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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


納涼・化かし合い大会

*オープニング*

ゴーストネットの人気サイトのひとつ、『なんでもかんでも募集掲示板!』のコーナーになんだか意味不明な書き込みがあった。

『暑い真夏の夜、化かし化かされて一夜ぞくっとしてみませんか?』
…なんじゃこりゃ。
『8月某日、龍殻寺にて肝試し大会を行ないます。と言っても参加者が一方的に肝を試されるのはつまらないので、全ての参加者がお化け役であり化かされ役でもあり、と言う、攻守入り乱れてのサドンデス?方式を取りたいと思います。参加費は無料、化かす方法も制限はありません。コスプレ・特殊メイクは勿論の事、皆さんが密かにお持ちの特殊能力を利用してくださっても構いません。但し、相手の肉体を傷つける行為、相手の精神に直接干渉して恐怖を与える事は禁止です。(幻覚・幻聴の類い程度ならOK)あくまでも皆さんの見た目・能力・特技・演技力で勝負しましょう。化かされずに最後まで生き残った方には』
 って、最後の一番大事な言葉が、文字数制限に引っ掛かっててアップされてない!
 参加希望者は当日会場となる龍殻寺とやらに直接集合すれば良いらしい。ちなみにこの寺は立地条件の所為か、霊道が開き易い環境にあり、心霊現象も多々目撃されている。わざわざお化け役を募集せずとも素で肝試し大会が開催できるらしいのだが。

 そして、もうひとつ。この募集書き込みを誰が書き込んだのか、それも詳細は不明……。

*スタート開始10分前*

 「…何でこんな事になってんだ………?」
 僕はぼやくみたいにそう口の中で呟いてみる。ここは都心の真ん中にあって尚静かな景観と重々しくも荘厳な佇まいで有名な、龍殻寺と言う寺だ。雑誌編集員である僕は、連載中の作家から締め切り間近な原稿を受け取って社へと帰社を急いでいたのだが、いつもなら静かなこの寺院周辺が妙に騒がしいので不思議に思い、ちょっと寄り道をして様子を伺おうと思っただけだったのだが…。
 「はい、参加希望ですね?ではこちらへどうぞ!」
 妙ににこやかな、ミニ丈の白い着物を着たコンパニオンのような女性に案内されて、あれよあれよと言う間に門を潜って境内の方へと連れて行かれた。周りには、老若男女問わず人が多い。中には何故だか仮装のような格好をした人達までいる。僕が目を瞬いて辺りを見渡していると、先程の女性が僕の胸元に紙製のバッチのようなものを付けた。手の平大のそれの真ん中には『104』と数字が書かれている。良く見れば、周りにいる人達全ての胸元に番号違いの同じバッジが付けられているではないか。
 「あ、あの……これは……?」
 「はい、このバッジが参加票代わりになりますから、無くさないようにしてくださいね?これがないと、最後までもし残っても商品をお渡しする事ができませんから。それと、もし誰かと遭遇して化かし合いで勝った場合は、相手の方のバッジを貰ってください。そのまま記念に持っててもいいし、その場で破いても構いませんので」
 すらすらと立て板に水で説明をする彼女に、ついこくこくと頷いてしまった。その様子を見て女性がにっこりと営業用スマイルっぽい完璧な微笑みで俺を見つめた。
 「スタートまでにまだ時間はありますから、この要項を見てルールを把握しておいてくださいね?それでは……」
 そう言って一枚の用紙を手渡して去って行こうとする彼女を、僕は呼び止めた。何ですか?と笑顔と共に振り向く彼女に、境内の一角を指差して僕は問う。
 「あれ…あそこで皆、用紙に何かを記入してますよね。この要項にも書いてあるけど、参加に当たっては氏名と簡単な連絡先を提出…とありますが、僕は記入しなくていいんですか?」
 僕がそう言うと彼女は、またもにっこり爽やかな笑顔で答える。
 「結構ですわ。全ての参加者の皆様が自主的にお見えになった方だとは限りませんの。偶然居合わせた方や招待された方に付いては記帳は免除となっておりますの」
 言い終えると彼女は、では、と一礼をして去って行く。その後ろ姿を見送りながら僕は、招待された客ってのはどんなんだろう、まぁ僕の場合はその『偶然居合わせた』ってのの部類なんだろうなぁとその時は漠然と思っていた。
 変な事に巻き込まれたなぁ。

