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調査コードネーム:石に残った卵
執筆ライター :緒乃磨裕弥
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜5人
------<オープニング>--------------------------------------
「ある、石を探して欲しいんです」
「石?」
思いつめたような表情をした15〜17頃のロゴTシャツに短パンの少年、桜井圭太(さくらい けいた)はこの草間興信所を訪ねてきたと同じように淡々と、かつ礼儀正しく言葉を重ねていく。
「俺、昔から化石や琥珀を集めるのが好きで、つい先日も見つけた琥珀を観察してたんです。そこまではいつも通りだったんですけど…琥珀の中に、小さな白くて丸いものが入っていて」
膝の上で組まれていた桜井少年の手は、自分のズボンポケットを漁るとすぐに紙を一枚差し出す。
その紙には学習机に乗せられた琥珀、そして言葉どおりその中には透明感の欠片もない小指ほどの白い物体が、琥珀の中で時を止められていた。
「…それで?」
写真から顔を上げて問い掛けると、桜井少年は好青年然とした黒く短い髪に指を突っ込み、乱暴に掻き毟る。
「夢を、夢を見たんです」
興奮覚めやらぬと言った様子で早口で捲くし立てると、桜井少年は写真を目の前のテーブルに置いて草間の目をまっすぐに見つめてきた。
「この琥珀の中の、白い卵が夢に出てきたんです。ここから出してくれって。それ以上は何も言わずに、何度も夢に出てきたんです」
暑い陽射しの所為かそれとも夢の内容の所為か。
桜井少年は困惑したように、何度も自分の髪をかき乱す。
「そして2週間がたとうとした昨日、この写真の机の上に置いてあった琥珀が消えました。…もう一度琥珀の中の卵に会いたいんです。どうか、探していただけないでしょうか!」
切羽詰ったような思いと吐き出された言葉に、草間は面倒くさそうに溜息を吐いて煙草に火をつける。
桜井少年は一度頭を下げると、必死に声を重ねる。
「見つけたら琥珀を壊して卵を出して遣りたいんです、お金ならきちんと払いますので…お願いします!」
頭を下げた様子を見ながら、草間はゆっくりと円をかいて煙草の煙を吐き出した。
「誰か手の空いてる暇人いたっけなぁ…」
少年は頭を下げた状態から、目の前の人物(草間)がいなくなり誰かと交代し、座る空気に顔をゆっくりと上げた。
「あの、あなたは…?」
不思議そうにこちらを見つめてくる視線に、無我はほんの少し口の端を上げて会釈をする。
「無我司録と言います。貴方の依頼を受ける者ですよ」
そう言うと無我は再び頭を下げ、依頼の説明をしようとする桜井少年の肩を掴んで興味深そうに言葉を続ける。
「失われた琥珀…卵…その訴え…ふむ。興味深い。とはいえ消えた理由も、その行き先と思われる場所も、鍵となる情報は少ない…拾った場所は?」
言葉を継げるままに桜井少年の顔を覗き込み、少年が口を開こうとした時にはゆっくりとその力は桜井少年の中に入り込んでいく。
「失礼…今、私が件に関して鍵に出来るのは貴方の心の中…以前見たという【夢】…その夢の中で、他に何か貴方の深層意識が【観て】いないか確認させて下さい…」
言われた言葉が以外だったのだろう、桜井少年の顔に戸惑いの色が見えるが…次に出して表情は、依頼を頼みに来た時と同じ顔。彼の言う夢の話をしている時と同じ。
そして意識をすっかり彼の中に置こうとした時…どこからか、泣き声が。
(…これは、何の…?)
