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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


死ぬほど美味いラーメン

オープニング
「死ぬほど美味いラーメンがあるらしいのよ。」
 その日、デスクの前に三下を呼んで、碇麗香がそう言った。
「えっ? ラーメンの取材ですか? ぼ、僕行きます! 僕ラーメン大好きです!」
 三下忠雄は花の独身。ラーメンとは切っても切れない素敵な関係。だが麗香も密かなラーメンマニアとして編集部の中では知られていた。
── きっと僕に取材はさせてくれないんだろうな。「編集長の特権よ!」とか言ってさ。
「いいわよ。」
だが三下の思いとは裏腹に、碇麗華はそう言った。意外なことに三下が唖然としていると、彼女はにっこりと微笑む。「ただし…ホントにあの世行きになるらしいけど。」
「そんなぁ、まさかぁ!」
 三下は、オバちゃんのように手を振りながら笑ったが、30秒経っても麗香の表情は変わらなかった。彼の顔色が徐々に蒼くなっていく。麗香は
「行ってらっしゃい、三下君。ラーメンのついでにあの世がどんなところだったか教えてね。」


 そのラーメン店はいかにもな小路の一角にあった。今日のよく晴れた空に似合いの薄汚れたビルの一階にテナントとして入っており、30分ほど前に漸く出された色褪せた暖簾の向こう側からは、鼻をくすぐるいい香りが流れ出して来ている。
「おーい! 三下さ〜ん!」
 待ち人をしながらぼんやりと空を見上げていた三下は声のするほうを振り返った。駆けて来るのはまだ年若い少女、今回の依頼をこなしてくれる人物のうちの一人、矢塚朱姫である。
 長く艶やかな黒髪、背中にディパックを背負い、彼女はスラリとした太腿を惜しげもなく晒した短いジーンズをはいていた。それでもそれがセクシィというより元気、と見えるのは彼女の表情や、仕種のせいなのだろう。
「間に合ったね! 他のみんなは?」
 照れたように手を振り替えした三下の元に着くが早いか、彼女は目を輝かせて辺りを見回した。
 そして視線の先に丁度やって来た人影を認め、嬉しげに大きく手を上げる。
「あ、桃子さんだ。…桃子さーん!」
 その先には茶色い髪をかき上げながら、ゆっくりと歩いてくる年齢不詳の女性がいた。
 彼女の名前は黄桜川桃子。聞くところによるとバーのママだとか。茶色い髪を結い上げて若々しい外見なのだがそう言われてみれば一見ラフに見えるその足元はグッチのヒール。腕にはロレックスの時計。さりげなく使い込まれたバックはエルメスケリー32。仕事帰りに寄るといっていたが、一応ママスーツは脱いできたらしい。
「あら〜! 朱姫ちゃんったら、元気〜?」
桃子は朱姫の姿を認めると、可愛らしく小さく手を振り返して微笑んだ。「しばらく見ないうちにまた綺麗になったわね〜。」
「ホント!?」
「本当よ〜。まぁほっぺた真っ赤にしちゃって可愛いんだからぁ。」
 思わず朱姫の頬を突付いてしまう桃子。と、そこに。
「おいおい、とって食う気じゃねぇだろうな。」
彼女たちの後ろから、呆れたようなからかう様な声がかかった。振り返るとそこには黒ずくめのスーツ姿の男が立っていた。ぱっと見まるでホストと間違えられても仕方がなさそうな長身・細身の青年。だがそのくゆらせた煙草、緩められたネクタイ、そして何よりその身に纏ったどこか得体の知れない雰囲気が彼が常人で無い事を伝えている。
