コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


子供の棲む家
●始まり
『お願いします、誰かうちを除霊して下さい……』

「除霊だなんて穏やかじゃないなぁ」
 瀬名雫はコーラに突っ込んであったポッキーをかじりながら呟く。
 目の前には17インチのモニター。
 映し出されているのはBBS。そこにそれは書き込んであった。
 何でも昔子供をひいてしまった夫婦が、怖くなって家に連れ帰り、庭に死体を埋めてしまった、と言う曰く付きの家を知らずに購入してしまったのだと言う。
 しかもそこを買って住んだ人間は、必ず子供をひいてしまう、と言われていた。
 本当か嘘かはわからないが、もう一人子供がいるような気配がする事は確かだと言う。
 しかし専門家を雇うほどお金は無く、すがる思いでここに書き込んだようだった。
「……詳細、聞いた方がいいよね……」
 ひとりごちてメールを送る。

 返事はその日の夕方に来た。
 本人は中学2年生の女の子、槇田さおり(まきた・−)。下に弟がいる二人姉弟。
 時々子供の足音が聞こえ、弟かと思えば出かけていていない、と言う事がしばしあったらしい。
「どうにかしてあげたいよねー。……ネットカフェ1日飲み放題、とかつけたらやってくれる人いるかな……?」

●ボランティア精神は職業病
 いつものようにネットカフェへと赴いていたヴァラク・ファルカータは、雫のつぶやきが聞こえ首をかしげた。
 銀色の月の光を集めた糸のようなしなやかな髪を首の後ろで束ね、光彩の加減で少々色の変わる赤い瞳に優しげな笑みをのせる。
「ああ、ヴァラクさん。これなんだけど……」
 言って雫はモニターを指さした。
 ヴァラクは床に膝をつくようにして屈むと、雫の指の辺りを読む。
「これは……」
「うん。可哀想だよね。だから、誰か『ネットカフェ1日のみ放題』でやってくれないかな、と思って」
「一日のみ放題……」
 そちらにもひかれる。しかしヴァラクの中のボランティアな職業病が発病。
「本当に子供が埋められているのなら問題です。私が行きます」
「ヴァラクさん行ってくれるの? ありがとう♪」
 にっこり笑顔の雫に送られて、ヴァラクはネットカフェを後にした。

●除霊は出来ないけど
 エルトゥール・茉莉菜は自宅でその書き込みを見ていた。
 そしてその下に書いてある雫の書き込みも。
 除霊する事は出来ないが、別の形で手伝う事は出来るかもしれない、と立ち上がった。
 仕事ではないけれど、服を着替える。
 Tシャツにジーンズ、というラフな出で立ちから、少々謎めいた占い師の格好へと……。
 細身の体に黒の絹糸のような髪が流れる。ややオーバー気味に見えるが、芝居がかったローブのような服。
 足下にすり寄ってきた猫を抱き上げ、小さく笑う。
「それじゃ、行ってくるわね」
 にゃあ、と答えるように小さく鳴いた。

●給料は出ない
「武彦さん、ちょっとでかけてくるわね」
 言ってシュライン・エマは自分のデスクの上の荷物を片づけ始めた。
 見事なボディーラインを惜しみなく強調した服。長身で細身の体。艶のある黒髪から覗く青い瞳は神秘的にも見える。
「どうした?」
「ちょっと気になるBBSの書き込み見たから」
 仕事は、と言いかけた草間の口がとまる。先ほどまで乱雑だった机の上はすっかり片づき、ゴミやコーヒーの空き缶のかわりに、ちゃんと整えられた書類が乗っていたからだ。
「……行ってらっしゃい」
 気の抜けたような草間の声。それにシュラインは微かに笑う。
 そして事務所を出て行く寸前、その言葉は聞こえ、今度は苦笑。
「帰りに煙草買ってきてくれや」
 はいはい、と息ををつきつつシュラインは事務所を後にした。

