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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


白物語「幕」
------<オープニング>--------------------------------------
「あぁ…解った。後で連絡する」
チン、と短い鈴の音を立てて受話器を受け止めた黒電話を睨みつけていた草間は、長い沈黙の後で漸く煙草に手を伸ばした。
「悪い知らせですか?」
渋面の草間に恐る恐る声をかける…草間は「あぁ」と、紫煙越しに天井の角を見つめながら答えた。
「高校の演劇部から…本番の練習中に主役の部員が消えたので探して欲しいという依頼があったんだがな。調査に行った二人もやられたらしい」
室内がざわめく。
「悪いが、誰かもう一度出てやってくれるか。そいつらの回収も含めて…くれぐれも、気をつけてくれ」
緊張に引き締まる空気に、草間はふと思いついた表情でもう一つ条件を提示した。
「行方不明になったのはロミオとジュリエットが一組ずつか…迎えに行く奴は浦島太郎でもピノキオでも月光仮面でもいい。好きな役柄に扮して行けよ」
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 私立東青学園高等演劇部の男子部室で、水野想司は装備の点検に余念がなかった。
 刀身の細い銀のダガー、小型の拳銃、そして弾丸、幾種類もの薬剤が入った小瓶やプラスチック爆弾etc…ズラリと並べたそれ等を貸し与えられた衣装に仕込もうと鼻歌混じりだ。
「ロミオとジュリエットか〜♪楽しみだな〜♪」
不朽の名作であるその存在を想司が知っている…という事実を関係者は衝撃で以て受け止めるだろう。
 彼が『萌え』とするジャンルとは激しくかけ離れた、ある意味王道の恋物語である為だ…が。
 王道故に…パロディ、と称されるジャンルにもロミオとジュリエットを題材とした作品は多く存在する。時代考証や設定を変え、シリアスにコメディに…誰もが本筋を知るからこそ許される模倣である。
 そして、意外と器用に針を扱う想司の脇に置かれた一冊の本…薄く、小冊子とも言えるそれは商業ルートには乗っていない…所謂同人誌、というヤツである。
 読みかけなのか、広げて伏せられたその表紙にある題は、『東方武闘伝☆ロミオ』。
 何処ら辺りが東方なのかは謎だが、時折暴走族の落書きよろしく混じる当て漢字がその意図に通ずる。
 大筋としては辺路那の有力貴族、紋多牛の息子ロミオが宿敵である伽日烈斗の娘、ジュリエットと死闘を繰り広げ、街に平和を取り戻す波瀾万丈のストーリーである…。
「僕にこそ相応しい役だよね☆」
名を捨てて門下に下れと強要するジュリエットから辛くも逃れるが、追っ手のティボルトに親友マキューシオを殺され、その仇を討ち、一旦身を隠した後に参謀であるパリスを倒して墓所までジュリエットを追い詰めるロミオ…彼の闘志をくすぐる美味しい役柄である。
 が、早く彼の勘違いに、誰か気付いてくれる事を祈るばかりである……。


 毎年、創立祭の演目はシェイクスピア劇の何れかが演じられる倣いとなっている。
「前回、ロミジュリが演じられたのは5年前…わりと最近じゃん」
神薙春日は舞台袖で、与えられた台本にざっと目を通しながら状況を確認する。
「主役の二人が消えたのは、ベランダでのシーンですって…同じ状況だと私達の出番にかからないから、仮装舞踏会のシーンから始めるそうよ」
シュラインが、バスケットを片手に音響室から出てきた。
「そんなまだるっこしい事しなくても、このロミオにかかればキャピレットもモンタギューも一晩で壊滅さ☆」
ラヴロマンスの王道、古典演劇の何たるかを全く心得ていない水野想司が朗らかに白い歯を光らせるのに、シュラインと春日は互いに目配せで目を離さないでおこう、とその意を確認しあった。
 そのもう一方の舞台袖では、千里と美由姫が互いの衣装チェックに余念がない。
「美由姫ちゃん、リボン曲がってない?」
「平気…千里ちゃんは台詞、大丈夫なの?」
二時間がかりに大芝居である。