*スタート!*

 夕暮れから夜へと移行する間際、紫色の空がその藍の部分を濃くし始めた頃、ゴーン………と、敷地内になる鐘が低く一つ、鳴り響いた。その瞬間、場の雰囲気が一気に凍って、蒸し暑い気温が数度下がったような気がした。思わずぶるっと背筋を震わせて、自分で自分の腕を摩る。気がつけば、さっきまでたくさんの人で溢れていた境内には人っ子ひとりいなくなっていた。え?!と僕は目を見張って周りを見渡す。あの大勢の人数が誰かを化かす為に何処かに散ったとは言え、一気に、そして気配さえしなくなったと言うのは不思議を通り越して無気味ですらあった。確かにこの龍殻寺と言う寺院の敷地は広いと聞いていたが。まるで、敷地内のどこかに異次元へと繋がる場所があって、みんなそこへあっという間に飲み込まれてしまったのではないか、と思う程に……。
 「…まぁイイか。取り敢えず…どっかで休憩でもしようかな」
 仕事帰りであった筈の僕は、ひとつ小さな欠伸を漏らして歩き出す。さっき貰った用紙に書いてあった説明に寄ると、会場内の至る場所に休憩所が設けられているとの事だった。そこではドリンクや軽食のサービスもあるらしい。至れり尽くせりの企画だが、一体こんな事をして何の為になるのやら…。僕は首を傾げながら視線の先に見えたテントの方へと歩いて行った。
 学校の運動会とか催し物で使うみたいなテントの下に、ちょっとした長椅子やテーブルがあってそこに冷たいお茶やジュースのポット、お菓子類やサンドイッチ・お握り等の軽食が用意されていた。とは言え、ソフトドリンクに混じってビールや冷やの日本酒なんかも用意されているのはどうだろう?参加者には未成年も多いだろうに、こんな誰の監視の目もない所じゃ…。良く良く見ればテントの周りには小さめの提灯なんかも下げられていて、気分はまさにビアガーデン?……肝試しとはほど遠いような気もするのだけど、まぁ夏の風物詩という点では同じか……。僕は自分を無理矢理納得させて、紙コップに冷たい烏龍茶を注ぐと長椅子の端に腰を下ろして一息ついた。静かな敷地内は薄らと靄まで掛かって臨場感は増すばかりだ。小さな提灯が微かな風に揺れて、中に灯されたロウソクの炎が生き物のように揺らめいた。夏だと言うのにひんやりとさえ感じる空気に、何故か違う意味でぞくりと背筋を凍らせながら、僕は気持ちを落ち着かせようと思って胸ポケットから煙草と携帯灰皿を取り出した。一本箱から出して咥え、ライターで火をつける。一口深く吸い込んだその時、遠くから聞こえた悲鳴のような声に思わず火をつけたままの煙草を取り落としそうになった。
 「な、な、なんだ!?」
 その、キャー!とかワー!とか言う悲鳴のような叫び声は遠くから聞こえては消え、どんどん近付いてくるような気がする。聞く限りでは同一人物の声には聞こえないので、複数の人間か次々に悲鳴を上げている…そんな感じがする。このイベントの主旨から考えれば、もしや、やり手(?)の化かし役が次々に獲物をその手中に納めているって事じゃないのか?
 「…………」
 僕は我知らず、ごくん、と唾を飲み下す。微かに震える手で持っていた煙草を消して灰皿に捨てた。と、その時。白い靄の中に一人の人影が浮かぶ。その背格好から、男性のようだ。近付いてくるにつれてその姿が明らかになる。鍔広帽を目深に被って、この暑いのに黒のロングコートをしっかりと着込んでいる。帽子のせいで顔も良く見えないし、これでは下手すると変質者じゃないか…と失礼にも僕が思っていると、その男も僕に気付いたようで、軽く会釈をするとこちらへと近付いて来た。
 「こんばんは。いい夜ですねぇ」
 そう、静かな低い声で挨拶をする。声を聞く限りでは何処にも変な所のない、ごく普通の礼儀正しい初老の男性のようだ。ただ目深に被った鍔広帽のせいで覗けるのは口許だけだ。白くて歯並びのいい大きな口がにやりと笑みの形になる。僕は、半分ほっとして半分ぞくっとしながらも、会釈を返してそうですね、と返した。
 「失礼ですが、肝試し大会の参加者とお見受けしますが。さっそく休憩ですか?」
 男が僕の胸元にある、紙バッジを見ながら(何処に目があるか分からないから定かではないが、気配から多分そうなのだろうと…)そう言う。ええ、と僕は曖昧な笑顔で言葉を返した。
