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闇に潜むヴァンパイア
●不気味な事件と青い日記
まだ日の高い時間。人気のない、廃ビルで。
「‥‥またか。これで4件目、だな」
くわえていた煙草を乱暴に地面へと投げつける男。
男の目の前には少年が血塗れで倒れていた。少年の首筋には獣のようなものに咬まれたような痕がある。白目をむき、脈がないところを見ると、もう手遅れだろう。男は自分の持っていた携帯電話で110にプッシュした。
「まだ若いのに‥‥ちーとばかし綺麗だからといって食われるとはな‥‥」
男はサングラスの奥の瞳で、もう一度、少年を見つめた。
少年はプロダクションなどに声をかけられそうなほど、綺麗に整った顔をしていた。
「あ、ちょっと上のヒトと代わってくれる? 奥津城徹(おくつき・とおる)が呼んでいるっていえば、それでいいはずだから」
そんな様子を遠くで見つめる影がある。
「そろそろ潮時かしら? 早く青い日記を手に入れなければ‥‥私の野望が潰えてしまうわ」
赤い唇が闇の中でゆっくりとそう、動いたのだった。
一方、草間興信所では。
「物騒ね‥‥」
新聞の一面に『またもや殺人事件?』と大きく取り上げられているのを、嫌なものを見るかのように見つめるのは、草間に留守番を頼まれた深月明(ふかづき・あきら)。緑色のブレザーを身につけ、そっとソファにもたれかかった。
「あのお‥‥」
「えっ!? だ、誰っ!?」
突然声を掛けられ、飛び上がる明。そこにいるのは幼い少女だった。
「これ、落とし物なの。あげるね!」
そう言って手渡したのは青色に染まる表紙の本が一冊。
「これって‥‥」
受け取り、顔を見上げたとたん、誰もいなかった。明はそっとその本を開けてみてみる。どうやら1ページごとに日付が書かれている。
「日記?」
そう思ったとたん、とてつもない寒気が彼女を襲った。
バタン!!
思わずその日記を勢い良く閉じてしまった。
「も、もしかして‥‥これって、あの青い日記?」
明は以前の依頼で語られた日記のことを思い出していた‥‥。
●スーツの女
人気のない林の中。赤く短い髪を風に靡かせ、黒のスーツを着た女性が、腕を組み遠くを見ていた。
「全く‥‥せっかく手に入れた日記をあの子に渡すなんて‥‥馬鹿な子ね」
女性の足元には小さな子供が一人、倒れている。あのとき、明に日記を渡した少女だった。少女はうっすらと女性を見上げた。
「いいわ。日記に変わるものは他にもあるわけだし。それに‥‥あの人と会って話すという手もあるのだから‥‥」
そして女性はにっと微笑む。
「だから、アナタの血で許してあげる。もっとも、生きていられないけれども」
子供は怯えるように空を見たが、助ける者は誰一人いなかった。
「さてっと、食事も終えたし。クローンが何処までやれるか、見せて貰いましょうか」
もう一度、女性は笑った。
「面白い子達がいっぱいいるから、私を楽しませてくれそうだわ‥‥ねえ? 明?」
翌日。林から子供のミイラが発見され、大々的に報道されたのは言うまでもない。
●日記のあり方
既に廃校となっている校舎の裏で、彼らは待ち合わせをしていた。
「‥‥なんで君がここにいるんだ?」