●死体はあるのか?
 ネットカフェにたまたま足を運んでいた九尾桐伯は、その書き込みに赤い瞳を曇らせた。
「除霊、ですか……」
 そう言った能力はないが、死体などがまだ残されているのなら、見つけ出せる事が出来るかもしれない。
 桐伯の能力は『空間把握能力』
 黒髪の間から覗く形の良い耳がピクリを動いた。
 そして雫の書き込みを確認すると、桐伯は雫の元へと向かい依頼人の住所を聞いた。
「結構行ってくれる人がいて良かった。これでこのさおりちゃん、って子も安心だね」

●幼子への思い
「霊か……委細不明瞭とはいえ幼子とはまた不憫な事よ…。あるべき道に導き、あるべき摂理を回すが僧侶たる者のの務めじゃ」
 がっしりとした坊主頭の僧侶が豪快な声で言う。
 それに周りは何事か? という顔になるが本人は至って気にしていない。
 浄業院是戒は綺麗に切り揃えられた顎髭を撫でつつ、雫に委細を確認する。
「そうか。他の者も行ったのだな。では儂も行くとするか」
「お願いします」
「わかっておる。迷える魂なら救ってやらねばいかん」
 言って是戒はネットカフェを出て行く。
 その後ろを雫が慌てて追いかけてきた。
「浄業院さん! 駅はあっちですよー!」
「そのようなものは使わん。歩いていく」
「あ、歩いて……」
 ドシドシと歩いていく是戒の姿を見て、雫は額に汗を浮かべた。

●万年金欠陰陽師
「ネットカフェ一日飲み放題……」
 かなりひかれるものがあった。真名神慶悟は黒い瞳にかかる金色の前髪を払いつつゴクッとつばを飲み込んだ。
 万年金欠陰陽師。それは甘い蜜にも似た響きだった。
 とはいえ穏やかではない話。前者に心ひかれど、やはり書き込みの内容も気になっていた。
 慶悟はグラスに残っていた氷の溶けた水を飲み干すと立ち上がる。
 そして雫の元へと向かう。
 そこで住所などを聞き出した。
「それじゃ、いっちょ行ってくるか」
「よろしくお願いします☆」
「おうっ……飲み物の件、よろしく頼むぞ」
「わかってます」
 雫の苦笑に送り出され、慶悟はカフェを後にした。

●噂は嘘か誠か?
 依頼人の家につくと、5人がばったり鉢合わせをした。
 ここにいないのは徒歩で向かっている是戒のみ。
「こんにちは」
 シュラインがチャイムを鳴らすと、休みという事もあってかさおり本人が顔を覗かせた。
「……さおり、ちゃん?」
 確認するように問うと、小さく頷く。
「ネットカフェの方から来たんですけど……」
「霊媒師、の方なんですか?」
 後ろから茉莉菜が言うと、さおりはメンバーをぐるりと見回した。そして丁度その時是戒がたどり着いた。
「そういう人もいるわね」
 曖昧な答えである。
「貴方の悩みを少しでも解消する事が出来れば、と思いましてお手伝いしに来ました」
 にっこりと悩める者を幾人も救ってきた笑顔でヴァラクがさおりを見る。
「ご両親はご在宅か?」
「え、あの……。うち、お父さんだけで……今、出張で明日までいなくて……」
 是戒の問いに父子家庭である事が恥ずかしいのか、悪い事だと思っているのか、曇らせ小さく答えた。
「そうか。……じゃ、除霊とか許可とらなくて大丈夫か?」
 どうみても陰陽師には見えない出で立ちの慶悟に声をかけられて、さおりは戸惑いがちに慶悟を見つめる。
「大丈夫だ、とって食いやしない」
 とっておきの笑みを見せると、さおりはうなずきつつ口をあける。
「お父さんはお金払えないけどそれでもいいなら、って言ってました」
「そうですか。ちょっとおうちの中を拝見させて頂いていいですか?」
 特製ジュースいかがですか? と桐伯は店によって簡単なフルーツで作ったジュースを差し出す。それはオレンジに似た色合いで、なんとも言えない良い香りがした。
 そして6人は家に中に入ると、代表してヴァラクがさおりの父親に連絡をとって許可を貰った。
「不動産屋さんの住所と名前、電話番号を知りたいんだけど。わかる?」
 シュラインに言われてさおりは棚の中をゴソゴソと探る。しばらくすると名詞を差し出した。
「ありがとう。ちょっと書き込みしてあった噂話の事を確かめたいから。行ってくるわね」
「あ、わたくしも行きます。嘘は通じませんし」
「お願いします……でも、あの」
「?」
 遠慮がちの瞳で見られて茉莉菜は見返す。
「私、お金これしかなくて……」
 と貯金箱を壊しただろうか、両手を受け皿にして小銭を差し出す。
 それはざっと見2千円ちょっと。
 通常除霊師などを雇えばもっとする。しかし今回の場合は半分以上がボランティアだ。
「子供がそのような心配をするものではない。大事な金、しまっておけ」
 難しい顔で是戒はさおりの頭に手を置いた。

