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<PCシナリオノベル(シングル)>


アフロ三世☆草間探偵の逆襲
●宿命を知る者
 双眼鏡を覗き込み、おどけた驚愕の声をあげた中畑武を、1人の少女が不安そうに見詰めていた。
 大きな男物のシャツに通された手が心許ない胸元へと当てられる。
 早まる鼓動を押さえるように、叫んでしまいそうな自分自身を留めるように。
 そんな少女の視線に気付いたのか、中畑は根拠のない自信を満面に貼り付けて胸を張った。
「大丈夫、大丈夫♪ おじさんに任せておけって! 必ず、お家に帰してやるから。タイタニックに乗ったつもりで安心しなさいって!」
 タイタニックが沈む船である事を、少女は知らなかった‥‥。
 
●疑惑と腹立たしさと
「で? 言いたい事は?」
『埼玉県警』とでかでかと書かれたパトカーの後部座席で長い足を組んだシュライン・エマの不機嫌な一言に、草間武彦はついと視線を外へと泳がせた。
 自分では違うと言い張ってはいても、他者にはしっかりと浸透した草間の二つ名「怪奇探偵」に相応しく、彼の元には怪しい依頼が舞い込んでくる。
 今日も今日とて「陰陽師組織最高議会」なるアヤシゲな所から依頼が届いていたのだが‥‥。
「武彦さんが自分から進んでこういう怪しい依頼を受けるとは思わなかったわぁ」
 シュラインの声に籠もるトゲ。
 草間が受けた依頼であれば、多少の協力は惜しまないつもりであった。
 例え、内容が「中畑」絡みであっても、冷静な判断と観察力で依頼を見極めるはずだったのだ。
 この車に乗せられるまでは‥‥。
「いや、だから‥‥奴には色々と煮え湯を‥‥」
「それは、知ってるわ」
 浮かべる微笑みが、草間には359度ぐらい違う表情に見える。
「‥‥大丈夫だって」
「何が?」
 微笑みを交わす2人。だがしかし、その表情は傍目に分かるほど対照的だ。
「護送中の犯人にゃ見えないから」
 その瞬間、パトカーの車内に鈍い音が響き渡る。
 痛烈な一撃に悶絶した草間を捨て置いて、シュラインは車外へと出た。雨が降った後の柔らかい土にヒールを突き刺して、乱暴に車のドアを閉めると、シュラインは揺れるオレンジ色を見詰める。見れば見るほど胡散臭い。
「今時、山門に篝火、山伏だなんて三流時代劇じゃないんだから‥‥」
 しかも、何をどう手配したのか、警戒には埼玉県警のパトまでご登場である。
「‥‥時代劇じゃなくて、推理ドラマね」
 週末の夜、長々しいタイトルがつけられ、家政婦やルポライターが出てくるような。
 怪奇現象だの、勘違いだの色々な依頼を見てきたシュラインでさえも怪しさに一歩退いてしまう雰囲気が、そこかしこに漂っていた。
「それなのにっ! どうしてお馬鹿の大将で踏ん反りかえってるのよっ」
 本物かどうか怪しいパトカーの中で。
 腹立ち紛れに、閉めたばかりのドアを後ろ足に蹴り上げて、シュラインは山門に向かって歩き出した。

●謎多き陰陽寮
 依頼内容と、依頼者の思惑。
 そして、中畑が何故に少女を拉致したのか、その背景が見えてこない。
 手入れされた爪を噛むと、忌々しそうに舌を打った。
 陰陽師組織最高議会が所有する「陰陽寮」と呼ばれる古寺は夜の闇の中に静まりかえっている。
 ところどころに置かれた蝋燭の灯りだけが、この寺の唯一の光源のようだ。
「ったく、電気も通っていないわけ? 文明開化に乗り遅れているんじゃないの?」
 不慣れな寺を、勘を頼りに進むシュラインの足の下、古い廊下がぎしぎしと鳴った。