 平素ならば学生演劇という事もあって端折られる場面も多いが、創立記念の目玉という事もあり、フルで上演される…主役であるジュリエットの台詞は乳母のそれとは比べものにならない。
「うん、これでもうバッチリ♪」
と、千里はチャララチャッチャー♪の効果音と共に銀色のサンバイザーに似た機械を取り出した。
『すいませーん、テープ間違えましたー!』
マイク越しに謝る音響担当の生徒が、何故に猫型ロボットのアイテム紹介のテープを入れたのかは謎だが。
「これをつけて本を読むとねー。内容全部覚えれるのー♪」
「スゴく便利だねー♪」
和気藹々とした少女達の危機感の薄さに、裏方を担当する演劇部の生徒達は不審気ながらも黙々と作業を続ける。
 彼女たちとて、確信なくして呑気なのではない…興信所から調査に向かった先の二人、彼等が姿を消した半日後に本来の主役である演劇部員が舞台で発見されている為だ。
 押し出す形で主役がすげ替えられたという事は、抜け出せる可能性も充分に有り得る。
 事前の打ち合わせで、終劇、もしくは大筋の変化を与えれる事で怪異を為す何かが綻びはしないかという期待もあっての大所帯である。
「シュラインさーん、水野くん、春日くーん♪」
男性(役)陣が袖から舞台に上がるのに、彼女等は軽く手を振って激励に換え、千里は仮面を顔に乗せ、美由姫は乳母の衣装の裾を整えた。
『音楽入れます。第一幕第四場、街上から…』
幕間ならば口上がシーンの始まりを告げるが、場のそれにはない。
 雑踏のざわめきがスピーカーから流れ出し、ゆっくりと。
 幕が、上がった。


 突如、彼等は自分たちの置かれた状況…空間の広がり、空気に含まれる夜気、そして人のざわめきが与える齟齬に眩暈を覚えた。
「これ……って?」
シュラインが顔の上半分を覆うマスクを上げ、空を見上げる…春日が手にした松明、炎を模した硝子製であった筈のそれはパチパチと火の粉を爆ぜ、踊る光を吸い込む天には満点の星……そして月。
「うわ…なんかシュールなカンジ…」
春日が幾分げんなりとした感想を述べた…というのも。
 彼等は建物の影に隠れる位置に居るのだが。
 石造りの邸宅、正面玄関の壮麗な細工を施された門扉が開かれる中に次々と吸い込まれていく着飾った紳士淑女…その全てが見事なまでの日本人顔…の癖に装いは西洋史に於ける貴族の装束に忠実なきらびやかしさで、いっそ滑稽である。
「なるほど☆ここが悪の組織のアジトなんだね…相手にとって不足はないよ、じゃあ僕は先に行くね!」
「待て!」
春日は松明に伸ばされた想司の手を避けて高く翳し、自然、上からの光源で暗く写る表情のまま低く問いかけた。
「何しに行くんだ?」
「イヤだなぁ、今更♪ロミオとジュリエットは愛の物語…その主役に恥じぬ行いをしに行くのさッ♪」
スチャッと額の上に置いていたマスクを目元まで下げ、軽くガッツポーズを取った。
「果たし愛こそ、真のラブっ☆さあ、拳を交えようっ♪」
「ちょっと待てッ!」
「ちょっと待って!」
制止の為に咄嗟に伸ばされた春日とシュラインの手は、虚しく空を掴んだ。
 が、吸血鬼ハンターの反射速度は、常人が容易に追いつける代物ではない。
「マズいわね…」
重々しい表情のシュラインの呟きに、春日も想司の肩を掴み損なった姿勢のまま応じる。
「なんか…すげぇモン野放しにしちまった気ィするよな…」
両者は無言で顔を合わせ…、
「追うぜッ!」
「追うわよ!」
と奇妙に良いコンビネーションで、仮装舞踏会の招待客の中に紛れ込んだ。
 さて、こちらも難なく潜り込んだ想司は周囲をキョロキョロと見回した。
 ホールの中に溢れんばかりの人、人、人…上背がない為、思ったように視界が確保出来ない

「うーん、ここの人達全員倒そうかな」
どんな下っ端でも一族全員を彼一人に倒されたとあっては総大将であるジュリエットも重い腰を上げざるを得まい…物騒な呟きを洩らした彼だが、すぐに考えを変える。
 やはり好敵手となるべき相手は、最初互いの事を知らずに顔を合わせるのが後の再会をより劇的に彩るものだ。
 とりあえずの目標がジュリエットに絞られた事で、舞踏会に招かれた設定になっている人々に降りかかる災難かが後回しになった事は僥倖、であるのだと思いたい。
 想司の目の前を一人の侍従が空の皿を持って行き過ぎた。
「あ、ねぇ君☆」
「お呼びですかい、旦那さま」