 「そうなんですが、別に僕は参加しにここに来た訳では…何か賑やかしいので何だろうと様子を見に来たら半ば強引に参加させられたと言う感じなんで、あんまり積極的じゃないんですよ。適当に見て回ったら、帰ってしまおうかと思いまして…」
 「おや、それは残念。もしかしたら、最後まで生き残れるかもしれませんのに?案外、いいものが貰えたりするかも知れませんよ?」
 そう男は言うと、呼気を吸い込むような声で密かに笑う。黒い影になった顔面で、白いその口許だけがやけに鮮明に浮いて見えた。ひとしきり男は笑うと、溜め息のような息を漏らしてから(多分)僕の方を見てこう言った。
 「ところで…何か見えませんか?」
 「…え?」
 男が首を巡らせて視線の向きを変える。それに釣れて僕もそちらへと視線をやると、急に足元が崩れ落ちるような感覚を受けた。傍にあったテーブルもがたがたと震えて上に置いてあるポットや何かが地面へと落下する。……地震だ!
 「えぇ!?……っうわぁ!」
 あまりの激しい揺れに僕は座っていた椅子から転げ落ち、慌ててその椅子に縋り付いて身体を支える。するとついで、つんざくような轟音が空から鳴り響く。何事、と思って仰ぎ見れば、さっきまで星が覗けていた夏の夜空にはおどろおどろしいまでの暗雲が立ちこめて激しい雷鳴が轟いているのだ。フラッシュのような眩いまでの光の後、鼓膜が破れるかと思う程の空気が破れる音がする。うわっ、と思わず耳元を両手の平で押えた僕の目の前を、赤い何かの欠け片がちらりと舞った。
 「………え?…って、ああ!?」
 その欠け片の経路を辿って視線を動かした先には、歴史ある龍殻寺の本堂が真っ赤な炎に包まれているではないか!パチパチと乾いた木が燃える音、弾けた火の粉が舞い飛んで末期の桜の花弁のように夜空を朱に染めている。顔面が燃えるような熱い空気の固まりが襲ってくるのを感じて、僕は思わず両腕で顔を覆って逃げようとする。その時だった。
 「……何ともオーソドックスな『恐怖』ですねぇ…」
 今目の前で起こっている天変地異とは余りにそぐわなさ過ぎるほどの、穏やかな声が響く。え?と思って僕がそちらへと視線をやろうとした瞬間、足元を揺るがしていた衝撃も空から降る轟音も、そして顔を焼く熱い炎の気配も、全てぴたりと消え失せた。後に残ったのは、静かに靄が流れる、人気のない夏の夜の境内。首を捻って辺りを見渡せば、さっき地面に落ちたと思っていたポットや紙コップ類も全て元通り、それどころか業火に包まれていた本堂も素知らぬ振りで静かな佇まいを見せている。…よく考えれば、あんな激しい火事が一瞬のうちに起こるわけがないのだ。僕は恐る恐る、目の前にいた男へと視線を移す。男が、喉でくつくつと嗤った。
 「いや失礼。貴方の中の『恐怖』を具現化しただけなのですが…貴方はよっぽど怖いモノがないお人なのでしょうな?怖いものは何かと聞かれて『地震・雷・火事・ナントカ』が出てくるぐらいですから」
 「………。それが、あなたの能力なんですか?」
 確か、さっき読んでいたルールには特殊能力の使用は可、とあった。まさか、この現代日本でそんな能力を持った人間などいないだろう、これはただの煽り文句なのだろう、と思っていたのだが、ついさっき見た、あの生々しい騒動の全てが作り出された幻だとすれば、そうとしか考えられない。
 「失礼、申し遅れました。私は無我・司録。つい、楽しそうな企画だったので参加させて頂いたのですが…いや、私にとっては貴方の方が余程興味深い。どうです?いっそ頂点を目指してみませんか?」
 「はぁ!?」
 そう僕が素っ頓狂な声を上げるのもかまわず、司録と名乗ったその男は胸元に付けていた『441』と書かれた紙バッジを取ると僕の方へと差し出した。…これは、僕に驚かされたから敗北を認めた、と言う事なのだろうか?だがそうだとしても、司録が驚いた理由と言うのはこの催し物の主旨とは若干違うような気がするのだけど…。
 それでもまぁ、差し出されるものを意固地に拒否するのも大人げないと思い、僕はその紙バッジを礼を言って受け取ってポケットにしまった。そうして何故だか、僕達は二人で更に奥へと歩みを進める事になったのだ。