 だがそんな気配も気にせずに、桃子が微妙な顔つきで答えた。
「あら。来るとは聞いてたけど…久しぶりだわねぇ。」
 もし真名神が彼女の御眼鏡にかなう男性だったら、こんな反応は露ほどもして見せないだろうに。ちなみに彼女の判断基準はルックスと年収である。
「『神仙の湯』に行った時以来だな。そっちのお嬢ちゃんも。」
「ひっさしぶり! 元気だった!?」
 この三人、実は以前仲良く同じ温泉に浸かった間柄である。無論、依頼を受けてのことだが。
「なんだか嬉しいな。また一緒に遊びにいけるなんて。」
 朱姫がどこかはしゃいでいたのは、つまりはこういう訳だった。
「遊びじゃありませんよ。お仕事ですよ、お仕事!」
 三下が慌てた様に三人の間に割り込んでくる。
「なんだ、居たのか。」
「見えてなかったわ〜。」
「そ、そんな…。」
存在感の薄い三下は泣きそうな顔をしたが、しかし伊達に碇編集長の元で働いている訳ではない。自力で気を取り直した。「と、兎も角行きましょう。ご主人にはお話してありますから。」
 朱姫と桃子は顔を見合わせて嬉しそうにし、真名神は携帯灰皿に、煙草を押し付けて消す。
 そして三人と案内役の三下は、薄汚れた暖簾を潜って店内に入っていった。
「ぃらっしゃい。」
 店内にはまだ一人の客も居なかった。桃子の店が終わるのを待ってからの待ち合わせだ。朝早すぎたのかもしれないし、これが昼前の喧騒の一呼吸なのかもしれない。店の主人は明らかにラーメン屋の主人だと分るような格好をしていた。清潔な白衣と短い帽子。そこには「来々軒」と刺繍してある。在りそうでなかなか見かけぬ名である。油で光る天井や椅子が何度も引きずられたせいで随分と傷ついた床には、開店当初からの歴史が刻み込まれているかのようだ。
「今日はよろしくお願いします。」
 三下が懐から名刺と封筒と差し出している間に席に着いた黄桜川桃子は、意外と趣味のいい調味料入れなどに目をやり、ついでに店主の立ち居振る舞いと、その面差しを主に良く観察して、コクリと頷いた。
── あ、はん。あと10年若かったら素敵だったかも知れないわねぇ。まあ今もちょっと渋くて格好いいけどぉ。
 実は調査依頼の電話が掛かってきた時、彼女はいつものように三下に向かい
『ハンサムで物持ちのいい男の人って来るかしらぁ?』
と、尋ねていたのである。しかしメンバーを聞いたところ朱姫は兎も角男性陣には、ハンサムとは言え既に万年貧乏人と判明している真名神のみが来ると知って、ちょっぴりがっかりの彼女だったのだ。
『三下さんでもいいんだけどぉ。』
 うふんvと耳元で囁かれた三下が、思わず一度通話を切ってしまったのは言うまでも無い。
「あ、皆さんは何を食べるか決めておいてください。」
 彼女の心の呟きなど露知らず、自己紹介を終えた三下が、慌てたように言った。彼女は気怠い仕種でメニューをとり、感心したように頷いた。塩・醤油・とんこつとキチンと三種揃っている。ベースの作り方は全く違うはずだから、かなりの手間を掛けているに違いない。
「とんこつ、お願いいします☆」
 店主に向かって彼女はあでやかに微笑みつつ注文した。
 そして店の壁にふと目をやり、10数年前に活躍した野球選手のサインが埃一つ被らずに飾ってあるのを見て。
── こういうのは物持ちがいい…っていうのとは違うしねぇ?