「呼んだとも!君はロミオの名を知ってるかい?」
キャピレットとモンタギューの軋轢を知らぬ人間はヴェロナに居るまいが、その因縁の間柄であるキャピレットの当主ですら、ロミオの人柄を誉めるほどに市中での人気も高い。
 故に侍従はヴェロナ市民の誇りで以て「もちろんでさぁ」と答えた。
「なら話は早いね☆」
想司は懐を探ると、銀の弾丸を取り出した…対吸血鬼用に洗礼され、特殊な加工で強化された純銀の弾丸である。
「コレをあげるから、人に聞かれたら『ロミオか?知ってるぜ!あんな活かしたファイトをする奴は久しぶりだ!奴なら必ず街に平和を取り戻してくれる!』って答えるんだよ☆」
 中世では貨幣だけでなく、貴金属そのものにも充分流通価値がある。
 有り難く押しいただいた侍従は「へぇ、必ず!」と目を輝かせ、教えられた言葉をぶつぶつと口中に繰り返しながら去っていく…これでジュリエットの耳にロミオの噂が届くのもじきだろう…彼も彼なりに、運命の出会いに対する拘りがあるらしい。 
 もう二、三人侍従を丸め込んで(?)でおくかと、楽の音流れるホールの中央に向かって足を進める先、後にティボルトの凶刃に倒れる予定の親友の姿があった。
 彼はこちらに気付く様子なく、一人の少女に近付いて行く…その先に佇む少女、それがターゲットである事を、彼は半ば思いこみで確信するが、この場でジュリエットの手にかかっては、親友の死を乗り越える前半部分での彼の見せ場が…基、マキューシオの身が危ない。
 想司は巧みに人気のない方へ連れ出される親友を案じ、二人の行く手を阻む形で回り込んだ。
「やぁ、君がジュリエットだねッ☆僕が聖なる御堂が汚れる前にこの拳一つで倒壊せしめてみせるよッ☆さぁお手合わせ願おうか!」
高々と…巡礼姿の小柄な影がさり気なく移動を促す春日の前に立ちはだかった。
 こんな時、予見の力が己が身に及ばないのが口惜しい…などとは思わない春日、向かってくる相手に容赦はない。
「かかって来るなら根性決めやがれ!」
すっかりガラが悪くなっている…放蕩者のマキューシオにある意味相応しい。
 金と黒の瞳が物騒な色に力を得、常人ならばその眼差しに捉えられただけで退いてしまう眼力を、想司が闘気で受け止める、一触即発の危機…。
「二人共、あたしの為に争わないでーッ」
スッパーン!と。
 千里がその特殊能力で以て瞬時に作り出した「お徳用ハリセンセット 5個入」で、手近な春日の後頭部を張り飛ばした。
「千里ちゃん、お母様が御用だそうで…って、キャッ?」
戻った美由姫が後頭部を抱えて蹲る春日に気付いて短く声を上げる。
「素晴らしいよ、ジュリエット!君こそ同じ修羅を秘めた漢女…君がキャピレットを率いるというのならば僕も相応の立場を得てまた見えよう☆」
言いたいだけ言って楽しげに笑いながら駆け去って行く想司を、「ちょっと待てテメー!」と痛む頭をさすりながら追う春日。
「………千里ちゃん何があったの?」
「んー……女としての醍醐味、味わっちゃった」
びらりとハリセンを広げてみせる千里に、何となくそれ以上の言及を避けたい気分な美由姫であった。


 慌ただしい間に舞踏会はお開きとなった頃、想司が何処に居たかというと、人づてに聞いて回って辿り着いた自分ちと言うことになっているモンタギュー家であった。
 キャピレットのそれと勝るとも劣らぬ門構えは、両家の権力が拮抗している事を暗に含んでいるようであった。
 その扉の前で想司は声を張り上げた。
「頼もーッ☆」
窓に明かりが次々と点り、外の様子を確かめた使用人が「若様のお帰りだ」と慌てる声がする。
「おぉどうしたロミオ。しばらく元気がないから心配していたのだが…すっかりいいようじゃないか」
息子を案じて、夜着のまま庭に出てきたモンタギュー当主の後ろからどやどやと邸内の人々が続く。
 彼等もヴェロナ中の富に代わるとまで褒めそやされる自慢の若様が心配でならなかったのだ。
「話があるんだパパ☆」
おもちゃを強請る子供の口調で、想司は呆気なく告げた。
「今日を限りに、僕に家督を譲って♪」
「どうしたというのだロミオ…?」
身持ち正しくよく出来た青年という誉れも高い我が子が、突然耳を疑う要求を始めれば、人の親ならばまず動揺する。