 「ところで、お聞きしていいですか?」
 肩を並べて歩きながら司録が問う。なんですか?と僕が聞き返すと、司録がまたもにやりと白い歯を覗かせて嗤った。
 「先程の、貴方の怖いもの…『地震・雷・火事』までは具現化しましたが、最後の一つだけは現れませんでした。普通なら『親父』が来る筈ですが、もしや貴方にとってはその位置には別のものが来るのではないですか?」
 「…そう言われてみれば…僕の父親は穏やかな性格の人で、声を荒げて怒ったりとか、そう言う事は一切無かったように思えますね。かと言って、それに代わる程の怖いものと言われても…今は思い付きませんね」
 そうですか、と頷く司録は、何度も口の中で興味深い、と繰り返していた。なにがそんなに僕に興味を引かれるのかは分からないが、一人でこの先進むよりは二人の方が楽しいし心強いのでこのまま一緒に行動を共にする事にする。…だけど。
 なんか引っ掛かるんだよなぁ…。

*スタートして数時間*

 僕と司録は闇夜の中を肩を並べて歩いていく。よくよく考えなくても、男が二人してこんな場所を散歩すると言うのも虚しいと言うか情けないと言うか…そう思って僕が溜め息を小さくついたその時、司録が立ち止まった。僕が無言で問い掛ける視線を彼へと投げ掛けると、司録が手を上げて何処かを指差す。その指の先を目で追って行くと、そこには二人の人物がいた。