「ちゃんとした事実説明をして頂きたいんですけど」
 シュラインと茉莉菜は不動産屋に来ていた。
 さほど大きい会社ではない。
 16畳ほどの事務所にデスクと応接セットが置いてあり、事務の女性が3人ほど受付係のように座っていた。
 しかし二人の対応に出たのは社長らしき男性。
 少し小太りの成人病が気になるような体形だ。
 クーラーが効き過ぎるほど効いているのに、何故かしきりに汗を拭いている。この室温では女性にとって迷惑でしかない。事実、事務の女性の足には膝掛けがのっていた。
「いや、その……ですなぁ」
 煮え切らない返事。
「私、職業柄警察の方にも知り合いがおりますから、そちらからお聞きしてもいいんですけど、まずはこちらからお話を伺いたいと思ったんです」
 シュラインはアルバイトなのに何故かしっかりと「調査員」と銘打たれた名詞を見せる。
 そしてさすがにローブは脱いできた茉莉菜は、社長の嘘を見過ごさないようにとにこやかに装いつつ構えていた。
「た、確かにそのような噂がありまして……」
「噂だけなんですか?」
 シュラインのつっこみに社長はつまる。
 その時、茉莉菜がゆっくりと席を立った。
「お手洗いをお借りしたいんですけど、よろしいですか?」
「え、あ、はい。苅野くん、案内して差し上げて」
 社長が声をかけると、受付の女性は立ち上がって茉莉菜を見た。それを受けて茉莉菜は軽い会釈をして女性の後に従った。
(他の人から事情訊いてくるわね)
 茉莉菜の思考がシュラインに届く。茉莉菜は簡単なテレパシーなら使う事が出来るのだ。
 一瞬驚いたものの、最近はそう言った事にも慣れたシュラインは、表情一つ変えることなく社長と話を続けていた。

「……ありがとうございました」
「いいえ」
 場所を教えて貰った茉莉菜は、去ろうとした女性を呼び止めた。
 女性も何故呼び止められたのかわかったのか、苦い顔で隅に体を寄せる。
 社長から見えないようにする為だろうか。
「あの家、の事ですか」
「ええ」
「多分訊かれるんじゃないかと思いました」
 話して貰えますか? と言うと困ったように瞳を伏せ、しかし小さく頷いた。
「あそこの家、本当に出るんです……」
 言って女性は重い口調で語り始めた。
 なんでもうわさ話は本当で、その子供をはねた夫婦はすでに罪を償っているらしい。死体も家の庭から発見された。
 その後持ち主を転々として、数ヶ月前にこの不動産屋の管理物件となった。そして何も知らない槇田家へと売られた。勿論何も話さないままに。
「社長は……聞かれていないから話す必要はない、って言って……」
「ひどい……」
「そうですよね」
 女性はしゅんと沈んで自分の椅子へと戻っていった。

