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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


神楽の地にて封じられし神

執筆ライター  :織人文
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜3人

------<オープニング>--------------------------------------
 老人は、神楽神社の宮司、神谷公平と名乗った。
年は、70代だろうか。髪は、ほとんど白髪で、ちらほらと銀に近いような色のものが混じっている。
 彼の用件とは、一週間後に迫った神社の祭で奉納舞を踊る巫女役を頼める人を探してほしいということだった。
「うちは、興信所で、人材派遣会社じゃないんだけど……」
草間は、こめかみを掻いて言った。腰の低い、礼儀正しい老人に対しては、どうもきついことを言いにくい。
 だが、老人は引き下がらなかった。奉納舞が行われなければ、神社に封じられている神が目覚め、村だけではなく、日本中に災いがふり撒かれるかもしれない、と言うのだ。
 結局、草間は依頼を引き受けざるを得なくなってしまった。
 巫女役は三人。男女どちらでもよく、どんな人でもかまわないとのことだ。
 草間は、老人が何度も礼を言い、丁寧に頭を下げて帰った後に、溜息をついて考えた。誰か、巫女役を引き受けて、神楽神社のある、奈良県の神楽村まで行ってやろうという人間がいるだろうか……と。






 奈良県神楽村は、片道だけで東京から6時間もかかる辺鄙な村だった。
 山を切り開いた斜面に家が張り付き、村人は、林業を主としてくらしている。神楽神社は、村の後ろにそびえる山の中腹にあった。傍には、社務所を兼ねた、神主、神谷公平の住居がある。
 彼の依頼を受けて、卯月智哉、真名神慶悟、荒祇天禪の三人が村に赴いたのは、その神楽神社の祭の一週間前のことだった。
 神谷の話では、巫女役をやるはずだった三人が事故に遭い、内二人は重傷で、村外の病院に今も入院中だという。ただ一人軽症だった神谷の孫、竜也が、今回、彼らに奉納舞を教えることになっているという。神谷に、草間興信所に依頼することを薦めたのも、この竜也だという。竜也自身は、インターネットでみつけたらしい。
 神社の祭神は丹宇津之命(にうつのみこと)という。そして、その神が封じているのは、災厄を呼ぶ竜だという。それが、一年に一度、封印を破ろうとするのを、新たに封印し直すのが、この奉納舞の役目なのだ。
 三人は、どうにも眉唾な話だと思いつつも、神谷に案内されて社務所に足を踏み入れた。

 一日のほとんどを移動に費やした、その日の夕方。卯月智哉は、境内にある、御神木の檜の古木に寄りかかり、その精霊と会話していた。
 小柄な体に、長い黒髪、緑の目。一見して20歳ぐらいの彼は、実は、とある神社の境内にある杉の古木の精霊だった。人間の姿に実体化して探索するのが好きで、その探索中に立ち寄った草間興信所で、今回の依頼を聞いた。神社の主でもある御神木からも仕事を受けるよう言われて、他の二人と共にここに来たのである。
『教えてほしいことがあるんだけど。……あの竜は、本当にこの神社の祭神なのか?』
自己紹介と、短い世間話の後、智哉はいつもと変わらぬ口調で訊いた。
 彼と、慶悟、天禪の三人が、社務所で引き合わされた、神谷の孫、竜也には、竜が憑いていた。
 竜也自身は、17、8歳ぐらいの、長身だがほっそりとした色白の少年だった。顔立ちは整っており、少女の市松人形を思わせる。だが、竜が憑いたことで、その面には神々しいような輝きが増し、普通の人間にはとても正視することなどできない風情を与えている。もっとも、神谷の前では、その輝きを抑えているのか、彼は孫の異変に気づいてもいない様子だ。
 竜は、銀(しろがね)と名乗り、言った。
「封じられているのではない。私が封じているのだ。『禍物(まがもの)』――人間どもが『禍津神(まがつかみ)』と呼んでいるものを。『禍物』の力は、ここ何年かの間に、徐々に大きくなり続けている。今年の巫女役三人が、事故に遭ったのも、偶然ではない。おそらく、『禍物』の仕業だ。そう感じたがゆえにこそ、公平に魔都・東京へ助け手を探しに行かせた。事故に遭った三人は、村では最も霊力の強い人間たちだったのだ。他の者では、到底、代わりはできぬ。ならばいっそ、外から力の強い者を呼ぶが良策と考えてな」
 その言葉には、確かな真実の響きがあった。だが、強大な力を持つ魔物であれば、神のふりをして人を欺くなど、造作もないことだろう。引き受けた以上、舞は舞うが、騙されて魔物に利用されるのは、まっぴらだ。
 他の二人も同じ考えのようだったが、銀は、はっきり協力するという言葉がほしいようだった。どう答えるべきか迷って、智哉は、境内にある木々に話を聞くことにしたのだ。
 彼の問いに、檜の古木は言った。
『この社に祭られておるは、たしかに銀殿じゃよ。人どもは、いつの間にやら、銀殿が封じておるものと、銀殿を混同してしもうたようじゃがの。代わりに、銀殿には、丹宇津之命という、別の名を奉った。丹宇とは、今でいう水銀のことじゃ。はるか昔には、水銀は、竜の汗だといわれ、人どもは、不老不死の丹薬だと思うておった。ゆえに、その名を、ここで「禍物」を封じ、人どもを守る銀殿に与えたのであろう』
そして、付け加える。
『お若いの。銀殿に力を貸してやって下さらぬか。我らも、協力は惜しまぬゆえ。銀殿が封じておるものが地上に出れば、この日の本がどうなるか……誰にも想像はつかぬ』
「禍物」は、それほどに恐ろしいものだと檜の古木は言っているのだ。
『わかった。他の木も、同じことを言ってたし……人間や魔物と違って、精霊は嘘をつかないものな』
うなずいて、智哉は古木から離れた。
 社務所へ戻ろうと歩き出してすぐ、背後に人の気配を感じて、彼は足を止める。ふり返った先にいたのは、竜也の体を借りた銀だった。
「納得したか? 杉の古木の精霊よ」
「まあね。たぶん、僕のいる神社の主が、依頼を受けろって言ったのも、こういうことだったんだろうから、とりあえず、キミを信じて、協力するよ」
うなずいて、智哉はふと首を傾げる。
「でも、他の二人はどうかな」
「天禪殿は、協力してくれると言った。真名神とやらには、これから訊く」
「そっか。協力してもらえるといいね」
他人事のように言って、智哉は踵を返すと、社務所の方へ改めて歩き出した。