 「だから…悪いと思ってるよっ、俺だって!」
 「思ってても改めないと意味は無いんだよ?分かってるんだろう?」
 声からすると、どちらもまだ若そうな男だ。男と言うよりは少年、だろうな。少しづつ近付いて来た彼らは手元に何か明かりのようなものを持っている。懐中電灯か何かを用意して来たのか、と思った僕だったが、若干背の高い方の少年が手にしているものを見て思わず目を瞬いた。月の光を集めたみたいな綺麗な銀色の髪をポニーテールに結って、格好はジーンズにラフなシャツ姿の普通の少年なのだが、その手の平を明るく照らしているのは、手の平から数センチ浮いてゆらゆら揺らめいては瞬く、光の珠のようなものだったのだ。僕が目を瞬くと、隣で司録が興味深げに唸って頷いていた。
 繁みの中、少し開けた所で彼らは立ち止まる。光の珠を捧げ持った少年の隣に居たのは、同じように月光の髪色をした少年だ。…但しこちらは、なぜか白い浴衣に下駄、そして白い鉢巻きを額に巻いている。なんとも複雑な格好だ。その少年は不貞腐れたような表情をしながら、隣の少年が肩から掛けているトートバッグの中からお菓子の小袋を出してはもぐもぐ食べ散らかしている。何か言いたそうな上目遣いで、隣の少年を見上げた。
 「…改めようと思っても、びくりしちゃったんだからしょうがないじゃん。俺はでゅーちゃんみたいに無駄に度胸据わってないもん」
 「人を化け物みたいに言わないでくれるか?ファラが余りにナイスなリアクションを取り過ぎるからだよ。しかも、本当なら驚いた時点でファラの負けな筈なのに、無駄にパニクって、揚げ句に能力なんか使うから…」
 でゅーちゃんと呼ばれた、幾分年嵩な少年が溜め息混じりにそう言うと、ファラと呼ばれた方の少年が肩を落とした。
 「う、うん…あれは反省してる…あの人達、大丈夫かな。思わず消しちゃったけど…」
 ぼそぼそと尻窄みに言葉が途切れる。でゅーちゃんが苦笑いをしてファラの肩をぽんぽんと叩いた。
 「大丈夫。消えたと言っても生身の人間だから、多分次元の狭間に挟まっているだけだと思うよ。後で帰ってから俺が捜してみる。きっと見つかるからそう気にしたこともないよ」
 「そ、そうかな…」
 「そうそう。だからもう能力使うのは止めてくれないか?その度に、光玉を作り直すのも面倒臭いんだ。幾ら俺が古代ルーン魔術の継承者だからってもね、まったく力を消耗しない訳じゃないんだからさ」
 「俺の能力、コントロール効かないからねぇ。発動させる度に身内の力まで中和してたら、何の役にも立たないもんな」
 「良く分かってるじゃないか」
 にっこりと、婉然と笑みを浮かべてでゅーちゃんがトドメを刺した。うっ、と言葉に詰まりながらファラが反撃の糸口を探そうとするがなかなか見つからないらしい。表情を変え、にっこりと微笑み返すと話題を変える事で自分に向いていた矛先を変えた。
 「や、やっぱりさ!ロウソク持ってこれば良かったんだよ。そうしたら中和ででも消えないし、乾電池と違って消耗…はやっぱりするけど重い乾電池よりは持ち運びにも便利だし?そ、それにやっぱり肝試しって言ったらロウソクが基本でしょう!」
 そうファラが元気よく言うと、でゅーちゃんはニッコリ微笑んだまま首を左右に振る。
 「…ロウソク自体は否定しないが、ファラはそれを巻いている鉢巻きに立てようとしただろう?それは危ないから駄目だって言ったんだ、俺は。蝋が顔に垂れれば火傷をするし、この寺は木々も多い。第一、建物自体が古くて木造で乾いてて、凄く燃え易そうじゃないか。肝試しに来て放火したってなったら、笑い話にもならないよ」
 「えぇ…でもこれが日本の幽霊の基本なんじゃないの?俺、映画かテレビで見たよ」
 きょとんと緑の瞳を瞬かせてファラがでゅーちゃんを見上げる。溜め息混じりででゅーちゃんがファラの肩をまたぽむぽむと叩いた。
 「……何か勘違いしてるよ、ファラ………」