 店主の無骨さのようなものに、ちょっぴり微笑んだ。

 そして彼等の注文が全て終わると、三下が醤油ラーメンを注文して懐からカメラを取り出した。
「えっと…じゃあとりあえず、取材写真を撮りますからこっちを向いてくださいね。」
「あらっ、聞いて無いわよ。やだもう、殆どスッピンなのに!」
「オイオイ。それだけ塗っといて何言ってんだ。」
 真名神の軽い突っ込みは桃子の耳には届いていなかったらしく、慌てて化粧ポーチを取り出して顔にポフポフと塗り始める。
「あ、あのぅ…。」
…10秒経過…30秒経過…3分経過…。
「もういい、三下。撮っちまえ。」
 痺れを切らせた真名神が言い捨てる。
「わーい!ピース〜!」
 人はなぜ、カメラを向けられるとかなりの確立でこの格好をしてしまうのか。カウンターに並んだ一番手前には元気良く笑ってピースサインをした朱姫、その後ろに新聞を脇に寄せた真名神、そのまた後ろにまだパフを構えている桃子の姿。
 カシャリ。
「撮っちゃった?撮っちゃったの?酷いわ、酷いわ!」
 三下と真名神に文句を言おうとした桃子だったが。
「へい、お待ち!」
 イキのいい掛け声と共にカウンターに出されたラーメンに気を取られてそんなことはすっかり忘れてしまう。
「へぇ、早いじゃないか。」
「いい匂いねぇ。あ、ちょっと三下さん割り箸取ってくださる?」
「うわ〜! 見て見て、チャーシューこんなに分厚いよ!?」
 そしていよいよ『死ぬほど美味いラーメン』を食す時がやって来た。一応箸をつける前の写真を撮り終えた三下の脳裏に、碇編集長の迫力有る微笑みが蘇る。
「み…皆さん…。」
彼は箸を割りながら震える声で言った。「僕達…あの世行きになっちゃうかも知れませんが…も、もしも戻って来られなくても僕を恨まないで下さいね。」
「死ぬ、ってのは幾ら何でも大袈裟に思えるが…。」
 三下の怯えように苦笑しながら湯気の向こうで真名神が言った。
「大丈夫! 美味いラーメンなら、味わってあの世行きというのもいっそ潔いかもしれないじゃないか?」
 暢気なのか本気なのか、屈託ない様子で朱姫が三下の背中を叩く。
「けふんっ…、そ、そうでしょうか?」
「迷ってると伸びちゃうわよ。早く食べましょ。」
 死ぬか生きるかの瀬戸際だと言うのに、この人たちはなんて強いんだろう…。
 三下はなぜか酷く感動して目の前を曇らせた。だがそれは湯気だったのかもしれないし、よしんば涙だったとしても、ただ碇編集長と同じ種類の人間ばかりに出会ってしまう自分への諦めの涙だったのかも知れない。
 そして、一口ラーメンに口をつけた人々はその味と、鼻を擽る芳醇な香りに思わず舌を巻いた。
「う…美味い。」
「美味しいわ…。」
 思わず絶句の真名神と桃子。
「何これ! こんなに美味しいラーメン初めてだよ!!」
 金の瞳を輝かせて、朱姫が叫ぶ。
「やっぱりインスタント食品とは違いますよねぇ。」
 しみじみ、とした風に三下が言った。彼だけちょっと別次元で感動しているようだ。
 ジュルルッ…
 ズゾゾゾゾ…
 三下の眼鏡は湯気に曇り、この為に髪をUPしてきた桃子も、してこなかった朱姫も、食べ慣れた仕種の真名神も、無言のまま麺を啜り続けた。無駄口を叩く余裕が無いほどにこのラーメン、美味かったのである。
 だが、その沈黙を破る事件が!