(噂話は本当だったわ)
 シュラインの横に戻りつつ茉莉菜はテレパシーで伝える。
「……それじゃ、槇田家で支払われた手数料を返金、と言う事で」
「?」
「きっちり謝罪もして下さいね」
「わかりました……」
 何の話だかわからない、と言った感じで茉莉菜はシュラインを見た。
「社長さんが責任をとって、家を販売する時に払った手数料を返して下さるって」
 にっこりとシュラインは笑む。
 いつの間にか交渉し、しっかり勝ったようだった。
 そして不動産屋の帰り道、一つ前の持ち主の電話番号を聞いていたのそっちにかけて事実関係を確認する。
 するとやはり子供をはねてしまった事がある、との事だった。しかしその前の持ち主の事までは遡れず、一つ確証が出来ただけだった。
 二人は槇田家に残ったメンバーに、得た情報を電話で伝えた。

 家の中を一通り探索し終えた頃、シュラインと茉莉菜から電話が入った。
 霊の姿は見られなかったが、何かがいる気配はしていた。
 慶悟は霊の通り道を札で塞ぎ、逃げ場を作らないようにする。
 陰の気がたまりやすい場所、水回りには陽気を象徴する札。そして居間にはグラスに水を入れて置いた。
 同じをような事を行っていたのは是戒。
 庭を検分して盛り塩を置く。
「時期的にも施餓鬼供養の時期じゃからな、この様な時期にはこういった事は増える。あの世から帰ってきて帰りたくないと望む者も多い。元よりこの世に留まる者も然り。現世というのはそれだけ……何物にも代え難い場所なのだ……」
 言いながら何か不審な気配を感じた是戒は【大日如来】の札を貼り付けた。
 その頃には慶悟も鬼門に式神を配置していた。
 残っていた桐伯は、空間把握能力を活かして何かを探していた。
 すでに子供の死体は無い事はわかっている。しかし何かひっかかるものを感じたのだ。
 ごく僅かな気配。本来なら気にとめる必要もないくらいのもの。でも桐伯は探さなければならない、という思いにかられていた。
 一方ヴァラクはさおり達に安心感を与える為、子供部屋を回り聖水で清める。
「これで悪しき者は進入できませんよ」
 にっこりとヴァラクに微笑みかけられて、さおりはようやく少し笑顔になった。
「可哀想だよね……」
「何がですか?」
 ぽつりと呟いたさおりに、ヴァラクは視線を合わせるように膝を折る。
「うちにいる子供。……おうちにも帰れなくて……ずっとここにいるわけでしょ? 私だったらイヤだなぁ……」
 まだすれていない純真さにヴァラクは笑む。そしてさおりの両手を優しく自分のそれで包み込む。
「優しい子ですね。きっとその子はさおりさんのその優しさにひかれたのだと思いますよ。大丈夫です。きっとその子は天国へと逝けますから」
「うん」

●探し物はなんですか?
 シュライン達が戻った頃、遊びに行っていた弟も帰ってきた。いきなり増えている人と、見慣れない服装に最初は人見知り全開だった弟・幸也(ゆきや)もすぐにうち解け、何故か是戒に一番懐いてしまった。
「お昼、用意します」
 言ってさおりが出してくれたのはおにぎりとみそ汁。形はいびつだが一生懸命さが伝わってきた。
「ねぇさおりちゃん」
「はい?」
「さおりちゃんはその子とお話出来ないかしら?」
 茉莉菜に言われてさおりは首をかしげ、それから瞬きを数度繰り返す。
「幽霊と話をする、って事ですか?」
 少々おびえたような言葉。それも無理はないだろう。普通に暮らしていれば霊など縁遠い存在。
 しかも今は怪奇特集やらなんやらで、霊現象を歪め、実際とは全然違うかなりホラーな感じで伝えている番組が多い。
 その為「霊は怖いもの」「霊は悪いもの」という先入観が植え付けられている。
「怖がる事なんてないわ。ここには霊のプロが沢山いるし」
「で、でも……」
 そう簡単に「うん」とは言えないらしい。ぐるりとメンバーを見回した後、うつむいてしまった。
「……ごめんね。無理にじゃないから」
「はい……すみません」
 そうさおりが答えた瞬間、茉莉菜とシュライン以外のメンバーがぴくりと顔をあげた。
 そして視線は弟幸也に集まった。
「……探して欲しいの……」
 幸也の口から漏れた言葉。
「幸也?」
 駆け寄ろうとしたさおりを茉莉菜が制す。
「何を探して欲しいのだ?」
「大事な物……」
「大事な物とは?」
 一番幸也に懐かれていた是戒の問いに、ゆっくりと答える。
「わからない……でも、ないの……探せないの……」
 話を聞きながらシュラインは立ち上がった。さおりに電話を借りる、と言ってから。
「ここのどこかにあるのか?」
「うん……」
 式神を呼び寄せながら慶悟が訊ねると、小さく頷いた。
「それでしょうか……何かを感じるのは」
 未だ喉に小骨が刺さっているような感触が拭えない桐伯。それに「かもしれないですね」とヴァラクが同意した。
「庭に埋まっているかもしれませんね」
 さおりさんスコップありますか? と桐伯が言うと、さおりは庭の物置に、と答えた。
「……飛行機みたい」
 しばらくして戻ってきたシュラインが告げる。
「飛行機、ですか?」
「ええ。今警察から被害者の子供の家に電話して確認したの。事故に遭った日、買ったばかりの飛行機を嬉しそうに持っていた、と」
 ヴァラクに聞き返されてシュラインは頷いた。
「それが心残りだったのかもしれんな……他にもひっかかるものを感じるがの」
 顎髭をしきりに撫でながら、しかしそれを探すのが先か、と是戒は立ち上がった。
「……なんだかいやに陰の気が濃くなった気がしないか?」
「うぬ。気をつけた方がよいな」
 スッと慶悟が是戒に近づき耳打ちする。それに是戒は重く頷いた。