*終了一時間前*

 そんな会話を交わしている二人が再び歩き始める。その方向はどう見ても僕達が佇んでいる繁みの方へと向かっていた。どうしようか、と問い掛けるように司録の方を見れば、彼は(多分)面白げな表情でにやりと白い歯を覗かせていた。その場からは動く気がないようなので、僕もそのまま立ち止まっている。その真横を彼らが通り過ぎようとした所で、ファラの方が何気なくこちらを見た。僕も司録も、別段何をする訳でもなくそこに立っていただけなのだが、誰も居ないと思っていた場所に予想外に人が居れば驚きもするだろう。逆に、『うらめしや〜』とか言って驚かしてあげた方が良かったのかも知れない。薄暗い繁みの中に、何も言わずに男二人がぼさーっと立っている姿は、冷静に考えたらかなり怖い。案の定、僕と目が合ったファラは音がする程にさーっと顔を青ざめると、
 「うきゃああぁあ!?」
 と、何とも奇妙な叫び声を上げる。その背後ででゅーちゃんがこちらはまたファラの驚きようとは裏腹に、落ち着き払った様子で「…ナイスリアクション」とぐ!と親指を立てているし。おかしな二人だなぁ、髪の色も瞳の色も同じだから兄弟なのかな?と僕がのんびり考えていると、僕の隣で司録が何処か切羽詰まったような声を漏らした。
 「司録さん?」
 「歪みが…」
 司録がぽつりと呟いた言葉に、僕は何にも思い当たらなくて首を傾げた。ふとファラの方を見れば綺麗な緑の瞳が更に美しく輝いている。それは、ヒトの瞳としては不自然な程に。え?と僕が思って一歩前へと踏み出そうとしたその時、でゅーちゃんの手の上に浮いていた光玉がぱちん!とシャボン玉が弾けるみたいに消えてなくなった。あれ?と思って今度はそれに目を奪われていると、何故だか足元の地面がぐにゃりと曲がるような感覚を受けた。
 「………え?」
 何て言うんだろう。今までに体験した事のない、まるで全てが無に還るような感覚。重力を感じずに何処かに墜ちて行くような感覚。ぐらりと視界が歪んで二人の少年がその範囲から外れようとしたその時だった。
 「ファラ!」
 でゅーちゃんの厳しい張り詰めたような声がその場に響く。はっと我に返ったようにファラが目を瞬いた。その瞬間、揺らめいていた僕等の感覚もすぅっと、汗が冷気で引くように消えて無くなってしまった。両足が地面に張り付いてしまったかのように、呆然と立ち竦む僕の肩を、斜め背後から司録が案じるように叩く。大丈夫、と言う意味を込めて、首を捻って頷いてみせた。
 「すみません…大丈夫ですか?」
 でゅーちゃんが申し訳なさそうな表情をしながらこちらへと歩み寄る。僕等の前で、ファラの後頭部を押え付けて一緒にお辞儀をした。
 「危うく、また中和してしまう所でした。あまりたくさん消されると、捜す俺の方が大変なんで、ちょっと危険だったのですが無理矢理中断させて貰いました。何事も無かったようで何よりです」
 苦笑いを浮かべるポニーテールの彼が、自分はデュナン・ウィレムソン、白い浴衣の隣の彼をファレル・アーディンだと自己紹介する。
 「…ごめんなさい」
 デュナンの隣で申し訳なさそうにファレルが肩を落とす。その様子に、司録が肩を揺らして笑った。
 「まぁいいじゃないですか。貴重な体験をさせて貰ったと言っても過言ではないのですから。生きたまま中和、或いは浄化される事など、早々体験できませんからね?」
 「そ、そりゃそうですけど……」
 だからと言って、さっくり浄化されちゃあ堪らない。これでも俺はまだこの世に未練が……。
 あれ?何か変だ。
 何かの違和感を感じて僕は首を捻る。その様子を、ファレルが不思議そうに僕の方を見る。
 「あの、もしかして気分が悪いとか?大丈夫?」
 僕の方を覗き込んでくる、その緑の瞳を見つめていると、僕はそっと息を吐いて大丈夫、と笑ってみせた。するとようやくファレンも落ち着いたのか、にっこりと微笑んだ。そんなファレンの様子に安心したように、デュナンもほっとして笑う。浴衣を着た肩を、ぽんと叩いた。
 「さて、ではどっちにしてもファラの負けだね。思いっきり悲鳴あげて驚いたから」
 そうデュナンが言うと、ファレンの胸元にあった例の紙バッジを外して僕の方へと差し出す。あーあ、と残念そうに紙バッジの行方を見送るファレンに苦笑いをしながら、僕はそれを受け取った。
 「それじゃあ行きますか?」
 デュナンが先に立って歩き出す姿勢で僕達の方を振り返る。その傍らに立つファレンもそれを信じて疑わないようだ。僕が伺うように司録の方を見れば、彼は軽く頷いて僕の肩を軽く押し出す。それに釣れて僕も歩き出し、二人が四人のツアーになって、僕達は先へと歩みを進めた。

*タイムアップ*

 かさかさと下生えを踏み締める音をさせながら、僕達は静まり返った境内を進んでいった。再びルーン魔術で光の玉を生み出したデュナンを先頭に、ファレン、僕、そして司録の順番で歩いて行く。遠くでまたキャー!とかウワー!とか言う悲鳴が聞こえては消えて行ったが、暫くするとそれも聞こえなくなり、本当に静かになってしまったのだ。
 「…静かになったね。粗方片付いちゃったのかな?」
 ファレンがそう言うと、僕の背後で司録が頷く気配がした。
 「あれからかなり時間が経ってますからね。どんどん参加者同士が出会ってどちらか片方が脱落して…とやっていれば、既に殆ど決着は付いているようなもんでしょう」
 「そうしたら、最終決戦はあなたと、他の誰かかもしれませんね?」
 デュナンが振り返り、微笑んで僕に言う、ええ!?と驚いて自分で自分を指差していると、ファレンも嬉しそうに後ろを振り返って手を叩いた。
 「そうだよ!折角俺からもバッジを奪ってったんだもん、どうせなら優勝してくれないと!」
 「で、でも…優勝しても何を貰えるか分かったもんじゃないからさ。ヘンなもんを貰うぐらいならこのへんでさくっと……」
 「何を向上心のない事を言っているのですか。ここまで来たのなら、みんなの希望を胸に、最後まで生き残るように頑張ってくださいよ」
 そう言って僕を励ます?三人の目に映る光は…どう見ても『好奇心』ってヤツに見えるんですけど。僕は溜め息混じりで、やっぱり変な事に巻き込まれたなぁ、と呟いた。