 が、彼の自慢の息子は問答無用で当主の鳩尾にきつい一撃を食らわせると、くずおれる当主に何が起こったのか、咄嗟に認識出来ないでいる人々の前で、想司はにっこり笑って片手を掲げ…迷いなく、遠隔操作のスイッチを押した次の瞬間…モンタギュー邸は主要な柱を砕かれ、倒壊した。
「これでモンタギュー家最強の…当主の座は僕のモノさ♪」
炎の照り返しを受ける想司の朗らかな笑みは、悪意の欠片は一切なく何処までも無邪気だった…。


 翌日。
 一方的に家督を奪い取った想司は、意気揚々と決闘に相応しい場所を求めて市内を彷徨いていた…その間に、警吏にモンタギュー家爆破事件の重要参考人として同行を求められるも返り討ちにする事数知れず、今や市中はロミオの姿を見るや否や問答無用で捕縛せよという太守の命にいつにない緊張感に包まれていた。
「もう、決闘は二人きり、他は手出し無用がお約束なのに、静かな場所がちっともないじゃないか」
流石に警吏の相手も飽きてきて、想司は人の居ない方へと足を向ける…その先、丘の上にぽつんと聳える聖堂が目に入る。
「あ、あそこがいいな☆平日の昼間だから邪魔は入らないし、広いし♪」
足取りも軽く、彼は鍵のかからない堂の扉を開いた…その直線の先、神の像に祈りを捧げていた神父が想司に顔を向けた。
「お早うございます、神父さま♪」
「汝の上に祝福あれ…誰だねこんな朝早くに…若者が寝床を離れるとは何か悩んでいる証拠だな?」
老いた僧…といいつつも彼も十代にしか見えないのだが…は、目を瞬かせた。
「ベッドを離れるも何も、昨日灰にしちゃったけどね☆」
「さてはロミオ、昨日は床につかずじまいだったろう…さてはロザラインと一緒だったな?」
含み笑う神父に、想司はきょとんと目を開いた。
「ロザライン?誰それ?」
ちなみにロザラインとは本筋において、劇中において最初ロミオが恋しく思っていた女性である。
 その言に神父の方が目を見張る。
「これは驚いた…あれほど恋い焦がれていたロザラインをそんなに呆気なく思い切れたというのか!」
ぶつぶつと台詞を続ける神父にじれったそうに想司は手で膝を打った。
「そんなロザラインなんて人の話はいーんだけど、今日、教会を貸してくれない?僕とジュリエットの愛を確実なものにする為に♪」
想司の中では「愛」=「果たし合い」の隠語なのだろうか…ともかくも直接的な意味にしか取れない想司の申し出に神父は目頭を押さえた。
「…両家の怨恨を幸せに変えぬとも限らぬ縁談かも知れんな…よろしい、助けて進ぜよう」
すっかり勘違いしている神父に、想司は諸手を挙げた。
「わーい、それじゃ早速ジュリエットに果たし状を送らないと♪」
「これこれ、もっと分別を持たんか…駆け出すと躓くぞ」
理解のないまま会話は進み、そして終わってしまった事に互いに気付く事なく…喜ぶ想司を暖かく見守る神父・ロレンスは頂点だけを剃り上げた頭をつるりと撫でた。


 同日。
 準備…というよりも聖堂を掃除しただけなのだが…を済ませた想司はジュリエットに繋ぎを取る為に街に戻った。
 街の半分を支配するキャピレットの事、お抱えの情報屋が何人も市井に紛れて放たれている筈である。
 それに今やロミオはモンタギューの当主である。果たし合いの申し入れをすれば一も二もなく飛びついてくるに違いない…長年の因縁にケリをつける為に…といいながら、そんな事実は何処にもないのだが。
 とりあえず人の集まる所、と市場を目指しかけた想司だが、街の中央の広場の片隅に集まる面子に気付いて小路に隠れた。
「………死者がなかったのが幸いでしたね…」
フードで顔を隠した…これは誰だか解らないが、彼の仲間と話しているだけに、情報屋である可能性が高い。
「目を離すべきじゃなかったわ…」
「首に縄つけてひっくくっときゃよかった…」
想司を案じるあまりか、沈痛な面持ちのシュラインと春日。
「とにかく私たちで捕まえないと、警察とかに掴まったら…」
女の子は心配しても仕方がない事まで案じてしまうものらしい…美由姫の心配を想司は己の尺度で一人納得する。
「んじゃぁ…ジュリエットと闘り合うのが目当てなんだからさ。こう特設ステージでも作って挑戦者募集!の看板立てりゃきっと入れ食い…」
投げ遣りながらも有効な手段を掲示する春日の意見を遮り、想司は一蹴りで広場中央の噴水の上に立つと、彼等に向かってナイフを投じた。