「あいよ。ギョーザとチャーハン一丁。」
 真名神の前に置かれた一枚の餃子とチャーハン。無言で頷く真名神。
「あっ、真名神さんいつの間に。」
 漸く気付いた三下が驚愕の声を上げる。と同時にカウンターは嵐に巻き込まれた。
「ズルイよ。私も食べたいよ〜。」
「三下さん、これも勿論経費で落ちるのよね☆ マスター、私もギョーザ一枚。」
「ちょ、ちょっと止めてくださいよぅ、アトラスはそんなに甘くないですって。真名神さんはもう頼んじゃったから仕方ないですけど。」
「え〜駄目なの?」
 がっかりした様子の朱姫と桃子の目が、じっと真名神の更に降り注ぐ。居心地の悪くなった真名神が彼女たちに餃子とチャーハンを分け与えることになるのは、時間の問題だった。
「ホラホラ、がっかりした顔しないで。私のとんこつラーメン少し分けてわけてあげるから☆」
「…とんこつは苦手だ。」
 分け前の減った育ち盛りの成人男子はそう言ったが。
「じゃあ私のチャーシューも少し分けて上げるよ。その代わり慶悟の塩ラーメン少し頂戴。」
 実はチャーシュー麺を頼んだときから既にそのつもりだった朱姫は、いかにもな調子で言う。
「ちょっと待て、それは解決になってなくないか?」
 朱姫の訳の分からぬ交換条件に気を取られている間に、真名神は憤慨した様子の桃子に鼻をつままれる。
「何ですって?こんなに美味しいもののどこが苦手なの?」
 そのままとんこつ味の麺が口中に。
「な、何する…」
 と、その間に朱姫の手があっさり塩ラーメンの器を奪い去り、変わりにチャーシュー麺を押し付けてくる。
「じゃ、いっただきま〜す!」
「げふ…っ…おい、こら!」
「あら、私にも後で回して頂戴ね。塩もチャーシューもどんなものか知りたいわ〜。」
 二個目の餃子を頬張りながら桃子が言った。
 地味に醤油ラーメンを啜る三下だけが蚊帳の外。

そして…

「あぁん、美味しかったぁ☆」
 美味しいラーメンというものは、汁の最後の一滴まで啜りたくなるものである。
 こってりだけれどあっさりスープを全て飲み干し、満足しきった表情で器をカウンターに下ろした桃子は、次の瞬間目の前に広がった風景に一瞬絶句し、そして目を丸くした。
「あらぁ…お花畑。」
 彼女の暢気な呟きの通り、ラーメン屋のカウンターは花畑のど真ん中にあった。一緒に居たはずの3人の姿は既に無く、薫るは濃厚とんこつスープではなく咲き乱れる花のかぐわしさ。
「いやん☆ あの世に来ちゃったわぁ。」
 彼女は器を置いて席から立ち上がる。とその姿がまるでフランス人形のようなドレス姿に変わった。結い上げていた髪にはきらびやかなティアラが乗り、腕に付けていたロレックスはエメラルドのブレスレットに、ヒールはガラスの靴に。
「きゃ☆ これでこそあの世よね。後は白亜のお城と、美形のお兄さんとぉ…。」
 うふふ、と微笑んで彼女は足元に咲いた花を摘んで鼻先に寄せた。彼女が思うあの世とは一体何者なのか。一般人が考えるあの世とは程遠くかけ離れているというのは間違いない。だがやんぬるかな彼女の想像に任せて世界はまだまだ大暴走していく。
「お迎えに上がりました。」
 声を掛けられ振り返った先には4人の美男子が担いだ輿が。そして彼女に話しかけた浅黒い肌のこれまた美形の男子は彼女へそっと手を差し出す。
「ま。まぁあぁあvv」
 頬をピンクに染めて彼女はその手を取り、そして輿に乗ってまさしく白亜の宮殿へ導かれて行ったのであった。
── なぁんて乙女ちっくなのかしら…これぞまさしく私のあの世ね☆ あらもしかしてここって私の意のまま望むままなのかしら??