 そして、祭の当日。
 奉納舞は、日没と共に始められた。
 舞台は、神殿の一画にある、境内に向けて張り出した場所で、四隅にはかがり火が焚かれ、後方に左右に別れて、楽を奏でる囃子方が座している。
 境内には、小さな村のどこにこれほどいたのかと思うほど、人が集まっている。
 その人々を見下ろしながら、三人は舞っていた。
 衣装は、奈良時代を思わせるもので、白い綿の、足首を紐でくくったズボンと袖のゆったりした上着、その上から金襴の丈の長い、袖なしの上着を更にまとって、頭にはみずら髪のかつらをかぶっている。智哉と真名神慶悟は、それぞれ手に鈴を持っていた。大ぶりの、木の枝を模した幾つも鈴がついたものだ。尻に長い領布(ひれ)がついており、舞い手はそれをさばきながら舞う。荒祇天禪一人が、巨大な鉄製の諸刃の剣を手にしていた。かなりの重さがあるが、彼はそれを軽々とふり回している。
 最初はゆったりした所作だった舞は、進むにつれて、次第に激しいものになって行く。舞は、清めと同時に、《場》を作る役目をなす。通常は、舞の最中に、銀が舞い手の一人に憑依し、「禍物」に新たな封印を施すのだ。
 だが今回は、三人は清めと《場》を作ることに専念することとなった。彼らの力の大きさを考えれば、その方が良いと銀は判断したのだ。
 しかし、どうやら「禍物」は、そう簡単に新たな封印を施されてはくれないようだ。
 先程から、風が出て、雲が乱れ飛び始めている。地上を明るく照らし出していた満月が、業雲(むらくも)に遮られ、時に地上は闇におおわれる。遠くの空で、稲妻が走った。
 境内に集まっていた人々が、不安げにざわめき始める。
 その人々の不安を煽るかのように、地鳴りのような音が響き始めた。
「まずいぞ。このままじゃあ、封印が破られる」
舞い続けながら、天禪が他の二人に囁く。三人ともが、大地からうねるように立ち昇って来る、禍々しい気配の塊に気づいていた。智哉と慶悟は、気合を込めて鈴を打ち振る。鈴の音には、清めの力があるのだ。だが、気配は大きくなるばかりだ。このままでは、ここに《場》を築くどころではない。
ふいに、風が止んだ。地鳴りのような音が途絶えたと思った、次の瞬間、大地が下から突き上げられたかのように、大きく鳴動した。そのまま、地面が上下に揺り動かされる。
 村人の間から、恐怖の悲鳴が上がった。境内は、ふいに、阿鼻叫喚に包まれる。
その悲鳴を貫くように、舞台に走り出て来た銀の声が響く。
「だめだ! これでは、封印などできない!」
彼は、舞台の後方にひっそりと控えて、《場》が成立する時を待っていたのだった。
「だが、封印するほかはあるまい。世に放っていいものではないのだろうが!」
天禪が、一喝するように怒鳴るなり、手にしていた剣の切っ先を舞台の床板に打ち込んだ。
「ナウマク・サンマンダ・ボダラ・ダン!」
その口から、真言がほとばしり出る。
 それに続くように、慶悟もまた、懐から式神を放ちながら、呪を唱える。
「我、陰陽五行気を奉じ、汝が様、今ここに在る事を禁じる! 現世より、摂理より、退け!」
 一方、智哉は、身を屈めるなり床に手をつき、一瞬にして境内の木々を自分に同化させていた。そして、その無数の根を持って、物理的に地下から出て来ようとするものを抑えつけ、同時に古木の精霊の持つ、清浄な《気》を根を媒介にして送り込む。
 三人の放った力が、相互に作用しあって、地下から出て来ようとしているものを、かろうじて食い止めていた。
「銀殿、今だ!」
「あんたの力で、封印を!」
「早く!」
三人の叫びに、銀がうなずいた。竜也の体から、青白い炎が吹き上がり、それは空中で巨大な球と化した。そして、その球が、舞台の真下に叩き込まれる。
 途端、空気がびりびりと振動し、何者かの、声にならない咆哮があたりをつんざいた。業雲がおおう空に、鋭い稲妻が幾つも走る。だが、それは次第に少なくなり、揺れがおさまると共に、消えた。
 業雲もかき消え、空には満月が清々しい光を放って輝いている。
 安堵の吐息をついて、天禪が床に突き刺していた剣を抜いた。途端、剣はぼろぼろと崩れ落ちる。慶悟と智哉が手にしていた鈴も同様だ。三人は、思わず顔を見合わせた。
 そちらへ、銀が歩み寄って来る。その面は一気に憔悴した感があった。だが、表情は晴れやかだ。
「どうやら、封印し直すことに、成功したようだな」
その顔を見やって、吐息と共に、天禪が呟いた。