「それには及ばないよ☆」
「想司テメー、どこほっついてやがった!」
沸点の低い春日が、瞬間沸騰するのに、想司はチチチと人差し指中指を合わせて横を振ってみせた。
「女の子から誘いをかけさせる程野暮じゃないよ僕は♪日時は今日の正午、場所はその手紙に書いてあるから照れずにおいでってジュリエットに伝えてね♪マキューシオ、君の仇はきっと僕がとってみせるからね!迷ってないで成仏してね♪チャオ☆」
「うるせー、まだ死んでねーッ!」
 投げキッスのおまけつきでひらりと身を翻した想司は、警吏の呼子笛を背に引き連れながら逃げ去っていく…なんだか追う気が失せてしまった一同、
「まぁ…正午に会おうって言うんだし…」
とすっかり投げ遣りである。
 ナイフの柄に結ばれた紙…其処に示されるのは町はずれにある大聖堂…。
「投網でも用意するか…」
「麻酔銃があったら便利でしたでしょうねぇ」
「いっそブッチする?」
疲れている。
 美由姫だけは熱心に指定の場所を読むと、不意ににっこりと微笑んだ。
「皆、ちょっとだけ協力してね…私に任せてくれて、大丈夫だから☆」
言いつつ、彼女は乳母の衣装に縫いつけてあったステッキを取り出した…そう、彼女の役柄の設定は、乳母に身をやつした仙女であった。


 そして、約束の刻…。
 教会の正午の鐘と同時に聖堂の扉は押し開かれ、乳母を引き連れたジュリエットが聖堂に姿を現した。
 白い衣装に花嫁のヴェールを目深く被り、紅を引いた口元が緊張によってか引き結ばれている。
「やぁジュリエット♪僕の実力と君の実力、その差が等しくても技の上で貴方が勝るというのなら、その力を存分に僕に見せておくれ☆」
台本と微妙に合っていて合っていないのが味のある想司の台詞である。
 応えるジュリエット。
「実力こそを誇りましょうが、言葉で誇るものではございませんわ…ただ、申し上げる事が出来るのは私の真心とその愛を、貴方に数え上げることが出来るでしょうか?」
「もちろんさ☆」
無邪気に答えた想司が構えを取った、戦闘開始のその一瞬。
 鐘の音に紛れて堂内に侵入を果たしていた四人が、全く同時に想司に打ちかかった。
 ………仮にこれが銃や剣、殺傷力の高い武器であったなら、想司は本能ともいうべき危機回避能力で避けきってみせたであろう。
 が、彼等が手に手に襲いかかったのは、千里謹製「お徳用ハリセンセット 5個入」のひとつひとつであった。
 スパスパスパスパーンッ!繰り出されるツッコミにある意味身体が受け止める事に慣れてしまっている想司の動きが一瞬止まった隙をつき、美由姫がステッキを振り上げた。
「想司くんゴメンねッ!」
律儀に謝る彼女の手にしたステッキの先に可愛く光る星の硝子細工がキラキラと撒く粉が、少年の身体を包み込み、弾けた其処に。
 白い鸚鵡が一羽、一声「ギャー」と嗄れた声で鳴いた。


 さて、囮となった千里、シュライン、スイ、嵩杞、春日のチームプレーに美由姫のお手柄で、無事想司は捕獲された。
 そして念のためと称して、その後鸚鵡と物置に監禁までされた春日の涙ぐましい努力によってマキューシオは存命したままで、何故か苛ついて街をうろついていたティボルトが酒場で喧嘩して留置場に入れられたという事件を最後、幸いこれまで死者は出ていなければ事件も起きていない。
 …が、その翌日、意識を取り戻したモンタギュー家当主の証言によって、家庭内暴力の咎でロミオの国外追放は結局免れる事が出来なかった。
 …今となっては、変えるべき筋書き、残されたのはジュリエットの自殺である。
 まぁ形だけだし、同意の上だし…という事で、一人、お尋ね者扱いになってしまった嵩杞を宥めすかしパリス宅へ向かわせるのに難渋したが、シュラインとスイが無事に式を挙げれば物語世界に矛盾も生じて脱出の糸口もあるだろうという見解は全員が一致した。
 茶番劇とはいえ、唇は大事な人との為にとってあるのという千里の主張に、シュラインに娶られる事になってしまったのはスイである。
 成り行きとはいえ、ロミオとの結婚式は挙げないままに終わっていたが、結婚前の懺悔に赴いた教会で、二人の間に愛があると勝手に盛り上がりまくっているロレンス神父に仮死の毒を押しつけられたスイが神父を殴り飛ばすという一コマもあったが、他に然したる問題はなく、結婚式を翌日に控えたジュリエット達は、乳母の美由姫と共に自室で眠りについていた。