次に見たのは、白いもやの掛かった森の中。辺りは木々、小川のせせらぎ、目覚めたばかりの清涼な空気まで感じさせる深い深い森の中。
(おや、これは…)
くるりと視線をめぐらせても、続くのは木々の群れ、群れ、群れ…。
けれど時折聞こえる鳥の鳴き声は、些か聞き覚えのあるものよりも力強く掠れているようにも聞こえてくる。
(肝心の卵と桜井君の姿は…見当たりませんね)
見覚えのある木々よりも南国のそれに近い系統の樹木に触れながら、これが夢の中ですかと幾らかの関心さえ覚えて夢の中を歩き出す。
空気は嗅いだ事が無いほどの清涼感を与え、空はいま少し目覚めるのを待っているかのようなのに…澄んでいる。
(これは一体どんな夢なのでしょうか、ねぇ…)
足元に転がる植物達も、シダ植物や見覚えの薄いものばかり。手にとって見ても、それは本物と大差の無い肌触り。
そしてすぃっと目の前を空中を飛行しながら横切る、緑掛かった手の平サイズの…
「あれは…?」
緑掛かった肢体に白目の無い大きな緑目、空の色を編んだような青い髪は頭の上で括られ、その背にあるのはトンボのように薄い透ける羽。
ひとつその姿を見かけると、次々とそこかしこから顔を出して笑いながら同じ方向へと飛んでいく。
くすくすくすくす、同じ言葉を皆が呟きながら。
『秘密秘密、あの子が帰ってくるよ。幼子が』
『返せ返せ、人間なんていらないいらない。お前達なんかお呼びじゃない』
くすくすくすくす、飛ぶ羽の羽ばたきと同じように繰り返し呟き、お互いの手を取って笑いながら飛び進む。
「…行ってみる価値は、ありそうですね」
そしてその言葉を一つ吐き出すと、帽子をかぶりなおして彼らの後を追いかけてゆく。
もやの中で緑色の羽をもつ彼らが止まったのは、見覚えのある木々ならば樹齢千を越すような大木の陰。
未だに笑い続けながら、何が嬉しいかわからぬほどに何かを見つめて指で示す。
『いるいるいる、何も知らずに』
『おばかおばか、何も知らずに』
顔を曇らす者もいれば、馬鹿にしくさったようにけらけらと笑い転げる者もいる。
そして指を指されているものは…ひとつも【卵】と、1人の少年。
(依頼者の少年と、写真の卵…。ふむ、ようやく彼にたどり着けたわけですか。この夢はなかなか偏屈らしい…彼の夢を見たはずなのに、着き先が無人だった事と照らし合わせてみても)
依頼者の言うとおり、木の陰から聞こえてくる声は「ここから出して」の一言のみ。
それも苦しげに悲しげに、ほんのり緑の光を放っている卵から聞こえてきている。
少年は何かを叫んでいるようだが、こちらからは一切が聞こえてこない。…彼の夢だからだろうか?こうやって覗き見ているからだろうか?
原因はわからないが、木の陰から足を踏み出してそっと少年の背後に歩み寄る。
その間も、聞こえてくる声は「ここから出して」と緑色の羽を持つ種族の声。…卵以外の声は、少年の耳には届いていないのがその表情から推測される。
「もう一度、失礼しますよ」
とんと軽く肩を叩けば、振り向いてくる彼の意識。彼の視線。目。
夢の中でもう一度、彼の記憶の部分が鮮明に浮かび上がってくる…。
発掘した琥珀にそれを発見した時の喜び、毎日磨き上げ植物に声を掛けるように話し掛けて持ち歩き、いつも満面の笑みで覗き込んでいた琥珀。琥珀に…中に、何かが。夢。どこかで見たことのある風景。光を放つ卵の言葉「ここから出して」。毎夜毎夜に訪れる同じ夢、「ここから出して」。それでも欠かさずに磨いて話し掛ける毎日。どうしようどうしようどうしよう……!!
【卵】が…泣く。
『イヤ、イヤ……ァクナ…イ』
『ナンデ?』
『ナゼ?』
『イヤッ!』
『ワカラナイ』
『…チガウ』
『……シラナイッ!』
弾ける感覚と共に送り込まれてくる声、どこかで聴いた泣き声。
川のせせらぎ、特殊な木、清涼すぎる空気に少年の記憶。
「…桜井君、少しお借りしたい物があるんですが…」
「ぁ…はい」
意識を外に戻して最初にした事。
それは小さな頼み事。
「…ここ、ですか……?」
どこか確認を取るように言葉を発しながら、とある山の奥に足を踏み入れる。
そこは何の変哲も無い山で、特徴をあげるとすれば桜井少年が琥珀を見つけた場所。目立つ層が浮き出て、時折ころりと何か過去の遺物が転がり出る場所。
「そして…彼の探し物が、還ってきた場所…ですね」
軽く辺りを見回し、辺りの木々や水音などに耳を済ませると、一直線に森の中に足を踏み入れていく。
桜井少年から聞いた、この辺りで1番年寄りな樹木の元へ。
…探し出すのはそう時間が掛からなかった。
樹木の根元に小さく芽を出している、生まれたばかりとも言える苗木。その根元に卵を抱いた琥珀はあった。
拾い上げると、数瞬何も起こらなかったが…やがて返ってくる反応。
『…ナンデ…』
弱々しく返される声に、ゆっくりと確実に周りの木々がざわめきだす。琥珀の中の卵は、同じ言葉を何度か繰り返すと喋るのをやめたが、木々のざわめきは止む事が無い。まるで、誰かを敵視でもしているかのように。
『連れて行くなー!せっかく還って来たのに!』
『そうだそうだ!帰れ、お前だけで帰れぇー!』
こつん、かつんと石粒の当たる軽い感触。振り返るまでもなく樹木を見上げると、夢と同じように笑っている緑色の…
