします」
 白装束をまとった阿狛が、一行を再び山へと誘(いざな)った。
 


 村からそう遠くないところに、目的地である『祠』があった。
「ここが『邪(まが)の祠』…御神刀を祀ってある場所です」
 阿狛が手にした燈籠が、ぼうっと祠の入り口を照らしだす。
「生駒、準備はできているのか?」
「ああ、兄者。問題ない」
 阿狛が呼びかけると、祠の奥から低い声が帰ってきた。
 雫たちは、まるで言葉を発するのが禁忌であるかのように、誰ひとりとして口を開かない。
 ただ状況を見守るのみ、だ。
「では皆さん、中へどうぞ。ただ、儀式の間は声を出さぬようお願いいたします」  
 阿狛が一行を促し、列を作って祠へと入る。
 大人がひとり立って歩くのがやっと、という大きさの入り口を抜けると、広い場所に出た。
 声を出すなと言われたので、感嘆の声こそ出さないが――篤旗は興味深そうなまなざしで、辺りを見回している。
 雫の手を引く榎真も、ひとり腕組みしながら進む璃音も、一段高くなっている天井を見上げ、吐息をもらした。
 そこへ、祠のさらに奥から、呪文を唱える声が響いてきた。
 嗄(しわが)れてはいるが、はっきりとした発音の呪文。
 さきほどの老女――長老のものに相違ない。
 阿狛に導かれるままに進むと、祭壇のある場所に出た。
 どうやらそこが最奥部のようである。
 祭壇の上には、柄はもちろん、刃にさえも複雑な細工をしてある一振りの日本刀。
 その正面の位置に立ち、呪文を唱えているのは、やはり白装束の長老だった。
 その左には生駒、そして右に阿狛が移動する。
『邪気を呼ぶは人の心、しからば邪気を封ずもまた人の心なり』
 3人の守人が、左手を刀の上にかざす。
『我が血を以て、今ひとたび静まらんことを』
 長老が、右手に刀を持った。
 そしてそれを、自らの左の手のひらに押しあて――勢いよく引いた。
 白い肌ににじみ出す、一条の血線。そこから溢れ出す血液を、刀に垂らす。
 その動作を阿狛と生駒も行い、最後は再び3人で左手をかざし、祭壇に置いた刀に吸わせるように、血が止まるまでその状態が続いた。
「新月は、もっとも闇が濃くなる日じゃ」
 儀式が終わり、ゆっくりと、長老が全員の顔を見回す。
「儂らの役目は、東京という地の邪気を集め、浄化することでのぅ」
 東京のような人口の多い都市では、憎しみや恨みといった感情から派生する『邪気』が、他の場所に比べて多く発生する。
 そのため、自然の力に任せていては邪気を浄化しきれない。
 故に、この奥多摩をはじめとする都内の要所に、彼らの一族が邪気を封滅させるための場所があるのだという。
「この奥多摩では、刀に邪気を集め、新月毎に儂らの血を与えることによって浄化しておるのじゃよ」 
 邪々(まがまが)しきものを封じる一族。
 それゆえに『マガ』と呼ばれることもあると、長老は笑った。 
「だからこの刀は、何があっても渡すことが出来ぬ。じゃが、お前さん方に無礼を働いたことは、詫びねばならんな」
「気にせんといて下さい。僕らも…興味本位みたいで、すみませんでした」
 篤旗が頭を下げたのを見て、榎真も小さくお辞儀をする。
「いや、いいんじゃ。お前さん方なら道を間違えぬと判断したからこそ、こうして儀式にも招いたのじゃからな」 
 長老の言葉に、阿狛も微笑を浮かべた。
 生駒だけは、憮然とした表情を崩さなかったけれど。



 翌朝早くに、雫たちは村を発つことにした。
「お嬢ちゃん、儂らのことは他言無用じゃぞ?」
「ふふ…わかってるってば、お婆ちゃん♪」
 見送りに来た長老、阿狛と生駒に釘をさされ、雫はあいまいな笑みを浮かべる。
 きっとゴーストネットは、しばらくこの話で持ちきりになるのだろう。
 雫のことだから、悪いようにはならないとは思うけれど。
 次に長老は篤旗の瞳を見上げると、
「おぬしの力は、使い方次第ではとんでもないことになる潜在能力を秘めておる。力に頼らずとも大切な人を守れる、強い男におなり」
「なんで僕の力のこと…?」
 何も言った覚えがないのに的確に言い当てられ、篤旗は驚嘆した。
 戸惑う篤旗にしわくちゃの笑顔を返すと、続けて榎真の元にやってきた。
「…少年。自分の中にいるものに屈するな。いつまでも人であり続けることを望むのじゃ。良いな?」
 その言葉に、榎真は身をすくませる。
 思い当たることが、ないこともなかったからだ。
「わ、わかった…気をつけます」
「よし。それから狼の姫よ。お前さんはもう少し、足下にも気をつけるがよい。灯台もと暗し…よく使う言葉じゃろ?」
「それが、私の質問への回答?」
 言葉にしたことはないが、長老は璃音の問いを察していたようだ。
「そうとも。意外と身近に、探し物があるのかもしれんな」
「…ありがとう」
 素直に礼を言い、璃音は何かがふっきれたように明るく微笑んだ。
「邪を生むのが人ならば、邪を払うのも人じゃ。己に負けず、戦うのじゃぞ」
 長老の言葉に背を押され、まばゆい朝の光が照らす中、一行は村を出発した。

 ――自分に負けない。
 それは簡単そうでいて、いちばん難しいことなのかもしれないけれど。
 できることなら負けたくないと…
 決して負けない強い自分になりたいと、切に思う――。

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■       登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0074/風見璃音(かざみ・りおん)/女/150歳/フリーター】
【0231/直弘榎真(なおひろ・かざね)/男/18歳/日本古来からの天狗】
【0527/今野篤旗(いまの・あつき)/男/18歳/大学生】
  
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■              ライター通信                ■
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 大変お待たせいたしました。
 本作の担当ライター、多摩仙太です。
 今回は、以前にも書かせていただいたことのあるPCさんばかりだったので、普段より深く描写ができたのではないかなと思っております。
 少しでも気に入っていただける部分があれば、頑張った甲斐があるというものですが…いかがでしたでしょうか?
 以下、本作のポイントなどを整理してみたいと思います。

・プレイングで重要だったのは、刀を欲するか・欲さないかという部分でした。
・今回は3名とも『欲さない』でしたので、だいぶ話の展開が変わってしまいました。
・もし『欲する』PCさんがいたら、妖刀の邪気にあてられ、大変なことになっていたかもしれません。
・おそらく、みなさん『誰か一人くらいは欲しがるヤツがいるだろう』という予測のもとにプレイングをかけていただいたと思うのですが…
・そのため、プレイングでいくつか採用できなかった部分がありましたこと、お詫び申し上げます。
・『マガ』の村にはもっと大勢の村人が住んでいます。が、儀式を執り行うのは長老と阿狛・生駒の兄弟のみとなっています。
・ちなみに彼らも人間です。
・それから、皆さん刀を持ち出すのに反対(もしくは賛成ではない)というプレイングでしたので、最後のあたりの長老とのやりとりも、アッサリ完結してしまっています。

 もしなにかありましたら、テラコンなどよりお手紙をいただければと思います。
 今後も良い作品を作れるよう、参考にしていきたいと思いますので、厳しいご意見も大歓迎です。
 最後になりましたが、私の依頼に参加していただいて、本当にありがとうございました。
 また御縁がありましたら、その時はよろしくお願いいたします。
 それでは。