 そのスイが、不意に身体を起こした。
 婚前の緊張…などという巫山戯た事は決してない…それを証拠に、眠りの息のまま深い呼吸が胸を動かしている。
 ふら、と。
 彼は寝台から抜け出すと、ベランダに出た…その端に転がる小さな小瓶…昼間、ロレンス神父に押しつけられ、怒りにまかせて放り投げた仮死の毒が、其処にあった。
 夢に沈んだ瞳のまま、スイはその口を開けると、ほんの一口の暗い液体を喉の奥に流し込んだ。
 細い身体がくずおれ、倒れる。
 手の中から転がり出た小瓶…その意味に、目覚めた千里と美由姫が気付くのは、陽が昇ってからであった。


 一行は松明を手に、キャピレット家の墓所へ赴いていた。
 難を逃れた千里は美由姫と共に男性陣と合流し、シュラインはパリスとして葬儀に出席して未来の妻の死が、確かにその通りであると確かめて戻った。
 状態的に鳥目の想司を肩に乗せ、春日が腹立たしそうに眉を寄せた。
「ったく、何処のどいつか知らねェがどうあっても展開を変えたくねェらしいな…こんな事なら想司を放っといてヴェロナを滅ぼしてやりゃよかった!」
その乱暴な意見に、想司が「ギャ!」と一声鳴いて同意する。
「それより、スイさんを助ける方が先よ」
シュラインが釘を差すのに、千里と美由姫が激しく頷く…三人対一人と一羽ではちょっと分が悪い。
 味方を得ようと嵩杞に顔を向けた春日は、その夜目にも白い顔色に一瞬言葉を失う。
「…大丈夫かよ、先生。ひでぇ顔色だぜ?」
その声に嵩杞は顔を上げ、薄く笑んでみせた。
「いや、どうにもいけませんね。力が及ばない事は、いつでも辛いものですが……」
深く吸った息を吐き出し一同を見回す。
「筋書きのまま進むのであれば、ジュリエットは…スイさんは、一旦私が死ななければ目覚めないでしょう。直接診てみない事に判断はつかないのですが、もしそうなれば…」
揺るがない意志に強まった口調で続ける。
「スイさんが絶対に後を追わないよう、皆さんで止めて下さい」
「ちょっと待って!」
 嵩杞の言に、口々に言い募ろうとした少年少女達を押さえて、シュラインが鋭く声を放った。
「それなら…私を、パリスを倒さなければジュリエットの元へはたどり着けないという事
にもなるわね」
「ここに残っては頂けませんか?」
「お断りよ」
ぴしゃりとはねつけ、シュラインは柳眉の端を上げた。
「わざわざ口にするあたり、ジュリエットの目覚めにロミオの死を代償とする覚悟が出来てるのは分かるわ…でも私たちはは誰一人欠けずに戻る為に来たの」
スラリと腰の剣を抜く。
「どうしてもというなら…私を倒して行くしかないわよ?」
「女性に刃を向けるのは本意でないのですが…」
嵩杞は苦い表情で、それでも剣を抜きはなった。
「安心して…そう簡単に筋書き通りに運ばないようにするわ」
受けるシュラインの白刃の煌めきが空を裂く。
 救いは両人共に剣の心得に薄い所だろうが…それでも鋭利な切っ先が身に触れれば、傷を負わないわけにいかない。
「ど、どうしよう〜ッ」
切り結ぶ両者に、傍観者に徹さざるを得ない四人…否、三人と一羽も辛い。
 特に攻撃の手を封じられている想司は、白い翼で人間達の頭上を高い声で飛び回り、言葉もすっかり鳥語になってしまっている。
 強く舌打ち、春日は墓所の奥に足を向けた。
「今はどうしようもねェだろう!スイが起きりゃ万事解決すんだ!手伝え!」
「でもどうやって…?」
「仙女だろうが、悪い魔女の呪いを解く魔法を考えろ!」
きらきら星のついたステッキを手に、美由姫が春日の後を追いながら首を傾げる。
「えーと…」
「王子様のキス♪」
閃きをそのまま口にする千里。
「あそこで決闘に興じてる王子でどうやって?」
「えー、眠り姫だって結局早い者勝ちなんだし…春日くんがしたらいーんじゃない?」
剣戟の音はそのままに、殺気が重圧と化して背後から襲いかかった。
 冷や汗をかくマキューシオ、折角長らえた命がこのままでは風前の灯火である。
「別の手段を考えよう…」
首の後ろの産毛が逆立つ感覚に身震いし、足を速める。
 墓所の内のじめついた空気を松明の炎が生み出す熱が循環させ、異様な臭気が漂う。
「ここまで忠実に再現しなくてもいいのにね…」