 男4人で庭の掘り返し作業が始まった。
 桐伯の空間把握能力で目星をつけ、そこを掘っていく。
 そして横1m縦1mくらい掘った所で、桐伯が何かを感じて手をとめた。
「もうそろそろだと思います」
「よっしゃ、もう一踏ん張りだな」
 くわえたままだった煙草を胸ポケットに押し込んで、慶悟が思い切り土にスコップを突き立てた。
「……あったみたいですね」
 ビニール袋にいれられた、壊れた飛行機をヴァラクが取り上げる。
 そのビニールには何か怪しいお札のようなものが貼られていた。
「……こんなもん貼ってあるから見つからなかったのか」
 忌々しそうに慶悟がお札をはがす。それに是戒も不快顔。
「ふん。適当な札じゃ。中途半端な効力しかもっとらんな」
「しかし、壊れてしまっていますね……」
「長く地中に埋まっていたせいか、事故のせいか……」
 可哀想、と茉莉菜が幸也を見ると、ボロボロと涙を流していた。
 それをみて茉莉菜は優しく抱え込むようにして幸也を抱きしめた。
「お父さんに、買って貰ったのに……」
 しゃくりあげながら幸也は茉莉菜の腕を離れ、転げ落ちるように穴の中に入り、飛行機を抱きしめた。
「誕生日、プレゼントだったの……。お父さん、ごめんね。せっかく買ってくれたのに……」
 大粒の涙をこぼし、大切な宝物が壊れて悲しい、という事ではなく、買ってくれた両親に対して悪いと思い、しきりに謝っている。
「いい子ね。どうしてああいう子の方が先に死んじゃうのかしら」
 やりきれない思いでシュラインは瞳を伏せた。
「!?」
 泣きじゃくる幸也の近くになにやら不穏な気配を感じ、皆注目する。そしてそこには黒い靄のやようなものが集まり始めていた。
「ちっ、長くこの世に囚われ過ぎたせいか……霊が集まって塊ができたみたいだな」
「悲しみは他の悲しみを呼んだ、か。不憫な事じゃな」
「誰でも神の御許へ還る事が出来ます。導いてあげましょう」
 それは霊の塊だった。
 この世に留まってしまった魂。すでに何を目的として、どうして自分がここにいるのかわからなくなってしまった思いの欠片。
 ただ悲しくて。ただ切なくて。ただ生が羨ましくて。ただ……憎くて。
 多分その霊が子供の霊に近寄る事により、子供の死んでしまった時の時を呼び寄せ、家に災いをもたらしていたのかもしれない。
 そう、ただ飛行機を探したかったばかりに。
 是戒は【太陽】を意味する大日如来の印(智拳印)を結ぶ。慶悟は式神に短く命じる。
 ヴァラクの神官服の裾がふわりと風もないのに浮かび、体の周りを光が取り巻いた。
「出番はないみたいですね」
「そうね」
「ええ」
 さおりをかばうようにして立ち、桐伯が呟くと、シュラインと茉莉菜は同意する。
 除霊能力のない3人には見守る事、祈る事しか出来ない。
「まずは後ろの霊からだ! 行け!!」
 慶悟の言葉と共に式神が黒い靄に飛び込む。
「オン・バザラダト・バン!」
「全ての思い、ここに昇華し、神の御許へと導かん!」
 厳密に言えば全ての宗教はバラバラであるが、気持ちは同じ。3人の声はほぼ同時だった。