「君達は精霊ですか?」
『そうだ!お前なんかが何万年生きたってなれない、精霊様だ!』
『特に俺達は、人間が生まれる前から生きてる!』
『新しい仲間が生まれるんだ!やっと還って来たんだ!』
『じゃまするなぁー!!』
まるで朝日の容赦ない一筋の光のように、キィーンと高音の声が響き渡る。
嵐のように木々がざわめき、精霊達の批難の大合唱。琥珀の中の卵が震えるように小さな声で繰り返す言葉だけが、ゆっくりとした音を紡ぎだしていた。
『ナンデ、タダ…』
『…タダ、起キタイト、思ッタダケナノニ…』
『ナンデ…』
一呼吸置くように、嗚咽を堪えるように声を無くす卵。…その中にいるのは、目の前にて飛行を繰り返して口汚く罵っている、精霊達と同じ姿の者だろう。
卵の中で身じろぎをするように、ぼんやりとそのシルエットが琥珀の奥で身じろぎをする。大きな緑色の目だけが…透けて、こちらを見上げてくる。
流れ込んでくる琥珀の中の卵、その中の…想い。
桜井少年の夢を観た時の様に、流れ込んでくる。
「早く出ておいで、生まれ損ねた幼子」
「こんな所に眠ってたの?…ああ、人間の手に落ちてたんだ、可愛そうに」
「大丈夫。出てきた後は俺達に任せなよ、人間も消してやる」
「あの時大部分が死んだと思ったけど…君は生きてたんだね」
「よかった…」
少年の夢と同じ風景の中、それとは明らかに違った会話。
先ほどのこうるさい精霊達が、光る卵に優しく声を掛けて不安を和らげようとしている。
…けれど、その言葉は卵の中の仲間の心の臓を震え上がらせていた。卵のままなのに零れ落ちる涙、それを気にも留めない精霊達。
「人間の傍にいるのが、苦痛なんだろう?」
「分かってる、すぐに助けるから」
卵の中から流れ込んでくる感情の色は…『好意』『悲しみ』『不安』…『恐怖』。
「あの人は、私を掘り起こしただけ…」
「私に優しく話し掛けて、くれただけなのに…」
零れる涙と言葉に耳を傾ける精霊達ではない。次々と吐き出される言葉は、刃のように切り付けていた。卵の中の同胞を。
「種族に記憶を無くしてるね?」
「俺達は樹木と共に生きる精霊。…俺達が生まれた樹木は、山が吐き出す溶岩の精霊に焼かれたけど、大丈夫」
「あいつらはもう滅多に出てこないよ」
涙がこぼれて震える卵。続く精霊の言葉は、次々と手を変え品を変えて卵の精神を傷つけてゆく。
卵の声は…常に響いていたけれど。
(あの人は、私を…ただの石になった私を…大切にしてくれただけなのに…。優しく、温かく声を掛けてくれただけなのに…)
揺れる光を放つ、卵の姿。ゆっくりと…その姿が、空間に溶けてゆく。
「イヤダ…モウ、聞キタクナイヨォ…!」
世界が揺らぎだし、精霊達が不満の声をあげ首を傾げながら夢の中から姿を消してゆく。その場所を少年の部屋と思しき場所に移動しながら。
卵は、写真で見たように机の上にあった。大事そうに白いハンカチの上に置かれて。
そして卵は…少年の夢の中で聞いたときと同じ、泣き声をあげながら…姿を消した。
そこまで観るともう一度よく琥珀の中の卵を見つめ、いまだに騒ぎ続けている精霊達に目を向ける。
痺れを切らしたようで、各々手に手にかまいたちの様な風を持ちながら接近してくる。
「…失礼しますね」
近づいてくる風に帽子を飛ばされ、口の端をゆっくりと引き上げて笑みの形を作る。
じわりじわりと…彼らの口が重くなる。
何が見えている?
それは彼らの仲間が、同胞がたくさん死んだ溶岩。
…溶岩の精霊だろう。
『イヤッ!イヤダァアーー!!』
キィキィ金切り声を上げ、手に持っていた風も振り払って樹木の中に逃げてゆく後ろ姿を見送り、落ちた帽子の土を落として被りなおす。
「さぁ、彼のもとに戻りましょうか…?」
借りておいた、この琥珀を常に包んでいた白いハンカチでそっと包むと、微かに嬉しそうな声が上がる。
そのまま直接事務所に戻り、依頼者である少年を呼ぶと飛ぶように来た。第一声は「ありがとうございます」。
大事そうに琥珀を包んだハンカチを受け取り、目の前で机に叩きつけるという大胆な行動をしてくれた。
「これで、中の卵は苦しくなくなるんです。…きっと」
大切に磨いていた琥珀の欠片を拾い、中の卵をハンカチに包んだ満足そうな笑顔。
これがいい結末ですかね、と呟いて彼の背を見ていると…一瞬だけ聞こえた声。
泣いていた声から転じて、幸福そうな笑い声が聞こえた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【0441/無我・司録/男/50/自称・探偵】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、初めまして緒乃磨裕弥です。
今回は依頼を受けてくださってありがとうございました。
私は今回が初仕事で、ギリギリまで粘ってしまいましたがとても楽しませていただきました。
こんな結果になりましたが、無我さんにも楽しんでいただけたら嬉しいです。
では、またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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