春日と別の寒気で美由姫が身を震わせた。
 壁面には寝台の如く長方形に穴が穿たれ、死出の旅路には重かろう、壮麗な衣装を纏った遺骸が数多横たわり、その時の流れを己が身で現す。
 ジュリエットの骸はその奥津城の最奥、神の象徴を前に蓋のない棺に横たえられていた。
 胸の前で手を組み、乙女の象徴である白い百合に埋もれた姿、白い装束は清純なままに儚く散った彼女…基、彼の聖性を象徴するかのようである。
「あ、スイさんいーなー。あたしもちょっと寝てみたかったかも」
羨ましそうな千里だが、
「千里ちゃん、でも周り死体だらけだよ?」
との美由姫の指摘に慌てて首を左右に振った。
 如何にリアリティのある劇の小道具とはいえ、腐臭まで忠実に再現されて痛んだ代物と一つ屋根の下(?)は勘弁だ。
 瞼を閉じるスイの首筋に指をあてる…当然の如く脈はない。
 ロレンス修道士が使用したと言われる毒は未だに確定されておらず、その毒性によって対処の仕方も代わるだろう、が。
「今は悠長にンな事してる場合じゃねーんだ」
春日は固く組まれたスイの手をほどくと、その胸に両手を重ねて置いた。
「時間的にゃ薬は切れてるハズなんだ。とっとと目ェ醒まさないと西園寺にヤられるぞオラ!」
死体(死んでないが)に鞭打つ言葉で、春日は強くスイの胸を押した。
 等間隔に15回。自発呼吸が始まらないのを確認し、また15回。
 心臓マッサージを続ける春日に、千里も美由姫も手を貸したいのだが…。
「やっぱり…人工呼吸?」
「あたし、唇はあの人とだけって決めてるし…」
頬を染めて日本人特有の譲り合いの精神を発揮している場合でもない。
 その時、頭上を飛び回る想司が烏めいた声で鳴くのに、美由姫はポン、と手を打った。
「想司くーん、そろそろ人間に戻ってくれるー?」
軽くステッキで円を描いた軌跡に光の粉が散り、それは鸚鵡の姿を捉えて弾けた。
 天井近くで人の姿に戻った想司は身体を捻って体勢を整え、手足を地面について衝撃を逃すとスタスタと美由姫に詰め寄った。
「ヒドイよ美由姫ちゃん!」
「えーん、だってああしないと想司くん止められないじゃないー」
弁明する美由姫に向かい、想司は大きく首を振った。
「そういう問題じゃないよ!魔女っ子が魔法を使うのに呪文を使わないなんてそんなの邪道だよ!おかしいよ!メグちゃんやサリーちゃん、先人が積み上げてきた歴史に申し訳がたたないと思わない!?」
焦点は其処か。
「……つ、次から気をつけるから」
訳の分かったような分からないような主張にとにかく同意を示し、美由姫は入り口を指差した。
「西園寺さんと代わって来て欲しいの。お医者さんだからきっといい方法を考えてくれるわ」
「それより聞いてよ、僕の偉大なる発見!」
想司は胸を張った。
「ここ、天井がある!」
そりゃあるさ。誰もが墓所の中でそう心の内でツッコミを入れまくる。
「空もあの高さ以上は飛べないんだ!」
ガツッと、投じられた短剣は、天井まで行き着かず、空中に突き立った。
「講堂の天井も…あの位じゃなかった!?」
千里の指摘に彼等はスイを抱え上げると入り口に向かってダッシュした。


「先生!シュラインさん!」
「やぁ君たち。」
「どうしたの?あなた達」
呼びかけに穏やかに答える二人だが、鍔迫り合いの真っ最中だったりした。
 とはいえ男女の体力差からシュラインの息は上がりかけている…が、それも声を操る彼女の無駄のない呼吸法だからこそ、長時間、嵩杞と渡り合えていたのである。
「この世界、全部舞台の上だけで成り立ってます!」
美由姫の声に、嵩杞とシュラインは笑みを交わした。
「完全に閉じられた世界ではないという事ですね…少なくとも、客席に向かって開いている」
「………そういう事!」
全く同時に飛びすさって距離を取った。
 劇中の世界に取り込まれて度々、シュラインの耳には布が風を含んではためく音が届いていた…そう、今も。
「想司くん、あそこにナイフを!」
「任せて☆」
鋭い銀の軌跡が空を裂き、シュラインの示した箇所、支えを失った布が垂れる形で夜空が三角に折れ、その向こうに天井の木目が見えた。
「千里ちゃん、鋏出せる?」
「おっけー、美由姫ちゃん♪」
乞われるまま鋏を創造り出した千里は、大振りのそれの閉じた刃を握って差し出した。