金髪の陰陽師、真名神慶悟(まながみ・けいご)は明の側にいるマント姿の少女、冬野蛍(ふゆの・ほたる)を見て、驚いていた。
「今度は明お姉ちゃんを守るんだよ。それに関わるって決めたしね」
「あー、仕方ないか。とにかく、嬢ちゃんも明も気を付けるんだぞ」
「はーい☆ それに関しては任せて!」
元気な蛍の声に慶悟はもう一度、大きなため息をついた。
「そう言えば、メンバーは他にはもういないのか?」
ため息をつく慶悟の横で、黒衣に身を包む紫月夾(しづき・きょう)が明に尋ねる。
「いいえ、後、もう一人来ます」
「もう一人?」
きょとんと見上げる蛍。と、そのとき。
「待たせてしまって申し訳ない」
軽い足音と共に現れたのは一人の女性。銀髪をヴェールで覆い、黒のシスター服に身を包んでいる。その手には何かの瓶が握られていた。
「それは? あっと、それと‥‥君は?」
慶悟が訊ねる。
「私はロゼ・クロイツ。異形がらみの話と聞いてやってきた。それと‥‥これは聖なる祝福を施した油だ。邪悪な書を焼くと聞いて、な」
ロゼの凛とした心地よい声が響く。
「なるほど、邪悪な書を滅するときは聖なるもので、か‥‥。だが、燃やすのは少し後にしていただきたい」
夾は組んでいた腕を戻し、明の前に立つ。
「日記の中身を確認させて欲しい。その後で燃やすということでも、構わないだろう?」
「それなら俺も立ち会わせていただく。俺も気になっていてさ。それに、変なものが出ないように禁呪を施してからの方がいいだろ?」
そう言って慶悟は夾の顔を見た。
「そういうことなら、構わない」
「OK。じゃあ、明。日記を貸してくれないか?」
「あ、はい。わかりました」
明は背負っていたリュックから日記を取り出した。
とたんにこの場にいる全員が、何か悪寒を感じ始める。
「ホントに何か出てきそうだな。ま、とにかく‥‥禁呪を唱えるか。‥‥我に悪障‥‥害障為す事を、禁ずる」
僅かだが、先ほどの悪寒が緩んだようだ。慶悟の禁呪が効いているらしい。
「これでいいぜ。さて、見てみるか?」
慶悟と夾の二人の視線が日記に注がれる。
「‥‥なんだ? タダの日記ではないか」
夾が眉を潜める。その青い日記には、少年とおぼしき口調で綴られた、ただの日記のように見えた。
「へえ、良くできているな」
「?」
慶悟の声に夾は不快な表情を見せた。
「日記のように見えるが‥‥これも俺のかけた禁呪の一種、だな。よく見てみろ。文字の下にうっすらと文字が見える。この日記の表紙が青いのも禁呪のため、だな。それともう一つ」
「な、なんですか?」
明が恐る恐る訊ねる。
「この日記には禍々しい念を感じる‥‥その原因なんだが、どうやら、元の書も日記だったようだ。様々な禁忌とされる術の使い方が書かれている。まあ、明のようなやつの手に渡ったというのは本当に幸運というべきかもな。悪用すれば、凶悪な術師になれるだろうしな。もっとも、この書に書かれている術を使ったら最後、死ぬことになるけどな」
「死ぬ‥‥」
蛍はその慶悟の言葉に、ぎゅっと明とつないでいた手に力を入れた。
「といっても、これは俺の憶測だけどな。全ての文字が読める訳じゃないし‥‥大部分がちんぷんかんぷんだからな」
「なっ‥‥驚かさないで下さい!!」
「とにかく、この日記は燃やした方が良さそうだ」
夾の言葉に。
「賛成!! さっさと燃やそう!! 危ないものをそのままにするのは反対!」
