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<PCシナリオノベル(シングル)>


ポーカー/VS草間武彦
●荒れる天気
 午後3時――その日の草間興信所は朝から静かだった。どのくらい静かかと説明するならば、事務所の主である草間武彦が隅から隅まで読み切った朝刊を5度も読み直し、もう1度読んだら今度は昨日の新聞まで読んでやろうかと考え出すほどに静かだった。
 言い換えれば、今日は客が全く来ていないのだ。誤解のないよう記しておくが、別に草間の信用が落ちたから客が来ないのではない。今日の場合はそれなりの外的要因があったからである。
 窓の外に目を向ければ、窓ガラスを叩き付けるような横殴りの雨が降っている。朝からずっとこの調子、荒れ模様の天気だった。この天気では、状況が切羽詰まっていない客でなければなかなか足を運ばないだろう。朝から静かなのも無理もない話である。
 では現在、草間が事務所で1人きりかといえばそうでもない。ソファでは、シュライン・エマが溜まった書類を一心不乱に整理していた。途中で軽い昼食を作るために中座した以外は、ずっとこのままであった。
 朝から荒れ模様の天気といったが、正確にはシュラインが事務所にやってきた時点ではそうではなかった。傘をさせば普通に来れる程度の雨だった。が、シュラインが事務所に入ってものの数分もしないうちに雨足が強まり、横風も吹いてきて――そのまま現在に至るという訳だ。
 毎日がこの調子であればあれだが、せいぜい今日1日の話だ。たまにはこんな日もある。シュラインにしてみれば、溜まった書類の整理に没頭出来るのでそう悪い日という訳でもない。まあこの天気では今さら自宅に帰るに帰れないし、事務所では事務仕事しかやりようがないという話は、ここでは横に置いておくとして。
 けれどもその状況に、草間の方が耐えきれなくなってきたようだ。ずっと読み続けていた朝刊を、草間はようやく畳んで机の上に置いた。
「ポーカーでもしないか」
 不意に草間が書類整理の最中のシュラインに声をかけた。シュラインがペンを走らせる手を止め、草間の方に顔を上げる。
「ポーカー?」
「ああ、ポーカーだ。この分だと、今日はもう客は来ないだろ。何、気分転換だ」
 草間はそう言って、机の引き出しを開けて何やら探し出した。
「別にいいけど……ちょっと待って。切りのいい所まで終わらせてしまうから」
 草間に断りを入れ、再びペンを走らせるシュライン。その間も草間は引き出しの中を探していた。そして草間が中から取り出したのは、1組のカードだった。
「やっぱりここに仕舞ってたか」
 カードを扇型に開き、チェックを始める草間。ジョーカーを含め53枚、1枚も欠けることなく全て揃っていた。
「お待たせ、武彦さん。ひとまず書類にケリはつけたわ」
 片付けた書類を揃えながら、シュラインが草間に声をかけた。それを聞いて草間が椅子から立ち上がり、シュラインの向かいのソファへと歩いてくる。
「そうか。じゃあ準備を始めるとするか」
 草間がソファに腰を降ろしたのと入れ違いに、シュラインが立ち上がった。書類を草間の机へと置くために、である。

●賭ける物
 シュラインが自分の席へと戻ってくる間、草間はカードのシャッフルを念入りに行っていた。時折カットしてはまたシャッフル、それを何度も繰り返す。
「ただするのも面白くないからな。どうだ、もし俺に勝てたなら何か願いを聞くとしよう」
 草間がそんな条件を切り出した。まずまず悪くない条件だが、シュラインが負けた時の条件がまだ提示されていない。判断するのは、それを聞いてからだ。
「もし武彦さんが勝ったら?」
 シュラインが、草間の手元をじっと見つめながら尋ねた。
「そうだな……」
 草間がちらっと窓の外に目を向けた。
「負けたら買い物に行ってきてくれ。色々と足らないんだ」
「……この天気の中?」
 シュラインも窓の外へ視線を向けた。外は相変わらずの様子である。
(そういえば冷蔵庫の中、ほとんど残ってないし……勝敗関係なく、結局私が買出し行くことになるんだろうけど……)
 小さく溜息を吐くシュライン。どちらに転んでも、買い出しには行かねばならないのだ。だったらこの条件を受け入れた方がよい。
「分かったわ。この勝負受けるわよ」
「そうか。ああ、願いがすでに決まっているんなら、今聞いておくが……」
 草間にそう問い返され、シュラインは右手を頬にあてて思案を始めた。
(願いねえ。事務所の鍋、そろそろ新しいの欲しいかも。そうそう、灰皿も買い替えないと。接客用のソファだって……)
 そこまで考えた所で、シュラインがはたと気付いた。今まで頭に浮かんだ物、全て事務所の物品であることに。
(や、せっかくこんな時くらい自分のためのことで考えよ、うん)
 シュラインは小さく頷き、再び思案に入った。しかし、自分のためのこととなると、それはそれで難しい話だった。
(色々あれど……あれじゃ武彦さん困り過ぎるしこれだと……恥かしい)
 頭には色々と浮かぶ。けれどもその落とし所が難しい。少々無理を言ってもいいのかもしれないが、どこかで自制心が働いてしまう。それゆえに悩んでしまう。
 シュラインはしばらく考え続けていたが、ようやく決まったのか口を開いた。
「んー……無難に武彦さんが気に入った万年筆を私に贈る、でどう?」
 他の者がギャラリーで居たのなら小心者と言われてしまうのかもしれないが、悩んだ末にシュラインが出した結論がこれであった。
「万年筆か。それでいいんだな?」
 念を押す草間。シュラインはこくんと頷いた。
「分かった、お前が勝ったら万年筆を贈るとしよう」
「それでルールは?」
 ルールを尋ねるシュライン。テーブルの上にはチップは1枚も見当たらなかった。チップ、もしくはその代替となる物を使わずにポーカーをするつもりなのだろうか。
「ああ、ルールか。このジョーカーを含めた53枚のカードを使い、チップを使わないで3回戦行う。チェンジは各回で1回のみ。同じ役の場合は、そうだな……カードやスーツの強弱に関わらず引き分けとする。最終的に勝ち数の多い方の勝利となる……でどうだ?」
「勝ち数が全く同じだったら?」
 ルールの説明を行った草間に対し、すかさずシュラインが突っ込んだ。
「その時は……2人で買い物に行くか」
 さらりと答える草間。引き分けということを考えれば妥当な判断と言えよう。
「分かったわ」
 くすっとシュラインが笑みを浮かべた。確認すべきことは確認した。後は実際にポーカーを始めるだけである。
「始めるか」
 草間がカードを配り始めた――。