 パァン、と球が割れるような音と光。それが無くなる時には黒い靄は消えていた。
「さほど悪い霊にはなっていなかったようじゃな」
「後は、そっちの坊主か」
 くるっと慶悟に見られて幸也は体を硬くした。
「大丈夫。怖い事はないわ。ただ、還らなければならない場所へ送ってくれるだけ」
 かがみ込み、シュラインはしっかりと幸也の目をみる。それに茉莉菜も笑いかけた。
「そうだ……」
 ヴァラクが小さく言い、祈るように空を仰ぐ。するとまっすぐ光の柱が降りてきてヴァラクの体を包み込んだ。天使降臨、と言ってもおかしくない光景。
 そしてゆっくりと微笑んだヴァラクの視線の先で、壊れた飛行機が元へと戻った。
「粋な事をしますね」
 桐伯の声にヴァラクは瞳を細める。
「さあ、行け。あのにーちゃんの柱に入れば上にあがれる。親より長生き出来なかったが、悔やんでばかりじゃ始まらないぞ。親を思い、すっきり成仏するのも親孝行のうちだ」
「さよう。死してこの世を彷徨うのは摂理に反する」
「……うん……ありがとう……」
 瞬間、幸也の体から子供の姿が抜け出し、力を失った幸也はコテっと倒れそうになる。それを慌てて桐伯が支える。
 子供の霊はゆっくりとヴァラクに近づき、光の柱の中に入った。
「ありがとう」
 最後にもう一度言い、直った飛行機を大事そうに抱え、光の波にのって上へと上がっていった。
 子供が消えてしばらく、言葉を発するものはいなかった。
「……これで、もう事故とか起こらなくなったんですね」
 ほっとしたような、少し悲しいような声でさおりが呟いた。
「ええ、これで、もう……」
 茉莉菜に頷かれてさおりはホッとしたように胸をなで下ろした。
「……あれ?」
 ようやく幸也が目覚め、キョトンとした顔で辺りを見回す。
「大丈夫ですか?」
「?」
 安否を桐伯に問われても、自分に何が起こったのか全くわからない、と言った感じだ。
「何にせよ良かった事じゃ」
「そうね。それじゃ、私は帰るわ」
「シュラインさん、瀬名さんの所に行かないんですか?」
「ええ。一日飲み放題はいらないし。帰らないとまた仕事たまってそうだから」
 欲しい人が貰っておいて、と桐伯に言い置いてシュラインは先に戻ってしまった。
「私も……必要ないんですけどね」
 シュラインの後ろ姿を見ながら、桐伯は困ったように呟いた。
「お二人さんの分は俺が貰っておくよ♪」
 火は点けず煙草だけくわえながら慶悟がニヤッと笑う。
 それを羨ましいな、と思いつつ口には出さす、ヴァラクは貰う事だけを言う。
「私は……頂いておきます」
「ただで貰えるものを放棄するとは。儂も頂くぞ」
「わたくしも貰っておきます。1日中飲む、なんて無いですけどね」
「あ、あの……」
 勝手に話をしているメンバーに、さおりがおそるおそる声をかける。
「私……」
「大丈夫、お前さんから貰おうなんざ考えてないから。ガキはしっかり勉強して日本でも支えてくれ」
 俺の老後の為にもな、と慶悟はウインク。
 そして誰とも無しに戻るか、となり桐伯は直接自分の店へ。他のメンバーは一度ネットカフェへと戻った。