「だな。俺もその意見に賛成だ」
「だが‥‥」
その言葉に異論を唱えるのが一人。ロゼだ。
「もし、燃やして『本の形を失わせる事』が禁忌を開くきっかけだったらどうするのだ?」
あり得ない話ではない。慶悟の話によると、術をかける前、すでに禁呪を施していたようだった。その本が燃えることで、その力を解放する。そうなるとここにいる全員もただで生きていられない可能性だって出てくるだろう。
「‥‥でも、私の母は燃やして欲しいと言っていました。きっと、燃やさないとダメなんだと思います。私は‥‥母の言葉を信じたい」
そのひたむきな明の言葉を皆は黙って聞いていた。
「そうだな。疑っては何も始まらない」
「じゃあ、さっさと燃やしてしまおう」
「わかりました」
「あ、それなら、ボクが先に本を刻むね!」
そう言って蛍が前に出る。
「猫の騎士さん、お願い!!」
その蛍の声と同時に地面に置いた日記が見えない力で切り刻まれた。
「では、油を撒く。いいな?」
次にロゼがバラバラになった日記の上に、聖なる油をそそぎ込んだ。
「おっと、火は俺が付けよう」
最後に慶悟が前に出る。
「我、陰陽火気を奉じ、木気を促し、悪障もたらす書を焼かん‥‥炎を燃えよ。太隠は翳り、太陽をこれに顕し‥‥浄化の光、浄化の炎、共に塵と帰せ!」
かっと一瞬、まばゆい光を放ったと同時に、日記は勢い良く燃え上がった。
ぱちぱちと弾けるような音を響かせながら‥‥。
●闇に潜みし魔性
「これで全てが終わった、か‥‥」
用もないと夾はその場を後にしようと振り返った。
「待って!! な、何か来るよ!!」
突然、蛍が叫び出す。蛍の指さす先、夾の振り返った先。
「日記‥‥日記は‥‥何処? 私の、日記‥‥私の日記を何処へやった!?」
そこには唇を異様に赤く染めた一人の女性がいた。長く痛んだ髪をそのままに。瞳だけ爛々と輝かせながら‥‥。
「だ、誰!?」
そう叫ぶ明の声が裏返る。
「私は‥‥ディアン‥‥血が‥‥日記が欲しいっ!!!!」
突然、明に襲いかかろうとする。
『そうはさせない!』
知らぬ間に伸びる蔓が女性‥‥いや、ディアンの足元に絡む。この蔓は卯月智哉(うづき・ともや)のものだ。もっとも、この場にいる者達は明を除いて、誰一人知らないが。
「あああううう!!!」
ディアンは体勢を崩し、その場で転んでしまった。しかし、すぐに立ち上がる。
「まーったく、懲りないヒトだな」
慶悟は早口で何かを唱え始める。
「‥‥真理は闇に潜みし、悪鬼を塵と化し、無へと帰すっ!!」
閃光。
「ギアアアアア!!!」
目を押さえ、その場で苦しみ出すディアン。それを夾は見逃さなかった。
「日記はもう、燃えた。諦めろ」
キュイイイっと夾の手にしていた鋼糸がディアンの体を、きつく締め上げていく。
「いやあああ、日記、日記を‥‥血を、血をぉぉぉぉおおお!!!」
それでも暴れようとするディアン。その体には鋼糸で付いた、いくつもの切り傷が浮かび上がっていた。
「生への冒涜者が現世で得られる物は何もない」
ゆらり、揺れるロゼが呟くようにディアンに語り始める。
「神と、その使徒が唯一汝に与えしもの、それは‥‥滅びだ!!」
そんなロゼがとった行動。
「ロゼさん!!!」
ディアンに抱きつき、そして。
ガシャガシャン!!