 どこをどう行けば、何を調べればいいのか検討もつかない。
 詳しい内容を知らされていないらしい、外で警戒にあたる山伏達からも、何も得るものがない。
 ‥‥となれば、詳細を知る者を探し出して聞くか、ここに向かっているという中畑を捕らえるしか無さそうだ。
 とりあえずと、シュラインは目についた襖を開いた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 即座に襖を閉めて、引き攣った顔で瞬きをする。
 僅か数秒の間に、純和風の古寺にあるまじきモノが、瞼の裏に焼きついていた。
「じょ‥‥冗談じゃないわよ? なんなのよ、ここ‥‥」
「ふふふ‥‥見て、しまいましたね」
 揉み上げも立派な、見るからに山伏‥‥と、緊迫した状態でシュラインは相手を見る。かなり偏見が入っているようだが、彼女の思考はまだ正常に働いているようだった。そんな自分に、どこか安堵を覚えながら、シュラインはずらり並んだ山伏隊を睨め付ける。
 絵に描いたような山伏を先頭に、謎の山伏レンジャーはふふふと揃えたように笑う。どこをどうとっても、悪役登場シーンである。
「見てはならぬものを見た、その方の不幸‥‥」
「独創性がない。マイナス30点」
「おのれ、愚弄するかっ」
 あまりにお約束な状況に、逆に落ち着いてしまったシュラインに、山伏隊長の怒声があがった。
 閉じた襖を勢い良く開け放って、シュラインは唇を引き上げた。
「見てはならぬものって、これの事?」
 部屋の中に溢れ返る、中世ヨーロッパの拷問部屋ばりの様々な器具。使い込んだ跡があるのがかなりイヤな感じだ。
 隠していた組織の暗部を晒されて怯む山伏衆。
「どうして、こんな古寺にこんなモノがあるのか、説明して欲しいものよね?」
 精神的に迫力負けし、ぎりと一斉に唇を噛んで後退る所へ追い討ちをかける。
「ここまで純和風なんだから、拷問器具も和風で揃えたらどうなのっ!!」
「‥‥シュ〜ラインちゃん、それ、論点ちっが〜う♪」
 天井から降って来た男のふざけた物言いに、反射的に拳を打ち出すシュライン。
 それをひょいとかわして、アフロヘアの男‥‥中畑武はにんまり笑った。
 ぽっかり空いた天井の一角から、年端もいかぬ少女がこほこほと咳込みながら顔を出す。
「出たわねっ! 中畑っ! 神妙にお縄につきなさいっ!」
「お〜ちつけって、シュラインちゃ〜ん」
 ぞわりと、シュラインの肌が総毛立った。
「何をぼやぼやしているの! 早くこいつを捕まえなさいっ!」
「いーっ!」
 すっかり指揮権を奪われた山伏隊長を後目に、わらわらと動き出す山伏達。
 次々に襲い掛かる有象無象、一山ナンボの下っ端達の攻撃を余裕シャクシャクに受け流す中畑に、シュラインは最後の手段に出る事にした。彼女の手に握られるバタフライナイフ。その鋭い切っ先が、古ぼけたフィルムの中で見た顔に向けられる。
「大人しくなさい、中畑。さもないと、都内某所で購入してきたリー先生(時価1万9800円、消費税抜き)に傷がつくわよ」
「うっ」
 たちまち動きの止まった中畑に、すかさず縄がかけられる。
 なんとか立場を取り戻した山伏隊長の、微かに動揺の残る含み笑いが周囲に響いた。
「ともかく、我々の目的は‥‥」
「待て」
 ぱしんと小気味良い音を立てて反対側の障子が開く。
 不安そうに成行きを見守っていた少女の肩を抱いて、そこに立つのは‥‥、
「武彦さん‥‥」
 自分の名を呼ぶシュラインに、ニヒルな笑みを向ける草間武彦。
「どうしてそう手が早いのっ!」
 不意打ちの一撃に、草間の膝が砕ける。
 けれども、彼はすぐに体勢を立て直した。