 やがて歩く僕等の目前に、ぼんやりと光を帯びた何かの建物が見えた。小さな東屋のようにも見えるそれは、その建物自体が淡い緑色の光を帯びているようにも見える。どうやら、建物全体が苔生しているうえに、その苔は光蘚であるようだ。…こんな場所が、この寺院の何処にあったのだろう?それに、僕達は四人一緒になってからかなり長い事歩いて来た。しかも、角を曲がったりカーブを通って来た覚えは一度もない。真っ直ぐ、あの距離を歩いて来たのならば、僕が知っている地図上の、龍殻寺の敷地内を既に越えてしまっている筈だ。良く見れば僕達が歩いている草の生えた細い獣道のような道と、先に見える東屋以外は黒に近い、深緑の闇の中に溶け込んでしまっている。まるで、宙の中を道と東屋だけが浮いているようにも見えた。訝しげに首を捻る僕の背を、司録がやんわりと押し出す。デュナンが、上向けていた手の平をくるりと真下へ回転させると、浮かんでいた光の玉がきゅっと縮こまって最後はぷつん、と消えてなくなる。その明かりが無くなっても、東屋が放つ光のせいで全然足元にも不安はない。僕が押し出されるのに従って、デュナンとファレンは逆に立ち止まったので、僕が先頭になる形になった。まぁ、今このメンバーで今だにバッジを所持しているのは僕だけなんだから、当たり前と言えばそうかも知れないけど。僕はゆっくりと歩みを進めて東屋の方へと近付く。中には、僕が最初に出会ったあの案内嬢、ミニ丈の白い着物、艶やかな黒髪を長く腰の辺りまで伸ばして、赤い口紅だけが妙に際立った美しい女性と、袈裟を着た大柄な男性――恐らくこの龍殻寺の僧侶なのだろう――が一緒に立っていた。
 「おめでとうございます。あなたが今年の生き残り到達者さんですね?」
 彼女の方が僕を見つけて、にこやかに微笑んでそう言った。僕の背後で三人がおお!と感嘆の声を漏らすのが聞こえる。でも僕は慌てて顔の前で両手を振った。
 「ま、待ってください。僕は、この三人の人達と会って、彼らのバッジを貰っただけですよ?そんな、最後の最後まで生き残った訳では…」
 「別に構わないんですよ。最後の一人にならずとも、ここまで辿り着いたのなら」
 そう、彼女の隣に佇む僧侶が静かな声で言う。どう言う事だろう、と僕が眉を顰めると、僧侶はそっと微笑んだ。
 「この龍殻寺と言う寺は、昔からそうだったのですが、何故か迷える魂が知らず集まる場所でしてね。場所柄か霊道も開き易く、霊界とのコンタクトも取り易いから、自分達の行く末を無意識で期待して集まって来られるのかもしれませんがね。ですが、そう言った魂の殆どは、自分が既にこの世のものではないにも関わらず、それを認めない或いはそれを知らない者達ばかりでね。成仏させようにも本人に自覚・その気が無いからそれも出来ない。成仏させてやりたくても、ひとつひとつ魂をとっ捕まえて話をしていたのではきりがない。それで考えたのが、毎年のこの肝試し大会なのですよ」
 「肝試し大会の参加者の半数は、遊びに見えた生身の人間ばかりです。でも、その残りの半分はと言えば、実はこの龍殻寺に集まって来た、彷徨える魂ばかりなのです。彼らは自分が霊体である事を分かっていない。自分達も生身の人達と同じであると思い込んでいる。そんな彼らもこの催しに参加させて敷地内を探索して貰い、この場所まで辿り着いて貰うのが目的なんです。…ここは、現世(うつしよ)と来世の境目なんですよ」
 ……何故彼らは、そんな話を僕にするんだ。そう、僕は心の中で叫びながらも、何処かで納得して行く自分もいる事に気が付いた。
 「つまり、この肝試し大会と言うのは、賑やかしさに見せられて集まって来た彷徨える魂を、一つでも多く成仏させる為に、適切な場所に導くのが目的…と言う事なんですか」
 僕の背後から、デュナンがそう質問する。僧侶がひとつ、深く頷いた。
 「勿論、一般の参加者には本当に商品も用意してありますよ。ですが大抵、同じ参加者に驚かされたり、或いは無意識で出歩いている本物の霊に会って驚いたりして、一般参加者が最後まで残る事はまずないですがね」
 「私達のように、勝者について回る参加者と言うのも珍しいのでしょう」
 そう、司録が低い笑い声と共に言う。隣でファレンも明るい笑い声を立てた。
 「だって、こんな経験、多分滅多にできないと思ってさ。自分だけじゃこんな場所に来る事も叶わないし、…浄化される瞬間を目撃する事も、さ」
 そうファレンが言うと、デュナンがこら、と小声で諌めて少年の脇を肘で小突く。ああ、と僕は小さな声を漏らした。
 「…つまり……今更ですが、この『僕』が、その彷徨える魂なんですね?」
 「そうです。…しかしそろそろ思い出して来たのではないですか?」
 静かな僧侶の声に、僕は頷く。そうだった。僕は、急ぎの原稿を取りに行った帰り、印刷所に間に合わせようと急いで車を走らせていた。目前の信号は黄色から赤へと変わる瞬間だった。黄色はアクセルを踏んで通れだろ?と無茶苦茶な論理で僕はアクセルを踏み込んで交差点に突入したのだが、交差点で停まっていた一台のせっかちな車が、まだ青にもなっていないのに飛び出して来て………。
 そっと、僕は溜め息をついた。彼女が歩み寄って、だらりと下がったままだった僕の手を取り、そのたおやかな細い手でぎゅっと握った。その暖かい感触はまだ分かる、だが僕は既に何処か覚束ないような存在に自分がなりつつある事が感じていたのだ。彼女は僕の手を握ったまま、東屋の向こうへと導く。足元にも苔生す光蘚が途切れるその直前で、彼女は手を離して数歩後ずさる。どこからか僧侶の静かな読経の声が響いた。
 ふと振り返ると、司録、デュナン、ファレンの三人がじっと僕の方を見ている。ファレンが手を上げて、にこりと笑いながらその手を振った。僕の、恐らく最後の友人達に見送られて僕は行くべき場所へと向かう。足元から光に溶けて消えて行くような感覚を受けながら、僕の、この世の未練とは一体なんだったのだろうか、とぼんやり考えていたが。