「アアアアアアアアァァァァァアアアアアア!!!!」
銀に光る刃が、ロゼの体から飛び出ていた。そのうちの一本がディアンの心臓を貫いている。のたうち回るディアンであったが、次第にその力はゆっくりと、そして徐々に失われて行く。
「滅びでしか、ない‥‥」
赤く染まる刃が、音もなくロゼの体の中へと戻っていった。
●もう一人の女性
ディアンはいつの間にか、さらさらと‥‥砂のようになっていった。
「わた‥‥しは‥‥ただ‥‥綺麗に、なりたかった‥‥」
か細い声で、ディアンは最後の言葉を告げる。
そして、残った砂は風に舞い上がり、遠くへと運ばれていった。
ぱちぱちぱち‥‥。
不自然な拍手。
「お見事だったわ。皆さん」
そこに現れたのは黒いスーツを着た女性。燃えるような赤い髪が暗がりでも、よく分かる。
「お前‥‥もしや日記を持っていった!」
すかさず夾が鋼糸を女性に放った。
ぱしり。
何かに守られるように、その鋼糸は弾かれた。
「あら、あなた‥‥確か青い部屋で面白い技を使ったお兄さんね。奇遇だわ」
「奇遇だと! 俺はお前を一度も見たことはない!!」
「そうだったかしら? まあ、いいわ。今日もいいものを見させていただいたから」
女は微笑み、彼らを見渡す。
「だけど‥‥日記が燃えてしまったのは残念ね。この街を‥‥いえ、この世界を手に入れることも出来たのに‥‥。日記を失ったことはちょっと痛いけど、他の方法で力を得られるのだから」
もう一度微笑む。
「それに恐いお兄さんが私のことを睨んでいるようだし‥‥。そろそろお暇するわ」
ふわりと短い髪が揺れる。
「またお会いしましょうね、明ちゃん。あなたは私にとっても大切な人だから」
そして消える。何事もなかったように。
「な、なんだったの?」
明の側で震える蛍。
「さあ‥‥わからない。だけど‥‥」
これから、まだ何かが起きようとしていることには間違いなかった。
●恐いお兄さん?
全てが終わった後、皆はそれぞれ帰っていった。明もロゼと共に帰っていった。
そして、蛍も‥‥。
「よお」
突然声をかけられ、蛍は飛び上がりそうになった。声をかけたのはまぎれもない、あの奥津城徹だった。
「家まで送ってやるか?」
「平気、です」
「そっか‥‥あのさ。一つ頼みがあるんだが」
気まずそうに徹は続ける。
「よかったら、今度も明を見ていてくれないか? 嬢ちゃんは危険を感知出来るようだから」
「そ、それって‥‥?」
「まだ終わりじゃない」
いつになく真面目な口調で徹は口を開いた。
「俺もそれほど強いわけじゃないからな‥‥万が一のことがあったら、明のことを頼む」
「ま、万が一って、ダメです! 命は大事にしなくっちゃ!!」
そう力む蛍の様子に徹は顔を綻ばせる。
「アイツと同じ事を言うんだな。分かったよ」
「分かっただけじゃ、だめです!!」
ぽむっと蛍の頭に大きな手が乗せられる。
「万が一って言っているだろ? それに、一度でいいから明に‥‥いや、何でもない。とにかく、嬢ちゃん、夜道は危ないから気を付けて帰るんだぜ?」
そう言い残し、徹は去って行く。あのときと同じ、淋しそうな笑みを浮かべながら。
「本当のこと、言わないつもりなのかな? でも、それって‥‥悲しいよ」
蛍はぐずっと鼻をすすって、帰り道を歩き始めたのであった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0389/真名神・慶悟 /男/20/ 陰陽師】
【0056/紫月・夾 /男/24/ 黒衣の青年】
【0423/ロゼ・クロイツ/女/2/ シスター?】
【0516/卯月・智哉 /男/240/ 古木の精】
【0276/冬野・蛍 /女/12/不思議な少女】
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■ ライター通信 ■
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初めましての方も、そうでない方もお待たせいたしました☆ 依頼ノベルの完成です☆
今回の依頼はどうでしたか? 難しかったでしょうか? 日記もヴァンパイアも無事に燃やしたり、倒したりすることが出来たようです。ですが、なにやらまだある様子。果たして、あのスーツの女は何を企んでいるやら?
三度目の参加、ありがとうございます☆ なかなかプレイングが来ないので、今回は参加していただけないんだろうかと心配してしまいました(苦笑)。それと、「猫の騎士」ですが、初めての描写でちょっと心配です。何かあればファンレターなので仰って下さると次回から直しますのでよろしくお願いしますね。
どちらにしろ、今回の依頼は大成功です。次の依頼などもこの調子で頑張って下さいね。それでは、また次の依頼でお会いできるのを楽しみに待っています。
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