 翌朝。東京へ帰ることになった三人に、銀は言った。
「おまえたちのおかげで、助かった。礼を言う」
「いや。だが、あの『禍物』は、どうしてあそこまで力をつけたんだ?」
天禪が、代表するように問うた。
「人の世に、負の感情が多くなりすぎたから……かもしれぬ」
銀は、小さく唇を噛んで、沈んだ調子で答える。
「『禍物』とは、元を質せば人間どもの負の感情――怒り、悲しみ、妬み、恨み、そういったものから生まれたものだ。だから、地上に負の感情が多くはびこればはびこるほど、力は強くなる。今回は、これで済んだが、いつかは、私の手にも負えなくなるかもしれない……」
 悲観的な彼の言葉に、慶悟が笑ってかぶりをふった。
「たしかに、今の世の中、負の感情を抱える人間は多いが、そう悲観的に考えることもないさ。陰気が極まれば、陽気に転ずる。負の感情も、極まれば、正となり世のバランスは保たれる。そういうものだと思うがね、俺は」
「だといいが」
気楽な彼の言いように、銀は苦笑した。
「ともあれ、協力を感謝する」
改めて礼を述べる彼に別れを告げて、三人は社務所を出た。村の近くのバス停までは、神谷が見送ってくれた。ちょうど来たバスに乗り込んだ三人がふり返ると、神谷は、とおざかるバスに、深々と頭を下げていた。だが、その姿も、すぐに見えなくなって行く。
 とおざかる山並みを一瞥して、智哉は胸に呟いた。
(けっこう大変だったけど、他の神社の木と話せたのは、楽しかったな)
この後はまた、電車に乗れるし、などと考えている彼に、慶悟が話しかけて来る。
「なんだか、うれしそうだな、あんた」
「また、たくさん電車に乗れるからね」
答えた智哉に、慶悟はげんなりと肩をすくめる。
「俺はまた、6時間近くも乗り物に乗るのかと思うと、うんざりするよ」
「そうでもないぞ。列車の長旅も、その気になれば、充分楽しいものだ」
天禪が、面白そうに割って入る。本当にそう思っているのか、単に慶悟をからかっているだけなのかは、よくわからない。
 そんな彼らを乗せて、バスはただ走り続けていた――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0516/卯月・智哉(うづき・ともや)/男/240歳/古木の精】
【0389/真名神・慶悟(まながみ・けいご)/男/20歳/陰陽師】
【0284/荒祇・天禪(あらき・てんぜん)/男/980歳/会社社長】


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■         ライター通信          ■
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依頼に参加いただき、ありがとうございます。
今回は、キャラクターの各々の視点で語っている部分と、共通の部分とがあります。
他の方の分も合わせて読んでいただければ、より楽しめるかと思います。
少し長くなってしまいましたが、気に入っていただければ幸いです。
よければ、お暇な時にでも感想などいただければ、望外の幸せです。

卯月智哉さま、はじめまして。
植物を同化して使うことができる、ということで、今回、技として使ってみたのですが、
いかがだったでしょうか?
また、機会がありましたら、その時には、よろしくお願いします。