●勝負の行方
 チップなし、チェンジ1回のみのポーカーは、結構あっさりと1回の勝負がつく。それはそうだろう。賭け金を釣り上げ、相手を心理的に揺さぶるという駆け引きがないのだから。
 それでも賭けている物があるためか、2人とも真剣な表情で自らの手札や相手の表情を見つめていた。
 1回目の勝負は、結果的にストレートの役を作ったシュラインの勝利だった。残念ながら草間はこの回ノーペアに終わってしまい、憮然とした表情を浮かべていた。
 次いで2回目、シュラインは手札を2枚チェンジして何とかツーペアの役を作った。対する草間は手札を3枚チェンジして、作り出した役は何とフルハウス。これで1勝1敗の五分へと勝負を戻したのだった。
 そして3回目――シュラインは配られた手札を見た。

〈ジョーカー  〉
〈ハート   J〉
〈クラブ   Q〉
〈クラブ   K〉
〈ダイヤ   A〉

 シュラインは我が目を疑った。
(これって……)
 ジョーカーはオールマイティ、つまりこの手札だとストレートの役が成立していることになる。
(どうしよ)
 思案するシュライン。ジョーカーがあるので、より上の役を狙うという冒険も出来ないことはない。が、ここは確実性を取ることにして、冒険はしないことにした。
 一方の草間だが、手札を見た瞬間に眉が僅かに動いていた。あまり手札がよくなかったのかもしれない。それから草間は3枚チェンジして、手札を見もせずにテーブルに伏せた。
「これで最後だな。そっちから手札を開いてくれ」
「ん……じゃあ私から」
 シュラインは草間に言われるまま、手札を一気に開いた。当然のことながら役はストレート。草間は小さく溜息を吐いた。
「やれやれ。この分じゃ俺の負けだな」
 そう言いながら、伏せたカードを1枚ずつ開いてゆく草間。何となく、シュラインの楽勝ムードが漂っていた。

〈スペード  4〉
〈ダイヤ   4〉
〈スペード  A〉

「うん?」
 ワンペア出来ていたことに、草間が眉をひそめる。そして4枚目を開いた瞬間に草間の手が止まった。

〈クラブ   A〉

 そう、この時点でツーペアが成立していたのだ。今度はシュラインが眉をひそめる番だった。
「……最後の1枚が、Aか4なら武彦さんの勝ちよね」
 先程までの楽勝ムードはどこへやら、勝負は最後まで分からなくなってきた。フルハウスが成立すれば、草間の逆転勝利である。
「開くぞ」
 草間は短く言うと、カードに手をかけた。シュラインが息を飲んだ瞬間、くるりとカードが開かれた。

〈クラブ   8〉

 その場に、溜息とも安堵とも区別のつかぬ息を吐く音が聞こえた。それも2人分。
「そう上手くはいかない……か」
 ソファにもたれかかり、天井を見つめる草間。まあ人生なんてこんなものだ。
「惜しかったわね」
 シュラインがくすりと笑った。最後の方は冷やっとしたが、何とか勝ち越しである。
「別にいいさ。仕事用に運を温存したんだと思えばな」
 ニヤッと笑う草間。それからおもむろに立ち上がった。
「さてと。万年筆でも見に行くか?」
 草間が誘うようにシュラインに視線を向ける。シュラインが草間の言葉に驚いた。
「武彦さん、待って。今から行くつもり? けれど外はまだあれでしょう、雨で……」
 すると草間は無言で窓の外を指差した。見てみると、いつの間にやら雨は止んでいて、厚い雲の切れ間からうっすらと日が差していたのだ。
「ついでに買い物もしなくちゃな」
「……そうね」
 小さく頷き、静かにソファから立ち上がるシュライン。そして2人は、連れ立って事務所を出ていった。

【了】