 それに気付いた彼女がした事は。
 両脇にたくさんのハンサムな男性を侍らせ、大理石の椅子に腰掛けて羽でできた扇でゆったりと風を送られながら最高級の赤いワインを飲む、という事であった。
 だがそんな生活をしながら一体どれくらいの時間が流れただろうか。あまりにも贅沢な暮らしというものはいつかは飽きてしまうもので、やがて桃子は大きくあくびをして考えた。
── こういうのもいいけど、みんなが私の言いなりっていうのもつまらないわねぇ。やっぱりこう、嫌がるところを無理やりとか、そういうのがいいわぁ。
 居心地の良いだけでは満足しないというのが、彼女の凄いところである。というわけで、彼女はぱちりと指を鳴らして輿の用意をさせ改めて旅立った。花畑を突っ切り小高い丘を越え、また更に歩き。そしてとうとうきらきらと光る大きな河に突き当たる。
「あらぁ。どうしようかしら。これを渡ったら不味そうよねぇ。」
 しかも川辺はそこから花が途切れて石だらけの河原になっている。困ったわねぇとよくよく目を凝らすとそこには彼女の良く知った顔が。
「…黄桜川桃子…一体そこで何をしてるんだ…。」
「あらいやだ。」
それは真名神慶悟だった。いつものように煙草を燻らせ、呆気に取られた様子で輿に担がれた桃子を見上げていた。「こんなじめじめしたところで何をしてるの?」
 そして従者に扇で合図して、暴れる真名神を輿に引き上げる。
「ねぇ、そろそろ現世に帰ろうと思うんだけど。あなたその方法知ってる?」
「知るか!」
 不機嫌面の真名神を無視して桃子はおっとりと首をかしげる。
「朱姫ちゃんも迎えにいかなきゃね。一体何処に居るのかしら。」
 そして桃子の指がぱちんと弾かれるや否や、輿はまた動き出し、河の上流へ上流へと歩きだすのであった。
 上流へ向かうに連れて、どうやら桃子の考えるあの世は真名神のあの世を侵食していくようであった。賽の河原の鬼達は逃げ出して、這いつくばっていた子供達はぽかんと口を開けてこちらを見ていたかと思うとふいと姿を消してしまい、石の河原は花畑に変わっていく。
「地蔵菩薩もかくやか、信じられん…。」
「何か言った? …あら、あそこに居るの、朱姫ちゃんじゃあないかしら?」
 そこでまた石だらけの河原は途切れて桃子が指差す先には、河の向こうに向かって大きく手を振っている。どうやら親族があちら側に居るようだ。と、彼等が近づいていく気配に気付いたのだろうか、朱姫がくるりと振り返った。
「…あれぇ? 2人とも何してるんだ?」
朱姫は暢気な声で言った。「なにそれ、かっこいい!」
「んふふ〜凄いでしょう。」
「格好いいか? これが?」
 得意げな桃子と憤慨したような真名神。そして2人を乗せてけろりとしている従者達。
「ところで河向こうの人たちが呼んでるみたいだぞ。」
 言われて朱姫は振り返った。すると先程までこちらに来るなと言っていた両親と兄が、必死でおいでおいでしている。怪しい知り合いだと思われたのか、ならばあの世に行ったほうが安全だろうと思われたのか…。
「大丈夫だよ〜! この人たちは良い人だから〜!」
「こら、どういう意味だ。」
 叫ぶ朱姫の後姿に、輿の上でふんぞり返って真名神が言う。
「朱姫ちゃんも乗ってみる? 居心地いいわよぉ。」
 都合の悪いことは時として聴こえない耳を持った桃子が朱姫を誘う。
「え? でも私まで乗って大丈夫かな、重くないかな。」
 心配そうに言っては居るが、興味津々な様子は隠しきれない。
「大丈夫だ。これはどうやら黄桜川の精神体みたいなものらしいからな。象が踏んでも壊れまい。」
「あらあら、そんなことを言うお口はこのお口かしらぁ?」
 頬を抓ろうとする細い指先をかわして真名神は朱姫に手を差し伸べ、軽々と引き上げる。
「兎も角戻らないとな。…普通こういう場合は河に背を向ければ現世に戻れるもんなんだが。」
「それなら何度もやってるよ。」
 桃子と真名神の間にちょこんと腰を下ろして朱姫が答えたが。
「あらぁ。そう言われてみれば、私まだやってないかも。」
 暢気な声で桃子が言った。河に向かって歩いてきたし、それに川伝いにここまでやって来たからだ。
「…そういえば、俺も。」
 人に言っておきながら、自分で実行するのは忘れていた。
「ならやってみましょうか。はい、180度回転して頂戴〜。」
「皆、バイバイ! また後で来るから元気でね!」
 死人に元気もないものだが手を振る朱姫と皆を載せ、輿はゆっくり回り始める。河の向こうの朱姫の親族が、はらはらした表情でその様子を見守る。そして世界は徐々に揺らぎ始め、薄れ、白く霞んでいつしか何も見えなくなった。