「あー‥‥今回は、どうやら依頼人の方に疚しい事情があるようだ」
 ぎろりと山伏達を威嚇する草間に、シュラインは首を傾げた。
「何故、そう言い切れるわけ?」
「状況証拠的には、どう見てもこいつ等が悪だ」
 同時に視線を向けるのは、おどろおどろしい拷問器具の数々。
「‥‥‥‥そんな気がしてきたわ」
「だろ?」
 拷問器具完備の怪しげな組織が正義を主張しても、誰も信じやしない。納得してシュラインは頷いた。
「さすがだぜ、草間のとっつあん」
「とっつあんはやめんかっ!」
 いつの間にか縄をするりと抜けた中畑の緊張感のない台詞に突っ込みを入れて、草間は肩を抱いた少女に視線を落とす。
「真実は、この子が知っているはずだ」
 よくよく見れば、少女の姿も普通ではない。
 大きなシャツに、サイズのあっていない男物のズボン。
 シュラインは中畑を振り返った。
「この子は一体‥‥?」
「それにはふか〜いわけが‥‥」
 あらぬ方角を見た中畑に襲いかかる山伏隊長に、咄嗟にシュラインは足を出した。見事に引っかかり、顔面から床へ激突する山伏隊長を飛び越えて、中畑は少女の腕を掴んだ。
 そのまま拷問器具の納められた部屋へと向かう彼らの後を、シュラインと草間も追う。
 部屋のその奥に、もう1枚の襖がある。乱暴に開け放ち、走り込んだ部屋の真ん中に、仄かな光を放つ魔法陣。
「これは‥‥」
「話は後だ。さぁ、帰るんだっ!」
 襖戸を押さえた草間が振り返る前に、中畑は少女の背を魔法陣へと押した。
 魔法陣の放つ光が強さを増し、目を見開く少女の表情を下から照らし出す。
「‥‥‥、‥‥‥!」
 笑み、何事かを叫ぶ少女が光の中、真っ白な翼を広げた天使に変わって行く様を、シュラインは呆然と見送った。いつの間にか、彼女の傍らには草間の姿。
 2人は寄り添い合い、幻想的なその光景に魅入った。
「ああっ天使っ!」
 白い天使を包み込み、おさまっていく光へと空しく吸い込まれた山伏隊長の絶望の叫びを聞き流しながら。
 
●地の上で
 依頼料が口止め料に変わったものの、依頼は一応の完了を見た。けれど、謎は残ったままだ。
「結局、どういう事だったんだ?」
 尋ねる草間に、中畑は空を見上げて曖昧に笑う。
「‥‥捕らわれの天使を、天国に帰しただけさ」
「どうせ、盗みに入った先で偶然見つけたか何かでしょ?」
 ドキッ!
 シュラインの言葉に、中畑は大袈裟に心臓を押さえた。おどけた仕草の中に、一抹の寂しさが感じられるのは、彼女の思い違いではなさそうだ。
「そういえば」
 シュラインは中畑を振り返った。
「中畑、あんたに珍しいモノを渡そうと思っていたのよ」
「え? 俺に?」
 ええと頷いたシュラインの足が、何の予告もなく宙を舞う。
 油断していたのか、わざと受けたのか。シュラインの踵落としは綺麗に中畑へと決まった。
「ね? 珍しいでしょ?」
 地面に懐いた中畑に、草間は額を押さえる。そんな彼にも、容赦のない一撃が待ちかまえていた。
「ああ、そうだ。囮に使ったリー先生のグッズ、武彦さんの名前で買ってあるからよろしくね」
 煙草を取り出そうとした草間が固まる。
「シュ‥‥シュライン? あれはマルボロに換算したら何カートンになるのか、分かってい‥‥」
「‥‥マルボロ換算は止めてくれる?」
 狼狽える草間に苦笑すると、彼の腕に腕を絡め、そっと耳元へと囁く。
「う・そ」
 途端に、彼の体から力が抜けた。
 やれやれと髪を掻き回す草間に腕を絡めたままで、シュラインは無数の星が瞬く空を見上げた。
 流れて、すぐに消えた小さな光に、天へ戻った天使の姿を重ねながら。