 …未練も何も、死んだ事にすら気付かなかったんだからしょうがないか。



おわり。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0441 / 無我・司録 / 男 / 50歳 / 自称・探偵 】
【 0862 / デュナン・ウィレムソン / 男 / 16歳 / 高校生 】
【 0863 / ファレル・アーディン / 男 / 14歳 / 中学生 】

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■         ライター通信          ■
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 たたたた大変お待たせを致しました(こればっか)ライターの碧川桜です。この度はご参加ありがとうございました!
 無我・司録様、いつもありがとうございます(多謝)
 デュナン・ウィレムソン様、ファレル・アーディン様、初めまして!
 さて、今回は『僕』の一人称でお話を進めてみましたが如何だったでしょうか?私的には良かったような悪かったような(どっち)
 途中で妙に涼しくなってしまったので、季節はずれになってしまったなぁとか思ってたのですが、ここ数日はまた猛暑がぶり返したように暑かったので、丁度いいかな、と思ってました(笑)
 そう言えば、本文内でファレル君が中和能力を使うシーンがありますが、その時私は瞳の変化を描写しています。設定にはそう言った事は書かれていなかったのですが、見た目で何か変化する部分が欲しかったので勝手とは言え、そう言う設定にさせて頂きましたのでご了承くださいませ。
 いずれにしても、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。次はアトラス編集部でお会いしましょう(笑)
 また皆さんとお会いできる事を祈りつつ……。