 次に彼等の視界がはっきりとした時。そこは元のラーメン屋のカウンターであった。
 強面の店主が目の前に居て、3人は驚き目をしぱたかせた。
「あら…今まで見ていたのって夢だった?」
 桃子が酷く残念そうに身体を起こしながら言った。豪奢なドレスも美形の男性も素敵な花畑も皆幻に過ぎなかったのだろうか。
「夢といえば夢だろうが…」
真名神は突っ伏していたせいで乱れた髪をかき上げながら言った「なかなか面白かった。…誰に話そうが信じてもらえそうに無いがな。」
「そうねぇ。ちょっと得した気分だわ。」
「それにラーメンは美味しかったし『死ぬほど美味い』って本当だったね!」
 腕に頭を乗せて眠っていたせいだろうか、頬に赤く跡を残した状態で朱姫が明るく言うと、店主が黙ってカウンターの端を指差した。3人は釣られてそちらを見る。するとそこには未だ意識を取り戻さぬ三下の姿があった。
「う…うーん…碇編集長…助けてぇぇえぇ。」
 涙で頬を濡らしながら、彼は空を掴もうとしている。
「あんたたち、人のラーメンを取って食ってただろう。」
と店主が言った。「あの世が混じってなかったか?」
 その言葉に真名神がぽんと手を打つ。
「ラーメン一杯ごとに、人によって見るあの世が違うと。そういうことか。」
 一人で見ていたあの世ではないから、一人が河に背を向けただけでは戻ってこられなかったのだ。そして三下の醤油麺は誰にも求められておらず…。
「そういえば三下さんは何処にも居なかったわねぇ。…忘れてたけど。」
「あれがチャーシュー麺のあの世なのか。どの辺りがチャーシュー部分だったんだろ。やっぱり父さんと母さんと兄さんかな…でもなぁ…」
 それは違う、ちょっと違う。だが兎も角事の真相は確かめられた。あの世も見てきた。取材はバッチリだ。3人はあっさり席を立つ。
「あ〜お腹一杯。満足満足! 今度皆と一緒に来ようっと。」
 恐ろしいことを言って朱姫はぺろりと可愛らしく唇を舐め。
「ご馳走サマ☆ マスターvv ガンバってネ三下さん。」
 桃子はマスターに向かって投げキスをして。
「オヤジ、勘定はこの人が払うから。」
 真名神は三下の背中をぽんと叩いて言った。
「あいよ。」
 店主が頷き。
 三人は褪せた暖簾を潜って出て行った。

そして…。
「碇さーん…うーん、うーん…。」
 今もまだ魘されている三下は一体どんなあの世を見ているのか。そしていつになったら帰ってこられるのか。
 それは、三下の勘と知識と努力次第。

<終わり>
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0389/真名神慶悟(マナガミ・ケイゴ)/男/20/陰陽師】
【0550/矢塚朱姫(ヤツカ・アケヒ)/女/17/高校生】
【0814/黄桜川桃子(キザクラカワ・モモコ)/女/27/バー経営】
※申し込み順に並べさせていただきました。
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■         ライター通信          ■
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真名神さん、矢塚さん、そして黄桜川さん、こんにちは、ライターの蒼太です。いつも有難う御座います。
さて、死ぬほど美味いラーメン、いかがでしたでしょうか? 三下君同行という事でこんなコメディになることを予測されていたかと思われます皆さんのプレイング、とても面白かったです。
ちなみに今回の皆さんのプレイングにはPCさんの性格が良く分かるようないいセリフが多く、特にコメディには欠かせないツッコミ系・天然ボケ系の台詞には大笑いさせていただきました。実のところ台詞入りのプレイングというのは、PLさんが思うPCさんの喋り口調が良く分るので、とても参考になります。
そして今回は初対面の方がいらっしゃらなかったので、こうして少し親密度を増して描かせていただくことができて、とても楽しかったです。普段はなかなか言えませんが、本当に、幾度も依頼に参加してくださって有難う御座いました。
この依頼をきっかけにPCさん、PLさん同士の新密度も上がることがあればいいな、と思っています。では、また次回ご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
蒼太より。