●終幕
「お疲れ様ー♪」
 ネットカフェで何故か手書きで『一日のみ放題券』を作っていた雫。
 それを渡しつつ人数が足らない事に気がついた。
「あれ? 6人って言ってなかったっけ?」
「お二人さんならいらない、って帰ったから俺がもらっとく」
「そか。じゃ、はい」
「サンキュ」
 3枚も貰う、という慶悟に苦笑いしつつ雫は2人分も渡した。
「それではまた来ます」
 ヴァラクが去ったのをきっかけに、他のメンバーも帰っていった。

「……またこんなに机の上ぐちゃぐちゃにして……」
 煙草を買いつつ戻ったシュラインの目の前に現れたのは、とても無惨な草間のデスク。
「お、ちょうど良かった。この書類頼むわ」
 当たり前のようにひょいっと書類を渡されて、シュラインは大仰なため息をついた。
「……ここって労災あるんだっけ……?」
 つぶやきと共に。

「こんばんわ……」
 開店前。
 店に入ってきた人を見て桐伯は微笑む。
「あの……」
 その人は遠慮がちにバックを開け、カウンターの上に置いた。
 それは遊園地のチケット。
「無料券貰ったんです……お休みの日、え、あ、いつでもいいんですけど……一緒に行きませんか?」
 一生懸命な様子に笑みが浮かぶ。
「そうですね、いつにしますか?」
 知らず、笑みが浮かんでいた。

「ただいま」
 玄関を入ると、雪のような白猫が出迎えてくれる。
「今日は全然占いの方出来なかったけど、面白い物貰ってきたわよ」
 言って友人にでも話しかけるように茉莉菜はテーブルの上に『一日のみ放題券』を置いた。
 白猫はそれを不思議そうに眺める。
「これでネットカフェで一日のみ放題になるんですって。ミルクも貰えるのかしら」
 茉莉菜の言葉に応えるように、「にゃあ」と短く鳴いた。

「幼き子供の魂が、神の御許で安らかな眠りにつかんことを……」
 ヴァラクが祈っていると、後ろから声がきこえた。
 それは明るい子供の笑い声。
 教会は子供の集まる場所でもある。
 それを聞きながら、いつしかヴァラクも微笑んでいた。

「終わりよければ全てよし、じゃな。達者で暮らせよ」
 子供が還っていった空を見上げつつ、是戒は笑う。
 行きも帰りも歩きの是戒は、自宅へ向けて歩いていた。
「そろそろ夜になるな。……まぁよいか」
 何がいいのかわからないが、そう呟く。
 家に何時に着く事が出来るのか、本人すらもわからない。

「ふぅ……」
 慶悟はフローリングの上に足を投げ出し、紫煙を吐きながらため息をついた。
「……ま、これが手に入っただけよしとするか」
 床の上に置いた『一日飲み放題券』に軽く触れ、苦く笑う。
 ゆっくり眠れよ、と窓から見える空に向かって呟いた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0016/ヴァルク・ファルカータ/男/25/神父】
【0033/エルトゥール・茉莉菜/女/26/占い師/−・まりな】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家+時々草間興信所でバイト】
【0332/九尾桐伯/男/27/バーテンダー/きゅうび・とうはく】
【0389/真名神慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【0838/浄業院是戒/男/55/真言宗・大阿闍梨位の密教僧/じょうごういん・ぜかい】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 こんにちは、夜来聖です☆
 この度は私のシナリオにご参加下さりまして、誠にありがとうございます。
 お久しぶりの方、初めましての方、いつも参加して下さっている方、本当にありがとうです(*^_^*)
 今回発行しましたネットカフェ一日飲み放題券は、夜来が行うネットカフェシナリオのみにおいて有効です☆
 他のライターさんの時に使わないで下さいねー。
 勿論日々の生活で使っちゃいました、と言うのでもOKです。
 それでは、またの機会にお会いできる事を楽しみにしております。