 美由姫が軽く瞼を閉じ、両手を組む…と同時、ふわりと。
 銀の鋏が浮き上がり、覗く木目の端から一直線に夜空をザクザクと切り裂いた。

 そして。

 支えを失った空が落ちると同時、彼等は自分たちの立つ場所が舞台である事に気付いた。
 切り落とされた深紅の緞帳は舞台に落ちて波打つ。
 窓の外はもう暗い。
「なんか一週間くらい劇やってた気がするけどよー…今日、何日だ?」
春日が最も現実的な問いを誰となしに向ける…時刻は午後7時を少し回ったあたりだが、壁にかかるアナログ時計に日付表示はない。
「俺、ちょっと行って聞いて来るわ…先生、早く受け取ってくんねぇ?意外と抱き心地悪ぃんだよ、コイツ」
抱えたままだったスイを嵩杞に預け、ニヤ、と笑う。
「ま、先に言っといてもいいよな。ごちそうさん」
金の瞳に印象深い光を宿し、春日はひらりと舞台を飛び降りた。
 意味を問う間はなく、嵩杞は腕の中で身じろぎしたスイに安堵の息を洩らした。
「……嵩杞か?」
「あぁよかった、スイさん…どこか痛い所はありますか?吐き気は?頭痛は?この指、何本に見えます?」
真っ先に健康状態を確かめようとするのは医者の職業病とも言えよう。
 が、儚げな風情に美少女にしか見えないスイは、己の固めた拳を目線の位置まで掲げてしばし眺めると、腰に手を回して彼を支える嵩杞の顔に裏拳を叩き込んだ。
 赤い軌跡(?)に後ろにのめる医師に、周囲は唖然と声がない。
 その間に嵩杞の腕から抜け出したスイは、衣装にそぐわぬ仁王立ちで声を荒げた。
「舌の根も乾かねぇ内に約束破ろうとしやがって!」
「約束って…」
ベランダのシーンで交わした、共に生きるというその約束。
「でもあれ、スイさん劇の中での事なんか信じないって…」
「俺が信じようが信じまいが、そこを押し通してこそが約束ってモンだろうが!よっく覚えとけ!」
無茶苦茶な理屈を主張し、嵩杞の胸倉を掴んで息がかからんばかりの距離に顔を引き寄せた。
 その繊細な美貌に宿る、それよりも鮮烈な感情の…笑顔。
「今度、テメェを犠牲にしようとしてみろ…生きてよーが死んでよーが関係ねぇ!叩き起こしてその愚かしさ身体に直接叩ッ込んでやるから覚悟しやがれ!」
見事な裾捌きでいて足音も荒く、スイは言いたいだけ言うととっとと舞台を後にする。
 一人残されて呆然としつつ……何処か幸せそうな医師に、一部始終を見守っていた衆目は呆れを滲ませた声を揃えてこう言った。
「ごちそうさま」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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ロミオ
【0424/水野・想司/男/14歳/吸血鬼ハンター】
【0829/西園寺・嵩杞/男/33歳/医師】
ジュリエット
【0165/月見里・千里/女/16歳/女子高校生】
【0821/スイ・マーナオ/男/29歳/古書店「歌代堂」店主代理】
マキューシオ
【0867/神薙・春日/男/17歳/高校生・予見者】
パリス&ベンヴォーリオ(二役)
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
乳母(仙女)
【0515/加賀・美由姫/女/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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受注を確認してみましたらあらあら不思議。ロミオとジュリエットが二組出現していたという真夏のミステリー…。
またしてもお待たせした上納期ギリギリな北斗に御座います…その上、読むのが…かなり大変な分量だと思われますので覚悟の上でお読みくださ…ってライター通信に目を通す頃には多分、読破済みですね(苦笑)
いやもう今回かなり弾けた詰め込ませて頂いていると思います。コメディ有り、シリアス有りで少しでも楽しんで頂けたらいいな、と心から願う…と同時に、思った活躍が出来ていなかった方には真に申し訳なく(汗)
どうぞ苦情・提言ございましたらお気軽のご意見をお寄せ下さいませ。

ご参加ありがとうございました。
それでは、また時が遇う事を願いつつ。